伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第6話 土くれのフーケ

 ぱっと、トリステイン魔法学院の広場の一角で強烈な光が一瞬だけ伸びる。夜の色も深まってきた頃に、それは毎晩行われていた。

 

「『レビテーション』!」

 

 ルイズが石ころに魔法をかける。しかし、それは期待した効果を発揮せずに、石ころはやはり爆発してしまった。

 

「そろそろ休憩する?」

「まだ、やれるわ!」

「そう?」

 

 ルイズは肩で息をしていて辛そうだが“そんなものは気合いでなんとかなる”と言わんばかりの気迫を見せ、プリエに強く宣言した。

 

「『錬金』!」

 

 今度の魔法は成功し、石ころはガラス玉へと変貌した。

 

「この感覚……この感覚で……『錬金』!」

 

 さっきは成功したのに今度は失敗。先程よりも威力の低い爆発が巻き起こる。

 

「(やっぱ、いきなりの魔力制御はキツそうね)」

 

 そう、此処で毎晩行われているのは魔法の特訓であり、プリエがルイズに覚えさせようとしていることは、魔力の感覚操作である。この特訓はこの世界の人間には不可能だが、魔力が身体を強化して、元々のプリエの世界の人間と近い状態になっているルイズならできるはずである。

 特訓を進めて行けば、いずれは先住魔法のように無詠晶杖無しで魔法を使えるようになり、プリエの魔力無しでも自分の魔力、というか精神力が自然と身体を強化するようになる。

 ただし、それは完成形の話であり、今ルイズが目指しているのは初歩の初歩、魔力感覚の違いを掴むことだ。

 

「くっ……『錬金』!」

 

 魔法が成功して石ころがガラス玉になる。

 

「『錬金』!」

 

 また失敗してガラス玉が爆発する。

 

「まだまだ……『レビテーション』!」

 

 魔法で石ころが浮遊する。

 

「……『レビテーション』!」

 

 失敗で石ころが爆発する。

 

 二回続けて同じ魔法を使い、プリエが直した魔法と失敗魔法の感覚の差を覚えさせようとしているのだが、中々うまくいかない。ルイズは限界ギリギリまで精神力を使っては死んだように眠るという生活を、ここ二週間ほど繰り返していた。

 ちなみに、プリエが魔法を修正しているうちに分かったことだが、精神力は魔力とは微妙に違い、肉体的な気の力も使用するようだ。

 そのため、まずは魔力と気の完全分離から。とも考えたが、まずはこちらの魔法を使えるようになってからでもいいだろうという結論に至ったのだ。

 

 ただ、()力ではなく()力であることが少しだけ気になったが、それでもルイズたちは人間であるため、今は全く気にしていない。

 

「(んー、魔力が弱すぎてよく分かんないのかもしれないわね。もうちょっと魔力を送り込んでみるか)」

「あーもう!『錬金』!」

 

 半ばヤケになりながら放った錬金だが、今度は石ころが見事な黄金に変化する。

 

「……へ?」

「送る魔力を強めたのよ、今度の爆発は強いわよ?」

「う、うん『錬金』!」

 

 さっきまでの小爆発とは比べものにならないほどの爆発が起こるが、結界により音も威力も遮断され安全だ。ルイズは目の前の大爆発に驚いてはいたが、同時に何かを掴みかけていた。

 この方法で特訓すれば、ルイズもいつかはコモンマジックだけでなく系統魔法も使えるようになるだろう。本当にいい師匠をルイズは持ったが、それでも二つだけ誤算があった。

 

 一つは師匠が優秀すぎたという誤算。そしてもう一つは、精神力と魔力の微妙な差による誤算だ。普通ならば、ただ魔力が強まった程度では黄金は作れないのだ。

 たとえドットクラスのメイジがプリエの半分の魔力を持っていたとしても、作れるものはせいぜい真鍮が精一杯で、変わるのはその量だけ。プリエがもっと凄いものをポンポンと作ってしまうため、ルイズすらそのことを忘れていた。

 

 そして、プリエが行使する魔法。仮に魔界魔法とするものは、魔界を構成する霊素に魔力で働きかけるものである。それは世界を構成している精霊に呼びかける先住魔法と近いものがあり、世界を無理やり捻じ曲げるこの世界の魔法とは遠いものであると思ってしまう。

 しかし、高い魔力を持つ者が行使する魔界魔法は、たとえ霊素がなかろうと自らの霊素により世界を捻じ曲げ、世界に爪痕を残すのだ。つまり、実際はルイズたちが扱う魔法は魔界魔法に近く、要するにさっさと魔界魔法を覚えさせていればアッサリと魔法が使えるようになっていたということだ。

 プリエがもしも魔学者であれば……本当に惜しいことである。

 

「よし、今日はこの辺にしましょうか」

「ま、待って……!今、何か感じた気がする……」

「アタシの魔力はいっぱい残ってるけど、ルイズの体力はもうないでしょ?次に魔法を使ったらルイズの体力がなくなって、派手にぶっ倒れるわよ?」

「……それでも、いいわ……。……やらせて、ちょうだい……」

 

 ルイズは既に限界一歩手前といったところ。肩で息をしているだけでなく、手も足もプルプルと震えている。しかし、使い魔は主人の意志に逆らわないものだ。

 

「ま、ベッドまで運ぶ手間が増えるだけよね」

「あり、がと……」

 

 諦めたような、それでいて少し楽しげな笑みを見せるプリエに、精一杯の微笑みを返すと、“どうせ最後だから”と思ってルイズはありったけの精神力を込める。

 

「……『レビテーション』!」

 

 石ころが急速に浮かび上がり、地面から5メイル程の空中でピタリと止まる。思わず意識の手綱を放しそうになるが、もはや残りカスとなった体力と、持ち前の気合いでなんとか持ち堪えた。

 

「『レビ、テーション』!」

 

 しかし、既に目も霞んでいたルイズは大きく目標を見誤り、その杖の直線状にあった塔の頂上を爆破して、そのままバッタリと倒れこんで気絶してしまった。

 

「あー……ちょっとマズイかなぁ」

 

 『サイレント』の魔法もかけてあり、自分達の周囲の音は漏れないが、流石にアレは範囲外だ。皆寝静まっている頃とはいえ、『サイレント』を学院全体にかけたら有事の際に対応できないかもしれないと思ったのがマズかった。幸い、失敗魔法から生体への殺傷能力は奪っておいたので、人がいたとしても平気だろう。

 

「……まあ、元通りになればいっか」

 

 それを考慮すれば、(おの)ずとこのような結論に至る。早い話が高度な証拠隠滅だ。プリエは最高クラスの回復魔法を塔にかけると、そそくさとその場を立ち去った。

 

 

 

 

「ゲホッ!ゲホッ!な、なんだい今の爆発は!?」

 

 先程ルイズが吹き飛ばした場所―――宝物庫付近には、運悪く居合わせた人物がいた。いや、その人物は運悪くそこにいた訳ではなく、宝物庫から学院の秘宝を盗み出す為、念入りに調査を進めていたのだ。

 その人物とは学院長秘書ミス・ロングビル。有能な美人秘書とは仮の姿で、怪盗『土くれ』のフーケとして世間を騒がしているのだ。

 

 先日、コルベールに宝物庫のことを何気なく聞いたら、“物理的な攻撃に弱い”という弱点をベラベラとご高説承ったので、その弱点に基づき調査をしていたのだ。

 しかし、弱点とは言っても元々要塞のような宝物庫。自身が作り出せるゴーレムで何発も殴って、やっとこさ突破できるようなものだった。

 

 いっそ本当にサイレントかけて殴り続けようかと思ったが、ルイズとプリエが特訓していることは知っていたので、迂闊に手が出せなかったのだ。

 盗賊の直感というものなのか、彼女はプリエの危険性を学院中で最もよく理解していた。皆に見せる友好的な態度は恐らく本物であるが、その裏に敵対者を虫ケラとも思わないほどの冷酷さがあることまで見抜いていて、だからこそ下手な行動はできなかった。しかし、諦める訳にもいかないので何らかのチャンスを今か今かと待っていたのである。

 

「……驚いたねえ、まさか階ごと吹き飛ぶとは」

 

 ルイズの失敗呪文は塔のてっぺんを完全に消滅させていた。それを確認したフーケの行動は素早く、もはやどこからでも入れる宝物庫に飛び込むと、目的のお宝である『奇跡の魔導書』を盗み出し、自身の犯行の証を刻み込んでさっさと退散しようとする。

 

「!? な、なんだいこれは!?」

 

 フーケが驚くのも無理はない。プリエの回復魔法で崩れた塔がみるみる内に元に戻り始めたのだ。その速度は凄まじく、思わず岩が成長していると思ったほどである。あまりの驚きからか、ほとんど消し炭になっていた自らの衣服も再生していくことに気づいていない。

 

「チイッ!」

 

 フーケは目の前の現象の理解を放棄し、とにかく走り出す。下から生えてくる岩を驚異的な反応速度で避けながら、怪物の口が閉じられるように上下から生えてくる壁の隙間に勢いを殺さずに体を滑り込ませ、宝物庫に閉じ込められる寸前でなんとか脱出することに成功した。いくら歴戦の盗賊とはいえ、これには流石のフーケも息を切らしている。

 

「ハァ ハァ……い、いったい、なんだったんだい……?」

「そこのお前!何者だ!」

 

 静かになった塔内に飛ぶ怒号。そこには、爆発音などの大きな音に驚いて、急いでかけつけた当直の教師がいた。

 

「(ハン、アンタみたいなノロマに捕まるようなフーケ様じゃないよ!)」

 

 流石にいくつもの修羅場を潜り抜けてきただけのことはあり、フーケは声をかけられた瞬間から呪文を紡いでいた。駆けてくる教師を尻目に予備の杖を振り、巨大な土のゴーレムを作り出す。そして、フーケはその肩に飛び乗ると、悠々と学院を立ち去って行ったのだった。

 

 

 

 

 朝のルイズの私室。普段ならばノックもせずに隣室の悪友が踏み込んでくることがある時間帯だが、今日は本当に珍しいことに、ノックの音がきっちりと4回響いていた。

 

「ミス・ヴァリエール、少しよろしいですかな?」

「ふぁぁ……。……どちら様?」

「コルベールです。ミス・ヴァリエール、ミス・プリエ、院長室にお越し願いたい」

 

 昨日、自分がしでかしてしまったことを知らないルイズは、疑問符を浮かべながらベッドの横に立っているプリエを見る。

 プリエの表情はいつもの通りだが、冷や汗がたらりとたれていた。普段は絶対に焦らない使い魔の様子を見て、ルイズは急速に覚醒していく。

 

「……は、はい。分かりました」

「うむ、それでは私はこれで」

 

 コルベールの足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなると、ルイズはプリエに尋ねる。

 

「…………もしかして私、何かやらかした……?」

「…………ちょっと、塔をね……」

「…………」

 

 なんとなく、どういうことがあったのかが分かる。そして、悪い方へ悪い方へと向く意識を追い払いながら、主従は院長室へと向かった。

 

 

 

 

 院長室には、昨晩の出来事を偶然目撃していたタバサとキュルケが既にいたが、どちらも爆発が起こってからの目撃だったため、爆発が起こる前から中庭にいたルイズたちが呼ばれたのだ。

 院長室に呼ばれた理由がフーケ絡みのことだと分かると、これ幸いとばかりに主従はフーケに全ての罪をなすりつけていた。

 

 おかげでフーケの印象が更に悪くなり、王宮に連絡してスクウェアメイジたちで討伐隊を組んでもらおうという意見も出たが、主従の熱い説得とオスマンの独断により却下された。

 オスマン曰く「自分たちの尻拭いは自分たちで」とのことだったが、プリエの尻に目が釘付けのエロ老人の言葉なので、如何せん説得力がなかった。

 

「では、我こそは!と思うものは杖を掲げい!」

 

 するとほとんどの教師達は顔を見合わすばかりで誰も杖を掲げようとしない。もちろん責任逃れもあるだろうが、皆自分の命が惜しいのだ。

 

「やれやれ……。ま、仕方ないかのう……」

 

 主従が罪をなすりつけたおかげで、相手は学院長ですら知らないような強力な魔法を使うバケモノだと思われてしまったのだ。尻込みするのも無理はない。

 オスマンが諦めて素直に魔法部隊を呼ぼうとしたとき、勢いよく杖が上がった。

 

「私、行きます!」

「ほう」

 

 杖を掲げたのはルイズ。その姿は自分でできるだけのことをしようとする勇敢な者にも、その恐ろしさを知らずに突っ込もうとする無謀な者にも見える。

 

「い、いけません!生徒に行かせるくらいなら私が行きます!」

「ミスタ・コルベール、お主はダメじゃ」

 

 コルベールは言い返そうと口を開くが、結局何も言わずに、苦虫をかみつぶしたような表情で引き下がった。

 

「ミス・ヴァリエール、本当に危なくなったら貴族の誇りなんぞ忘れて逃げるのじゃぞ? 聞けばフーケは殺しを嫌うそうじゃ。よもや、逃げる子供まで追って殺すようなマネはするまい」

「はい、分かりました」

 

 教師たちは期待や憐憫、羨望、あるいは嘲笑の視線をそれぞれルイズへと投げかけていたが、どれもルイズの心には届かない。それもそのはず、ルイズは教師たちが思い描いていることとは全く別のことを考えていたのだから。

 

「(そうよルイズ、それでいいのよ。他のやつに捕まってベラベラ喋られたらマズイ…その前に──)」

「(私たちでフーケを捕まえて──)」

「「(秘密裏に始末する!)」」

「(学院には『自分達の身を守るのに必死で、まさか失敗魔法であんなことになるなんて…』とでも言っておけばいいわね)」

「(まあ、殺しはしないにしても、アタシたちのことは絶対に喋らないくらいこっぴどく痛めつける必要があるわね。幸い、傷はいくらでも治せるし)」

「(フーケ、アンタに怨みはないけど、私たちの明るい未来の為に──)」

「「(消えてもらうわよ!)」」

 そう、実際に考えていたのはお互いの身の保身とフーケの始末で、義憤も蛮勇もあったものではなかった。これはもう完全に悪魔の思考である。なにもそこまで似通らなくてもいい気がする。

 そんな邪悪な思念を感じ取ったのか、ロングビルことフーケは何やら背中に冷たいものが走り、ぶるりと大きく身を震わせた。

 

「ルイズが行くならあたしも行くわ」

 

 胸の間から杖を取り出し高々と掲げるキュルケ。予想外の出来事に、ルイズだけでなくプリエまで目を白黒させていた。

 ここでキュルケを操ってもよかったのだが、そうやって取り下げた場合、キュルケの名誉を傷つけることになるため、プリエはルイズの舌先に任せることにした。

 

「なっ!?だ、ダメよ!!これは危険な任務なのよ!?」

「あら?珍しいわね、ルイズがあたしを心配してくれるなんて」

「心配なんてしてないわよ!たとえあんただろうが死なれると寝覚めが悪いのよ!」

「あたしだって同じよ。それなら、協力した方がいいと思わない?」

 

 多くの男性を魅了しているからか、口はキュルケの方が一枚上手だったようだ。そういえばキュルケには口げんかで勝てたことがないことを思い出し、ルイズは少し悔しくなる。

 しかし、プリエならばキュルケに気づかれないようにフーケを消すことなど簡単だろう。ルイズは黒い考えを頭に浮かべ、心の中で高笑いしていた。

 

 それにしても、プリエから流れる魔力は心には影響を及ぼさないはずなのに、どうしてここまで考え方が似てしまったのだろうか。

 

「私も」

 

 そうこうしている間に、同行者が一人増える。こうなったら一人増えるのも同じなので、今度はどこか他人事のような思いをルイズは抱いていた。

 

「あら、タバサも来てくれるの?」

「少し心配」

「んもぅかわいいんだから!」

 

 “少し”の部分を照れ隠しとでも受け取ったのか、キュルケはタバサに抱き着き、頭を撫でる。実際は照れ隠しでもなんでもなく“本当に自分が見たような強力な魔法を使うなら”心配という意味だ。

 まあ、慌てたように説明するルイズの口を塞いでわざわざプリエが説明していたので、その可能性は薄いだろうが。というか、十中八九プリエの魔法だろうと、タバサは考えていた。

 タバサは、使い魔の範疇どころか、エルフすらも軽く超えているプリエの魔法に興味があったのだ。

 

 その後にやってきたロングビルがフーケの潜伏場所を見つけたと言うので、明日の早朝にフーケを捕らえに行くことになった。

 

 

 

 

 

 次の日の早朝、プリエが割とスピードを出して飛んだ為、一行はほんの数秒ほどでフーケが潜んでいるという小屋の付近に着いていた。メンバーはロングビル、ルイズ、プリエ、キュルケ、タバサに、念のため連れてきたシルフィードと、駄々をこねてムリヤリついて来たデルフリンガーだ。

 

「す、凄いですね、プリエさん……」

 

 訳が分からない内に景色が変わっていたので、ロングビルは若干混乱していた。まあ、反応ができる分ロングビルはまだいい方で、他の面々は総じて目を回して地面に倒れこんでいる。そして皆の回復を待ってから、プリエは作戦の概要を説明し始めた。

 

「よーし、それじゃ作戦はこうよ。アタシが突っ込んでフーケがいたら捕まえる、いなかったらアタシが周囲の人間の気配を探るわ」

 

 要するにプリエに丸投げの作戦だが、コレが一番効率のいい方法だ。プリエならば大丈夫だろうと、四人はすぐに納得して頷いた。

 

「魔力系の罠とかはないみたいだけど、もしアタシが行動不能になったらシルフィードに乗って助けを呼びに行くこと、いいわね?」

 

 どうせ何も効かないだろうとプリエは思ったが、万が一ということもある。念には念を、ということだ。また四人が頷き、今度はシルフィードが“任せろ”と言うようにきゅいきゅいと鳴いた。

 

「よし、それじゃ行ってくるわね」

「なるべく早く頼むわよ」

「にしても、アナタに狙われるなんてフーケも不幸ねえ。私はアナタに狙われたいけど」

「頑張って」

「油断は禁物ですよ」

「きゅいきゅい!(プリエなら平気なのね!がんばるのね!)」

 

 それぞれの言葉を背に、プリエは小屋の中へと入っていく。それを確認すると、ロングビルが周囲を探ってくると言って、森の中へと消えた。

 

「誰もいない……か。はぁ……仕方ない、この辺りを探って──ん?」

 

 プリエは小屋の中で、明らかにこの世界のものではない魔力を察知し、布がかけられて無造作に置かれているだけの何かを見つける。

 

「そういえば“奇跡の魔導書”ってのと“破滅の十字架”ってのが盗まれたんだっけ?どうせ名前負けしてるたいした事ない物だと思ってたけど、中々面白そうじゃない」

 

 その魔力を発している物の布を取り払うと、そこにあった物にプリエは絶句する。“そんなバカな……どうして()()が……”そして、その思考を遮るように、ゴーレムの拳が小屋を叩き潰しながらプリエに突き刺さった。

 

 

 

 

 

「!? プリエ!!」

 

 それは突然の、そして一瞬の出来事だった。いきなり巨大なゴーレムが生成され、小屋ごとプリエを攻撃したのだ。

 

「シルフィード!」

「きゅいきゅい!(了解なのね!)」

 

 タバサはシルフィードの背に飛び乗ると、二人に『レビテーション』の魔法をかけ、一緒に浮上した。その間も、ゴーレムはその圧倒的な質量でプリエを殴り続けている。

 

「待って、プリエが!」

「彼女ならきっと平気。それに、敵の目がこっちに向いたら厄介」

 

 プリエは“行動不能になったら”と言っていた。つまり、彼女には絶対にやられない自信があると、タバサは考えたのだ。

 

「だけ──」

「煩いなぁ」

 轟音が轟く中、底冷えするような声が響いた。三人は思わず崩れた小屋を注目すると、先程まであれほど激しく続いていたゴーレムの攻撃が止まっていた。

 そして、一拍置いてゴーレムの体がずれる。更に一拍後に、ゴーレムがちっぽけに見える程の巨大な十字の火柱が立ち上り、ゴーレムは完全に消滅した。最後に、一筋の黒い閃光が森へと消えていった。

 

 

 

「んな……バ──がっ……!?」

 

 ロングビル、いや、『土くれ』のフーケは、自分のゴーレムが消されたのを驚くヒマもなく首を掴まれる。

 

「……答えなさい」

 

 普段とは違い優しさのカケラもない平坦な声。プリエはハルケギニアに召喚されて初めて、本気の殺気を放っていた。

 “不意打ちならばいけるかもしれない、そうでなくても殺されはしないだろう”そう考えた過去の自分をブチ殺したい。今のこの状況から抜け出せるなら本当に死んでもいい、本気でそう思うほどフーケの頭は恐怖に支配されていた。

 

「コレを……知っているヤツは誰……?」

 

 フーケは苦しむことも忘れ、脳細胞を総動員して答えを探す。

 

「学院長 オールド・オスマンです……」

 

 首を絞められているとは思えないほど滑らかな滑舌だが、それは恐怖が欲求を支配しているから。今のフーケはプリエに命令されればどんなことだってやるはずだ。

 

「そう、じゃあ答えてくれた()()をしなくちゃね」

 

 少しだけ優しくなった声音でプリエが言う。彼女が言うお礼とは、まず間違いなく貰って喜べるようなものではないだろう。どんな恐ろしいことをされるのか分からない、それが更にフーケの恐怖を煽った。

 

「ぷ、プリエ……?」

 

 不安げなルイズの声、プリエを心配して駆けてきたのだが、プリエから発せられる恐ろしい気配を感じ取って怖気づいてしまったのだ。フーケの恐怖が最高潮に達したところで“お礼”をしようとしていたプリエは、主人の一言で急速に冷めていった。そしてフーケを放すと、地面に崩れ落ちるままにフーケは気絶した。

 

「……どうかした?」

 

 その口調はいつものものに戻っていたが、こっちを向いていないので表情は分からない。表情も確認したいが、さっきの場面がフラッシュバックし、どうしてもたじろいでしまう。

 

「……あ、いや、その……」

 

 場に沈黙が流れる。ルイズも、キュルケも、タバサも、シルフィードでさえも言葉を発することができない。何を言っても、プリエを傷つけてしまいそうで怖いのだ。

 

「いやー、おでれーた」

 

 そんな空気を破ったのは、プリエに背負われているデルフリンガーであった。

 

「プリエの姉ちゃんったらこえーのなんの。俺が生物だったら思わずちびってたぜ!」

「そんなワケないでしょ。だって別にみんなに向かって殺気を放ったワケじゃないし、ねえ?」

 

 デルフリンガーが空気を変えてくれたおかげで、プリエはいつもの調子に戻って振り返ることができた。しかしその質問には誰も答えず、皆一様に目を背ける。

 

「え?はっ!?えっ!? た、タバサ!?」

「……貴方に嘘は言いたくない、でも真実も言いたくない」

 

「きゅ、キュルケ?」

「その……私はゾクッと来たわよ?」

 

「……ルイズ?」

「…………わ、悪い所が一つくらいあった方がかえっていい所が輝くのよ!」

 

「ほれ見ろー!」

「まだ!まだだって!まだシルフィードが残ってるわよ!」

「きゅう……(シルフィ怖かったのね…)」

「ドラゴンにまで怯えられるたァ更におでれーたぜ」

「うう……」

……プッ

 その光景がおかしくて、思わずお腹を抱えて笑ってしまった。能面のように無表情のタバサですら楽しそうに微笑んでいたのだ、我慢できるはずがない。プリエは「なによう」と頬を膨らませていたが、それが拍車をかけたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

「君達、土くれのフーケの逮捕、よくやってくれたのう。じゃが、まさかミス・ロングビルの正体がフーケだとは。人は見かけによらんと言うが……本当じゃのう」

 

 フーケを衛兵に引き渡し、休憩などもして一段落した一行は、学院長室へと招かれていた。ここにいるのは使い魔とフーケを除いた一行のうちの三人と、オスマン、そしてその傍らに控えるコルベールだけだ。

 

「あの、そういえばミス・ロングビル……いえ、フーケをどういった経緯で秘書にされたんですか?」

「いやのう、彼女が働いていた酒場でお尻を触っても怒らなかったからつい」

 

 なんとなく予想はついていたが、あまりにも予想通りだったので、この場の全員がオスマンを呆れたように半眼で見つめていた。

 

「……ぅオッホン!まあ、そこでじゃ、君達の功績を称え、君達三人のシュバリエ認定を王宮に申請しておいた」

「!! 本当ですか!?」

 

 爵位の授与はもちろん喜ばしいことだが、今までの努力がついに認められたような気になり、ルイズは嬉しさで今にもオスマンに詰め寄らん勢いだ。キュルケはうんうんと満足そうにうなずいており、タバサは相変わらずの無表情である。

 

「ああ。しかし、ミス・タバサは既にシュバリエの爵位を持っておるから、精霊勲章の授与を願い出ておいたがのう」

 

 その意外な事実に、二人は目を見開いてタバサを見つめる。

 

「そうなのタバサ?」

「うん、聞かれなかったから言わなかっただけ」

 

 その返答にキュルケはため息をついたが、それほど重要なことでもないと思い、すぐに姿勢を直した。

 

「フーケも捕らえ、我が魔法学院の威厳も回復し、万々歳といったところじゃのう」

 

 全てが無事終結し、あとは喜ぶだけというムードが部屋の中に流れるが、その中でルイズは表情を一変させて暗い顔をしていた。そして、おずおずと口を開く。

 

「……あの、プリエには何もないんですか?」

「……すまんのう。流石に正体の知れない存在にシュバリエの爵位申請を出す訳にはいかんのじゃ」

 

 本当に申し訳なさそうに苦々しく言うオスマン。三人から提出された報告書はその9割がプリエのことで埋まっており、そんなプリエに報えないことはオスマンとしても心苦しいのだろう。

 

「彼女がいなければこれほどスムーズにはいきませんでした。むしろ、彼女一人で捕まえたのにそれでもダメなんですか……?」

「こればっかりはどうにもならんのじゃ。本当に、彼女には申し訳ないと思っておる」

 

 そこまで言われ、頭まで下げられると、もう何も言い返せない。しかし、それでもルイズたちは院長室を立ち去れないでいた。

 

「そう暗い顔をするでない、今日の夜はフリッグの舞踏会じゃ。君たちも準備があるんじゃろう?」

 

 オスマンの言葉にタバサ以外の二人はハッとして、どうにもできない事態から逸れた話を振ってくれたオスマンに一礼し、急いで院長室を後にする。

 

「もういいかしら?」

 

 女性などいないはずの学院長室に勝気な女性の声が響き、オスマンとコルベールはその発生源に驚いて振り向いた。そこにはデルフリンガーを担ぎ“奇跡の魔導書”と“破滅の十字架”を抱えたプリエが立っていた。

 

「ミス・プリエ、いつからそこに?」

「正体の知れない~くらいからかしらね?」

 

 クスクスと、普段の彼女からは考えられない含みを込めた笑みを浮かべるプリエ。おちょくるようなその笑みに、オスマンは思わずため息をついてしまう。

 

「なら単刀直入に聞こう。君の正体はなんじゃね?」

「悪魔の王、魔王……って言っても分かんないか」

「……ああ、済まぬが分からない。我々にとって悪魔とは、人に悪さをするという、おとぎ話の上の存在でしかないのじゃ」

「ま、だいたいそんなもんよ。とは言っても、スクウェアがだいたい下級悪魔くらいの強さで、中級、上級、魔神ときて、そいつらを力で支配するのがアタシたち魔王だけど。あとは、悪魔ってのはこことは別の世界の魔界に棲んでるくらいね」

 

 プリエのあの魔力を見ていなければ、酔っぱらいのホラ話にすら劣るほどのずさんな話として受け取られていたであろう事実は、二人を大いに困惑させる。そして、更に疑問まで生じさせていた。

 

「……それならば、何故ミス・ヴァリエールが貴方を呼び出せたのですか?」

「知らないわよ。たまたまアタシのところに繋がって、たまたまアタシの気まぐれであのゲートを通ったのよ」

 

 つまり、全ては偶然の産物というわけだ。しかし、コルベールには何かが引っかかっていた。プリエの気まぐれは偶然だとしても、召喚魔法が魔界に届いたなどという話は聞いたことがない。もしも届いていたのなら、悪魔はもっと身近で危険な存在として扱われているはずだ。そして、今まで召喚された者は全てハルケギニアで生息が確認されたもの、つまり召喚はこの世界の生き物を呼び出す呪文であるはず……

 

「……失礼ですが、ルーンを見せてもらえますかな?」

「いいわよ。てか、そのことなんだけど」

「姉ちゃんのルーンならガンダールヴだぜ」

 

 プリエの左手の甲に刻まれたルーン、それを確認する前にデルフリンガーがコルベールの疑問を解消した。

 

「インテリジェンスソード……?それに……ガンダールヴとは、あの伝説の……?」

「あたぼうよ!俺とそこのソイツを使いこなしたのが何よりの証拠だぜ!」

 

 それだけ言わせると、もう用事はないとばかりに、プリエはデルフリンガーを素早く鞘にしまってしまう。抗議のように鍔がカタカタと鳴った気がしたが、プリエは気にも留めなかった。

 

「始祖の使い魔ガンダールヴ……確かにそれならば……」

 

 コルベールは何かに納得したようで、考え込むように顎に手を当て、ぶつぶつと呟いている。そんなコルベールを無視し、プリエはついに本題へと切り出した。

 

「とりあえずアタシは質問に答えた、次はアタシの質問に答えてもらおうかしら?」

「答えられる範囲ならば包み隠さず答えよう」

「いい心がけね。じゃあ……コレは、いつ、何処で手に入れたの?」

 

 プリエが聞いたのは“奇跡の魔導書”と“破滅の十字架”―――プリエの世界の光の聖女が持っていた聖典と闇の王子が持っていた巨銃のことである。

 オスマンは語り出す―――70年ほど前、竜が群れるという異常事態が起こり、その調査と討伐の為にオスマンは派遣された。そこでオスマンが見たもの、人とは思えない禍々しい力を使う男性と、同じく人とは思えない神々しい力を使う女性、それが今回の原因だったのだ。

 二人の戦いは苛烈を極め、余波だけで周囲が焦土と化していた。そして男性の一際強い攻撃から、女性がオスマンを守ってくれたとき、二人の姿は消えており、代わりに残っていたものがソレだったという。竜の群れは、男性の最後の攻撃で全て消滅したようだった。

 

「思えば、今でも生きているのが不思議なくらいじゃ」

「(そっか、クロワもアルエットも来てたんだ……)」

 

 懐かしむように遠くを見つめるオスマン、プリエも望郷の念を胸に抱くが、二人には決して悟られないように平静を保った。

 

「今でも気になっているのだが、彼らはどういった存在なのじゃろうか」

「……闇の王子と光の聖女、アタシが元いた世界の伝説に出てくる二人よ」

「なんと!?……なるほどのう、ようやく合点がいったわい。しかし、どうしてそうもハッキリと言い切れるのじゃ?」

「アタシの仲間だったのよ。今はもう違うけどさ……」

 

 悲しげに言うプリエは、どこか遠い目をしていた。その表情は悪魔とは程遠いもので、先程までの悪魔的な行動を差し引いても、十分にお釣りがくる美しい表情だ。『悪魔』と区分されているだけで、人と変わらぬ感情を持つ生き物なのか、それとも別の理由があるのかはオスマンたちには分からない。

 しかし、本当に人を想っているからこそ出せるプリエの悲しげな表情は、オスマンたちが彼女を再び信頼するには十分すぎるものだった。

 

「なるほどのう……。君が望むのなら、ソレは君が持っていても構わんぞ?」

「……いらない、アタシにそんな資格なんてないもの」

 

 『光の聖女』に純粋に憧れ、ひたむきに目指していた頃と違い、この両の腕は血にまみれ、その身は怨みに染まっている。いくら今は人間の頃に近いとは言っても、今更受け取れるものではなかった。

 

「そうか……。ならばコレは宝物庫にしまっておくが、君の気が変わったらいつでも譲るのでな」

 

 プリエは少し悲しげな笑みを浮かべると、何も言わずに院長室を後にする。

 

「あっ!ちょっと待ってくれんか?」

「……何よ?」

「伝承によれば、悪魔は契約に逆らえないらしいのじゃが……本当にそうなのかの?」

「ええ、アタシくらいになると話は変わってくるけど、たいていの悪魔はそうよ」

 

 オスマンが何を言い出すかと思えば、先ほどの話とは全く関係ないことだった。一応、ルイズや生徒の安全確認とも取れなくはないが、プリエはオスマンが言わんとしている事になんとなく察しがついていた。それが高尚なものではなく、低俗であることも。

 

「で、では、悪魔には君のような美女が多いと聞くが本当かの?」

 

 予想が大当たりしたプリエは、全く喜ばずにため息をつく。自分への直接的なセクハラではないが、精一杯の軽蔑した視線をオスマンへと送った。

 

「そうね、アタシから見ても魅力的なやつはいるわ」

「つ、つまり、そういった悪魔を呼び出せれば……」

 

 このエロジジイはどこまで評価を落とせば気が済むのだろうか。齢300を超えると言われる偉大なるメイジであるらしいのだが、プリエにはもう色ボケジジイにしか思えなかった。おそらく、げんなりした様子でオスマンを見つめるコルベールも同じ思いだろう。

 

「言っとくけど、悪魔ってのは本来力で従わせるものよ。ルイズは例外中の例外、運が良かったにすぎないわ」

 

 この事実で諦めるだろうと思ったが、オスマンは顎に手を当てて悩みだすだけだった。そんなオスマンにコルベールと共に呆れながら、更に釘を刺す。

 

「アタシの側近でいいなら紹介するわよ?最も、アンタじゃ精気を吸われ尽くして死ぬか、セクハラして殺されるかだろうけど」

 

 「それも本望かのう…」そう呟いたオスマンにもはや畏敬の念すら抱きながら、プリエは今度こそ院長室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

「舞踏会ねえ……」

 

 着慣れないドレスを身に纏い、プリエは一人呟いた。こういうのは自分には合わないと言ったのだが、ルイズが強引にプリエを言いくるめ、プリエも着飾って参加することになってしまったのだ。

 

「にしても、モテモテだねえ」

「うるさいなあ」

 

 参加する以上、主人に恥はかかせられない。理知の仮面を被り、普段の粗暴さを極限まで抑えたプリエは、全く雰囲気に合わない大剣を携えていることを差し引いても、素晴らしい大人の魅力というものを纏っていた。

 元々顔立ちはかなりの美人であり、その上悪魔が持つ恐ろしいほどの魅力も相まって、何人もの男性やキュルケ含む女性にダンスの誘いを受けたが、面倒だったので全て断った上に認識阻害の魔法で自分を見つかりにくくしている。それでもたまに見つかってはダンスの誘いを受けるので困ったものだ。

 

「まあ、俺としちゃあ戦ってる時の姉ちゃんが一番なんだがな」

「あっそ」

 

 プリエとしては、主人やタバサならともかく、剣に誉められても嬉しくない。そういえば、まだタバサとは会っていないことをプリエは思い出し、デルフリンガーを逆手に持ってタバサを探し始める。

 

「やっと見つけました、僕とダンスを踊ってくれませんか?レディー」

 

 途中、ギなんとかに見つかったが無視。

 

「何度断られても僕は諦めませんよプリエさん!」

 

 無視。

 

「僕の愛は障害があるほど燃え上がるんですよ!」

 

 ……ギーシュは無意識で認識阻害に対して抵抗でもしてるんじゃないだろうか?プリエがたまに角に使うものとは違って、ただ見つかりにくくするだけのものだが、それでもここまで連続して見つかるのはおかしい。森の中で特定のどんぐりを探すようなものなのに。

 

「それにしても、貴女は美しい。普段の貴女もだが、今の貴女には僕のバラすら霞んでしまいますよ」

 

 そんなギーシュに少しだけ驚いて、思わず立ち止まってしまったのが悪かった、ベラベラと口説き文句を囃し立てられてしまう。何よりもおぞましいのは、全て本気で言っていることだろう。

 

「ギィーシュゥゥー!!」

 

 そろそろ理知の仮面も崩れ、殺意が見え隠れし始めた頃に怒声が響いた。せっかく着飾っているというのに、全く無視した歩幅と歩調で、憤怒で顔を真っ赤にしたモンモランシーがこちらにずんずんと近づいてきた。

 

「やあ、僕のかわいいモンモランシー、どうしたんだい?」

 

 本当にその怒りが理解できていないという調子でギーシュは尋ねた。それが琴線に触れたのだろう、モンモランシーは烈火のように怒り始めた。

 

「どうしたですって!?よくもまあそんな口が聞けたものね!!」

 

 他人の痴話喧嘩を聞く趣味はないので、プリエはそそくさと退散していた。その後ギーシュがどうなったかは分からないが“破裂音のような大きな音が何発もパーティー会場に響き渡った”とだけ言っておく。

 

 そして、ちょうど移動した先で目的のタバサは見つかったが、一心不乱に料理を頬張っていたので話し掛けられなかった。あのかわいい生物を見続けていたら、プリエはなにかマズイものを失くしてしまいそうな気がしたのだ。そう思ったということは、すでに失くしてしまっているような気もするが。

 そんな想いを鎮めるため、プリエはバルコニーに出て二つの月をぼうっと眺めていた。そして、トリステインの公爵家でもあるため、今日のパーティーの主役扱いを受けたルイズがそろそろ入場してくるだろうと思い、会場の中へと戻った。

 

「ヴァリエール公爵がご令嬢!ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール壌のおなぁーりぃー!」

 

 プリエのことだから本当に図ったのかもしれないが、まるで図ったかのように衛兵の声が響き、左右に割れた衛兵の列の真ん中をルイズが歩いてくる。ルイズはもう『ゼロ』程度の悪口では怒らなくなったため、その魅力はかなり認知されてきたが、今晩でパーティーに参加した生徒全員に知れ渡るだろう。

 この空間の時間を止めて保存してしまえば芸術品になる。心の底からそう思えるほど、ルイズは美しかった。

 

「へえ、馬子にも衣装たぁこのことだな」

「ふざけたこと言うと叩き折るわよ」

「こえーこと言うなって、冗談だよ冗談」

 

 他の者ならともかく、プリエだったら笑いながらやりかねない、慌ててデルフリンガーは訂正した。しかし、芸術品のような美しさを持っていても中身はいつものルイズなので、デルフリンガーの言葉もあながち間違いではないだろう。

 早速ルイズの周りに人だかりができているが、ルイズは丁寧にダンスの誘いを断りながら、キョロキョロと辺りを見回していた。

 

「とっても綺麗よルイズ」

「ひゃう!?」

 

 プリエはあえて認識阻害の魔法をかけたまま、後ろからルイズに話しかける。その小動物のような驚き方はルイズの美しさを少し壊してしまったが、逆にかわいさは引き立てたためプリエは満足した。

 

「び、びっくりした……。……プリエ、私と踊ってくださるかしら?」

 

 ルイズはすぐに気を取り直すと、プリエに微笑みながら手を差し伸べる。プリエも微笑みを返すと、まるで舞台の一場面のように鮮やかにルイズの手をとった。

 

「ええ、喜んで。お嬢様」

 

 主従のダンスは本当に見事で、主従の美しさも相まって見る者が思わずため息をつくほどのものであったという話だ。

 

 

 

 

 余談だが、舞踏会の後プリエファンクラブの人数は更に増え、新たに『お姉様と呼ばせてください!』派ができたようだ。

 


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