「ごめん数馬。待った?」
「待ったぞ一夏。七分だ」
そういう数馬は読みかけの本に栞を挟んでパタンと閉じる。地味に几帳面だ。文化祭が終わってから数日後。突然数馬から呼び出された私は、こうして約束の場所へと来たんだけど。
「……申し訳ないです」
「まぁ、いきなり連絡した俺も悪い。それに怒っている訳でもない」
「そ、そうなんだ……」
数馬は時々何を考えているか読み取れない時がある。ていうか殆どそうだったり。蒼なんかは結構分かりやすいんだけどね。大体は必死に隠して誤魔化したりしてるけど。取り敢えず立ったままというのもあれなので、数馬の向かい側の椅子を引いてそこに座る。そういえばこうやって話すのは夏休み以来だっけ。違うのは私からじゃなくて数馬からってことくらい。
「一夏。質問してもいいか?」
「質問……? 別にいいけど」
「──幼女は、好きか」
「……え、えぇ……」
なにその凄く答えづらい質問。相手が私じゃなかったら多分殴られてるよ数馬。弾は何だかんだで理由をつけて問答無用にストレート。蒼はふざけんなって感じで腹パン。想像したら数馬が不憫に思えてきた。真性のロリコンだから仕方ないとは言え。
「えっと……好きは好き、だよ?」
「じゃあ、匂いを嗅ぎたいと思うか?」
「それは普通に思わないよ……」
「なら舐めたいとは?」
「論外です」
ふむ。と顎に手を当てて考え込む数馬。さっきからどうしてこんな質問ばかりされなきゃならないんだろう。別に私じゃなくても良いんじゃないかな。主に弾とか蒼の方が的確な処置出来そうだし。ロリコンロリコンって馬鹿にされてる数馬だけど、ほら、愛の形は人それぞれって言うから。きちんと彼女さんも大切にしてるんだから偉いとも思う。
「脱ぎたての衣類に興味は?」
「あの、数馬? 病院いこう?」
「それを見て疼いたりは?」
「いい加減にしないとぶっ飛ばすよ」
肩をがっしと押さえて宥める。段々声が大きくなってるんだよ。ほら、ちょっと気付いちゃった周りの人の視線が変なモノになってる。中には今すぐ110番を押せるように携帯を握ってる人もいた。やっぱりこういう場で数馬の中身を晒け出したら駄目でしょ。絶対警察のお世話になっちゃうから。むしろお世話にならない方が珍しいとか言われるようになるから。
「すまん。ちょっと興奮した」
「その割に冷静だね……」
「公共の場だからな。どうにか抑えてる」
「どうにかなんだ……」
なんか物凄い疲れた。少ししか話して無いのにこんなに疲れてしまうのは数馬だからか、それとも数馬の話題によるものか。絶対に後者だよ。前に相談のってもらった時は至って普通だったし。いつも通りなら本当に良い人なんだけど。どうにも暴走した数馬の対応は未だに慣れない。僅か二週間であしらえるようになってたあの二人が羨ましい限りだ。
「よし、それなら対象を変えよう」
「対象を……変える?」
「あぁ。お前はロリコンじゃないと分かったからな」
「最初から分かってたでしょ」
二年ちょっとも一緒に居て気付いていないなんて馬鹿なことあり得ない。というか私がロリコンって色々とおかしいでしょうに。一体なんなのか。こんな質問をされるためだけに呼び出されたのならさっさと帰りたい所存です。IS学園入学のための勉強とか色々とやることは有り余ってる。珍しく数馬から呼ばれたかと思えばこれだよもう。
「一夏。お前──蒼は、好きか」
「蒼って……色のこと?」
「違う。植里蒼は好きかと聞いているんだ」
「あぁ、うん。勿論好きだよ?」
というか好きじゃない相手に毎日料理作ったり身の周り世話焼いたりする訳がない。なんと言ったって一番付き合いの長い友達である。嫌いなら今日までずっと関係を続けてないだろうし。蒼はよく自分のことを過小評価してるけれど、普通に良い人だと思うんだよね。基本的に親しい人には優しくて、滅多に本気で怒ったりしないところとか。なんて考えていたところに、大きな溜め息が聞こえてきた。意識を戻して目の前を見れば、頭を痛そうに押さえた数馬が一言。
「……重症だな、これは」
「え? なに、どういうこと?」
「女になっても変わらずってことだ」
「?」
えっと、それは褒めてるのか貶してるのか。なんとなくイントネーション的には呆れが混じってるけど。つまり貶されてるっぽい? 変わらないとか何とか言ったけど、先ず変わったことの方が少ないから何なのかも分からない。うん。考えるだけ無駄な気がしてきた。
「自覚症状ゼロ。感覚ではオールクリア。本心は染まりきってる。だから嫉妬心が起きた……か」
「ま、ちょっ、え、なに?」
「面倒くさいな。それに親友の不憫を放っておくのも何だか……」
「か、数馬?」
ぶつぶつと早口で何かを呟いている数馬。声が小さいのと早いのが合わさって全くはっきりと聞こえない。なんだか数馬が怖いんだけど。真剣な表情をしているから特に。言っても数馬はいつもこうだっけ。笑うこともあまり無かったと思う。満面の笑みなんて両手で数えるほどしか見たことないような……。
「……正直俺が言うのも何だと思うが、あいつの為だ。言うぞ一夏。心して聞け」
「え、あぁ……うん。いいけど」
「──お前、蒼のことが好きなんだろ」
「うん」
「しまった」
返答すると数馬はそう言いながら頭を抱える。若干うごごごごって声が聞こえてきた。呻くほど頭が痛いのだろうか。だとすると帰って安静にした方が良いと思うんだけど。うん。絶対にそうした方が良い。というか友達の体調不良とか見過ごせないんだよ。
「頭痛いんだったら帰って痛み止め飲んで安静に……」
「いい。これは別の意味だ」
「そ、それなら良いんだけど……」
「俺は良くないがなぁぁぁあ」
先程と同じく呻くように漏らす数馬。やっぱり頭痛いんじゃないの? 風邪? でも血色はむしろいつも通りに見えるんだよね。精々がちょっと疲れてるように見えるだけで。あ、疲れから来る頭痛だったり? きちんと寝て休まないと駄目でしょうに。あの蒼でさえ最近はちゃんと寝てるっていうのに。
「……一夏は、蒼が他の女の子と仲良くしてたらどう思う」
「なんか、ちょっと面白くないかも」
「ほら来たこれ来たもう確証出てんじゃんなのに何で気付かねぇんだよ朴念仁がァァアッ!」
「え、えぇ……(困惑)」
落ち着いてよ数馬。ここ喫茶店。ほら、周りの人からの視線がより一層強まってるから。なんだあのガキ取り敢えず通報しとくかって雰囲気になってるから。このままだと警察の方々が来ちゃうから。だがしかし当の本人はそんなこと気にもしない。バンっとテーブルに手を付いて立ち上がり、びしっと人差し指を私の額に突き付けてきた。
「ええいつまりだな一夏! お前は! 植里蒼に! あの蒼に! “恋してる”ってことなんだよ!!」
「………………へ?」
蒼に……なんて?
「分からねぇか!? なら分かるまで言ってやる!! てめぇは! 織斑一夏は!! 植里蒼っつー人間に恋愛感情を持ってんだ!」
「ちょ、数馬!? く、口調がおかしいし、言ってることもおかしいよ!?」
「うるせぇ! これが俺の素だ、悪いか! いいからてめぇは黙って考えろ! 気付け! そして認めやがれ! てめぇの本心を、てめぇの想いって奴をよぉ!!」
ぜーはーぜーはーと肩で息をする数馬。そうまでして私に伝えたかっただろう。けど、信じられない。というか有り得ない。私が蒼に恋してる? そんな馬鹿な。だって私と蒼は友達だし。確かに蒼と一緒に居るのは楽しいし、話してる時も不思議と気分が良くなるし、そこにいるだけで心が弾むけど。
「……あ、れ?」
うん。待って。待ってよ。うん。えっと、一旦纏めよう。蒼と一緒に居ると楽しい。話してると気分が良くなる。そこにいるだけで心が弾む。どころかそこに居るだけで良い……ってちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って! なんで追加してるの!? ああもう!! なんなのこれ!? なんかもう訳が分かんないんだけど!?
「……なんで、あれ、蒼は……」
蒼は。アオは。あおは。そう、蒼は……友達。友達なんだよ。私と蒼は友達。ちょっと大袈裟に言っても親友。恋人だとか、そういう関係ではない。今までそうだったし、これからもそうに違いない。それで良い。それで良かったんだから。……良かった、んだから。
「蒼、は……」
なん、で?
「蒼……は……、……」
蒼は友達。蒼は友達。蒼は友達。
「あ……お……」
蒼は、友達なんだよ。
「……ッ!!」
なんで、どうして。言えない。口が動かない。違う。動かせていないんだ。それを思う度に胸が締め付けられたみたいに痛くなる。前まではこんなこと無かった。いつから? 知らない。自覚したのが今なんだから知っている訳がない。ただ、この痛みを経験した覚えはある。文化祭の時も……多分、これだった。この痛みはなんなのか。どうして痛むのか。考えて、考えて、考えて。
「………………あ」
やっと、行き着いた。
「そっか、私……」
おかしい。変だ。一般的じゃない。そんなのは言うまでもなく自分が一番分かってる。自覚した瞬間からそういう思考も浮かんでいた。けど、それら全部が吹き飛ぶくらいにこれは強くて。
「──蒼のことが“好き”なんだ」
そして、どうしようもなく心地が良い。
◇◆◇
……やっと気付きやがったよこの馬鹿。
「ようやくか……はぁ」
「数、馬……私、私……」
「分かってる。分かってるから。もう言うな」
マジで疲れた。一瞬隠してた部分まで露呈させてしまったし。どうも隠すっていうのは性に合わない。俺は真っ直ぐ馬鹿みたいに突き進む方が好きなんだが。それだと親に何を言われるか分かったもんじゃない。擬態でも何でも下手くそなりにやってなきゃあな。
「これでやっとスタートラインなんだから聞いて呆れる」
「す、スタート、ライン……」
「当たり前だな。あいつの性格を思い出せ。悉く自己評価の低いヘタレチキンだぞ。しかも無駄に理性まで固いときた。てめぇから……お前から行かなくてどうする。絶対あいつからは告白なんてしない」
「た、確かに……」
本当どんな生き方すればああなるのか。自分に普通の好意はまだしも恋愛感情なんて向けられる筈が無いと完全に割り切ってやがる。お前を好きな人だって居るんだぞとか言っても信じようとしない。信じたとしても本心からじゃない。おまけに好きな人が出来たら告白するか否かについて即答の否。理由は恥をかいて失敗すると分かりきっているものを態々やる必要がないから。馬鹿じゃねーのアイツ。クソヘタレチキン豆腐メンタルが。その体を性根ごと殴り抜いてやろうか。
「あと、嫉妬はやめろ。それをして良いのはアイツの隣に立った奴だけだ」
「……うん」
「何か思うとこでもあるか? ならさっさと隣に立て。躊躇いなんざ吐き捨てろ」
「……分かってる。でも」
一旦言葉を切って、若干俯かせていた顔を上げる。見ればかなり赤く頬を染めていた。湯気まで出そうなほどのそれに驚く。と同時に何となく理解。
「ちょ、ちょっと落ち着かせて……」
「どんだけ恥ずかしいんだ」
「だって! こ、こういうの始めてだし!」
「とりあえず水でも飲んで落ち着け」
何はともあれ、これは前途多難だな。
何度も言うようだけどやっぱり恋愛描写って苦手なのよね。精神的BLをタグに入れておきながらラブコメ書くの苦手な駄作者です。ギャグはどこ行ったァ!
ちなみに四十話突破。そのくせIS要素ゼロ。あれ、これって何の二次創作だっけ(すっとぼけ)