ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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配信中殆ど無言だったスラッシュです。
次はもっと喋れる様な配信にしたいと思ってますので、その際にはまた視聴して頂けると嬉しいです……! プロットを書く配信にして皆さんから意見を貰おうかなぁ、なんて考えてます。普段プロット書かないですけど。


悲城の英霊 沖田総司編

 

 目の前には壁。その向こう側からは桜の花弁が舞い落ちている。

 

「城……か?」

 

 漸く夏が終わり秋を迎えると言うのに、随分と季節外れな風景だ。

 

 壁に沿って歩いた先には木造の巨大な門があった。

 エドモンの言った城はこれだろう。

 

「城の主にあって、話を付けろって聞いたけど……」

 

 勘だけど、この門の中に入ってしまえば俺は此処から出られなくなる気がする。

 

「いつもの事だよなぁ……」

 

 もはや慣れ親しんだラスボスの部屋を開く様に、門を潜った。

 

 俺が中に入ってすぐに、門は独りでに閉まった。

 

「ですよねー……進むしかないか」

 

 目の前の城を見上げた。

 屋根の数からして3階建ての様だ。

 

「……ん? 桜か」

 

 手に触れた桃色の花弁を手に取った瞬間――脳裏に覚えのない記憶が蘇った。

 

 

 

 ――マスター……すいません、特異点に付いて行く筈でしたのに……私の病弱スキルが……

 

 はい、良くなったら必ずやマスターの力になります……!

 

 ですから、マスターも無茶をしないでくださいね?

 

 あ、ダ・ヴィンチちゃん! え……スキルの悪化の原因は、霊基を変えた影響? 別霊基の反動で体がガタガタ!?

 

 ……うぅ……マスター。必ず、必ずや天才最強の沖田さんは復活しますので……待っていて下さい……!

 

 

 

 布団の上で情けない声を上げる新選組一番隊隊長の姿が流れてきた。

 

「……この城には、沖田さんが?」

 

 改めて目の前の城を見上げるが、誰も答えては――

 

「――マスター!」

 

 いた。桃色の髪、アホ毛を左右に揺らしてこちらに駆け寄ってくる和服姿のサーヴァントの姿が見えた。

 

 必死に走ってくる彼女を見て、病弱スキルが発動しないかと心配になる。

 

「何をしているですか!」

「痛っ!」

 

 近付いて来た彼女は俺の手首を強く掴むや否や、無理矢理引っ張って来た。

 

「駄目ですよ、私の側を離れたら!」

「いや、側も何も俺は今来たばかりなんだけど……」

 

「全く、外は危険なんですよ! もう、直ぐに何処かへ行こうとするんですから……」

 

 強引に城の中まで連れられると、漸く彼女はその手を離した。

 

「城の扉は閉めておきますからね! 勝手に出ては駄目ですよ!」

「沖田さん? これは監禁じゃない?」

 

 俺のこの言葉に、彼女は首を傾げながら不思議そうに答えた。

 

「何を言ってるんですか? これは監禁ですよ、忘れたんですか?」

「え……?」

 

 驚く俺を尻目に彼女は玄関前で倒れていた看板を拾い上げた。

 

「全く、これが見えない訳ではないですよね?」

 

 そこには『カルデアへの帰還を禁止し〼』と書かれていた。

 

「マスターがこの特異点に来てもう5日経ちましたね。今頃あちらは大慌てでしょう――」

 

 ――背中を沖田さんに抱きしめられた。

 

「けど、帰っちゃダメです」

「っぐ……!」

 

 また力加減がおかしい。下手したら骨が――と思った所で彼女はスッと力を抜いた。

 

「ごめんなさい。沖田さん、自分が最強無敵の美少女だって忘れがちで……」

 

 なんだその自意識が高過ぎる謝罪。

 

「兎に角、マスターは此処を出て行っては駄目ですよ!」

 

 こちらに人差し指を向けてそう言い放った後、彼女は俺の手を取って玄関を跨がせた。

 

 瞬間、玄関は消滅した。先まであった筈の扉は壁に変わってしまった。

 

「これでもう出られませんね。あ、窓も開かない強化ガラスに変えておきますね」

 

 そう言って彼女が懐から取り出したのは――

 

「――聖杯!?」

 

 黄金に輝く杯を掲げると、次々と城の中から音がする。

 それが彼女の願った窓の改変なのを察して、そこそこFate歴の長い俺にとってその聖杯は身に余る脅威だと認識せざるを得なかった。

 

「なんで持ってんの!?」

「え? マスターが渡してくれたじゃないですか? 忘れたんですか?」

 

 そう言いつつ聖杯を懐にしまった。

 

「この城も、特異点もぜーんぶマスターのくれたこの聖杯のお陰なんですよ?」

 

 笑顔でそう言われるが、残念ながら実際の俺が彼女に聖杯を渡した記憶はない。

 

(ん? いや、そういえば前にもこんな事があった様な……)

 

 城を見た時から既視感があったのだが、こういう時は大抵思い出さない様に誰かが記憶を封じている時なのでどう頑張っても思い出せやしない。

 

「なんですかその顔? まさかですけど、本当に覚えてないんですか?」

「あ、いや……」

 

 俺はなんとか言葉を出そうとした。どんな夢でも相手がヤンデレなのは変わらない。なら知らない、覚えてないはスイッチに成りかねない。

 

「まあ良いです」

「……え?」

 

「良いんですよ。そんな細かい事は、沖田さんは全然気にしません!」

「あ、そう……」

 

「そんな事より、早く部屋に行きましょう! マスターの為にお菓子を沢山用意してますよ!」

 

 言われるがまま部屋に連れ込まれると、和菓子やスナック、チョコと色とりどりの菓子が机の上に並べられていた。

 

「じゃあ、沖田さんはお茶をご用意しますのでゆっくりしていて下さいね!」

 

 嬉しそうに別の部屋へと消えて行く彼女を眺めつつ、取り合えず封が閉じたままのお菓子に手を伸ばす。流石に、これに薬が仕込まれている事はないだろう。

 

「……無いよな?」

 

 ちょっと嫌な汗を流しつつも、念入りに袋を調べてから開けて1つ食べる。

 

「…………うん、普通だ」

 

 良かった……食べないと機嫌を損ねるかもしれないので食べはしたが、正直最初の一口は恐怖が喉を通る様だった。

 

「……んまぁ」

 

 食べながらも、部屋中を見渡すが城の中だというのに家の中の様な丁度いい広さで特別派手な内装もない。

 

「まあ、そもそも沖田さんは城で暮らした事のある英霊じゃないし……特異点を作ったのが彼女ならこんなもんなのか」

 

 そんな考察をしていると、沖田さんが入った部屋の襖が開かれた。

 

「お待たせしました! 質問するのを忘れていましたが、マスターはお茶と珈琲、どちらがお好みですか?」

「お茶で良いかな」

 

「分かりました!」

 

 そう言ってお盆を片手に彼女は帰ってきた。

 

「さあ、熱い内にどうぞ!」

「あ、ありがとう……」

 

 飲みたくない。

 何が入っているのか想像するだけで食欲が失せる。

 

「…………あ、何も入ってませんよ?」

「いや、間を開け過ぎだろ」

 

 一切信用出来ない。

 

「…………」

「もう、しょうがないですね」

 

 そんな珈琲との睨み合いを続ける俺を見て、沖田さんは立ち上がった。

 

「入れ直します」

「やっぱり何か盛ったな?」

「盛ってませんけど、入れ直します!」

 

 結局、先に彼女に毒見させた上で入れ直した一杯を飲む事にした。

 

「もう、疑い深いマスターですね」

「どう見ても怪しい沖田さんが悪いだろ」

 

 どうするか……聞いた話では城の主――目の前にいる沖田総司から許可を貰わないとこの城から出られない筈だ。

 どうにかして彼女から許可を……

 

「……そろそろ、良いですか?」

「ん? 何が?」

 

 沖田さんが何かを求める様な視線を向けてくる。

 頬もほんのり赤い気がする。

 

「その……こ、づくり、とか……」

 

 恥ずかしそうにこちらを見る彼女を見て可愛い……なんて唐突過ぎて思えなかった。

 その誘いは乗れないので、俺はちょっとだけ距離を取ろうと座ったまま――床に倒された。

 

「逃げないで、下さい……沖田さん、これでも結構勇気を出してお誘いしたんですよ?」

「いや、待ってくれって……!」

 

 多分俺をマスターと呼んでいる彼女の、本当のマスターは別にいる筈だ。そんな別人の代わりにしようだなんて冗談じゃない。

 

「【ガンド】!」

「あうっ!?」

 

 仕方ないとばかりに魔術礼装に仕込まれたスキルを発動させ、彼女の動きを止めた。

 彼女はセイバーの中でも俊敏性の高いサーヴァント、この距離じゃないと当てるのは難しいだろう。

 

「ま、マスター……今のは、最強無敵の沖田さんでも……傷付きましたよ……?」

 

 体が痺れて動かない彼女の恨み言を背に受けつつ、俺は急いで部屋を出た。

 多分だけど、この城の何処かに彼女の情報がある筈だ。

 

「此処は――違うか」

 

 取り合えず隣の襖を開けてみるが何もない様だ。

 というか、スタンの持続時間を考えるとこのまま適当な散策をするだけでは彼女に捕まってしまう。

 

「――3階だ」

 

 城の最上階になら多分何かある筈だ。そう思った俺は慌てて階段を上った。

 なんなら【瞬間強化】も使って自身の身体能力を強化した。

 

「……! 急げ、急げ!」

 

 最速で駆け上がり、次への階段を探して――そこで足を止めた。止めざるを得なかった。

 

「……これって」

 

 先程、玄関が聖杯の力で閉じた様に階段のある筈の場所にぽつりと巨大で無機質な壁があるだけだった。

 

「……詰んだか?」

 

 そう思ってしまったが、兎に角沖田さんの情報が欲しかった俺は身近にあった襖を開いて中に入る。

 

「って、此処は……病室?」

 

 部屋は全体的に白く、ベッドが複数並んでいた。

 

「ん?」

 

 体に違和感を覚えた。力が溢れる様な感覚。

 

「これ、まさか使ったばかりの【ガンド】と【瞬間強化】がリチャージされたのか?」

「ええ、そうですよ」

 

 聞こえてきた声に慌てて振り返った。

 

「沖田さん……」

「この部屋はxxさんから貰ったジェットをそのまま拡張して作られた病室です。此処にいればいるだけ、沖田さんは健康でいられるんです」

 

 そう言って彼女の瞳が澱んだのを見て、恐らく俺が来るまで長い間彼女が此処にいたのだと察すのは容易だった。

 

「ですから、マスターは私の心配をしなくてもいいですよ?」

「心配……?」

 

「ええ。病弱な私が子供を成せるか心配していたんですよね? 私が無事でいられないと思って逃げてくれたんですよね?」

 

 いや、そんな気遣い出来る余裕は全くなかったんだけど。

 どんだけあの逃走方法をポジティブに捉えたんだ。

 

「だからもう逃げないで下さいね? どうせこの城からは出れませんし」

 

 そう言って刀を向けて釘を刺す彼女を見て、多分全然ポジティブに捉えてないんだろうなと察した。

 

「ここで幸せな家庭を築いていく以外、マスターに選択肢はないんですよ?」

 

 瞬きせずこちらに近づいてくるのは、恐らく俺のガンドを警戒してなんだろうな。

 これでは、撃とうとした瞬間に指を切断されるかもしれない。

 

「わ、わかった、わかった……」

 

 なんとか落ち着かせつつ、俺は救いを求める様に辺りを見渡すが病室には薬品棚とベッドがあるだけだ。

 

「……ん?」

 

 真っ白な部屋の中で1つだけ黒い物が見えた。薬品棚の奥に何か、布みたいな――

 

「――えへへ、もう逃がしませんからね?」

「あだ、痛い痛い!」

 

 前方から遠慮の感じられない力で抱き締められ、思わず叫んだ。

 

 先から異常に強く俺を束縛する彼女の腕力。

 聖杯による空間操作。

 何から何までが、強過ぎる。

 

 出口も手掛かりも封じられては俺に打つ手がない。

 

「こうしないと、マスターは逃げてしまうので」

「逃げないから!」

 

「いいえ――逃げます。絶対に」

 

 彼女は何か確信めいた信頼を俺に抱いている様だ。

 

「そして絶対にこの特異点を攻略する。マスターはそういう人です」

 

 それでも俺を此処に閉じ込めようとしている以上、恐らく彼女にも何らかの計画があるんだろう。

 

「でも――これなら、どうでしょう?」

 

 ――瞬間、彼女の唇が重なった。

 けれど、すぐに離れた。

 

「っ……! 一体、何を?」

「すぐにわかりますよ」

 

 突然、手の甲が熱くなった。令呪が何かに強く反応し、やがて収まった。

 

「これで私は特異点を作った張本人でありながら、カルデアのマスターのサーヴァントです」

「だったら、このまま令呪で――!?」

 

 俺の命令よりも先に令呪が消えて行く――否、持って行かれた。

 

「願望器とマスター、魔力での力比べなら勿論こちらに軍配が上がります。これで、マスターは私のマスター。抑止力は味方しませんし、魔力リソースはカルデアではなく聖杯。管理も勿論私が行います」

 

 途端に、温度が上昇した。魔術礼装の体温管理が機能しなくなっている。

 

「【ガンド】も使えません。幾らそれが魔神柱にも通用する物でも弾切れでは唯の指鉄砲ですね?」

「っぐ……!」

 

 それはもはや裸同然だ。

 俺に出来る事が、無い。

 

「ふふふ、マスター……病室でエッチとか、実はちょっと憧れてませんでしたか?」

「間違った現代知識を……!」

 

 碌な抵抗も出来ずにベッドの上に運ばれ、事に至るまで秒読み開始な状況まで追い込まれた。

 

 だけど、頭の後ろには例の棚があった。

 

「っく!」

 

 先程見えたアレが、何故か重要なアイテムに見えた俺は必死に右手を伸ばして、棚を――開いた。

 

「……え」

 

 そして、棚から押し込まれてたそれが床に落ちた。

 だけど、それは――

 

 ――沖田さんの水着だった。

 

(水着ぃぃぃ!? なんで病室に!? ていうか、このタイミングで出てきてもなんの役にも立たないって!)

 

 こうなったらこの言葉が通じる可能性の少ない沖田さんをなんとか言い包めないと……そう思って彼女の方を見た。

 

「え」

「っ……!」

 

 自分の手で口元を抑えていた。

 

「う……!」

 

 明らかに吐き気を抑え様としているその仕草は、あの水着への嫌悪感をはっきりと表していた。

 

 この病室はジェットを拡張して作ったって言っていたけど、水着の霊基を捨てたって事なのか?

 

「……こうなったら!」

 

 俺は立ち上がり、逆に彼女を押し返した。

 

「っ、ま、マスター……!?」

「この……!」

 

 力が抜けてあっさりと無防備な彼女を見下ろす体勢になって少し戸惑ったが、急いで彼女の服の隙間に手を入れて、聖杯を引き抜いた。

 

「令呪は返してもらう!」

 

 俺がそう宣言すると同時に、聖杯の表面に現れていた三画の令呪は俺の手の甲へと戻った。

 しかし当然、聖杯を奪い返そうと彼女の手が伸びる。

 

「令呪を持って命ずる! 聖杯に触れるな!」

「っあ!?」

 

 聖杯に触れた瞬間、沖田さんの手は後方へと弾かれる様に跳ねた。

 

「形勢逆転だな」

「う……不覚でした……」

 

 【ガンド】で彼女の動きを止めて病室から脱出した俺は、急いで聖杯に城の開門を念じるが、聖杯は何の反応も見せない。

 

「……やっぱり、城からは沖田さんの許可無しには出られないって事か」

 

 ならばと、塞がれていた玄関と3階への階段を解放して急いで階段を登った。

 

「これは……」

 

 その階には写真や紙、筆が散乱する大広間しかなかった。

 勿論、この状態にしたのは部屋の持ち主である沖田さんしかいないだろう。

 

「何かヒントがあるのか?」

 

 近くに落ちている半分に切られた写真を捲ろうと触れた瞬間、見知らぬ記憶が流れて来た――

 

 

 

 ――特異点に向かったマスターとの通信が途絶えた。

 そんな報告を布団の上の私はぼーっと聞いていた。

 

 それ位の妨害は今まで何度もあったから、まあ大変ですねぇ程度に聞いていた。

 自分の役目は早くこの体を治してマスターの元に向かう事だと言い聞かせて、再び瞳を閉じた。

 

 けれど、この時の私は少し不安に襲われていた。今まで以上の症状に、ちょっと気が弱くなっているだけだと思った。

 

 今回の特異点は私の生前と同じ日本だと言う。だから、早く私が向かわなければ。

 

 ……水着ではしゃぎ過ぎた反動で、こんな状態なんて……

 

 

 

 フラッシュバックが収まった俺の手には、笑うぐだ男――ではなく、現実の俺の顔が映っていた。誰かが隣にいたのだろうが、切られているので分からない。

 

「……これはつまり、彼女は俺の沖田さんで間違いないって事なのか?」

 

 まだ記憶が足りないので俺は立ち上がって他の、グシャグシャに踏みつけられた写真を触った。記憶は流れなかったが、形からしてこれが今の写真と繋がるのだろう。

 

「水着の、沖田さん」

 

 先は自分の水着を嫌悪していたのだから、写真がこの有様なのは当然と言えば当然か。

 

「水着の反動で動けなくなったって言ってたな。察するにこの写真の俺は特異点から帰って来れなかったって事か」

「ええ、その通りですよ」

 

 声を聴いて振り返ったが、その時既に刀が首に添えられていた。

 

「っ」

「もう動かないで下さいね? 私、もう堪忍袋の尾が切れかかってますので」

 

 今度は本当に殺気を放ちながら背中を取られてしまい、嫌な汗が流れる。

 

「……なんでこんな事をするんだ?」

 

 俺の質問に彼女は抱擁で返した。

 

「折角手に入れたマスターを、逃がさない為ですよ」

「特異点から帰ってこなかった奴の代わりにか?」

 

 自分でも嫌な所を突いたと自覚した瞬間、彼女の剣が薄皮に触れた。

 

「マスターは……マスターで居てくれれば良いんです。私と此処で一緒に暮らしてくれるだけで」

 それでも、怒りを堪えて優しい口調で語りかけて来る。

 

 俺は今でもまだ自分は生きてると思ってる。実際、此処は俺にとっては夢の中だ。

 

 だけど、沖田さんは違う。

 もう終わっているのだ。

 

 マスターは帰らず、カルデアは人理修復は不可能。サーヴァント達も現界の楔を失った。だから、この特異点で自分を慰めているんだ。

 

(そしてその違いが最大の障害だ。

 彼女は俺を大好きなマスターの幻としてしか見えていない)

 

 幾ら俺が言葉を述べても、本物として受け取られない。

 

「っく……!」

 

 正気に戻す為には、これしかない。

 俺は目を閉じて刀の刃へと、前進した。

 

「マスター、何――」

 

 肉を切られる感触と共に、俺は気を失った。

 

 

 ――特異点が、消滅した?

 マスターは? 嘘ですよね? 帰って来ますよね?

 

 ……嘘、です。嘘だ!

 私、探してきます!

 

 なんで、なんで……! 沖田さんは、なんで此処にいるんですかっ!?

 どうして、肝心な時に、マスターの傍にいなかったんですか!

 どうして!

 

 なんで……私、なんで……

 

 ――

 

 ――――どうして?

 

 マスターから聖杯まで貰った名のある英霊、その誰もが何もできないなんて……

 

 ……渡せっ! それは、沖田さんが貰い受けます!!

 

 

 

 そんな記憶を見ながら、俺は目を開けた。

 

 そういえば、俺は沖田さんにはまだ聖杯を捧げていなかったのに、どうやって手に入れたのか疑問だったけど、その謎が解けた気がする。

 

「マスター!」

 

 沖田さんが抱き締めてきた。どうやら三階の大広間で寝ていたようだ。

 

「良かった、本当に良かった……!」

 

 自分から刀に切り裂かれに行った筈の首は、傷跡すらなく治っていた。

 

「何であんな事をしたんですかっ! 聖杯がなかったら、沖田さんじゃ治せませんでしたよ!」

 

 皮肉な事に、俺を閉じ込める原因になった聖杯に助けられたらしい。

 

「……マスターは、そんなに沖田さんと一緒に居たくないんですか?」

 

「違うよ」

「……」

「一緒に前を歩きたい、そう思ってる筈だ」

 

 カルデアのマスターが進むのはそういう道だ。破滅的でもなければ完璧な道筋でもない。

 か細くて、先の見えない……数多の絶望を超えた先にある希望の道だ。

 

 後悔や自己嫌悪をしても、それに囚われている時間はない。

 

「だから――」

「――違う、違うんです! もう、もう終わってしまったんです!」

 

 沖田さんは頭を抱えてその場に蹲った。

 彼女の手は仲間だった筈のサーヴァントの血で汚れている。

 

 動けなかった自分の失態で気を弱くしている間にマスターを失い、自暴自棄になって聖杯を奪う為にかつての仲間に刃を振るって、もう堕ちる所まで堕ちてしまった。

 

 彼女の中で、前を歩く選択肢なんてもう選べなくなっていたんだ。

 俺を閉じ込めて、いつ終わるとも知らない幻を閉じ込め続けるのが……彼女に残された、道。

 

「……でも、良かった」

 

 言葉を探そうと悩んでいて俺より先に、沖田さんは立ち上がった。

 

「マスターは、幻でも……マスターでした」

「沖田、さん……?」

 

 彼女は自分の懐に手を入れて――

 

 ――聖杯を、4つ取り出した。

 

「っな!?」

「私が、1つだけで満足すると思いましたか? マスターを救えなかったサーヴァント、その全てから奪いました」

 

 そして、聖杯は輝き――怪しい桃色の液体で満たされた。

 

「愛の霊薬です」

「沖田さん!」

 

「私を説得しようとしてくれるマスターなら、例え偽物でも幻でも、受け入れます」

 

 その中身を彼女は床に零した。

 

 途端に霊薬は気化し、辺りに充満し始めた。

 

「【イシスの雨】!」

「無駄ですよ?」

 

 手遅れだった。彼女の顔は赤く、俺も徐々に息遣いが激しくなるのを自覚した。

 

「此処で愛を育みましょう、マスター……」

 

 急いで部屋を出ようと鼻に手を当てて駆け出すが、彼女に足を掴まれる。

 

「もう……どこにも、行かないで下さい」

「っ! 沖田――」

 

 俺が見たのは、再び霊薬で満たされた聖杯の中身を浴びる様に飲み干す彼女の姿だった。

 

「んぁ……もう止まらない、れすぅ……」

「っ!?」

 

 その姿に恐怖を感じた俺は【緊急回避】で拘束を抜けて大広間を出て下へと降りて――――また三階の大広間に戻ってきていた。

 

「マスター……もう、逃げちゃめっ、ですよ?」

 

 状況が理解できないまま彼女に掴まれ、無理矢理杯の中身を飲ませられる。

 

 煙で既に定まらなくなっていた思考が、液体を流され一色に染まる。

 

「っあ……」

「ふふふ、マスターが私を見てくれて、嬉しい……ん」

 

 その愛らしい唇でキスをされて、心の中がフワフワと幸せになってしまう。

 欲しい。欲しい。欲しい。

 

 我慢できない。今までの全てがどうでもよくなってくる。

 

 それでも――それでも――俺は、持っていた聖杯に手を伸ばす。

 

 この幸せな世界を、どうか壊してくれと。

 彼女を、本当の沖田総司に戻してくれと。

 

 確かに、願望器に――願った。

 

 

 

 

 

「……あ……」

「……マスター?」

 

「沖田さん……好き」

 

 その瞬間、何故か私の頭から霊薬のモヤは消え去った。

 目の前のマスターの手から、聖杯が落ちた。

 

 これは、彼の慈悲だ。

 私が、沖田総司が真っ当な英霊に戻れる最後のチャンスだ。

 

 他でもない、マスターの残した信頼――

 

「沖田、さん」

 

 ――けれどそんな声で、私を抱き締めて、耳元で囁かれたソレが余りにも欲しかった声色で――私の、血で汚れた私の霊基を埋めてしまう物だから――

 

「――ずっと、一緒ですよ。マスター」

 

 私はまた、聖杯に満たされた霊薬()を、浴びるのだった。

 

 





今回は沖田さんでした。いい加減霊薬に頼るの辞めたい……

感想貰えると泣いて喜ぶので、書いて頂けたら幸いです。


新しい仮面ライダーが文豪で剣豪らしいので、ちょっとヤンデレ・シャトーのワンダーライドブックと普通のホモサピエンスには抜けない聖剣を探してきます。

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