ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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誰だ! 毎回次はなるべくとか言って遅くなっている奴は!(逆ギレ)

はい、本当にすいませんでした。
創作活動を怠ったせいなのかロリンチちゃん77連は見事爆死しました。

3周年記念企画4番目、今回はTwitterで当選しました、sunchan さんのリクエストです。


鬼ごっこ 【3周年記念企画】

 

 ヤンデレ・シャトー、普段は見せる事の無い裏側で、白髪のアヴェンジャーは現在、クラスの違う水着衣装で次の悪夢に向かい合っていた。

 

「……こいつがこうで……」

 

「こいつをこうしたら…………つまんないわね」

 

 画面には3騎の互いに共通点を持つサーヴァントが表示されている。

 2騎が手を組み、残りの1騎は敵対している。

 

「……なら設定を……あー、ボツね」

 

 が、表示されている全てを右へと移動させ画面から消すと、バーサーカーのジャンヌ・ダルクは乱暴に自分の頭をかいた。

 

「…………あーもう!!」

 

 苛立ちに任せ、彼女はキーボード型のコンソールを両手で殴り付けた。

 

 ――それは予期せぬエラーを齎してしまう。

 

「あー!!」

「おい、ジャンヌ・ダルク! 何をした!」

「知らないわよ!?」

 

 駆け付けたエドモン・ダンテスが慌てて弄るが致命的なエラーらしく、解除ができない。

 

「っち、削除も停止も出来んか……しかも、かなり危険な内容で凍結された上に永久継続か……」

「ちょ、まずいんじゃないのそれ!?」

 

「いや、これなら数日と掛からんだろ。癪ではあるが、アヴェンジャー共とアヴェンジャー候補に手伝って貰えばすぐに終わる」

 

 エドモンはタバコに火をつけると再び表示された画面を見た。

 

「……しかし、非道い内容だな。寄りによってこの3人……いや、3鬼か」

 

「うっさいわね……大体、このパソコンみたいなのって、使う奴によって形が変わるんでしょ? アンタ、何時も紙媒体で使ってるじゃない。何でエラーなんか起きるのよ」

 

「お前が便利で脆い機械の型を使うから悪い」

 

「あーもう! 不便だわ!」

 

 

 

「佐藤通前(サトウトオマ)、マスター名ツウゼン」

「珍しいね。エドモンが僕の事を本名で呼ぶなんて」

 

 目の前の水着姿のアヴェンジャーは格好こそ愉快だが、顔は何時もより硬い。

 きっとまた彼の予想してなかった事でも起きたんだろう。

 

 リヨぐだ子とかシャトー乗っ取りとか……うん、勘弁していただきたい。

 

「実は今日はジャンヌ・ダルク……黒い聖女が貴様の悪夢を設計していた」

「そうだね。昨日、エドモンを召喚できたからもう君は僕にはシャトーを用意できないって話だったね」

 

「だが、あいつが問題を起こした。ヤンデレ・シャトーは今、一種の暴走状態にある」

「えっ」

 

 それを聞いて流石に危機感を覚えた。

 普段から死の恐怖と喜びが7:3のヤンデレ・シャトーが暴走って……!

 

「日を跨いで同じ悪夢が続く状態だ。だが、恐らく数日と掛からずに復旧する」

「な、なんだ……良かった」

 

「但し、内容が問題だ。時間が経つ程に感情の歪みは大きくなる上に……」

 

 エドモンは何かを言おうとするが、直ぐに口を閉じた。

 

「……っち、どうやら大したヒントも出せない様だ。

 だが、やる事は変わらん。“五体満足”で生き延びろ」

 

「うん、分かった」

 

 結局大したヒントも貰えず恐怖を煽られるだけになってしまったが、兎に角普段以上に注意深く、危険を回避し続けよう。

 

 

 

「……か、看板……?」

 

 悪夢の開始に身構えていた僕の目の前に看板があった。暗くて読み辛いので近付きながらも、辺りを見渡した。

 

「普段の監獄塔みたいだけど……日本っぽい木製の看板だ。えーっと……」

 

“鬼ごっこ 喰われるな”

 

「――っ!」

 

 短く墨と筆で書かれた文字を読んだ僕の背中に悪寒が走った。

 背後で、小さな音がしたのだ。監獄塔でも良く響く、下駄の音が。

 

「みーつけたぁ。

 ごめんなぁ。今宵は鬼やさかい、手ぇ抜くんは難しいわ」

 

 更に後ろから聞こえてきた声に振り返りながらも逃げ出したくなった。

 

「っひっぐ……! うぐ……!」

 

 泣き出しそうな僕よりも先に、奥から啜り泣く声が聞こえてきた。

 

「鬼がみっともない……とは言わへんよ茨木。よしよし……体の痛みなんかとは比べれんわな」

 

 現れたのはアサシンとバーサーカーの異なるクラスでありながら、生前から繋がりのある2人……否、2体の鬼。

 

 振り袖の大きな青い和服の下に下着とも呼べない露出の多い格好の酒呑童子と、黄色が主色の和服を着て泣いている茨木童子。

 

 二人共、頭には2本の角が生えており彼女達が紛れもない鬼であると主張している。

 

 この2人の内の酒呑童子は、僕の持つサーヴァントの中でもあまり会いたくない相手だ。

 

 聖杯戦争ではマスターが倒されてしまうとどんな強力なサーヴァントも消滅してしまう……しかし、FGOにおいてマスターである主人公が傷付けられる事は少なく、そもそもサーヴァントの攻撃を受ける事自体稀な事だ。

 

 だが、酒呑童子は一度、殺傷が目的では無いとは言え主人公に相当な深手を負わせた事があり、鬼としての価値観はシャトーの影響で人間とは違う狂い方をする。

 

 そして鬼として未熟な茨木は酒呑童子を手助けする事が多く、ヤンデレであっても酒呑が望むならと俺を差し出す事もある。

 

「旦那はん? 逃げなくてええんか?」

「……え?」

 

 彼女達と対面した恐怖のせいか、酒呑童子の問いに僕は間抜けな返事をした。

 

(あ、“鬼”ごっこ……!)

 

 完全に遅れた。しかし、逃げるしか無いので僕は全力で駆け出した。

 

 しかし、視認出来る距離にいる以上彼女が僕に追いつく事は別段難しい事じゃない。

 彼女はすぐに僕の横に並んだ。

 

「先に詫び入れたんや、手ぇ抜くんはなしや」

「あ、うっ……!」

 

 反射的に足を止めて逆の壁へと跳んだ。そうしないと、何かを失ってしまう気がした。

 

「いたたぁ……!」

 

「……流石は旦那はん。あと一瞬もあれば、その腕切り落としておったんやけどな?」

 

「ど、どうして……?」

「ん?」

 

 僕は問いかけずには居られなかった。ヤンデレは確かに好きな人を傷付けるが、それは愛情や嫉妬の上での行動の筈だ。

 

 好感度が最初から高いのは普段通りだとしても、出会ってまだ数分未満の僕の腕を切り落とそうだなんて、一体なんでそんなに怒っているのか。

 

「せやな……なんも説明なしに愛の無い八つ当たり思われんのも嫌やし、一応言っておこか」

 

 酒呑童子は自分の宝具である盃に口を付け、中の酒を一口飲んだ。

 

「このしゃとーでの出来事、うちらは当然自分の日はちゃんと覚えてるんよ。

 旦那はんの怖がる顔を悦んだり、馬乗りされて顔真っ赤になったり、茨木に掴まれて苦しんだ事もあったなぁ……」

 

 全て苦い思い出だけど、彼女にとってはそうでも無いらしく、全て懐かしむ様に笑顔で語る。

 

「せやけど――」

 

 盃から、一滴の酒が零れ落ちた。

 

「――他の女とイチャイチャしてるんは、見てるだけでムカついて……酒も不味くてかなわんな」

 

 酒呑童子の一言と同時に、その後ろから真っ赤で巨大な手が僕を掴もうと大きく開いていた。

 

「他の日のこの塔で旦那はん、随分だらしないようやな。人間の女と嬉しそうに楽しそうに……あんなん見たら、もう手段選んどる場合やない」

 

「マスターは……やはり人間の女が良いのか……? 吾が一緒にいる時よりも、嬉しそうに笑っていた。

 あんな笑顔、吾は一度も見た事が無い……!」

 

 どうやってかは分からないけど、2人は僕の体験した彼女達のいない日のヤンデレ・シャトーを見てしまったみたいだ。

 

 確かにサーヴァントによって対応は違うし、この2人に関してはできるだけ距離を離そうと行動していたので、そうなるのも仕方がない……けど……

 

「茨木、壊さん様に持ち上げや」

「ああ……今日は絶対にマスターを帰さん……!」

 

 掴まれたらおしまいだ。僕は立ち上がれない足を動かして逃げようとするけど、酒呑童子がその先に何かを投げて壁にめり込ませて来た。

 

「逃げられへんよ……旦那はんはもう、うちらの口の中や」

「大人しくしろ。力加減を間違えると以前の様に片足をへし折ってしまうかもしれん」

 

「う……!」

 

 迫る真っ赤な手を見て、もはやこれまでかと視線を床に向ける。だが、まだだ。

 まだサーヴァントがいる筈だ。そうじゃないと、僕は助からない。

 

「――マスター!!」

 

 来た――!

 

 茨木童子と酒呑童子、彼女達は鬼だ。

 

 そんな彼女達と浅からぬ因縁、縁を持つサーヴァントを僕は知っている。

 

「一気に!」

「旦那はん!?」

 

 呼び声に勇気と希望を見出した僕は全力で駆け出した。

 その先からこちらに向かって無数の矢が放たれているが、かまうものか。

 

「茨木ぃ!」

「その女だけは絶対に許さん!」

 

 茨木童子の腕が迫るが、他の矢より速く、炎を纏った矢が直線を走り腕に命中した。

 

「許さん、許さんぞ! 吾らと同じ鬼のくせにっ!! 何故貴様はマスターと笑っていられるのだぁ!!」

 

 それでもこちらに迫る腕に、続けて2度3度と矢が命中しその動きを止めてくる。

 

「茨木」

「応、酒呑!! 必ずマスターを奪って――」

「否、そこまでや」

 

 暫く走り去ってから後ろを見ると、矢に阻まれて2人の動きは止まっていた。

 

「急がんでえぇ……時間が経てば」

「っく……! 吾は、このままでは済まさんぞ……!」

 

 

 

「……こんばんは、マスター」

「こんばんは! 助かったよ、アーチャー」

  

 僕を助けて天井裏の隠れ部屋まで連れて来てくれたのは、アーチャークラスのサーヴァント、アーチャー・インフェルノだ。

 

 訳あって真名は明かさないが、彼女はこの塔でも信用出来る数少ないサーヴァントだ。

 

「いえ、マスターの窮地に手を差し伸べるのはサーヴァントの務めです。

 いつも仰っていますが、私の元だけが安全ですので、くれぐれも離れないで下さいね?」

「う、うん……」

 

 頼もしいけど、やはり銀髪ポニーテールの彼女も病んでいるので僕の手を強く握って行う確認の裏に、彼女から離れた場合の危険がヒシヒシと伝わってくる。

 

「それにしても、またあの2人ですか……一緒くたにされるのは嫌なのですが」

 

 そう。鬼として生まれ生きた酒呑童子達とは違い、彼女は自分の鬼の力を嫌い抑えてきた。

 今の姿こそ人間ではあるが、サーヴァントとしての霊基に力が注がれれば、彼女の角はその姿を現す。

 

「彼女達はどうも、今日は特にご機嫌斜めみたいで……」

「鬼ごっこ……と聞きました。ご安心下さい。私は鬼にはなりません。マスターの五体は、必ずや守り抜いて見せます」

 

 そう笑って誓ってくれたアーチャー・インフェルノは部屋の電気を点けた。

 

 そこは和室でありながら現代っ子も大満足のゲーマー部屋だ。

 テレビと据え置き機、ゲーミングチェアに複数のPCモニター、机の上には2種類の携帯機が2つずつ。

 

 真面目そうに見えるアーチャーだけど、カルデアではすっかりゲームにハマっている。このギャップが可愛くて好きだ。

 

「さぁ、何からやりましょうか?」

「うーん、じゃあ狩りゲーを――」

 

 僕は彼女が好きではあるが、ヤンデレとなった彼女に迫られるのは苦手だ。

 生前、夫がいたアーチャーがその人より僕を重視するのは嫌だし、何時まで大切にして欲しい。

 

 真面目で遊びのあるお姉さん、そんな彼女に惹かれている……って、こんな恥ずかしい事を考えている内に僕のハンターは画面の中でぶっ飛ばされてしまった。

 

「マスター!?」

「ごめーん!」

 

 集中しよう。

 

「よし、回復した」

 

「あ、逃げた」

 

「どうしよう、罠使う?」

 

 …………?

 返事が返って来ないのでチラリと彼女の方を見た。

 

「っわ!?」

 

 だけど、机を挟んで左にいた筈のアーチャーはいつの間にか僕の真後ろにいた。

 

「……あ、だ、大丈夫ですかマスター?」

「び、ビックリした……な、何でそこにいるの?」

 

「……すいません。自分でも良く分からなくて……」

 

 そう言って彼女はそのまま僕の右横に座った。

 

「さあ、トドメを刺しに行きましょう!」

「う、うん……」

 

 結局さっきよりも近い距離に座った彼女に戸惑うが、何とかゲームはクリアした。

 

「……では次は――っ!?」

 

 部屋が少し揺れた。

 当然、地震なんかじゃない。

 

 直ぐに彼女は床に耳を付けた。

 

「……私の部屋の方から打撃音が聞こえてきます。恐らく、痺れを切らした鬼が暴れ回っていますね」

 

「どうしよう、ここが見つかれば……!」

「いえ、見つかっていないからこそ暴れてるのでしょう。下手に移動するよりはここに隠れ続けるべきかと」

 

 そう言いながらも外していた篭手と肩当てを付けて備えた彼女は押し入れを指差した。

 

「あの中には別の出口を用意しています。最悪、あちらから脱出して下さい」

 

 だが相手は2人だ。アーチャーだけでは厳しい。それに、別に僕は彼女達を倒したい訳じゃない。自分で撒いてしまった種だと理解もしている。

 

「逃げてばかりじゃ駄目だ。ちゃんと、話し合わないと……」

 

「分かりました。ですが、危なくなったら私が応戦します。マスターに危害を加える者は例え同じ召喚されたサーヴァントであっても許しません」

 

 そう言ったアーチャーは、片側にしか無かった篭手と肩当てを両側に出現させていた。髪を縛っていた紐も消え、長い銀髪が揺れている。そして頭には……

 

「どうかしましたか?」

「あの……角が出てるよ?」

 

「……そんなわけ無いじゃないですか。

 マスター、もっと近くに寄って下さい。出ないと危険です」

 

 段々、アーチャー・インフェルノも自分を抑えられなくなっている気がする。

 だけど、彼女に頼らないと酒呑童子達と顔を合わせるのも危ない。

 

 伸ばされた手を握って答えると、彼女は嬉しそうに笑った。

 だけど、すぐに顔を強張らせた。

 

「来ましたね」

 

 僕達が入ってきた入り口を塞いでいた蓋を破壊し、酒呑童子と茨木童子が飛び上がってきた。

 

「漸く見つけたさかい。まさか、ネズミみたいな隠れ家を用意してるとは思わんかった」

「貴様ぁ! 気安くマスターに触れおって!」

 

 怒りの形相を向ける茨木。その瞳には僅かな涙が見える。

 兎に角、先ずは会話を試みないと。

 

 そう思っていたが、僕の思いとは裏腹に

状況は急変した。

 

「これ以上近付けば、射貫きます」

 

「ふふっ、ずいぶん張り切ってるみたいやけど何時も通り旦那はんに手を出して貰えなかったやな――っと」

 

 一歩も動かなかった酒呑童子に矢が放たれ、彼女はそれを横に首を動かして躱す。

 

「黙れ……!」

「図星やなぁ。生きてる頃の男なんて邪魔なんやない? いっそ、忘れた方がええんちゃう?」

 

 不味い……!

 酒呑の言葉は的確にアーチャーの逆鱗に触れてた。

 

「黙れぇぇぇ!!」

 

 激昂し、彼女は矢を放ち始めた。無数の矢の群れは炎を纏って酒呑童子と茨木童子を襲うが、それぞれが自分の獲物でそれを叩き落とす。

 

「――ははは!

 それで良い! 鬼とは! 戦いとは! こうあるべきだ!」

 

「マスター! 早く逃げて下さい!」

 

 叩き落とされた矢の炎は畳を燃やし、既に部屋中に走り始めている。

 

「っく……!」

 

 確かにのんびり出来る状況じゃない。僕がここにいればいる程、アーチャーへの負担になってしまうと理解出来た僕は躊躇いながらも押入れの中に入る。

 

「アーチャー!!」

「大丈夫です。ちゃんと追い付きます」

 

「待て、マスター!!」

 

 迫る茨木の腕にも急かされ、僕は隠し通路へ入った。

 

 その後の十数分の間、誰かが後ろから現る事なく僕は目を覚ました。

 

 

 

「マスターを逃して、忠実な自分は殿を……なーんて、イヤらしい事を考えてへんか?」

 

「先程から、私の忠義を侮辱してばかりですね……!」

 

「あはは、忠義……ねぇ? 人間らしい、窮屈な枠やね」

 

 苛立ちを止まらせない酒呑童子の言葉にアーチャーは笑った。

 

「私は、マスターに喚ばれた私ですから」

「せやけど、この塔でそんなアンタは鎖にしかならんよなぁ? 生前の男に義理立てして、旦那はんを好いとる事に罪悪感を覚えながら、思いを押し殺す」

 

 茨木童子は目の前の敵を倒すのは酒呑が止めたのでマスターの後を追おうとするが、酒呑童子が手で制した。

 

「茨木ですら、うちよりマスターを優先する程なのに、なぁ?」

「う、そ、そんな事はないぞ酒呑! 吾は、ただマスターを連れて来ようと……!」

 

「何なんですか、一体。これ以上不毛な会話をするなら、私はマスターの元へ戻ります」

 

「うちら鬼はなぁ、愛も恋も……美味しいのは一瞬さかい、口に入れるまでを愉しむんよ」

 

「……マスターを、食す気ですか。なおさら、生かしておく訳には参りませんね」

 

「鈍いなぁ……恋敵が未亡人の門番気取りじゃ、折角の愉しみが失くなるって――言わなあかんかぇ?」

「――っ!?」

 

 突然酒呑童子の見せた文字通りの鬼の形相に、アーチャーは弓を捨て拳を握った。

 

「マスターのお気に入りで一番信頼されて……そないな美味しい場所に立っておきながらいない男に逃げ続ける……こんな不味い獲物は要らんし、もう我慢の限界や」

 

 酒呑童子は自分の宝具のひょうたんから盃にたっぷりの酒を注いだ。

 

「な、何ですかそれ……!?」

 

 しかし、注がれた酒には此処にはいない筈のマスターの姿が映っており、流れが変わる度に別の、他のサーヴァントと共に笑っている場面へと変わる。

 

「これはな、旦那はんが来る前に飲んだ不味い酒や。酔って目が覚める程になぁ……」

 

 呆けているアーチャーに構わず、酒呑童子は酒を垂らした。

 

「千紫万紅・神便鬼毒――嫉妬に酔い、酔に狂い、狂に滾れ」

 

 

 

「……よっと」

 

 僕はタンスの上で倒れていたアーチャー・インフェルノのフィギュアを元に戻した。

 あまりフィギュアを買わない僕が唯一飾っている1体だが、何故か倒れていた。

 

「何処も壊れてないっと……なんか、嫌な前触れとかじゃないと良いんだけど……」

 

 夢の中では結局あの後会えなかったけど、無事だろうか。

 

 でも、やっぱり酒呑童子や茨木童子に関しては僕に非が……

 

(……うーん、無いんだよなぁ……でも怒りの正当性は認めないとだし……)

 

 そりゃ、あの2人とは他のサーヴァントとは違う対応をしてしまっているかもだが、毎回毎回洒落にならない物理的ダメージを被う僕の身になってほしい。

 

 肩に歯を立てられた事や片腕や足を折られた事もあったし、酒を飲まされて記憶がはっきりしない夢もあれば、茨木にあーんってして貰った良い思い出も……

 

(やっぱり恐怖と喜びの比率が8対2だ……)

 

『通前!』

「はーい、今行きます!」

 

 お母さんに呼ばれて、僕は朝食を食べる為に部屋を出た。

 

 

 

「…………け、煙い!? あ、そうか昨日の続きか!?」

 

 塔の上の方から煙が出ていた。幸い、そんなに範囲は広くないがやはり昨日の戦闘で燃えたまま今日の悪夢が始まったんだ。

 

「ていうか3人はまだ天井に……っ!?」

 

『――!!』

 

 突然、天井から大きな爆発音が放たれた。

 それと同時に、廊下から固い物が地面に叩きつけられ転がる音も響いた。

 

「あっ、アーチャー!」

 

 3人の無事を確かめる為、急いで部屋から飛び出した。

 

「酒呑! 茨木!」

 

 天井裏の入り口があった場所は煙が酷く、薄暗いシャトーの視界が更に悪くなっている。

 

「ごっほ、ごっほ! みんな、返事をしてくれぇ!」

 

「――しーぃ。

 そないな大きな声出すと、鬼に居場所がバレてまうよ?」

 

 煙の中から酒呑童子の声が聞こえてきた。良かった、無事だ。

 

 だけど頭から血を流し、それが床に垂れている。

 

「酒呑、無事!? 今すぐ回復するよ!」

 

「旦那はん、先までうちが怖くて逃げてたのに、治してくだはるん?」

「当たり前だ。僕はマスター、サーヴァントの治療ぐらいするさ」

 

「……」

 

 礼装に魔力を通して酒呑童子の傷を治す為の魔術を行使する。僕の礼装は何度でも魔術を使用出来るけど、発動まで少し時間が掛かる。

 

「茨木とアーチャーは?」

「……もう他の女の心配するん?」

 

「ごめん、でも……」

 

「旦那はんはほんと骨が柔いわ。さーゔぁんと、下の者なんかに一々頭下げて、何も悪ぅないのに……おかしい人やね」

 

 酒呑童子はそっと僕の体に手を置いて、耳元で囁いた。

 

「……捕まえたぁ」

 

「っ!?」

 

 喉元に刃を突き付けられた様な恐怖に、顔が強張った。

 

「茨木もいんふぇるの……? なんて、けったいな名前の女も、先の爆発で気ぃ失ってるやろなぁ……」

「酒呑童子……まさか、今の爆発は君が……?」

 

「思ったより火の周りが早うて、うち自身も怪我してしもうたけど……旦那はんの方から近寄うて治してくれはったから儲けもんやわ」

 

 ニタリと楽しそうに笑う彼女は顔を僕の肩に置いたまま囁き続けた。

 

「この塔で旦那はんの腕折った時からずっと同じ顔ばっかりやったから、どうしたら違う顔見せてくれんのかなって他の女とイチャつくのを見て考えてんやけどなぁ……ふふふ、やっぱり、旦那はんが怖がるんは最高やわ」

 

 両手が背中を通って首へ――っ!

 

「もう、我慢せんと食べてしまおか?」

 

「ま、待って! た、食べるって……!?」

 

 こちらに開いた口を向ける酒呑童子は更に嗤った。

 

「骨の髄まで啜って、肉を貪り、脳を溶かす……全部味わい尽くして旦那はんは、血肉となってうちの体に流れ続ける……ふふふ、考えるだけで涎が出てまうなぁ」

 

 本気だ。彼女は本気で俺を食べる気だ。

 

 逃げたい。だけど、もう逃げられない。

 

「大好きな旦那はん……頂きます」

 

 喰われる……!

 

 そう思い目を閉じて痛みに身構えたけど、数秒の沈黙の後に僕の体は掴まれた。

 

「――酒呑!!」

「茨木……起きよったか……! 

 あんたがうちの邪魔すんのかい?」

 

「マスターは吾に甘味を山程渡すまで、たとえ酒呑と言えど殺させる訳にはいかん!」

 

「鬼やのに甘味かい……随分人間臭うなったなぁ茨木……!」

 

 茨木の巨大な腕に掴まれた僕は彼女のすぐに横に落とされた。

 

「い、茨木……」

「安心しろ。酒呑と相まみえるなどそうそう無い機会だ。吾がマスターを守ってや――」

 

「――うちは悲しいけど、同じくらい嬉しいんよ? 茨木がうちに逆らうんはいつ以来やったかなぁ? 旦那はんに初めてあった時が最後やんなぁ?」

 

 酒呑童子は本当に愉しそうに嗤っている。

 

「ええよ、殺し合おうやないか」

 

 その言葉に茨木童子の体がビクリと跳ねた。

 

「う、うう……マスター……前言撤回だ。今すぐ逃げろ。本気で暴れなければ酒呑には勝てんし、お主を巻き込む事になる……!!」

 

「大丈夫なの?」

 

「大丈夫な訳あるか! 良いからサッサと行け!」

 

 怒鳴る茨木は恐怖に震えている様にも見えたけど、酒呑を見る目は待ちわびていた言わんばかりに期待に満ちた目をしていた。

 

(酒呑と戦えて喜んでる……?)

 

(マスターを護って戦うこの状況、本気の酒呑が相手でなければ鬼キュアみたいだと浮かれていられたんだがな……!)

 

 笑ってみせた茨木の為にも、後ろ髪を引かれる思いで僕はその場を後にした。

 

 走り去った後ろから僅かな打撃音が聞こえてくる。だが、僕の当初の目的はサーヴァントの皆の無事の確認だ。

 まだアーチャーが見つかっていない。

 

(だけど、爆発のせいか天井の煙は薄らいでいるし、炎の燃える音も聞こえない……今なら別の入り口から行けるかもしれない)

 

 僕の考えは的を射ていた様で、再び戻ってきた入り口からはカルデア礼装の助けもあってか熱気を感じる事は無かった。

 

「瞬間強化……! よっと、っほ!」

 

 身体能力を上げてパルクールの様な動作で隠し部屋へ登った。

 

 暫く進むと黒焦げてボロボロの和室と、その中で倒れているアーチャーを発見した。

 服こそ破れているがこうやって実体がある以上、傷は特に問題ないだろうけど、僕は慌てて彼女のお腹辺りに手をかざした。

 

「【応急手当】、3回……!」

 

 発動までの時間を長引かせて一気に回復する様に魔術を調整した。

 

「……アーチャー! 起きて……!」

 

 数秒後に発動した魔術は緑色の光で彼女を包んだ。傷は塞がっている。

 

「……アーチャー! しっかりして――」

 

 ――瞬間、部屋の床をぶち抜いて酒呑童子が現れた。

 

「ふー……茨木、珍しく本気で向かって来たわ。マスターが絡むとあの娘あないなるんやなぁ、覚えておこか」

 

「しゅ、酒呑童子……!」

 

「ああ、ほんまにその銀髪が好きやんな? ほな、うちも銀と赤になろか? そしたらうちにメロメロになってくれるん?」

 

「か、関係ないよっ」

 

 酒呑童子は僕の答えを聞いてつまらなそうに、一歩足を進めた。

 

「そーかい……なら旦那はんはうちの血肉と溶けや」

 

 振り下ろされた大刀に目を瞑る位の反応も出来なかった。

 だけど、結局それは僕には届かなかった。

 

「っ!? あんた――」

「――酒呑童子、愚かですね。自分が浴びせた酒が、自分自身の道を閉ざすのですから」

 

 僕が支えていた筈のアーチャーは大刀を掴んだまま酒呑童子の顔を掴むと駆け出した。

 

 気が付いたら、左の壁が半壊していた。

 

 アーチャーは掴んだ酒呑を壁に押し付けて、破壊しながら引き摺り回したのだ。

 

「……気を失いました。どうやら、同胞との戦いで大半の魔力を使っていた様ですね」

 

 動かなくなった酒呑童子を放して、アーチャーがこちらを見た。

 

「――っ!?」

 

 先は気付かなかったけど、彼女の目はいつにも増して僕を、僕しか見ていなかった。

 

「マスター……マスター……!」

 

「マスター、マスター……! マスター、マスター、マスター!!」

 

 段々早く迫ってきた彼女は座っている僕の前で膝を折って、倒れ込む様に僕に抱き着いてきた。

 

「マスター……!!」

「あ、アーチャー……」

 

「良かった、良かった! マスターは、此処に……!!」

 

「う、うん……あ、あの……アーチャー?

 痛いん、だけど……?」

 

「ああ、マスター……!」

「い、痛い痛い痛い!! お、お、折れる!!」

 

 僕が悲鳴の様な声を上げると、漸く彼女は腕の力を抜いてくれた。

 

「す、すいませんマスター……どうも、この姿と手加減が……」

「う、うん……も、もう大丈夫だから」

 

「……マスター」

 

 彼女の安堵が、肩に預けられた顔から伝わってくる。良かった。

 

「何が大丈夫なんですか?」

 

「……え?」

 

 凍てつく程に、寒い声が耳を貫いた。

 

「鬼の2人じゃない。マスターを、私からマスターを奪おうとする者は――まだいますね?」

「な、何を言っているのアーチャー!? もう、この塔には誰もいないよ!?」

 

「――いいえ、カルデアにはまだ多くのサーヴァントがいます」

 

「マスターを汚そうとする者、マスターを曇らせる者、私からマスターを遠ざける者!!」

 

「あ、あ……! い、痛、痛い……!?」

 

 再び、全身が砕けそうな痛みが僕を襲った。

 

「何故ですか!? 何故私以外の者の部屋でげえむをしているんですか!?

 何であんな薄着の忍びに目を奪われたのですか!?

 紅先生の頭を撫でたんですか!?

 玉藻さんの料理を食べましたね!?

 清姫さんと寝ていましたね!?

 何で私と距離を取るんですか、――様? 今の私はマスターだけが欲しいのに――」

 

「あ、っはぁ、はぁっ、はぁ……!!」

 

 僕は少し離れた場所で倒れた。

 緊急回避でどうにか彼女の腕の中から脱出出来たけれど、もしあと一瞬でも遅かったら本当に骨が数本折れていただろう。

 

「――また、そうやって距離を取るんですね?

 ――私だって、マスターのサーヴァントなのにっ!!」

 

 彼女の振り下ろした両腕は床を砕き、同時に彼女の全身から炎が吹き出した。

 

 その炎は彼女自身の服を焼きはじめ、それを僕は体の痛みに耐えながら見ている事しか出来ない。

 

 だけど悟る事は出来た。

 彼女は、もはや混血など関係ない程に――鬼だ。

 

「――」

 

 ポタポタと、血が地面に落ちた。

 彼女の瞳から、止まる事なく流れている。

 

「サーヴァントでも、――御前であっても愛してくれないのなら……

ワタシ」

 

 

 

「唯の、鬼に成ります」

 

 

 

 

 

「はぁ――っあ!?」

 

 嫌な寝汗と共に目を覚ました筈だったが、すぐに緊張が襲った。

 

 腕が、後ろから鎖骨辺りまで回されている。

 

「おはよう御座います、マスター……」

「あ、アー――」

 

「――違います。インフェルノではありません。――御前でもありません。

 先程申し上げました通り、もう私は鬼です」

 

 鬼――自分をそう呼ぶのに一切の躊躇の無い彼女に僕は震えるしかなかった。

 

 あすなろ抱きで抱擁され、逃げる事は出来ない。

 

「……鬼は、人間を食べるそうです」

 

 そんな僕に追い打ちのつもりか、彼女は酒呑童子と同じ様な事を言い出した。

 

「食べた者は血となり肉となり……ああ、とても……素晴らしいと思いませんか?」

 

 もう完全に鬼のつもりなんだろか。

 

「だって……私の中で蕩けたマスターならば、誰にも触れられませんが何時でも私のそばにいて下さるではありませんか」

 

 獰猛に笑っているであろう彼女の姿を想像し、目を閉じて死を覚悟した。

 

「では、早速マスターが苦しまぬ様に心臓から――」

 

 ……く、喰われる……!!

 

 目を強く閉めた。

 しかし、数秒経ってもなんの痛みも来ない。

 

「………?」

 

 それどころか、彼女の腕がするりと僕を解放した。

 

「……マスター」

 

 ベッドから出て行ったアーチャーは、タンスの前で何かを覗き込んでいた。

 

「な、何……?」

「…………これは私の人形……ふぃぎゅあ、ですか……?」

 

「う、うん。そうだけど……」

 

 そのまま立ち尽くす彼女の背中を不安に思いながらも見守った。

 

 突然、此処からでも見えていた彼女の2本角が縮み、その姿も第三再臨と呼ばれる物々しい鎧姿から第一再臨の最も鎧の少なく、髪型も長い銀髪を束ねて縛ったポニーテールに戻っている。

 

「……アーチャー……?」

 

「……こ、この姿が、マスターのお気に入り……なんでしょうか?」

 

「う、うん……後ろに縛ってある髪が綺麗、だから……」

「そ、そうです、か……」

 

 彼女は頬を赤く染めながら、本当に恥ずかしそうにこちらを見た。

 

「……その、やっぱり私は……“マスターに喚ばれた私”でいても、良いですか……?」

 

 

 

 

 

(え、拙者のコレクションが気持ち悪い!? こりゃ手厳しいぃ!

 ……拙者にとってこれはただのプラスチックの人形では無いで御座る!)

 

(好きなキャラ、所謂“推し”が朝も昼も夜も自分の手元、見える場所に置いてあると元気が出る事間違いなし!! 拙者みたいな荒くれ者でも、このフィギュアを見ると落ち着ける。あるだけで癒やされる……一日の活力を齎す女神像にも等しい……)

 

(……え? これでも分からない?

 じゃあ、インフェルノ殿は想い人の絵とか写真があったら部屋に飾らんのですか?)

 

 

 

(今なら、黒髭殿の言いたかった事が、分かった気がします……)

 

「あの、アーチャーさん? お昼ご飯は別に作らなくてもお母さんの作り置きが……」

 

「駄目です! 今日は私がマスターのためにお作りします。して見せます!

 私が、絶対にマスターを元気に――!」

 

「……べ、紅先生……助けて下さい……!」

 




真名は伏せました。一応ですが。

新しいサーヴァントや今年の水着イベントで盛り上がる事間違いなしのFGOに負けない様、気合を入れて書きたいと思います。(早く出来るとは言ってない)

次回はハーメルンでの3番目の当選者、ジュピターさんです。

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