伝説の使い魔   作:GAYMAX

5 / 44
第5話 休日

「今日はあなたの服を買いに行くわよ!」

 

 今日は虚無の曜日、平たく言えば休日だ。プリエを召喚して初めての休日を迎えるまでに、キュルケがプリエを誘惑したり、何をトチ狂ったかギーシュがプリエにアタックしてモンモランシーにボコボコにされたり、タバサと仲良くなったり、ルーンを通して流れる魔力が身体を強化しているとプリエに教えられて驚いたりといろいろあった。

 

 しかし、最も強くルイズの心に残ったことは落ち込んだプリエの姿であった。あのときのプリエが元に戻るまで半日かかった。授業すらもほっぽり出してプリエを励ますことに努めた結果、厭味ったらしい教師にネチネチと説教されてしまったが、そんなことはルイズにとってどうでもよかった。

 きっとプリエは並々ならぬ事情があって、この娼婦のような服装をしているのだろう。そう思うと胸が締め付けられる。しかし、できることならプリエだってまともな服を着たいはず。そう思ってルイズはプリエに切り出したのだ。

 

「ホントに!?」

 

 嬉しそうにその話題に飛びつくプリエ。ルイズの予想通り、あの服は嫌だったのだろう。実際のところは、ここで皆に言われ始めてから気にしだしたのだが。魔界にいた頃は、側近の衣服が毛皮と布だったので気にしていなかったのだ。

 更に言うのならば、実のところはプリエが着ているものは衣服などではなく自分の体の一部であり、着心地で言うのならば最高級の衣服すらも霞むため、気にされなければ変える気などなかったのだ。

 

「でも、その為の服は?」

「あ」

 

 ルイズはその問題を忘れていた。まとも服を買うために着ていく、まともな服がないことを。自分の服は明らかに尺足らず、ミス・ロングビルなどの服ならば合うだろうが、いきなりこのようなことを頼むのも気が引ける。

 実はプリエは尺合わせくらいなら魔力でできるし、やろうと思えば変だと思わせないこともできるのだが、どちらかと言えばこれはルイズの困り顔を見る意味合いで口に出したため、あえてそれを告げなかった。

 

「…………仕方ないわね。『背に腹は代えられない』って言うし」

 

 しばらくうんうんと唸ってプリエをひそかに楽しませていたルイズだが、彼女の中で何かの決着がついたのか、プリエを連れて部屋を出る。

 

「服を貸してほしい? ……その体型で?」

「私じゃないわよ!プリエよプリエ!」

 

 主従は20歩も歩かないうちに目的の部屋、自分の隣のキュルケの部屋にたどり着いていた。キュルケは「ああ」と合点がいくと、笑みを深める。

 

「貸し一つね」

「うっ! うう……だからイヤだったのに……」

 

 肩を落として、あからさまに落ち込むルイズ。割と予想がついていたのだから、やっぱり多少の気まずさぐらいは我慢しておけばよかったと、少しだけ後悔した。

 

「……性的なことはナシね」

「あら、心外だわ。そんな卑怯な手でアナタを手に入れたとしても、全然燃え上がらないもの」

 

 その性的な手段でプリエを誘惑しているのはどこの誰だか。というか、同性に対してその手段はどうかと思う。プリエは一昨日の夜のことを思い出し「はは……」と渇いた笑いで返事をしていた。

 

「(物で済むなら楽なんだけど……)」

 

 ハルケギニアに来てからまだ一週間と経っていないが、プリエの魔法力と知識量はすでにスクウェアメイジすら遥かに凌駕しており、金だろうとなんだろうと錬金できた。

 それならば生糸でも作って、そこから服を作り上げてしまえばいい気もするが、今回の買い物の真意は遊びに出掛けることであり、それをプリエは感じ取っていたのでそういう無粋な真似はしなかったのだ。

 

「それで、私もついていっていいかしら?」

「はあ!?なんであんたなんか「貸し一つ」…………」

 

 それを言われると何も言い返すことができず、ルイズは押し黙ってしまう。しかし、二人っきりでいっぱい遊ぶ計画を壊されて落ち込む主人とは裏腹に、案外常識的な要求にプリエは胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

 

 その後、街に用事があったらしいので、タバサもついて来ることになった。使い魔のルーンからの主人への敬愛を変な方向へと受け入れだしたプリエは、“主人のような小さくてかわいらしい子が増えた!”と内心喜んでいたのだが、それとは裏腹にルイズは沈んでいた。

 しかし、プリエにいいところを見せようと奮い立ち、ルイズは移動手段に乗馬を提案する。それでは遅いと、タバサの使い魔 風竜シルフィードに乗って街まで行く案が持ち上がったのだが、プリエが“自分が一番速い”と言うので、結局彼女に街まで運んでもらうことになった。

 

「すごい……」

 

 タバサが一言漏らした。他の二人もそう思ってはいるが、それ以上に圧倒されてしまって言葉が出なかった。思わず感嘆の声が漏れるほどプリエは速く、上空から見る景色は壮観だった。

 そして、日がどれほど傾いたかも分からないような短い時間で街に着いた。未だ彼女らは知り得ぬことだが、これでも全く本気を出していないというのだから『伝説の魔王』とは恐ろしいものだ。

 

「でも、本当に速いわね。タバサのシルフィードだってこんなスピードは出せないんじゃないかしら?」

「無理。こんなスピードを出せる生物はいない」

 

 自分の使い魔が誉められて嬉しいのか、ルイズは「うんうん」と満足げに頷いている。プリエは、こと力に関してのこの世界の程度の低さを見てきたため、予想がついていたのか賛辞を当然のものとして受け入れていた。

 

「本当に、アナタは何者?」

 

 タバサの何気ない問いに、プリエは「うっ……」とどもってしまう。ルイズに語ったように魔王、もしくは悪魔だと答えるしかないのだが、タバサにそれを言うのは何故か(はばか)られた。

 

「プリエはプリエよ、それでいいじゃない」

 

 どうしようもできず、困って視線をさまよわせているところでルイズからの助け船が出る。出会って一週間足らずで見事なこの主従関係は、ルイズが素直になったことも大きいだろう。

 

「確かに」

 

 余談だがプリエが何の生物か、それは学院でも少し話題になっていた。

  角があるからミノタウロス?―――翼があるから違う

  なら翼があるから翼人?―――翼を収納できる翼人はいない

  もしかしたらエルフの変種とか―――角や翼がエルフに生えるはずがない

 と、様々な議論がなされている。

 

 中には伝承に出てくる悪魔の姿と似ている為、悪魔なのではと囁かれたりもしているが、

  ―――伝承により姿は千差万別

  ―――お伽話を信じるなんてどうかしている

  ―――彼女は天使だ!いや女王様だ!

  ―――むしろ彼女を悪魔扱いする貴方が悪魔

  ───ふざけたこと言ってんじゃないわよ!この悪魔!

 といった具合の意見が噴出し、こればっかりは何故か封殺されるほどに否定されている。

……まあ、実際は悪魔なのだが。

 

 そして、プリエが服の採寸をしている間にタバサとキュルケは本を見に行くことになり、お昼頃までは別行動となった。

 洋服屋に着いてから程なくして採寸が終わり、主従グループは道すがらでスリの腕を砕きながら街中を観光している。昔プリエが住んでいたところに似てはいるのだが、そこと比べると随分とゴミゴミとしていて、無秩序に建物が詰め込まれているように感じる。

 人で溢れ返っている表街道よりも、多少汚くても人があまりいない裏路地の方がほんの少しだけ気が楽で、プリエはその街並みよりも、昨日地図やガイドブックとにらめっこをして、詰め込んだ知識を一生懸命披露するルイズの様子を楽しんでいた。

 

「ここが秘薬屋であっちが武器屋よ。ここら一帯はあまり治安がよくないから気をつけてね」

「気をつけるのは、むしろ盗っ人の方かもね」

 

 実際に被害が出ているだけに盗人には笑えない冗談を交えながら、主従は武器屋の中へと入っていく。

 

「いらっし─── う、うちは貴族様に顔向けできねえようなことはしてませんぜ!?」

「勘違いしないで、客よ」

 

 ルイズが短く言い放つと、王宮への摘発ではなくホッと胸を撫で下ろした店主だったが、目の前の武器のことを何も知らなそうな上客からふんだくってやろうと、すぐさま商売人の顔になった。

 

「これはとんだはやとちりを。それで、どのようなを武器をご所望で?」

「なんか面白そうなやつ」

「面白そうな……かしこまりました、少々お待ちを」

 

 魔界だと二束三文で買える子供のおもちゃ程度の装備に劣る武器を興味なさげに見回しながら、プリエは期待せずにそう言い放つ。そうとは知らずに店主は、“世間知らずな貴族の姉妹が物珍しさに武器屋に入った”などという見当違いな当たりをつけては、“これならばきっとたっぷりとふんだくれるぞ”と、哀れにもほくそ笑んでいた。

 もちろん、店主はそんな甘い予想をつけた自分を悔やむことになる

 

「お待たせしやした」

「これは?」

「へえ、かの高名なゲルマニアの──」

「待たせた挙句その程度?アンタのセンスを疑うわね」

 

 高々と説明しようとしたところに思わぬ横槍、店主はムッとして言い返してしまう。

 

「……なら、どのような武器ならば面白いんですかね……?」

「少なくともそんなんじゃないわよ、それを考えるのがアンタの仕事でしょ? だいたい、こんなものならアタシにだっていくらでも作れるのよ」

「言うねえ……それだけ大口を叩く武器、是非見せてもらいたいモンだ」

 

 もはや敬語すら忘れ、店主は皮肉を言う。ルイズはそんな店主の態度で苛立つことはなかったが、プリエがその態度に怒ってしまわないかと、一人肝を冷やしていた。

 

「いいわよ」

 

 プリエは深い闇を凝縮し、一条の槍を生み出した。その様子に店主もルイズも度肝を抜かれたが、店主はこう考えてしまった。“空気から槍を錬金するなんて聞いたこともないが、空気から錬金した槍が強いはずがない”と。

 

「大した魔法ですねえ……。よろしければこの剣と打ち合ってどちらが上か確かめてみては?」

 

 店主の考えは普通なら正しいと言ってもいいだろう。確かに、メイジが空気からただ錬金しただけの槍は驚く程脆い。固定化の呪文だってかかっていないのだから当たり前だ。

 

「じゃあお言葉に甘えて」

「……オイ、あれだけ大口叩いたんだ。もしそっちの槍が刃こぼれなんかしたら…分かるよな?」

「逆にそっちの剣が斬れても、分かるわね?」

「へっ!面白い姉ちゃんだ!やれるもんならやってみやがれ!」

 

 しかし、プリエを有象無象の輩と一緒にしてはいけない。彼女は魔王なのだ、それも……同じく強大な力を持つ魔王たちとの戦いに明け暮れて、今まで一度も負けたことがないほどの魔王。人の命どころか、惑星すらも彼女の前では吹けば飛ぶようなチリのようなもの。そんな彼女が生み出した槍が強いか弱いかなど、火を見るよりも明らかだ。

 プリエが何の気負いもなしに槍を振り下ろすと、まるでバターを切るようにアッサリと店の剣は斬れてしまい、刀身が静かに落ちた。

 

「あ……?」

 

 そもそも『錬金』や空気すらも使わずに生み出されたこの槍は、プリエの力を宿しているため、それこそ子供が持ったとしてもこの世界を滅ぼすことぐらいはたやすいだろう。

 その身に宿すプリエの力により今も形状が変化していて、シンプルでメタリックな銀の槍という見た目だったものが、柄が黒く染まり始めている。このまま放っておけば、いずれ銅金の部分に翼と角が生え、穂を桃色の魔力光が構成するようになり、その中心に愛用のバトンの先端の金属飾りが浮くことになるだろう。

 

 というか、杖も詠唱もなしに魔法を使った時点で気づくべきだったのだ。店主の失敗は、こんな店に来る貴族が武器のことを知らないように、貴族が使う魔法に関して無知だったことだろう。

 

「さて、いったいどうしてくれるわけ?」

 

 店主は冷や汗をダラダラとたらしながら目を泳がせていた。先程の斬撃で床まで裂けている、そんなデタラメなメイジに自分は喧嘩を売ったのだ。店主が始祖ブリミルに祈り始めたとき、さすがにいたたまれなくなったルイズがプリエを止めようとする。

 

「おでれーた、俺に匹敵するくらいの凄まじい名槍を作っちまうたぁな」

 

 結果的に空気を変えることとなった気の抜けたような声。しかし、その声を発したのはルイズではなく、もちろん店主でもなかった。

 

「ま、俺の方がいい武器だがな」

 

 カタカタと鍔が鳴る音と同時に聞こえる声。その声の主は、店先の箱の中に雑多に詰め込まれた内の一本の剣だった。

 

「こ、こら!デル公!てめえは黙ってろ!」

 

 顔を青くした店主が急いで箱に押し戻そうとするが、その喉元に穂先を突き付けられて動きを止める。店主からは更に血の気が引き、もはや死体とも見間違うほどの土気色をしていた。

 

「剣がしゃべった?ルイズ、なにあれ?」

「……インテリジェンスソード?」

「なにソレ?」

「簡単に言うと意思を持った魔剣よ。珍しいといえば珍しいし、普通は好事家が買っちゃったりして見ないんだけど……」

 

 答えろと言わんばかりに、穂先が店主の喉元を撫でる。プリエは一切店主を見ていないが、あれほどの切れ味があるにも関わらず、店主の喉は薄皮一枚切れていない。

 

「ヒッ!そ、ソイツは客に文句ばっか言うんで、そこに突っ込んでいたんです!」

「たりめえだ!俺の価値が分からないやつに買われてたまるかってんだ!」

「ふーん、なるほどね」

 

 意思を持って喋る剣など、魔界ですら珍しい。最上位の武器や防具の中でも、意思を持つものは一握り、その中でも喋るものは更に絞られ、神を貫いて血を浴びた槍のオリジナルなど、やたらと希少価値が高いものに限られるはずだ。

 そう思うと俄然興味が湧いてくるもので、思わぬ掘り出し物にプリエは少しだけ心を躍らせる。

 

「決めた!アレちょうだい。それでさっきのことは水に流してあげるわ」

「おーおーそうしとけそうしとけ!俺も姉ちゃんに使われるなら文句はねえぜ!」

 

 店主にとって、これは願ってもないチャンスだった。本来ならば命を取られてもおかしくない事態を、邪魔な剣一本で切り抜けられるとは思ってもみなかった。

 

「へ、へえ!かしこまりました!」

 

 死の恐怖から解放された店主は逃げるように店の裏方まで駆けると、体力が衰えて脂肪を蓄え始めてから出したことのないようなスピードで、プリエに鞘を丁寧に渡した。

 たった数メイルの往復運動なのに、店主はマラソンでもしていたかのように息があがっていた。

 

「よーし、よろしくな姉ちゃんと嬢ちゃん!俺はデルフリンガーってんだ。そっちは?」

「アタシはプリエよ。よろしく」

 

 プリエは店主から貰った鞘にデルフリンガーを収めるため、彼を剣の束から引き抜く。どことなく嬉しそうな彼だったが、プリエに握りしめられた途端、一転して神妙な空気を纏う。

 

「……おでれーた。姉ちゃん、使い手か?」

「なにそれ?」

「使い手ってのはな…………忘れた」

 

 ところどころ錆びている刀身に見合っているボケっぷりに、プリエは思わず力が抜けてしまう。何か面白い話でも聞けそうだと思ったのに、残念なことだ。

 

「使えないわねアンタ」

「いやーすまねえ。なにしろ6000年前のことだしな」

「ふーん」

「もういいでしょ!そろそろ行くわよ!」

 

 なんだか、プリエがデルフリンガーと楽しそうに会話をしているように見えてしまったルイズは、剣なんかに嫉妬してプリエを急かして出て行ってしまう。プリエは、未だに喋り続けようとするデルフリンガーを素早く鞘に入れて、かわいらしい主人に微笑みながら、その後を追った。

 

「そうだ、コレあげるわ」

 

 息を整えながらもホッとしている店主に、プリエが生み出した無銘の槍が投げ渡される。

 

「変な意地張っちゃったお詫びよ」

 

 怒涛の出来事に店主はしばらくボーッとしていたが、我に返ると始祖ブリミルに感謝しながら嬉しさのあまり小躍りしたそうだ。ただ、この後“性能が高すぎる”ことに頭を抱えてしまうのだが、プリエはそれを見越した上で店主に槍を渡したようだ。

 

 

 余談だが、プリエの衣服が変わったことはファンクラブに衝撃を与え、『新しい君は清楚で素晴らしいよ』派と『いつまでも素敵でエロい君のままでいて欲しい』派に二分されたらしい。後者のグループには学院長も入っているという噂があるが、いずれもプリエの知るところではない。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。