ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】 作:スラッシュ
色々書いて没にしたのですが配信等で再利用できないかと考えてます。その際は、またお付き合いして頂けたら幸いです。
12月24日、クリスマス・イブ。
この日を多くの現代人は恋人や家族と一緒に過ごす日としている。
「逃げるぞ!」
「は、はい!」
こんな日にヤンデレ・シャトーの中にいる以上、サーヴァントに追われるのは当然なのだが、今回は少しだけ事情が違った。
「逃がすか! 人間!」
「待って、泥棒猫!」
俺を追うのは金髪の男。怒りに顔を歪めて剣を振りかざして迫ってくる。
そして、その男の妹を同じく怒気を滲ませながら捕まえようとしている女。
「……ちょっと待てそこの人間。貴様、我が妹ポルクスを猫だと……! 貴様の首を刎ねてやろうか?」
「はぁ? そう言えば貴方があの猫の世話役……いえ、焼かれる方でしたね」
なんか2人共、立ち止まって言い争ってる。
今の内に逃げようと、俺はポルクスの手を掴んだ。
「行くぞ!」
「は、はい!」
「――貴様、まずは貴様から――」
「――上等です。その頭を――」
……事の発端は、双子のサーヴァントであるディオスクロイの1人、ポルクスが自分の兄を連れて俺の元に現れた事だった。
クリスマスは家族や恋人と過ごす日。なので俺と、彼女の兄であるカストロで何処かで祝わないかと誘ったのだが、そこで既に俺は逃げ腰だった。
なにせ、カストロは大の人間嫌いだ。自分の大事な大事な妹が人間を誘い、更に恋人とまで呼べばその刃は間違いなく俺に振るわれるだろう。って言うかもう振り下ろされた。
「――先輩に何するんですか!」
そう言って俺の後輩であるエナミが現れなければ、体は真っ二つだっただろう。
「今日はクリスマスだからきっとまた私が先輩と夜を供にすると思ってたのに……!」
しかし、その刃は直ぐにこちらへと向く事になる。
「ではそいつを殺して、ヒロインの座は私の物に……」
「貴様! 妹には手を出させんぞ!」
…………そんなこんなで、2人が争ってくれたお陰で俺達は逃げ出す事に成功したのだった。
(……あれ、でもこれってヤンデレと二人きりになっただけでは……)
「マスター、大丈夫ですか?」
「っあ、あぁ……大丈夫」
息を整えつつ返事を返したが大丈夫じゃなさそうなのはこれからだと察してしまい、若干気が重い。
後ろを気にしなくていい余裕が出来たので周囲の様子を確認すると、夜の林道にいる事に気が付いた。鼻に潮の匂いが、耳には波音がそう遠くない場所から聞こえて来る。
「マスター、此処からはゆっくり歩いていきましょう」
「ああ……だけど、此処が何処か分かる?」
「ええ。此処は私の望みの場所です」
ポルクスは微笑んで、再び俺の手を握ると今度は誘う様に前に歩いて行った。
「……兄様がご一緒ではないのが、残念ですが」
「え?」
彼女の呟きに、思わず疑問の声を上げてしまった。
「あ、いえ、決してマスターとだけでは不服と言う訳はなくて!
本日のパーティーを機に兄様に是非マスターを認めて頂ければと思って準備したのですが……」
それは流石に無理なんじゃないか、と思わずにいられなかった。
彼女の兄カストロは生前の出来事からアヴェンジャーのクラスを獲得する程に人間を恨んでいる。勿論、マスターである俺もその対象に含まれているし。
「仕方ありません。少々心苦しいですが、本日はマスターと、一緒にクリスマスを楽しみましょう」
やがて、俺達は静かな波を立てる船着き場へとやって来た。
水面に浮かんでいるのは丁度半分、と呼ぶには少し丸みを有した形の月。
そこに泊まっている木製の船は大きく、真っ白な帆が開けば礼装等で見たアルゴノーツに似ている様にも見える。
「これが私がご用意させて頂きました、パーティーの会場です」
「船か……」
馴染みのない乗り物を目にして、期待と不安が少しずつ出て来た。
「さあ、参りましょう」
「ああ」
一度乗ってしまえば海に囲まれた船の上。逃げ場なんてないとは分かっているが、俺はどこか今日のポルクスを信頼し始めていた。
それが普通であるとは言え、彼女は今日も兄を敬い、気に掛けている。
もし俺に対してのヤンデレであれば、例え唯一の兄でも利用したり、見捨てても良い筈だが、一切そんな素振りが彼女にはなかった。
「……では、出航です!」
彼女の声と共に帆が開き、ロープは外れ、錨は持ち上がる。なんて便利な船だ。
それについて尋ねてみると、それっぽい外見にしてあるが、中身はダ・ヴィンチが制作した最新設計の船らしい。
冷蔵庫やテレビ、ゲームの類まで用意されている。
船に乗ってからポルクスは料理を準備すると慌てて船内に入っていった。
ゆっくりして下さいと言われたものの、1人で景色を眺めているのもなと思った俺は彼女を手伝おうと甲板を降りた。
「ポルクス? やっぱり俺も――」
「――今すぐ捕らえます!」
厨房の方から突然聞こえて来た彼女の声に驚きつつ、少し迷ってから現場へ急いだ。
「あ、マスターだ」
「……へぇ、こんな所にいらしたんですね?」
そこにいたのは海賊のサーヴァント、ライダークラスのアン・ボニー&メアリー・リードの2人だった。
小柄で白っぽい髪のメアリーは気さくに握ったままのカットラスを振りながら挨拶をし、金髪で赤い服からはみ出そうな巨乳のアンは机の上に置かれたチキンを頬張りながらこちらを見た。
「マスター、此処は危険です!」
ポルクスも含め、3人共服や体に汚れや傷が付いており、争っていたのは想像に難しくない。
「……2人はどうやってこの船に?」
「それは――」
「――私だって貴方とのクリスマスの為に船の一隻や二隻、ご用意しますわ。ですが、ダ・ヴィンチに確認した時、既に一隻用意している方がいると聞いて海賊らしく略奪をと思いまして……」
そう言ってアンはポルクスへ銃弾を放ったが、彼女の剣で弾かれた。
「っく!」
「もう少しで、プレゼント出来そうです」
「あ、僕はアンの作戦を手伝ってるけど、マスターが止めて欲しいならやめるよ?」
出来れば直ぐにそうして欲しい。だが、メアリーが止まってもアンは未だやる気の様だ。
「マスターを誘った彼女を肴に、奪った美酒を浴びると言うのも乙ですわね?」
「悪趣味な……! その様な悪逆、私が切り捨てます!」
「す、ストップストップ!」
何とか3人に止めて貰う為、俺は間に入り込んだのだが――
「――頂きます。んっ」
「っんん!?」
まるで頼んでいた料理が目の前にやって来たかの様な流れで、アンは俺の唇を奪った。
「マスター!?」
「……っぁあ……ご馳走様でした」
彼女はほんの数秒程のキスで呆けてしまった俺を強く抱きしめて、首元に銃口を突き付けた。
「あ、あっつ!?」
「あら、ごめんなさいマスター。まだ冷えていなかったですわね」
謝られたが今の行為に悪意を感じずにはいられなかった。
普段なら、俺を傷付けるのに多少なりとも抵抗がある筈なのに。
「うん、下手な事はしない方がいいよ。マスターもそこのセイバーさんも」
「マスターは、貴方達の主でもある筈です! これはもはや反逆ですよ!」
「あー、うん。それはごもっともなんだけどね」
メアリーはチラリとこちらを――正確にはアンを見て、少し冷や汗をかいた様に見えた。
「メアリ―?」
「あ、うん。取り合えず抵抗もなさそうだし彼女は僕が縛って樽の中にでも置いておくよ」
抵抗できなくなったポルクスは近付いて来るメアリーに縛られ、自ら樽の中に入った。
「あ、メアリー。こちらを」
アンは何かの瓶を取り出して、彼女に投げた。
「これは?」
「お酒です。英霊も酔わせる程の素晴らしい酒ですので、是非樽を塞ぐ前に彼女に浴びせてあげて下さい」
「はーい」
言われるがままポルクスの樽に酒を注ぐメアリーを尻目に、アンは俺を甲板へと連れて行くと、船の先端部分である船嘴に水面が見える様に俺の体を括りつけた。
「……あ、あのこれは……」
俺の質問に答えるより先に、彼女はナイフを手に取って自分の腕から血を海へと零した。
――途端に、水面に黒いヒレが浮かび上がった。
「っひ!?」
「マスター。正直に答えて下さいね? もし私が嘘を吐いたと判断した場合どうなるか、分かりますよね?」
文字通り魚の餌にされる……!
「では、今日はポルクスさん以外の女性に出会いましたか?」
「が、学校の後輩と……だ、だけど、今この船にはいません!」
「そうですか。では次の質問です。
此処で何か、料理を口にしましたか?」
「してません! まだ船に乗ったばかりです!」
「……そうなんですか! それは大変喜ばしい事ですわ!」
本当に嬉しそうな彼女の声色を聞いて安堵した。
「でしたら大丈夫ですわね。こんな寒い日に、こんな真似をして申し訳ございませんでした。直ぐに船に戻って温かいスープを飲みましょうね?」
どうやら、命懸けの質問コーナーを無事に乗り越えられた様だ。
無事貼り付けから解放された俺だが、彼女の抱擁は止まらず俺に体を密着したまま甲板を降りた。
手を重ねて指を絡ませたまま胸で腕を挟み、顔を首裏に擦り付ける様な動作はまるでマーキングだ。
「ふふふ、匂いは私の大好きなマスターの匂いだけですわね」
「そ、そろそろアンの匂いが移ると思うよ……」
そんな状態で食堂までやって来ると、メアリーが料理を机の上に並べて待っていた。
「早かったね。こっちは準備万端だよ」
「ありがとうございます、メアリー。さぁマスター、こちらに」
「ちょっと、アン。僕もそろそろマスターとイチャイチャしたいんだけど!」
メアリーがそう叫ぶが、アンは俺を再び強く抱きしめた。
「おわっ!?」
「駄目ですわ。マスターは私のマスターです」
「……わたぁくしぃのぉ、ますた~」
机にあった食べ物の影も見えなくなってきた頃、アンはすっかり酔いつぶれ酒樽を抱き締めたまま床に寝っ転がっていた。
「ふぅ……先のお酒をアンのコップに混ぜておいたんだ」
自慢げに見せられた酒瓶には、もう殆ど中身が残ってなかった。
「それでメアリーはその、ヤンデレになってないのか?」
「うん? 僕はちゃんとマスターの事が好きなんだけど……メアリーは、どうやら僕以上に悪い影響を受けちゃったみたい」
やっぱりか。
それならポルクスの行動とも一致する。2騎で1つの霊基を持つ2組が同じ状態なんだから、恐らく仕込まれたことなんだろう。
「どうする? 今の内にアンを海に捨てる?」
「いや、そんな事したらメアリーだって危なくないか?」
「大丈夫。英霊だから死なないだろうし、この船の全速力ならきっと逃げ切れるよ」
一先ず、その案は水中から狙撃されて沈没されたらシャレにならないので却下した。
「むー、じゃあどうする?」
「あの、なんでそんな自然に俺の膝の上に頭を預けているんですかね?」
「アンばっかズルい。大人しくしてるんだし、マスターは僕に膝枕位してもいい筈だよ」
膝に頭を預けながら俺の手を握るメアリーの相手をしつつ、奥に立てられたままの樽を見た。
「……そう言えば、ポルクスは?」
「先のお酒を軽く飲ませたから、まだ眠ってるんじゃない?」
カストロとエナミも、どっちが勝ったかまだ戦っているのかは分からないが俺達の事を探しているならその内この船までやってきそうだ。
「……パーティーの準備してたのって、ポルクスだよな」
彼女がヤンデレでないのであれば、なんか可哀想だ。
「海賊として略奪したんだから、僕達は悪くないよ」
「はいはい、理解してる」
さて、このままでは埒が明かない。
船の上だから逃げ場はないが、ポルクスを解放すれば飛んで逃げられるかもしれない。
アンが起きる前になんとか彼女を救出しないと。
「……ん?」
そこで俺は違和感を感じて、下、自分の足に視線を向けた。
「あの……メアリーさん?」
「ん、どうかした?」
「どうして縄で俺の足を縛ってるんですか?」
「…………」
無言のまま、答えを返さないでいた彼女は当然立ち上がって俺を持ち上げた。
「プレゼントだから、だね」
「くそ! 略奪はデフォルトだったな、そういえば!!」
アンは俺を連れて甲板へ出るとそのまま舵を取って、船を浜へと近づけた。
「よーし、後はこのまま船を直進させれば僕達だけのクリスマスを過ごせるね。
あの人目につかなそうな洞窟とか、どう?」
「結局それかよ!? いや、駄目だって!」
「まあ、主導権は僕が握ってるんだけどね」
このままだと間違いなく海賊ウサギの番にされ、カマキリの生態を身をもって味わう事になる。それだけは何とか避けないと……!
「令呪をもって――うぉぉっ!?」
魔力を込めようとした矢先に、突然船が大きく揺れた。
その原因は――
「――見つけましたよ、先輩!」
「貴様、妹はどこだ!?」
最悪のコンビ、カストロとエナミの参戦である。
船を揺らしたのはどうやらあいつらの飛行移動の余波の様だ。
「どうするんだ? 流石に俺を庇いながらあの2人の相手は無理だろ?」
カストロの強さは言わずもがな、そして当たり前の様にブリュンヒルデをインストールしているエナミの威圧感も恐ろしい。
「妹を探す為とは言え、こんな人間に使役される事になるとは……!」
「ほら、妹は貴方にあげますから先輩の近くにいるあの女を斬って下さい」
完全に標的にされてるし……!
「兎に角応戦するよ!」
こちらへ向かってくるカストルの刃をカットラスで受け止めるが、それだけで船は大きく揺れる。
「うぉっ!?」
バランスを崩して床に転がりそうになるが、手首に鎖が巻き付いて俺の体を固定した。
「大丈夫ですか、先輩?」
「え、エナミ……!」
戦闘はカストロが押している。セイバーとライダーの近接戦闘なら無理もないだろうが、これはもはや絶体絶命と言っても良いだろう。
「まーたこんなに女の匂いをつけられて……折角のクリスマスなのにそんな悪臭で過ごす気ですか?」
「ちょ、ちょっと待て! これ以上槍がデカくなるのは不味いって!」
甲板に突き刺された銀の槍は肥大化し、下手したら船を転覆させかねない。
「貴様、ポルクスは何処だ!? もし傷の一つでもついていたならその命、二度と陽を浴びる事などないと知れ!!」
妹は何処だと叫ぶカストロの迫力も凄まじくなっている。
鍔迫り合いに押し負けて叩き付けられたメアリーを見て、敗北を悟った俺はカストロをポルクスの元に案内しようとしたのだが、エナミは鎖で俺を持ち上げながら船から飛んだ
「じゃあもう良いですね。先輩は私が貰っていきます」
「いーやーだー、はーなーせー!!」
「我が儘言わないで下さい、先輩。
それにあの男、令呪の縛りに抗っててそろそろヤバいですよ」
そう言って一画しか残っていない手の甲を見せて来た。カストロは重度のブラコンをシャトーの効果で拗らせた上に神霊だからエナミの強化された令呪でも効果が危うい様だ。
「もうほっときましょう。触らぬ神に祟りなしです」
「だけど、あのままだとメアリーとアンが……!」
「へぇ……もう片方の匂いの持ち主はアンですか。なるほど」
嫌に落ち着いた声と共に、首元に槍が添えられた。
「匂いを落とさないといけませんし、この海で半身浴とかどうですか先輩?」
こいつもこいつで制御不可能だった。鎖が徐々に長くなり、足先が海面に触れそうになるが……足は地面を踏んだ。
「っと、到着ですね。仕方ありませんから、シャワーで我慢しましょう」
「何処に向かう気だよ?」
「勿論、どこかの部屋に決まって――」
――そう言ってエナミは前を見て漸く気が付いたようだ。
「……あれ?」
「林道がずーっと続いてるな。多分、この夢はこの林道と船だけなんだ」
「えぇ…………林の裏で、やっちゃいます?」
夢の中とは言え、12月の寒さを再現したこの場所でナニをおっぱじめる気だ。
カストロは、現在怒りに飲まれていた。
人間であるマスターへの怒り、妹を奪おうとするマスターへの怒り、奪還を邪魔したもう一人のマスターへの怒り。
だが、今その怒りは勝手に燃え上がらされている様にも感じていた。実際、ヤンデレ・シャトーの影響で妹に対しての好感度は天井知らずに伸びつつ、人間への憎しみは際限なく噴火していた。
そんな彼は樽の中にいるポルクスに、触れずにいた。
「おい、起きてくれポルクス!」
樽を叩いて自分の妹を呼び起こそうとしている。まるで、触れる事を恐れる様に。
「……んっ……お兄様?」
「おお、目が覚めたか我が妹よ!」
触れれば自分の中で激しく渦巻く感情は妹へと移る。
そうなってはなる物かと、カストロは抑え込んでいたのだった。
「不覚を取りました……酒を飲まされて霊基に異変が」
「なんだと!? やはり、あの海賊どもは今すぐこの手で八つ裂きにしてくれる!」
剣を手に持って捕えていた2人の元へ行こうとするカストロ。
その彼を、ポルクスは腕を掴んで静止した。
「お待ち下さい、お兄様」
「待つ必要など無い! 今すぐにでも――っ?」
刹那的な怒りに支配されていたカストロは、漸く妹が自分に触れている事に気が付いた。
まるで空気が抜けた風船のように怒りは萎みだしていくのが分かった。
「は、はなせポルクス! この怒りに飲まれてしまうぞ!?」
「怒り……ええ、そうですね兄様。私、怒ってます」
先までフラフラとしていた足取りは消え、しっかりと立ち上がったポルクスはカストロ目掛けて鎖を放った。
「なっ!?」
「兄様が暴れるの想定して用意した鎖です」
「な、何故だポルクス!? 何故兄を縛る!?」
「今日はクリスマスです。家族や、恋人と過ごすだと聞いています。この船はその為に用意したのに……!!」
ポルクスは強く拳を握りしめた。
同じ霊基の存在である兄から読み取った記憶を見て、既に自分の用意した食料もマスターも奪われた事を理解している。
「兄様、頼みがあります」
「な、なんだポルクス?」
「食材を集めて下さい」
「しょ、食材……?」
カストロに指示を出したポルクスは未だに呑気に寝ているアンを睨みつけた。
「さーむ……」
「船の上は寒くなかったんだけどなぁ」
「もう! どれだけ嫌味を言えば気が済むんですか!」
「いや、別に……」
俺とエナミは船着き場のベンチに座っていた。
俺は極地用の礼装に着替えたのだが、エナミはどうやら魔術礼装の着替えが出来ないらしく、インストールの効果も切れたので冬の寒さに苦しんでいる様だ。
「ていうか、布面積はこっちの正装の方が多いのに」
「確かに。まあ、魔術のおかげだな」
このまま待っていれば、その内カストロがこっちに来たり……いや、来たら俺の命は今度こそ終わりだろうなぁ。
「や、やはりここは抱きしめあって暖をとりましょう、そうしましょう」
「嫌だって先言ったよな?」
魔術なしの単純な腕力勝負でなら俺に分があったのでエナミに襲われずに済んでいるが、このまま悪夢が終わるとは思えない。またインストールされたらガンドで足止めして出来るだけ遠くに逃げよう。
「って、船が帰って来た!?」
「でも、凄く早くないですか?」
こちらに近付いてくる船は減速の気配すらない。
「お、おいおい!? まさかこのまま突っ込んだりなんてしないよな!?」
しかし、その心配は奇遇だった様で、僅か手前で船は旋回し止まった。
「……!?」
「マスター、捕まえましたよ」
船に気を取られていた俺は、体をポルクスに掴まれて船の中にいた。
「あ、先輩! この――」
「――こちら、貴方へのプレゼントです」
ポルクスが箱をエナミへと放り投げると、空中で蓋が開き中から目覚まし時計の様な物が現れた。
「こんなものに引っかかると思ってるんですか!?」
エナミがそれを回避するのと、ポルクスが俺の耳を塞いだのはほぼ同時だった。
『――っ!!』
「え――ちょ、ちょっ」
目覚ましが起動し、それと同時にエナミの姿は消えた。動いたままの時計は、やがて海へと消えていった。
「え、エナミ!?」
「あの方には目覚めて頂きました」
ヤンデレ・シャトーは悪夢……現実で目が覚めれば追い出される。
「なら、ついでに俺も」
「勿論、駄目です。マスターにはこれからクリスマスを私と一緒に過ごすのですから」
「あはは、ですよねー」
空を飛び甲板へ向かうとコック服姿のカストロがこちらを見上げ、これ以上に無いほど苦い顔でこちらを睨みつけていた。
「大丈夫ですよ。兄様にも、クリスマスは仲良く過ごして貰います」
「ポルクス!!」
不満気に妹の名を叫ぶが、ポルクスは微笑むだけだった。
「さあ、今度こそ楽しい宴にしましょうね」
お兄さんの熱い視線を浴びながら、再び船内の食卓にやって来た。
小魚のフライや、魚介スープ、海老やカニといったメニューの数々は海賊に食い散らかされてもなおクリスマスパーティーの開催を諦めなかったポルクスの執念を感じる。
「さあ、兄様。聖杯を模した盃です。良いお酒もありますよ」
「あ、ああ……貰おう」
「マスター、あーん」
「え、あ、いやその……」
そして、俺にアプローチを何度も試みる。
「兄様、こちらのお酒はこの品によく合いますよ?」
「っ! ……勿論、頂こう」
「マスター、こちらはですね……兄様」
「あ、すいませんマスター。コップを間違えてしまいました……兄様?」
その度にカストロの感情が怒気を帯びて危うくなれば、ポルクスは酒を呑ませ、呑ませ、吞ませ続けた。
やがて、顔を真っ赤にしたカストロは……眠ってしまった。
「ふふふ、兄様ったら……あちらのソファーに寝かせておきましょう」
そう言った彼女は去り際に妖しい笑みを見せていた。
その確信と歓喜に満ちた瞳には、流石に命の危険を覚えずにはいられなかった。
だから食卓を抜け出して地下へと走り、アンとメアリーを見つけようとした。
見つけるのもそこまで難しくは無かった。
しかし――彼女達を解放するのは無理だった。
「マスターなのね? ねぇマスター、欲しい! 私、貴方が欲しくて欲しくて辛抱できません! さあ、早くこの枷を外してくださいませんか!?」
「……マスター? マスター……!? ああ、マスターだ……! ねぇ、僕と一緒にいようよ! 僕だけと、一緒に!」
牢屋の中で体を縛られた状態の2人は俺を見るなり理性の欠片もない、野生動物の様な瞳と勢いで俺に話しかけて来た。もはやそれは飛びつく前の予備動作にも等しかった。
「此処まで来ていたのですね、マスター」
「ぽ、ポルクス! これはどういう事だ!?」
「何やら、勘違いをなされていますね。私はただこの二人を拘束しただけです。薬物は勿論、霊基の改変等は一切行っていません」
「じゃあ、なんでこんな……!」
「これはこの塔のシステムのせいです。
2騎一組のサーヴァント。その間で狂気のやり取りが行える様なのです」
それは最初のポルクスとカストロ、アンとメアリーを見ていればなんとなく分かった。
「ですが、そのやり取りの度にどうやら狂気のランクが上がる様なんです」
「っ!? つまり、2人は今……」
「常時発情し、性への異常な執着、そしてそれらの矛先は全てマスターへ……」
つまり、この2人は拘束されて強制的に繋がっていたせいでヤンデレの深度が偉いことになっているのか。
そこまで理解した俺は床に押し倒された。
「っ!?」
「勿論、それに気付けるのは既にそれを体験した者だけ……調理、パーティー、そして兄様の介護……私も、もうそろそろこの身が溶けてしまいそうです……!」
「まさか、先のやり取りの間に……!」
「ええ、兄様を鎮める度に狂気を吸収していたので……実は、もうずっとマスターを求めて止まなかったのですよ?」
やけに兄を憚らずにスキンシップしてくるなと思っていたけど、そんな……!
「クリスマスは家族と過ごすと聞いたので、兄様とも喜びを分かち合いたかったのですが、本人が寝てしまったのでこれからは……」
「内緒で、私達だけで、恋人のクリスマスを過ごしませんか?」
耳元でそっと囁かれた。ゾクゾクと寒いモノが背中を走った。
「……もっとも、海賊共の前で行うのは流石に忍びありませんで……」
「――奥の、誰の目にも耳にも届かない寝室で――」
普段の真面目さが波紋に揺れる月の様に消えて行く。
溜め息交じりの誘い声が、俺の視界を黒く染め上げるのだった。
「せーんーぱーい?」
「ひぇっ!?」
24日が過ぎ、クリスマスとなったばかりの25日の朝8時。俺の目の前にエナミの顔があった。
「ど、どうして……!?」
「とても早く起こされたので、早朝から先輩の家に上がらせてもらいました。お母さん、休日なのにとても早起きなんですね?」
口ではこれまでの経緯を説明しているが、顔も表情も夢の中でどこまでやったのかと問い詰める気満々なのが分かる。
「……いえいえ、夢については夢の中の事なので、別に怒ったりしてませんよ?」
嘘だ。絶対に怒ってる。
「ですが夢の出来事ってきっと先輩の欲求が生み出した物なので、私が再現してあげないと……と、恋人として思った訳なんです」
結構です。
「……へぇ? つまり、すっきりしてまう所まで至ったんですか?」
「そもそも、思い出せないんだけど……」
「じゃあ、この際ですからABCとかHIJKまで一通りしましょうか?」
「あ、俺まだクリスマスプレゼント確認してなかったなー!
何が入ってるんだろー! 楽しみだなー!」
俺は慌てて枕元のデカい靴下に手を伸ばした。きっと親父が遊戯王のボックスとか入れてくれて――
「――じゃあ先輩、私のプレゼント受け取ってもらえますか?」
「結構です」
靴下の方を持っていかれた。
「もしかしたらカードかもしれませんよ?」
「結構です!」
奪い返そうとしたら躱された。
「あははは……私、そんなに要りませんか?」
「そんな脅しには屈しない! 俺の平穏なクリスマスは家族で十分だ!」
「なら私も家族の一員になりますから!」
「認めるかぁ!」
この後、騒ぎ過ぎて2人まとめて母さんに怒られたのは言うまでもない。
恐らく今年最後のシャトー。
ウィルスの影響で色々ありましたが、去年よりも多く投稿出来たので個人的には満足しています。
来年も原作のFGO共々、愛読して頂けたら幸いです。
ヴリトラは2枚引けました。すり抜け以外で星5が被るのって地味に初めてなのでは……ブラックボックスガチャを取り尽くすのをお忘れずに。
メリークリスマス!!