(ど、どうしちゃったんだろ)
ただ只管に困惑した。おかしい。間違いなくこの体は異常を来している。さっきから顔は火が出るほど熱く、心臓は破裂するかのように激しく脈をうっていた。おかしい。調理器具を準備しながらも脳を支配するのは、蒼に助けられて抱き付かれたこと。あの時に漂ってきた彼特有の香りは、非常に私の鼻孔をくすぐって。
(すごく良い匂いだったよね……じゃなくて!)
違う。違う。そうじゃない。確かに良い匂いとは思ったけど今はそんなこと関係ない。というか態々思い出さなくて良いんだよ。余計なことをしないで私。うん。集中集中。一旦落ち着いて冷静になろう。そうしよう。私は冷静。私は冷静。よし、多分落ち着いた。
「えっと……トマトはあったっけ……」
ごそごそと冷蔵庫をあさりながらぽつりと呟く。蒼は積極的に野菜を食べようとしない。出されたらきちんと食べるんだけど、日頃からとろうとはしてないようだ。嫌いなのかと以前聞いたところ、別に嫌いじゃないけど好きでもないとかいう微妙なコメントをされた。はっきりしてくれた方が嬉しいんだけどなぁ……。
「……まぁ、普通にサラダでいいよね」
ドレッシングをかけてれば多分食べてくれるはず。というか食べなかったら無理矢理にでも口に入れる。最近はちょっと甘やかしてあまり食べさせなかったし。色々と生活が大変だから、食事くらい楽しんでもらいたかったんだよね。健康は第一ですけど。
「あとは……う~ん……」
いっそのこと野菜パーティーにでもしてみようか。緑色に染まる食卓を見た蒼の顔はさぞ見物だろう。まぁ、流石にそれは酷すぎるのでやらないが。弄るのもTPOを弁えないとね。ある程度の信頼関係はあると思うので大丈夫だとは思うけど。何だかんだで小さい頃から仲良しな私たちですもの。
「──よし。さっさとやっちゃおう」
献立も決まったところで調理開始。別に私は冷静だから焦ってもいない。平常心を保つために気を紛らわそうともしてない。大丈夫。本当に大丈夫だもん。多分。
『──顔が赤い?』
「ッ!!」
ッダーン! 思いっきり包丁をまな板に叩き付けた。ふぅ、集中だよ。精神を落ち着かせて集中するんだよ。心頭滅却すれば火もまた涼し。どんな苦痛も強い精神で乗りきれる。だからこの程度の痛みにすら入らない問題なんて気にすることでも無い。
『小さくて聞こえねえよ』
「~ッ!!」
ああもうっ! なんなの蒼は! 凄く心が乱されるんだけど!? 分かんないよ本当にもう! 耳元で囁かれると変な気分になるからやめてほしいよ! なんで変な気分になるのかも分かんないよ! もう、もうっ! これも全部蒼が悪い。誰がなんと言おうと例え神が肯定しても蒼が悪い。あんなことをする変な蒼がいけないんだよ。全く……全くっ!
「……なんか、ムネが痛い……」
きゅうっと締め付けられるというか、萎んでいくような感覚というか。何にせよ地味に痛い。鼓動が早くなっているからだろうか。バクバク言ってて凄く煩いし。これは痛くなっても仕方無いよ。うんうん。だから全部蒼のせいに違いない。
「だんだんムカついてきた……」
いや、かなり理不尽な八つ当たりってのは自覚してるけど。むしろ自覚してなかったら酷いよそれは。まぁ、そんな理不尽もしっかり受け止めてくれるのが私の友人もとい幼馴染みもとい親友だ。今回はその器のでかさを見込んでばっちりやらせてもらおう。何度も言うけど私は一切悪くない。滅多に怒らなくて基本的に誰に対しても優しい蒼が悪い。
◇◆◇
どんっ、と強めに置かれた目の前のお皿には、はみ出さんばかりに盛られた野菜。どこからどう見ても普通のサラダの量と違うんだけど。高校球児のお茶碗一杯分は優に越えてるんじゃねえのこれ。多いわ。なしてこんな大盛りサラダをドレッシング少なめで食わなあかんのやろな。俺は草食動物か何かか。それとも俺に恨みでもあんのかお前は。そう思いながらちらっと視線を向ける。
「……なに?」
「いや、その……多くない?」
「そう? 気のせいでしょ?」
にっこりと微笑みながらそう言う一夏。うわぁい、凄く綺麗な笑顔だなぁ。思わず心が浄化されちまいそうだぜ。若干声のトーンが低めじゃなかったらな。明らかに悪意たっぷりな笑みありがとうございます。笑ってるのに笑ってないとか表現に困る表情するのやめーや。誰か文豪呼んでこい。今の顔を的確に描写させるんだ。ストレイドッグスの方は違います。
「え、なに、怒ってんの?」
「別に、全然怒ってないよ? ふふっ」
ぞわっとした。なにその笑い声。至って普通な筈なのにめっちゃ鳥肌たったぞお前。一夏ちゃん怖い。やっぱり精神の安寧には一夏ちゃんを一夏くんに戻さなきゃ(使命感)。正直どっちもどっちだから最近気にしなくなってきたんだけどね。ほら、一夏が女に慣れすぎて逆に違和感無くなってるし。何も知らない状況だったら男とかカミングアウトされても信じないレベル。一夏ちゃんが男? うっそだぁ! 無知は罪。なんとも悲しい。
「少し蒼にストレスをぶつけたくて」
「完っ全に八つ当たりじゃないですかやだー」
一夏ちゃん怖い(重複)。人に当たっちゃ駄目って千冬さんに教わらなかったの? ただでさえブラッド・オブ・オリムラなのに理不尽な暴力とか勘弁して下さいよ。原作のヒロイン勢を見習え。何かあったら直ぐ一夏に被害を向けるんですよ。それってまさしく愛じゃないか(錯乱)。つまり俺に八つ当たりする一夏が人生のパートナーな可能性が……ねえな。無い無い。幾らなんでもそんなことはある訳ナス。
「……本当にストレス溜め込んでんなら相談しろよ。愚痴くらいなら聞いてやる」
「サンドバッグになってよ」
「ゲスだ。ここにゲスがいる」
「冗談。……愚痴はまた今度、お願い」
「イエス・マム」
どうやら普通に溜まってたみたいですね。適度に抜かないと駄目じゃないか全く(意味深)。ぜろななにーのよんごーよんごー? い、一体何のことですかね。ぼくには分かんないなー、純粋だからなー。ほら、ピュアなことで有名な植里くんですし? ピュアじゃなくてチェリー? ははっ、あんまふざけてっとマジぶっ飛ばすぞリア充共が。うちの清潔感漂う女慣れ皆無な息子が汚れたらどうしてくれるんですか! 責任♂取ってくれるんですか! まずうちさぁ……童貞、なんだけど。ヤってかない?(直球)
「ごめん蒼、お醤油取って」
「ん、ほらよ」
「うん、ありがと」
……なんつーか、本当変わったよな。俺も一夏も。二年時の俺なら絶対この状況で吃りまくってた。普通に見て美少女とマンツーマンで食卓を囲んでる訳ですし。一夏も一夏でTS直後ならまだ男っぽさが残ってた。いつからこいつはこんなに女の子するようになったんですかねぇ……。そもそもの原因は何よ。喋り方を女っぽくした事だと俺は予想するね。あれ、結構マジで当たってんじゃねえの? だってそれ以外の要因とか考えられないし。俺も大したことしてないし。ふふ、どうよこの超推理。褒めてくれてもいいのよ? キャー、蒼
「いただきます」
「ん、いただきますでーす」
ますです。反対にするとデスマス。物理技で攻撃するとミイラになりそうですね。ミイラの怖さをいまいち思い知れなかったリゾートデザートの思い出。後々色々と出来ることがあるって気付くのです。
「やっぱり野菜多いわこれ……」
「文句言わずに食べる。ほら、あーん」
「ちょ、お前ナチュラルに何してんの?」
「…………あ」
ぼっと頬を赤く染める一夏。うむ、まさにこのトマトみたいな赤色ですね。恥ずかしいんだろ、分かるぜ。つーかぶっちゃけ仕方ない。昨日までずっとやってた訳だし、それが染み付いているんだろう。俺も一夏に箸取られて差し出されるまで気付かなかった。これは二人とも重症ですね(白目)。
「……た、食べてよ」
「は? いや、普通に俺は食べられ──」
「いいからっ! もう勢いだよ! このまま引っ込めるよりマシだよっ!」
「お、おう……」
う~ん、これはテンパってますね。しかしそれに強く出られない俺はどうなのか。生まれついてというより生まれる前からのチキンだからね、メンタル弱いんでやっぱ一般人だな。自分が主人公とか有り得ないし。
「……うん。今日も美味い」
「そ、そう……」
「…………」
「…………」
気まずっ。なんか、つい最近も似たようなことがあったような無かったような……。気のせいだよね!
ISは一夏ちゃん正妻可愛いの略(大嘘)。IS二次なのに一切ISしてない小説があるらしいっすよ←
でも一夏ちゃんは正妻可愛い(確信)
さて、先ずは謝罪を。前話の蒼くんによる素数講座ですが、完全に私の描写不足です。すいません。ただ一つ言わせてください。自分のボケを自分で解説する行為ほど辛いものは無いと思うの。ゃだ……はずぃょ(赤面)
誰か真面目な一夏TS二次書いてくんないかな……私が書くとどうしてもそっち♂方向に行ったりギャグ路線になるので。