ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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今回の当選者は 是夢 さんです。


ヤンデレ・シャトーに迷い込んだのは現実にいる様な面倒臭……型月を愛する、拘りの強いマスターだった。果たして彼にヤンデレ・シャトーは許容出来るのか……?


以下の要素にご注意下さい:

※原作FGOへのアンチ・ヘイト描写が含まれています。
※主人公はある種の型月ファンをイメージしていますが実際の人物とは一切関係ありません。


ヤンデレVSこだわりが強過ぎる男 【4周年記念企画】

 まずは、自分語りから始めさせてもらおう。

 これは俺の現状にも関わる話だ。

 

 ファンにとって、所謂お祭り作品と呼ばれる歴代シリーズが参戦する作品は古参であればあるほど爆弾の可能性を持つ危険な代物だ。

 とうの昔に終わってしまった登場人物達に再び会えるとなれば、確かに彼らを応援していた自分達はそれを求めるだろう。

 

 しかし、そんなファンの気持ちに寄り添わない形で登場してしまう場合もある。

 新主人公の強さを見せる為に歴代の敵や主人公達が弱体化したり、死んだ人物がひょっこり生き返ったり、しまいには、特定の相手がいるのに新キャラにホイホイと惚れてしまうヒロイン等……ふざけんなと声を大にして言いたい。

 

 Fateシリーズのお祭り作品的な立ち位置に存在するGrand Order。

 ストーリーもオリジナルの登場人物達も魅力的なのは、恐らく多くのファンが頷いてくれるだろう。実際にプレイしていて、俺もすっかり引き込まれた物だ。

 

 だが、どうしても許せない点がある。

 

 コラボと称して登場する歴代のFateシリーズ、並びに型月作品の登場人物達。

 その彼らとFGOの主人公であるマスターとの関係性だ。

 

 サーヴァントは他の召喚されても記憶を保持できない……と言う設定があるが、それが通用しない生身の人間だった人物達すら、元々の物語では特定の相手がいた筈なのにそれを忘れているかの様に振る舞い、その相手以外に尻尾を振っている。

 

 許せるか、いいや許せない!

 

 俺はそれを認めない。認める訳が無い。

 両義式には旦那の黒桐幹也がいるし、BBの先輩はザビーズだし、メディアには葛木先生が……いや、イアソンの件もあるがそれを置いても挙げればキリがない。

 

 例え明確な描写がなくても少しでも気がある様に振る舞うなんて、彼女達がする筈がない。

 

 …………長くなってしまったがそろそろ目の前のラスボス系後輩に言ってやろう。

 

「なんだそのふざけた二次創作みたいな設定は! 夢の中だったら何してもいいとか、作品への冒涜だ!」

「うわー、面倒なマスター呼んじゃいました」

 

 ヤンデレ・シャトー。

 俺はこんなご都合主義の違法建築物を絶対に認めない。

 

 

 

「まず属性を均一化するなんてのがもっての他だ。キャラクターの個性を別の属性で塗り潰しやがって!」

「そうですね」

「しかも、そのせいで皆俺に惚れる!? 馬鹿か!?」

「ええ、全くもっておっしゃる通りです」

「理想の恋愛は一途、一夫一妻! 男をとっかえひっかえなんて現実のクソ女で十分だ!」

 

「じゃあ、センパイは――」

「その先輩呼びもだ! カタカナに変えれば許されると思うなよ! BBの先輩は(ザビ―ズ)!?」

 

 肝心の名前が何故か発声されなかった。

 

「BBの先輩は(岸波白野)だけ! BBの先輩はフランシスコ・ザビエルだけ!」

「……えっと?」

「あー!! (はくのん)! (月の勝利者)! (もう一つの結末)! 角隈……は違うけど……この糞キャラ潰しの駄塔が!」

 

 しかしいくら叫んでも名前が出ない。

 ふざけるな。旦那の名前は禁止か!? どんだけ都合の良い設定を積み上げてるんだ!?

 

「くっそ、そもそもセンパイ呼びだってCCC本編で何度も使った上に別の使い分け方してたから余計にややこしい! それならいっそマスターって呼んで!」

「はぁ、それ位なら承諾しますけど……」

 

「兎に角、俺は絶対…………ううっ!!」

 

 本当は、こんな丸見えな地雷を踏みに行くのも嫌だ。

 だけど、だけど…………夢の中だけど、あのサーヴァント達と話せる! 話せるのだ! こんなにファン冥利に尽きる事があるか? いや無い。

 

(くそ、こんなふざけた二次創作シャトーに入りたがってる自分が悔しい! まじで悔しい!)

 

「えーっと、兎に角此処に居られても面倒――迷惑なんですけど、帰りますか?」

「帰らない! 俺はこうしてBBと話せて凄く嬉しい! 出来ればもっと居たい!」

 

「……という訳で、BBちゃんがセンパ――マスターさんを転送しまーす!

 その無駄に凝り固まった偏愛は他のサーヴァントさん達で消化してくださいね?」

 

 

 

「ふう……名前で察していたが、監獄塔がベースになってるのか。

 聖地再現しやがって。これが夢でもキャラ崩壊の闇市でもなかったら丸1日使って練り歩いてやるんだがな……」

 

 突然送られた薄暗い塔を暫く歩いて、大体の構造を把握した。

 だが、未だに閉じられたドアの前に立つ勇気すらない。

 

 憧れの英霊が中いるが、改悪されていると分かっているのに会いに行くのは……

 

「本当に、嫌な塔だ」

「そんなにお嫌いですか?」

 

「ああ、嫌いだね。別にサーヴァント囲んでハーレムするのは良いけど、特定の相手がいるのにそれを忘れさせたり、軽んじさせるのは駄目だろ。公式はもっとサービス方面じゃなくて今までのコンテンツを大事に――ん?」

 

 そう言えば誰と喋ってるんだと、俺は後ろを振り返った。

 

「良くはわかりませんが、確かに浮気はよくありませんね」

「……清姫?」

 

「はい。清姫です」

 

 本物のサーヴァント。

 着物を着た緑色の髪の少女。

 

「清姫! 清姫だ!」

「はい。貴方のサーヴァントで、正妻の清姫です」

 

「……ん?」

 

 いやいや、待て待て。

 

「俺はマスターじゃないだろ?」

「……はい?」

 

 俺は藤丸立香じゃないし……やっぱりクソ塔だな此処。

 

「…………マスター?」

「いや、だから俺は――」

 

 ――清姫の着物が、黒に変わっていた。

 

「お忘れですか? 私に嘘を吐いては――いけませんよ?」

 

 

 

 そこからはもう死に物狂いだった。

 

 迫り来る炎を避けて、闇雲に逃げて逃げて逃げ続けて……

 

 途中で自分が魔術礼装・カルデア、主人公と同じ服を着ている事に気が付いて、スキルの発動を試みると、【緊急回避】のお陰で清姫は俺を見失った様だ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 夢の中だというのに死にそうな程に息が切れていた。壁に背中を預けて休憩を取ろう――

 

「やりやがったな!」

 

 ――と思った矢先に、俺は地雷を踏んでしまった。

 此処が地雷原なのは承知の上だが、目の前にいる彼女1人を見て冷静でいられる訳がないかった。

 

(ポルクスとカストロを離すとか馬鹿なのか!? この塔を建てた奴絶対殺してやる!)

 

「マスター、会えてよかったです」

 

 笑顔で俺に話しかけてくる金髪の少女。彼女はセイバー……正確には、彼女達だ。

 兄のカストロと妹のポルクス。

 この2人がいて初めてディオスクロイと言うサーヴァントが完成する……なのに!

 

「カストロは何処にいるんだ?」

 

 それでも本人の前でいきなり騒ぎ立てる訳にもいかず、なるべく抑えて彼女に質問をする。

 

「兄様は今は不在です。なんでも、この塔では――」

 

 ――カストロのいない理由を説明されたが、そんな事は正直興味ない。どうせ都合の良い文句が用意されているだろうし。

 

 ポルクス。実際にこの目で見ると、なるほど、カストロが溺愛するのも分かる。

 容姿もさる事ながら柔らかい口調で接してくれる彼女と言葉を交わしていると実の兄が彼女の言葉で怒りを収めるのも分かる気がする。

 

「――あ、そろそろ他の英霊達がこちらに来てしまいますね。

 マスター、移動しましょう」

 

 俺を掴んだポルクスは飛んで、近くのドアノブを捻って俺を中へと招き入れた。

 机を挟んで椅子に座ると、彼女は安堵の溜め息を吐いた。

 

「ふぅ……私、マスターに会えてホッとしています。

 普段、兄様の言動がその……あまり、人間の耳に入れて気持ちの良いものではありませんでしたから、避けられるじゃないかと」

「避ける訳がない。カストロも、ポルクスも最高の英霊だ」

 

「マスター……良かったです」

 

 ……この際、俺をマスターと呼んでいるのは俺=カルデアのマスターって事で納得しておこう。恐らく、清姫が俺を追いかけ始めたのはそれが原因だろうし。

 

(――だが、今見せた女の顔。それだけは許せない)

 

 待て。落ち着け俺。こうして本人と対面している今、どうしても聞きたい事があるだろ。

 

「ポルクス、ちょっと幾つか質問してもいいかな?」

「はい、知っている事ならなんでもお答えします」

 

「ヘレネとクリュタイムネストラ、君達の姉妹について聞かせて欲しいんだ! 2人が召喚されてから、ずっと気になってて――うぉあ!?」

 

 何故だ。ポルクスが突然、俺の首に剣を向けていた。

 

「私の前で、他の女の名前を出しますか。

 兄様ではありませんが、愚かな振る舞いをするなら殺しますよマスター」

 

 そう言えば、ヤンデレ化してるって言われてたな……ははは。これは、参ったな……

 

「……他の女だって? 違う、全然違う!」

「え?」

 

 これは、我慢できそうに無い。

 

「姉妹だぞ、姉妹! 自分の家族の思い出を語るのは、お前の人生を語る事と同じじゃないのか!?」

「え、え?」

 

 力なく下がった剣を手で押して立ち上がり、ポルクスに近付く。

 

「まさか、そこまで自分の姉妹を拒絶するほどに仲が悪かったのか? 俺に聞かせるには恥の多い話なのか?」

「い、いえ、決してそう言う事では……!」

 

「じゃあ聞かせてくれ! 俺は逃げも隠れもしないから!」

 

 再び椅子に座って彼女と目を合わせ、両手を足に乗せて逃げない事を示しながらポルクスの言葉を待った。

 

「……そこまでおっしゃるなら、お聞かせします」

 

 彼女は何処か苦味のある笑みを浮かべながら、俺に姉妹について話してくれ。

 

「…………へぇ、なるほど」

「で・す・か・ら! ヘレネが仮に召喚されても魅了されてはいけませんよ!」

「分かった、分かったよ」

  

 興味深い話が聞けてよかった。実際の登場が楽しみだ。

 漸くほんの少し、この塔を……ミクロ単位で気に入り始めた。

 

「本当に分かっているのですか……?」

 

「良し。えーっと次は――」

 

 次の質問をしようとした瞬間、扉が壊された。剣で切り裂かれた様だ。

 

「――こんな所にいたわね」

 

 やって来たのは次の地雷。実際に爆発した事すらある。

 

 カルデア所員の一応の先輩に当たる現サーヴァント、虞美人。人ならざる者である彼女の服装は、随分と前衛的……攻め過ぎてる。

 

 あの今にもズレて肌を晒しそうな服を気にかけると、隣のポルクスに首を飛ばされそうなのでやめておこう。ていうか、彼女に関しては項羽が――

 

 ――そんな事を考えているとポルクスが駆け出し、剣で彼女の首を刺し貫いた。

 

「私とマスターの邪魔は、させませんよ……!」

 

「……手荒い歓迎ね。私は自分の後輩を迎えに来ただけよ……」

「な!? 抜けな――」

 

 ――ポルクスが退避するより早く、虞美人の周りから魔力が頭上へと上り、呪詛となって降り注いだ。

 それが止むと、虞美人の足元に倒れるポルクスの姿があった。 

 

「う……」

 

「ポルクス! おい、幾らなんでもおかしいだろ! 彼女はカルデアの――っう!?」

 

「うるさいわね……片割れとはいえ神霊なんだから、この程度で死ぬわけ無いでしょう?」

 

 

 

「――で、なんなんですかこの檻は?」

「しょうがないでしょう? お前は脆い人間なんだから、私がこうして管理してあげてるのよ」

 

 気が付くと俺は牢屋に入れられていて、その外では人間の時のメガネを着けた姿の虞美人がお茶を注いでいる。

 そして、鉄格子の隙間からカップを差し出した。

 

「はい、お前の分よ。じっくり味わいながら飲みなさい」

「今更親切にしても先輩扱いしませんからね?」

 

「何言ってのよ。お前が如何思ってても私が先輩。そしてこれからお前は私の所有物よ」

 

「項羽様がこれを見たらどう思うか……」

「っぶ!?」

 

 俺の言葉にお茶を詰まらせたか。

 

「お前、お前お前! より寄ってあの方の名前を出すの!? 私が、なんの気まぐれかこうやって気に掛けてやってるのに!?」

「誰も頼んでないわ! 何項羽が居ない間に若いツバメに手を出そうとしてるんですか!?」

 

「若っ!? 自分で言うか! 大体ねぇ! 項羽様がいないのはお前の召喚がアテにならないからでしょう!?」

「……それは……ガチャの排出率が悪いとしか言いようがないし……シグルドとブリュンヒルデを揃えるのを優先してたけど……」

 

「何をゴニョゴニョと――」

「――それでも、待ち続けるのが良い女だろうが! 何が、“いいわよ。こうなったら最後まで付き合ってあげる。お前の死に際も、看取ってあげるわ”だ! 本当に二千年以上未亡人してたんですか?」

 

「あああああ、殺す殺してやる! その減らず口を叩けなくしてやる!」

 

 剣を取り出して本格的に危ない雰囲気になったが、俺はそんな彼女の様子に満足した。

 

(良かった。こんなふざけた塔の中でも、この人は自分を虞美人のままなんだな)

 

「……なによ。急にそんな変な笑みを浮かべて」

 

「いや、別に……」

「そんな顔しても、もう許さないわよ!? 串刺しにして晒し首よ!」

 

 結局……その剣が俺に振られる事は無かった。

 

「はぁ……なんか、先まで感じた変な感じがすっかり取れたわ」

「そうか。それはよかった」

 

「全くね。私がお前に恩情を見せるなんて、絶対無いわ。

 永世秦帝国の事だって許してないし」

「でも檻から出すの?」

 

「もう管理する気なんて毛頭ないわよ。こんな可愛くない奴、愛玩動物にだってなれはしないんだから」

 

 そう言う趣味は無いが、彼女の罵倒は心地よかった。

 イベントとかでは残念な役回りばかりだったが、この芯の強さは俺の信じた虞美人だ。

 

「それで、これからどうするのかしら? 此処にはお前を狙うサーヴァントがまだいるわよ」

「狙われる覚えなんて無いんですけど……因みに、誰がいるか知ってますか?」

「さあ、興味ないわよ。でも妙な話を聞いたわね。私を殺せるかもしれないから気を付けろとか……」

 

「虞美人を……? あ、まさか」

 

 そんな話をしていると、部屋の外から何か聞こえてきた。

 

『ますたぁぁぁぁぁ!? どちらですかぁぁぁぁぁ!?』

 

「う、清姫……」

「珍しいわね。怒らせたの?」

 

 そんな“数多の英霊と縁を結んだマスターのお前が?”みたいな顔をしないで欲しい。

 アレに関しては半分事故だし。

 

「お陰で先はあの場所に行くのに時間掛かったわ」

「どうすれば……?」

 

「この塔とあの子の気質を考えたら、単純に謝っても許さないわよ。いっその事、令呪でも使う?」

 

 俺は自分の手の甲を見た。

 確かにこれを使って清姫の動きを止められれば説得できるかもしれない。

 

「よし、それじゃあ早速行って来る!」

「私は助けないわよ」

 

「分かってる!」

 

 俺は部屋を出て清姫を探そうとして……背中がゾワっとした。

 彼女を見た瞬間に喜びで鳥肌になったとか、放たれてる殺気とか、様々な理由はあるけれど一番は俺が彼女を此処で見たくなかったからだ。

 

「よう、マスター。随分と楽しそうに話してたみたいだな?」

「両義式……!」

 

「そんな他人行儀な呼び方はよしてくれよ」

 

 ああ、本当にいやだ。

 ファンとして愛した主人公が目の前にいるのに、こうも目を逸らしたくなる。

 

「部屋から出たって事は、他の女とはさよならしたって事だろ? だったら、オレの元に戻ってくるのが筋だよな?」

「なあ式……なんで俺をそんな目で見るんだ?」

 

「……? ああ、怒ってるとでも思ったのか? 別に――」

「――そうじゃない。俺はなんでそんな、乙女みたいな目で見てくるんだって聞いてるんだ! お前にはアイツがいるだろ!」

 

 黒桐の名前は潰されそうなので式に伝わりそうな言葉を選んだ。

 

「……なんだ。操を立てろって話か? お前らしいな。

 でも、オレは別に良いと思ってるんだぜ? アイツと同じ匂いがするし、この存在だって一時的な物だから」

「それが可笑しいだろうが! サーヴァントになったから? このクソ塔の影響を受けたから? 似てるから? そんな理由で旦那を蔑ろにするな!」

 

「……別に今の状態に違和感が無い訳じゃない。だけどそれに不快感を抱かないほどには、アンタの事もカルデアの事も気に入ってるだけで」

「俺はやだね。不快感だらけだ! 思い出せないなら思い出させてやる!」

 

 夢の中だ、構うものか。

 俺は式の持っていたナイフを奪う。

 

「あ、おい!?」

「言って伝わらないなら――っこうしてやる!」

 

 少し躊躇して、それでも怒りに身を任せて自分の腕を切りつけた。

 血が溢れる。それを3本の指に付けて壁をなぞる。

 

「何してんだ!?」

 

「俺はこんなの認めない、絶対に!」

 

 だからはっきりと、壁に記してやる。痛みなんて二の次だ。

 

「式、お前の旦那は、(黒桐)! (黒桐幹也)だ! (黒桐幹也)なんだ!」

 

 普段なら正確な漢字なんて書ける筈がないが、今は絶対に書き切れる確信がある!

 

「だから、俺の事は良いマスター程度で良いんだ! その分大事にしてくれ!

 ……黒桐、幹也を!!」

 

「っ……!」

 

 あれ? 口から出たぞ? 

 壁に書いたからなのかは分からないが、確かに今!

 

「……幹也……」

 

「ぁ……やば」

 

 血を流し過ぎたせいか、覚束無くなった足はその場に倒れそうになる。

 

「……っ……?」

 

 だが、寸前で誰かが、小さな手が俺の体を支えてくれた。

 ゆっくりと倒され、上に向けられた状態で目を開けると……

 

「……清姫?」

「はい、清姫です。

 貴方の、マスターの、正妻の、清姫です」

 

 何度も何度も念を押され、俺は曖昧な笑みを浮かべた。

 

「無茶をしましたね」

「……全くだ」

 

 式が壁に背を預けて座り込んだ。

 

「何が良いマスター、だよ。勝手に死に掛けてやがって」

「ええ……本当に、愚かですね。

 愚かな人間らしい、マスターです」

 

 その後ろからはポルクスが現れる。見間違いでなければ、彼女の顔もどこか憑き物が落ちた様だ。

 

「全く、手間の掛かる後輩ね。自分の傷くらい早く魔術で治しなさい」

 

 そう言って現れた虞美人の着ている服は何故か所々焼け焦げていた。

 

「あ、そうか【応急手当】!」

 

 傷が塞がって流血は止んだがまだフラフラする。血が流れすぎたか。

 

「清姫。これを飲ませなさい。増血剤よ」

 

 虞美人に投げ渡された薬を清姫は俺の口に差し出した。

 

「飲んでください」

「おう……ん!」

 

 薬を飲んで数回深呼吸をしている内に、俺は回復した。

 

「清姫、もう怒ってないのか?」

「怒ってますよ? 幾ら勘違いでも他の女性に謝らせたんですから!」

 

 やっぱり、虞美人先輩が奮闘してくれたのか。

 

「……ですが、旦那様が他の女性の為とは言えあれだけの誠実さを見せていたんです。火炙りは許してあげます。代わりに扇子で叩きます」

 

「痛っ!? 容赦な、痛ぁ!」

 

「あはは、やっぱり面白いな、オレ達のマスターは」

「次は私も叩かせてもらうわよ」

 

「ふふふ、兄様がこの場にいたらきっと大笑いでしたよ」

 

 皆が自然に笑っている。良かった。俺はやっとこの塔に来れた事を、喜べる。

 そう思って立ち上がろうとする俺を、清姫が腕を掴んで止めた。

 

「……マスター」

「? なんだ、清姫?」

 

「私、マスターが好きです」

「――っ」

 

 その言葉にまた否定で返そうとして、少し言葉に詰まってしまった。 

 

「心を奪われてしまいました。

 怒りに体を震わせるそのお姿に。身を削ってまで真実を書き記す誠実さに。このお方と結婚したいと、改めて思いました」

 

「勘弁してくれよ……清姫だって生前は安珍が好きだったんだろ?」

「ええ。マスターは安珍様の生まれ変わりですから問題ありませんね?」

「生まれ変わりなんてどうやって証明するんだよ?」

「私は一目見て分かりました。ですから、マスターは安珍様の生まれ変わりで間違いありません」

 

 そう言い切る清姫の目はとても、澄んでいた。

 塔の呪いのせいか、元々病んでるせいか、その瞳に俺しか映っていなかったが迷いも揺らぎもそこになかった。

 

「俺が安珍の生まれ変わりじゃなかったら嘘になるぞ?」

「マスターは安珍様の生まれ変わりですから嘘ではありません」

 

「でももし本物の安珍が英霊として出てきたら?」

「そしたら今の安珍(マスター)を愛します」

 

 ……おかしい。

 絶対に間違っている理屈な筈なのに、崩せる気がしない。

 世界5分前仮説よりも否定できない。

 

「清姫はマスターの正妻ですと、先からずっと申しています。

 ですから……どうかこの言葉を嘘にしないでくださいまし」

 

 笑顔で凄まれて、思わず俺はコクリと頷いてしまった。

 

 

 

 

「はーい! 婚約成立ですね!」

『!?』

 

 突然、俺達の頭上にBBが現れた。

 

「悪戯な愛のキューピッド、BBちゃんでーす!」

「BB!? なんで!?」

 

「ご婚約されたのは、清姫さんとマスターさんですね!

 ではでは、素敵な結婚式を最速でご提供させて頂きます!」

 

 そういって手に持っている教鞭を振って、謎の光を放ち始めた。

 

「式さんはこちらでーす!」

「お、おい!」

 

「虞美人さんはこっちですよ!」

「ちょ、ちょっと!?」

 

「妹さんも急ぎましょう!」

「え? え?」

 

 どんどん周りの皆が攫われて行く。

 そして、遂にBBは俺と清姫の前に降り立った。

 

「さあ、BBちゃんの御呪い! 末永く、お幸せにー!」

「おい、説明をしろ――!?」

 

 彼女を捕まえようと手を伸ばして足を前に出すと、間一髪、俺は段差から落ちるところだった。

 

「――へ? え?」

 

 辺りを見渡すと薄暗い灰色の塔は突然、純白の教会に様変わりしていた。

 俺の服も白のタキシードに変わっており、そんな俺を見つめる人達がいた。

 

「全く……何故俺が人間の結婚なんぞを祝わなければ」

「兄様」

 

「妻よ。汝もこの光景に憧れるか?」

「項羽様とならば、何処にいても幸せです」

 

「式、なんだか楽しそうだね」

「そうかもな」

 

「式か。懐かしいなキャスター」

「ええ、そうですわね宗一郎様」

 

 いなかった人達まで当然の如く混ざってる……!

 

「新郎。早くこちらに来たまえ。余り花嫁を待たせるな」

 

 しかも神父はお前か、外道マーボー……!

 

「マスター、唐突で戸惑っていますが、私、嬉しくて……!」

 

 泣きそう、否、もう泣いている清姫を見て、一度息を吐いて……俺は彼女と向かい合った。

 

「……では、誓いのキスを」

 

 早っ! こいつ仕事する気ないだろ、のツッコミはしないでおこう。普段なら真面目に対応していただろうし。

 

 こちらを一度見てから目を瞑ってゆっくりと近付く彼女に応える様に、俺もそっと……

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 教会の鐘が鳴り続ける中、屋根の上に座って溜め息を吐くBB。

 

「面倒なマスターさんでしたね……あんなに空気読めないマスター、二度とごめんです!

 全く、それが気の迷いでも恋は恋なんですからね! 夢の中くらい夢の様な体験をしたいとは思わないんですか!?」

 

 そう言ってもう一度溜め息を吐いて夜空を見上げた。目前には月が浮かんでいる。

 

「……私も、会いたくなっちゃいました」

 




今回の話は書いてて何度も「えー、今まで好き放題してた自分が書く?」って思っていました。だけど筆は進む不思議。
今までに無い視点を体験をさせて頂きました。ありがとうございます。

二次創作は迷惑にならない限り自由だと思ってますので、これからも押し付ける事の無いように楽しんで行きます。


次回は最後の当選者 EX—sはフルアーマー さんの話を書かせて頂きます。
このまま6月中に書き上げたいです。

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