「海を眺めて楽しいか、男子」
「え、あ、千冬さ──」
ばちこーん。頭が思いっきり揺れるでこぴんである。首がくっそ痛い。ちくしょう。
「織斑先生だ、馬鹿者」
「お、織斑、先生……」
「よろしい」
俺の体はよろしく無いです。そう抗議の視線を向けてみたのだが、直後に威圧眼力で返されたので正直にさっと目をそらす。強い者に逆らわない。これ自然界で生き延びるための常識。弱い俺は極力織斑先生に逆らわないのだ。楯突いた者の末路なんて想像したくもない。
「しかしお前が独りとは珍しい。あいつらに置いて行かれでもしたか?」
「いや、自分の意思っすよ。身体能力の差が激しすぎるんで」
「そうか。ちなみに泳げない、なんてことは無いだろうな」
「大丈夫っす。平均レベルはあるんで」
器用貧乏というまでは行かないが大抵のことをこなせてちょっとだけ器用に見えるも実に平凡な雑魚転生者がいるらしいですよ。誰のことだ全く。そんな低スペックにも程がある転生者とか本当に転生した意味あるのか。それともなんか凄いチートでも持ってんの? え? 持ってない? どころか転生特典すらない? もう駄目じゃねえかそいつ。なんか泣けてくるわ。号泣。
「それよりもだ、蒼。一夏の水着はきちんと褒めたか?」
「え、そりゃあ褒めましたけど……千冬さん?」
「適当に済ませてないだろうな?」
「えっと、真面目に褒めたらちょっと気まずい雰囲気に……」
切り替えはえーよ。さっきまで先生だった人にどうやって身内対応しろと言うのか。うん。まぁ特に接し方は変わらないし別に良いんだけどね。こっちの千冬さんはちょっと緩めですしおすし。
「良くやったじゃないか。一年前と比べれば随分な進歩だと思うが?」
「まぁ……確かにそうっすけど」
本当に大した進歩じゃね? 女子とまともに会話すら出来なかったヘタレが水着を褒めるまでに至ったんですよ。凄くね? 俺めっちゃ成長してる。もう幼虫から蛹を通り越して成虫にまでなっちゃってるレベル。このまま行けば一年後に完治している可能性が微レ存。結局微粒子レベルなのかよ……。
「……つーか、千冬さんも独りじゃないっすか。山田先生も居ないですし」
「山田先生ならあそこだ。生徒に囲まれているのが見えるだろう」
「あぁ、アレなんすか……」
「あぁ、アレだ」
もしかしてセクハラなんじゃないかと思う光景が遠くに見える。仕方無いね。山田先生の身体は実にドエロチックだからね。当の本人はおっぱいをもみもみ、お尻をもみもみされて涙目のご様子。女子の好奇心がしゅごいのぉぉお! ご愁傷さまです。あとご馳走さまです。
「まぁ、水着だから仕方無いっすね」
「あぁ、仕方無いな」
「千冬さんも十分あれですけど」
「そういうのは一夏に言ってやれ」
そうします。しかし正直なところ眼福すぎてヤバイ。山田先生はただでさえスッゴイ身体が余計に強調されてもう遠目からじゃないと直視できない。水着が良くお似合いです。あと素晴らしい形と大きさですね。ベリーナイスおっぱい。千冬さんは一夏と違った大人の女性の雰囲気というか、独特の色っぽさというか、別の方向で魅力的なのだ。そうだね! やっぱりちーちゃんがナンバーワン! ……はっ!? お、俺は何を(混乱)。
「それと、もう昼食だ。暇なら先に行っていろ。あいつらには私が伝えておく」
「おぉ、あざっす。じゃあ遠慮なく」
「──あぁ、待て。もう一つあった」
「?」
立ち上がって去ろうとしていたところへ待ったをかけられ振り向けば、すたすたと歩いてきた千冬さんが俺の右手を取り、何かをその上に乗せた。感触はまぁ……うん。なんだろうねコレ。スッと手が除けられて正体が顕になれば、ソレは──。
「ちょっ!? ち、千冬さんコレッ!?」
「お前たちに用意した部屋はな、場所の関係上あまり人が通らない。あとは……分かるな?」
「分かるかっ!! いやいやいや!
「そら、昼飯と言っただろう。さっさと行け」
「これが教師のするこげふぁっ!!」
後ろから蹴飛ばされて結局ソレを持ったまま昼食を食いに行くことに。うん。ポケットがあって良かった。尤も落としたら一巻の終わりだが。千冬さん、本気じゃありませんよね? 小粋なジョークですよね? 僕はそう信じてます。
◇◆◇
キング・クリムゾン。時間はあっという間に過ぎていき、現在は外も暗くなった七時半。俺たちはめちゃくちゃ広い大宴会場で夕食をとっていた。大広間三つ繋げたらそりゃこんなに広いワケですよ。
「昼も夜も刺身が出るなんて豪勢だね」
「だな。流石はIS学園」
「そうだね。ほんと、IS学園って羽振りがいいよ」
一夏の言葉に俺とシャルロットが同意する。席順は両手に花と言いたいが言えないと言えば分かってもらえるだろうか。日本のお刺身は美味しいデース! 日本人からしたら当たり前でも生魚を食べるのって外国じゃ信じられないんだっけ? まぁそこら辺はどうでもいい。弾に彼女が出来ないことくらいどうでもいい。今は食事に集中である。
「うん、美味しい。しかもこのわさび、本わさじゃないの? 凄いなぁ……」
「本わさ?」
「あぁ、シャルロットは知らないっけ。本物のわさびをおろしたものを本わさって言うんだ」
凄いよなぁ、臨海学校。修学旅行じゃないのかって思うほど豪華な食卓だ。いや、今時大きな学校でもなければこんなモノ修学旅行でさえ食べられないか。とにかくIS学園ってスゲー。あと一夏のわさび好きもスゲー。やっぱりちょっとしたお年寄りっぽさは相変わらずである。わさび、美味しいけどね。
「はむっ。……~~~~~~ッ!!」
あ、こんな展開あったな。正直忘れてました。ごめんなシャルロット。わさびの山を食べるのはちょっとヤバイですって。
「だ、大丈夫?」
「だ、だいじょう、ぶ……」
「ほい、水」
「あ、ありがと、あお」
ぱしっと受け取ったコップを素早く口に持っていき、シャルロットはぐいっと一気に飲み干す。
「……ふぅ、うん。風味があっていいね……おいしいよ?」
「無理しない方が良いっすよ」
「あ、あはは……」
ちなみにもうお分かりというかなんというか、一夏がこれだけわさび好きなので勿論食卓にわさびが出ることもありまして。つっても前世の頃から食べられていたので無問題というやつです。デスソースに比べればまだ大丈夫なんじゃね?
「蒼は、わさび大丈夫なんだね」
「そりゃあまぁ。……一応こいつの彼氏ですし?」
「……頑張ったの?」
「いや、元から食べられた」
「そうなんだ……」
わさび茶漬けとか美味しいよね。
「蒼が苦手なのはアレくらいだよね」
「? アレ?」
「菌糸類ってなんなの? 食べなきゃ駄目なの?」
「椎茸」
「へぇー、椎茸かぁ……」
意外そうな目でこちらを見てくるシャルロット。俺だって好き嫌いはありますって。特に椎茸。てめーは駄目だ。以前一夏をちょっと怒らせた時に夕飯が椎茸三昧であの時は死ぬかと思った。ええ、全部残さず完食しましたよ。以後三ヶ月は椎茸と聞くと体が震える症状が出ておりました。
「一夏は蒼のことよく知ってるね」
「そりゃあ、ね。一応これの彼女ですし」
「おい。これとか言うなよ」
「二人とも似た者同士だなぁ」
にこにこと微笑むシャルロットは実にほんわかとしていた事をここに記しておく。余談だが昼に渡されたアレは(バレるとヤバイので)厳重に保管してある。別に使う予定があるからとかじゃないからね。違うからね。
二人が一歩前進するためのアイテム①
『姉から受け取った不思議な形のゴム』×1
保持者:植里 蒼