ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】 作:スラッシュ
活動報告にて、既に5周年記念企画が始まってます。参加したい方はよく読んでください。
「ぐへぇ!?」
ヤンデレ・シャトーに送られた俺は、石の床に叩きつけられ潰れたカエルの様な声を上げてしまった。
原因は明確で、此処に来る前に今日の担当がジャンヌ・オルタと聞いて難色を示したからだろう。だけどポンコツアヴェンジャー枠なのでしょうがないと思う。
「痛たた……全く。だからってこんな乱暴に送らなくったって良いだろ……っ!」
しかも頬を切ってしまった様で、指で触れるとわずかに血が付いていた。
「礼装のスキルで治すか?」
「お待ち下さい」
聞こえて来た声に急いで振り返ると――その眩しさに目を細めた。
「っ!?」
「私がその傷を癒します」
放たれる光、その中で広げられた白くて美しい翼――薄暗いシャトーの中に不釣り合いなそれは、まさに天使の姿だった。
(っげぇ、カレン!?)
彼女は俺の顔に手を翳すと、見る見るうちに傷が塞がれていく。
それと同時に彼女の後光は収まっていき、その顔と神々しさのあった声は見知った姿を見せた。
頭上には輪っか、背中には翼。
だが、その姿は――黒い和服に身を包んだ清姫であった。
「……って清姫!?」
「はい。私、清姫ですが?」
驚く俺の顔に心当たりがない様に首を傾げているが、その姿はどういう事だろうか。
「あ、この姿ですか? 先程すれ違ったカレン様から分けて頂いたのですが」
うわー、碌でもなさそう。
「なんでも、「私、シャトーはNGなので」との事でした。良く分かりませんが、旦那様に会えるならと喜んで頂きました」
「……だ、大丈夫? なんか、変な感じとか、邪な思考とか芽生えてない?」
「変な感じですか? いえ、特には……ですが、この姿は大変便利です。愛の女神とお聞きしましたが、きっと旦那様もこの力にはお喜びになります」
笑顔でそう言った清姫は、早速その力を俺に見せた。
彼女が手の平を開いてみせると、そこには――札束が現れた。
「どうですか!?」
「わーすごーい。流石天使のちからだー」
勿論棒読みである。なんて欲にまみれた天の使いだ。
「ふふふ、これでマスターはもう働く為に他の女性に触れ合う必要はありませんね? 私の手からこうしてお金が出るのですから、一生部屋にいても困りません」
「いや、俺ちゃんと働きたいんだけど……旦那が紐って嫌だろ?」
「そんな事はありませんよ? 旦那様が紐であろうと清姫はずっとお傍にお仕えします。
人間としての真っ当な営みなど忘れて、私と死ぬまで……いいえ、死後も永久に隣にいて下さい」
そう言ってまた天使の力で手錠を作り出した。
……でも、よく考えたら普段からどこからともなく手錠を出していた気がするので今更か。
「っ、【ガンド】!」
瞳から光が消えた清姫の接近より先に指先から魔弾を発射して動きを止める。これで逃げる時間を稼いで――
「――あぁ、酷いですマスター。もし私にこの翼が無ければ、私は貴方に追いつけませんでしたのに」
確かに彼女の動きを止めた筈なのに、動き続けていた翼で飛んだ清姫にのしかかられ、地面に押し倒された。
「これも神のお導きでしょう」
「そんな神が在って堪るか!」
じたばたして藻掻いてみるが、いつの間にか鉛色に変わっていた翼が重しになり、清姫のスタン状態が解除されても脱出出来ずにいた。
「っはぁ、はぁ……な、なんて嫌な翼!」
「ご安心下さいマスター。こちらをどうぞ」
そう言って俺の顔の横に、金色のリンゴが置かれた。
「これがあればマスターは完全に回復いたしますね?」
次々と手の平から現れて積まれていく金リンゴ。これが運営からの配布だったら泣いて喜んでいたが、今は泣きながら首を横に振るしかない。
「私、マスターとの子供が沢山欲しいです。
これくらい……いいえ。念には念を入れてもう少し追加しましょう!」
「ちょ、清姫待って!」
どんどん湯水の如く出て来るが、これはシャレにならない。眠らない夜どころか、一週間は眠れなくなってしまうかもしれない。
「あ、私ったら……少し暴走して、段取りを見失っていました。
まずは、服を脱いで頂かないと……」
「そこからじゃなくて!? そもそも俺の意思は!?」
「? ですが、マスターは私に子供を産んで欲しいですよね?」
当たり前みたいに首を傾げても、俺はそんな事を望んでない。
「……どちらにしても、私は欲しいです。欲しくて欲しくて……」
清姫が祈る様に目を閉じて手を握ると天使の輪っかに僅かな光が灯った。
「……あ」
すると、何故か清姫は俺の上からゆっくりと離れた。
「き、清姫……?」
「……な、何故か分かりませんが……断言出来ます……」
自分自身のお腹に、そっと手を乗せながら清姫は戸惑いつつも、彼女自身が感じ取った事実を口にした。
「わ、私……マスターの子供を身籠りました……」
「……あれー? ねぇ、清姫さん全然追って来ないよ、スルーズ?」
「妙ですね。彼女ならマスターを奪われて黙っている筈が無いのですが……」
「やっぱり、先程頂いた力のお陰でしょうか? ルーン魔術が何時もより強力になっている気がします」
ランサーのサーヴァント、ワルキューレ。
三姉妹である長女スルーズ、次女ヒルド、末女オルトリンデの彼女達は普段から持っている光の翼以外にも清姫と同じ純白の翼と輪っかを纏っていた。
そして、彼女達に清姫が不意打ちされ俺はあっさり誘拐されてしまい、その事を彼女達も不思議がっていた。
清姫は突然念願の子供を手に入れて混乱していたのだから当たり前か。
「まあ、マスターが手に入ったから良いよね」
「そうですね」
楽しそうな彼女達に連れ込まれ、敷かれた座布団の上に座らされた俺は3人に見下ろされる様に囲まれて身動きが取れなくなってしまった。
『……』
「……さーて、どうしよっか?」
「そうですね」
「普段の私達なら、マスターを共有するのに抵抗は少ないですが……」
「嫌、絶対に嫌だ」
ヒルドがそう言い切ると、他の2人もしっかり頷き返した。
「ですが、争って殺し合うのも不毛です」
「あ、でしたら……!」
何かを思いついた様子のオルトリンデが、先の清姫と同じ様に祈ると俺の体が発光した。
「え、な、何!?」
数回の点滅を繰り返した光は左右に分かれ、目をやるとそこには俺の姿があった。
「この力でマスターを増やしてみました」
「なるほど! これなら平等だね!」
「それでは私は……このマスターを」
一瞬瞳を閉じたスルーズが俺を指差したが、それを見たヒルドとオルトリンデは顔をムッとさせた。
「スルーズ、そのマスターは私が貰います」
「オルトリンデ、選ぶのは私だよ」
「私が先に選んだのですから、2人は別のマスターを選べばいいでしょう?」
どうやら、例の力でスルーズが分身と本物の俺を見抜いた上で先に選んだらしくそれに気付いた2人が反発している様だ。これでは分身させた意味がない。
3人が言い合いを続けている内に、求められていなかった分身達は消えた。
俺は喧嘩をやめない3人を見て脱出を試みるが――
「――もう少し待っていてください」
なんでもありの力で檻に閉じ込められてしまった。おのれカレン。やっぱりろくな事しないなあの天使!
「ならマスターに決めて頂きましょう!」
「そうだね!」
「ではそう致しましょう」
3人は一斉に俺の方を向いた。
「マスター、選んで下さい」
「私達の中で誰が好きか」
「どうぞ……!」
「いや、どうぞって言われても…………っ!
オ、ヒル、ーズが好きっ!?」
口が俺の意思に反して滅茶苦茶な言葉を繋いだ。3人が同時に力を使った様だ。
「なんて言いましたかマスター!?」
「もう一回!」
「ヒ、スル、ンデ……!?」
「ダメですね」
「そもそも、これではマスターのご意思で選ばれている事にはならないのでは……?」
「えー、じゃあどうする?」
「素直に答えて下さい、マスター」
「…………好きなのは、オルトリンデです」
強制され、勝手に言ってしまった。
「私もマスターが大好きです!」
「ふーん、そっか」
「理解しました」
感情の無い声のヒルドとスルーズは、俺とオルトリンデを交互に見てから部屋の外へと歩いて行った。
「それじゃあ、私達は出るね」
「マスター、オルトリンデをどうかよろしくお願いします」
「え? え?」
荒れると思っていた俺の予想に反して、2人は即座に部屋を後にした。
「あ、あの! 不束者ですが、どうかよろしくお願いします!」
顔を赤らめながら何度も頭を下げるオルトリンデ。
「そ、それでは……その、どうしたら良いのでしょうか……?
前にやったゲームだと……こ、好感度を上げる!?
そうだ、ちょっと訪ねて見ましょう!」
テンパった様子で力に頼ったオルトリンデは、一度目を閉じて再び開くとパーっと笑顔を咲かせた。
「先ずは料理ですね! 殿方に料理を振る舞う! ゲームでもこんなイベントがありました! ……あ、でも私達の部屋には……」
部屋に唯一備わっていた冷蔵庫を開く。だがそこにあるのは、大量のゼリー飲料。
「材料がありません……ちょ、ちょっと調達して来ます!」
慌てて部屋を出て行くが、ヤンデレ・シャトーに食材を調達できる場所なんてあるのだろうか。
本来なら今すぐにも部屋を出たい所だが、檻に閉じ込められ鍵も掛けられていてはどうしようもなかった。
「戻りました、マスター(ただいまー! マスター!)」
「んっ?」
と思ったら、10秒も経たない内に帰って来た。
「御独りにしておくのは駄目ですね(一人にしちゃ駄目だよね)」
「でも、食材は……?」
「いえ、今でもなくても大丈夫かと(あー、別に今じゃなくてもいいんじゃない?)」
変だな……先まであんなにテンパってたのに、やけに落ち着いている様な?
「それよりも、恋人らしい事がしたくて(それよりも、キスとか、してみたいなーって)」
「恋人らしい事?」
「恋人らしい事、です!(キスだよ、キス!)」
檻を開けてこちらに近付いて来るオルトリンデ。なんか、怖い。
「もしや、もう私としましたか?(もしかして、もうオルトリンデとした!?)」
「いや、何もしてないと思います……」
え、ちょっとバグってませんか? 言葉遣いが段々おかしくなっていますことよ?
「それでは口づけを!(それじゃあキスしようよ!)」
迫って来るオルトリンデ。この塔の影響を受けている……にしては、ヤンデレと言うよりも、まるで誰かに無理矢理体を動かされている様にも感じる。
「――マスター、ただいま帰りまし……た?」
「え」
材料片手に部屋に入って来たオルトリンデは、檻の中で俺に迫るオルトリンデを見て、固まり――
――槍を取り出した。
「ヒルドですか? ヒルドですね?」
オルトリンデが問い詰めると、目の前でオルトリンデの姿が歪み、一瞬でピンク髪のヒルドに変わった。
「バレちゃったかー」
「どうして……部屋を出たんじゃ?」
「あのね、オルトリンデ。
この塔の影響で、私達は乙女としての側面が強く出ているけど、真名はワルキューレのままだよ? オルトリンデがマスターに好かれたなら、私達はオルトリンデと言うワルキューレになってマスターから愛を貰う。それで良いよね?」
「良くありません。此処では、記憶も感情も共有してませんし、同期だって切ってます。マスターから頂戴する愛は、私だけの物です」
「そうだよね。私もきっと同じ事を言っただろうね」
「だけど、そうはいきません」
部屋の外からまた別のオルトリンデが現れた。
「スルーズか?」
「いいえ、私はワルキューレの1人ですが、スルーズではありません」
そう言った彼女は、一瞬だけ自身の髪色を本来の、緑色に戻して見せた。
「これより私はオルトリンデです」
「マスター、貴方の一番好きなオルトリンデです」
「食材を持ってまいりました」
「オルトリンデをどうか、愛して下さい(スルーズもどうか、愛して下さい)」
次々と、オルトリンデと全く同じ姿、同じ口調のワルキューレ達が部屋に入ってくる。
唯の人間である俺の目で、本物のオルトリンデを区別する方法は位置情報しかない。
「オルトリンデです。マスター」
「私を愛して下さい」
「――違います! 違います、マスター!」
本物のオルトリンデがこちらに駆け寄り、強く抱きしめた。
「私が、私がワルキューレ、個体名、オルトリンデです!」
本物の、涙の叫び。
だが、俺が背中に手を当てるより先に、後ろからオルトリンデ達が同じ様に抱き着いてきた。
「わ、私がオルトリンデなんです!」
「お願いです、愛して下さい!」
「私を愛して下さい!」
「やめて、私のマスターを奪わないで!」
……ワルキューレと言うサーヴァントの性質上、一度見失えばもう俺は誰がオルトリンデ本人か――否、最初からオルトリンデを名乗っていた個体を再び見つける事は出来ない。
そして、天使の力で作られた檻が迫って来るオルトリンデ達によって音を立てて崩れ去る頃には、もう俺にはどれが本物なのかなんて――
「――分からないのであれば、炙り出せばよいかと」
突然聞こえて来た声と共に、オルトリンデ達に青い炎が押し寄せて来た。
「っ!?」
俺の前は天使の力で守られているらしく、凄まじい勢いだった炎は俺には届かなかった。
炎に飲まれ、次々と消えて行くオルトリンデ達。元々召喚して完全な霊基を持っている訳ではなく、宝具として一時的に顕現する存在であるワルキューレ達にその炎は強大過ぎたのだろう。
唯1人、涙を流しながら這い蹲ったままのオルトリンデだけが残った。
「清姫……!?」
「大変遅れて申し訳ありません、マスター」
何故か目元の腫れた様子の清姫。ヒルドとスルーズは元の姿に戻り、宝具を出して清姫を取り囲んだ。
「マスターを助けに来たみたいだけど、随分と遅かったんじゃないかな?」
「邪魔をしないで下さい。私達はオルトリンデとしてマスターの愛を――」
「――ふふふ、妹の姿形を完璧に模倣して、愛を得ようだなんて可笑しな人達。
見ていてとても悲しいですわ」
「むっ! 別にいいでしょ! これが私達のやり方なの!」
「何か相違点があるのですか?」
「一度愛を学び直す事をおすすめします」
再び清姫は宝具を解放する。
天使の力でそれを防ごうとした2人だったが、清姫の攻撃はそれをいとも容易く突破した。
そして宝具で焼かれ、倒れ伏すワルキューレ姉妹3人を尻目に、俺の前までゆっくりと歩いてきた。
「……き、清姫」
「……マスター」
このまま、清姫に燃やされるのかと観念して目を伏せた俺。
だが、彼女は倒れる様に顔を預け――
「……っ、わぁぁぁああああ!!」
――俺の胸で泣き出した。
「あぁあぁぁぁ……っあ、ああああああ!」
まるで生まれたばかりの赤子の様な鳴き声、その痛々しさに耳を苛まれた。
「ああぁぁぁあああああ!」
どうすればいいのか分からないまま、時間が過ぎ、やがて清姫は泣き止んだ。
「……私」
「消して……殺して、しまいました…………我が子を……!」
先程、自分の胎の中に確かな命を感じていた清姫。しかし、彼女は嘘が嫌いだ。
そんな彼女にとって、そこに在るのがカレンの力で芽吹いた偽物である事なんて直ぐに理解しただろう。
最初は、気持ち悪さすら感じたらしい。
だから早く消そうと、再び力を行使しようとして――手が止まった。
腹の中にいる偽物。
だけど、それは確かに大好きな俺の子なんだとも、清姫は感じていた。
ワルキューレに俺が攫われてからも、清姫はずっと悩んでいた。
偽物を認める訳にはいかない。だけど、生まれてこようとするこの命に、果たして罪はあるのか。
望んでいた想い人の子だ。
それでも、彼女はその嘘を許すことは出来なかった。
そんな選択をした、自分自身も。
「なんだか、とても体が軽くて、胸に穴がぽっかりと空いて……」
「清姫……」
「私、気が狂ってしまいそうです」
「もういいから」
「よく、ありません……私は、嘘が嫌いです。だから、あの子を消した……
そんな私に、人の母になる資格なんてないように感じてしまいます」
清姫に強く握られた肩が痛い。
「私は……私は……!」
目の前で苦しむ彼女が、見ていられなくなった俺は、そっと――彼女の額にキスをしたのだった。
「ちょっとちょっと!」
「? すいません、“ちょっとちょっと”と言う名前の方は此処に居られないようですが……」
「あんたよあんた! 新入りのルーラー!」
「私の事でしたか」
「あんたのせいで、私のシャトーが無茶苦茶じゃない! 勝手に辞退して勝手に愛の力なんて配ってんじゃないわよ!」
「それは申し訳ありません。ですが、私この手のお話はNGなので……」
「そのせいで、サーヴァントなのに清姫はストレスで幼児退行してマスターを父親呼びして甘えてるし、ワルキューレは個体同士の繋がりが切れてガタガタ!
もう! こんな辛気臭い話じゃなくて血沸き肉躍る痛快な愛憎劇を用意した筈なのに!」
「ふふふ、物語は時として作者の手を超えて広がり続けてしまう物です。
ですが同時にそれは伸び代でもあります。物語をちゃんと自分の枠に収める事が出来れば、次はもっと素敵な話になりますよ」
「……そ、それはそうね!」
「あ、それと1つ。先程のはイントネーションが違いますよ。
私が皆さんにお配りしたのは愛の力ではなくて……“哀”の力です」
ちょっと暗くなってしまったのは、多分また最近鬱ゲー紹介動画を見たせいです。
おかしいな、本当はもっとコメディチックな感じだったんだけど……
改めてお知らせしますと、ヤンデレ・シャトーの5周年企画が始まってます。
該当の活動報告を読んで、締め切りの4月3日までに応募して頂けると嬉しいです。
アキハバラ……一体どんなイベントなんでしょうか。