ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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最近、デュエル動画を出したスラッシュです。
まだ見てない方は活動報告等をチェックして下さい。

Box周回をした過ぎて上手く執筆が進みませんでした。恐らく次回の投稿はバニーイベント終了後になると思います。周回させて下さいお願いします。


水着ヤンデレ2020 (秋)

 

 はい、皆様こんにちわ!

 

 森羅万象あらゆるゲームを遊びます、八百億チャンネルのぺたろーです!

 

「……」

「……」

 

 今回は、いきなり俺と同じぐだ男姿の誰かさんが目の前にいます! 早速話掛けて見ましょう!」

 

「こんにちわ」

「こ、こんにちわ……?」

「貴方は誰ですか?」

 

「え、えっと……」

 

 あれー? 戸惑ってる? もしかして、この人、俺と同じヤンデレ・シャトーに巻き込まれた人だったり?

 

「つ、通前(ツウゼン)です」

「ツウゼンさんですか! 俺はぺたろーです! 確認にですけど、貴方は此処が何処か知ってますか?」

「て、テンション高いな……ん? ぺたろー? ぺたろーって、もしかしてゲーム実況者の?」

 

 ……あれ? もしかして視聴者? リスナー? え、俺普段からこのテンションで喋ってるやべー奴だと思われちゃった?

 

「あ……はい、そうです」

 

 急に、借りて来た猫の如く大人しくなったので自分でもちょっとカッコ悪いと思ってしまった。

 

「いつも見てます。FGOの実況、いつも楽ませてもらってます!」

「そ、それは嬉しいですけど……此処から脱出しないと」

「あ、そうですね!」

 

 なんでよりによって自分の視聴者と一緒に此処を回んないといけないんだ……! このヤンデレ・シャトーを用意したアヴェンジャー、覚えておけよ……!

 

 怒りで拳を握りしめつつ、俺達はシャトー脱出の手掛かりを探す為に2人で移動した。

 

 

 

「いーやーだー!!」

 

 はい、そこの今回は切大いないのかと思ったそこの貴方! 俺こと切大は今、必死に、それは必死に近くの柱に張り付いています。

 

「あー……」

「ご愁傷様、だね」

「うるさい……」

 

 いつもの3人に若干同情気味な反応をされてしまう程に、俺の状況は最悪だった。

 

「泣き喚くな」

「うふふふ、そんな可愛らしい声で鳴かれてしまうと……思わず警棒を握る手に力が入ってしまいます」

 

 そう言ってピンクの棒を振り回すのは、あのBBちゃんと同じ霊基であるムーンキャンサーを持つ黒で体を覆った水着のサーヴァント、殺生院キアラ。

 よりよって、今回の俺は彼女と行動を共にする事になってしまった。

 

 見た目だけなら毎年恒例の色物水着星5サーヴァントに見えなくもないが、彼女はExtraCCCではラスボスであり、FGOでもビーストの片割れとして散々マスターを苦しめた巨悪である。(やってきた悪事と体のスケール的に)

 

 しかも、悦びとか快楽に嫌になる程大好きで、自身の為に人生を使い破滅する他の生物達を見るのが好きというとんでもない本性を持っており、それを覆い隠してしまえる程の聖人オーラを持つやべー奴だ。

 

 そんなのと一緒に行動するとか絶望と死と破滅以外何があるっていうんだ。

 

「やーだー! 俺は此処でセミの如く一生を終えるんだー! 誰が好き好んで殺生院キアラと歩き回るんだよ! アンデルセンを呼ん――」

 

 ――頭に何かが触れると同時に、俺は意識を失ってその場に倒れた。

 

「――あら、私ったら警棒がすぽ抜けてマスターに当たってしまいましたわ。

 夏に気を抜きすぎてしまっていたのでしょうか?」

 

「おい、大丈夫か?」

「……あだだだ」

 

 玲に呼び掛けられ、この空間の作用もあってなんとか立ち上がった。

 ちょっとまだ頭がフラフラしている。

 

「では、私とマスターはお先に失礼します。皆さんはごゆっくり」

「うっ……あんまり揺らさないで」

 

 手を引かれるまま、俺はヤンデレ・シャトーへと連れていかれるのだった。

 

 ――今回は、サーヴァントと共に6つの夏の終わりを集めるのが目的らしい。

 そして、マスターに同伴するヤンデレサーヴァントは今年の水着サーヴァント達。

 

 玲はブリュンヒルデ。

 

 山本はアビゲイル。

 

 陽日はイリヤ。

 

 ……あれ? でも、夏の終わりを6つ集めないといけない上に水着サーヴァントはピックアップ限定だとしても後2騎いる筈だよな?

 

 そんな疑問が頭に浮かんだまま、俺は蓬莱山に向かう事となった。

 

 

 

「ふぁぁぁ……」

 

 運よく、俺は程よく冷房の効いた寝心地の良いマンションの一室に来れたので大きな欠伸をしてからフカフカなソファの上に寝そべった。

 

「……って!? もう寝てるし!?」

『夏だろうが秋だろうが、このマスターさんは平常運転ですねー。睡眠の鬼ですね』

 

「なんとかして起こさないと! 私、この格好だと一杯遊びたい気分なのに!」

『でしたらイリヤさん、此処は普段とは違うアプローチで行きましょう!』

 

 なんか騒がしいけど、例え幾ら騒いで来ても俺は動かなぃ……

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

「……あ、暑い……」

 

 まるで突然炎天下の外に放り出された様な、強めの日差しに当てられては流石に目も覚める。

 

『実際に野外に放り出されているんですけどねー』

「今の私は筋力Cだもん! マスターさんとソファー位、簡単に持ち上げられるんですよ!」

 

 まさか、あの天国の様な空間から一瞬で追い出してくるなんて……参った。

 

「参ったので寝ます……」

「あー! ちょっと、マスターさーん!」

『北風と太陽作戦、失敗ですね。じゃあ、イリヤさん、プランスリーで行きましょう!』

 

「ほぇ? スリー?」

『アレですよ、アレ! 私達の三番目って言ったらこれしかないじゃないですか』

 

「あ、そっか! マスターさん、これ以上寝惚けて夏休みを無駄に消費するのは、私が絶対に許しません!」

「……夏休みは……もう終わぁ……」

 

 なんか急にキラキラし出したけど、これ以上睡眠を奪われて堪るか。寝る。

 

『ルビーちゃんラッシュー!』

 

 瞬間、水が、とんでもない量の水が飛んできた。

 

「やったぁ! これでマスターさんもすっかり目が覚めて――って、マスターさんが遥か彼方に!?」

『これは、あの有名な「アーチャー! 着地任せた!」をするチャンスでは?』

「本当!? じゃ、じゃなくて!? 早く行かないとマスターさんが真っ逆さまだよ!」

 

 うーん、風を受け続けていると暑さが紛れて気持ちいいな……このままずっと空中で吹き飛ばされたままでいられないかな。そしたら眠れそうだけど……よし、挑戦しよう。

 

「あ、マスターさんが気絶してる!」

『いえ、あの人あの態勢のまま睡眠しようとしてますね。あ、今寝ました』

「早っ!? え、着地の心配とかしないの!?」

 

『それだけイリヤさんを信頼しているんじゃないですか?』

「え、あ……そうなのかなぁ? そうなのかもぉ!」

 

 …………ぐぅ……

 

『あの、イリヤさーん? 早く助けないとそろそろ地面と激突してマスターさんが脳ミソと内臓が一緒になった新しいタイプのハンバーグになってしまいますよー?』

「え、あ、まままマスターさん!? そ、そうだ! こうなったら私の宝具で――!!」

 

 

 

「あの……迷惑ではありませんか?」

「ん? ああ、大丈夫だ」

 

 俺の隣を歩く英霊が遠慮気味に質問してきたので何でもないと返してやった。

 

「別に俺は手を繋ぐ位ならかまわねぇけど、そっちは?」

「はい……マスターと手を繋いでいれば、この軋み続けている霊基も安定します。

 シグルドも、私がこうしていると知っても相手がマスターであれば貴方の誠実さを理解しているので大丈夫です」

 

「はぁ……ならいいけど」

 

 水着を手に入れバーサーカーになったこのブリュンヒルデは、その姿でいる間はちゃんと自分の恋人を見分けられ、不本意な槍を振り回す事のない存在だ。

 黒いドレスの様な水着に身を包んだこいつと俺は、どうやらマーケットにいる様だ。

 

 確か此処でゾンビに襲われて、地下は冥界に繋がっていた筈だが、血生臭い物は1つとして残っていなかった。

 

「夏の終わりを集める、か……見当もつかねぇな」

「きっと、探していれば直ぐに見つかる物の筈です。見落とす事無く、隈なく探しましょう」

 

 ヤンデレだが、そのベクトルが俺じゃなくて他の男に向いているので、普段通り返り討ちにしてやる必要がないのは良い事だが、不安定なのでいつまでこの時間が続くかは分からない。

 

「……おい」

「どうしましたか、マスター?」

 

「いや、腕を組まれると胸が当たるんだが……」

「え、あ! も、申し訳ありませんマスター!」

 

 俺の指摘に驚いてすぐに手を離した。どうやらワザとではなかったらしい。

 

「大丈夫か? やっぱり、離れていた方がいいじゃないか?」

「そ、それは……駄目です」

 

 いや、顔を赤らめんな。

 シグルドを思い出せ。

 

「う、すいません……」

「気を付けろよ。こんな事して、後で後悔すんのはお前なんだからなぁ?」

 

 役得ではあるが他人の女に手を出す程落ちぶれたつもりはない。俺達は食料のコーナーを適当に散策したが目的の物は見つからず、もう少し奥の探索をと雑貨用品が並べられた棚を歩き始めた。

 

「ん? これは……なんだ、おもちゃの指輪か」

「随分綺麗な箱にいれられていますね」

 

 確かに、中身は一目見ただけで分かる位にちゃっちいプラスチックの指輪だってのに本格的な紺色のケースに入れられてやがる。

 

「もしかして、これが目的の品か?」

 

 俺はその箱をブリュンヒルドに見せた。

 

「…………」

 

 だが、箱を見つめて無言のまま数秒が経過したので――

 

「――オラ!」

「っ!?」

 

 頭を叩いてやった。

 

「しっかりしろ。これが夏の終わりか?」

「ち、違います……シグルドは、あんなに強く殴ったりしませんので」

 

 何を今さら否定してるんだと突っ込みたくなったが、溜め息だけ吐いてそれ以上は言ってやらない事にした。

 

「ったく……唯の罠かよ」

 

「……」

 

 おい、俺が放り投げたケースを物欲しそうに見るな。

 

「行くぞ。この調子じゃまだまだ掛かりそうだ」

「はい」

 

 そんな返事と共にこいつがその手に武器を握ったのを、俺は見逃さなかった。

 

「っと!」

 

 振り下ろされる前に一歩前に出て躱した。

 

 俺が立っていた床はその一撃で粉々に砕け散り、その鋸の様な形状に抉り取られていた。

 

「し、ぐる、ど……こ、ころさ……殺さない、と……」

「おい、しっかりしろ!」

 

「此処に、まだシグルドの血が――流れていません!!」

 

 

 

「……モードレッド……ぐぅ」

「……」

 

 アビゲイル・ウィリアムズの目のハイライトは全て消え、もはや闇そのものと言って良い程輝きを失っていた。

 

 その理由は、彼女の目の前にある光景。

 

 大好きなマスターに頼まれて自分の能力で彼の望む夢を見せ、更にその能力でその夢に侵入した結果――モードレッドで埋め尽くされたこの光景が眼前に広がっていた。

 

「……」

 

 夢の世界はマスターを癒す為の世界。現実から隔離させる為の幻夢郷。

 モードレッド大好きな山本がこの光景を願うのは当然で、それはアビゲイルの願いでもあった。

 

 だが――なんて悍ましい景色だと、アビゲイルは憤怒していた。

 

「やっぱり、サーヴァントはマスターを蝕み、蔑ろにする死者……!」

 

 だが、彼女は強く手を握り締めるだけだった。

 

「……だけど、これはマスターの夢」

 

 彼女自身の愛が己の怒りを留めていた。

 

「モードレッド……大しゅき……」

「……」

 

 しかし、シャトーの中で高まった愛憎が理性だけで留まる訳なく、堪忍袋の緒が切れたと同時に――彼女の宝具で作った世界は音を立てて崩壊した。

 

「――ふぁ……? あれ、アビー……?」

「ますたぁの……ばかぁ!」

 

 目覚めた山本はアビゲイルに抱き着かれ罵倒されて困惑していた。

 しかし、彼女がマスターの安全を確保する為の手段を定めていなければ、夢の世界を自由に歪ませて永遠に閉じ込める事も出来たと考えれば、大人しくこの抱擁を受けるべきかもしれない。

 

「え、えっと……ごめん?」

「誤っても許さないわ!」

 

「じゃ、じゃあどうすれば……?」

「ぱんけーき……」

「え?」

 

「美味しいパンケーキを焼いて……沢山、たーくさん……焼いてくれないと、ゆるさないわ……」

 

 そう言われた山本は、辺りを見渡して自分達がコテージにいる事を確認した後に……溜め息を吐いた。

 

「分かった、分かったよ。焼こうか、パンケーキ」

「うん! それと、モードレッドって言ったらこの子達が噛み付くから言っちゃダメよ?」

 

 そう言って彼女は猫――とは名状しがたい2匹を見せつけた。

 

「う、うん……言わないよ」

 

 恐怖を感じた山本は首を縦に振って答えた。

 

「……それじゃあ、まずは材料の準備ね!」

 

 鼻息交じりで台所に向かう彼女の後ろを追いかけ、開いた冷蔵庫の中身を一緒に見た。

 

「ふ~~ん、ふふ~ん」

 

 パンケーキに必要な卵、牛乳等の食材が保管されており、笑顔でそれらを取り出していくアビゲイル。

 

「……ん?」

 

 そんな中、山本は真っ赤な蓋のタッパーを見つけて、興味を惹かれた。

 

「なんだ、これ?」

 

 何の気なしに開いてその中身を見ると同時に、確信した。

 

「こ、これは!」

 

 

 

「このホテル……出れませんね」

「そうですね」

 

 僕と何故か一緒にこの夢の中にいたゲーム実況者のぺたろーさんは、夏イベントの時に訪れたホテルのベンチで座り込でいた。

 数十分程歩き回ったけど、玄関も部屋は開かず、サーヴァントが襲ってくる気配もない。

 

 歩き回って少し疲れた僕達は、結局誰もいない受付前で休む事にした。

 

「……はぁ」

「ツウゼンさんは、ヤンデレ・シャトーを何度経験してるんですか?」

「え? もう、10回位かな」

 

「俺もそれ位ですね」

 

「巴御前が好きなんですけど、中々会えなくって……ぺたろーさんは、エレシュキガルが好きなんですっけ?」

「まあ、そうですね」

 

「でも、最近はなぎこさんに浮気気味だとか?」

「ははは……まあ、ちょっと」

 

 二人とも見た目も性格も全然違うのに……まあ、そう言う性癖もあるか。

 

「でも、サーヴァントがいなくてちょっと安心ですよね。このホテルって、例の顔が濃い3人組が迫ってきた場所ですし」

「輝いてましたね、あの1枚絵」

 

 そんな会話をしていると、突然閉められていた筈の玄関の扉が開いた。

 

「マスター!」

「マスター! ご無事ですか!」

 

「「え?」」

 

 入ってきたのはゲーミング的なデザインの競泳水着姿の巴御前と、露出を抑えた黒ビキニの紫式部だった。

 

「ああ、良かった! 此処にいらっしゃいましたか!」

「申し訳ありません、見つけるのに手古摺ってしまい……」

 

 そう言って駆け寄ってくる2人はほぼ同時にそれぞれ、巴御前が俺の、紫式部がぺたろーさんの手を握ってきた。

 

「え……?」

「マスター、どうかしましたか?」

 

「すいません、マスター! 私が至らないばかりに……」

「いや、全然待ってないから。うん」

 

 自分の推しが迎えに来たと思っていた僕は、疑問に思った事をそのまま口に出してしまった。

 

「いや、ぺたろーさんの推しってエレシュキガルとなぎこさんじゃ……?」

「え、いや、ソンナ事、ナイデス、よ……?」

 

 急に片言になってぎこちない弁明をしたぺたろーさんを見て、僕は自分の失態に気付いた。

 

「マスター? 他の女の名前を私の前で呼んでしまいますか!?」

「マスター、ご説明を! なぜ私ではなく、清少――なぎこさんを推しているのですか!?」

 

「幾ら私が本気で遊びに興じる為に水着を着ているからと言って、マスターが私の心から離れてしまっては言語道断! 愛情とは、気を抜けばするりと手から零れ落ちますよ!」

「今からでも遅くありません! 推しにするならあんな偽パリピ偽JKではなく、この……少々早いですが、とっておきの水着姿を披露させて頂きます!

 ですので、マスターの推しの座はこの紫式部に!」

 

 あっちは突然霊基を再臨させて――

 

「――いだだだだだっ!?」

「ふふふ、マスター? そろそろこちらに目を合わせて貰わないと、鬼になるやもしれませんよ?」

 

 千切れるかもしれない程の力で既に紫色のビキニに角を生やしている彼女に耳を引っ張れた僕は、何故かホテルの奥にある部屋へと無理矢理連れて行かれてしまった。

 

「っ……あ、いや、その……浮気とか、そういうつもりじゃないんだけど……」

「だからこそ質が悪いのです。私はマスターの誠実さを信じて操を立てているのですから、マスターも私の前では女性との接触はお控え下さい」

 

 彼女の言葉に全力で頷いて謝ると、鬼の圧力を放っていた彼女も満面の笑みを浮かべてテレビを点けた。

 

「では、早速げぇむをしましょう! 私の調べではこの宿のてれびが最新です!」

 

 なるほど、僕を連れて来たのは此処で遊ぶ為だったのか。差し出されたコントローラーとVRゴーグルを受け取って早速それを付けてみた。

 

『……』

「……あれ? 巴さん?」

 

 装着して目の前に広がるVR空間の中央に巴御前の姿があった。恐らく、この空間内での彼女のアバターだろう。

 

『……』

 

 だけど俯いたまま動かない。

 

「――失礼します」

 

 不審に思ってコントローラーを振り回していると突然、頭の後ろから聞こえて来た。それと同時にカチリと、VR空間の外から何かを嵌めた音が聞こえて来た。

 

「ちょ、と、巴さん!?」

「これでもうこれは外れません」

 

 目の前の画面しか見えないまま困惑する僕は、やがて巴御前のアバターが動き始めた事に気付いた。

 

『これで、もうマスターは逃げられませんね?』

「な、なんの真似ですか? ゲームだったら、ちゃんと付き合うんですけど……」

 

『そうですね……っん』

 

 彼女の唇がそっとほっぺに触れた。勿論、実際には感触なんてない。

 

『……げぇむでしたら、しっかりお付き合い頂けますよね?』

「ま、まさか……?」

 

「これは、唯の遊戯でございますので……誰も、裏切ってはおりませんね?」

 

 表情の変わらないアバターを見ていた僕の耳元で、彼女の熱の籠った声が響いた気がした。

 

 

 

「では、マスターにはこれから私の担当になってもらいます。勿論、同担拒否です!」

「俺の推しを一方的に決められた上に、一切自意の無い同担拒否まで……」

 

 いつの間にかツウゼンさんが消えているが、俺は紫式部に詰め寄られて更に彼女は二本の棒と布、そして服を差し出してきた。

 

「え、なんですかこれ?」

「私のイメージカラーである紫のサイリウムとバンダナ、そして真っ白なTシャツです!」

 

 ……もしかして、これって……80年代のオタク装備では?

 

「これを着て、最前列で私を応援して下さい!」

「それは良いけど踊れるの?」

 

 俺の疑問に、紫式部はハッとして……慌て始めた。

 

「うっ……! か、完全に失念していました! 私、あくまで当世の夏の装いとして着ていただけなのに、今の今まで自分をあいどると思い込んでいました!」

 

 急に不安がってしまった。

 

「別に、無理にやんなくも良いんじゃない?」

「そ、そういう訳には参りません! ま、舞なら……数ヵ月、否、数週間もあれば会得してみせますから……!」

 

「じゃあ、Vtuberとかどう?」

「……え?」

 

 驚く彼女を見た瞬間、俺はそこに連打のチャンスを見出した。

 

「俺の生配信とか見てただろ? アレを紫式部さんがすればいいんだよ」

「で、ですが私、げぇむは苦手で……」

 

「ゲーム実況じゃなくていいから、自分の好きな事を配信すればいいの。

 しかも、Vtuberなら派手な格好や可愛い衣装を3Dモデル、つまり君自身がしなくても良いから恥ずかしがらなくていい!」

「……そ、それは……」

 

 よし、悩み始めた! 此処は一発、俺の助力を最後の後押しに……!」

 

「その……配信をすれば……その…………マスターに、推して頂けますか?」

 

 その言葉に俺は迷う事無く喰らい付いた。

 

「勿論だ!」

 

 Perfectの文字が見えた。

 気がした。

 

「わ、分かりました! 私、カルデアに戻ったら早速すりぃでぃもでるの準備をします! ……ですが、その前に1つ頼んでもよろしいですか?」

「ん? 何?」

 

「実は、このホテルの何処かに私の忘れ物があるそうなので……一緒に探して貰っても良いですか?」

「分かった。一緒に探そう!」

 

 

 

「マスターさーん!」

「マスターさーん!」

「マスターさーん!」

 

 大量のイリヤがこちらに、飛翔しながらやって来ていた。

 

 水着イリヤの宝具で集まった別の時間軸のイリヤ達と本人だ。水着なんか忘れて魔法少女に転身しているし、瞳に怪しげなハートマークを浮かべているので実際の状況は空飛ぶライオンの群れに襲われていると言う例えが俺の中で一番的を射ていると思う。

 

「ひぃぃぃぃぃ!!」

 

 回避、回避、回避。

 止まる事を知らないイリヤ達は地面に激突し、やがて何もなかった様に消えていくが本人がまだいるせいかその軌跡からドンドン別のイリヤがやって来る。

 

「シグルド……! マスター……! 殺さなければ、困ります……!

殺さなければ……! まだ此処で、血が流れていません!」

 

 唐突に前方から迫るブリュンヒルデの凶刃に、俺は思わずスキルである【緊急回避】を発動させた。

 

「――あぶね――っおわ!?」

 

 逃げた先に今度は謎の階段と門が、俺を飲み込まんと出現していた。

 

「マスター? こっちに来て、一緒に食べましょう?」

「あ、アイドントライクパンケーキィ!」

 

 反射的に出た下手糞の英語で邪神姿のアビゲイルの誘いを断って、まだ安全な場所を探して移動するが――

 

「――さあマスター、巴の腕前をご覧下さい! このぶいあーる落ち男達で見事王冠を――」

「っく、誰が好き好んでVRでヒヤヒヤな道を通るか!」

 

 後ろから巴御前の悲鳴が聞こえたが聞こえない振りをしていると、突然耳元で不気味な女の声が聞こえて来た。

 

「……誰かが、死にますね」

「絶対俺じゃん!」

 

 言われなくてもこんな無限ループをもう“13回も繰り返している”んだからその内死ぬに決まってるだろ!

 

「あ! くそー! ループの終盤になるとどんな目に合ってるのか思い出せるのに、そろそろまた――」

 

 ――

 

 ――俺の後ろから、無数のイリヤが迫って来る。

 

(ふふふ、マスターったら、あんなに必死になって可愛いですね……ふふふ、何度も見ても飽きませんね。

 ……いえ、そろそろ飽きて来ました。

 何時になったら、「素敵で美人な愛しのキアラさーん」って呼んでくれるのでしょうか? 私、余計な記憶はこの魔法のコンパクトに封じて今はマスターに一途になっているのに……マスターの記憶からも、その記憶を奪った筈……)

 

「――めーっちゃ視線感じる! 別次元から覗かれている様な不快感と恐怖を感じる! 正直イリヤより怖えぇぇぇ!!」

 

(まぁ、マスターは得体の知れない恐怖に怯えている様子……なんて痛ましい。

 早く私の名前を呼んでいただければ、この幻から出して差し上げますのに……)

 

「助けてくれぇぇぇ! あ、掠った! 今多分頬切れた!」

 

(さあ、ヒントを差し上げますから……)

 

「なんか、雲の形が俺の目の前で変わってくんだけど!? 怖い!

 え、アレもしかしてキ!?」

 

 そしてその横で更に雲が変形していくが――

 

「わぁぁぁ!? と、止まれなぁぁぁい!!」

 

 ――イリヤがその2つの文字の間を飛んだ。

 

「き、キラ!? キラーって事か! やっぱり、凶悪で狂いに狂った殺人鬼に命狙われてるのか!!」

 

(余計な邪魔が入ってしまいました。仕方ありません、もう一度ヒントを――)

 

 ――っ!?

 

(ふ……ふふふふふ、私とした事がつい興が乗ってしまいましたが、私にとっての唯一の枷は令呪でした……ですが、私の幻に囚われたまま正確な認識も出来ないマスターの腕を1本奪い取るなんて……容易な事でしたね)

 

「悪寒! なんか知らないけどめっちゃ悪寒がする!」

 

(感の良いマスターですが、令呪がなければもはや取る足らない1人の人間。一口に頂いて……私のナカを満たして貰いましょう)

 

 何故か、誰かが俺の心臓を鷲掴もうとする様なそんな恐怖に掻き立てられた俺は――令呪を使う事にした。

 でも、誰もが危険が、誰もが危ないこの地雷原のループの最中、一体誰に頼めば――

 

「だ、誰でも良いから助けて下さい!!」

 

 俺は必死な想いでそう叫ぶと――――目の前には、誰かの掌があった。

 

「――っ」

 

 掌は俺の腕へと向かって――やがて、俺の頭に添えられた。

 

「……もう、そんな乱暴な命令で危機を脱却されるなんて……はぁ、喜ばしいですね、マスター」

「キアラ……」

 

 急に先まで感じていた疲労感や命の危険、その全てから解放されたのに継続する緊張感の大元は彼女だった。

 

「ですが、現実も大変ですよ?」

 

 そう言って彼女はリードを引っ張った。

 いつの間にか着けられていた首輪が少し首を絞める。

 

「っぐ……!」

「マスターったら、すぐに私から逃げようとするんですもの……これくらいの備えは必要ですね?」

 

 先まで一切の隙なく襲われていたせいで熱の入った思考が、なんとかこの現状を脱出しようと回り始める。

 

「折角私以外の皆さんがどれ程危険なサーヴァントか、その身で教えて差し上げたと言うのに……まだ私を警戒しているのですか? キアラポリスは、困っている方を助ける魔法少女ですのに」

 

「その危険性を全て網羅してるんだから、一番危険なサーヴァントはキアラさんでか――いだだだ!」

「女性を危険だなんて……豚箱にぶち込まれても、弁明できませんよ?」

 

 今回の目的は、確か夏の終わりを見つける事……つまり、それさえ入手出来ればこんな危険なビーストから離れられる筈だ。

 

「そ、それよりも、夏の終わりを見つけないと行けないだろ? それを見つけるのに協力してくれるんじゃなかったの?」

「勿論、見つける事には協力致しますよ? ええ、当然です」

 

 この余裕の表情はつまり、“もう見つけてあるからこれ以上は協力しない”って事か?

 なら、後は令呪で命令すれば――だけど、それをすれば何の迷いもなくこの女は俺の腕を切断するだろう。

 

 同時に、ガンドも恐らく当たらない。

 何せ相手は蜃も喰らった貪欲女、今見えている彼女も幻の可能性が高い。

 

「さて、マスター……そろそろ諦めて下さいましたか?」

 

 首輪を引っ張る力を強める。

 声が出せない。息が苦しい。

 

「――」

 

 耐え切れず、彼女の前に倒れた。

 

「うふふふ……まだ殺したりはしませんよ? この霊基は燃費が悪いですし、一先ずは私と共に正しき道を歩める様に、善き道へ導いて差し上げましょう」

 

 ――このタイミングだ。

 彼女はハイ・サーヴァントだが歴戦の戦士なんかじゃない。隙さえあれば令呪を行使するだけの時間が作れる筈だ。

 

 俺は、着ていた礼装を黒い制服へと切り替えた。

 【月の裏側の記憶】だ。

 

「っ……そ、それは!?」

 

「令呪を持って命ずる! キアラ、全面的に協力しろ!!」

 

 

 

 

 

 ――こうして、俺達は全ての夏の終わりを集める事が出来たのであった。

 

「おいおい、お前マジでぺたろーか?」

「玲までこの悪夢にいたんだ……まあ、あんだけ召喚してれば当然か」

 

「こ、この人はなんで此処で寝てるんですか……?」

「何処でも寝てるんで、気にしないで下さい」

 

 知らない所で、俺の知らない2人も巻き込まれていた様だ。

 

「では全員確認するぞ。陽日」

「これで良いんでしょ?」

 

 そう言って陽日がエドモンに渡したのは……原稿用紙?

 

「次、玲」

「これだろ? シグルドの眼鏡ケース」

 

「山本」

「エミヤの作り置きした料理」

 

「ツウゼン」

「えーっと、このテレビで良かった?」

 

「ぺたろー」

「紫式部の眼帯」

 

 で、最後は俺か。

 

「よし、俺の魔法のコンパクトで最後だな」

 

 俺はエドモンに派手なピンク色のコンパクトを手渡した。

 

「違う」

「え?」

 

「夏の終わりは……おまえ自身だ」

「……?」

 

 そう言ってエドモンは俺の手を掴んで、スタンプを手の甲――令呪の上に押した。

 

「……さ、桜マーク!?」

 

「――っく、クハハハハハハハハ……うふふふ!」

 

 当然、高笑いを始めたエドモンの声が変わり、陽日を除く全員が身構えた。

 

「巌窟王だと思いましたかぁ? 残念、その正体はBBちゃんなのでした!」

 

「え、BBちゃん!? もう召喚したとはいえ、なんで!?」

「そうだよ、なんで今更!?」

「遅くねぇか?」

「一昨年には召喚してたし」

 

「……ぐぅ」

 

 ……あれ、もしかして寝ている陽日は分からないけど、召喚出来てないのって俺だけなの?

 

「そうなんですよ……本命の切大センパイの所に入り込もうにも、水着の私はいないですし、無駄に大きくて邪魔で邪魔な人魚姫がたむろしていてこのままではとても入れない……そんな二重苦を背負ってしまった私が考えたのがこの作戦。

 “所縁のあるマスター5人で門を作って、怪獣退治は大好きなあの人に任せる”……我ながら、良い作戦でした」

 

「じゃあ、夏の終わりを集めたら終わるってのは――!」

「あー、それは本当ですよ?」

 

 BBちゃんに玲が殴り掛かろうとしたが――消えた。

 

「はい。そういう訳で、玲さんの夏の終わりは眼鏡ケースでオッケーです!

 陽日さんもイリヤさんの読書感想文の提出完了! 山本さんも料理はそこに置いて行って下さいね。ツウゼンさんのテレビも大変良く出来ました! ぺたろーさん、眼帯は是非持ち帰って手渡しして下さいね?」

 

 次々とマスター達は消えて行き――俺だけ残った。

 

「それじゃあ、まだ夏の終わりを見つけられていない残念なセ・ン・パ・イ。

 安心して下さい。BBちゃんが、一緒に山中を探してあげまーす!」

 

 BBが指揮棒を振るうと、あっという間に先までキアラに襲われていた湖畔まで戻ってきてしまった。

 

「う、嘘だろ……?」

「さて、っと……まずはその素敵な礼装を無力化してしまえばもう抵抗できませんよね? そしたら、前の様に調教して――!?」

 

 突然、振り上げた指揮棒を下ろそうとした彼女目掛けて大量の水が飛んできた。

 その水は防いでみせたが、今度は剣を持ったブリュンヒルデが飛来しその陰から巴御前の斬撃が襲い掛かる。

 

 しかし、BBはそれらを凌ぎ切り、水上で浮いて不敵に笑った。

 

「……あら、誰かと思えば消去し忘れていたサーヴァント達じゃありませんか」

「貴方の企みも此処までです!」

 

 水着イリヤ、ブリュンヒルデ、巴御前、紫式部の4人が駆け付けて来た。

 

「哀れですね。サーヴァントが何騎居ようと私は倒せませんよ?」

「それはどうかしら?」

 

 突然真上から墓石が落下して彼女を襲うが――これも防がれた。

 

「甘いですね。そもそも、貴方達を選んだのはキアラさん以外なら勝算があるからに決まっているじゃないですか?」

 

「そうですか……所で、墓石を壊してしまいましたが、良いのですか?」

 

「はぁ? 攻撃してきたのはそっ――」

 

 

 ――瞬間、BBの真下から大きく口を開けて飛び出してきた。

 ――鮫が。

 

 

「…………え?」

「ふぅ……上手くいったわね」

「ええ、鮫映画のルール。悪役が勝ち誇った時に食べられる、です」

 

 あっさりとBBが倒されて、正直俺はまだ理解が追い付いていなかった。

 

「……え、っと……? あ、ありが、とう?」

「いえ、マスターをお助けするのは当然の事ですから!」

 

「そうね。まあ、あなたのカルデアに私はいないみたいだけれど」

「アビゲイル様と私が不在の様ですね。ですが、お力になれたらなら幸いです」

 

「だ、大丈夫かなルビー? 蘇ったりしないかな?」

『イリヤさん、フラグを立てたいんですかぁ?』

「その時は、私とシグルドの剣で両断しましょう」

 

 ……でも、良かった。

 

「俺は……無事だぁぁぁ~……」

 

「っ……大丈夫ですか?」

「もう疲れ切っているみたいね」

 

「ごめん……すっかり力が抜けっちゃって……」

 

「そうですね。疲労困憊の上に、私達とパスを繋いでしまってはもう、立つ力もなくなってしまったのでしょう」

 

 ……………………ん?

 

「大丈夫! 私達がコテージまで運びます!

「ええ、大丈夫ですよマスター(シグルド)

 

 …………あれ、え?

 

『私達は、例え夏が終わってもマスターの傍に居るから――』

 

 

 

 ……俺の秋は、何処に?





祝、合計文字数100万文字達成!
この数字に辿り着けたのも、読者の皆様の応援のおかげです! ありがとうございます!

ちょっと変な時期にはなってしまいますが、また記念企画をやる予定ですので参加して下さる方は活動報告の更新やツイッターの投稿等をチェックして下さい。

最近は配信や動画など慣れない事に挑戦する事も多くなっていますが、これからも懲りずにヤンデレ話を書き続けるつもりですので、ご愛読よろしくお願いします!

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