ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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5周年記念企画、2人目は NIDUSE さんです。

去年の期間限定イベントを題材に書かせて頂きました。なんかもう凄い前だと思ってたけど11月のイベントだったんだなぁ……



っく……殺せっ……! イマジナリ・スクランブル編

 

 潜水艦ノーチラスの中――虚数海域での試験的な潜航を行っていた俺達。

 

 しかし、何もない筈の空間で攻撃を受け、ノーチラス号は座礁してしまう。

 

 限られた魔力で援軍を呼び、普段とは大きく異なる虚数空間内での探索、接敵を繰り返しながら、未知のサーヴァント、ヴァン・ゴッホの真相究明と救出に成功――したのだが……

 

「……大フォーリナー祭り!?」

 

 裏切り者、異神の使者であった楊貴妃によって、また新たな混乱を齎されたのだった。

 

 

 

「そういう訳で、まずはえーい!」

 

「っきゃ!?」

 

「刑部姫! 皆!」

 

 突然、索敵や戦闘に尽力してくれたサーヴァント達が次々と退去していく。

 

「大フォーリナー祭りに他のクラスの皆さんは必要ないんです! ですが、天子様が困ってしまうから、ネモちゃんは潜水艦の管理人としてまだ残っていて下さいね!」

「っぐ!」

 

 ネモは操縦席にその体を拘束された。霊体化も出来ず、物理的な破壊も出来なくなった様だ。

 

「それじゃあ始めましょうか! フォーリナー全員による天子様争奪戦! 自分の陣地を作成して誰が天子様を一番おもてなし出来るか、競争です!」

 

 一方的なルール説明と共に、フォーリナーであるアビゲイル、葛飾北斎、謎のヒロインXXを呼び出し、その場にいたゴッホも含めて全員再臨させてしまった。

 

 こうして、全てのフォーリナー達が一斉に虚数の海域へと転移した――

 

「――エヘヘ……あの、ゴッホだけ、残っちゃいました?」

 

 ――ゴッホを除いて。

 

「ユゥユゥさんは陣地を作成すると言ってましたけど、そんな事しなくてもマスターと一緒にいれてしまって、良いのでしょうか?」

「頼むからゴッホだけは味方でいてくれ」

 

 霊基が変化して真っ白なドレスに身を包んではいるが、目の色のが反転していたりスカートや袖が大きく膨らんでいたりと中々人間らしさの薄い恰好になってしまったゴッホ。

 

 とは言え、見た目はサイケデリックだがこの虚数海域での異界の神との戦いで確かな絆を結んだサーヴァントだ。他にサーヴァントもいないし、頼らざるを得ないだろう。

 

「……って、ゴッホ? 壁に何を?」

「あの、ユゥユゥさんの力で再臨した際に、何か特別な力を貰った様なので試してみます……エヘヘ」

 

 彼女はあっという間に1つの絵を壁に折り紙の鶴の絵を描いた。

 

「っ! マスター、探査機能に反応が!」

「え?」

「ゴッホの絵が、艦外で実体化してソーナーでキャッチ出来る反響を作り出しているんだ! どうやら今のゴッホなら、ノーチラス号を自分の工房の様に増設、拡張が出来るみたい!」

 

 これが楊貴妃が言っていた陣地の作成か……

 

「プロフェッサー、この際僕の拘束解除は後回しだ! エンジンと連携して、ノーチラスの最適化を!」

「はい、了解しましたー」

 

「ゴッホ、どうやらマスターさまのお役に立てそうです……!」

「ああ、これならきっとフォーリナー達を連れ戻せる!」

 

 こちらから打って出る方法が見つかり、俺達はゴッホのみを主戦力としてフォーリナー達を制圧する事が可能になった。ネモ・シリーズ達も忙しそうに船内を駆けまわっている。

 

「取り合えず俺とゴッホは待機か」

「マスターさまの部屋……エヘヘ、緊張して、ドキドキします」

 

「取り合えずこっち座って――おぉう?」

 

 部屋にあった椅子を引っ張ろうとした俺の背中にゴッホが抱き着いてきた。

 

「す、すいませんマスターさま……ゴッホ、あの深い深い場所から、此処に戻ってこれて、嬉しくて、安心しちゃったみたいです……!」

 

 異界の神によって歪なフォリナーとして現界されたゴッホは神の尖兵となる事を拒み、ゴッホの性質もあって自害を試みるがその霊基に継ぎ合わされたとある女神の性質により失敗し、自身を深海へと沈めた。

 

 巨大化しながら虚数の海に落ちて行く彼女を、ノーチラス号の乗組員全員の協力で救う事に成功したんだ。

 

「そうだったな……助けられてよかったよ」

「絶対、絶対……ゴッホがマスターさまをお助けします!」

 

「ああ……絶対に、助けてもらうよ」

 

 俺は拳を握って彼女にそう返した。

 

「…………所で、そろそろ離れてくれないか?」

「……ゴッホ、やっぱりお邪魔でしょうか?」

「そんな事はないんだけど……」

 

 目の前の2つの袖口から大量のヒマワリが見えるこの光景はちょっと怖い。

 

「マスターさまに抱き着いていると、魔力の流れが強くなるおかげか、とても心地良くて……次の絵は、もっと頑張りますから……」

 

 こう言われてしまったので、俺は彼女が満足するまで続けさせてあげる事にした。

 だけど、数秒経ってから彼女はピタリと顔をくっつけたまま僅かに動かし始めて、背中がくすぐったい。

 

「……ゴッホ、そろそろ――」

 

『――マスター、ゴッホ! ノーチラス号の調整が終了した。至急集まってくれ!』

 

 もう一度ゴッホに声を掛けようとした所でキャプテンから召集のアナウンスが鳴った。

 

「名残惜しいですが……行きましょう、マスターさま」

「あ、ああ……」

 

 少しだけ不安だが、俺達はキャプテンの待つメインルームに急いで向かった。

 俺達が到着すると拘束されたままのキャプテンに代わって、プロフェッサーが作戦を説明してくれた。

 

「索敵は今までサーヴァント達を撃ち込んで反響を拾っていてましたが、ゴッホさんの絵でその過程をそのまま代用します。どうやら既にノーチラスの一部はゴッホさんの絵によって工房と化していますので、これ自体は難しくはありませんしなんだったら撃ち込んだ絵は回収する必要がありませんので、短時間でエリアをスキャンできるでしょう」

「それでフォーリナーに接触したゴッホにカメラを付けて向かわせれば良いんだよな?」

 

「ええ。それではゴッホさん、宜しいですか?」

「ゴッホ、頑張ります……!」

 

 こうして、俺達の深海戦が再び始まった。

 

 海の中を飛ぶ鶴の折り紙達が着弾し敵や障害物をあぶり出すと同時に自爆の様な攻撃で撃破していくのを見た時は驚いたが、そのお陰で戦闘に時間を取られずあっという間に最初のフォーリナーの元に辿り着いたのだった。

 

 しかし――

 

『――どうしてマスターがいないの!? そしてこの折り紙はなんなのかしら!?』

 

「そんな事言われてもなぁ……」

「エヘヘ……もっともっと撃ち込んじゃいますね。それそれ~」

 

 そう。ゴッホの書いた絵で攻撃できるので、ノーチラスは発見した領域から少し離れた場所から折り紙を撃ち込み続けていた。

 

「でもこれは有効だ。ダメージは軽微だろうけど彼女が領域を離れれてこちらに接近すれば、地の利がなくなる」

『っ……なら、こうしてあげる!』

 

 アビゲイルは水着の霊基へと姿を変えた。そのまま、単身こちらに突っ込んでくる。

 

『マスターは……そこね』

「対魔術防壁! マスターをロックオンしている!」

 

 宝具による攻撃を警戒し、最速で飛ばされたネモの命令を聞いても尚、アビゲイルは邪悪に笑った。

 

『そんなモノで防ぎ切れるとでも? 

 降りて到るは幻夢郷。災厄なる魔の都、隠されし厳寒の荒野、蕃神の孤峰、未知なる絶巓! 其は夢見るままに待ち至る。『ドリームランズ』』

 

 

 

「……こ、此処は……?」

 

 いつの間にか気を失っていた様で、起き上がって周りの様子を見ると階段と扉が左右にあり、水着姿の灰色のアビゲイルがこちらを見下ろしていた。

 

「私達の夢の中よ、マスター。ああでも、マスターにとっては夢の中の夢なのかしら?」

 

「何を言ってるんだ……?」

「此処はまだ境目。本番は、扉の先よ」

 

 アビゲイルが近付くと同時に扉が勝手に開いた。

 その先の光景は――ヒマワリだらけだった。

 

「……どうかしらマスター」

「どう、とは……?」

 

「耐えらないでしょう? 目が離せないでしょう? 唯の人間であるマスターにこの景色は……」

 

 そこまで言ってアビゲイルは懐疑の目を俺に向けた。

 

「マスターっ!?」

「どうした、アビゲイル!?」

「っああ! マスター、どうして……!」

 

 理由は分からないが彼女は俺を瞳を数秒程見つめた後、まるで絶対絶命の淵にでも追いやられたかのようにその場で蹲った。

 

「どうしてって、一体何の事だ……?」

 

「マスターさま」

 

 アビゲイルの様子がおかしくなって戸惑っていた俺の後ろから、ゴッホが現れ声をかけてきた。

 

「ゴッホ、どうかしたか?」

 

「マスター……! マスター、やめて!」

 

 アビゲイルが叫びながら立ち上がったが、一体何を止めて欲しいのか俺には見当も付かなかった。

 

「どうしたんだアビゲイル?」

「マスターさま……キャプテンが呼んでます。早く目覚めましょう」

 

「目覚める……?」

「こっちですよ」

 

 ゴッホが大量のヒマワリが見える袖をこちらに伸ばしたので、戸惑いながらも彼女の腕を掴んだ。

 

「待って、勝手に連れて行かないで!」

「アビゲイルさん、でしたっけ? ゴッホも皆さんに迷惑かけたばかりなので、こんな事を言える立場じゃないかもですが……あんまり暴れちゃ駄目ですよ?」

 

 確かに、先まで虚数空間の深海にまで独り沈んで行こうとしたゴッホが言って良い台詞じゃないな。

 

「エヘヘ……起きたら、ゴッホを沢山褒めて下さいね?」

「うん? そもそも、俺はどうして眠っているんだ?」

 

 なんか、思考が定まらなくなってきた。

 

「マスター! 私、私の手を掴んで! そっちには行かないで!」

 

 どうして夢の中にいるのか分からないし、何時の間にアビゲイルがいるのかも分からない……

 

「マスターさま、あまり深く考えなくても良いんです。これは唯の白昼夢なんですから、夢中にならないで……ゴッホジョーク」

「いや、そのジョークが一番分からな――」

 

 

 

「あ、起床しました」

「マスター、無事かい!?」

 

「う……ん? あれ……」

 

 目を開けると、プロフェッサーがこちらをじっと見つめていた。

 

「アビゲイルさんはゴッホの宝具で大人しくなりました」

「異神の影響に晒されなくなったみたいだね」

 

「そっか……俺、アビゲイルの宝具で」

「よく無事だったね。流石に今のは肝が冷えたよ……」

「ですがこれで最初のフォーリナーの鎮静化に成功しました。この調子でがんばりましょー」

 

 ネモ・プロフェッサーの気の抜けた掛け声のお陰か、ノーチラス号内の雰囲気が和らいだ。

 

「……それにしても、何だったんだあの夢は」

「思い出さなくてもいいんですよ」

 

 ゴッホにそう言われるが気になる物は気になる。忘れてしまう前になんとか思い出そうと頭を捻るが……

 

「異神の情報は人間に悪影響を与える危険性があるので、下手に思い出さない方が得策かと」

「そう……そうか」

 

 プロフェッサーにまで言われたし、やっぱり思い出さない方が良いだろう。

 

「もうゴッホさんには雷の絵を描いて頂いてますので、次のフォーリナーが見つかるまでは待機して頂いて結構ですよ。資源も確保出来てますので」

 

「それよりもプロフェッサー、船内のカメラに不具合が多いんだけどそちらの対処はどうなっているんだい?」

「どうやらゴッホさんの工房と化した一部がこちら干渉を弾いている様です。監視機能も彼女の工房に含めれば対処可能ですが流石に危険ですので現状維持がベストかと」

 

「さあ、マスターさま。キャプテンの難しい会議のお邪魔になる前にゴッホと一緒に退散しましょう」

「そうだな」

 

 ゴッホに背中を押される形で、俺達はメインルームを後にしてマイルームへと戻った。

 

 珈琲を入れていると、ゴッホはキョロキョロと俺の部屋を見渡して始めた。

 

「どうかしたか?」

「いえ、その……無地の壁がまるでキャンパスみたいだなーって……エヘヘ」

 

 無地……と言えるの程白い訳じゃないが、まあ確かに殺風景かもしれない。

 

「じゃあ、ゴッホが何か描いてくれるか?」

「っへぇ!? い、良いんですか……?」

「ああ、なんか見てて元気になるような明るい絵をだと良いんだけど」

 

「ゴッホに、どうぞお任せを……! あ、でも絵を描いている時は恥ずかしいので、外で待って貰って良いですか?」

「ああ、分かった」

 

 筆を持った彼女を見送りつつ、マイルームを出た俺はアビゲイルの様子が気になり彼女がいる部屋へと向かった。

 

「アビゲイル、大丈夫か?」

 

 声を掛けながらドアのノックすると、数回の足音の後に扉が開いた。

 

「マスター……」

「どうした?」

 

 不安そうにこちら見る彼女に怒っていない事を示す為に視線を合わせる様に屈み、微笑んだ。

 

「その、ごめんなさい!」

「大丈夫だよ。これから、他のフォーリナー達も元に戻してカルデアに帰るから、窮屈かもしれないけどもう少し待っててね」

 

 キャプテンから、アビゲイルや他のフォーリナーが元に戻っても再び精神攻撃を受ける可能性があるので出撃は許可出来ないとの事なので彼女は暫く軟禁状態になってしまう。その謝罪も含めてだ。

 

「ええ、分かっているわ。私、悪い子になってしまったもの」

「ああ」

 

「……マスター、瞳を見せて下さるかしら?」

「?」

 

 良く分からないが、俺はアビゲイルと目を合わせた。

 

「……やっぱり」

「何かあるかの?」

 

「マスター。あの方、ゴッホさんは大変素晴らしい画家だと聞いたわ」

「ああ」

「でも、あの――を――は駄目よ」

「……?」

 

 あれ? 今、アビゲイルはなんて言ったんだ?

 

「もう聞こえてないのね」

「アビゲイル?」

「マスターの精神は――――わ。もう、他の――の――は――ない」

 

 なんだ? 先からアビゲイルは一体何を?

 やっぱり、まだ楊貴妃の狂気が抜けてないのか?

 

「……ごめんなさいマスター。私、今からもっと深く反省するわ」

「そ、そうか?」

「だから、暫くは扉を叩かれても返事は出来ないわ」

「分かった。俺、アビゲイルを信じて待ってるよ」

「ありがとう、マスター……」

 

 やがて、再びノーチラス号は新たなフォーリナーへと接敵した。

 

 

 

『虚数アナリティクス、虚数マルチまがい商法……! 私の虚数クレジットも虚数仮装通貨も天井知らずに上りまくりです!』

 

『っく……この方、普通に強敵です……!』

 

 ゴッホに付けられたカメラで、彼女と謎のヒロインXXの戦いを見ていた。

 

 戦場である海域は彼女の姿が映った謎の虚数広告が浮かんでおり、虚ろな目で増減する虚しい通貨やクレジットに一喜一憂しながら戦っている。

 

「周りのエネミーがこっちの攻撃を塞いでくる上に、それを倒すと後ろにいるXXの攻撃が激しさと精度を増してくるな……!」

 

「ふざけた海域だけど、やはり地の利はあちらにあるみたいだね」

 

「うーん、先の戦闘で域外からの攻撃を対策されたのが痛いですね」

 

『ですが、この海域ならゴッホの方が――!』

『っう!?』

『――上手く、動けます!』

 

 異界の神の尖兵としてこの虚数海域に送り込まれたゴッホには特攻があるようで、剣と向日葵の鍔迫り合いになると容易く圧倒してみせた。

 

『っく、ですがトークンも消え返済に怯える事なく戦える私の攻撃ならそのサンフラワーに斬られるより先に私以外のフォーリナーを滅ぼせる!』

 

「対フォーリナーへの攻撃性能上昇を確認。霊核への命中率の高さも込みすると、一撃貰えば終わりです」

 

 冷静に状況を説明するプロフェッサーだが、それはつまりこちらの勝率が絶望的と言う意味では……?

 

「ゴッホ、絶対当たるな! そして絶対当ててくれ!」

『あわわわ……マスターさまからの初めての無茶振り……ゴッホ、本気の本気で行きます!』

 

 宝具を解放しようと溜めを始めたXXに対して、ゴッホは広告の波に隠れて時間を稼ごうとする。

 

『――最果ての光よ、私に本物の給料(ボーナス)をっ! フォーリナー死すべし。ダブル・エックス・ダイナミィィィィック!!』

 

 先に抜いたのはXX。ゴッホの隠れたFX広告に向かって光の刃を振り下ろし、謎の大爆発が起こった。

 

(って、切り裂いたのは隣の広告?)

 

『フォーリナー死すべし!』

 

 ゴッホ視線のカメラでは離れた場所でポーズを決める姿が見えたが、どう見てもゴッホは無事だ。

 

「これは、勝負ありですねー」

 

『今です、星月夜――!!』

 

『な、なんですとぉー!?』

 

 ゴッホの接近を許し、彼女に体を塗られたXXは装備していたアーマーが剥がれていつもの調子に戻った。

 

 そして、ゴッホに肩を借りる恰好で2人はノーチラス号に帰還した。

 

「その節は大変ご迷惑をお掛けしました……」

「いや、XXが無事でよかったよ」

 

「うう、ありがとうございます……」

 

「これで残るフォーリナーは2騎、北斎と楊貴妃だね」

「張り切ってまいりましょー。えい、えい、おー」

 

 プロフェッサーの掛け声の後、俺達は再び休息をとる事になった。

 楊貴妃の裏切りで結果的に潜水艦の運用が楽になったとキャプテンは複雑な表情を浮かべていた。

 

「ゴッホ、もう部屋に入っていいのか?」

「まだ駄目です……もう少しだけ、ゴッホにお時間頂けますか……?」

「いいよ。それじゃあ、俺はXXの様子でも見に行こうかなぁ」

 

 アビゲイルの部屋から少し離れた場所に、XXは軟禁されていた。一応、共謀されるのを防ぐために距離を開けたそうだ。

 

「……」

 

 俺が入って来るや否や、彼女は絶えず汗を流して明らかに焦り、取り乱した様子で正座している。

 

「――本当に、すいませんでしたっ!!」

「だから、別に謝らなくて良いから」

 

「そ、そのどうかクビだけはっ!」

「クビになんてしないから……」

 

「……うう、こんな醜態晒したのに受け入れてくれるマスター君の優しさが痛い……」

 

「そう言えば、先の戦闘で何が起こったのか良く分からなかったんだけど……?」

「えっと、恐らくですけど……」

 

 どうやらゴッホはあの戦闘の中で予め流れていく広告数枚を虚数空間の景色と同じ色で塗っていたらしく、実際はXXが斬ったバナーの更に後ろに隠れて奇襲をかけたらしい。

 

「なるほど……」

「虚数通貨に目が眩んでいなければ見逃す事無く両断を――あ、いえ。両断していたら本気で解雇されていたので、寧ろ眩んでいた私、グッジョブ!」

 

 自虐なのか自惚れなのか良く分からないが、兎に角勝てて良かった。

 

「えーっとその……出来ればですね、減給の方も要相談でお願いしたいんですけど……よ、45%カットでなんとかなりませんかね……?」

「必死だな!? そこまで心配しなくて大丈夫だよ!」

 

 完全に元ブラック企業勤めのトラウマが再発している彼女にツッコミを入れつつも、兎に角何の処分が無い事を改めて説明した。

 

「よ、良かった……」

「はぁ、漸く落ち着いたか……」

 

「所で、マスター君は――ですか?」

「ん? なんだって?」

 

「あ、いえ! 大丈夫なら良いんです!」

「……?」

 

『――緊急事態でーす。マスターとゴッホさんは至急集まって下さーい。20秒以内でお願いしまーす。フォーリナーの反応が接近していてマジヤバいです』

 

 緊迫したアラートと気の抜けたプロフェッサーの声を聞いた俺は、急いでメインルームに向かった。

 

 道中、ゴッホとも合流した。

 

「――来たか、時間が無いから簡潔に言うと北斎、楊貴妃の両名らしき反応が現在こちらに向かっている。探知される事も全く意に返した様子はなく、察するに本気でノーチラス号を墜とすつもりだ」

 

「でも、一体どうして……!?」

 

「恐らく、アビゲイルさんとヒロインXXさん両名の救出があちらの想定より早かった為かと」

「確個撃破される事を危惧したんだろうね。今はゴッホの絵での迎撃を行っているけど、流石にどちらもこの海での戦いに慣れているからか有効なダメージは入っていない様だ」

 

「後退も許されない、まさに危機的状況だけど裏を返せばリソース不足による時間切れを恐れず全力で戦えるチャンスでもある。マスター、ゴッホ、行けるかい?」

 

 キャプテンの問いに、俺はゴッホを見た。

 

「大丈夫です……ゴッホが、ホクサイさまも楊貴妃さまも救って見せます!」

 

 不安そうな彼女だったが精一杯笑って答えてくれた。 

 

「行こう!」

 

 

 

『……おいおい、楊貴妃サマ? 俺ぁ、好きな絵を描いたらますたぁ殿を手に入れるってんで応為に霊基を貸してもらってんだがぁ……』

 

『天子様、天子様……!? どうして、どうして……!』

『あちゃー、こりゃ俺の話なんかテンで聞いちゃくれねぇなぁ』

 

 メインカメラに2人の姿が映った。しかし、フォーリナーが3人もいる影響か、彼女達の声は飛び飛びで聞こえて来る。

 

『楊貴妃さま、ホクサイさま! ゴッホがお二方を止めます!』

 

『……なるほどぉ、おめぇさんかい? マスターを――のは?』

『……っ!? 天子様を、私の天子様を――!!』

 

「ゴッホ! こちらから最大限の支援を行う! 数回の宝具ならノーチラスの防壁で防げる筈だ!」

 

『了解です!』

 

「エンジンから苦情が来るので出来れば控えて欲しいですけど、ゴッホさんが倒されたら攻撃能力も索敵能力もなくなって本艦は戦闘不能に陥るのでどうぞ遠慮なく」

 

 プロフェッサーの脅すようなアドバイスを受けつつ、フォーリナー2人と対峙するゴッホに俺は戦闘指揮を開始した。

 

「まずは北斎を撃破しよう!」

『了解、です!』

 

 葛飾北斎の絵であちらの頭数を増やされるのはごめんだ。それに楊貴妃は体から炎を吹き出していて下手に攻撃するとこちらがダメージを受けるのは間違いないだろう。

 

『おっと、そう来るかい!』

 

 しかし待っていたぞと言わんばかりに楽し気な笑みを浮かべて筆を持った北斎はゴッホの絵具による遠距離攻撃を躱しつつ、波を描いて攻撃を仕掛けて来る。

 

「電撃発射!」

 

 だが、間髪入れずにキャプテンによる支援砲撃が放たれ、北斎は筆を変えて富士山で防いだ。

 

「ゴッホ!」

『行きます!』

 

 生物を書く時間を与えぬ様に、波状攻撃で北斎を追い詰めゴッホカッターが確実に捉え、切り裂いた。

 

「まだです!」

 

 しかし――北斎の体から墨汁が噴き出ると、すぐさま霊基は再生した。

 

「ガッツか……!」

『いや、愉快愉快……!』

 

「っ、ゴッホ、後方回避!」

 

 視界の先が青い炎で埋め尽くされた。先まで動きの無かった楊貴妃からの攻撃だ。

 

『天子様……その御体――為に燃やします!』

 

「ゴッホ、作戦は変更なしだ。北斎を集中攻撃して、楊貴妃の攻撃は回避に専念だ」

『了解です……!』

 

 とは言え、それが簡単にできる相手でない事は承知の上だ。しかし北斎が1体でもエネミーを作り出してしまえばそこから時間を稼がれゴッホ1人ではどうにもならない数を作られるのは間違いない。

 

「ノーチラスは楊貴妃の足止めに専念するよ」

「折り鶴部隊、発進です」

 

『邪魔しないで……っうぁ!』

 

 楊貴妃を取り囲む様に飛び、炎が被弾すれば爆発する折り鶴達によって楊貴妃は一時的に抑えられた。

 

「まずはガッツを剥がすぞ、ゴッホ!」

『ホクサイさま、すいませんすいませんすいません!』

 

「あ、テメェなんて事を!」

 

 向日葵を振り回し、北斎の書いた絵を上から塗りつぶすゴッホの攻撃は完成した絵が攻撃になる北斎の天敵であり、距離を取ろうと後ろに下がっていく。

 

「させないよ! ペンギン(リヴァイアサン)!」

『ゴッホカッター!』

 

 腹で滑っての機動力が高いペンギン達が退路を断ち、攻撃を足を止めて受けようとした北斎だが、チェンソーの様な攻撃を受け流せずに再びその体を切り裂かれた。

 

「ガッツ発動!」

「そのままだ、行けゴッホ!」

 

『これで終わりです! 星月夜!!』

 

 宝具による一撃で北斎は応為さんと入れ替わり、その場に倒れ伏した。

 

「後は楊貴妃を――」

「――電撃発射!」

 

『天子様、今燃やし尽くして――』

 

 ゴッホが北斎との千t峰でノーチラスから離れている間に、強引に包囲を破った彼女がこちらに近付いて来る。

 

「ゴッホ、ごめん! 令呪を持って命ずる、ノーチラスを守れ!」

 

 令呪を一画使用してゴッホを強制的に転移させた。

 

『楊貴妃さま……!』

『天子様、天子様天子様天子様ぁ!』

 

 唯々こちらに向かって突っ込んでくる彼女。炎そのものと言っても良い霊基でそれをされると、意思を持ったミサイルとなんら変わりない脅威だ。

 

「ゴッホ、その場で宝具準備!」

『で、ですが間に合いません……!』

 

「時間はこちらで稼ぐ! ノーチラス、対魔術防壁展開!」

「熱耐性ましましでお願いします」

 

『そんな陳腐な壁で、私の愛が防げるとお思いですか!』

 

 防壁に激突した楊貴妃。炎を拒む為の壁だが、徐々に徐々に溶かされていく。修復機能も発動しているが間に合っていない。

 

「令呪を持って命ずる! ゴッホ、宝具で楊貴妃を止めて!」

『これで、止まって下さい!』

 

 ゴッホの渾身の一撃が楊貴妃へと振り下ろされた。

 

 

 

 

「……あ」

 

 俺はベッドの上に目を覚ました。

 

「……先まで見ていたのは夢か? イマジナリ・スクランブルの時の?」

 

 先まで見ていた夢を思い出そうとするがそれより先にこの状況に嫌な既視感を覚えた。

 

「ま、まさか……っ!」

 

 不自然に膨らんだ自分のベッドを見て、恐る恐る手を伸ばして中を見た。

 

「あ……マスターさま」

 

 其処に居たのは当然フォーリナーのサーヴァントであるヴァン・ゴッホ。

 虚数空間内での出来事全てを夢にしようとして際にミスが生じてカルデアにまで付いて来た……筈だが、その姿は再臨後のモノであり白い瞳でこちらを見ていた。

 

 その瞬間、恐怖に飲まれたのか体が固まった様に動かなくなった。

 

「エヘヘ……ゴッホ、またミスっちゃいました。夢の中なのに、マスター様に褒められたくてちょっと頑張り過ぎてしまいました」

 

「そのせいでマスターさまのお目覚めが少しはやくなってしまいましたが……ゴッホの絵は完成しました」

 

 彼女が指を差した方へと誘われる様に視線を向けると――

 

「――大きな向日葵……いや、クラゲ……?」

 

 なんとも不可思議な絵だ。

 まるでそれぞれ違う絵が同時に存在している様にも見えるし、瞬きよりも短い時間に絶えず入れ替わっている様にも見える。

 

「どうですか、これがマスターさまのお部屋にクリュティエ(ゴッホ)が描いた絵ですよ?」

 

 確かに、多少変ではあるがサーヴァントが描いたのだから多少の異常はむしろ想定内だろう。

 

「ああぁ、とても――」

 

「――待ちなさい」

 

 俺が返事を返すより先に、マイルームの扉が開いた。

 

「アビゲイル?」

「マスターさんの部屋には、私の絵を飾って貰うわ!」

 

 手に丸められた大きな紙を持って入って来たアビゲイルはそれを広げて壁に貼り付けた。

 

 絵はまさに子供が描いた様な拙い物で、どうやら団長を名乗っていたセイレムでのマスターを描いた様だ。

 

「っあ!?」

 

 だが、貼り付けたと同時にアビゲイルの紙は剥がれ落ちて、そのまままるで部屋に追い出される様に出て行ってしまった。

 

「……残念ですね、アビーちゃん。ゴッホはマスターさまから許可を得てお部屋に絵を描いたんです。他の方の絵が介入できるスペースなんて、宇宙を探してもありません! ああ、ゴッホジョーク!」

 

「な、何なんだ? 絵がどうのこうのって――っ!?」

 

 ――視界がグラリと歪んだ。

 不味い。良く分からないが非常に不味い。

 

「マスターさまはとても広い人脈をお持ちです。それこそ神に通ずるほどに。

 加護を授かった英霊や神霊、更にフォーリナーのサーヴァント方々まで」

 

 そう言われて思い浮かぶのはアタランテやエウリュアレ、先まで夢に出て来たフォーリナー達の顔だ。

 

「ですが、クリュティエ(ゴッホ)はとてもずるいんです。そんな繋がりは全てバッサリ切り捨てて、クリュティエ(ゴッホ)だけを信じて欲しい……

 ですが流石に無理矢理改宗を迫る訳には行かないので、手始めにマスターさまのお部屋を神殿化させる事にしました」

 

「神殿化……!?」

 

 確か、魔術工房をそのランクによっては神殿と呼称するって言うFateの設定を見た事があったが……

 

クリュティエ(ゴッホ)の絵がお部屋にあるなら、マスターさまはゴッホが大好き! これでもうこの部屋はカルデア内のゴッホ神殿! ゴッホ、マスターさまの一番です!」

 

「させないわ! こうなったらその壁ごと壊して――っきゃぁ!?」

 

 突然、床から生えた巨大な向日葵。その根っこでアビゲイルを持ち上げると彼女を外へと放りなげた。

 

「こわいこわい……お客様ならともかく、乱暴で危ないアビーちゃんには神殿に踏み込んで欲しくないですね?」

「ゴッホ、これを今すぐ――!?」

 

 また視界がグニャリと曲がった。

 

「あ、駄目ですよマスターさま……実は先の夢の中で、マスターさまの正気度は一度ゼロになったんですよ?」

 

 ゴッホが俺の背中を擦りながら、身に覚えのない事を説明してくる。

 

「ゴッホが宝具でマスターさまのお身体を一時的に正気度の減らない体にしたんです。死んでるのに生きてるゾンビみたいな感じで、最大値がゼロになったままだった理性がいま徐々に回復しているんです。アビゲイルさんを見たせいで、その時の光景が少し思い起こされたんですね」

 

「この状況で、俺の正気度が失われているとは思わないのか……?」

 

「うっ……エヘヘ。マスターさま、どうか怒らないで下さい……ゴッホ、怒られるのやだです」

「この……だったら令呪で――って、一画しかない!?」

 

 先の夢の中で目覚める直前に使った気はぼんやりとするけど、まさか実際に消費してしまったのか。

 

「令呪を持って命ずる! 俺を解放しろ!」

「あ、えっと……いやです!」

 

 令呪が赤く光って手の甲から消え、ゴッホに俺の命令を強制させようとするが彼女が発しただけでその効果は無と化した。

 

「なんでぇ!?」

「すいません、すいません! 刑部姫ちゃんとしていた令呪権の約束が羨ましくて、使用された令呪を自動で吸収しちゃう様にしました!」

 

 いや、謝るなら返してくれよと言ったが彼女は謝りながらも令呪を全く返さない。

 

「だけど、此処にいたって他のフォーリナー達がやって来る筈だ! さっさと解放しないと、全員が此処に押し寄せてお仕置きされる事になるぞ?」

 

「ウッヘヘヘ……刑部姫ちゃんが教えてくれました。現代は嫌な(評論家)の事はNG登録すれば相手をしなくて済むと」

「何……?」

 

 するとマイルームの外からジェット音が聞こえて来た。XXがこちらに近付いているみたいだ。

 

『やはり私以外のフォーリナーは悪! 今滅ぼして、マスター君を救って見せましょう! 評価をグングン上げて、いずれはマスター君のお嫁さんに――根っこに捕まったぁ!?』

 

 その後、XXの声が聞こえて来る事はなかった。

 何度か他のフォーリナー達の声も聞こえて来たが、誰もマイルームに入る事さえ出来なかった。

 

(セキュリティ完璧かよ……)

 

「ゴッホの神殿がゴッドホーム、ゴッホジョーク! マスターさま、ゴッホは添い寝以上の事がしてみたいです。お互いに服を脱いで、肌と肌を重ね合わせる大人な時間に……」

 

「いや、あの」

 

「そうですね、唯で触ろうだなんておこがしいですよね!? ゴッホ、誠意を見せるのは得意なんですよ! 指を炎で炙りましょうか? それとも――」

 

 此処まで万全な牙城を築いたと言うのに、ゴッホは明らかな緊張と絶対に逃したくないという独占力に塗れた欲望を見せながらも低姿勢で迫って来た。

 

 彼女の性格や成り立ちを考えればこうなってしまうのは必然だろう。

 だが、どれだけ下手に出ていてもこのままだと確実に彼女の狂気に飲み込まれるだろう。

 

「さあ、マスター……!」

「っく、待てって!」

 

 小さくてもやはりサーヴァントか、俺は押し倒され胸元に彼女の手が伸びて来た。

 

「……」

「……」

 

 しかし、それ以上手は動かない。

 

「…………?」

「……あ、あの……やっぱり、今度にしましょう……」

 

 突然、彼女は先までずっと迫っていた彼女は踵を返す様に俺からスッと離れて行った。

 

「え、何で今そんな落ち込んでるの?」

「いえ、その……普段は、ゴッホ……じゃなくてクリュティエの体と精神に引っ張って生活してますし、今回のこの計画も画策出来たんですが……ずっとゴッホのお絵描きパワーを使っていた反動でしょうか……男性相手に、全然、性的興奮を全く覚えないんです……」

 

 そう言って、哀愁漂う姿でベッドから離れていくゴッホ。

 フォーリナー4人の一斉攻撃で、壁が壊れるのは同時だった。

 

 

 

 

 

「あの、マスターさま……ゴッホはマスターさまの事は変わらず好きです! こんな貧相な体に魅力を感じるなら、その、夜の営みも、ウへへへ……全然任せて頂いても、良いですからね?」

 

 現実の俺のベッドを捲ると、そんな謝罪と言い訳を残してゴッホは消えて行った。

 

 因みに、ベッドを捲ったのは俺を起こしに来たエナミだった事を此処に書き残して置く。

 

 




次回の当選者は ジュピター さんです。


最近また新しい小説を書き始めました。配信も回数を増やそうと努力しております。

でも最後の終始無言配信は反省してます。やっぱり、ちゃんと話のネタは用意しておかないとだなぁ。(当たり前)

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