ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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5周年企画3回目の当選者は ジュピター さんです。

あの4人が今回はクラスカードで暴れ回り、あっという間に監獄塔を制圧するお話です。



プリズマっぽいヤンデレ・シャトーを攻略せよ 2wei

 

「……またこの4人ですか」

「うんざりそうに言うなって」

「はぁ……眠い」

「あははは……」

 

 玲、陽日、山本の3人に溜め息を吐きつつ、俺達の目の前に立つエドモンにも溜め息を吐いてやりたくなった。

 

「揃った所で、今回のルールを説明しよう」

 

 エドモンはこちらに近付きながら3枚のカードを取り出した。

 

「それは……クラスカードか?」

「えっ、クラスカード!?」

 

「ん? なんだそりゃあ?」

「なんか……イリヤが使ってた?」

 

「そうだ。これにはサーヴァントの力が込められている。使用すれば、一時的にではあるが二通りのサーヴァントの能力を得られる」

 

 二通りと言ったが、確か俺が使った時は制限の無い限定召喚(インクルード)だとエミヤの弓しか出なくて、時間制限のある夢幻召喚(インストール)で漸くまともに戦える感じだったな……うっ、リヨぐだ子の悪夢が……!

 

「今回、サーヴァント共は物理的にお前達を叩き潰そうとやってくる。それを躱し、全員がそれぞれのサーヴァント1騎の頭を撫でれば夢から退出させよう」

 

 脱出の条件まであの時と同じ、いやな事がどんどん思い起こさせられる。

 

「ではこれを」

「……これ、前と同じでは?」

「僕はセイバー? も、もしかしてモーさんの!?」

「……魔法使い?」

 

 アーチャー、セイバー、そしてキャスターのカードが渡された様だ。

 

「で、玲にはこれだ」

「ん? カードじゃねえのか?」

 

 玲がエドモンに渡されたのはカードよりも薄い紙で、それを受け取った玲の身に着けていた服――礼装が変わった。

 

「極地用の礼装だ」

 

「……おいエドモン」

 

「なんだ?」

 

「なんだ? じゃねぇ! なんで俺だけカードじゃなくて礼装なんだよ!?」

 

「何故? 貴様には過剰武装だろう」

 

「ふっざけんな! 相手も分かんねぇし、こいつらは備えあるのに俺だけ不利じゃねぇか!」

 

「(多分、そんな事はないと思う……)」

 

 玲がエドモン相手にいちゃもんを付けていたが、俺達3人の心中は不要だと言う事で一致していた。

 

 

 

 予想していなかった訳じゃないが、ヤンデレ・シャトーに送られると同時に俺達は分断されていた。

 

「まあ、玲に丸投げすればって全員が考えるだろうしな……」

 

 そして俺は現在、監獄塔の廊下を全力疾走していた。その理由は勿論、|玲(爆弾処理班)にサーヴァントを押し付……任せる為だ。

 昔の人も、餅は餅屋だと言っていた。つまりサーヴァントにはサーヴァント級の人外をぶつけるのが最善策だ。間違いない。

 

「それにしても、何も聞こえてこないな」

 

 普段の監獄塔は長い一本道の廊下の先に広場があり、その先の階段から廊下の逆端へと続くゲームのマップの様な無限ループだ。

 だから、サーヴァントに捕まって部屋に入っていなければ前方や後方から音が聞こえて来てもおかしくない筈だ。

 

「……頼むから、合流できる様にしてくれよ」

 

 一抹の不安を覚えつつ、疲れて来た俺はペースを下げて早歩きで薄暗い廊下を進んだ。

 

「感覚的に、そろそろ広場だと思うんだが……サーヴァントは来ないのか?」

 

「貴方様のサーヴァントは、此処にいますよ?」

 

 背後から聞こえて来た声に足を止めた。

 

 聞きなれた声の主を確認する為に振り返ると、やはりそこには彼女の姿があった。

 

「き、清姫……」

「はい。水着で、賢母で、正妻で、良妻な、マスターのサーヴァント、清姫です」

 

 その手には薙刀を持ち、黄色い水着の上に和服を着崩したランサーの姿の清姫がそこにいた。

 

 ここで礼装のスキルを使い切れば清姫から逃げれるかもしれないが、流石に今日の監獄塔を普段と同じ物と考えてそう考えるのは駄目だろう。実際、本当なら既に合流している筈だし。

 

「ですが、どうやらマスターはそんな私から走って逃げ去ろうとするおつもりの様で……」

 

 先まで全力で逃げておりました。

 なんて正直に言えば燃やされるし、嘘を吐いたら燃やされる。

 

「そうだけど、見つかったらしょうがないよなぁ。清姫と一緒にいないと」

「ええ、そうしなければ私が燃やしてしまうかもしれませんし……ね?」

 

 彼女の機嫌を取ろうとすり寄ろうとしたのが見透かされ、今更彼氏面するなと光の無い視線が俺の動きを止める。

 

「一度私から逃げておきながら、今度は私の元に戻ろうだなんて……どうやら安珍様はあまり良くない知恵を得てしまった様ですね……」

 

 彼女からひしひしと怒りが伝わって来る。

 普段だったら今すぐ背中を向けて走り出しているが、今の俺にはもう1つ別の選択肢がある。

 

(此処でインストールして……いや、駄目だ!)

 

 ポケットの中にあるカードに手を伸ばそうとしたが、それより先に基礎的なルールを思い出した。

 

 サーヴァントの戦いにおいて、少なくともGrand Orderにおいては常識。

 

 それは、アーチャーはランサーに弱いと言うじゃんけんと同じクラス相性だ。

 

(今インストールすれば、ガチで殺さねかねん!)

 

「安心して下さい。安珍様が再び裏切るのでしたら私は何処までも追いかけて、何度でも炎で焼きましょう。3度目の再会はきっと、3度目の正直ですから」

 

 清姫の中で俺の死が確定した事を察してしまったので、全速力で逃走を開始した。

 

「っく、【緊急回避】! 【瞬間強化】!」

 

 何処からともなく落ちて来る無数の鐘を避けながら、床を走りながら迫って来る炎から逃げる。

 

 炎が止めば今度は清姫自身が手に持った薙刀で俺の首を切り落とさんと迫って来る。

 

「っぐ、頼むから誰か!」

 

 攻撃をただひたすら躱し、前へ前へと走り続けた俺は命からがら広場へと辿り着いた。

 

「あっぶな!?」

 

 もう少しで尻を焼かれそうだったが、寸前で横に跳んで回避した。

 恐怖に焦りながらも誰かいないかと必死に首を動かしていると、この広場は4つの通路に繋がっているのが分かった。

 

(って、つまり此処にあいつらも俺と同じあの長い通路にいるって事か!? 何処が誰に繋がっているか分からないし!)

 

 清姫は完全に俺を燃やす気だ。山本や陽日と合流しても焼死体が1つ増えるだけだろう。

 

「玲の奴がいれば、サクッと清姫を大人しく出来るってのに!」

 

 他力本願だが、命の危険に晒されている俺にはその方法しかない。もう清姫がこちらにやって来る。

 

「ええい、こうなったら一かバチかで……!」

 

 もっとも近い廊下に向かおうと一度後ろを振り返った。

 

「ますたぁ」

 

 こちらを見つめる清姫。普段と比べて距離も警戒心もあるが、一度足止めをしないとどうにもならないだろう。

 

「っ! ガン――」

「――っぐ、っちぃ!」

 

 指先から魔弾を放とうとした俺の目の前に、突然吹っ飛んできた誰かが受け身を取って立ち上がった。

 

「やろぉ……!」

「玲!?」

 

 目の前に突然やってきた希望に驚き声を上げたが、サーヴァント相手に常に優勢で戦ってきた筈の奴の顔には傷があった。

 

「あはははははは! 愉快愉快、まさか人の身で毘沙門天の化身たる私と互角に渡り合るとは!」

 

 好戦的な瞳で玲を見て笑うのはランサーのサーヴァント、長尾景虎。

 上杉謙信の名でよく知られている彼女は、毘沙門天の化身を名乗り加護と数多の武器で戦う軍神とまで称された戦国大名である。

 

「おい、切大! 力を貸せ!」

「え、あ、貸してやりたいのは山々だけど……!」

 

 俺は新たなサーヴァントとマスターに警戒しつつ薙刀を構えている清姫を指差した。

 

「2対2か……!」

「さらっと俺を頭数に入れないで貰える!? どっちもランサーだからアーチャーの俺と相性最悪だし!」

 

「馬鹿野郎、喧嘩に相性もクソもあるか! 気合でどうにかすんだよ!」

 

 はい出たー! 根性論! それでどうにかなるのお前だけだからなぁ!

 

「私は一途にマスターだけを切りまーす!」

「私だけを見ていないと、殺してしまいますよ!」

 

 結局それぞれのサーヴァントが別のマスターを無視してこちらに突っ込んでくる。

 

(しかも、景虎は【鎧は胸に在り】のスキルで飛び道具が当たらねぇし!)

 

 ガンドもインストールも使い渋って回避を選んだが――

 

「――このっ!」

 

 玲は俺目掛けてやってくる清姫の薙刀の刃を両手で掴むと、強引に引っ張ったそれで景虎の刀を防いだ。

 

「っな!?」

「おら!」

 

 蹴りを入れて怯ませた玲は俺の元まで人間離れした動きで退避した。

 

「ふー、間一髪」

「いや、自然に俺の横に立つなよ! 仲間だと思われるだろうが!」

 

「……安珍様、もしかしてそちらの趣味が……! 許しません……!」

「あははははは! 良いですよ良いですよ! 斬る敵は多いに越した事はありません!」

 

「だとよ、よかったな……ん?」

「そうですか、頑張れよ!」

 

 俺は清姫の気を玲が引いたのを確認してから、奴を置いて逃走していた。

 

 逃げる事に関しては俺の方が上手だ、こうなったらとことん逃げ切って見せる。

 

「あんにゃろ……見捨てる判断早すぎだろ……!」

 

「弱き者に興味はありません! さあ、マスター!」

 

「ますたぁ……逃がしません」

 

「っと! こうなったらヤケだ! 2人同時に掛かって来やがれ!」

 

 

 

 なんとか逃げおおせた俺は、暗い通路を進んでいた。

 まだ少し上がり気味の息を整えつつ慎重に足を進めていると、壁に妙な痕が複数付いているのを見つけた。 

 

 単純な物理的な破壊ではなく、まるで壁の一部を綺麗にくり抜いた様な痕を見て俺はポケットの中のカードに触れた。

 

「インクルード!」

 

 近くにサーヴァントがいるなら矢の無い弓でも盾位には役立ってもらおう。

 

「……でもこの感じって、ドリルとかじゃないよな……しかもこんなに沢山、間隔が空いている……」

 

 もしやバレンタインの悪魔がバズーカーでもぶっ放したのかと思ったが、着弾点がハート形になってるかもっと派手に壊れていそうだと考え直し、この先にいるサーヴァントを絞り込む。

 

「……ん? もしかして、浅――」

 

「――もう、行かせて下さい!」

「あ、待って下さいマスター!」

 

 サーヴァントの正体に思考を巡らせていると、前の方から男女の声が聞こえて来た。どうやら此処は山本がいたようだ。

 

「……?」

 

 だが、その後ろにいるサーヴァントを見て疑問符を浮かべずにはいられなかった。

 

 今、奴の隣にいるのは赤の入った鎧を着ているサーヴァント。

 

 山本の大好きなモードレッドの筈だ。なのに、なんで逃げる様にこっちに来てるんだ?

 

「おい、山本?」

「あ、切大! ちょ、助けて! 僕セイバーだから、アーチャーは無理なんだ!」

「アーチャー?」

 

 何を言っているんだこいつはと思いながら、こっちにやって来る鎧のサーヴァントを見て漸くその意味を理解した。

 

「……浅上藤乃」

「こんばんわ、もう1人のマスターさん」

 

 被っている兜の隙間から見えた黒髪と赤い瞳。

 その眼で視た物を捻じ曲げる歪曲の魔眼を持つアーチャークラスのサーヴァント。その彼女が、モードレッドと同じ鎧一式を身に纏っていた。

 

「なんだ、コスプレプレイか?」

「自作しました」

 

 剣を取り出してその場で軽く振り回した。重量を感じない軽い音が、プラスチックで出来た偽物であると教えてくれる。

 

「マスターがモードレッドさん大好きなので、弊カルデアではモードレッドブームが流行しています」

「お前のカルデアヤベーな」

「いやいや、僕に関係なく起こってるからね!?」

 

 やっぱり、カルデアってそれぞれで個性出るんだな。

 

「それよりも! 頭を撫でてこの夢から出よう!」

「モードレッドが出ないと本当に嫌がるんだな……」

 

「残念ですが、マスターは絶対私を撫でれませんよ。その為のコスプレですし」

 

 兜で守られているのか……って言うか、この藤乃攻撃性低くね? 内の清姫は出会って秒で攻撃してきたのに。

 

「折角頑張って用意したんですがお気に召さなかった様でとても残念です……仕方ありません、取り合えずねじりますね?」

 

 その一言と同時に俺は横に跳んで躱した。横目で見れば先までいた空間が不自然に歪んだ。

 

「あっぶねぇ!? ていうかなんで俺!?」

「すいません、同時に行こうかと」

「モーさん助けて!」

 

 ヤンデレの前で他の女の名前を出さないと言う基本すら出来ない山本の失言に浅上藤乃の機嫌を伺うが、どうやら彼女は大して気にしていない様だ。

 

「……普段の事ながら、口を開けばモードレッドさん……やはり、3回位ねじりましょう」

 

 そんな事はなく、普通に怒りを覚えていた。

 

 此処で俺が相手をするしかないか……幸い、俺と彼女は同じアーチャー。相性による有利不利はない。先の長尾景虎と比べれば、異能を持っただけの人間なので即死級の歪曲攻撃さえ当たらなければ倒せるだろう。

 

 そう、攻撃が当たらなければ、だ。

 

「っおわ!?」

 

 暗い塔の中、俺達2人を狙っているせいで狙いが定まっておらず、そのお陰で辛うじて回避出来ているがインストールして戦うとなれば迷う事無く捉えられてしまうだろう。

 

「どうすれば私を好きになってくれるのでしょうか?」

「お、俺はモードレッド、一筋なの!」

 

 こいつ、取り繕う事を知らんのか。魔術礼装での回避も限界がある。

 山本は概念礼装で回避状態にして簡単そうに避けてやがる。

 

「……何度頭をねじればいいのでしょうか?」

「いや、多分もう手遅れだから……」

「まずは攻撃をやめてくれないかなぁ!?」

 

 そんな山本の願いが届くはずもなく、浅上藤乃の攻撃は寧ろ徐々に徐々に激しくなっていく。

 山本だけに。

 

「あ……気付きました。

 私がこうして攻撃すると、マスターはずっと私の方を向いてくれます」

 

 遂に気付いたか……

 

「って、何で足止めてんの!?」

「だって狙われているお前だけ……いや、こっち来るな!」

 

「もう逃げる!」

 

 俺と山本は彼女から背を向けて、暗闇の中へと逃げ出した。

 しかし、魔眼の特性上それは攻撃への回避を捨てる事に他ならない。

 

「逃がしませんよ」

「い、一か八か……! インクルード!」

 

 山本のカードが光るが構わずに逃げ続ける俺達。

 突然強風が辺りを吹き抜けて、もはやこれまでかと思ったが……

 

「……こ、来ない?」

「やった、土壇場だったけどインクルードで出せたのはインビジブル・エアだ!」

 

 なんで相変わらず俺のカード以外はインクルードで役に立てる性能してるんだよ、と文句が出掛かったが、今は九死に一生を得たと言う事で納得しよう。

 

「風王結界の透明化のお陰で歪曲の魔眼に視認されずに済んだか……」

「って、このカードモーさんのじゃない!?」

 

「いや、今それかい……」

 

 だが、インストールを使わないでいてくれて助かった。

 何せこの先には……

 

「――あははははは!」

「燃やします」

 

「あっぶねぇ!?」

 

 床は焼け、壁は切り裂かれた地獄の様な広間が俺達の前にあった。

 

「……な、何これ?」

「見たらわかるだろ。戦闘中だ」

「うん、やっぱり玲は頭おかしい」

 

 それには完全に同意すると、頷きつつ俺は山本の背後に回った。

 

「……? あれ、切大?」

「お前も参戦して来い」

「なんで!?」

「セイバーならランサー位余裕だろ! 行ってこい!」

 

「……マスター? そこにいらっしゃいますね?」

 

 ぐずぐずしている内に清姫が俺の存在に気付いた。

 

「ほら、お呼びだよ!?」

「……よし、分かった。じゃあお前が向こう側の通路に行って俺の代わりに陽日を呼んで来い」

 

「分かった、任せてよ」

 

 山本が大回りで別の廊下へ向かうのを見送りつつ、重い足取りで清姫の元に向かった。

 

「清姫……」

「マスター、遂に観念しましたか?」

 

「…………」

 

 正解は沈黙だ。嘘を吐いたら殺される。

 山本早く行け……! そう思いつつ俺はなるべく清姫と視線を合わせない様に俯いた。

 

「私から逃げる気満々ですね?」

 

 ピタリと言い当てられ、嫌な汗が流れる。

 もう行くか、行ってしまうのかと頭の中で葛藤する。

 

「――おっ、っと!」

「まだ躱しますか!」

 

 そんな俺と清姫の間に玲と戦闘中の景虎が割って入ると同時に、玲は小声でこちらを怒鳴っている。

 

(おい、囮に使わせてやったんだ! さっさとどうにかしろ!)

(陽日が足りないんだよ!)

 

(なら山本じゃなくてお前行けよ! 此処にいても殺されるだけだろが!)

 

「――よし、行ける。【オーダーチェンジ】!」

 

 礼装から発動させたスキルはサーヴァントとサーヴァントを入れ替える効果を持っているが、当然今は俺と山本に使う。

 

「え」

「よっし、成功」

 

「っしゃ! やるぞ山本ぉ!」

「切大!? 図ったな!」

 

「任せたぞセイバー!」

 

 振り返る事もせず俺は急いで最後の通路へ走っていった。

 

「まあ、これで2対2だ。ちゃっちゃっと倒して……っ!」

「おわっ!?」

 

 どうやら、山本側の通路から追いつかれてしまった様だ。

 

 目元以外、完全モードレッド武装状態の浅上藤乃。皮肉かもしれないが、その姿はモードレッドをインストールしている様にすら見える。

 

「……おい、お前のサーヴァントは倒してないのか?」

「倒してないよ! こっちは逃げて来ただけなんだから!」

 

「マスター……逃がしませんよ」

 

 2人共、2対3でもがんばってくれ。

 

 

 

 相も変わらず長い廊下。後ろから聞こえて来ていた戦闘音はいつの間にか聞こえなくなっていたが、この通路にいる筈の陽日は未だに見つからない。

 

「どこだよあいつ……俺もいい加減動きっぱなしで辛いんだけど……」

 

 インクルードで出した弓も結局手放した。余計な手荷物だし。

 

「……ん?」

 

 漸く同じ景色が続いていた廊下に変化が見えた。

 どうやらサーヴァントの部屋がある様で、閉まっている扉がそこにはあった。

 

「部屋か……自分から入る事ってあんまりなかったな」

 

 大体こういう部屋には攫われたり、攫われたり、強制的な手段でしか連れ込まれなかったからな。

 

「……ノックして門前払いされるのも嫌だし、一気に行くか」

 

 ドアノブに手を掛けて一気に扉を開いた。

 そこには――

 

「――ありがとう、ジャン……ぐぅ」

「いえいえ」

 

 ジャンヌ・ダルクの膝の上に眠りながら彼女に頭を撫でられ、撫でている陽日がいた。

 

 多分全国のジル・ド・レェが見たら血涙を流し、大きな叫び声を上げながら螺湮城教本を発動させて怪物と化して戦闘機を撃墜していただろう。

 

「うふふ…………あら、お客さんでしょうか?」

 

 こちらに気付いたジャンヌは鋭い眼光をこちらに向けたが、すぐ下にいる陽日を見て少し和らいだ。

 

「……すー……」

 

 のんきに寝てやがる……だが、そのお陰で俺は生きているのかもしれない。多分あいつがジャンヌの膝で寝ていなければ、既に亡き者にされていただろう。

 

(ヤンデレに愛無しの殺意向けられたの久し振りだな……)

 

「よ、陽日に用事があるんだけど……」

「お帰り下さい」

「ちょ、ちょっとでいいで――」

「――今すぐ、お帰り、下さい」

 

 ……はい、帰ります。

 

 部屋を出て、扉を閉めた俺は考える。

 

「無理だな、これ」

 

 山本みたいに逃げ回っていれば広場まで追いやるのはそう難しい事じゃない。だけど、当の本人の陽日にその気が無いなら……

 

「ジャンヌに追い掛け回されながら、あいつを無理矢理連れて行く……うん、無理だな」

 

 礼装のスキルも使い過ぎてまだリキャスト中だ。

 

「……こうなったら俺が連れて行くよりも――」

 

「――ぉぉぉおおおおお!」

「ひぃぃいいい! 死ぬ、死んじゃう!」

 

 妙案に行きついたと同時に奥の方から騒がしい声が聞こえて来た。タイミングばっちりだ。

 

「そうそう、そっちから来てくれた方が楽だな」

「最初からこうすれば良かったぜ……!」

「っひぃ、ひぃ……も、もう駄目……」

 

 そして勿論3騎のサーヴァント達が直ぐにこちらにやって来た。

 

「私、もう本気で怒りました旦那様……! 此処で燃やして差し上げます」

「この鎧で動き回るのはとても大変ですし、そろそろねじれて下さい」

 

「私もそろそろもっと派手に戦いたいのですが!」

「うるせぇ! こっちの攻撃が外れんのに、まともに戦っていられるか!」

 

 長尾景虎、彼女には毘沙門天の加護があり戦闘に関する判定が有利になる。

 そのせいで玲の攻撃は有効打にならず、逆に普段なら玲に回避可能な攻撃が掠る事になっていたんだ。

 

(毘沙門天の加護があっても掠り傷で済む玲のがやべーんだけどな)

 

「陽日はこの中だ!」

「おらぁ!」

 

 俺が扉を指差すと鍵も掛かっていなかった扉を玲が蹴り破った。

 

「侵入者ですか!」

「うーん……騒がしい……」

 

「よう、陽日。寝てるとこ悪いが力を貸してくれよ」

 

 流石玲、旗をもって身構えるジャンヌに一切躊躇せずに近付いていく。

 

「旦那様、旦那様……!」

「凶れ、凶れ」

「我が敷くは不敗の戦陣!」

 

「宝具だ、山本行くぞ!」

 

 俺達も急いでジャンヌの後ろへと向かった。

 

「ジャンヌ、宝具! 陽日が死ぬ!」

 

 必死に、最低限の言葉で彼女に真名解放を急がせた。

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!」

 

 迫りくる薙刀と炎、巨大な歪曲の渦。

 それら全てが、光によって阻まれた。

 

「リュノミジテ・エテルネッル!」

 

 間一髪だったが、その背後にいた俺達もジャンヌ・ダルクの宝具の恩恵を得る事が出来た。 

 

「いや、あの野郎、読んでやがる!」

 

 だが長尾景虎が一人、未だに魔力を溜めていた。

 このままだとジャンヌの宝具が切れた瞬間を狙われる。

 

「陽日、インストールしろ!」

「スマホないです」

「そっちじゃない! カードを持って、インストールだ! 早くしろ!」

「はぁ……インストール」

 

 気だるそうにインストールを宣言した陽日の髪は白くなり、着ている服も魔術師のローブの様な白色の衣装に変わった。

 

「マーリンか!」

「もう突っ込んでくるぞ!」

 

「ほら、しっかり杖を握れ!」

「お、重い……! こうして、幻術……で、良いの?」

 

 陽日が魔術を発動させる。

 

「毘天八走車――っ!?」

 

 同時に長尾景虎は呼び出した馬に乗ってこちらに突っ込んできたが、俺達を大きく飛び越え、壁に激突する寸前で馬が壁蹴りで軌道を変えて部屋の入口にまで戻って行った。

 

「……回避成功だな」

「漸く全員揃ったが、これからどうするんだよ?」

 

 玲の質問に、俺と山本はカードを持って答えた。

 

『インストール!』

 

 その身に纏った赤い外衣の感触を確かめつつ、隣の山本の握った聖剣を確認して笑い合った。

 

「FGOユーザーのやる事なんて決まってるだろ」

「バフ盛って宝具ブッパ、だね」

 

「早くしてよ、俺もう……眠ぅ……」

 

 ここまで来て睡眠魔から急かされる。

 

「カリスマ、英雄作成だけ使って!」

「玲は俺に幻想強化!」

 

【英雄作成】

【竜の炉心】

 

【幻想強化】

【回路接続―選択:バスター】

 

【カリスマ】

【夢幻のカリスマ】 

 

「おまけだ!」

 

【全体強化】

 

「こっちも!」

 

【黒の聖杯】

 

 今使える全ての攻撃力アップ、宝具威力アップ、バスター強化の大盤振る舞い。なんだったら、宝具チェインどころか同時に貰っていけ――

 

「――アンリミテッド・ブレイド・ワークス!!」

「――エクス、カリバー!!」

 

 

 

「……はぁぁ……頭撫でる為の労力じゃなかった……」

「本当だよ……」

 

 宝具を放った脱力感に、俺と山本はその場に倒れ伏していた。

 

「だらしねぇな、俺なんか悪夢が始まってから此処までずっとあいつらとやり合ってたんだぞ」

「本当、この人外人間は……」

「ていうか、なんでその調子で誰も倒してないんだよ」

 

「しょうがねぇだろ! 無理矢理着せられたこの服のせいで、俺の攻撃全部なんか変な感じにされちまったんだから」

「あー、よくある物理が魔術攻撃になるみたいな感じ……三騎士は全員対魔力を持ってるんだっけ」

 

「もー疲れた……いや、早く撫でておかないと!」

 

 今は陽日以外の全員のサーヴァントが床に倒れているが、その内回復して立ち上がる可能性を考慮しているとこの体に鞭を打ってでも撫でておかないと不味い。

 

「じゃあ行ってこいよ」

「え、玲は?」

「んなもん、やり合ってる時にしたに決まってんだろうが」

 

 やっぱり化物じゃねぇか。そりゃエドモンも攻撃を魔術ダメージに変換するわ。

 

「と、兎に角撫でておこう」

「この兜、ガチガチで全然脱げないんだけど……!」

「はいはい、任せろ」

 

 俺は清姫の横に座ってそのまま頭を撫でる。

 よし、これで後は山本が藤乃を撫でれば、この悪夢ともおさらばだ。

 

「……ん?」

 

 山本のヘルプに入ろうとした玲の足が止まった。

 

「……楽しぃ……楽しいですよ、マスター……」

「っげ、しぶとい奴だな」

 

 宝具攻撃で倒れていた筈の長尾景虎が目を覚まし、玲の足を掴んでいた。

 

「っ!?」

「だんな、さまぁ……私を、起こしに来てくださったのですか?」

 

 俺の手を掴んだ清姫が、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「ちょ、山本!?」

「待って、これ全然外れなっ!?」

 

「あまり強く、引っ張らないで下さい……寝違えてしまいます」

 

 やはりと言うべきか、浅上藤乃も起きてしまった。

 

「マスター……よそ見は駄目ですよ?」

 

 突然俺と清姫を覆う影。そして、次の瞬間に視界は暗く閉ざされた。

 

「か、鐘の中!?」

「えぇ……そうですよ?」

 

 暗闇の中、清姫は指先に火を灯してこちらを見つめていた。

 

「狭くて暗いですが、私達だけの空間ですよ?」

「……はぁ」

 

 此処までされた俺は溜め息と共に体中の力が出切ってしまったのか、自然と清姫に倒れ込んでしまった。

 

 そんな俺の動きに火を持っていた清姫は少し慌てて吹き消した。

 

「あ、旦那様……!?」

「もう体力なんか残ってないよ……抵抗しないし、その内に外の連中がどうにかするだろう……寝る」

 

 脳裏に何時も寝ている陽日の顔が浮かんだが、アイツが何時も寝てるんだったら俺だって寝ていいだろうと更にリラックスした。

 

「旦那様……」

「清姫はさー、自分に向かって全力で宝具ぶっ放した俺をまだ旦那様って呼ぶのかー?」

 

「……はい、マスター。清姫は、世界が燃えても、失くなっても……死を齎されようと、貴方の妻でいたいです」

「……うりぃ」

 

「ひゃわぁ!? 指で突くのはやめて下さい!!」

 

 当たり前の様に帰って来た返答が耳が痛かったので、お腹を指で突いて誤魔化す事にした。

 

 

 

 

 

「ふぁ……今日も無事登校だ……」

 

 珍しくエナミが風邪を引いたので、一人で学校に向かう俺。

 

「ん、メールか? って、エナミじゃねぇか」

 

 相変わらず束縛の強い内容のメールに適当に答えを返しつつ信号機が青く光るのを待った。

 

「……ふぁぁぁ……」

 

 横で大きな欠伸が聞こえた。同じ制服を来た生徒だ。俺より少し小さいし1年だろうか。

 

「……もう少し寝てたかったなぁ……やかましかったし」

 

「――っち、此処の信号なげぇんだよなぁ」

 

 その横に別の男がやってきた。ちょっとガタイが良くて怖いが、制服は俺と同じだ。

 

 確かに此処の信号は長いが、赤になってからもう結構経っていたので割と直ぐに青くなった。

 

「おっし、ダッシュ!」

 

 ガタイの良い男子生徒はあっという間にかけて行った。上り坂なのによくあんなペースで行けるな……

 

「ん?」

 

 不意に、先まで眠そうにしていた生徒がいない事に気付いた。

 信号は赤に戻っているのに、変わらず向こう側に立ち尽くして――否、立寝していた。

 

「え、大丈夫かあいつ?」

 

 心配の声が零れたが、流石に見ず知らずの他人に構っていられない。その生徒が事故に合わない事を祈りつつ学校へ急いだ。

 

「……あ……! 出た、よっし!」

 

 不意に嬉しそうな声が聞こえて来た。

 少し離れた雑貨店の店先で同じ高校の生徒がガッツポーズをしていた。

 

 どうやらガチャガチャを回していたらしい。

 

「近所でこれと出会えたの、マジで奇跡だろ……!」

 

 近くを通る時に横目にどんな物か確認した。

 

 回していたのは今時珍しいFate/Apocryphaのラバーマスコットだった。

 この雑貨店は在庫が余りがちなのか、偶に古めのラインナップを復刻させる事が多かった。

 

「よっし、今日はついてるぞ!」

 

 ……まぁ、同じFateファンとして、楽しんでいるのを邪魔するのは忍びないと俺はあんまり視線を向けずに歩き続けた。

 

「……ふぅ……」

 

 校門に辿り着き、一息吐いた。

 

「…………なんだろうな、この既視感」

 

 此処までの道のりで感じた違和感の答えは、結局見つける事なくその日の内に忘れてしまうのだった。




次回の当選者は シナンジュ・ホットF91 さんです。

今回の話は以前リヨぐだ子が登場した回でした。年々本家『漫画で分かる』の方ヤベー奴になっているので早めに手を引いてよかったなと思っていたり……


アイドルサーヴァントとのGW、いかがでしたでしょう。
自分はミス・クレーンが引けましたが、正直彼女がヤンデレ化するのは難しいと言うか彼女の場合はぐだ子オンリーな気がしないでもないと言うか……

バーサーカーの方のえっちゃんは召喚出来なかったので、引き続き彼女の出番は玲とセットになります。(泣)

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