ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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ハロウィンにはまだ程遠いし、なんだったら本編でのイベントもまだですがヤンデレ・シャトーは一足先に2020年のハロウィン突入です!

まずは先着したお三方、NIDUSE さん、鴨武士 さん、デジタル人間 さんの3人の話の話を書かせて頂きました。

今回は短編集ではありますが、送って下さった方を全採用するつもりですので、活動報告を熟読の末、締め切りの10月20日まで送って下さい。 

因みにもし20日前に全部一通り書き終えたら既に送って下さった方々に2度目のチャンスがあったりなかったりするかもしれません。期待しないでお待ち下さい。


ハロウィンの幕間(1/X) 【100万文字突破記念企画】

 今宵はハロウィン……かもしれない日。

 

 そんな曖昧な日付で設定された結果、ヤンデレ・シャトーでは複数のマスターが同時にヤンデレサーヴァントに襲われる事になった。

 

 日本では馴染みの少ない文化だが、サーヴァントは古今東西あらゆる場所から集った英霊。正誤や多少の差異はあっても、祭りと聞けば参加しない者は殆どいない。

 

 ある者は数日連続で、またある者は同じ日に幾度となく対峙を繰り返した。

 

 ある者は菓子を強請られ、渡せない事を理由に捕食され――

 

 またある者は己のサーヴァントが魔の存在に扮して襲われ――

 

 またある者は、なんやかんや回避する。

 

 そんな与太話の欠片を集めたヤンデレ・シャトーのハロウィン。

 

 幕間のハロウィンの開幕である。

 

 

 

1.マウンテン、ナウビルディング (切大)

 

 木々に囲まれた広場、夜空の下にキャンプファイヤーの焚火が用意されたハロウィンの舞台に一番乗りで入ってきた全長約30mのキングプロテアは体育座りで頭を悩ませていた。

 

 それは此処に来るまで、とあるサーヴァントに聞いた話。

 

『ハロウィンだけど、どうせ子犬は手ぶらでやって来るんだから最高のトリックを用意してあげなくちゃ!』

 

 お菓子をくれる日と聞いて駆け付けたものの、巨大なサイズである事を除けば一応女の子のカテゴリーに含まれる無垢な少女キングプロテアはもし自分のマスターがお菓子をくれないなら悪戯をしなければならないと聞いて、何も用意していない事を理解した。

 

「どうしよう……」

 

 マスターの誕生日の際、自分がケーキを作れなくて謝罪した事はあった。

 このままだと、お菓子をくれないマスターと悪戯を用意していなかった自分のせいできっと気まずい感じになってしまう。

 

「お母様に仮装はしてもらったのに……どうしよう?」

 

 悪戯、悪戯……そう考えていると、突然彼女は閃いた。

 

「そうだ! 山を作ろう!」

 

 普段は白い筈の包帯の下に巻かれた肌を茶色に焦がしたその姿は、山や川を作ったとされる日本の妖怪、巨人ダイダラボッチの物だった。

 

 それ故に彼女の思考は自然と山作りに至った。

 

 

 

「ふ……ふふふふふ、フハハハハハ! 勝った!」

 

 夢の中で気が付き、俺は思わず勝ち誇っていた。

 

 その理由は右手に抱えた重箱にあった。

 

 ハロウィンはヤンデレのトリックオアトリートで何の準備もなければトリックを免罪符に奴らはありとあらゆる行為を強制してくる。

 

「だけど、これなら……!」

 

 中には現実世界でエナミを撃退する様に作った大量のクッキー。

 これなら例え30人のヤンデレに一斉にトリックオアトリートと言われても問題なし。

 

「……よし、行くぞ!」

 

 俺は早速目の前の、派手に飾り付けられた部屋へと入った。

 

「え…………っ!?!?」

 

 ――しかし、微塵も想像していなかった光景に驚き固まってしまった。

 

 なんか、いる。

 本来は俺のカルデアには召喚されていない筈のサーヴァント。

 

 巨大な、包帯が巻かれた足と苔で覆われた足。

 それをなぞる様に見上げると、そこには楽しそうに何かをしている……と言うには動作の影響がデカ過ぎるけど……兎に角手を動かしているアルターエゴ、キングプロテアの姿があった。

 

「……え、マジで?」

 

 思わず、抱えて持ってきた重箱と彼女のサイズを見比べてしまう。

 多分、これじゃ足りない。

 

「La~~~♪ うんしょ、うんしょうんしょ……」

 

 良く見るとまるで特撮のワンシーンの様に掌一杯の、恐らくトン単位の土を動かして1つの場所に積み上げている。

 そしてご機嫌になったのか彼女は歌いだした。

 

「マスターが~♪ お菓子をもって、こなかったら~♪

 此処に連れて来て~♪ 私のほっぺに~♪ ……えへへへ!」

 

 どうやら子供らしい(のか?)悪戯を考えている様だ。

 

 だが残念だったな。今回はクッキーがある。

 こうなったら山が完成する前に声を掛けて――

 

「――今日は金色の味の星が、食べたいな~♪

 大好きなマスターさんなら、きっと持ってくるよね~♪

 ……でも、持って来てくれたら、この悪戯要らなくなってしまうけど……うん、しょうがないよね」

 

(一時撤退!)

 

 その場を離脱した俺は急いで旋回して金色の味の星、つまり種火を回収するべくハンティングクエスト周回を決行しようとした。

 

 したのだが――誤ってその場にあった木の枝を折ってしまった。

 

「ん?」

 

 音を聞きつけて、彼女はそっと振り向いた。

 あの巨体でこんな小さな音を聞き取れるのかと戦慄しつつ、俺は慌てて木の裏に隠れた。

 

「……?」

 

「……」

 

 息を潜めて彼女が去るのを待った。

 

「マスター、何をしてるんですか……?」

 

 当然の様にバレてますね、はい。

 

「あ、いやちょっと……服が引っ掛かっちゃって……」

 

 適当に服の抓んで、さも木の枝に服が引っ掛かったかの様に見せつつ気の後ろから出て来た。

 

「そうなんですか? おちょっこちょいですね」

「えーっと、プロテア? は何してるの?」

 

「あ、これですか? 内緒です!」

 

 内緒……のわりにはデカ過ぎて両手を振っても隠せてないけど。

 

 あとその動作は凄い風を起こしてるから止めて欲しい。

 

「あ、そうでした! 今日はハロウィンなんですよね! 確か……トリックオアトリート!」

 

 仕方ない。ご所望の物ではないが、取り合えずこのクッキーを献上しよう。

 

「はい、これで良いか?」

「……わぁ! クッキー!」

 

 彼女の巨大な手の上に蓋を開いた重箱を置いた。もっとも、スケールが違い過ぎて重箱がサイコロ程度の大きさだけど。

 

「頂きまーす!」

 

 そう言うと彼女は器用に重箱を摘み、中身だけを口に落とす様に食べた。

 

「美味しい!」

「それは良かった」

 

「マスターのクッキー……マスターの優しさが入ってるみたいで、とても美味しいです! 私、お腹いっぱいです!」

 

 彼女のサイズを考えるととてもそうは思えないけど、良かった。

 

「ふぅ……」

 

 もしかしたら食べられたり、掴まれて握りつぶされたりするんじゃないかと思っていたがお気に召した様でなによりだ。

 

「……マスター」

「どうした? あ、そろそろ火でも点けようか?」

 

 ハロウィンの会場に積まれている薪を指さしてそう提案したが、彼女は首を振った。

 

「……今の私、なんか変です。

 マスターの命令があれば、愛が貰えればそれでいい筈なのに……」

 

 彼女は体を曲げて、俺の前に両手を置いて顔を近付けて来た。

 

「もっと、欲しくなってきました」

「あー、そ、そうなんだ! なら、種火が沢山あるよ!」

 

 この後の展開を察した俺は慌てて、度々登場するスマホの様な端末をポケットに確認したのでそこからボックスガチャで集めていた種火を20個程取り出した。

 

「これなら、もっと一杯になるかな?」

「あ……はい。それでは、頂きます」

 

 彼女はクッキーと比べれば十分巨大な種火を、1つずつ口に放って食べ始める。

 

「……マスター?」

 

 その間に俺は森へ走って木々の間に隠れつつ、今回の悪夢からの脱出方法を考える。

 

 今回のテーマがハロウィンな以上、ハロウィンらしい事をすれば脱出が早まる筈だ。勿論、一般的な日本人ならそんな事言われても何もできやしないだろう。

 

 だが俺は生憎、普通の人とは違う。

 

 それは――英会話教室のお陰で、多少なりともハロウィンを知っているという事。

 

「ありがとう、先生! 貴方のおかげで俺はこの窮地、乗り越えられそうです!」

 

 そう言って俺は端末越しに種火を取り出すと枝に引っ掛かる様に放り投げたり、林の中に隠したりし始めた。

 

「これでお菓子探しゲームって事にして次は……えーっと、何だったかなぁ……?」

 

 種火を両手で握りつつ、次にどんなゲームがあったか想像していると突然、俺を影が包み――上から巨大な壁。正確には俺を囲む様にコの形をした手が降って来たのだった。

 

「――どこに行ったんですか、マスター?」 

 

 その衝撃で起きた土煙にむせつつ、辛うじて声が聞こえて来た頭上を見上げた。

 

「こんな小さな星でかくれんぼですか?」

 

 俺が隠した5つの種火を、彼女は既に握っていた。

 

「うふふ、意地悪をしても無駄です。どこにいてもすぐに見つけちゃうんだから」

 

 そう言った彼女の手がゆっくりと俺に近付き、掬うように持ち上げられた。

 

「種火だけじゃ足りないです。マスターからの愛がないと……あ、そうだ!」

 

 彼女は後ろへ振り返り、その先には彼女の作っていた山があった。

 

「山を作るのは大変だけど……せーの!」

 

 その山の前の地面に拳を振るうと、自身の怪力スキルと合わせて彼女が入りそうな程の大きな穴が開いた。

 

 二次被害も大きく、その一撃で多くの木々が倒れ、折角作った山も少し崩れて低くなった。

 

「うっ……!」

「よいしょ、っと」

 

 プロテアはその穴にちょこんと入った。

 

「これで、後はマスターを……」

「あ――っと、と!?」

 

 突然下ろされた俺はプロテアの作った山の頂点に下ろされ、倒れこんだ。

 

「これでマスターの方が私より大きいですね!」

 

 そう言われて彼女の方を見ると、確かに山の高さと彼女が穴に入っているお陰で俺がプロテアを見下ろす程度の差が出来ていた。

 

「えへへ……マスター、撫でて下さい」

「あ、はい」

 

 もうそのスケールの違いに圧倒されていた俺は、反射的に返事をしつつ彼女の頭を撫でた。

 

「もっともっと……お腹が空いちゃったのでもーっと撫でて下さいね?」

 

 彼女の言われるまま俺は頭を撫で続け、時間と共に大きくなる彼女はその度に深く沈んでいき、撫でられる幸せで腹を満たし続けるのだった。

 

 その後、無限に巨大化していく彼女に食べられたかどうかを、次の日の俺は覚えてはいなかった。

 

 

 

 

 

2.深い眠りの契約 (陽日)

 

 カルデア内にあるとされる、ヤンデレ・シャトーへ続く道を1人の騒がしい少女と1本のステッキが飛翔してた。

 

「今日ってハロウィンなの!?」

『そうらしいですね。

 ですので、今回のシャトーは仮装して一番に到着したサーヴァントがマスターさんとイチャイチャ出来るそうですよ?』

 

「でも私衣装なんてないよー!?」

『カーマさんとクロエさんが何やら忙しそうにしていたのはこの為だったんですねー。着替えているので今の所私達が最初に到着できそうですが、このままだとドレスコードで弾かれちゃいます。どうします?』

 

 ルビーの問いに悩んだ末、イリヤの出した答えは……

 

「最悪、白い布を被ってお化け……じゃ、駄目かな?」

『水着のニトクリスさんの二番煎じですよー? 駄目に決まってるじゃないですか』

 

「うわぁーん! こうなったらアーチャーさんに……あ、そうだ!」

『どうしました?』

 

 彼女は唐突に閃き、右へ曲がった。

 

「えーっと、確かカルデアの保管庫ってこっちだよね?」

『ええ。あの陽日さんが放置しているせいでたまにサーヴァントが出入りして勝手に素材を持って行くそうですが……イリヤさん、まさか?』

 

「確か、マスターが交換したけど一度も着せてくれなかった服が……あったぁ!」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは

 テスタメント・フォームを てにいれた。

 

 

 

 今日はまた随分変な場所に送られてしまった様だ。

 

 パーティの為に飾り付けられているのか、オレンジと紫色のカーテンや風船、蜘蛛の巣やコウモリのステッカー。

 

 そして顔のあるカボチャ。

 

 流石に此処まで色々あると、馴染みのない日本人の俺でも意味位は分かる。

 

 分かったけど……

 

「このソファ、ふかふかでちょうどいいや……寝よ」

 

 倒れこむと全部がどうでも良くなるほど気持ちの良いソファがあったので、夢から覚めるまでこのまま寝てしまおう。

 

「……」

 

「あー! マスターさん、もう寝てる!」

 

 早々に誰か――多分イリヤが入ってきて騒ぎ始めたけど、もう寝ているので諦めなさい。

 

「マスターさん! 今日はハロウィンだから、トリック・オア・トリート!」

 

 今更そんなに揺らしても、起きたりしない。

 

「むぅ……じゃあ、トリックしちゃおーっと!」

『どうするんですかイリヤさん。このままだと折角の衣装もお披露目できませんよ?』

 

「大丈夫! 今回は悪戯しても良いんだから! ルビー、お薬!」

 

 何かがチクリと腕に刺さった。

 残念ながらその今更注射程度で起きる程やわじゃ…………あれ?

 

 眠気が……

 

「マスター! 久しぶりに目を合わせてくれた!」

「おかしい……頭中の睡眠物質が拡散して、嫌に清々しい気分」

 

 イリヤだと思ったけど、全身がなんか紫色で悪そうな感じの娘が目の前にいた。どうやら、この小学生が遂に非合法な薬物を俺に注入してしまった様だ。

 

「えーっと、君誰?」

 

「ほぇ? ……え?」

『ちょ、イリヤさん今の衣装でその病み顔は駄目ですよ。

 どうやら陽日さんは視覚情報の記憶の大部分を衣装に頼っていた様です。だから覚えてないんですよ』

 

「ふぁ……まあその内に眠くなるかなぁ」

 

 ソファに腰掛け直して、取り合えず眠気の帰りを待つ事にした。

 けど、イリヤっぽい紫の子はソファの上に俺を見下ろす様に立った。

 

「危ないよ? 落ちたら怪我するって」

「マスター……今のイリヤ、見た目通りの悪い子なの」

 

 ああ、やっぱりイリヤだったのかと思っているとその子は俺の目の前で腕を自分の下半身へと伸ばした。

 

「だから……マスターさんを貶めちゃいます。私の下着でこーふんする変態さんにしてあげ――!?」

 

 ちょっと流石に、年上として見ちゃいけないし見ていられなかったので、その手を掴んで止めさせた。

 

「駄目だよ」

「な、何で? 普段は私に興味なんてないし、無視して寝ちゃってるのに」

 

 そんな事してた……? ……してたかもしれない。

 

「それでも駄目だ。子供の君がそんな真似しないで」

「……! ルビー、マスターにもっとお薬を!」

 

『毒耐性があるとはいえそれは強引なんじゃ……えーと、しょうがないのでチクッとさせて頂きますよ』

 

 イリヤの腕を掴んでいた腕に、変なステッキがまた何か刺してきた。

 

「これでもう辛抱できないでしょ? 私みたいな女の子にえっちな事したくて堪らないんでしょ?」

 

「……う」

 

 突然、込み上げてくるモノに我慢が効かなくなってきた俺はイリヤを強く抱きしめた。

 

「ふへへへ……やっと、一つになれるね?」

「……しないって」

 

 睡眠欲が再び高まり始めてきたので、眠る前に言葉を続けた。

 

「え?」

 

「だ・か・ら……しないよ」

 

「…………なんで!? 

 なんでそんな事言うの!? 何時も何時も眠たくて、その場で寝ちゃうから私の事を無視するんだと思ってたのに、どうして起きてても私を拒絶するの!?」

 

「……いや、別に何時も拒絶してる訳じゃないし、今だって拒絶してない」

 

「嘘、嘘嘘嘘! マスターは私の事なんてどーでも良くて……!」

「……だったら、態々抱き枕にもしない」

 

「そんな、枕扱いされても……嬉しくない」

「嫌いな子供を抱いて寝れる程、俺の睡眠は簡単じゃない」

「…………」

 

「トリックオアトリート……だっけ? じゃあ、起きたら一緒にケーキでも食べようか?」

「……うん」

 

 なんだか、急に凄く眠くなって……

 

「じゃあそうしよぉ…………ぐぅ」

 

 

 

『……あーあ、お薬を注入し過ぎでマスターの内部が解毒で弱っちゃいましたね。これ、もう起きないじゃないですか?』

「……別に、いい」

 

 そう言ってイリヤは気持ち良さそうに目を閉じた。

 陽日の口から出た優しさが偽りではない事を示す様に、寝ている筈の彼の手は彼女の頭を絶えず撫で続けていた。

 

『(お薬の効果で手が痙攣して動いているだけなんですけど……まあ、言わぬが花ですね)』

 

 

 

 

 

3.ハロウィン謝肉祭 (ゆめのおわり)

 

 俺はアヴェンジャ―を全て揃えてヤンデレ・シャトーを終わらせた……筈なのに、またこうして悪夢を見る事になった。

 

 理由は至極単純で、FGOに新しいアヴェンジャーが追加されたからだ。

 

 そして今日はハロウィンと言う事で、俺の好きなサーヴァントが一人だけやって来るらしい。

 

「夜の街……だけど、騒がしくないな。

 本当のハロウィンだったら今頃地獄絵図だろうし……」

 

「なーに? ハロウィンは嫌いなの?」

 

 突然声を掛けられてそちらへ向くと、そこには血の様に赤いドレスに黒いマントを羽織り、ワインレッドの唇から人間の歯ではなく鋭利な牙を覗かせて微笑む女神様、イシュタルの姿がそこにはあった。

 

「……イシュタル?」

「最後に会った時に言ったでしょう? 貴方にならどんな姿も見せてあげるって」

 

 吸血鬼の姿を見せ、得意げな表情の彼女は自然な動作で近付くと直ぐに自分の腕を絡ませる様に手を繋いだ。

 

 そして頭を俺の肩に乗せて、こちらに甘える様に目を細めながら視線を合わせて来た。

 

「どうしたの?」

「あ、いや……」

 

 その現実離れした美貌の推しを傍で見るのが久しぶりな事もあって、あからさまに見惚れてしまった。

 

「貴方のその顔が見れただけで、この格好をしたかいがあったわね。

 でも、そろそろ……はむっ!」

 

「あっづ!」

 

 イシュタルは突然、俺の首筋に噛み付いてきた。その痛みに思わず声を上げたが、数秒経つと血が抜けていく感覚がまるで痛みを吸い上げている様に錯覚し、息が切れる程の脱力感と快感が体中を駆け巡った。

 

「……んぐ、ん……っはぁぁぁ……ご馳走様」

「きゅ、急に何を……?」

 

「マスターが悪いのよ? 女神である私を置いて、どこかに消えたまま顔も見せないで……まあ、今の行為はこの衣装のせいなんだけど」

 

 彼女に吸われた箇所は、キスマークの様な跡がはっきりと残っていた。

 それを見ていると、彼女はそっとハンカチをこちらに手渡してきた。

 

「今の私、再会できて嬉しいと思ってるけど同じ位に機嫌が悪いの。今日は絶えず私だけを想って、尽くして、奉りなさい。分かった?」

「分かった……あの、全然落ちないけど」

 

「あ、拭き終わったらかしら? この口紅は消えないわよ。ハンカチには増血と回復効果があるから、これで傷は無くなったわね」

 

 それだけ言っては彼女は俺の手からハンカチを受け取ると、手を握って前へと歩いた。

 

「行きましょう。それは消えないから、観念して私の所有物として他の女に見せつけてあげなさい」

「ははは……しょうがないか」

 

 服を引っ張ってもその派手な色は隠し切れない。彼女の後を追うように、観念した俺は歩き出した。

 

 実際の近辺の街が再現され、所々にジャック・オー・ランタンの飾りやコウモリの形の風船、しまいには道行く人々の密度は平日の夕方程度なのに殆どの人が西洋の怪物の仮装をしている。

 

「うわ……めっちゃ正しいハロウィン」

「全く、私はこんなに気合を入れたのに貴方は普通の姿だなんて……そうだ! まずは貴方の服装を正しましょう! こっちよ!」

 

 近くにあった高そうなファッションショップ。

 

「これと、これと……あ、すいませーん! これに合う靴を――」

 

 聖杯の知識か、依り代の少女の記憶を読んでかは分からないが慣れた手つきで商品を選び、近くにいた女性の店員を呼んで試着室にまで案内してもらった。

 

「……! いいじゃない! 私の隣を歩くのに申し分ないわね」

「でも俺、こんな物を買える程の金なんてないけど」

 

「私が着て欲しいんだから、それ位は払ってあげるわよ」

 

 あの浪費嫌いのイシュタルが珍しく、リアルであれば絶対に買えない様な値段の黒のタキシードとそれに合わせた細かい装飾品までもを無理矢理着せられて店を出た。

 

「よーし、これで準備オーケーね!」

「あ、ありがとうございました」

 

 去り際に俺は店員に頭を下げてお礼を言った。

 イシュタルは急に強く俺の手を握って、近くの裏路地に引き込んだ。

 

「……あだっ!?」

 

 そしてまたしても血を吸われた。

 今度は首の左側。下手したら死ぬんじゃないかと恐怖する間もなく彼女の吸血は終わった。

 

「全く……! どうしてそんな簡単に色目を使ってしまうのかしら!?」

「い、色目って……俺はただお礼を言っただけで――」

「私だけを見ろって言ったのに、なんでそんな簡単な事も出来ないの!?

 ……ん!」

 

 無茶苦茶だと言い返したかったが、彼女の涙を見て思わず渡されたハンカチでそれを拭った。

 

「……貴方は、私だけを見てればいいの……分かった?」

「分かった、分かったって……」

 

 このままだと、増血より先に俺が貧血で倒れてしまいそうだ。

 

「……それじゃあ、貴方の血液でお腹が膨れちゃう前に食事に行きましょう」

「ああ」

 

 ――しかし、デートはそう簡単には行かなかった。

 

 暫くの間会っていなかったイシュタルの沸点は思っていた以上に低く、街中で手が離れただけで次の瞬間には手の甲を噛まれた。

 

「ずーっと掴んでいなさい! 次離したらミイラよ、ミイラ!」

 

 後ろから不意打ち気味に、アストルフォに抱き着かれてしまう。

 

「マスター! やっと会えたね! ねぇ、今度こそ僕が勝って――うぎゃぁぁぁぁぁ!?」

 

 ノーチャージで宝具をぶっ放した彼女は、更に俺の頬や首裏にキスマークを付けた上で二の腕から吸血した。

 

「……はぁ……このままだと、私のこの完璧な体型が崩れるわよ」

「こっちは逆に……倒れそう」

 

 その後、なんとかレストランに辿り着いて、取り合えず血を回復する為に高そうなステーキを何枚もお代わりしたんだけど、フラフラだった俺は余り会話もせず味も良く分からないまま食事を終えて店を出た。

 

 そして、マークが付き過ぎてメイクだと思われそうな俺と血を吸って胃もたれしているイシュタルは公園のベンチに座り込んだ。

 

「って言うか、そんなにやばいなら血を吸わなきゃいいんじゃ……?」

「うっさい! 私はね、この日の為に準備をしてこの衣装を私の霊基と合わせて万人を魅了する最高の礼装に仕上げたのに――!?」

 

 うっかりが発動したか、そんな裏話をしてしまった事に気付いた彼女は慌ててベンチから立ち上がった。

 

「飲み物を買ってきます!」

 

 そう言って早歩きで消えて行く彼女の背中を見つめつつ、俺は彼女の想いをなんとなく想像した。

 

(気合を入れに入れて仕上げたせいで、吸血鬼に近付き過ぎたのか……)

 

 それだけ俺との再会を待ち侘びていたのだろう。

 とはいえ、こっちだって半分位は不可抗力なんだけど……

 

「まあ、しょうがないか」

 

 ベンチに深く腰掛けてから空を見上げる。

 

 都会だと言うのに、夜空はとても綺麗で沢山の星がはっきりと見えている。

 

「……本当は光で隠れて見えないんだけどなぁ」

「その通り! 本当の星は地上の光に隠され、瞳で捉えられるのは強く輝く星々だけ」

 

 突然聞こえて来た声に俺の心臓が小さく跳ねた。

 

「それは、愛も同じ! 

 数多の女と、数多の男! 真に結ばれるべき二人は、他の有象無象に阻まれたとて、かき消されはしない!

 つまり、余こそがマスターの真の嫁である!」

 

 そう言い放って現れたのは、白い花嫁姿のネロ・クラウディウス。

 しかし、本来は露出している筈の太ももと顔の右上から左下を包帯で覆っている。

 

「ネロ!?」

「うむ! ハロウィンに装いを合わせた蘇った花嫁である!

 どうだ、これもまた美しいであろう?」

 

 確かに、その姿はいつもと比べると雰囲気が異なっていて、推しである彼女にそんな恰好をされると少し興奮してしまう。

 

「……ぐぬぬ、その接吻痕は捨て置けん故、今直ぐに後も残さず拭き落としてやろう! さあ、こちらに来るがよい!」

「あ、でも今はちょっと……」

 

 不味い。

 そろそろ帰って来るであろうイシュタルに見つかれば、今度こそカラカラなミイラと化すのは間違いない。

 

 何とかして、ネロを振り切って彼女と合流しなければ……!

 

「むむ、聞き分けの悪いマスターには……この姿の新技をお披露目するしかあるまい!」

「ぐっ!?」

 

 ネロがそう言うと、彼女の太ももと顔に巻かれていた包帯が伸びて俺を拘束した。更にそのまま包帯が口紅の上に張り付き、シールでも剝がすかの様に簡単に体中のキスマークを落としてしまった。

 

「これでよし、とするには匂いがしつこい……よし、らぶほとやらで洗い流してそのまま事に及ぶと――」

 

 ――突然、巨大な金色の光が頭上に3つ輝いた。

 

「アンガルタ・キガルシュ!」

 

 金星が1つネロへと降り注いだ。

 

「アンガルタ・キガルシュ!!」

 

 立て続けにもう1発。

 

「アンガルタ・キガルシュ!!!」

 

 最後にもう一度――と、思いきや、その後ろに更に5つの金星が輝きを放っていた。

 

「――アンガルタ・キガルシュ!!!!!!」

 

 

 

 イシュタルの一撃で気を失い、目を覚ました俺は普段より自分の体が冷たい事と一か所……首筋だけが温かい事に気付いた。

 

「うちゅん……! ん、ん、ん……!」

 

 目を覚ました俺と目が合ったのは、やはりイシュタルだったがそれでも彼女は吸血を止めない。

 

 自分の体を良く見て見ると右手から腕に5つ、左には4つのキスマークが付いていて、それらすべてから小さな2つの血の線が出てきているので恐らく出が悪くなった場所から吸うを止めて吸ってを繰り返しているのだろう。

 

「……いしゅ、たる……」

 

 自分でも想像出来なかった程にか細い声で彼女の名前を呼んだ。

 

「ん……ちゅんん……うぁ。

 ……何? 私、まだ吸い足りないんだけど。魔力も結構使っちゃったし」

 

「……」

 

「眠いなら眠りなさい。これからは、もっとちゃんと私に会い来て。

 じゃないと今度は血どころか、貴方の魂まで食い尽くしてあげるわ。

 この体の持ち主はこの食事があんまり好きじゃないみたいだけど、貴方みたいな人間を、簡単に諦めたりはしてあげないから」

 

 それだけ言うとイシュタルは一度俺の唇に重ねた後、正面から牙を見せながらゆっくりと首に噛み付いたのだった。

 

 




見事にマスターがバラバラでした。
本当は切大編とかオリジナル編とかに分けるつもりでしたが、予想以上に皆さんバラバラでしたので先着順とさせて頂きました。

次回は、EX-sはフルアーマー さん、第二仮面ライダー さん、陣代高校用務員見習い さん、ジュピター さんの4名の話を投稿する予定ですのでもう暫くお待ち下さい。


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