「……、ん……」
ふと暖かい光を感じて、俺こと
「ふぁぁ……。朝、か……」
ゆっくりと体を起こして時計を見れば、既に午前八時に迫ろうとしていた。いかん、これは物凄い遅い。他の人からしたらどうだとしても、自分的には八時に起床は遅い時間だ。しかも、学校があったのなら遅刻は確定。けれども幸いなことに、今は中学二年の春休み半ば。もう少しすれば三年生へと進級するこの時期は、長期休暇とはいえ課題が無いのもあり、加えて訪れる春の陽気に緩んでしまっても仕方がないだろう。気持ちを切り替えるためにも目をごしごしと擦れば、いやに腕にあたる髪の毛が気になった。最近髪を切ってなかったし、伸びてるのかもしれない。切らないといけないなぁ、なんて考えながら体をほぐすのも兼ねて腰を捻れば、コキリという音が鳴る。同時に、慣れない感触が襲う。
「……ん?」
そこでやっと意識が覚醒したのか、気付いた。髪の毛が伸びているどころではない。長い。長すぎる。女の子かっていうくらいに長い。ポニーテールにでも出来そうな長さだ。腰辺りまで垂れているそれは、しかし紛うことなき己の髪の毛。一晩でこれだけ伸びるものか? 否、そんなことは到底ありえないだろう。ジェバンニだってやってくれない。
「どういうこと……、ていうか声……」
状況整理の為に呟けば、やけにその声が高く聞こえる。これもそうだ。昨日までの自分の声と、明らかに違う高音。それこそ、まるで女の子みたいな……。とそこまで考えて、あり得ない考えが浮かび上がる。いや、まて、そんな馬鹿な。フィクションの中だけの話だろう、それは。うん。そうだ。絶対にあり得ない。百パーセント。間違いなくあり得てはならないのだ。何だか胸に僅かな重みを感じているのだけど、多分気のせい。全部気のせい。気のせいにしてください。
「……待て。いやいや、待てよ。おい。ちょっと待ってくれ……」
恐る恐る視線を胸元へ向ければ、微かに、けれどもしっかりとあるその膨らみ。幻覚ではないかと掴んでみれば、しっかりと反発力が働いた。生物学上雄に分類する自分には、あってはならない筈のもの。それつまり、それがあるってことは、あっちの方も……と考えた瞬間にソコへ手を当てた。
「……、夢だ。これは夢だ。何かの悪い悪夢だ。よし、寝よう!!」
悪い悪夢とかそれ頭痛が痛いと同じ間違いワロタ。そんな風に考えることもままならず、即座に布団を被って寝る。夢の中で寝るとか、ちょっと自分でも何やってるかよく分からん。けど、これが現実ではないのだけは理解した。俺が女の子になるとか、そんなの誰得だよちくしょうめ。そう言ってやりたい。宣言してやりたい。だからこれは悪い夢だ。起きたときには俺は男だし、髪の毛はいつも通りの筈だし、声だって変わっていない筈だ。胸なんて筋肉だけの、男としてあるものはある、そんな俺に戻っている。
「そうだ。これは夢なんだ。だから、一回寝れば直るんだ。これは夢。夢だ」
だとすると、果てしなく嫌な夢だなぁ。自分が女の子になる夢とか、それ絶対に現実で起こってほしく無い。色々と苦労するだろ。トイレとか、着替えとか、主に下着方面とか。あっはっは、夢でよかったわー。まじでこれ夢でよかったわー。ホント、ユメデマジヨカッター。……はぁ。
「……うわあああああああああああああああああああああああああああっ!!??」
とりあえず叫んでりゃ何とかなる。本能からそう思った俺は、思いっきり息を吸い込んでから、そんな大声を上げた。アイエエエエエ!? ナンデ!? オンナノコナンデ!? 寝て起きたら女の子って、一体どういうことだってばよ!? 分かんねぇ分かんねぇ分かんねぇ分かんねぇ分かんねぇ分かんねぇ分かんねぇ!! どうしてこうなった! こんなことするような人、俺の身内には存在しな……いや、一人いたけどあの人は今絶賛指名手配中だしっ!!
「な、なんなんだよこれ!」
救いを求める叫び声は、しかし自分以外誰もいない部屋に木霊するばかりだった。
◇◆◇
突然だが、俺──
「うぅ……ぐすっ、ひぐっ……」
マンションで独り暮しの男子中学生の部屋に泣いている美少女がっ。おいおい、誰だよ泣かした奴。こんな綺麗な子を泣かすとか全人類敵にまわしてるぞコラ。さっさと出てこんかい。特定するならば天才じゃなくて間違えた天災とか呼ばれてるおっぱいらびっと。てめーの所為で俺の日常生活がエマージェンシーだよ。どうするの、これ。ねぇどうするのこれ。前世の時から容姿は良くない方で、転生しても一切変わらなかった結果として女性との接触は苦手なの。しかもここISの世界だし。分かる? インフィニット・スラトトス……ちげぇよインフィニット・ストラトスだよ馬鹿野郎。全く、焦るな落ち着け冷静に対処するんだ。そう、部屋にいるのは紛れもない美少女。だが──
「ままままぁ、コ、ココッココココーヒーでも飲んで落ち着けよ一夏」
「お前が落ち着けよぉ……」
もうやだ……なんて涙目で言いながらカップを受けとる一夏ちゃん。やべぇ、凄い可愛いんですけど。しかしながらお前男だろと言いたくなってくる。なんでそんな瞳をうるうるさせてんだよ。萌えるだろうが馬鹿野郎。違う違う、お前そんなキャラじゃねぇだろ。千冬姉を支えたいんだ(キリッ)とか言ってたお前はどこいった。カムバック一夏くん。カムバック友人。
「その……なんだ。本当に、一夏なのか?」
「……、」
無言でこくりと首肯する一夏ちゃん。やだ、何この子本当にあの唐変木かよ……。すくっと立ち上がって一言。
「ちょっと寝てくる。やっぱ夢って怖いわー」
「夢じゃないよ現実なんだよ蒼!」
えっ、なにその絶望感。やめてくれ、その言葉は俺に効く。嘘だろこれも夢なんだろ? ほら、早く覚めてくれ。痛みだって……あるし、現実味も……あるし、意識もはっきりとして……るけれど、これは夢だ。そう、夢なんだ。むしろ俺が夢と思った時点で、全ては夢なんだっ!!(暴論)ごめんちょっと凄い混乱してる。
「ちょ、やめ、う、うう腕を掴むなよバカ! 女の子に触られるの慣れてないんだよ!!」
「俺は男だよ! 織斑一夏だよ! お前の友達だよ!!」
「あっ、そっか……。そう思うとなんか安心したわ」
「えっ」
言った瞬間にさっと部屋の隅に逃げる一夏。何故に。
「お前まさかホm……」
「俺の友人に織斑一夏なんて奴はいない。さっさと帰れこの電波」
「ごめん、ごめん! だから見捨てないでくれ蒼!」
この通りですとか言って土下座してくる美少女(男)。あかん、俺の精神衛生上いくない。とりあえず早急にやめてもらった後、詳しい話を聞くためにもお互いにテーブルを挟んで向かい合いながら座る。ついさっき押し掛けてきて、織斑一夏だとか言ってくるから相当びびったわ。おまけに美少女だったから余計に。やっぱ女の子って苦手っすわ……。
「お茶がいいんだけど……」
「わがまま言うな」
とか話しながらもお茶を持ってくる辺り、俺は結構甘い性格をしているのかもしれん。手をつけなかったコーヒーは俺が美味しくいただきました。