ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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5周年記念企画、今回は やいたちさんのお話です。




ヤンデレ・万能の天才

 

「――おわぁっ!」

 

 咄嗟に後ろに跳んだ俺の後方で、大きな衝撃が走った。

 人間の身体より長く大きな銀色の槍が石造りの床を抉り、その威力で躱した俺も吹き飛ばされ、床を転がった。

 

「……避けないで下さい。受け入れて下さい、私の愛を……!」

「受け止め切れるか!」

 

 槍を振り下ろしたのはランサーの英霊、ブリュンヒルデ。

 竜殺しの英雄シグルドとの悲恋の伝説を持つ彼女は、俺をシグルドだと思い込んで愛し、殺しに来る。

 

 そもそも、俺はまだ彼女を召喚出来ていない筈なのになんでこんな目に――

 

「――っあっぶな!?」

 

 何かが飛んできたので咄嗟に伏せて躱した。

 確認すると、それは何もない所から出現した首輪。長い鎖に繋がれており、どうやら魔術によって出現しているらしく、粒子となって拡散し消えた。

 

「もう、大人しく捕まりなさいマスター」

 

 少し前からゆっくりと歩いて来るサーヴァントの影。

 神代のキャスター、メディアだ。

 

「幾らあのお人形さんが可愛いとは言え、装飾は大き過ぎるわ。もっと身の丈に合った、年上のお姉さんを選びなさい」

 

 と、お姉さんからありがたい助言を貰ったけど、後ろから大きな破壊音が響いた。

 ……そもそも、この状況になったのはお姉さんのお薬のせいなのだが。

 

 ヤンデレ・シャトーでは常識となっているキャスターによるリスキルならぬリス監禁で始まり、更に記憶を失わせる効果を含んだ愛の霊薬を投与されそうになる。

 

 なんとか抵抗を続けていたら、召喚していない筈のブリュンヒルデがやってきてその結果、メディアの霊薬を彼女が浴びる事になってしまった。

 

 サーヴァントなので多少効果は薄かったが、シグルドに出会う前の彼女は俺を本当に愛する者と認識し、槍を巨大化させたうえで辺り一面を抉りながら俺を追いかけ始めたのだった。

 

「……奪わせない。マスターは、私が愛します」

「奪うだなんて人聞きが悪い。既に相手がいるのに他人から奪おうとしている泥棒猫は、貴女の方よ!」

 

 コウモリの翼の様にマントを広げて宙に浮いたメディアは、ブリュンヒルデに向かって魔力による集中攻撃を始めた。

 

「っ!」

「っうぉわぁ!?」

 

 それを巨大な槍を振り回して防ぐが、一度回るごとに大きさを増す槍の風圧は、また俺を吹き飛ばした。

 

「よくもマスターを……!」

「渡しません……!」

 

 怒りにより激しさを増す2人の攻防。

 なんとか立ち上がった俺は痛みに耐えながら紫色の光と銀色の輝きが乱反射する戦場に唖然とした声を出した。

 

「な、なんでこんな事に……!」

 

 ヤンデレ・シャトーの壁は自動的に修復されるが、戦いの余波は拡大し、床や天井に穴が開くほどだ。

 

 このまま此処に入れば、巻き込まれて死ぬ可能性すらある。

 

「兎に角脱出しないとっ!」

 

 此処に来るまで魔術礼装の機能は停止されており、そのせいかいつも以上に体を動かすのが難しい。それでも痛みに耐えて立ち上がって、2人から離れようとして――

 

「……ルーンよ」

「そこ、動かない!」

 

 ルーンの炎で行く手を塞がれた上に、メディアの魔術によって片足に枷をかけられた。

 

「直ぐに迎えに行きます……!」

「これで終わりよ!」

 

 決着を着けようとする2人。高まる魔力が真名開放とそれに準ずる攻撃を予感させる。

 

 しかし、此処までの戦いで修復の間に合わなかった足場は更なる衝撃に晒され、遂に負荷に耐えられず――崩壊した。

 

「う、そだろぉぉぉぉぉ!?」

「マスター!」

「助けます!」

 

 暗闇の中、重力に従い落下する俺の体。

 2人は俺を助けようとこちらに向かって手を伸ばし、鎖を放った。

 

 後数センチで、どちらかが届く――届いた。

 

「っあだっ……!」

 

 しかし、落下を止めた俺の頭に石ころサイズのガレキが命中。礼装の防御がなかった事もあって、その衝撃に脳を揺らされて気を失った。

 

 

 

 ……目覚めた時、俺はメディアの膝の上だった。

 

「っは!?」

 

 慌てて起き上がった俺を見て、少し驚いたメディアは呆れた様に笑った。

 

「良かった、目が覚めたのね。治癒はしたけれど、そんなに激しく動いて大丈夫かしら?」

「へ……あ、そうか俺、何かが頭にぶつかって……」

 

「もう大丈夫みたいね」

 

「本当に、ご無事で喜ばしいです……」

 

 すぐ近くにいたブリュンヒルデを見て驚いた。先まで本気で殺し合っていた筈だが、俺が気絶したのを見て休戦してくれたのだろうか。

 

「傷もないし、後遺症もないみたいだから私はお暇させて貰うわ」

「え」

「私も……その、急用が出来ましたので……」

「えっ?」

 

 思わず、石造りの床の感触を確かめた。暗く、ザラザラとしたこの場所は間違いなく今まで俺を苦しめて来たヤンデレ・シャトーだ。

 

「人形制作を頼まれていたの、すっかり忘れていたわ。

 資料として頂いたセイバーのコスプレ写真集……! ああ、私が撮影したかった!」

 

「シグルドが、今夜私の手料理が食べたいと……今から新鮮な材料を取りに行きます……!」

 

 何時の間にか薬の効果も切れており、シグルドの名を出したブリュンヒルデは俺に背を向けて慌てて部屋へと消えて行った。

 

「一応扉に強力な結界を張らせて頂きますが……もし邪魔したら、坊やでも容赦しないわよ?」

 

「……は、はい……」

 

 メディアも早足でこの場を離れて行き、光の無い廊下の先で何かが紫色に点滅した。もう結界を張っているのだろう。

 

「……あれ? マジで俺放置されたの?」

 

 一人残された俺は立ち上がるが、周りには何の気配もなかった。

 

「嘘……いや、待て待て待て! アレだ、メディアの魔術とか薬で幻覚を見てるパターンだ!」

 

 俺は慌てて礼装を起動させた。

 先まで動かなかった筈だが、今はしっかり作動している様だ。

 

「【イシスの雨】!」

 

 状態異常を取り除く為、自分に向けて発動させたが何の変化も起こらなかった。

 

「……え?」

 

 試しに頬を抓ってみる。

 痛いけど痛くない。夢の中だし。

 

「……いや、きっとこの後黒幕的なサーヴァントで登場するんだろ? BBとかキアラとか!」

 

 そう考えると一瞬も気が抜けない気がしてきた。

 緩まりそうになっていた警戒心を締め直して、ずっと同じ場所で落ち着いてもいられず廊下を歩き始める。

 

「メディアの部屋は近付くのも危なそうだし、ブリュンヒルデの方から広場に行こう」

 

 彼女が入って行った部屋の前を通り過ぎるが、中から少し物音がするだけで今すぐ開いて飛び込んでくるような気配はない。

 

 やはり都合が良過ぎると辺りを何度も見渡し、壁や床の模様すら注視するが何もなく、誰にも会わずに別の部屋を見つけた。

 

「ここも閉まってる……でも、まだ広場に辿り着いてないから、この部屋はメディアやブリュンヒルデの部屋じゃない筈……」

 

 3騎目のサーヴァントがいる扉を睨みつつ、少し悩んでから通り過ぎる事にした。

 

「まあ、触らぬ神に祟――」

 

「――やあ! なんてナイスなタイミングだ!」

 

 俺にとって最悪なタイミングで扉が開き、中から現れたサーヴァントに声を掛けられた。

 

 しかも、ブリュンヒルデ同様まだ召喚していないサーヴァントだ。声だけで分かる程、馴染みはあるけど。

 

「切大君、少しいいかい?」

「……なんですかダ・ヴィンチ、ちゃん?」

 

 振り返った先に居たのはキャスターのサーヴァント。

 現代人の多くがその偉業や作品を知る、万能の天才。

 

 カルデアのマスターなら誰でも彼女を知っている。

 その名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 赤い服と青い手袋が特徴的なお姉さん(?)がこちらに向かって手を振っていた。

 

「実はこれから届け物をするつもりだったんだ。我らがカルデアのマスターなら、か弱いダ・ヴィンチちゃんを助けてくれるだろう?」

 

 ……いや、か弱くはないだろう。

 でも、彼女の存在に思う所があった俺は頼みを聞くことにした。人理修復の旅で、散々お世話になってるし……

 

「良かったぁ! さあ、ちょっとこっちに来てくれ!」

 

「あ、いや、待て待った! 今の無し!」

 

 無理矢理連れ込まれそうになり慌てて拒絶するがサーヴァントの腕力に勝てる訳もなく、玄関まで引っ張れた。

 

「これさ!」

「……箱?」

 

「そ、これをブリュンヒルデの部屋までだ。よろしく頼むよ」

「ブリュンヒルデ……?」

 

 態々他のサーヴァントの部屋に……?

 

「あ、中身が気になるかな? でも大した物じゃないさ。

 なんでも、素敵な食事を用意したいからそれに見合う食器が欲しいって言われてね。割れない様に魔術を施してるけど、落としたりしないでくれよ?」

 

 ウィンクしながら注意され、やっぱりヤンデレ・シャトーなのにまるでカルデアにいるみたいに過ごしている現状に疑問は止まない。

 

「ブリュンヒルデ、いるかい?」

「お待ちしておりました……!」

 

 ダ・ヴィンチと並んでいる俺を見ても、エプロン姿で出迎えたブリュンヒルデは荷物を受け取るだけで忙しそうに部屋の中に戻って行った。

 

「よし、配達完了! あ、私の工房でお茶でも飲んでいくかい?」

「あ、いや俺は――」

 

「――ダ・ヴィンチ!」

 

 すると、今度は廊下の暗がりからメディアが足早にこちらにやって来た。

 思わず俺は身構えたが、ダ・ヴィンチは笑顔で対応した。

 

「やぁやぁ、どうしたんだいメディア?」

「はぁ、見つけられて良かった……その、肌色のアクリル塗料はあるかしら? 最近、補給し忘れてて……」

「うん、工房にストックがあった筈だ。丁度私達は戻るつもりだったし、取りに来るかい?」

「そうさせて貰うわ」

 

 結局3人で歩いてダ・ヴィンチの工房に戻ったけれど、メディアがルールブレイカーを取り出したり、ダ・ヴィンチちゃんの新兵器が火を噴く事もなく欲しい物を渡して去って行った。

 

(……マジでどうなってるんだ? もしかして、シャトーの床を壊して落下したから、偶々無害な階に降りたとか?)

 

 それでも、どこかで黒幕が俺をあざ笑っている可能性も捨てきれない。

 

「……悩み事かい? 先からかき混ぜるばかりで、私の特製ロイヤルミルクティーはお気に召さなかったかい?」

「いや、ちょっと……」

 

「ふむ。お姉さんはちょっと作業するけど、相談があれば聞くからね」

 

 そう言って俺に背を向けたダ・ヴィンチは机に向かい、その上にある機械類を弄り始めた。

 

 この距離にいて押し倒してこなかった試しがないので、本当に何が起きているか理解できなかった。

 

(……今日はヤンデレ・シャトーじゃないとか……? いやでも、最初のアレは間違いなく何時もの流れだったし……)

 

 俺が部屋を出ると言ってもダ・ヴィンチは機械を弄りながら「いつでもおいで」とだけ言って、呼び止める事すらしてこない。

 

「……まじで何もないのか?」

 

 ヤンデレに襲われない。

 こんな不思議な事もあるのかと歩きながら考えている内に、シャトーの広場に辿り着き、適当な隅っこで腰を下ろした。

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

 体感で5分程度経った。

 その間にずっと落ち着いてはいられず広場をグルグルと回っていたが、誰も来ないし何も起こらない。

 

 そして、唯の男子高校生が暗闇の中ゆっくりしていられる筈もなく、唯一出入りして良いと言われていたダ・ヴィンチちゃんの部屋に戻るのだった。

 

 

 

(やっぱりずっと襲われ続けて来た分、急に突き放されると警戒のハードルもあっさり下がるよね)

 

 私、レオナルド・ダ・ヴィンチは目の前の作業に勤しみながら、背後にいる切大君にバレない様にほくそ笑んでいた。

 

 私はブリュンヒルデ同様、彼に召喚されていないサーヴァントだ。しかし、過去に何度かヤンデレ・シャトーで彼と接触し、その影響か彼に好意を抱いている。

 

 同じ未召喚のブリュンヒルデと私の差は、彼に近いか否か。

 カルデアのマスターとの縁があった私はアヴェンジャー達の様に塔全体の管理なんて出来ないが、侵入して内部構造の一部分を弄られるだけの時間はあった。

 

 だから、自分の持てる英知を結集させてこのヤンデレ・シャトー5.5階を構築した。(因みに下の5階はサーヴァントが増え続ける愉快な部屋さ!)

 

 真上の6階の床に細工をしたとは言え、落下するかは運次第。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、この本の下巻は?」

「んー? あ、ごめんごめん! 丁度今、箱の上に置いて重りに使っていてね」

 

 突然降って来られて、こっちも焦っているけれどあと少しで全ての準備が完了だ。

 不意に横目で本棚を眺めている切大君を見た。

 やっぱり、誰にも相手にされないせいか何処かつまらなそうにしている。

 

(それもこれでおしまい! 今こそ万能の天才が、君に最高の愛をプレゼントしよう!)

 

 完成したばかりの私の作品。

 最後の実験が終了し、私はそっと机の上に置き直した。

 

 

 

「……っ?」

 

 なんだろう。今一緒、何か嫌な物が体を突き抜けて行った様な……

 

「切大君」

「どうかした?」

 

「君の本音が知りたいな」

「本音?」

 

「君は――本当にヤンデレ・シャトーが嫌かい?」

「っ!?」

 

 突然ダ・ヴィンチちゃんの口から出て来た悪夢の名前に驚き、反射的に立ち上がった。

 

「私の分析だと、君の年頃ならこんなに魅力的なサーヴァント達に迫られてハーレムみたいなこの状況、心の底から嫌になるなんて思えなくてね」

「いや、俺は」

 

「うんうん、分かっている。君は普通の人間だ。

 だから夢の中であっても、自他関係なく死を嫌う普通に優しい男の子。

 多少のスリルやロマンスは望んでも、血が流れる事態になってほしくないんだろう?」

 

 俺の事を理解しているとばかりに心情を口に出してくれたが、大体その通りだ。素直に頷いたりは出来ないけど。

 

「だから私はそんなバイオレンスは要素は全て排除する方法を思いついたのさ。

 ヤンデレ・シャトーの中に、ヤンデレがいない階層を作ればいい」

 

「ヤンデレの無い階層……?」

「その通り。この階層に入ったサーヴァントは精神への干渉を受ける事無く、カルデアで普段通り過ごしている状態になるのさ。勿論、ある程度の仕掛けは必要だけどね」

 

 そう言えば、ブリュンヒルデはシグルドに食事を提案されたそうだが、肝心のシグルド本人の姿は無かった。

 メディアも、セイバーの資料をどうこう言っていたけど、本当に写真が出回る様な事があればセイバー本人や円卓が聞きつけて騒ぎを起こしててもおかしくない。

 

「まあ、いないサーヴァントを出現させたりなんてこんな場所じゃ難しいからね。あくまで、本人が此処はカルデアであるって錯覚できる程度の準備が必要だって話さ」

「それで、ダ・ヴィンチちゃんは?」

 

「うん? 私は勿論――」

 

 椅子に座っていた彼女は一瞬微笑んでから、俺に向かってダイブする様に抱き着いてきた。その勢いのまま、床に押し倒される。

 

「君が大好きさ」

「……やっぱり何も解決してない!」

 

「してるさ。だって、君この悪夢でずっと退屈していたんだろう? 何時も死ぬような目に合ってビクビクしていたけど、いざ周りの誰も自分に構ってくれなくなって寂しさに身を震わせていたよね? でもこれで安心! 誰にも邪魔されない2人だけのこの空間で、この万能の天才が余す事無く愛して見せよう!」

 

 テンションが上がり饒舌になったダ・ヴィンチちゃんだが、戦闘で使用する機械仕掛けのアームを操作し、あっという間に俺の片腕を床ごと掴む様に固定させ拘束した。

 

「2人じゃまだ寂しいかもしれないから、まずは子供を作ろう。ほら、何時も私達の前には娘がいたから、やっぱり仲間外れは良くないよね?」

 

「さらっと家庭を築こうとするな!」

 

 頬を赤らめ、母性を感じさせる笑みを浮かべるモナ・リザもとい、原作者。

 なんとかベルトを外されるのは防ごうと片手で対抗する。

 

「むぅ……だから最初に聞いたんだよ。君は本当にヤンデレ・シャトーが嫌いかって」

「俺はそもそも無理矢理迫られるのが嫌いです!」

 

「でも、命を危険に晒すよりはマシだろう? 此処で大人しく私と家族を作った方が良いと思うなぁ……」

 

 言いながらベルトから手は一切離してくれない。

 

「ゆくゆくはこのヤンデレの無い階層を全ての階層の床下に増築して、毎回陥没させるシステムを構築すれば君を愛するサーヴァントは私唯1人になるっていう素晴らしいプランも用意されているんだよ」

「いらんわ、そんなプラン!」

 

「……ふーん、強情だなぁ」

 

 漸くズボンを脱がすのを諦めたのか、手を離した彼女だが呆れた様な声と共に溜め息を吐いた。

 

「……仕方がない。

 実を言うと、君が潜在的にヤンデレ・シャトーの消失を恐れているのは理解していたさ。ヤンデレ・シャトーは嫌だけど、ヤンデレ・シャトーが失くなるのも嫌。

 そんな我が儘、流石の私も看破できないから……」

 

 彼女は机の上に置かれていたゴーグルの様な装置を俺の頭に取り付けた。

 視界が塞がれ焦る俺に彼女は失笑を含んだ声で語りながら、装置を起動させていく。

 

「我ながら、夢の中でVR体験なんて可笑しいとは思っているんだけどね?

 これはお仕置き。社会勉強の一環さ。

 誰も彼もが君を好き、なんて都合の良い夢ばかり見ていては辛い現実は直視出来ないぜ?」

 

 冗談の様な口調だったが、声色は一切笑ってはいなかった。

 

 

 

 ダ・ヴィンチが見せたのは、リアルなカルデアだった。

 勿論、切大は既にゲームや夢の中で何度も訪れたが、部屋の位置や廊下の長さが毎回変わるあやふやなものではなく、完璧に形作られた本物と謙遜の無い人理保障機関カルデア。

 

 そこには多くのサーヴァントがおり、その殆どは切大が召喚した英霊達だ。

 

 ――しかし、マスターとプレイヤーは異なる存在だ。

 

 実際に彼らと共に旅や戦いを経験するのはアバターであるマスター。

 なら、多くの戦いで蓄積され、絆レベルとして表記されている物はマスターとの関係値に他ならず、プレイヤーである切大ではない。

 

 マスターと同じ姿のカルデア職員、ですらない。

 混入してしまった異物。知り合いのマネをした赤の他人。

 

(肩身狭っ!)

 

 廊下を歩く切大は身を縮みこませ、自分の存在が小さくなるように歩いていた。

 

「出会い頭にスカサハ師匠に睨まれるし、ブーディカにも半笑いで避けられるし……」

 

 ヤンデレではなく、何の肩書きも力も持たない自分と接する彼女達の対応に彼は既に打ちひしがれていた。

 しかし、こんな場所に安息の地はなく、マイルームもマスターの部屋なので入るのは諦めた。

 

「もし入って中で清姫とか静謐相手にすら冷たくあしらわれでもしたら流石に泣く……」

 

 そんな彼だがあてもなく怯えながら歩いている訳ではなく、1つだけ行き先が残されていた。

 

「この空間を作ったのがダ・ヴィンチちゃんなら、脱出の手段もきっと彼女が知っている筈だ」

 

 が、そんな切大の思考は当然かの天才レオナルド・ダ・ヴィンチも熟知している事だった。

 

 なので、その道のりが平坦な物でないのは当然だっただろう。

 

 遠慮を知らないサーヴァントに出会えば悪態を吐かれ、優しいサーヴァントは接し方が分からないのか曖昧に微笑んだ。

 

 知恵のあるサーヴァントは小さな動作だけで会釈し、純粋なサーヴァントにはマスターの所在を聞かれた。

 

 普段とのギャップが、切大を容赦なく波状で襲ってくる。

 

「……」

 

 そして、普段からヤンデレの思惑を読んできた切大は1つ嫌な想像に辿り着く。

 

(普段、俺に迫って来るサーヴァント達も、本当は心の内は感じなのかな……)

 

 そう思ってしまうと、罪悪感に似た感情で居た堪れなくなってきた。

 

(少しでも早く、ダ・ヴィンチちゃんに会わなければ……!)

 

 彼がそう思ったら、なんとあっさりと工房に到着した。

 傷心の切大は、唯々この場からいなくなりたい一心で扉に手を伸ばしたのだった。

 

 

 

「よしよし、ごめんよ。辛かったかい? 

 この監獄塔にね、本当の意味で君が好きなサーヴァントなんて一人もいないんだよ。勿論、私を除いてね」

 

「なんで私だけが君を好きなのかって?」

 

 それはね、この塔の影響で抱いた好意の原因を探ったからさ。流石にこの天才が理由もなく男子を好きになるなんて私も納得できなかったからね。

 

 外の情報を集める為に色んな物を作って君の姿や生活をこの目で追ってきたよ。料理が上手い事。家族思いな所。いつも引っ付いて来る女子にうんざりしながらも見過ごさない面倒見の良い性格。一人でいる時に自分の所有物に声をかけたりしてるのを見た時は私と同じだって嬉しくなったし、風邪でボーっとしてるのを見た時はハラハラしちゃったよ。スポーツ飲料を作ろうとして塩入れ過ぎた時は変な顔をしたから。ゲームで勝っている時の悪役顔も、意地悪だったけど私は好きだよ。夢の中だとどんなサーヴァントも逃げ切ろうって、悪運も頭も総動員しているあの顔。生きる事に必死な人間は美しいよ。特に君のはね。そんな風に考えていたら、私も創作意欲が湧いて来てね、試しに君をモデルに小説を書いてみたのさ。書いていると君の知りたい事がドンドン増えて来てね。誕生日や血液型、ホクロの数や心拍数。可愛い物を前にした時の反応や、脅された時の対応。君の1年を日記に書き記し終わった時に漸く我に返って恋心を自覚したんだ。こうなったらと、もっと君を知らなくちゃなって。家具の色や食器の柄、好んで使う箸やフォークの長さ。2人で暮らし始める前に用意しなくちゃいけなかったからね。もう子供が出来る事も確定しているからベビーサイズの服やベッド、英霊の霊基で母乳が出るとも限らないからミルクも準備しなくちゃいけないし受肉しないと子作りは難しいから聖杯も必要だ。名前は何にしようか。でもきっと君と一緒に決めればどんな名前でも納得できそうだしそれは後回しでもいいか――

 

「――秘密だよ。けど信じて。

 私は、君だけの愛しい愛しいダ・ヴィンチちゃんだから」

 

 




次回で最後記念企画終了です。デジタル人間さん、もう暫くお待ち下さい。

待望の水着イベントが始まりましたね。取り合えず前半のサーヴァントは全員召喚出来ました。去年は後半が芳しくなかったですが果たしてカーマは来るのだろうか……
……どっちみち陽日にぶつけますけど。


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