「……ふぅ」
心を落ち着かせる。ただひたすらその行為を繰り返していた。そうでなければ自分の何かが砕け散り、二度と集められないような気がした。綺麗な砂浜。見渡す限りの海。思わず賢者モードに入ってしまいそうな環境は整っている。いや、それだけでは足りない。最も重要なモノをひとつ忘れていた。即ち──『水着』である。
「植里くーん、そんな所に座って何してるの?」
「彼女が来るの待ってるんすよ」
「そっかー。あ、眼鏡外さないの?」
「いや、泳ぐときには外すんで」
もう一度そっかーと答えてクラスメートである女子(名前は忘れた)は去っていく。仕方無いね。基本関わらないから名前を覚えられないんだ。屑な俺を罵ってくれて構わない。さぁ! 鋭く、的確に、抉り込むように、開いた傷を穿るように、もっとだ、もっと痛めつけてくれ。その程度じゃあ満足できない。さぁ!! ドM怖い。
「だーれだ」
「おわっ」
突然真っ暗になったかと思えばそんな声が聞こえる。めっちゃビビったんすけど。もしもし? ぼくがヘタレチキンだという事を忘れてませんかね? うん。察して。はてさて問いの答えだが、先ず間違いなく俺の嫁です。俺の嫁です。大事なことなので何度でも言わせてもらう。俺の嫁です。声で判断可能。
「一夏だろ」
「正解」
言ってぱっと視界が明るくなる。眩しい。目が、目がぁぁぁああ!! 大佐はラピュタに帰って。しかしちょっとキツいのは変わらないのですっと目を細める。くるりと振り返ってみれば、先ず映ったのはにこにこと笑う一夏の顔。そこから目線を下に持っていけば──。
「どう?」
「……に、似合ってる」
「そっか。なら良かった」
「お、おう……」
一夏ヤバイ。引き締まった体つきと元からの白い肌に黒いソレを着ているものだから余計ソコに引き寄せられるというかなんというか。似合い具合を見るにやっぱ
「蒼」
「う、うん? どうした?」
「顔真っ赤」
「……仕方ねーだろ」
あーもう今日はいつもと比べて一段とあついですねこの野郎! ぱたぱたと手で自分の顔に風を送る。気休め程度にもならないが、何もせずに居るよりかは幾分もマシだ。ホントあっちぃ。もういっそのこと海に飛び込んで頭冷やしてこようか。と思ったけど泳いだら疲れそうなので却下。
「へー、そっかー、仕方ないのかー」
「……んだよ、そんなにこにこして」
「なんで仕方ないの?」
「それ聞いちゃうのかよ」
HAHAHA、ヘタレにその質問は殺しに来てるぜ? だが顔真っ赤にして黙るのもちょっと男の意地的にアレなので頑張ってあー、とかうー、と呟きながら言葉を探る。出来るだけ自然で尚且つこいつに一矢報いることの出来るような台詞。教えて
「だって、いや、お前スタイル良いじゃん」
「うんうん」
「……あと、可愛いし」
「っ。そ、そっ、かぁ……」
ぼそっと呟けば効果覿面だったようで。二人して顔をトマトみたいに真っ赤にしながら目をそらす。俺はぽりぽりと人差し指で頬をかき、対して一夏は先程の俺みたいにぱたぱたと手で扇いでいた。知ってるかい? 一夏に効果覿面だったのは事実だが、それを言った本人にも効果が返ってこないとは限らないんだぜ。つまりこっちも恥ずかしいんだよちくしょう。
「待たせたな一夏、蒼。……? 二人とも様子が」
「べ、別に何でもないから。ね? 蒼」
「お、おう。そうだな一夏」
「なら良いが」
救世主降臨キター! 砂を踏み締めながら参上したのは一夏のファースト幼馴染みである箒。流石は武道の心得を持つスポーツ少女と言ったところか。健康的な肉体が実に素晴らしい。白のビキニが似合ってます。小学校の頃に箒を馬鹿にしていた奴が現在の姿を見たらどうなることか。実に面白そうではあるが友人として薦めたくはない。トラウマを掘り返されるのは精神的にキツいと知ってますんで。
「久しぶりに泳ぐぞ、一夏」
「うん、良いよ。蒼はどうする?」
「待っとくわ。水泳能力はお察しだし」
「泳げるのだから来れば良いものを」
「箒や一夏とはレベルが違いますって」
カナヅチでは無いのだけれど、この二人相手に泳ぐとなれば話は別だ。所詮基礎体力・身体能力ともに一般人の域を出ない俺では厳しい。完全チート俺tueeeee無双系オリ主でも無いのだから当たり前。そもそも俺がそんな奴だったら前回までの事件を悉く綺麗に解決できていた。できてないからなぁ……。
「体力温存。これ大事。体を大切にだ」
「なにジジくさいこと言ってんのよ」
「いってぇ!?」
すぱこーんと頭を蹴られた。な、なんだ!? 敵襲か!? ええい! ものども! であえであえ! くるんとまたしても振り向けばそこには風に揺れるツインテール。まぁ、俺に対してこんなスキンシップを取るやつはお前くらいしかいないか。男子のノリだぞコレ。かなり手加減されてたけど。
「いきなり蹴んなよ、ビビるだろうが」
「ちょっと駄目ね。やっぱ蹴り心地はチワワが一番良い感じよ」
「弾ェ……」
わんと吠える奴の姿を幻視したがあまりにも惨めだったので即刻記憶から抹消する。五反田弾。奴の惨めさが見る影も無くすのはこの一年と少し後のことだったと彼の友人四人は語る。いや語んなよ。
「さって、あたしもちょっと泳いで来ますか」
「準備運動くらいして行けよ」
「あーはいはい。軽く済ませるわよ。軽く」
「ちゃっかりしとけや」
いくらそのオレンジと白のストライプが素敵だからって危ないのは許さないんだからねっ! どんなツンデレだっつーの。鈴はそれから少し、マジでほんの少し伸びとか体を曲げたりした後に直ぐ様海へ飛び込んだ。その間約十秒にも満たない。
「相変わらず過ぎる……」
「昔からああなのか?」
「だな。鈴は本当元気な奴で──」
よく振り回されたものだ。という言葉は出なかった。独り言の筈なのにどうして返答があるのだろう。あっれれー? おっかしいぞー? ぴたっと喋るのを止めてゆっくり顔を動かせば、隣にはさらさらと流れる銀髪。特徴的な眼帯。鍛えられてはいても少女らしさを残す身体。
「ラウラァ……」
「む。どうしたのだ蒼兄」
「いきなりでお兄ちゃんちょっとビックリしたよ……」
「それはすまなかった」
平然とした様子で謝られてもどう対応したら良いものか。まぁ良いんだけど。なんだかんだ蒼兄って呼ばれるのは悪くないし。うん。お兄ちゃんだったら複雑な気分全開だけどね!
「で、どうだ蒼兄。私の水着は」
「ん? あぁ、似合ってるよ」
「そうか。実を言うとシャルロットに選んでもらったのだ」
「へぇ。……その本人は?」
「もう少しすれば来ると思うが」
実際ラウラの水着が似合っているのは事実。やはりシャルロットのセンスはかなり良い。余談だが前回の部屋替えで二人は同室である。仲が良いのも頷けますね。こう見えてラウラの方は時々天然かましてくるのでそれをフォローするシャルロットと相性は抜群の模様。
「お待たせ、ラウラ。って、蒼」
「おっす。水着、似合ってますね」
「ありがとう。良いね、蒼は嘘じゃなく本心から褒めてるのが分かるから」
「だな。蒼兄は顔に出やすい」
「マジかよ」
そりゃあ褒めるときに恥ずかしくて少しは頬が赤くなるくらいはあると思いますけど。
「蒼はここで何してるの?」
「ぼーっとしてる。ほら、泳ぐと疲れるし」
「蒼兄は泳ぐのが苦手だったか」
「あいつらと比べるとな。……そういやシャルロットはバス移動中静かだったけど何してたんすか」
「あ、うん。ちょっと考え事」
考え事か。うん。シャルロットは考える事が多いから仕方ない。主にIS学園卒業後の進路について。天災が無茶苦茶なことしちゃうから。いや普通に感謝してますけど。
「じゃあ僕たちも泳ぎに行こっか」
「そうだな。また後ほどだ、蒼兄」
「おーう」
フリフリと手を振って送る。みんな元気だなぁ。俺は後のことも考えるとどうしても泳ぐのを躊躇してしまうからなぁ。単純に疲れを最小限にしたいだけとも言う。それからまたぼうっと座っていれば、また誰かのざっざっと砂を踏む音が近付いてきた。今度はこっちから振り向いてやるぜ! セシリアでした。
「うっす」
「ごきげんよう、蒼さん。何をしていらして?」
「少しぼーっとしてるだけ」
「あら、そうでしたか」
ふふっと口元を手でおさえて笑う。お嬢様してますねー。さすがはセシリア。さすセシ。着ている水着も良くお似合いでヤバイっすね。主におっぱいが。主におっぱいが。大事なことなので二回言わなければならないと思った。反省はしてる。後悔はしてない。
「どうですか? ひとつご感想を」
「いや、まぁ……綺麗っすよ?」
「ふふっ、ありがとうございます」
「いえいえ」
うん。あれだな。セシリアと居ると何かゆったりとした気持ちに浸れるわ。これが英国淑女の本気ってやつですかね。イギリスやばい。イギリス強い。
「なんならオイルを塗ってくれても構いませんが」
「それは遠慮しときまっす!」
「冗談ですわよ」
意地悪な冗談ですねぇ……。
水着、それは、ふれあいの心。
幸せの青い雲。
青うn(ry