ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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遅くなりましたが5周年記念企画4回目、 シナンジュ・ホットF91 さんの話です。

今回は切華の話! カルデアール学園で玲に近付きたい彼女のとった行動とは……


カルデアール学園の新聞部副部長

 カルデアール学園、新聞部の部室――

 

「新聞部の副部長、いい加減決めない?」

 

 ジャンヌ・オルタが言ったそのセリフが、全ての事の始まりだった。

 

 現在、俺が部長として活動している新聞部に副部長はいない。何故なら、部長は俺で全員が賛同したのに対して、副部長はジナコ&カルナを除いた全員がやりたいと言い出したからだ。

 

 最近は新しい部員も入って来たので、今回こそ決まると良いのだが……

 

「当然、長く部長と一緒に入る私です」

 

 最初に自分を強く推して来たのはXオルタ。

 

「部長の仕事を傍で見て来たんです。サポートとしても付き合いの長さは考慮されるべきステータスかと」

 

 しかし、それを一笑してジャンヌ・オルタが名乗り出る。

 

「っは! 何時も餌付けされているだけの1年生が副部長なんて生意気よ! 此処は当然、私でしょう。部室には何時も最初に来てるんだし!」

 

「いえいえ、嘘はいけません。最初に来ているのはジナコさんでしょう?」

 

 すると今度はヒロインXがジャンヌ・オルタの主張に異議を唱えた。

 

「私こそ副部長に一番相応しいでしょう! 名前だってヒロインですし!」

「私だってヒロインXオルタです」

「そもそも名前は関係ないでしょ!」

 

「なら、お姉さんが副部長を務めましょう。部長の近くを飛び交う虫を、切伏せればいいのよね?」

 

 式の奴まで刀を手に持ちながら話に交じり始めた。

 

「良く分からないが……玲の一番近くにいられるなら、沖田ちゃんも参戦するぞ」

 

 結局部員全員が副部長になろうと躍起になり始め、また1人立ち上がった。

 

「なら、私――」

「――はいはい! 沖田さんは切華さんを支持しまーす!」

 

 他の全員の視線が新入部員の2人に向けられた。

 

「入部したての新入部員なのに、どうして副部長になるつもりなのかしら?」

「そうです。此処は最古参の私が!」

「あら、私はもう何年も学園の桜の木にいたのだけど?」

 

 駄目だこりゃ。このままだと収集が付かねぇ。

 若干気が進まないが、俺はホワイトボードに書かれていた次の予定を横目で確認した。

 

(……しゃーない。此処で暴れられたら備品に被害なしで鎮圧できる気しねぇし、ここは副部長を次の新聞で決めるとしよう)

 

 俺は言い争いを続ける連中に向かって大きく手を叩いた。

 

「ちゅーもく!」

 

 まだ本格的にヒートアップする前だったからか、全員が素直に俺の方を向いてくれた。

 

「新聞部副部長は、次のアンケートで決める!」

 

 新聞部はどんな記事を作ればいいのか、その傾向の調査の為にアンケートを募集している。

 びっくり人間だらけの学園の記事は好評で、色々な部に勧誘される大人気マスター候補生である俺の存在も相まって、アンケートは自由参加でありながらも毎回40件近く送られてくる。

 

「次のアンケート、つまり次の記事でと言う事ですか」

「上等じゃない」

 

「前に会議で決めた通り、次の記事は学園の注目人物達への取材だ。

 ジナコ、データは?」

 

「はいはい、えーっと前の記録は……どんな嘘でも見抜くって噂の中等部の清姫さん、新人教師で恋愛成就の力を持つカーマ先生、アルトリア先生達の唯一無二の子でありながら高等部の不良の頭モードレッド……この3人っすね。いや、不良に取材って…………ん? 部長、どうかしたっすか?」

 

 何処かで聞いた気がする人物達3人の名前を聞いた俺は、自分でも訳の分からない内に頭を抱えていた。頭の中に、見覚えのある3人の顔が薄っすらと浮かび、消えて行った。

 

「……な、なんでもない」

 

「それで? どうやって勝負を決めるのかしら?」

「流石に、全員で取材をさせる訳にはいかないからな。副部長になりたいのはひぃ、ふぅ……6人か。なら2人一組のチームになってもらう」

 

 その言葉に沖田が手を上げた。

 

「はいはーい! 沖田さんは切華さんを手伝いまーす!」

「なら、新入部員だし2人で1人としてそこだけ3人チームにしておくか」

 

「チームですか……」

「最初は副部長の仕事に慣れてもらうって意味で勝利したチームの2人が副部長。

 その後、改めて1人だけを決めても良いしな」

 

 6人全員で言い争わられなければ、まぁなんとかなるだろうと思い俺はホワイトボードの裏に簡単なあみだくじを書いた。

 

「取り合えずチーム1、チーム2、チーム3っと……じゃあ、1から6の数字をXオルタから言っていけ」

 

 それぞれの指定した場所に名前を書いて、俺は結果を見せた。

 

 チーム1にジャンヌとヒロインX、チーム2は式とXオルタ、そしてチーム3は切華と沖田ちゃんになった。

 

「よりによってあんたとなんて……」

「よろしくお願いします!」

 

「へぇ……よろしくね?」

「……こちらこそ」

 

「よし、頑張るぞ」

「切華さん、頑張りましょう!」

「だ、大丈夫かな……」

 

 ジャンヌとヒロインXは接点が少なく、式とXオルタは既に若干火花が散っている気がするし、ダブル沖田と切華は逆に少し気が抜け過ぎている気もする。

 

「それじゃあ、次は取材対象を決めるぞ。まずは――」

 

 ――こうして、カルデアール学園新聞部の副部長決定戦が開始される事になったのだった。

 

 

 

 チーム分けをした後、私達3人は部室を出て一度話し合う為に空き教室へ向かう事にした。

 

「それじゃあ、まずは作戦会議だね」

「ふむ、副部長の座が掛かった勝負だ。負ける訳にはいかないな。

 2人とも、よろしく頼む」

 

 まさか、2人の沖田さんと同じチームになるなんて。

 

「そして取材先はカーマ先生でしたね。他の2人と比べると面白い記事が書きやすそうです」

 

 沖田さんは兎も角、沖田オルタさんはちゃんと協力してくれるのかな。

 他の部員と比べれば性格的には問題ないかもしれないけど、天然だから新聞作成の部分ではあまり頼りにならないかもしれない。

 

「ジナコさんの情報だと、カーマ先生は中等部の教師で受け持っているのは家庭科らしいですね」

「あと、その日の気分で大きくなったり小さくなったりするとの噂だ」

「まあ、このカルデアール学園で話題になる人物ですし、それ位はして貰わないと」

 

 ……きっと、私はまだこの学園に慣れてないんだ。

 2人のおかしい会話を聞きながら、そう思う事にした。

 

「所で、沖田さんが空き教室に心当たりがあるって言っていたけど、この先は中等部だよね?」

「そうですよ? 普段は魔術部の部室になっている講義準備室が今日は空いてると聞いて職員室で鍵をお借りしました。カーマ先生も中等部におられるでしょうし」

 

 自慢の俊敏性で直ぐに場所を確保してくれていたけど、そこまで考えていたんだ。

 

「さあ、着きましたよ」

 

 入ってみると殆ど物置の様な場所だったけど、部室だけあって人が数人座って話し合える位のスペースが確保されていた。

 

 適当な椅子に腰かけて、早速取材前のミーティングを始めた。

 

「どんな質問をするか、先に考えておかないと……」

「そうだな……」

 

「カーマ先生はハロウィンパーティーでケーキを作っていたみたいだし、噂だと愛の神のサーヴァント適正者らしいからそこを深く聞いてみたよね。記事にするなら――」

 

 兎に角メモして考えをまとめていると、沖田さんが何やらオルタさんを呼んでいる。

 

「すいません、切華さん。ちょっと髪留めが崩れちゃったので奥で直してきますね。ほら、オルタは手伝って下さい」

「む、私はそう言うの苦――んぐ!」

「すぐ戻りますから!」

 

 半ば強引に沖田ちゃんを連れて行った。まあでも、取材内容位私だけでもまとめられるだろう。

 

「それより、職員室に行って取材の許可を取らないと……!」

 

 記事の作成期間は1週間と3日だけ。やる事は沢山あるから、私はそれをメモに書こうとして……

 

「……あ」

 

 筆箱を落とし、中身が床に散らかってしまった。

 

「もう……! こんな事してる場合じゃないのに……!」

 

 その音に憤りを覚え、短い時間が無為に過ぎて行く。

 剣道の試合やテストの時以上に、今の私は焦りに支配されていたんだ。

 

 

 

「切華さん……ちょっと冷静になればいいのに」

 

 折角確保した空き教室なのに、切華さんは急いで出て行ってしまった。後を追わなければいけないけど、その前に私にはやるべき事がある。

 

「私オルタ、そのまま後ろを向いて待っていて下さい」

「むぅ? 私が後ろを向いていても、お前の髪留めは直らないと思うが……」

 

 訝しみながら後ろを向く彼女は、やっぱり鋭いようで鈍感……だけど、切華と私に対してあの男の恋敵としての敵意は向けている。

 

 このままだと、沖田さんとしてはどーでもいいですけど切華さんに危害が及ぶかもしれないので実験を兼ねた裏技を使わせて頂きましょう。

 

「……確か此処に……ありましたね」

 

 風の噂で聞きましたが、講義準備室の奥には大きな鏡があってその鏡にサーヴァント候補生がマスター候補生がいる時に映るとシャトーでの記憶を思い出すらしい。

 

 私は自分のマスターである切華さんのシャトーから来たので恐らく問題ないけど、オルタにはきっと効果がある筈。

 

 鏡の効果がマスター候補生がいる時限定なのは思い出すシャトーの記憶がそのマスターのカルデアでの物だからだとすれば、これで私オルタも切華さんのサーヴァントの時の記憶が蘇る事になる。

 

 それはそれで私にとっては不都合だけれど、今は私の大好きなマスターの為だ。また後であの男と一緒に映せば元に戻るだろうからそれまで我慢我慢!

 

「……えい!」

 

 私は一応鏡の正面から外れつつ、一気に鏡を覆っていた布を引っ張った。

 

「っ……!?」

 

 掛け声に釣られて振り向いたオルタは驚愕の表情を浮かべ、その場に座り込んだ。

 

「……? 沖田さん?」

 

 切華さんにバレない様に急いで布を元に戻しつつ、鏡の一部を切り裂いて懐に隠した。これで効果があるかは分からないけれど、持っていて損は無いだろう。

 

「って、沖田ちゃん? 大丈夫?」

「……あ、ああ……大丈夫だ、マスター……」

 

「マスター?」

 

 どうやら成功のようです。これなら、少なくとも今は協力者として背中を預けられます。

 

「ではでは、早速カーマ先生を探しましょう! カルデアール学園は広い上に、常に問題やトラブルが絶えない場所です! 急ぐに越した事はありません!」

「え、でも沖田さんが先に作戦会議って――」

「――ささ、突撃取材です! 行きましょう!」

 

 急がば突撃です! 本気になった私達の力で必ずやマスターの望み、後押しして見せますとも!

 

 そう意気込んで職員室までやってきて――

 

「――いやです」

 

 早速躓いてしまった。

 

「あ、あの……カーマ先生はまだ学園に来て日が浅いので、生徒の皆に知って貰う為の取材なんですけど……」

「別にそんなこと頼んでませんし、受け持った生徒にはちゃんと自己紹介をしてます」

 

 銀髪赤瞳のカーマ先生はなかなか首を縦に振ってはくれない。

 

「む……だが、廊下で先生にあった時、名前が分からなければ挨拶しにくい」

「はぁ……先生のプロフィールなら既に提出してますし、書類なら見せてあげますよ」

 

「あの、少しで良いので質問にも答えて頂けると」

「それは嫌です。先生にもプライベートがあります」

 

 このままだと平行線ですね。仕方ありません。

 

「所で先生、これが落ちていたんですが」

「……」

 

 ポケットから取り出して先生に見せたのは、先程持ってきた鏡の一部。

 

「……危ないですね。私の物ではないですし、鏡の破片は捨てて下さい」

 

 しかし、数秒程それを見つめた先生は表情を変える事無くそう言った。

 

(効果無し? やはり破片では駄目でしたか?)

 

「カーマ先生、受けてあげたらどうですか?」

 

 すると、職員室に入って来たばかりのパールヴァティー先生がそう言った。

 カーマ先生は頭を抱え、溜め息を吐いた。

 

「…………はぁ、仕方ありませんね。手短にお願いします。空き教室はありますか?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 早速私達はカーマ先生を講義準備室に案内した。

 

「……我慢し過ぎると、後が怖いですよ?」

「っ……!?」

 

 私達の横を通って行った時、意味深な忠告を呟いて。

 

 

 

「……ふぅ、終わったね」

「そう、ですね」

 

「うん。しっかり録音出来た。褒めていいぞ」

「う、うん、ありがとう……?」

 

 取材を受ける時面倒そうだったカーマ先生は「早く終わらせたい」と言って、あっさり全ての質問に答えて早々に部屋を出て行った。

 切華さんは手元のメモ帳を見返しながら、記事に載せられそうな物を選んでいく。

 

「記事は明日から部室で作ろうね」

「ええ……あ、私オルタはまず部室に戻りましょう。鞄を置きっぱなしです」

 

 まずは私オルタを正気に戻さないと……

 

「む、そうだったな」

 

「さて、それじゃあ私は先に帰るね!」

「ええ、また明日」

 

 そう言って少々慌てた様子で帰っていく切華さん。こちらとしても、オルタを元に戻すので都合がいい。

 

「さあ、部室に急ぎましょう」

 

 部室に戻って来た私達ですが、そこに部長はいなかった。

 

「ん? 部長ならもう帰ったっすよ?」

 

「――!?」

 

 しまった……! 計画の為にあまり切華さんの事を考えていなかったのが裏目に出た。

 

 彼女が、嬉しそうに鞄を担いで出て行く理由なんてあの男が絡んでいるからに決まっているのに……

 

「……」

 

「よし、もう行くぞ」

 

 自分の鞄を取った私オルタは突然加速し、部室を後にした。

 その理由は間違いなく、切華さんの後を追う為――

 

「――なら、あの男にも接近する筈です!」

 

 私も本家本元の歩法で彼女を後を追った。

 もしかしたら切華さんの邪魔になってしまうかもしれないが、私の恋敵をこれ以上増やす訳にはいかない。

 

 部室から昇降口、そして校門までオルタの姿を追った。

 

「っ、見つけた……!」

 

 校門の近くで立ち止まっている姿を見つけ、私は彼女の背を叩いた。

 

「……沖田か」

「……?」

 

 しかし、思っていたよりテンションの低い返事に私は疑問符を浮かべた。その視線の先には切華さんが、店先のベンチに腰を下ろしている姿が見えた。

 

 夕日の影が差す彼女の表情はよく見えませんが、物悲しく見えて沖田さんの胸を少し締め付ける。

 

「……!」

 

 まるで恋に破れた少女の様な姿に私の胸は今なら付け入る隙があるのではと昂るが、戦に身を置いた私には彼女が戦場に挑む生き汚い剣士の様にも見え、そこまで求めているのが依然としてあの男だと言う事実が痛みを覚えさせる。

 

「……副部長に、なるぞ」

 

 ぼそりと漏れた私オルタの言葉を聞いて、漸く私は彼女が切華さんと同じを男を追っている事に気付いた。

 

 ポケットから私は鏡の破片を取り出し、覗き込んだ。

 既にシャトーの記憶のある私には、さほど大きな衝撃が襲ってくる事はなかったけれど、忘れていた事を1つ思い出した。

 

「――ああ……そうか。貴方は、私達のカルデアにいませんでしたね……」

 

「すまない、今なにか言ったか?」

「いえ、何でもないです」

 

 私は、此処までやって来た事が空振りだらけの一人芝居だった事に気付いて、小さく、己を嗤うのだった。

 

 

 

 沖田さんと沖田オルタさんの協力で出来上がった記事は、他のチームが連携を取れなかったのも相まってアンケートで好評される事になった。

 

 こうして私と沖田オルタさんは晴れて新聞部副部長になった。

 

「それじゃあ、今度から授業が終わったら副部長が部長を迎えに行くね!」

「来なくていい来なくていい」

 

「そうです。アレは部活に関係なく、護衛である私の仕事です」

「副部長だから部長の補佐をするの! 下校も私が玲と一緒に帰る!」

「沖田さんもだぞ」

 

「……Xオルタ。お前らは負けちまったし、此処はこいつらの言い分を聞こうぜ」

 

「嫌です」

 

「これからジナコとの打ち合わせ、取材先の確認、会議、色々するんだ。改めて副部長を決め直すってなったら今度こそお前がなりゃいいだろ」

 

「……」

「それに……お前には丁度この話が来てたぞ」

 

 玲は机の上に置いてあった紙を見せた。

 

「ほら、年に一度のカルデアール声杯戦争」

 

「わ、私は歌になんて別に興味は……」

 

「え!? えっちゃん出ないんですか? 私はもう六天ロックスにスカウトされましたよ!」

 

 ヒロインXが別のチラシを取り出した。

 確か、掲示板で見た気がするけど六天ロックスは人気ランキング5位のロックバンドだった筈だ。

 

「因みに、お前に声を掛けて来たのはメイヴとタマモキャットの2人だったな。なんでも、Xオルタが加入するか否かでグループ名が決まるって言ったけど……」

 

「…………う、ぐぐ……! 分かりました……副部長に、任せる事にします……」

「そうしろそうしろ。よし、そういう訳で、副部長は沖田オルタと切華! これからよろしくな!」

 

「う、うん。頑張るよ」

「是非とも頼ってくれ」

 

 また一歩、この学園で玲に近付く事が出来た……だけど、慣れた様子で他の女と接する玲を見ていると、何だか私のこの一歩がとても小さく、頼りない物に思えてならなかった。

 

 ――そして、そんな私の懸念は直ぐに現実になる。

 

「よし、授業も終わったし迎えに行こう」

 

 早速副部長としての仕事として私は玲の教室に急いだ。

 

「お」

「む、遅かったな」

 

 だけど、廊下の途中で胸を押し付ける様に歩く沖田オルタとXオルタが玲の横にいた。

 

「何で……」

「練習部屋までだけですから、お気になさらず」

 

 いや、Xオルタは1年だからそもそも階が違う筈だし、今の今まで彼女面して歩いてたのに何を白々しい嘘を……それに沖田オルタのその仕草も、私の中の彼のイメージを汚し、貶めている様で腹立たしい。

 

 自然と私の手は持っていた竹刀に伸びて……

 

「切華さーん!」

「っ!? お、沖田、さん……! じゃ、邪魔」

「もう、邪魔だなんてそんな酷い事言わないで下さいよ! ねぇ、部長?」

 

 後ろから密着されて竹刀は抜けず、玲の視線がこちらを向く前に私は手を離すしかなかった。

 

「まあ、引っ付かれるのにはなんやかんや慣れちまったからな……副部長も早く慣れた方がいいぞ?」

 

 本人である玲にそんな風に言われてしまい、私の中の怒りはまるで冷水でもかけられたかのように萎んでいく。

 

「……う、うん」

 

「よし、じゃあ行くぞ。Xオルタはさっさと練習行って来いよ」

「……分かりました」

 

 去っていく彼女の背中を、私は少し睨み付ける様に眺めたがそれを気にする様な素振りはなく余裕すら感じているみたいだった。

 

「切華さん、おぶっていてください!」

「お、重いから降りて沖田さん……」

 

 邪魔者達と一緒に部室に着いてしまえば、更に多くの女と業務が私と玲の時間を奪っていく。

 

 副部長として玲の隣に座る私に嫉妬し、今まで以上の仕事を振ってきたり、部室の外に行くように差し向けたり。

 

 だけど……これが終われば、下校時間がくれば――

 

「――部長、一緒に帰りましょう」

 

 そう思っていたのに、Xオルタは部室の前に立っていた。

 

「ワリーけど、今日は切華と帰る約束が――」

「駅前のカップル限定メニューが今週までなんです! お願いします!」

 

「……うーん、らしいんだけど切華、行って良いか?」

 

 良い訳ないっ!

 ……なんて、彼に向かって私が言えるはずもなかった。

 

「……うん、大丈夫」

「ありがとな。今度、埋め合わせはするから」

 

 結局、副部長になる前と同じく玲とXオルタの背中を見送る自分の心に、寒風が通った気がした。

 

「……」

 

 直ぐに同じ道を通っていく気にもなれず、部室を出た私は屋上に足を運んだ。

 

 一人フェンス越しに見える景色に黄昏ていたかったのに、後ろから誰かがやって来た。

 

「えへへ……私、切華さんの事が大好きですから。傷心の隙は見過ごしませんよ?」

 

「それを言っちゃったら隙にならないと思うんだけど……」

 

 でも、そんな沖田さんが何処か羨ましい。いっそ、最初にこの学園に来た時みたいに竹刀を振り回して暴れられたら幾らかマシだっただろう。

 

「今の切華さんは、とても寂しそうで見てられません」

 

「……」

 

「満たされたい」

 

「……」

 

「愛されたい」

 

「……っ」

 

「傍にいたい」

 

「沖田さんっ」

 

 彼女の発する言葉に耳が痛くなった私は振り返って、その言葉を止めようとした。

 けれど、そこに沖田さんはいなかった。

 

「――あ!?」

「だから、簡単に射貫けちゃいましたね」

 

 確かに、胸を貫かれた感覚が私の身体をすり抜けて行った。

 

「満たしてあげますよ」

「愛してあげますよ」

「傍にいてあげますよ」

 

 私の欲しかった言葉を囁かれ、体から力が抜ける感覚に目を閉じた。

 

「…………」

 

「……?」

 

 数秒の間だけの筈だったが、辺りは静まり返り先まであった筈の気配は跡形もなく消えていた。

 

「……い、今のは一体……?」

 

「おーい、切華!」

 

 状況の飲み込めない私を呼ぶ玲の声が扉から聞こえて来た。

 

「此処にいたか」

「れ、玲!? な、なんで!?」

 

「なんでって、お前が今日の放課後に屋上に来てくれって言っただろ?」

「そ、そうだっけ……?」

 

「しっかりしろよ。どうせ手合わせだろ?」

 

 そう言って、玲は持っていたカバンを投げ捨てると私と対峙してくれた。

 

「ほら、来いよ。下校時間までに終わらせないとな」

「……うん!」

 

 漸く、漸くだ。

 ずっと、ずっと私が求めていた玲の姿がそこに在った。

 

 私を真っ直ぐ見つめてくれる。

 

 私から目を離さないでいてくれる。

 

 私を、愛してくれる。

 

 

 

「……まずいですね」

 

 屋上で繰り広げられる、自分自身と切華の戦いを見下ろしながらカーマはぼそりと呟いた。

 

 サーヴァントとの戦いを経験した2人の竹刀と拳の応酬は、準備運動は終わったと言わんばかりに数秒ごとにヒートアップしている。

 

「私の分身は対象の願望が反映されて理想の容姿、思考、能力を持っていますけど……私が愛の神である以上、戦いの分野ではそれにも限界があります」

 

 愛の矢で多少切華の心に分身を魅力的に見させているので今はまだ笑みが零れているが、このままだと打ち破ってしまう。

 

「うーん、彼女を陥落させれば残るマスターを堕とす足掛かりになると思ったのですが……やはり、脳筋とは相性が悪いですね」

 

 切華のカルデアにはカーマは召喚されていない。そのせいか、カーマの視線は冷たく、見下す様な物になっている。

 

「まあ、このまま倒されれば魅了が解けますが、幼馴染なんて当て馬ヒロインにはこのままお人形さん遊びをして頂きましょう」

 

 カーマが背を向けたと同時に、彼女の分身は壁に叩き付けられた。

 

「……さて、帰りましょう」

 

 

 

「――っはぁ、どうしたの玲! 貴方は今ので動かなくなる程、やわじゃないでしょう!」

 

 息を整えるより先に、動かなくなった玲に私は吠えた。

 

 先まであんなに楽しかった筈なのに、どんどん私の高まりは鈍くなっていく。

 

 こうしている間にも、玲は全く動かない。

 それどころか、壁に背中を合わせてなんとか体を支えている様な……

 

「……どうした玲!! この程度なわけないでしょう!」

 

 私の声が通じたのか、彼の体はピクリと動いて――ゆっくりと、壁伝いに倒れた。

 

「……玲……?」

 

 信じられない。

 夢だと、私は何度も瞬きをする。

 

「っと、切華さーん?」

「っ!?」

 

 少し離れた先から沖田さんの声が聞こえてそちらに目をやったけれど、それよりも倒れた玲が気になって直ぐに視線を元に戻した。

 

「えっ……?」

 

 いない。

 先までそこにあった筈の玲の体が消えていた。

 

「切華さん? 竹刀なんてもって、こんな所で鍛錬ですか? 精が出ま――っ!」

 

「――貴方だよね?」

 

 質問より先に私は彼女に切りかかっていた。それを受け止められて、私の怒りはより深まった。

 

「何が、ですか?」

「貴方なんだよね? 私に変な幻を見せたのは!」

 

 もう待つ時間なんて必要なかった。私は唯々、目の前の彼女をぶった切りたくて仕方なかった。

 

「ねぇ、沖田さん……私を手伝ってくれるんじゃなかったの?」

「……っ!」

 

「私、玲の事が好きなんだよ! 強くて、これ以上に無いって位に眩しい目を持つ玲が! それ位、分かっていると思ったのに!!」

 

 言い掛かり、勘違い。

 そんな不都合な予感も推測も全て置き去りにして彼女に打ち込む。

 

 そして、そんな私に沖田さんは――

 

「――ふふっ!」

 

 嬉しそうに、笑って返した。

 

 それが答えか。とても楽しそうに笑みに、私は更に憎悪を燃やした。

 

 私が怒りを込めて振り下ろせば、嬉しそうに受け止める。

 

「あはっ!」

 

 視線でフェイントを入れながらも口角は上がったまま。

 

「あはははっ!」

 

 攻撃を躱しても、躱されても――

 

「あはははははっ!」

 

 ――耳障りな声が聞こえて来る。

 

「これですよ、これ! 良いですよ切華さん!」

「っぐぅ!」

 

「そうですよ! その動きです!」

 

 私と彼女の戦いは拮抗していた。お互いに多少の余力を残しているのは間違いないけれど、実力に差は無い。

 

 なのに今の彼女は余裕がある様に戦い続けていて、それが余計苛立たしい。

 

「なんで私や他のサーヴァントが、貴方と手合わせしていたか、分かりますか!」

「知らないよ!」

 

 漸く意味のある言葉をしゃべって来たけれど、それを聞くより早く彼女を切り伏せたい。

 

「私は、貴方が好きです! うっとおしいがられても、気味悪がられても!」

 

「そんな愛は、いらない!」

 

「だから押し付けました!」

 

 集中が緩んだせいか、少し体勢が崩れてしまったが無理矢理踏ん張り追撃を避けた。

 それくらいには彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

「無理矢理戦って、無理矢理迫って! 剣の才能のある貴方の体に居続けようと、技を、技術を培わせました!」

 

 確かに、サーヴァント達と何度も戦い続けていた私はその中で技を盗み、対処法を編み出していた。

 

「だから、嬉しくて嬉しくて堪らない! 私にこうして、貴方の中の私を見せてくれるこの時間が!」

 

 無明三段突き――彼女の奥義を放ったけれど、それすら彼女に防がれて私はそのまま動きを止めた。

 そして、彼女もまた動きを止めた。

 

「……そんなの、勝手だよ」

 

「沖田さんの愛は、戦いは、なんでもありですから」

 

 私の零した文句に、彼女は笑顔でそう答えた。

 

 勝手に体に染み込まされた技。

 

 勝手に連れて来られた学園。

 

 勝手に奪われた居場所――

 

 ――なら、私はそれも盗んで見せる。

 

「っあ――ッガホ!?」

 

 私の突きをまともに受けて、沖田さんは地面に倒れて吐血した。

 

「む、無明三段突き……!?」

「同時に3回、なら例え相手に止められていてもそこから奥を穿てるよね。

 もうこれは沖田さんの技じゃないから」

 

 偽物や邪魔者なんてどうでもいい。

 私は今度こそ、本物の玲の傍に立つんだ。

 

 屋上から飛び降りた私は何度かベランダを降り継いで行って、校門を出た。

 玲の傍にいる為に。

 

 私の愛を、ぶつけてやるんだ。

 

 先までの戦いで十分に温まった体は調子が良い。

 玲は何処だ。私はスマホを手に持った。

 

 駅前の今週末に終わってしまうカップル限定メニュー。この喫茶店だ。

 

 目的地に向かうと、玲とその隣を歩く忌々しいXオルタを見つけた。

 

「そこは、私の場所だ――!」

 

 

 

 突然、切華が俺とXオルタに襲い掛かって来た。

 

 俺が捌いた筈の妙に早い一撃がXオルタを吹き飛ばし、顔からカラオケボックスに突っ込んで気絶した様だ。

 

「これで、これで、玲の隣は私の場所!」

「おい、切華……」

 

「何? 玲?」

 

 どうやら、俺の幼馴染は頭をネジを何処かに紛失したらしい。

 ……いや、多分俺がちょっと悪いかもしれない。

 

「……どんだけ付き合ってやったら満足だ?」

「一生」

 

 何時もなら絶対に言わない重い宣言に、少しゲンナリした。

 

「取り合えず、一度沈めてやるよ」

「一度なんてケチな事言わないでよ!」

 

 何時もより速いし、何時もより痛い。

 

 突きも、振り下ろしも、その動作全てが。

 

 掴んで竹刀を壊してやろうかと思ったが、そうするとこのまま素手で続けて来そうなので普段よりも数段ハードな喧嘩の中で俺は頭を回した。

 

 口八丁でどうにかなる訳じゃない。

 だが、今の切華に一撃入れるとなるとそこそこ本腰入れてやらないと難しい以上、俺が落し所を見つけてやらないと。

 

「……デートとかどうだ? ちょうど見たい映画があんだけど」

「いいねぇ! 私、遊園地に行ってみたい!」

 

 ……俺が言うのもなんだけど、普通に返事されるとはちょっと思ってなかった。普段の切華より、俺について来てやがる。

 

「遊園地ねぇ……飯はどうだ?」

「何処でも良いよ! なんなら、私が作ってきてあげる!」

 

 だが、乗ってくれるならやりようがある。

 

「行きは電車か、バスか?」

「どっちでもいいよ!」

 

「何時だ」

「何時でも! あ、今は無し!」

 

「なら……」

 

 俺は距離を取って、切華に溜めの時間を与えた。

 

 黙らせるなら、今しかない。

 

「――っ!」

 

 今までで一番早い突き。先喰らったアレだ。

 

 なら、対処法は――

 

(同時に、3ヵ所を止める!)

 

「嘘っ!?」

 

 隙が出来た。

 今だっ!

 

「それじゃあ、8日の土曜日。現実で行こうぜ」

「……え?」

 

「ちゃんと飯作って来いよ」

「え!?」

「駅前で集合な」

「え、ちょ、ちょっと待って!?」

「行先は新しい奴な」

「ほ、本当に!?」

 

「男に二言はねぇよ。

 だから、もう暴れなくて良いんだよ」

 

 ……まあ、これでいいよな。

 

 先までとは打って変わって、ワンワン泣き始めた幼馴染を抱き締めながら俺は小さく溜め息を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

(結局、玲は私の告白にOKしてくれなかった。いや、私も夢の中で暴れまくっていただけだったから、アレで返事を貰っても恥ずかしいけど)

 

「……ねぇ、良いの?」

「んぁ? 何が?」

「遊園地」

 

「二言はねぇって言っただろ」

「そうだけど……」

 

「……付き合うとか、そう言うのは卒業するまで待ってくれねぇか?」

「なんで? ……もしかして、私以外にも」

 

「ちげーよ! 真の事もあるし、大学生になって1人暮らしでも始めねぇとかーさんが許してくれないんだよ」

「ああ……玲のお母さん、真君溺愛してるもんね」

「それに、女とくっついて歩くのは俺のキャラじゃねぇーし」

 

「何それ!? 私より外面優先なの!?」

「ソトヅラって……なんか、お前もちょっと面倒くさくなってるよなぁ、あのサーヴァント達と一緒で」

「あ、やっぱり他の女とイチャイチャする為に私が邪魔なのね!」

 

「だからちげーって!」

 

 …………顔を真っ赤にして言い争っている様で、でも本気で怒っていない。

 

 楽しそうに笑う兄ちゃんと姉ちゃんを、俺は後ろから見ながら、これからもずっとこうやって歩く2人を眺めていけたら良いなと思った。

 

 いつもより距離が近いのは、きっともっと仲良くなれたからだね!

 

 

 

 

「……転勤!? 私が!?」

「はい、転勤です」

 

 生徒の自由は尊重するけれど、先生は絶対の管理下に置いてるこの学校でサーヴァントの能力を過剰使用した事が発覚したカーマ教師は、校長室に呼び出されていた。

 

「何故ですか!? 生徒達からの人気もある私が――」

「――理由を先生はご存じでしょう?」

 

 一切態度を崩さない相手に、カーマは怒鳴り散らすのを辞めると諦めの溜め息を吐いた。

 

「……はぁー……それで、私は何処に行くんですか?」

「此処です」

 

 足元に穴が開き、落下し、椅子に座る様な形でその場に落ちて来た。

 

「っ!? ……こ、此処は?」

 

 彼女が辺りを見渡すと、そこは簡単なベッドや薬品棚が置かれた保健室の様な場所だった。

 

「……まあ、学園の転勤ですから? 当然学園ですよね……保険医なら、教師より拘束時間も無さそうですし寧ろありがたいですね」

 

 何故か学園に着いた事に彼女が安心していると、3つあるベッドの内の1つだけ、カーテンに閉められている事に気付いた。

 

「……丁度良いです。早速生徒を1人魅了して、このシャトーを私のモノにしましょう。あの寝坊助マスターさん以外なら、私の手でちょちょいと――」

 

「……あと……5時間……」

 

 開いた先には、彼女が見知った寝顔があった。

 

 そう、本来の彼女のマスターである陽日。

 

 何時まで経っても自分に堕ちないマスターに不安を覚え、こっそり玲のシャトーに侵入し自分の力を再確認しようとしていた彼女にとって、まだ見たくなかった顔だ。

 

「…………」

 

「……どうしてこうなるんですか……!?」

 

 自分の運命を悟ったカーマは、静かにその場に崩れ落ちるのだった。




次回は 第二仮面ライダー さんです。

FGOは現在水着イベント復刻中ですね。アビゲイルを狙っています。呼符で引けたらいいなぁ……(高望み)

切華、再登場でしたね。今まで彼女が受けて来た仕打ちの理由も明らかになりました。
一応、今回の強化は次回の以降の話でも引き継がれる予定なので彼女の強さがサーヴァント並からサーヴァント以上になりました。
それでも玲の方が上です。(どっちも規格外)

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