ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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長らくお待たせ致しました。

ヤンデレ・シャトー再開です!
まだ更新は不安定ですが、今までの様に2週間に一度の投稿や何かにつけて記念企画をしていけたらなと思っています。よろしくお願いします。


ヤンデレと生と死

 

 

「……あら、漸く起きました? マスター」

「ん……?」

 

 起きて直ぐに、彼女の声で聞こえる。

 目覚めたばかりの聴覚に、お腹に優しそうなコーンスープの匂いが届いた。

 

「おはようございます」

「おはよう……」

 

 目を擦って挨拶を返す。鼻はともかく、まだまだ眠気は頭に残っている。

 

「もう少しで朝食が出来るから、先に顔でも洗ってて」

「うん……そうするよ」

 

 眩しい太陽の光で迎える朝。狭いけど起きてすぐにマルタの声と姿が見えるアパートの一室……これが俺の日常の始まりだ。

 

 

 

(んな訳あるかー!!)

 

 思わずトイレの壁に頭を打った。それ程までに取り乱してしまったのだ。

 

「まさか悪夢が始まっていきなり夫婦の朝とは……恐ろしいなヤンデレ・シャトー……」

 

 エドモンとの会話が無かったのもこの為の布石かと納得する。

 

 ライダークラスの聖女マルタは荒っぽい一面を持っているが基本的には大人しい聖女らしく振る舞う事に拘る英霊だ。

 歪んだ愛とは程遠い存在と言えるだろう。

 

(まあ、此処ではそんな事はお構いなしだろうけど)

 

 水を顔に流して漸く元の調子に戻ってきた感じがする。

 

 此処は愛憎が支配する恐怖の監獄塔ヤンデレ・シャトー。

 サーヴァントは全員ヤンデレと化して俺を時に捕まえ時に殺す。

 

(俺のすべき事はそのサーヴァント相手にどうにか生き延びる事。

 シャトー内のサーヴァントと遭遇すれば悪夢の時間は短縮されるが、他のサーヴァントとの接触はヤンデレサーヴァントの暴走を促す危険性がある。そして、俺だって心無い機械じゃない。出来る限り、ヤンデレ同士の殺し合いは避けたい)

 

 鏡の前の自分と一度目を合わせ、少し頷いてからタオルで顔を拭いた。

 

「よっし、行くか」

 

 覚悟を決めて、キッチンへと向かった…………向かった筈なのだが……

 

「何で水着!?」

「流石に料理中にこんな露出の多い格好な訳にはいかないでしょう?

 あんたがこれくらいじゃあ動揺しない事も知って――」

 

 ――動揺しない訳がなかった。

 ライダーではなく水着姿のルーラーだった事には驚きだが、それ以上にその姿が刺激的過ぎる。

 霊基は第二再臨のゴツくてかっこいいナックルが装備される前の、黒のビキニにジャージを羽織ってる姿。

 

 水着がしっかり全部見えるし、え……

…じゃなくて美しい!

 

「あれ……? もしかしてマスター、気にしてるの? 私の水着を?」

「い、いやいやいや、そんな事は……決して、なく……って……」

 

 否定しようにも余りに強く否定すれば彼女の怒りに触れてしまう事になる。

 そう考えて強く否定出来なかった……のだと思いたい。

 

 この違和感だらけの感情の正体を見つけようと、俺はマルタに関しての情報を頭の中から捻り出す。

 

(あ、思い出した! スキルだ! 天性の肉体が、ゲームの効果とは別に魅了効果もあった筈だ!)

 

「【】!」

 

 発動させた魔術によって何となく、自分の中で脚色されていたマルタの美しさが消えていった気がする。動揺も薄まった。

 

「……もう大丈夫みたいね」

「まあ、マルタが綺麗な事には変わりないんだけど……」

 

 照れくさいセリフだが、魅了が切れて少し影が差した彼女の機嫌を持ち直す。

 

「そう……ありがとう。

 さあ、朝食を食べましょう。冷めてしまうわ」

 

「うん、頂きます」

 

(流石に薬が盛られていない筈……調停者(ルーラー)だし正々堂々素手で闘う聖女様である以上、そんな小細工はしないだろう)

 

 そう思いながら普段より動きの遅いスプーンで食べ物を口に運んだ。

 

 美味しい。聖杖を受け取る前の姿である今のマルタは町娘時代の側面が強く、料理も上手い。

 いや、ライダーの時の彼女の手料理を食べていないので比べる事は出来ないが。

 

「美味しい」

「口に合ったなら良かったわ。

 所で、あのサムライなんだけど――」

 

 そして料理を食べながら始まるマルタの愚痴。

 

「――それを見た作家共が――」

 

 その話に相槌を打ちながらも、聞いててどんどん不安になった。

 

「――何んなのあれ!? 巫山戯るにも程があるわよ! マスターもそう思うでしょう!」

 

(あれ……? やっぱりおかしい……)

 

 ライダーの時とは違い、聖女よりも町娘の気質が強く出ている今の彼女の口調が、聖女らしからぬ乱暴な物になるのは当然知っている。

 しかし、大体何処かで訂正したり、通常時は丁寧に喋る様に努めようとするはずだ。

 

(なのに、ここまでずっと素の状態……)

 

「――っと、話し過ぎたわね。食器は私が洗うわ。マスターは寛いで楽にしてて」

 

 そう言うと足早に台所へと向かった。

 そろそろ脱出するなりして、他のサーヴァントに会って時間の短縮を狙いたいが……よりによって、台所が玄関への通り道で、マルタがそこを陣取っている間は塞がっているも同然だ。

 

(しかも台所から玄関まで何もないから、適当な言い訳をする事も出来ない……外に行くと正直に伝えるべきか?)

 

「あの、マルタ」

「何、マスター?」

 

「ちょっと気分転換に外に――」

 

 ――予想通りの右ストレートだ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

「あら……正々堂々浮気宣言なんて……勇ましいわね、マスター?」

 

 まあ、顔の横を通過するまで何も見えなかった上に拳圧が強過ぎて目を閉じてたので終始視界に収められる筈も無かったわけだが。

 

「あのね、何の為に私が此処にいると思ってる訳? 普段この悪夢で心身共にボロボロになってるアンタを護る為よ! 

 私は聖女マルタ! 愛欲なんかに負けないし、マスターを傷付けたりもしないわ!」

 

 なるほど……所で。

 

「今の右ストレートは――」

「当ててないからノーカンよ!」

 

 とにかく、彼女の目的は理解した。

 だけどヤンデレ・シャトーで病まなかったサーヴァントは1騎として存在しない。

 

 ソファーに座って大人しくしていよう。

 

「部屋の形は自由に変えられるって聞いたけど」

 

 ビクリと体が跳ねた。今の声はマルタの物でもなければ俺の声でもない。

 

「聖女さんのお部屋がニッポンのアパートって意外だなぁ」

 

 突然耳元に囁かれ、その小さな姿を見た瞬間に心臓を掴まれた様に恐怖した。

 

「マスターさん、好かれてる――」

 

 俺は慌てて自分と幼い彼女の口を塞いだ。

 その時、少し音が響いた。

 

「……マスター? どうかしたのかしら?」

「何でもないよ……蚊がいたから叩いただけ」

「そう……虫除け、しないとね」

 

 俺は視線を隣の少女に戻した。

 

『あーあー……聞こえる、マスター? 念話よ』

『シトナイ! いつの間に此処に……』

 

 俺の目の前に唐突に現れた白い髪に青い瞳の少女はアルターエゴ、三柱の女神が複合され、依代であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの体で顕現したサーヴァント。

 真名は女神達の中でもその姿に顕著に表れているであるシトナイで固定している。

 

『私が姿を消せる魔術を持っているの、知っているでしょう? 今2人がお話している間にこっそり入ってきたわ』

『でも、さっさと出ていった方が良いぞ。あの聖女様が相手じゃあ……』

 

『むぅ、これでも私、ハイ・サーヴァントなんだけど』

『だからだよ。

 マルタには悪霊や悪魔以外に神性持ちへの特攻があるから、シトナイじゃ分が悪いぞ?』

 

『あー……うん、あの人の拳骨、痛そう』

 

「お待たせ」

 

 マルタがこっちにやって来る。同時に、シトナイは姿をスッと消した。

 

「……っはぁ!」

 

 瞬間、マルタの拳が俺の横、シトナイの居た場所へと放たれたが空を裂くのに終わったらしい。

 

「……マスター、匿っていないわよね?」

『い、今のは危なかったわ……! アレに当たっていたらたんこぶじゃ済まなかったわよ!?』

 

「いや……消えたみたいで――」

「――な・ん・で! 私にすぐに言わなかったのかしら!? 私が護るって言ったでしょう!?」

 

 鬼の形相で迫る彼女の迫力に言葉を失う。

 

『……歪んだ愛、なんて聞いていたけどやっぱりそんな事無いわね。私もその人も普段通りな気がするわ』

 

 シトナイの言葉に俺は辟易とした。

 

(めっちゃ毒されてる……透明になってまで不法侵入したり、その気配を感知して一撃必殺の拳を放つ奴が普段通りな訳あるか)

 

「次こそ、姿を見せたら教えなさい! 何か喋る前に叩き潰してやるわ! 勿論、今から時間まで私が護衛します!」

「は、はい……」

 

 言われるがままに頷いた。彼女は俺の右隣に座ると手を握って何か唱え始めた。

 教会で神父がするような祈りだと思う。

 

「――」

「……」

 

 彼女なりに俺の身を案じての行動なんだろう。だが、同じ部屋に姿を消して隠れているシトナイが大人しくしている筈もない。

 

『つまんなーい』

 

「っ!?」

 

 見えないひんやりとした何か――シトナイに左手を掴まれた。

 

 マルタに気付かれない様に体の動きはなんとか制止出来たが、視覚できないせいか指の触覚は彼女の動きをいつも以上に深く正確に脳へと送ってくる。

 

 お互いの指の先端が触れ合うと、彼女は指を左右に動かし俺の指の先を擦る。

 

『ふふふふふ、くすぐったい?』

『シトナイ、ちょっとバレると不味いんだけど』

『……ふーん』

『いや、ふーんじゃなくて……』

 

 しかしシトナイの動きは止まらず、先端の更に奥へと動きを進め中指を中心とした小さな3本が指の間へ入り、横からなぞる動きを繰り返している。

 

「――――」

 

 マルタは真剣に祈りを続けているのでそんな俺達に気付かない。

 

『ねえ、これってまるでイケない事してるみたいだね?』

『なあ、俺で遊ぶのは止めにしてくれないか?』

 

『ひどいなぁ……私はこれっぽちもマスターで遊んでないよ?』

 

 指は新しい動きをしようとしている様だがそうはさせるかとシトナイの指を指の間でしっかり挟んだ。

 

『これ以上はしゃがないでくれよ……』

『あははは、マスターさん、私と恋人つなぎがしたかったの?』

 

 言われて見れば、確かに似た形になってしまっているがそんなつもりは微塵もない。

 

『そうだよ』

『……へぇ、そうなんだぁ』

 

「――っ! 気配!」

 

 マルタが突然顔を上げ、辺りを見渡す。俺の手を掴んだまま感じた者を探すが見つからず警戒の色を強める。

 

 そして俺はその正体を知り、嫌な汗が流れる。

 

『な、何をして――』

『大丈夫よ。指の透明化を解除しただけじゃ分からないわ』 

 

 視覚化された小さな指に動揺しつつも、マルタへと視界を戻す。

 

「しっかり握ってなさい。次に現れたらぶっ飛ばしてやるわ!」

 

『ふふふ、此処にいるわよ? やっぱり見えないし感じないみたいね』

 

 シトナイは指で俺の関節をゆっくりと擦り始めた。

 

『大丈夫よ? 彼女にはバレないわ――っ!?』

 

 シトナイの指は突然消えた。いや、シトナイが俺から離れたと言うべきか。

 それとほぼ同時に彼女がいた筈の空間にマルタの拳が突き出されている。

 

「漸く見つけたわよ……! 観念なさい!」

「こ、子供相手に容赦ないわねっ、お腹に掠ったじゃない……!」

 

 姿を表したシトナイ。マルタは腕を鳴らしている。

 

「私と握手していたマスターが手に変に力を入れていたから殴ったのよ。手こずらせてくれた分、女神だろうとしっかり殴らせてもらうわ!」

「女神のモノに手を出したら氷漬けになるってその信仰心に刻み込んであげる……!」

 

(やばっ! ハイサーヴァントであるシトナイと加減を知らない水着マルタが戦うにはこのアパートの一室じゃあ狭すぎる!)

 

「っいくわよ!」

「えーい!」

 

「ちょっと待――」

 

 俺の制止は間に合わず、マルタの拳とシトナイの氷柱がぶつかり合う。

 やはり聖女の拳は凄まじく、込められていた神性も相まって氷柱を苦もなく粉砕した。

 

 しかし、やはり場所が狭すぎる。

 

「――っぁが!?」

 

 砕けた氷はパンチの勢いを受けて加速し、多少距離があったとはいえ2人の中間にいた俺へと襲いかかった。

 

「ま、マスター!?」

「マスターさん!」

 

 回避など不可能だった。

 

(……捕まるとか、監禁とか無しに……戦闘に、巻き込まれて死ぬ……?)

 

(そんな……バカ、な……)

 

 

 

 

 

 

「マスター、大変でちたね。今はへんてこな塔の中に建っていまちゅが、閻魔亭出張店、ご主人に精一杯のおもてなしをするでち!」

 

 鋭利な氷柱に貫かれ、死んだ筈の俺は目が覚めると下切り雀の紅閻魔が取り締まる宿、閻魔亭にいた。

 

 割烹着姿で出迎えた赤毛の少女こそ閻魔亭の女将なのだが……

 

「近い近い近い」

「そうでちか?」

 

 お客と女将が机を挟んで――ではなく、俺の手を握って横に立ちながら対応するのはおかしい筈だが、彼女は嬉しそうで何の疑問も持っていない様だ。

 

 へんてこな塔の中と言っていたし、やはりこれも悪夢の中という事だろう。

 

「現在、何故か閻魔亭は2つしか客間が使えないでち。しかも、隣の部屋には既に3名のお客様がいるのでち。もし良からぬちょっかいをかけられたらあちきに言ってもらえれば対応するでち」

 

「分かったよ」

 

 3名……と言われて真っ先に彼女の料理教室を受講した3名が浮かび上がった。

 

(だけど、基本的に召喚していないサーヴァントは呼ばれない……インフェルノとキャスターの方は召喚してないからいないと思うが……)

 

 取り敢えず、いつの間にか持っていた俺の荷物を部屋に置いておこうか。

 

「マスター! やっと来たね!」

「こんにちわ、マスター」

「ごきげんよう、マスター」

 

「うぉっ!?」

 

 襖を開こうとした瞬間、隣の部屋から一斉に声が掛かって驚いた。

 

「あはは、やっぱり驚いた!」

 

 羽の形をしたピンク色の髪の娘が俺を見て笑うが、他の2人は済まなそうな顔を浮かべている。

 

「すみません、マスター。私達はただ挨拶をしようとしたのですが……」

「ヒルド、謝りなさい」

 

「ごめんなさい、マスター」

 

「いや、別に問題ないが……」

 

 3名ってワルキューレ達だったのか……

 

 ランサークラスの彼女達は本来は1人のみを運用、使役し霊基再臨に合わせて代替召喚される特殊なサーヴァントだ。

 

 白いフードで黒髪を隠している大人しめなオルトリンデが一番下の妹の様で、その上が明るく活発的なヒルド、2人の姉が長い金髪と羽を持つ落ち着きのあるスルーズとなっている。

 

(宝具を開放すればもっと増えるから誰が本当の長女かは分からないけど)

 

「マスターが此処に来られたと言う事は、遂にお亡くなりになったのですね」

「っ! では、この宿を出たら……!」

「ヴァルハラに1名様ごあんなーい! かな?」

 

「え? 俺本当に死んだの?」

 

 流石に夢の中だけ……だよな?

 

「いえ、どうもこの塔の中だとヴァルハラにはお連れできませんね」

 

 スルーズの一言にホッとした。

 逆にヒルドは慌て始める。

 

「えぇぇ……じゃあどうするの?」

「いえ、ヴァルハラにお連れする方法が1つだけあります! マスター!」

 

「え、何?」

 

 大人しい筈のオルトリンデが俺の名を呼んでグッと俺の手を掴み、部屋の中から俺を引っ張り出した。

 

「私達のいる所こそ、ヴァルハラです!」

「おー、オルトリンデやるぅ! いつになく大胆だね!」

「ですが一理ありますね。では、私達の客間に――」

 

 ――スルーズの槍が俺を引っ張るオルトリンデの腕を庇ったのは刃が振り下ろされるのと殆ど同時だった。

 

「……お客様、他のお客様の誘拐はご遠慮下さい。

 あちきの目が黒いうちはご主人を好き勝手出来ると思わない事でち」

 

 そう言って刃を収めた紅閻魔は襖を開いて俺を客間へと手招きした。

 

「どうぞゆっくり休むでち。心配しなくても、ご主人はその内ちゃんと現世に帰れるでち」

「そっか……うん、しっかり休むよ」

 

(休める……のかは正直分からないが、ずっと腹に氷柱が刺さった痛みに苦しみながら朝を待つ事にならずに済んだって思っておこう……)

 

 俺は取り敢えずこれ以上何も考えたくなかったので、客間の畳へと倒れ込んだ。

 

 まだ状況は分からないが普段のシャトーと違ってヤンデレサーヴァントの方から無理矢理迫られないみたいだし――

 

「――失礼するでち。お菓子とお茶でち」

 

 持って来こられたお茶とお菓子をお頬張る。ああ、やっぱり迫られないのは――

 

「――また失礼するでち。血で濡れていたお洋服、洗濯しまちたのでお受け取りくださいでち」

 

 先まで使っていた礼装も無事帰ってきた。1人部屋で寛いで過ごせ――

 

「――またまた失礼するでち。閻魔亭特製羽根布団が出来まちたのでお取り替えを――」

「――短い! 感覚が、短い!」

 

「ほえ?」

 

 可愛い声で戸惑っているが、流石に5分で3回も客間の襖を叩く宿とかあり得ないだろ。

 

「それに、布団はお客様が来る前に用意して置く物じゃないの?」

「それはごもっともでち……でも、あちきの羽で羽根布団を完成させるのには流石に時間がいりまちた。

 それに先程から押し入れに奇妙な匂いの布団が入れられてるので纏めて回収するでち」

 

「それは私達の羽根で作った寝具です。マスター、どうぞお使い下さい」

 

 襖を開けてスルーズが説明するがそんな物を使うのは流石に気が引ける。

 

「勿論、この羽根布団も使わない!」

「そ、そんなー!?

 で、でちがご主人の布団はこれしかないでち……床に眠って頂く訳にはいかないでちし……あ、あちきの部屋で、寝るでちか?」

 

 何を言っているんだこの雀娘は。

 

「それならば私達の部屋で寝ようよ! 普通の布団もあるし」

「いや、普通のを俺の部屋に持ってくればいいだろ?」

 

 俺の言葉にヒルドは固まる。

 しかし、オルトリンデが代わりに前に出た。

 

「選んで下さいマスター。

 私達と一緒にいたい羽根布団で寝るか、不眠のルーンが刻まれた布団で寝ますか?」

 

 脅し……! この娘全然大人しくない……!

 しかも添い寝が条件に追加されてる。

 

「仕方ないでち。あちきの部屋で寝るか、この客間でこの布団であちきと寝るかお選び下さいでち」

 

 選択の余地が無い。

 選ぶ事が出来ない俺は逃げる事を選んだ。

 

「ちょっとお風呂行ってきます!」

 

 礼装のスキルで部屋から退散した俺は温泉へと直行した。

 

 マナーよりも命が大切なので入浴は水着でする事にした。

 だったら温泉なんて逃げ道の少ない地獄には行くべきでは無いのだろうが、そこは日本人の性だ。宿に来たら湯に浸かりたい。

 

「……ヤンデレ・シャトーに変わりなし……って事だよなぁ」

 

 温泉は当然の如く混浴だ。すぐに出ないと本当にまた死ぬかもしれない。

 

「……でも気持ちいいんだよなぁ…………」

 

 肩まで浸かれば警戒心も緩まってしまう。ああ、もう少しゆっくりして行こう。

 

「……はぁ……」

 

「マスター、見つけた!」

 

 ピンク色の元気っ娘ヒルドに見つかった瞬間、体を包む熱も忘れて立ち上がった。

 

(よし、出よう)

 

「まぁまぁ、そんなに急がないでよ。

 大丈夫だよ。女将さんに水着は着ないと駄目って言われてるから」

 

 そう言ったヒルドは確かにスクール水着を着ているが、それが俺の身を守ってくれる事が無いので逃亡を続行する。

 

「それにね、今オルトリンデとスルーズも君を探しててね、同調すれば2人もここに来るんだけど……良いのかな?」

 

 確かワルキューレの同調はお互いに出来る筈……ヒルドの要求を受け入れても3人に囲まれない保証は――

 

「もう、話くらい聞いてくれても良いでしょ? えいっ!」

「あ――ぶぁっ!?」

 

 湯船から出ようする俺の前に立ったヒルドは小指で顔を小突いたせいで湯水の中へと倒れた。

 

「――あっぶな! あー、鼻に水が……」

「私の言う事聞いてくれないからでしょう? せっかく2人っきりになったんだし、一緒に入ろう、ね?」

 

 背中に抱きつかれ身動きの取れなくなった俺は仕方なく、降参の意味も込めて溜め息を吐いた。

 

「うんうん、賢明なマスターだね!」

 

(皮肉かこの野郎)

 

「マスターの国の文化なんだよね、このオンセンって」

「そうだけど」

「じゃあ、ヴァルハラにもオンセンを作ったらマスターの魂もきっと来てくれるよね?」

 

 そう言いながら心臓の位置に右手を伸ばすな、背筋が凍る。

 

「そもそも……日本人なら死後は天国か地獄、もしくは異世界転生って大昔から決まってるんだ。ヴァルハラには行かない」

「異世界転生……? ああ、図書館で読んだ事あるよ! 可愛い女の子が表紙の! それなら私も着いて行くね!」

 

(いや、来るなよ)

 

 ヒルドの左手が俺の右肩を掴んだまま右手は心臓の上をなぞり続けている。

 

「私達はね、勇士の魂を導くワルキューレだから……

 マスターの命が宿っている所に手を置いていると、すっごく気持ちが良いんだ……」

 

 怖い怖い怖い!

 満足そうに笑いながら人の命をなぞる彼女の行動にそろそろ本気で逃げたくなってきた。

 

(この際、令呪を使って……って、令呪がない!? 死んでるからか!?)

 

「あ、もしかして令呪が無い事に今気が付いたの?」

 

 首筋に顔を近付けてくる…………これはもう万事休すか?

 

「――いました!」

「――ヒルド、マスター!」

 

 殆ど同時にワルキューレ姉妹2人が温泉の水を全て吹き飛ばす勢いで急降下して来た。

 

「おわぁ――っう!!」

 

 その勢いで温泉の外へと叩きつけられた俺は意識を失った。

 

 

 

「…………」

 

 悪夢の中で死に、死の世界の中で気絶する……中々体験出来ない出来事だが、流石に体が痛すぎるのでそろそろ自重して頂きたい。

 

 客間へ連れて来られ、薬を塗られた俺は紅閻魔の羽根布団に寝かされている。

 

「――ご主人の命を危険に晒して置いて従者を名乗るとは片腹痛いでち!

 その舌、お客でなければあちきが切り落としていたでち!」

 

 何やら紅閻魔の怒鳴り声が聞こえてきた。隣の部屋で3人を説教している様だ。

 

「――でちが、謝る機会を失ってしまうのはお前さん達に罰としては酷な事でち。

 ご主人もそろそろ目を覚ますでち。赦してもらえなくても、しっかりと詫びるでち」

 

 暫くして襖を開けてオルトリンデとスルーズの2人が入ってきた。

 

「失礼します」

「マスター、目が覚めましたか」

 

「あぁ……」

 

 正直、訳もわからず吹き飛ばされたから怒りも何も無いが、取り敢えず2人にはヒルドも含めて客間に進入禁止だと言って帰らせた。

 

「あの3人には良い薬でち」

「……あの、別に1人でも動けるし手伝って貰う必要は無いけど……」

 

「怪我人のマスターが何を言うでち。普段の不摂生も含めて、あちきが面倒を見るでち」

 

 紅閻魔は布団から俺を立たせまいと料理を運び、湿布の交換も行った。

 

「それにしても、天使の様な見た目に反してあの3人は色々と暴走しがちでち。

 決して簡単に許さないであげてほしいでち」

 

「はぁ……」

 

「……聞いているでちか? ……どうやら、お耳のお掃除も必要でちね」

「いや、要らな――」

 

 ――目に見えぬ速さで振られた刀で、俺の前髪が切り揃えられた。

 

「髪もちゃんと切るべきでち。

 ……お耳掃除をしまちから、お膝に頭を置くでち」

 

 その剣速に脅され、俺は口を塞いだ。

 

 幼い女将に膝枕をされながら、ゴシゴシと耳かきをされる。

 

「……やっぱり汚いでち……現代には1人で掃除出来る道具があると教えられまちたが、ご主人は使っていないでちか?」

 

「あはは……そんなに頻繁には……」

 

 耳の近くでされる説教が痛い。

 

「ちゃんとするでち。

 でも、出来ないならまた次も、あちきが綺麗にするでち」

 

(するでちぃ……)

 

 ……? あれ……紅閻魔の声が、響いて聞こえる……?

 

『ん……あ……く、くすっぐたいぃ……』

『耳の、中……弄られて……!』

『ま、マスターはあの少女と何を……!?』

 

 頭の中で、ワルキューレ3人の声が響いてきた

 

『み、耳の掃除……だってぇ……!』

『何か……固い物が擦って……』

『んんっ……こ、こんなに感覚が……敏感なんて……!』

 

 妙にエロい……どうやら俺の感覚を共有している様だ。

 

 ワルキューレに達にとって耳掃除なんて未知の体験だったのだろう。だとしても聞こえてくる声が卑猥過ぎる。

 

「……どうしたでちかマスター?」

「な、なんでもない……」

 

「そうでちか? あまり震えると危ないので、大人しくして欲しいでち」

 

『うぅ、息吹きかけないでぇ!』

 

「……善処する」

 

 

 

 

 

「………あ、れ?」

 

「マスター!? 良かった、目が覚めたのね!」

 

 そこは布団でなくソファーの上で、客まではなく一般的なアパートの一室だった。

 

(あ、そうか……生き返ったって事か)

 

 声を掛けてきたマルタを見て、閻魔亭から帰ってきたと理解した。

 

「中々起きないから、心配……して……!」

 

 泣き出した。あの鉄拳の聖女が。

 

「お、おい……」

「みっともない……なんて言えないわね」

 

 別のソファーからシトナイの声がした。

 彼女は眠そうに目を擦っている。

 

「私達の喧嘩に巻き込んでマスターを殺しかけただなんて、笑えないもの」

 

 腹の傷は跡も残っておらず、少々冷たさを感じるだけだ。

 

「……痛みは無いかしら……? 何か食べる? 何か血を補充出来る物……レバーとか?」

「いや、ご飯は良いよ……腹は減ってないし」

 

 閻魔亭で食べたからだろう。腹一杯なままなのは気に掛かるが……

 

「そう……良かった」

「泣くくらいだったら、次からは巻き込まない様に気を付けてくれよ」

 

 俺のその言葉にマルタは涙を拭った。

 

「ええ、そうね……もう、しないわ」

「所で、先からジャラジャラ聞こえて来るんだが……マルタ?」

 

 彼女が動く度に鳴る金属音について聞くと、彼女は立ち上がった。

 

「……過ちは繰り返さないわ」

「え……?」

 

 髪とジャージに隠れて見えなかったが、彼女の首と足には枷が付けられていた。

 今座っているソファーから離れてしまえば彼女の腕の届かない場所まで行けるだろう。

 

「私は何もしてないわ。彼女が勝手に自分を縛っただけ」

 

「本当は手を切断したいと思ったのだけど、それではマスターの役に立てなくなるから……でも、縛りたかったら何時でもどうぞ」

 

 手錠まで用意していた。

 目を逸らして、先から一向に動かないシトナイの方を見た。

 

 そこにはソファーに体を巻き付けたまま横たわるシトナイがいた。

 

「……シトナイも?」

「ええ、ちょっとキツイけど……! でも、これは罰の為じゃないわ」

 

 ずっと感情の無い声で喋っている彼女だが、体は鎖を破ろうと力を込めたり硬直したりを繰り返している。

 

「今、私の中の3柱の女神が貴女を物にしようと躍起になってるの」

 

 その言葉を証明する様に、彼女の服や体が僅かな間に変色や変形を繰り返している。

 

「甘くみていたけど……この塔の中に私が長くいると私自身の存在も危ういわ」

 

 青い瞳が赤く、白の髪が金色に変わったが、元に戻っては別の色に変わる。

 

「人格維持の為に感情凍結のスキルを使ってるけど……そろそろ退場しないと不味そうね」

 

 シトナイはそう言うと体から光の粒子を出し始めた。

 

「バイバイ、またお会いしましょう」

 

 シトナイが消えた――それは同時に、聖女マルタと2人だけになってしまったと言う事だ。

 

 

「……どうか……お許しを……」

「…………」

 

「……主よ……」

 

「…………」

 

 俺の殺し掛けた事を懺悔し続けていたマルタは、こちらを見ずに唐突に声を掛けてきた。

 

「……ねぇ、マスター……」

「ん?」

 

「私、1つだけ忘れられない事があるわ。

 初めてこの悪夢の中で貴方に会った時の事よ」

「? 初めてって?」

 

 ルーラークラスのマルタと出会ったのは今回が最初だと思うが……ライダーの時か?

 

「貴方は覚えてないわよね。多分忘れてしまったから」

 

 こちらに近づくが足枷が伸び切って届かない。

 

「忘れた……?」

「ええ。とても背徳的で聖女の行いでもなければマルタらしくない……滅亡の時まで全てを捨ててまで依存して舐め回したあの……甘ーい一時」

 

 話せば話すだけ俺の頭は疑問を浮かべ、彼女は徐々に聖女らしからぬ妖艶な雰囲気を醸し出していく。

 

「……ねぇ、もう一度堕ちてみたいのだけど……マスターは赦してくれますか?」

「ほ、本当になんの事だが分からないんだが……?」

 

 その雰囲気に飲まれたくない俺は後退った。

 その俺へと近付こうとするマルタは振り返って鎖を見た。

 

「……今日は、諦めます。

 でもまた今度会う時はオルレアンの続き……楽しみにしています」

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

「……ああ、よく寝た……もう11時か」

 

 やたら長い時間を悪夢で過ごしたと思ったら、休日だからと寝過ぎてしまった様だ。

 

「……まあ、たまにはこんな日もあるか」

 

 ベットから出ずにFGOを開いた。今日も適当にプレイしてから置こう。

 

「…………」

 

 召喚の画面の前で指が止まった。

 

 これ以上シャトーにヤンデレ増やすのは流石に駄目だろ。

 引かなきゃ増えないんだから。

 育成間に合ってないだろ。

 次のイベントまで待てば――

 

「――10連召喚、っと」

 

 結局引く。

 悪夢程度で俺の楽しみを止められてたまるか。

 

 





今回は長くなりましたがストックはありません。

これからまた自分が引けたサーヴァントの話を書いていきます。
引けてないサーヴァントも度々書きますので、感想欄でのリクエスト等はお控え下さい。

え? キングプ……? 知らない娘ですね。

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