伝説の使い魔   作:GAYMAX

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追記:
改訂ついでにプリエの出し物を変更しました。


第9話 姫の頼み事

「そろそろ使い魔品評会の時期ね!」

「使い魔品評会?」

「ええ、その名の通り使い魔の品評会よ」

 

 魔力制御訓練の一環で、フライでもレビテーションでもない純粋な魔力による寝間着ぎの引き寄せがひと段落すると、ルイズはそう切り出した。心なしかウキウキしているルイズ。“その使い魔品評会とやらがそんなにも楽しみなのだろうか?”と、プリエはぼんやり思った。

 

「あなたなら一番は間違いないわ!姫様をアッと驚かせましょう!」

 

 それを聞き、プリエは納得する。要するに、この小さなご主人はプリエの凄さを広く知らしめられる機会が来たことが嬉しいようだ。そう思うと、プリエにも自然と気合いが入ってくる。

 

「で、アタシは何をすればいいワケ?」

「えーっと…………凄いこと?」

 

 しかし、具体的な案はルイズにはなかったらしい。上位の魔王でも呼び出して、そいつを打ち取ってもいいのだが、正直人間には理解できない戦いになってしまって何が凄いのか分からなくなってしまうだろう。そうなると、人間ができる範疇で凄いことになり、これはプリエをも悩ました。

 

 まず初めにプリエが提案したことは、100人の分身を作って隣国を焼き払うという大凶行だが、いくらなんでも死人が出るものはいけないということで却下された。

 次に提案したことは、大地を裂き、空を割り、雷を轟かせながらプリエが降臨するということだったが、これは世界の終末だと錯覚させてしまうような気がしたため、遠慮される。

 あまり凝ったものではなく、シンプルで凄いと思わせることでもいいかと考えたプリエは、森を平野に変えることを提案するが、そんなことをしたら国への反逆行為とも受け取られかねないため、破壊をもたらすこともできなくなった。

 もういっそのこと、悪魔を呼び出して酒池肉林の宴を開いてしまえばいいんじゃないかと投げやり気味にプリエは言うが、これも当然却下された。

 

「うーん……難しいわねー……」

「できすぎるってことで困る日がくるとは思わなかったわ。……そうだ!錬金で珍しい物を作るってのはどう?」

「それでいいなら賢者の石とかで妥協するけど、ホントにいいの?見た感じ超地味よ?」

 

 そう言われると、ルイズは黙り込んでしまう。いくら凄い物を作っても地味というのはいただけない。プリエには最大限目立ってもらいたいのだ。しかし、地味だと断じてしまったので主従は気づいていなかったが、学院全体を黄金にでも錬金してしまえばルイズの目的も簡単に達成できただろう。

 

「……よし、それなら決まりね」

「何をするの?」

「それは見てのお楽しみよ」

 

 ルイズがうんうんと唸っているところをじっと見ていたプリエは、今度こそ妙案ができたのか、その内容を話さなかった。だが、プリエは規格外の使い魔、そのプリエが見てのお楽しみとまで言うのだから、詰まらないはずがないだろう。

 大きな期待を小さな胸に秘めたまま、日にちはあっという間に過ぎていき、ついに使い魔品評会の日を迎えた。

 

「アンリエッタ姫殿下のおなぁぁーりぃぃー!!」

 

 衛兵の声が響き、グリフォンに乗った騎士が馬車の扉を開ける。プリエはその男をきざっぽいヒゲだとしか思わなかったが、ルイズはそのヒゲにどうやら熱い視線を向けているようで、プリエの機嫌がいささか悪くなる。

 そして、いざ姫が出てくると期待が高まったところで、馬車の中から出てきたのは荘厳な法衣を纏うジジイ、完全に肩透かしを食らってしまう。そのジジイに手を引かれながら見目麗しい女性が馬車を降り、ギャップ効果もあってトリステイン出身の生徒たちのボルテージは最高潮に達していた。

 

「へえー、中々美人じゃない。でも、あたしの方が……いえ、プリエの方が美人ね」

「アタシなんかよりアンタの方がずっと美人よ」

 

 外見云々ではなく心の問題から自分を誇れない。そんなプリエの歪んだ本心からの言葉はキュルケのハートにストライクだったようで、キュルケも周りの生徒と同じボルテージに達する。

 

「あぁんもう!どうしてアナタはそんなに格好良いのかしら!ホント、胸がゼロのルイズよりも私のところに来ましょうよ!新たに学んだテクニックで未知なる扉を開きましょう!」

 

 必死にプリエに抱き着こうとするキュルケ。プリエは彼女をうっとうしそうに押し返している。そして“何故か今日はキュルケの愚行が長く続くな”と、ぼんやり考えていたプリエは、いつもならすぐに飛んでくるはずのルイズの罵声がないことに気づいた。

 ルイズはどうやらアンリエッタをキラキラした目で見つめていて、気がつかなかったようだ。きっと、何か特別な思い入れがあるんだろう。プリエはなんだか微笑ましい気分になりながら、抵抗がなくなったのをいいことに胸まで手を伸ばそうとしていた発情期(キュルケ)を気絶させた。

 

 程なくして使い魔品評会が始まり、順調にプログラムが消化されていった。緊張で少し失敗してしまった生徒も多少いたが、学生にしてはおおむね出来がよく、生徒の皆が今日のために努力していたことがよく分かった。

 そしてタバサの番が終わり、ついに出番がやってきた。意外にもルイズはガチガチに緊張しているようだった。

 

「大丈夫、アナタは自分の使い魔を信じて、いつもの調子でどんと構えてればいいのよ」

 

 その一言で、どうやらルイズの緊張は解けたようだ。主人からの多大なる信用にプリエは嬉しくなり、ルイズの肩を叩いて共に垂れ幕を通り抜ける。ステージに上がったプリエとルイズを訝しげに見つめる審査員。この世界で唯一の珍しい使い魔なのだ、当然の反応だろう。とプリエは好意的に解釈する。たとえそうではなかったとしても、これからそう思うことになるから、審査前の反応の真意などプリエにはどうでもいいことだった。

 

「それではルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが使い魔、プリエによる一芸、とくとお楽しみください!」

 

 プリエはバトンを放り投げると、そのバトンに魔力を通して自分の分身を作り上げた。ざっと30体の分身ができ、会場全体から感嘆の声が上がる。しかし、まだプリエのパフォーマンスはまだ始まったばかりだ。

 舞台を魔法で引き伸ばし、大きな空間を確保する。分身たちが位置につき、それぞれバトンを持つとダンスを踊り始めた。10体一グループの一糸乱れぬ分身達の動きに審査員は思わず釘付けになる。そして、スクウェアクラスの四系統魔法を織り交ぜながらのクライマックスだ。

 プリエが一礼をし、舞台を元に戻して分身を消しパフォーマンスの終わりを告げると、審査員からも観客からも大きな拍手が上がった。会場が怒涛の拍手に包まれる中、プリエたちはもう一度頭を下げて退場した。

 

 余談だが、次に控えていたトリのギーシュはこの世の終わりみたいな顔をしていた。

ささやかな嫌がらせ(求愛行動)に対するささやかな仕返しだ。気に入ってくれたようで何より。

 

 

 

 

 

「凄い凄い!本当に凄かったわ!」

 

 満場一致での輝かしい優勝を飾った主従は、表彰を終えて自室にいた。ルイズは未だ興奮が冷めないようで、かわいらしくぴょんぴょんと跳びはねていた。

 

「あのダンスはどこで習ったの?」

「昔、ちょっとね」

 

 タバサにはほぼ全てを話したが、まだ主人には話すべきではないとプリエは考える。アレはタバサが特別な事情を持っていただけで、ルイズにはそういった暗い事情がないのだ。

 

「そう……でもいいわ、いつか私があなたの主人としてふさわしくなったときに話してよね」

「ええ、もちろんよ」

 

 プリエの主人にふさわしくなる。それはつまりプリエから完全に認められるか、プリエを力で捩じ伏せるか、だ。

 後者は恐らく不可能だろう、そもそもソレができるのなら……。……前者は悪魔使いとして成長するか、高潔な精神と肉体の持ち主として成長するかの道がある。ルイズが通ろうとしている道は後者、茨の道だが頑張ってほしいものだ。

 

「んー、でもルイズも頑張ってることだし、少しだけ教えてあげるわ」

 

 プリエはルイズに、聖女会時代の、まだ光の聖女になれると純粋に信じていた頃の冒険譚を語った。もちろん、クロワや元凶、闇の心は抜きでだが。しゃべるキノコやしゃべる猫、子供の夢から生まれた大怪獣や、世界中を駆け回ったことなど、まるでファンタジーのような話にルイズは夢中になっていた。

 

「……プリエには驚かされてばかりね」

「アタシだってルイズには驚かされているわよ?」

 

 この世界の四系統に当て嵌まらない魔力。血の滲むような努力と目まぐるしい成果。正直、たった二ヶ月程度でたまに魔法が成功するようになるとは思わなかった。

 それに、今では身体能力も段違いだ。ルイズの芸術品のような体に余計な筋肉がつくのが嫌だったので魔力の肉体強化を強制的に開始したのだが、これが良かったのか魔力量も劇的に増加した。今のルイズなら下級悪魔くらいなら楽に倒せるだろう。

 

「ホント?」

「ええ」

 

 しかし“四系統に当てはまらない主人の系統は何にあたるのか”ふと、プリエは思った。“もしかして伝説の虚無だろうか?いやいや、伝説など所詮はお伽話だ”と、プリエは否定する。この世界ではお伽噺の存在である悪魔の、その中でも伝説と言われる魔王が、元の世界での伝説の二人と旅をしたことがあるくせに否定しているのだ。これほどおかしいことはないだろう。

 

 プリエは思案に、ルイズは感慨に浸っていると、誰かが部屋に近づいてくる気配を主従が感じ取った。伝説の魔王であるプリエは当たり前のことだが、ルイズの感覚も常人とは比べ物にならないほどに鋭くなっているのだ。

 今は姫が学院にいるので朝まで外出は禁止されている、そんな中で出歩く者がまともであるとは思えない。主従が不審者を警戒していると、不審者はこの部屋の前で歩みを止めた。

 

 いつでも不審者に対して攻撃が行えるようにしているプリエとは裏腹に、ルイズは何かに期待するように目を輝かせていて、期待半分疑い半分といった様子だ。規則正しくノックの音が響くとルイズは疑いを完全に消したようで、はやる気持ちを抑えるように静かに扉を開けた。

 そして黒いフードを被った人物が部屋に入ってきた。ルイズが何か言おうとするが、フードの人物はルイズの口に人差し指を押し当てて止め、杖を取り出した。

 

「大丈夫よ、結界を張ったわ。この中ではアタシの許可無しには魔法は使えないし、声も漏れることはないわよ」

「流石ですね使い魔さん」

 

 まるで母を思わせるように落ち着いた、それでいて若々しく気品があり透き通るほどの声。動作一つにも感じられた気品。そしてルイズが気を許した相手。ここまで情報が揃えばもう分かったようなもので、フードの中から出てきた人物は予想通りアンリエッタ姫だった。

 

「アンリエッタ姫殿下!」

 

 ルイズは嬉しそうにアンリエッタに駆け寄ろうとするが、ハッとしたように顔を歪め片膝をついた。

 

「いけません姫殿下!こんな下賎な場所へお一人でお越しになられるなんて…」

「堅苦しい行儀はやめて頂戴!わたくしが心を許せるのはルイズだけよ!」

 

 急に始まった寸劇のような旧友との再開に、プリエは困惑する。もしかしたら、傍目から見ると妹分の王女との久しぶりの再会もこんな感じだったのだろうかと比較してみるが、やはり寸劇などはなく普通の再会であった気がする。

 あまりにも芝居がかった大げさなリアクションについていけなくなった使い魔そっちのけで、二人は昔話に花を咲かせていた。プリエは呆けた頭でぼんやりと二人の話を聞いていたが、ごっこ遊びで役の取り合いになり、最終的に殴り合った話など、おしとやかに見えて意外とパワフルなアンリエッタに薄く驚いていた。

 

「貴方が羨ましい、自由って素敵ね」

「姫様?」

 

 昔話は終わり、話の話題はプリエのことになっていた。キラキラした瞳でプリエの凄さを語るルイズ、その話を微笑ましそうに聞いていたアンリエッタが突然切り出したのだ。それまでの和やかな空気が一変し、場には不穏な空気が流れ出す。

 

「わたくし、結婚するの……」

 

 聞けば、アルビオン国で内乱が勃発し、現在アルビオン王室は劣勢なのだという。そしてアルビオン王室が倒れたあと、新アルビオンに対抗するためにゲルマニア国王と婚姻を結ぶらしい。

 姫の想い人はアルビオンの王子。望まぬことが重なってしまった姫はしばらく沈痛な表情を浮かべていたが、何か思い付いたのかハッとして顔を上げる。

 

「そうだ!貴方の使い魔さんなら!」

 

 ピクリと、普通の人間でも確認できる速度でプリエの眉が少しだけ動いた。しかし、それがどういう意味を持つのかは、その瞬間を見逃してしまった二人には分からない。

 

「そうね。そのアルビオンとやらに血の雨を降らせていいならやれないこともないわ」

「? それはどういう……」

「アタシの攻撃は調整が効かないのよ。アルビオンを大陸ごと消し去るくらいならやってあげるわ」

 

 アンリエッタは青くなる。ハッタリだと言いたいが、先程の素晴らしい魔法の数々を見ている。それにプリエが纏っている不思議な威圧感、蠱惑的であり威圧的でもあるソレがハッタリではないと言外に物語っていた。最後に、アンリエッタと同じくらい青くなって震えているルイズが、アンリエッタを確信へと至らせた。

 しかし、それでも様々な思いや考えから、アンリエッタはその案を否定できずにいた。

 

「アタシは、どれだけ殺そうが知り合いでもないなら別に心は痛まないわ。アンタは心が痛むかもしれないけど国の為と割り切れる、でもルイズはどう?」

 

 アンリエッタはハッとして口を抑える。自分は、目の前のお友達の少女に国を消させようとしていたのだ。

 

「ひ、姫様の為ならどんなことだって……」

「無理しなくていいわ。それに、アタシはこの美しい世界を魔界に変えたくないの」

 

 魔界……そもそも悪魔が身近にいないこの世界では、その恐ろしさを想像することもできないだろう。だからプリエは、己の知る魔界をありのままに語った。

 地獄と形容するのが相応しい場所、力なき者に安息の地はなく……力こそが絶対の世界

────それが魔界

 

「もしアタシがアルビオンを消せば、世界中が主人のルイズを恐れ、狙い、利用しようとする。負の連鎖は止まらず、世界に穢れが満ちる……堕天使カラミティーもさぞやお喜びでしょうね!」

 

 徐々に強くなる口調。それはいくら悪魔に堕ちたとはいえ、かつての過ちを今度は自ら引き起こそうとしていた自分への怒りなのだが、二人はそんなことなど分からずに黙してプリエの話を聞いていた。

 

「いっそのことアタシの部下を全員呼び出す!?この世界でトリステインに逆らえるものはいなくなるわね!!良かったわねアンリエッタ姫!!」

 

 言うだけ言って、プリエは窓から飛び去ってしまった。途端に結界が解除され、気まずい沈黙が部屋を支配する。ルイズは、部屋を飛び出す寸前のプリエが涙を流しているところを見てしまった。アレは恐らく自分に言い聞かせていたのだろう。そうでなければ泣くような話ではないのだから。

 アンリエッタは愚かな考えを持った自分に、ルイズは思いがけずプリエの心の傷を開いてしまったことに罪悪感を抱いていた。

 

 しかし、プリエに頼って全てを終わらせることができなくなった以上、アンリエッタは他の方法で他の懸念事項を片付けなければならない。

 

「……ごめんなさいルイズ。先程、貴方に全てを押し付けようとしたわたくしを、これから貴方との友情を利用しようとするわたくしを、いくら恨んでくれても構いません……」

 

 アンリエッタは此処に来た本来の目的を、婚姻の妨げになるであろう手紙…過去、アルビオンのウェールズ皇太子に送ったラブレターの奪還、更にウェールズに届けてほしい密書の件をルイズに話した。

 

「……大丈夫です姫様。私はいつまでもあなたのお友達ですわ」

「ルイズ……」

「はい、喜んで引き受けさせてもらいます」

 

 アンリエッタに心配させまいと、ルイズは気丈に振る舞ってはいるが、本当はプリエが心配で気が気でなかった。そんな状態でもアンリエッタの言葉は一字一句聞き逃してはおらず、二人の友情に偽りはないのだろう。

 

「アンリエッタ姫殿下!不肖、このギーシュ・ド・グラモンもお手伝いいたします!」

 

 そこへ、プリエの結界が解除された頃から盗み聞きをしていたギーシュが扉を開けて飛び込んできた。アホらしく、空気を読まないギーシュの登場がルイズの頭を急速に冷やしていく。

 “プリエを支えてあげたいが、まだソレはできないと思ったばかりじゃないか”少しだけギーシュに感謝しつつ、されど盗み聞きという貴族にあるまじき行為をしたギーシュをシバきながら、もっと限界ギリギリまで努力して早くプリエを支えてあげようと、ルイズは固く誓いを立てていた。

 

 

 

 

 

     …そうよ、もう繰り返さない。コレは贖罪なの

     たとえ魔界にはならないとしても、絶対に穢れを撒き散らしてやるもんですか

     闇に堕ちた自分が誰も救えないなんて弱音は、もう絶対に吐かないわよ

 


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