伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第7話 プリエの一日

 日が登り始める頃、プリエの一日は始まる。本来ならば眠る必要はないので、プリエの眠りは浅いのだ。プリエは主人を起こさぬように、細心の注意を払って図書館へと赴く。プリエにとっては不機嫌なルイズもかわいいのだが、それが行き過ぎて嫌われてしまったのでは元も子もないのだ。

 

 図書館にはもちろん鍵が掛かっているが、そんなことはプリエには関係がない。本日はスタンダードに壁をすり抜けて図書館へと入っていった。この扉破りはこの世界にて覚えたいろんな魔法を試せるため、今ではプリエのちょっとした楽しみになっていた。

 

「さーて、今日は……」

 

 プリエは薬物の本棚に指を這わせ、読んだことのないタイトルの一冊を適当に抜き出す。これは、もしもこの世界の秘薬探しを頼まれたときの為だ。しかし、秘薬に関しては既にほとんどが錬金で作り出せるので、あまり勉強する意味はないのかもしれない。

 傷や病気を治す水の秘薬なんてエスポワールとヒール系で替えが効くだけでなく、こちら側の効果の低い回復薬ですら、ここでは有り得ないほどの効果なのだ。……まあ、エクレアを食べて傷が治るのも冷静に考えれば有り得ないが。

 それでもプリエは学ぶ。全ては主人のかわいい笑顔の為に。

 

 

「もう朝よ、ルイズ」

「ふぁぁ……おはようプリエ……」

「ええ、おはようルイズ」

 

 主人を起こす時間になる少し前に、全ての痕跡を消し去って部屋に戻る。そうしてプリエは、かわいいかわいい主人を起こすのだ。伸びをしているあどけない主人を見て、プリエは学院で「寝ていればルイズもかわいいのに……」とか「いつも素直ならなぁ……」などと宣っていた不届き者のことを思い出していた。

 プリエに言わせれば、それは断じて違う。主人は寝ていようが起きていようがかわいいし、傍目からしか見たことがないが素直よりもツンツンしていた方がかわいいのだ。素直になれずに当たられた生徒を見て、何度プリエが心の中で涙を流したことだろうか。もうプリエは懐かれすぎていて、ツンツンされる気配が全くないのだ。

 

 この前、どうにかして癇癪を起こしてもらおうと命令を無視してみたところ、青くなって土下座までする勢いで謝られてしまった。プリエの予想では「な、何よ!使い魔のくせにご主人様に逆らうの!?」となるはずだったようだが、どこで間違えてしまったのだろうか。

 元々、実力的にどっちが使い魔だか分からないのだから、せめて態度だけは毅然(きぜん)としてほしいものではある。そんなアホらしいことを考えながらルイズの着替えまで済まし、主従は食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

「おう!来たか『我等の華』!」

「ええ、今日も頼むわ」

「任せとけ!」

 

 あの決闘の一件以降、“平民にも変わらぬ態度で接してくれて、しかも横暴な貴族を正しい道へ導いてくれる”として、使用人の間でやはり英雄扱いされてしまっていたプリエは、何故かふざけた名前で呼ばれていた。

 別に『我等の』まではいいようだが、『華』という部分がどうも気に入らない。シエスタの方が華っぽいし、『拳』とかの方が良かったようだ。まあ、こんなことを一々訂正するのもアホらしいため、黙ってその呼び名を受け入れているが。

 

 ちなみに、厨房へと来たのはマルトーに料理を習っているためだ。プリエは孤児院出身であり、その後聖女会という組織に入って、そのどちらでも料理はしていたが、ここまでおいしい料理は食べたことがなかった。しかし、これでも貴族は満足しないことがあるらしい。そんな事実がプリエのやる気に火をつけたのだ。そこから、ルイズが胸を張ってプリエを誇れるよう、身に着けられる一流の技術は全て身に着けるつもりになったようだ。

 ただ、プリエは努力などしなくても使い魔としては破格の存在であるだろう。

 

 そして料理を習うお礼として、配膳の手伝いもしている。厨房の皆は「恩人に手伝わせるなんてとんでもない。むしろこっちが恩を返さないといけないくらいだぜ」と言っていたが「それはそれ、これはこれ。それに悪魔のする事に恩を感じる必要なんてないわ」と言って半ば強引に手伝うようになった。

 まあ、何を勘違いしたのか、厨房の使用人たちに“高潔な精神の持ち主”だとか、“漢の中の漢”とか言われて漢泣きされたが。褒めているんだか貶めているんだか分からない褒め言葉のお礼に、その場で全員殴ってやろうかと思ったが、主人の評価も下がるし、シエスタが熱い視線を向けていたのでバカらしくなってやめた。

 

 ちなみに、当たり前だがプリエの配膳は人気が高い。その人気の理由はスピードだと考えて、一瞬で配ってみた時もあったが不評だったようだ。そして、あまりにもウザかったギーシュを抜かしたときは、彼の友人が恨みがましい視線を彼へと向けていたこともあった。

 プリエにはそれが全く理解できなかった。自分に向けるならともかく、何故ギーシュに向けるのだろうか。ただ、なんとなくアホらしそうな気がしたので、既に理解することは放棄しているが。

 

 

 

 

 

 朝食後は、プリエは基本的に自由時間である。主人と一緒に授業を受けたり、今度は図書館に行ったり、地理の把握がてら世界を探検したり、遊んでほしそうな使い魔たちと戯れるために使い魔小屋に行ったりしている。

 プリエが授業に出ると喜ばれるが、この理由はプリエにもハッキリと分かっていた。教師が説明する魔法をプリエが実演できるからだ。ただ、実際はその理由は半分であり、もう半分はプリエがアイドル的な存在だからということで、朝食を抜かれたギーシュが睨まれたのも彼だけが特別な反応をもらったからだと注記しておく。

 

 そういえば、ギトーという教師が風が最強の系統だと証明したいが為に、他の系統魔法でプリエに攻撃してこいと言ってきたこともあった。そのときは殺さないことを前提にルイズに許可をもらい、お望み通り他の系統でスクウェアクラス以上の魔法のフルコースを食らわせてやった。結果は言わなくても分かるだろう。まあ、フルコースと言う割には前菜の部分で力尽きていたが。

 

 そして、今日は学院の傍の湖のほとりにある、割と大きな使い魔小屋の中にプリエはいた。

 

「きゅいきゅい!(プリエこっちなのね!)」

「言われなくても見れば分かるわよ」

 

 今日はシルフィードと遊ぶ約束をしていたのだ。ただ遊ぶだけとは言っても、シルフィードはこの世界最強の竜族である韻竜なので、並の使い魔だと死んでしまうことだってある。しかし、プリエの強さはそんなものではないから、よくシルフィードの遊びに付き合っているのだ。

 

「さて、今日は何をしましょうか?」

「うーんと……そうだ!戦闘ごっこでもするのね!」

 

 ちなみに、韻竜は知能も高いので人間の言葉を話すこともできる。詠唱も杖も必要としない魔法、先住魔法すらも使えるが、シルフィードはまだまだ子供であるので、あまり高度な先住魔法は使えないようだ。

 

「了解。でもね、タバサとの約束は覚えてるわね?」

「あ゛」

 

 タバサとの約束とは、韻竜だとバレるといろいろと都合が悪いので、自分かプリエが許可しない限り人の言葉は喋ってはいけないというものだ。それには例外などなく、プリエにいたっては鳴き声からでも言いたいことが分かるので、この約束は人気の少ない池のほとりであろうと絶対のものであった。

 

「で、でも、他に誰もいなかったのね!」

「へえー、口答えしてまた喋るんだー」

「きゅ!?きゅいきゅいきゅい!!(ご、ごめんなさいなのね!!オシオキだけは!オシオキだけは勘弁してほしいのね!!)」

 

 よっぽどプリエのオシオキが怖いのか、その大きな体をガタガタと震わせるシルフィード。まだ実行したことがないはずなのにすごい脅えようだ。シルフィードはプリエを悪鬼羅刹の類だとでも思っているのだろうか。

 

「んー、そうね……まあ、人の気配はなかったからオシオキは勘弁してあげるわ」

「ホッ……」

「だけど、今日の遊びはアタシが決めるわね」

「?」

「さあやりましょうか、追いかけっこ」

 

 まあ、実際その通りなのだが。

 

 追いかけっこは昼まで続いたとだけ言っておこう。シルフィードも()()()()喜んでいたし、冥利に尽きるというものだろう。

 

「(も……もう絶対……プリエは怒らせないように……するのね…………ガクッ)」

 

 三時間も全力でプリエから逃げ続けていたシルフィードは、精根尽き果てて湖のほとりに倒れこんだのだった。

 

 

 

 

 そしてお昼時になり、プリエは再び厨房へと入る。朝食のときと同じように料理を教えて貰って配膳を手伝い、ウザいギーシュは無視した。

 昼食を終えると、普段なら図書館で時間を潰し、本を読んだりタバサを見つめていたりするのだが、今日は特別。塔破壊の件がバレ、プリエは全責任を被ってオスマンの秘書をすることになっていたのだ。その時間は昼食後から夕食までで、期間は一ヶ月だ。

 それを言い渡されたときは衝動的にフーケをすりおろしそうになったがやめた。この件に関してだけフーケは何も悪くないからだ。だからこそ、やろうと思えばいくらでもごまかせるのに、文句の一つも言わずにプリエは秘書をこなそうとしているのである。

 

「で、コレはどういうことでしょうか?」

「だってめんどくさいんじゃもーん」

 

 プリエの目の前、オスマンの机の上には書類の山があった。くだらないものから重要なものまであるが、それをこのジジイはめんどくさいの一言で放置していたらしい。

 

「はぁ……仕方ないですね……」

 

 愚痴を言ってもこのジジイをシバいても仕事が減る訳ではなく、プリエは諦めて書類に目を通し始めた。ちなみに、プリエはぴっちりとして体のラインが出るローブに伊達メガネ、ついでに敬語まで強要されている。オスマンは、完全に形から入らせるタイプであるようだ。

 今日の仕事は書類の整理だけで終わった。デスクワークが苦手であるのにあの山の4分の3を片付けたのだ、少しは褒められてもいいだろうとプリエは思った。

 そして、あのセクハラジジイを殺さなかったことも褒めてほしい。お尻を触られたり、スカートを使い魔に覗かれたり…まあ、そこまではプリエも予想していたのだが問題はその後だ。あのエロジジイは、プリエが殺気で脅した後もセクハラを続行してきたのである。

 最後にはプリエの殺気を受けながらセクハラしてくるようになったし、偉大なるエロメイジに改名した方がいいんじゃないだろうか。一発ぶん殴ってやろうにも、怒りから力の加減ができそうになく、本気の殺気で気絶させたら面倒くさそうなので、殺気でセクハラを抑えつつ黙々と仕事をすることしかプリエはできなかった。

 

 もしかして“殺さないように気を付けるあまり何もできなくなることを見越してのセクハラだったのだろうか?”とプリエは考えたが、そのあまりにもバカらしい内容に精神的な疲れがどっと来て、ルイズのベッドに倒れこんで眠り始めてしまった。

 

 

 

 

 

 いつもなら配膳の手伝いをいるはずのプリエの姿が見えないことにルイズは気づき、心配になって学院中を探し回っても見つからず、縋るような思いで最後に自分の部屋のドアを開けたら、そこにプリエはいた。何故か教師用のローブを着てベッドで寝ていて、その顔を見たら安心感が込み上げてきた。

 そういえば、ルイズがプリエの寝顔を見るのは初めてだった。主人にすら隙を見せないほどに、常に最高の使い魔でいようとプリエは努力していてくれるのだ。ふと、ルイズは思う。“しかし自分はどうだろう?本当にプリエの主人として相応しいのだろうか?”と。

 確かに魔法に関する努力はしている。まだ魔法は成功したことがないが、プリエの話だと魔力というものは最初とは段違いの質になったらしい。『ゼロ』と呼ばれることもなくなったが、それらは全てプリエのおかげだ。思えば、今までプリエに頼りっきりだった。今度は自分が頼られたい。この素晴らしいパートナーを見ていると、心からそう思える。プリエに頼られるには血の滲むような努力が必要だが、諦めない限りはどうにかなるのだ。

 

 “明日、プリエに頼んで魔法と一緒に体も鍛えてもらおう”そう決意して、ルイズはプリエと共に眠りに落ちた。

 




ルビは基本的に、自分が読んでいて、読みづらいと思った場所に振ってあります。

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