ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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久し振りに1ヵ月より早く投稿できて嬉しい。

今回の当選者は 陣代用務員見習いさんです。

今回のマスターはハロウィン企画で2回登場したヤンデレ・シャトー殉職率高めのマスター。
何度も何度も死亡した彼の経験値不足とサーヴァント達の経験過多をお楽しみ下さい。


とある死亡率8割越えマスターの日常

 

 悪夢の監獄塔ヤンデレ・シャトー。

 

 カルデアのマスターの夢の中にしか存在しない塔だが、その内の1つは今、外から見れば一目で分かる程の呪いを帯びていた。

 

 その元となっているのは数えるのも億劫な程の怒り、憎しみ、そして愛――

 

 それらを管理し、悪夢として形作るのが復讐者のクラスを与えられた未召喚のサーヴァント――しかし、その全てがカルデアに召喚され、その役割を担う者がいなくなった。

 

 それにより塔は形を失い霧散して、新しいアヴェンジャーが登場するまでヤンデレ・シャトーはマスターの夢から消え去る……筈だった。

 

 しかし、カルデアのマスターの一人であるヒビキ。

 彼は事情が大きく異なっていた。

 

 ヤンデレ・シャトーでの死亡率が8割を超える彼はアヴェンジャークラスのサーヴァント全ての召喚に成功してもなお、悪夢に囚われていた。

 

 サーヴァントの愛憎に殺され、マスターの死がサーヴァントを絶望させ、新たな愛と憎しみを育み続ける。

 途方もない連鎖によって集った負の感情は塔の霧散を許さない程膨大で、強固な呪いへと変貌していたのだった。

 

「……ふぁぁぁ……よく寝た」

 

 しかし、当の本人はそれに気付かない。

 

 悪夢の中での死による記憶の喪失。

 何度も何度も死を味わった彼の体はマヒしており、今では体が寝汗をかく事すらない。

 

「……今日も労働かぁ……」

 

 現実に悪影響はない。

 多少、死に対する耐性が出来たが平和な日本でそれが機能する場面も少ない。

 

 これは、そんな彼の恒常的な悪夢の一欠片である。

 

 

 

「あのー、開幕早々捕まえるのはズルくないですか?」

 

 週に1度のヤンデレ・シャトーの中だと気付いた時、既に両手首には手錠が着けられていた。

 

「だって、こうでもしないとマスターは私にお世話どころか近付けさせてもくれないじゃないですか」

 

 目の前で嬉しそうに笑っているのはシャルロット・コルデー。

 英雄、偉人、果てには神すら含まれる英霊の中で村娘の様な恰好の彼女は暗殺者、アサシンのサーヴァントとしてオイラに召喚された。

 

 その凶器は家を守る女性の象徴であり、ヤンデレのメインウェポンとされている家庭的な包丁。素でヤンデレ適性が高い。

 

「別に、お世話されたくはないんだけど」

「そんな事を言わないで下さい」

 

 悲し気な表情を浮かべ、手に持った刃物を光らせる彼女を見て早々に降参し、大人しくベッドから起き上がった。

 

「先ずは持ち物検査しまーす! 今日の礼装は何処ですかー?」

 

 まるで敵意の無い笑顔で全てのポケットに手を突っ込んで引っ掻き回すコルデー。

 

「……あ、ありました! この髭の強面の人! これだけは、没収しておきますね!」

「あ、それは……!!」

 

 無情にも概念礼装『死霊魔術』を奪われてしまった。

 俺はゲーム内で完凸した概念礼装を更に複数枚重ねる事で自分の身を守る事が出来る。

 

 以前までは無敵状態になる礼装でシェルターを作っていた、最近は種類を増やして色々な状況に対応する様にしていたんだけど……

 

(回避解除に無敵貫通を持ってるコルデーから生き延びる為のガッツ付加礼装だったのに……!)

 

「はい、他は返しておきますね。でも、両手は縛っているので簡単には使えませんよ。

 では、早速お出かけしましょう!」

 

 ニコリと笑い、黒い帽子と白いドレス姿に変わった彼女に腕を引っ張られ、部屋の外に出た。

 

「え、此処は……」

「いきなりで大変恐縮ですが……デートしましょう、マスター!」

 

 カルデアの中だとばかり思っていた俺の前に広がっていたのは、巨大な海。

 

 足元は少し揺れ、波の音が響く――海の上だった。

 

「さーて、何処の島に上陸しましょうか?」

 

 空を見上げれば青空が広がり、太陽の降り注ぐ海の先には複数の陸が見える。

 

 だけど、それより先に俺が目指したのは……

 

「……うっ……!! と、トイレっ!」

「はぇ?」

 

 (手錠で両手が繋がったまま)口に手を当て、急いで何処か――この不快感を晴らせる場所を目指した。

 

「あー……手錠で礼装やマシュさんの加護とか色々封じちゃったから船酔いしちゃいましたかー……って、そんなに船に弱かったんですか!? 大丈夫ですか!?」

 

 その後、慌ててやって来たコルデーに手錠を外して貰い、徐々に不快感は消えて行った。

 

「申し訳ございません……まさか、マスターが船に酔うなんて……」

「だ、大丈夫……はぁ……」

 

 そりゃ、あのマスター――藤丸立香――と同一視されてりゃこんな事も起きる。

 

「取り合えず、何処かに上陸しましょう。今はこのお部屋で休んでいて下さい」

「うん……そうする……」

 

 病み上がりと言っても差し支えない状態になった俺は頭を頷かせて、ベッドに座った。

 

「ふー……ふぅ……」

 

 ……何か船酔いに効く概念礼装は無いかと探ってみたが、結局見つからなかったので大人しく横になりながら先まで付けられていた手錠の事を思い出した。

 

(少し前にも概念礼装を無効化する拘束具とか付けられたけど、今回はマシュの加護まで……なんか、ドンドン対策が強力になってる……)

 

 酔いも落ち着いてきた所で、船は島に停まった。

 小さな港村の様な場所で、木造の建築物に囲まれた景色に異世界転生感すら感じる。ちょっとテンション上がって来た。

 

「おぉ……!」

「さあ、まずは広場を目指しましょう」

 

 コルデーに手を引かれて船を降りた。

 振り返ると、大きい帆が二つ畳まれている船がそこにはあった。全長20m程度だろうか。

 

(マイルームみたいな近代的な部屋があったのに、見た目はちゃんと時代に合わせてあるのか……)

 

 広場へ向かおうと通りを歩いていると、店先で次々と声を掛けられた。

 

「これはこれは素敵なマダム! こちらのブドウ酒はどうですか?」

 

「そこの可憐なマダム! お土産なら是非私どもの自慢の品を!」

 

「どうですか、このお花! マダムに大変良くお似合いかと」

 

 誰からもマダムと呼ばれ、笑顔で返事を返すコルデー。

 

 だけど、年配の女性に使われるイメージのあるマダムと言う言葉に、俺はちょっとヤキモキした。

 

「……どうかしましたか、マスター?」

「いや、皆マダムって呼んでるけど、コルデーは別に老けてる様に見えないよなーって」

 

「……ああ、なるほど! マスター、マダムは確かに地位の高い女性やご年配の方にも使われますが、フランスでは既婚女性に使われる言葉ですのでお気になさらず」

「あ、そうなんだ」

 

 ……いや、納得したけどそれって別の勘違いがあるんじゃ……

 

「マダム!」「マダム!」「マダム!」

 

「はいはーい、ありがとうございまーす!」

 

「まぁ、良いか」

 

 当の本人が笑顔なもんだから、オイラは何も言わない事にした。

 

 そう言えば誰か俺達の乗って来た船を気を付けているのかと疑問に思って振り返った。

 船はロープで縛られ、港に停められたままだった。

 

「…………ん?」

 

 船から視線を外す直後に、マストの上に何か見えた気がしたが、見直しても誰もいなかった。

 

「……気のせいだったか?」

(うわ、今の台詞めっちゃアニメっぽい! 恥ずかしい!)

 

 勝手に羞恥心で自爆しつつ、コルデーの後ろを歩いて行くのだった。

 

 

 

「……ふにゃー……」

「コルデーさんや、呑み過ぎですよ」

 

 広場に辿り着き、看板や村人達の説明を聞いて何処かでご飯を食べようとなった俺達は折角の漁村なんだから魚が食べたいと思い、魚料理が旨いと評判の店にやって来た。

 

 カウンターの奥に並ぶボトルの数々を見て直ぐに此処が酒場だと分かったが、酒に精通しているマスターの作る料理は現代一般酒飲み人であるオイラの舌も大満足な品々であり、最初はお酌ばかりしていたコルデーも顔を真っ赤にする程にワインを飲んでいた。

 

「なにゅをー! わたし、まだまだのめみゃすよー……!」

「はー……それにしても随分沢山飲んだけど、支払いは大丈夫か?」

 

 外国語で書かれているので銘は分からないが、高級ワインとかじゃないと良いんだけど……

 

「っと、ちょっとトイレ!」

「はーい! コルデーもごいっしょしまーふ!」

「いや、来なくて大丈夫だから!」

 

 千鳥足で着いて来そうな彼女をテーブルで待つように言いつけつつ、早歩きでトイレに入った。

 

「ふう……いやー、食べた食べた……ん?」

 

 用を足して手を洗っていると、外から物音がした。扉の開く音だ。

 

(誰か入って来たのか?)

 

 気になってトイレから出て顔を出すと、そこには酒場に居てはあまり宜しくない女の子を見つけた。

 

「……はい、前金と合わせて30万」

「毎度」

「それで、マス……男性の方は?」

「あちらかと」

 

 酒場のマスターと会話をしていた彼女はオイラの方を見た。

 

「エリセ……どうして此処に?」

 

 宇津見エリセ。

 ランサーのサーヴァントである、14歳の少女だ。

 別の世界ではボイジャーのマスターだったり、周囲とは異なる自分の能力に苦悩しているちょっと複雑な娘だ。

 

「はぁ……相変わらず呑気なんだから」

 

 他の女性と話していると、ヤンデレとなったコルデーが黙っている訳ない。

 そう思って先まで座っていた机を見ると、うつ伏せで眠っている彼女を見つけた。

 

「まさか、暗殺の天使シャルロット・コルデーとこんな簡単にデートに行くなんて。

 キミ、幾ら何でも浮かれ過ぎでしょ?」

 

 誰もがサーヴァントを連れている世界で1人だけ連れていなかったエリセは、サーヴァントに詳しく、また彼らを尊敬している。

 逆に使役する立場のマスターには当たりが強い。年上の俺にあからさまに呆れている。

 

「ヤンデレ・シャトーはサーヴァントを狂わせる……まあ、私みたいな半端モノは例外みたいだけど……そんな危険な暗殺者と一緒に歩くなんて自殺行為だよ」

「そんな事は勿論分かってるんだけど、無為に扱うのもなんかなぁ……」

「それが呑気だって言ってるの!」

 

 エリセは我が強いし俺への当たりも強いから、やっぱり苦手だ。

 

「貴方、そんな事言ってこの前も同じアサシンの武則天に殺されたの、忘れたの!?」

「ぶ、武則天って……ふーやちゃんの事? え、オイラそんな事されたっけ……?」

 

 頭をかいて思い出そうとするが、最近のシャトーでそんな物騒な記憶は存在しない。

 

「……兎に角、私が一緒にいてあげるからもう迂闊な行動はしない事!

 コルデーさんには眠って貰っている内に、この島から出ましょう!」

「眠って貰ってるって、コルデーに何を――」

 

「――唯の睡眠薬! 此処の店主に仕込ませて置いたの! ほら、行くわよ」

 

 怒ったエリセに引っ張られ無理矢理店の外に出た。

 段々足取りが速くなってくる彼女に合わせて、俺も足の動きを早めた。

 

「あ、ちょっと! これからどうするの!?」

「船で島から離れちゃえばもうあの人も追って来ないでしょ! ほら、もっと急いで!」

 

 駆け足で店に挟まれた昼過ぎの大通りを抜けて、港に戻って来た。

 

「でも、船って何かあるの!?」

「貴方が乗って来たのに乗るよ」

 

 傾いた太陽が照らす港に辿り着き、船の前に辿り着いたと同時に槍を取り出したエリセは俺と一緒に跳躍し、着地するや否やロープを切り裂いた。

 

「抜錨!」

 

 乗り込んだ錨を引き上げて、島から逃げる様に出航した。

 流石は騎乗C+、見事な舵捌きだ。

 

 安堵の溜め息を漏らす俺だが、エリセは一人注意深く船内や港に目をやってコルデーの不在を確認した。

 

 安全が確認できた彼女は看板で床に座っていた俺の隣にやってきた。

 

「……どうやら、安全みたいね」

「そっかぁ」

 

 彼女にとって安全なのは間違いないだろう。

 だけど、いつエリセもヤンデレ化して襲ってくるか分からないし、それに船がなくなった程度で彼女が本当に諦めるとは思えない。

 

(いざとなったら、礼装で無敵化して引きこもらないと……!)

 

「ねぇ」

「ん?」

「あの人と今まで、何をしていたの?」

 

 その質問で彼女からメンドクサイ彼女オーラを感じ取った。

 

「アサシン相手だったから私も結構距離を開けて尾行していたの。だから、何をしていたのか教えて欲しいんだけど」

「えーっと……飯を食べただけなんだけど?」

 

 オイラは素直に喋ったが、彼女の疑いの眼差しは変わらない。

 

「じゃあ、手を繋いで店先で盛り上がっていたの、アレは何?」

「え……いや、店の人達が勝手に夫婦って勘違いしたみたいな?」

「誰を?」

 

「そりゃ……俺とコルデー?」

「ふぅーん……」

 

 含みのある表情で頷いたエリセは、少し考えてから俺の手に重ねて上から掴んだ。

 

「じゃあ、私が手を繋いでいたら同じ事を言ってくれてたのかな?」

「……た、多分?」

 

 良くて兄弟、もしくは援助交際だと邪推されるんだろうなーと思ったが、口から出る前に無難な言葉で濁した。

 

「……まあ、君おっさんだもんね」

「ふっぐ!?」

 

 的確にこちらの思考を読んだ上で悪夢の様な鋭い指摘で刺されてオイラのメンタルは一撃でボロボロだ。必中スキル持ちのランサー、やっぱり怖い。

 

「何? 今のでショックだったの?」

「べ、別に……」

 

 零れそうな涙を堪えて強がった返事をする。彼女は呆れた様な溜め息を吐くと、出来の悪い弟を可愛がるような顔をした。

 

「……私、君の「多分」が嬉しかった。世間一般的には気持ち悪くても、君は私を受け入れようとしてくれたから。

 人類最後のマスターなら、こんなの標準装備なんだろうけどね」

 

「どうせ俺はおっさん……」

 

「ああ、もう変なスイッチ入れないでよ!」

 

 立ち直れなさそうなダメージに打ちのめされ、体操座りで己の存在の小ささを再認識して――

 

「――どわぁっ!?」

「――っく、何!?」

 

 突然の爆音と共に、船の後方で大きな水飛沫を上げた。

 

「まさか、敵襲!?」

「っぐ、今度は海賊のサーヴァントか!?」

 

 エリセはマストの頂上に跳び、俺は礼装の機能で慌てて敵影を確認すると、一隻の船が此方に迫っていた。

 大砲が見える船の側面をこちらに晒している赤と黒の海賊船、その姿形を見て直ぐに誰のモノか理解できた。

 

「フランシス・ドレイク……!?」

「嘘!? じゃあアレが黄金の鹿!?」

 

 良く視れば船上に人影があり、片手にジョッキを持ち上がら手を振っている女海賊なのは直ぐに分かった。

 

(……え、手を振ってる?)

 

 まるで挨拶をしただけ、の様な気楽なジェスチャーに不信感を抱いた。

 砲撃したと言うのに、彼女の船はこちらに向かってくる素振りが一切ない。

 

「エリセ、兎に角離れ――」

 

 ――彼女に声を掛けてマストを見上げると、白い帆を破りながら落下してくる2つの影が見えた。

 

 エリセと、突然現れたシャルロット・コルデーの影だ。

 

「っ――!」

 

 空中で鍔迫り合いをしていた彼女達は、俺から離れてそれぞれが甲板で受け身をとってまた直ぐに立ち上がった。

 しかし、エリセの片足には切り傷があり、若干動きが鈍い。

 

「っく……!」

「残念です。今ので両足を切っていたら私の勝ちだったのに」

 

「コルデー!?」

「こんにちわ、マスター。数分ぶりですね?」

 

 怒っているのか本気で笑っているのか、彼女の見せた笑顔からは判断がつかない。少なくとも、血の付いたナイフを持っているので安心する事は出来ないだろう。

 

「先の砲弾に乗って飛んでくるなんて……流石、サーヴァント……!」

「普通の村娘の私には難しかったですが、なんとかなって良かったです」

 

 無謀な暗殺を幸運で遂行したシャルロット・コルデー、彼女なら無茶な作戦を思いつき実行するのは当たり前だ。

 

「これで、ちょっとは勝ち目があるでしょうか?」

 

 油断なく言った彼女の言葉にエリセは苦い顔をした。

 通常であればサーヴァントとの戦闘を経験しているエリセにとって、パラメーターの低いコルデーとの戦闘は問題ない。

 

 しかし片足の傷が、明らかにランサーの強みである俊敏性を奪っている。

 

(それに落下するまでの均衡、普段以上の魔力を感じた……! 彼女を後押ししているのは、塔の狂気だけじゃない!)

 

 エリセが此方を少し睨んだ。

 

「え――」

 

 疑問の声より先に、コルデーがエリセに向かって駆け出した。

 

 素早く反応し槍を振るったエリセだが、キレの無い足捌きで繰り出された攻撃はコルデーを捉えられず、槍の間合いの内側にまで接近される。

 

 何処であってもナイフで切られればエリセとの差がまた埋まってしまう。

 

「なんて、ねっ!」

「っ!?」

 

 しかし、コルデーに繰り出されたのは足蹴り。

 

「――っ!」

 

 ナイフを槍の柄部分で受け止めてからの反撃に、コルデーは距離を取ったが痛みに顔を歪ませた。

 

「この程度の怪我で戦えなくなる程度じゃ夜警なんて務まらないよ!」

「……はぁ、やっぱり戦いはそう簡単にはいきませんよね……」

 

 どうやら先まで大げさに痛がって見せていただけで、戦えなくなった訳ではないらしい。

 

「フライシュッツ!」

 

 槍のリーチから離れたコルデーにエリセは魔弾を放って攻撃を開始した。

 

 魔術を習い戦闘に身を置いていたエリセと一度だけの暗殺者ではやはり能力の差があり、光り輝く天使が傍に居ても劣勢を強いられるのは避けられない。

 

 接近は許されず、魔弾を躱した先でエリセによる槍撃。

 

 碌に攻撃に転じる事も出来ないまま、コルデーの体は槍に切り裂かれた。

 

「こ、コルデー!?」

「大丈夫、消滅しない程度に手加減したから」

 

 本気で戦っていたエリセの瞳に光はないが、本当に手心を加えてくれていたらしくコルデーも床に倒れたまま消えたりはしなかった。

 

「コルデー! 兎に角、今回復するから――っ!」

 

 彼女の体に触れると同時に左手で肩を掴まれ、夕日で照らされた首から斜め下の切り傷を見た俺は酷く動揺した。

 

「――マスター」

 

 アトランティスの船上での記憶が脳裏に浮かぶ。

 スマホ越しでしか見てない筈の光景が、リアルに、鮮明に。

 

「マスター!」

 

 エリセの叫び声が聞こえてくるが、目の前の光景に驚き固まったオイラは動けない。

 

 涙の流れる笑顔と共にシャルロット・コルデーはナイフを持ち上げて――

 

 ――赤と黒の触手が、視界を阻んだ。

 

「なっ!?」

「きゃぁ!」

 

「こ、コルデー! エリセ!?」

 

 船の下、海の中から溢れ出て、蠢く様に登って来た触手達。

 船体の何処からでも這い上がって来るそれらは1つの液体にすら見える。

 

 その中でも特に大きく長い触手達が、エリセとコルデーを持ち上げて拘束している。

 

「これって、BBの……!?」

『ピンポンピンポーン! 大正解でーす!』

 

 オイラの予感は的中。

 だけど、触手の主であるBBは声だけで何処にもいない。

 

『せんぱーい……上ですよ、上』

 

「うえ……って!?」

 

 上空を見上げると、立体映像の様な巨大な水着のBBがこちらを見下ろしていた。

 

『はぁ……違法侵入を繰り返していたら、アクセスに制限が掛かっちゃいまして、なんとか海の底から触手だけ送り込んだんです』

「あ、ちょっと、どこ触ってるのよ!?」

 

 エリセの悲鳴に似た声に目を向けると、彼女の服に触手達が密着し始めていた。

 

「わ、わわわっ!?」

 

 コルデーを縛る触手達も、体に全体に纏わりついてネットリと動き始めていた。

 

『今の私では、センパイをルルハワに連れて来る事は出来ません。

 なんですけど、センパイがこちらに来て頂けるなら話は別です。なので、そちらにゲートを用意しました』

 

 複数の触手が人間より大きな輪っかを作ると、その先にビーチの様な光景が見えた。

 

『そのゲートからルルハワに来て下さい。

 別にー逃げても良いですけど……2人に薄い本みたいな事、しちゃいますよ?』 

 

「っく、こんな……!?」

「そ、そこは捲らないでー!」

 

 悲鳴を上げる2人の姿を見て、オイラは煩悩を頭を振ってかき消して――

 

「――入る! 入るから2人を放してくれ!」

『ふふふ、交渉成立ですね』

 

 俺の言葉に触手達はあっさり2人を放したが、放り投げられた2人は海へと落下する。

 

「ちょっ!?」

 

 だが、触手に掴まれ2人の元に行く事は叶わず、上空に映るBBちゃんの視線も刃物の様な鋭さを持った。

 

『さあ、早く入って下さい。勿論、断れば薄い本の18の数字にGの文字を追加しちゃいますよ?』

 

 観念した俺は、ルルハワ行きのゲートを潜った。

 

 

 

「遅かったですね、セ・ン・パ・イ!」

 

「BB……」

 

「ようこそ、私のルルハワへ」

 

 先まで夕方だったのに、常夏のビーチには夜の帳が下りていた。

 

 其処に居るのは、夏のビーチらしい小麦色に焼けた肌と白の水着。それらを全て覆い隠す黒いコートに身を包んでいる、女神と邪神が混濁するムーンキャンサー、BB。

 

「大変でしたね。身の程を知らない村娘や、生意気な中学生に絡まれて……よよよ、可哀想なセンパイ……きっと完璧で素敵な後輩AIの私が恋しかったんですよね?」

 

 俺は黙って彼女に頷いた。だって、気軽に手を握ったり体に触れて来るけど、存在が邪神的過ぎて震えが止まらないんだもの。

 

「そんなに怖がらなくても良いんですよ? 此処はBBちゃんがセンパイとの一時の為に作った素敵空間なんですから。

 例えセンパイが他のサーヴァントに想いを馳せてうっかり潰してしまっても蘇生されますし、ヨワヨワメンタルが冒涜的な真実を直視して発狂に陥っても治療されますので」

 

 そんな無限地獄に人を落として置いて安心しろだって……? 

 震えが3倍位早くなった気がする。

 

「肉体的であれ精神的であれ、死、だけはあり得ませんのでご安心下さい」

 

 彼女のコートの袖から触手が伸びて、繋いだままの俺の手に絡んだ出来た。

 腕に痛みは無いが、幾ら抵抗しても絶対に離れないと感じられる程に強靭で固定されていると言っても過言ではなかった。

 

「はぁ……先日、私のキルスコアが44回を超えてしまった結果、隔離されてこんな面倒なプロセスを踏む事になってしまいましたが、マスターはチョロいですからね。これからも抽選も順番も守らずに私がセンパイを独占してあげます」

 

 キルスコアとか、44回とかは良く分からないが、兎に角これ以上此処にいるのは不味い。

 ――こんな時はやはり、令呪で!

 

「BBに命ずる! 俺を元の場所に戻して――っ!」

 

 ……やっぱり、チート満載の健康管理AIに令呪は効かず、折角の1画が弾けて消えてしまった。

 

「流石のBBちゃんも心を入れ替えて、これからはセンパイの死に目に会わない様に万全なプロテクトでお迎えして上げますね?」

 

「だ、だったら……!」

 

「止めはしませんが、無駄に使わない方が良いですよ? このルルハワの外だろうと中だろうと、どんな命令も完全にシャットアウトですので」

 

 使っても使わなくても駄目なら、使って変化する方に賭ける!

 

「サーヴァントよ! 誰でもいい! ルルハワに来い! オイラを、助けてくれぇぇ!」

 

 令呪は消え去り、声は闇に吸い込まれた。

 

「……はーい、これでセンパイは令呪なしのマスター。

 月の世界なら脱落者。他の聖杯戦争なら種無しで能無しなマスター……あー、なんて可哀想で無様な豚さんなんでしょう」

 

「っう……!」

 

「でも安心して下さい。絶対に死なないこのルルハワで、私が付きっきりで調教してあげます。

 私に飼われるのが幸せな豚さん。

 自分のサーヴァントに思い通りにされちゃうマスター。

 私の好みのセンパイに……あぁ! 楽しみ過ぎて私の脳内メモリ、キャパオーバーでフリーズしそうです!」

 

(な、ならせめて概念礼装で……無い!?)

 

「ゲートを通る時、余計な装備品は全部捨てましたので頼みの綱のファイアウォールも無いですよ? まあ、どれもこれも解析済みなので仮にあってもハッキングなんて造作もないんですけどね」

 

 腕に巻き付いた触手が徐々に徐々に体へと向かって伸びながら、裂けて複数に分裂し始めた。皮膚が、段々黒と赤に覆われて行く。

 

「手始めに、細胞レベルで浸食してセンパイの全ての生体情報を取り込んだ上で完璧な健康管理に努めましょう」

「や、やめろ……!」

 

 不味い。気持ち悪い。

 体の芯から凍てつく様な悪寒に身を震わせて拒絶するが、自分以外の何かが体の中に入ろうとしてくる。

 

「抵抗しても無意味です。どんなに小さなミクロの情報も逃しま――」

 

『――』

 

 浸食の恐怖に悶えていた俺の身体から、サーっと引いていく感覚。

 それが血の気ではなく、BBの方だと気付いたのは空に現れた漆黒の大穴のお陰だった。

 

「あ、アレは……!」

 

『――ツケタ――マス』

 

「本当に悪運が強いですね!

 フォーリナー……それも、水着の霊基のアビゲイルさんですかっ!」

 

『開け、門よ……!』

 

「不味い!」

 

 空に浮かぶ穴から大きな扉が現れて開き、そこから大量の巨大な黒いタコの足が伸びて来た。

 

「――おわぁ!?」

「折角マスターから令呪を貰ったのに、姿を見せないと言う事は恐らく先程の私と同じ様に触手を送り込むのが精一杯だと言う事!

 それなら簡単です。センパイを連れて、時間切れまで逃げ切るだけ!」

 

 オイラを触手で引っ張り、自分の胸元で抱えてルルハワを飛び回るBB。

 町へ逃げれば触手の動きが建物で邪魔されると考えてか、屋根から屋根へと飛び移るが、大きく膨れ上がった触手の群れは津波の様にホテルやビルを破壊してこちらに向かって突っ込んでくる。

 

「……! ふふふ、物量に任せての力押しですか。

 それなら、此処が誰の支配領域か教えてあげます!」

 

 ビルの屋上で足を止めたBBはこちらに迫る黒の群れに宝具を向けて、自分の触手を向かわせた。

 

 触手で複数の触手を串刺しにし、その動きを止めて徐々に押し返していく。

 

「ふふふ、威力も制御も私が上! 幾ら数を増やしても、BBちゃんの供給に追いつける訳ないじゃないですか!」

 

「――なら、貴方の手中から直接マスターを頂くわ」

 

 突然、足元から床を壊して現れた触手がオイラの両足を掴んだ。

 

「なっ!? この!」

 

 撃退の為に俺から少し離れていたBBも、慌てて触手を体に巻き付けてそれを抑え込んだ。

 

「あだ!? 吸盤がぁ、痛たたたたた!!」

 

「我慢して下さい! 引き込まれたら終わりですよ!」

「マスターはこっちの方が良いのよ。令呪でお迎えを呼んだもの」

 

 二人に体を引っ張れ、千切れそうな痛みに声を上げるが二人は一切躊躇が無い。

 

「分かっているのかしら? 私の介入でマスターの不死性はなくなっているのよ?」

「言い出しっぺの法則ですね! なら先に気付いた貴方が手を放してセンパイを苦痛から解放して下さい!」

 

「健康管理が聞いて呆れるわ」

「痛みを感じているのは健全な証拠です!」

 

「――!!」

 

 余りの痛みに悲鳴すら上げられなくなっていた。

 そして、2人が争っている間にも後ろで巨大な触手達の戦いも続いていた。

 

 串刺しにされたアビゲイルの触手は先端から更に伸びる事でこちらに近付き、BBの触手はそれに対応するべく分裂して再び串刺しにしていく。

 

 だが、持ち主である2人が俺に集中しているせいで、制御外となった触手の勢力の動きは変化する。

 

「センパイは私の――」

「マスターは私の――」

 

 

 

 ――全ての触手の目標は、オイラになった。

 

 

 

 だから――殺到した彼女達に圧し潰されるのは、そんなに時間の掛からない事だった。

 

 

 

「――――」

 

 口を閉じたまま、微動だにせずにこちらを見るBBはまるでフリーズしたパソコンの様な制止した瞳でこちらを見続けていた。

 

 

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!! どうして、どうして、どうしてこうなるのぉ!? マス――」

 

 涙を流し、狂ったように叫び続ける彼女の慟哭は最後まで聞けず――目覚めたオイラが、それを覚えている事もない。

 

 

 

「……ふぁぁぁ、今日も労働かぁ」

 

(マスター……私が、お誘いしたばかりに……)

 

「ふっん……! よし、まだ歯磨き粉は残ってるな!」

 

(キミの事、守ってあげられなかった……)

 

「今日の弁当、何買おっかなぁ……」

 

(センパイ……どうやったら私は、貴方を死なせずに愛せるんですか?)

 

「うぉ!? このピックアップ、回したい……まあ、昼飯を削ればなんとか……」

 

(……大好きな貴方の亡骸は、何度見ても私の穴を広げていく……)

 

「あ……!」

 

 

 

《次は……次こそは――》

 

 

 

「部屋の電気消すの忘れてた、っと。それじゃあ、行きますか」 

 




次回の当選者は やいたちさんです。次もこれ位の早さで投稿したいです。

六章後編、エピローグ無事クリアしました。でも新しいサーヴァントはパーシヴァル位しか召喚出来ませんでした。無念。でも水着に残しておきます。

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