ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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今回は2018年に投降したヤンデレ異世界転生 FGO風味に登場したマスターのお話です。(誰が覚えているんだ)


あらすじはありますが、覚えてないのであれば一度上述の話を読み返して頂けたら幸いです。


二度目の彼ら 霧代編

 

 これまでの旅路を一度振りかえよう。

 

 俺は霧代。異世界転移の際に死亡し、転生し、異世界に召喚されるという三連コンボの後、5人の魔王を討伐する旅を始めた。

 

 職業はどんな魔物も仲間にし強化できるブレイブ・テイマーであり、神様からは10回発動できるどんな相手も一撃で倒す能力を貰った。

 

 旅の道中で黒いドラゴンに乗った第五位の魔王であるジャンヌ・オルタに襲われ、攫われるが職業のお陰か結果的に彼女と恋人になり、城で共に暮らしていた。

 しかし、そこをジャンヌ・オルタより位の高い第三位の魔王、アルトリア・オルタに見つかった事で今度は彼女に攫われる事になる。

 

 俺を巡って行われる魔王同士の激しい戦いの中、勇者である俺を救出しに来てくれたのは、聖女ジャンヌ・ダルクとその護衛アルトリア・ペンドラゴンだった。

 

 2人は魔王と過ごして彼女らに毒されているのだと言い、俺の精神治療をしながら旅に同行してくれる事になった。

 

 貰った能力の残り回数は9回。果たして、俺は無事に魔王を倒してこの世界に平和をもたらす事が出来るのだろうか?

 

 

 

「――ジャンヌ? この森の先が目的地なのか?」

「はい。そうですよ、キリシロ様」

「この森を抜ければ第四位の妖の魔王を倒す鍵になりうる人物、賢者ダ・ヴィンチがいるそうです」

 

 俺は一度地図を見て地名を確認する。

 

「確かに此処は黒狼の森で間違いなさそうだけど、此処って確か村人が危険な魔物が出るって言ってなかったけ?」

「魔王討伐が私達の目的である以上、多少の危険は承知の上です」

「ええ。ここで足踏みをしている時間が惜しいです。行きましょう」

 

 2人の意思は固い様だ。まあ、俺だって剣の魔王の所で沢山鍛えたから足手まといになる事はないだろう…………アルトリア・オルタ、か――

 

「――また、魔王の事を考えているのですか?」

「はい!? あ、いやそんな事は無いけど」

「誤魔化しても無駄です。これから森を抜けるというにその体たらくでは心配です」

「そうですね。私の力で結界を作りますので、今日の分の治療をしてしまいましょう」

 

 こうなれば俺に拒否権はない。森の入り口辺りで茂みに隠れて、俺を挟んだ2人はそれぞれ左右両耳に口を近付けて囁き始める。

 

「いいですか……私はジャンヌ・ダルクです。

 貴方の仲間で、聖女です。私の声は貴方の中から魔王の毒を取り除きます」

「私はアルトリア・ペンドラゴン。

 貴方と共に戦う騎士です。私の声は貴方を正しい場所に導きます」

 

 優しい声で耳を撫でられ、逃れようにも両耳に同時にやられてしまい、逃げ場がない。

 

「勇者である貴方に癒しの奇跡を授けます」

「貴方の悲願達成を手助けします」

 

「私の声に耳を傾けて下さい」

「私の言葉に耳を預けて下さい」

 

 それぞれの暖かい両手で、そっと俺の手を包み込んだ。

 

「さあ、私の名前を呼んでください」

「さあ、私の名前を呟いてください」

 

「ジャンヌ……アルトリア……」

 

 脳が蕩ける様な感覚に身を任せ、俺は言われるがまま彼女達の名前を呼ぶ。

 

「良く出来ました。もっともっと、呼んでください」

「呼べばそれだけで、貴方の中には光が生まれます」

 

「「さあ、もっと呼んで下さい」」

 

 

 

 

 前世からの憧れの2人にあんな至近距離で囁かれ続けて、まだ少し体がフラフラしていた。

 

「大丈夫ですかキリシロ様?」

「だ、大丈夫……うん、大丈夫」

 

 彼女達の言葉が何故こうも心に染み渡るのだろうか。

 そのせいで足は震えていて歩き辛い。

 

「少々やりすぎましたね」

 

 俺を銀の鎧を着たアルトリアが抱き留めた。

 

「アルトリア、何時もより随分と頬が緩んでいましたよ?」

「それを言うならジャンヌ、貴女はずっと頬を赤めています」

 

「ええ、おかしいですよね。神の使いとして、勇者様の毒を取り除く神聖な行為の筈なんですが……」

「……私も、騎士としてそれを手助けをする筈がどうしても熱が入ってしまう」

 

「……キリシロ様、貴方は――」

 

 ――突然、俺達の数m先の林が揺れた。

 

「っ!」

 

 アルトリアとジャンヌが前に出て俺は一歩後ろに下がる。

 そしてそこからは巨大な魔猪が現れた。

 

 一瞬の緊張、そして――魔猪はその場に崩れ落ちた。

 

「っ!? 既に矢を……っ!」

 

 アルトリアは後ろに跳んで俺へと迫る矢を剣で弾いた。

 

「速いな」

 

 矢を撃ってきたであろう人物の声が、風と共に聞こえてきた。

 

「誰だ!」

「狩人に騎士の作法はない。

 見つけたければ、私より速く動く事だな」

 

 狩人と自称した存在は木々の上を移動しているらしく、俺の目で見つける事もままならない。

 

「この森の住人でしょうか!? どうか、私達の声を――」

「教会の人間と交わす言葉などありはしない!」

 

 突然口調が激しくなった彼女は、位置を特定されない為に控えていたであろう弓撃を始めた。

 

 しかし、俺達は魔王を討伐する為の勇者パーティである。

 ジャンヌの守り、アルトリアの剣術に魔物だけでなく仲間を強化できるブレイブ・テイマーである俺の力をもってすれば常に動いて体力を消費する彼女を追い詰めるのは難しくなかった。

 

 少しずつ動きの遅くなっていく彼女を始めて肉眼で捉え、その正体に納得した。

 

「やっぱり、アタランテだったか」

 

 獣の様な耳と尻尾に素早い動きと精確な矢は彼女に間違いないだろう。

 

 絶えず木々を移動していた彼女の動きが止まった瞬間に、筋力を増したアルトリアが足場になっていた木を切り倒した事で彼女はその姿を完全にこちらに晒す事になった。

 

「まだ続けますか?」

「……どうやら、唯の賊ではなさそうだな」

「やーやー、気は済んだかい?」

 

 改めてこちらを目踏みするアタランテの後ろから、別の女性がやってきた。

 黄金比で整った顔立ち、アメリカの国旗を意識したような星を散りばめた青、その上に赤めの色を主体にした金の縁の服を上に着ている。

 

 だがそんな恰好よりも圧倒的な存在感を放つのが機械的な黒鉄の義手とその手で握っている杖。青い星型の装飾が付けられたそれは、その姿と合わせて間違いなくFGOのダヴィンチちゃん本人だ。

 

「ダ・ヴィンチ! 何故此処に!?」

「いやー、薬草を取りに行った君が何時まで経っても帰って来ないから探しに来たんだ。ほほう、珍しい来客だね」

 

「待っていろ。直ぐに追い出して――」

「――これはこれは、もしかしなくても君が勇者かい?」

 

 アタランテの静止を無視して、ダ・ヴィンチと呼ばれた女性はズケズケと俺に近づいてきた。

 

「勇者だと? その一番の軟弱者が?」

「古いね、アタランテ。確かに初代勇者は剣を持って魔を払ったという伝承は余りにも有名だけど、それ以降の勇者達は必ずしも剣で戦った訳じゃないのさ」

 

「失礼ですが、貴方が賢者ダ・ヴィンチで間違いないでしょうか?」

「いかにも。万能の天才、賢者レオナルド・ダ・ヴィンチとは私の事さ。親しみを込めてダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれてかまわないよ?」

 

 やはり彼女で間違いないようだ。

 

「君達の目的は大体理解している。積もる話もあるだろうけど、まずは私の家――」

「――漸く見つけたぞ!」

 

 ――突然、俺達目掛けて無数の黒い矢が飛来した。

 一発一発が地面を抉る程の威力のそれを、アルトリアが切り伏せている内に、ジャンヌが防御の魔力を全員に施し、殆ど無傷で済んだ。

 

「む、しまった。家から離れすぎたか」

「だから早く帰れとっ!」

 

 俺達の前に黒い矢を放った人物が降り立った。

 

「――ほお、これは」

「黒い、私だと!?」

 

 アタランテと同じ耳と尻尾、顔立ちの敵は猪の毛皮を纏って肩には頭部を装備していた。

 間違いなく、彼女はアタランテ・オルタだ。

 

「魔王か!」

「いえ、恐らくそこまでの力はないでしょう。ですが、側近であるのは間違いないかと」

 

「ふん、魔王の使い走りのつもりはない。だが、丁度いい。

 魔王との契約では賢者か勇者、どちらか一方で良いとの事だったからな」

 

「……魔王退治など、あまり興味は無かったがその姿で喋ってられるのは不愉快だ。今すぐ黙らせてやる」

 

 俺達5人はオルタを敵として、共闘を始めた。

 

 幾ら彼女が魔王の側近とはいえ、俺が強化した皆なら勝てるだろうと思っていたが、1つ俺達には問題があった。

 

「行け! ゴーレム達よ! 絶えず攻め続けろ!」

 

 疲労だ。ダ・ヴィンチは兎も角、ジャンヌとアルトリア、そしてアタランテは先の戦闘で少なくない疲労が溜まっていた。

 それを理解してか、相手も直接攻める事はせずにゴーレムを放ってこちらを疲弊させる作戦で来た。

 

 アルトリアが斬ってもその後ろから更なるゴーレムが現れ、アタランテが掻い潜り弓を放とうと、届く前に防がれてしまう。

 

 ダ・ヴィンチちゃんも秘蔵の発明で自分に近付くオルタの攻撃を防いでいるが、結構ギリギリだ。

 

「……こうなったら一か八か!」

 

 相手はどうやら借り物のゴーレムを使っているようで、操ると言うよりは出して直ぐに歩かせているだけだ。

 なら、ブレイブ・テイマーの能力を使えば俺が操れるかもしれない。

 

 俺はゴーレムに近付き、直接手で触れた。

 するとゴーレムは後ろへ向き直り控えてたゴーレムを一撃で粉砕した。

 

「よっし、これで!」

「――キリシロ!」

 

 誰かに名前を呼ばれて、気が付く俺はアタランテ・オルタに捕まっていた。

 

「しまった!」

「迂闊だったな、勇者。

 おっと、動くなよ? 生きて連れ帰る契約だがそちらにはまだ賢者がいる。

 この者を殺しても構わんのだからな」

 

「っく……!」

 

 彼女は俺と仲間達が離れるのを待っていたらしい。

 

「これで漸く――さらばだ」

 

 アタランテ・オルタは巻物を取り出すと目の前の空間に穴の様な物を出現させ、俺を持ったまま潜った。

 

「待て――」

 

 アルトリアの声は途中で聞こえなくなった。

 

 

 

「流石ですアタランテさん。仕事が早いですね」

「ふん、魔王とやらは人一人攫う事も出来ないのか?」

 

 狐の様な尻尾と耳を持つ着物の女性の前で、アタランテに両手を縛られ床に寝かされていた。

 

「嫌ですね。この第四位、妖の魔王タマモは腕っぷしには自信がありませんよ?

 ですから、今回こういう契約を結ばせて頂いたんです」

 

「それで、契約のモノは?」

「このお札です」

 

「……本当に、これで子供達が私に懐いてくれるのか?」

「ええ。私の力に関しては彼を攫う際にご覧になられたかと。ご安心ください」

 

「ふん。偽物であればお前の首を刎ねてやる」

 

 そう言ってアタランテ・オルタは玉座の間から出て行った。

 残されたのは俺と、魔王だけだった。

 

「賢者の方は女性だと報告を受けていたので、貴方は勇者……確かキリシロさん、で良いのでしょうか?」

「そうだけど……」

 

「竜の魔王に攫われ、更に剣の魔王に攫われて、漸く脱出したと思ったら僅か2週間足らずで私に捕まるなんて、随分間抜けな勇者ですね?」

 

 返す言葉もない。

 

「正直ぃー、タマモは人間なんてどうでもいいんですよぉ? ですけど、人間達から危害を加えられたり、万が一にも倒されてしまうのは嫌なので勇者様に守って貰おうかなーって、考えているんですけど協力してくれちゃったりしますか?」

 

 そんな訳ないだろう。

 

「まあ、その顔を見れば分かります。

 うーん、では勇者に通じるか分かりませんけど、洗脳を施してしまいましょう。まずは……」

 

 そう言って、彼女は鏡――FGOならタマモの宝具である水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)を取り出して俺に向け、自分に向き直してそれを覗き込んだ。

 

「これで魂の色も形もまるっと、お見通…………ん、んんっ!? これはまさかまさか……!」

 

 なんだか、鏡を見て彼女は驚いている様だ。俺には何が見えているか分からないので、その反応に困惑するだけだった。

 

「百、いえ、千年に一度の紫水晶(アメジスト)なイケ魂では……! あ、でもこのモヤが邪魔ですね……」

 

 ……鏡を見た彼女は顔に手を当て何かを思案し始めた。

 ……今なら……!

 

「行け、【妖石の拳】!」

 

 先ほどテイムしたゴーレムの強烈な一撃を再現して放つ攻撃魔法だ。

 他にもアルトリ――剣の魔王の城で修業した際に暗黒騎士の剣撃も放てる様になったのだが、それはアルトリアに使用するなと言われていた。

 

 だが、この一撃の重さは先まで嫌と言うほど味わっていた。これなら――そう思った俺だが、タマモは何事も無かったかのように拳を鏡で受け止め、その後ろで笑っていた。

 

「残念でした。私に魂を見られているのに、隙があると思いましたか?」

「う……!」

「そ・れ・に! このゴーレムを作ったのは私です。仮に当たっていても……えい!」

 

 軽く小指でゴーレムの拳を小突かれると、あっという間に石は崩れて砂と化した。

 

「はい、崩れちゃいました。ふふふ、無駄な抵抗でしたね」

 

 俺の抵抗を一頻り嘲笑った彼女は、鏡の中に自分の腕を突っ込んだ。

 

「イケ魂ですが……このモヤは、他の魔王と何か聖の力が働いているみたいですが、これでは折角の魂の魅力半減です。払っちゃいましょう」

 

 腕を動かし始めた彼女。

 その動きが始まってから突然、体に力が入らなくなり両手を床に付けて体を支えた。

 

「お辛いですか? もう暫く待って下さいね? うーん、このモヤ……しつこいですねぇ。あんまり強くすると魂が削れて廃人になってしまうですけど……でも、勇者ですし大丈夫ですよね?」

 

 何か物騒な事を言われたけど、もうすぐ意識が切れそうだ。

 

「良妻賢母なタマモ、未来の旦那様の為に繊細に、大胆に掃除させて頂きます!  

 はぁ……! とりゃー!!」

「……っ!?」

 

 気合の入った彼女の叫び声と共に、視界が開いた様な解放感に襲われて顔を上げた。

 

「これで……おお! なんて素晴らしい魂でしょうか! これは文句なしでタマモちゃんの旦那様決定です!」

 

「あ、あれ……俺は、なんで……?」

「まあまあ、記憶が少し飛んでしまった様ですが細かい事は言わずに、むしろ好都合と言いますか……」

 

 今の解放感の中で先まで頭の中に空白が出来た様な、消失感があった。

 

「記憶って、俺に何を――」

「――ではでは、馴れ始めと参りましょうか?」

 

 ……? ……?? あれ、なんでFGOの玉藻の前が?

 俺は異世界の勇者として、魔王討伐の旅に出たはずなのに……

 

「私は、勇者様の旅を助ける巫女です」

「巫女?」

「はい。勇者様が魔王に攫われて、危険な所を救出したのです。覚えてませんか?」

 

「……あ、そういえば俺、竜の魔王に……!」

「どうやら今の勇者様ではまだ、魔王を倒すにはレベルが足りないご様子。

 ですが、巫女の私を頼って頂ければ、きっと魔王を倒せる程の能力を引き出してみせます」

 

 確かに、この世界は俺の想像より優しくはないみたいだ。

 また魔王にエンカウントすれば、今度は攫われるだけではすまないかもしれないし、強くなれるならなるべきだ。

 

「その、どうかよろしくお願いします!」

「はい。どうか、私を信じてその身を委ねて下さいね?」

 

 こうして巫女であるタマモとの生活が始まった。

 最初は治療の為だと言われ、体を休める事になった。

 

 その際には彼女から手料理を振る舞われた。疲労回復効果があるらしく、2日後には疲れも吹き飛び、体中が羽の様に軽くなった。

 

「ではでは、今日から動いて頂きます」

「ああ、どうすればいいんだ?」

 

「まずは、だん――キリシロ様には、薪割をして頂きます」

「薪を……? 分かった」

 

 真意は良く分からないまま、俺は彼女の操る人型の土人形にお手本を見せてもらい、それを真似して薪を割ろうとしたが上手く真っ二つにするのは難しかった。

 1度目は刃が薪の間で止まり、2度目は逸れて机替わりの切り株を壊して、3度目で漸く薪を割れた中央を大きく外れていた。

 

「はい、おにぎりです!」

「ありがとう、タマモ」

 

「いえいえ……」

 

(……ふふふ、これぞ私の理想の夫婦像! 力仕事をする夫、それをささやかながら支える妻! ……やっぱり、魂が紫水晶なだけあって、純粋でありながら何処か召喚されたこの世界への不満を抱えていて、こう……保護欲というか、母性を刺激されます!)

 

 きっと、薪割りが上達すれば正しく武器を振るう事が出来る筈だ。

 そう信じて俺はひたすらに薪を割った。

 

「っはぁ、はぁ……!」

 

 と言っても、流石に2時間も経てもば薪も無くなってしまった。

 次は何をすればと息を整えながら彼女に聞くと、何故か俺は膝枕をされていた。

 

「あの、なんで……?」

「清らかな巫女と触れ合う事。それだけで私はキリシロ様のお体に聖の力を与える事が出来るんです」

「そ、そうなのか?」

 

 だとしても、これは中々恥ずかしい。

 

「どうか、受け入れてくださいまし。ほら、深呼吸して……」

「ん!? ……はぁ……っ」

 

 彼女の体を密着させられると、否応なしに彼女の大きな胸が視界に入って緊張してしまう。

 

「……駄目ですよ、キリシロ様」

「え、あ、これは、その……!」

 

「それは、もっとお互いの事を知ってから、です」

 

 

 

 キリシロ様を私の旦那様に変える計画は順調に進んでいた。

 モヤを消した際に記憶を消したお陰か、拾われた捨て犬の様に私に懐いてくれるあの人は、勇者とは思えない程に警戒心もなく私を勇者を助ける巫女だと信じている。

 

 まあ、私普段からそんな感じの服装ですし。

 

 魂を見通した私は彼の好みを把握して、後はそれに合わせるだけ――なんですが、私に1つ、鍋にこびり付いた汚れの如くどうしても無視できない事実があった。

 

 それは旦那様の好きな物がサンドイッチであると言う事。

 

 記憶を失ったと言いましたが、別にレベルや経験値を失ったわけではないので、その内空白となった最近の記憶が戻ってしまう事もあり得りえてしまう。

 

 しかも竜の魔王との記憶が失われずに彼の人生の一部になっている。

 それが理由で私の旦那様が私の料理を一番の好物として認めて下さらない。

 

 屈辱以外の何ものでもない。

 

「キリシロ様。今日はおでんですよぉ」

 

「お寿司です、お寿司!」

 

「高いお肉が手に入ったんです」

 

 どんな料理を出しても、彼の魂を覗けば「不器用な優しさ溢れる誰かの味のサンドイッチが食べたい」と訴えている。

 

 そして今日、彼は言った。

 

「レベル上げたいんだけど、騎士達を貸してくれる? ……あ、違った。ゴーレムね、ゴーレム!」

 

 まるで自分で消した2人の魔王に、旦那様を盗られているみたいじゃないですか!

 しかし、これ以上記憶を消せば旦那様の精神への負担も大きく、それにこれでは十数日間紡いできた2人の愛の絆を私自身が否定してしまう。

 

「――おい」

 

 早く、次の手を打たねば……!

 

「おい、聞いているのか?」

「え、あ、はいはい。聞いてますよ」

 

「本当か? それで、アレはなんのつもりだ? 何故まだ勇者の息の根を止めていない?」

「アタランテさん、勇者はブレイブ・テイマーのスキルを持っているんですよ? これを利用しない手はないです」

 

「過ぎた力は身を滅ぼすぞ?  せめて、手足の1本でも――っ!?」

 

 ――思考よりも早く、私はアタランテさんを呪術で吹き飛ばしていた。

 辛うじて、彼女は受け身をとって窓枠にまで後退していた。

 

「なんのつもりだ!?」

 

 その一言で自分のやってしまった事を再認識して、少し驚いてから……笑った。

 

「旦那様に危害を加えるつもりならタマモ、相手が同じ魔族や魔王でもぶっ殺しちゃいます☆」

「……なるほど、既に過ぎた愛を手にしていたか……ならば、私も此処に用はない。契約は終了させてもらう」

 

 あーあー、やってしまった。

 アタランテ・オルタさんは非常に便利で扱いやすい協力者でしたのに。

 

「でもぉ、旦那様の事で怒るなんて良妻賢母っぽくって素敵っ! って、事にして置きましょう」

 

 そう言って私はキリシロ様の部屋に向かう事にして部屋には入ると布団がめくれており、もぬけの殻だった。

 

「……アタランテ・オルタ……いや、まさか記憶が!?」

 

 

 

「はぁ! はぁ!」

 

 俺は数日前に教わったこの屋敷の出方を使い、逃走していた。

 

 目が覚めてずっと違和感を覚えていた事があった。

 最近の起きて直ぐに行われていたジャンヌとアルトリアの2人が治療と呼んでいた囁きが無かった事だ。

 

 あれがなんか癖というか中毒というか、まあ、うん。記憶が蘇る手掛かりになったから良しとしよう。

 

「なんとか他の皆と合流しないと……!」

 

 しかしのんびりと考えている時間はない。タマモのゴーレムが一斉に俺を追って向かって来ている。

 

 迎撃する為に足を止めれば、アタランテ・オルタに攫われた時同様に囲まれてゲームオーバーだ。

 

「――何処に行く御積もりですか?」

 

 しかし、魔王から逃げられないのはどこの世界でも常識なのか?

 

「う……!」

「結界の外まで出て、そこまでして誰に会いに行くんですか? 貴方の妻は私ですよね? 数日前まで私の胸を見て鼻を伸ばしていたのに……タマモ、悲しいです」

 

「か、関係ないだろ!」

 

「……そーですか。では、アタランテさんのご意見通り、足の1本位は折ってから再びラブラブ夫婦生活に――」

「――っはぁ!」

 

 後ろから、アルトリアの剣がタマモを襲い、怒りに我を忘れていた彼女は少し回避が遅れ、着物の布の一部が切り裂かれた。

 

「っく……! どうして此処が!?」

「ふふふ、アタランテ・オルタ君の仕返しさせてもらったよ! どれだけ巧妙な結界でもこの天才賢者の魔王レーダーの前には無力さ!」

 

「賢者、ダ・ヴィンチ!」

 

「キリシロ様、お怪我は?」

「大丈夫だよ、特に何も」

 

「また随分と汚れを御身に入れてしまった様ですね。ご安心下さい、また私達の言霊で清めて差し上げます」

 

「――清める? はっははは! 随分とふざけた事を! 魂を曇らせておいて清めるですって?」

「ん? どういう事だい?」

 

「旦那様の心は水晶の如く美しいのに人間も、他の魔王も、その輝きを曇らせる事しか頭にないのでしょうか?」

「戯言を抜かすな! 第四位魔王、タマモ! 此処で貴方を斬る!」

 

「ダ・ヴィンチさん!」

「任せたまえ。私の対フォックス・デビル用の兵器、その身で直に味わってもらおう!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの威勢のいい声と共に、展開されていく機械。

 

 3つのガジェットがタマモの3つの呪術、密天、氷天、炎天の発動と同時に飛び出して術を消し去り、更に常にどれかがタマモに攻撃を仕掛けるので満足に宝具を防御に回すことも出来なくなっていた。

 

 アルトリアとガジェット達の連携が合えば、剣が彼女に届くのは時間の問題だった。

 

「――っぐ……! 旦那様を置いていくの、癪ですが……! 此処は一度退かせて頂きます! ですが、私これでも良妻賢母を自負しています。

 キリシロ様、必ず迎えに参りますので、どうかそれまでご自愛下さい」

 

「逃がすか!」

 

 アルトリアが止めを刺そうとタマモは呪術のお札をばら撒くとガジェット達がそれぞれあらぬ方向へと駆け出していき、彼女の姿もこの場から消えてしまった。

 

 

 

「なるほど、キリシロ君の精神は職業のブレイブ・テイマーの影響もあって基本魔寄りなんだね」

「ええ。ですので、私達2人で彼に言霊を聴かせて正しき道へ」

 

「ははは、良いね。実に良い。私も久しぶりに魔王以外の興味深い研究テーマに出会ったよ。魔王すら強化するブレイブ・テイマーか」

 

「賢者ダ・ヴィンチ。旅に同行して頂けるならありがたいのですが、キリシロ様に触れる事はない様に願いたい」

 

「えー? 実験対象が折角目の前にいるんだ。

 触ったり、話したり、血を採取したり、添い寝位は許してほしいな」

 

「だ、駄目ですよ!? 添い寝なんて!」

 

「ま、こんな珍しい研究をしないわけがないから、これから宜しくね、キリシロ君」

 

「は、はぁ……」

 

「あ? もしかして、お姉さんの体に興味とかある? 研究が捗るならそれ位――」

 

「――そんな淫らな真似をすればどうなるか、分かっていますよね?

 

「――っと、それは流石に難しいから夜になってから楽しもうか」

 

「ダ・ヴィンチさん?」」

 

 どうやら、また厄介な味方が増えてしまった様だ。

 

 俺は本当に、この異世界で5人の魔王を倒せるのか?

 




まさかこの話が復活すると思った人はいないだろう。
自分も思ってませんでした。
これからも名前があるマスターは復活させて行きたい。

でも出し過ぎると主人公の切大が空気化するので定期的に今まで通りの話も書きます。

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