伝説の使い魔   作:GAYMAX

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こういった特別作品はある程度の期間最新話に載せておきますが、作者の独断で「もういいだろう」と思ったら1話以前へと移動させます。


第4月1話 もしもの話『ハルケギニアの聖パプリカ王国にて』

『あなた、ここで何してるの?』

『ダンスの、練習!アン・ドゥ・トロワ!』

 

『ふーん……。……なんで、あなたはそんなにがんばれるの?』

『そりゃ、アン・ドゥ……!光の聖女になりたい、トロワ……!からよ!』

 

『……でも、ダメかもしれないじゃない。どれだけ努力したって、ムダかも……』

『だけど、なれないかは、分からない!だから、わたしは、がんばるの!』

 

『分からないから、がんばる……』

『そうよ。がんばらなくてなれないなんて、イヤだしさ』

 

『…………。あなた、名前は?』

『あたしは―――』

『―――……。わたしの、名前は、』「ルイズ!起きなさい!」

「はひっ!?」

 

 机に突っ伏して眠り込んでいた私は、先生に名前を呼ばれて叩き起こされる。なんだか昔の夢を見ていた気がするが、そんな悠長に考えている場合ではないだろう。

 

「あなたが勤勉家であることは周知の事実ですが、かといって授業で眠っていたら意味はありませんよ?」

 

 クスクスと、周りのクラスメイトから静かに笑い声が上がり、私は顔を赤らめて俯いてしまう。勉強だけではなく魔法の練習もしているために眠る時間が夜遅くになってしまうのだが、そんなものは言い訳でしかない。

 

「バツとして、魔法を実演してみなさい。今は水魔法の授業ですから、その属性の魔法をね」

「はい、分かりました……」

 

 私は気恥ずかしさで、俯いたまま教壇へと向かう。いくつもの視線を背に感じるが、できればあまり見つめてほしくはない。教壇の前にたどり着くと、意を決して私は顔を上げた。

 

「ああ、ミス・ヴァリエール。何かマトを用意しましょうか?」

「そうですね。お願いします、先生」

 

 先生は頷くと、呪文を唱えて人間大の水の塊を作り出す。私は()()を練り上げながら、杖を思いっきり振り上げた。

 

「メガクール!」

 

 水塊は一瞬で凍りつき、しばらく後に粉々に砕け散る。魔法の実演の名を借りた八つ当たりを行い、少しだけ気分が晴れ渡った。

 

「素晴らしい!中級精霊魔法をこの速度で発動するとは! 皆さんも、ミス・ヴァリエールを見習って、がんばってくださいね」

 

 今度は羨望や嫉妬、尊敬の眼差しを受けながら、私は悠々と席に戻る。その途中でマリコルヌが「居眠りすればいいのか?」と、からかってきたが、外面だけは無視を決め込んだ。後でブタの丸焼きにしてやるが。

 

「流石ルイズ!それでこそあたしのライバルね!」

 

 席に着くと隣のキュルケが小声で話しかけてきた。再び目をつけられる訳にはいかないが無視もできないため、私も小声で返答する。

 

「だから、私のライバルは一人だけって言ってるじゃない」

「まあまあ、いいじゃない。ライバルは一人よりも二人の方がお得よ?」

 

 そんな怪しい物売りの宣伝文句みたいに言われても。前にひょんなことからキュルケと決闘になり、ソレに勝ってからはずっとこんな調子だ。

 

「それともなに?胸は歯牙にも掛からないって敗北宣言かしら?」

「なんですってぇ!!!??」

「ミス・ヴァリエール!!」

 

 私の親友であるパプリカ王国第一王女だけではなく、その妹である第二王女にすら抜かされてしまった胸の話題は私にとって完全に禁忌の話題。一瞬で沸騰してしまった私は机を強く叩いていきり立ち、案の定先生に叱られてしまい、反省文代わりに追加の課題を言い渡されてしまった……

 

 

 

「ええと、『魔法には二種類あって、―――』」

 

 私に課せられた罰則課題は『魔法の種類について』だ。教科書を見ながら書けばそれほど時間はかからないだろうが、せっかくだから思い出しながら記述していき、最後に教科書と照らし合わせることにした。

 

「『その一つは系統魔法。―――』」

 

 それは、始祖と呼ばれる人物が伝えたとされる魔法。発動には霊力とは異なる力、魔力が必要である。しかも繊細な魔力のコントロールを必要とするため、ソレを補助する杖がなくては使えず、使える血族も、使える属性も限られている。―――

 貴族だから系統魔法を使えるのか、系統魔法を使えたから貴族に成り上がっていったのかは、資料がないため判明していない。―――

 

「『もう一つは精霊魔法。―――』」

 

 元来の魔法であり、詠唱も杖も必要ない。大ざっぱに対象に向けて魔法を打ち込むだけでいい。発動に必要な霊力は森羅万象全てのものに宿っているため、血筋も属性も関係なく、努力次第で全ての精霊魔法を習得でき、その練度も系統魔法よりも上げやすい。―――

 しかし、精霊魔法は戦魔法であり、実生活に役立つのは『魔』の属性の補助魔法と『命』の属性の回復魔法程度である。―――

 

「……うーん、まあ、これくらいでいいわね」

 

 机に筆を置き教科書と見比べたが、我ながらかなりの出来だ。しかし、それだけ深く書き込んでいたため、すっかり日も沈んでしまっている。提出は明日でいいとして、これから日課である精霊魔法の鍛錬を始めたとしたら眠るのは恐らく深夜を回った頃になってしまうだろう。

 明日は休みであるため、いつもなら鍛錬を始めるところだが、明日は待ちに待った特別な日であるのだ。だから、今日はもう寝てしまうことにしよう。

 

 

 

 

「おはよう、頼んでおいた馬の準備はできてる?」

「はい、ミス・ヴァリエール。こちらに」

 

 メイドが連れてきた馬に私は跨がり、彼女にお礼を言ってから馬を走らせる。平民と貴族などという位分けはあるものの、系統魔法を除けば違いは土地とカネを持っているかどうかだけだ。

 たまにそこを勘違いして使用人を手込めにしようとするアホもいるようだが、“使用人だから貴族よりも絶対に弱い”などということは有り得なくて、気性の荒い使用人にボコボコにされることだってあるようだ。

 というか、使用人に間違えられた私のライバルがしていた。相手はギーシュで、やたらキモくてしつこかったかららしい。それだけでボコボコというのは流石に頂けないが、よく考えたら私もやりかねないため、そのときは苦笑いを浮かべて流しておいた。

 

 城下街に向かって駆ける馬を操りながら、私はライバルのことを思い浮かべていた。私が偉大なるメイジになるのが先か、彼女が光の聖女になるのが先か。私たちはそういう関係だ。

 しかし、それだけではなく互いに戦闘技能を研鑽しているのだが、魔物の群れを体一つで無傷で追い返したり、この馬と同じ速度で疾走できる彼女には逆立ちしても勝てそうにない。

 

 馬に少々無理をしてもらって、普段よりも早く城下街が見えてきた。入り口のつなぎ場に馬を置き、抗議のように喉を鳴らした馬の頭を撫でてから、私は小走り気味に歩き出す。目指すは聖女会教会だ。

 

 街の中では一際大きな建物である教会が見えてくると、ちょうど誰かが教会から出てきた。キュルケすら超えるほどのプロポーションを特別支給されたシスター服で持て余しながら、キュルケとは真逆でどこまでも初心な私の大親友(ライバル)―――

 

「プリエ!お久しぶり!」

 

 一年ぶりに見た彼女に嬉しくなって、私は思わず彼女のもとまで駆け寄っていた。

 

「ルイズじゃない!久しぶりね!ちょっとは背伸びた?」

「うぐっ!? ……あんまり伸びてないけど、そっちと少ししか変わらないじゃない……」

 

 そう、私と彼女は見たところ6サンチくらいしか変わらない。……一部が大敗しているせいで、全くそう思えないことが難点だが。

 

「それで、試験はどうだった!?」

「バッチリ!一発合格よ!あたしもキュロットも、晴れて悪魔ばらいね!」

「やるじゃない!」

 

 今日は、彼女たち姉弟の『ラ・ピュセル』試験の合格発表日であり、私は彼女と一緒になって合格を喜ぶ。聖女会の『ラ・ピュセル』とは、彼女が言うとおり悪魔ばらいのことで、ぶっちゃけ悪魔や悪霊を祓うための戦闘部隊だ。私はお化けがすごく苦手なので、もしも私の周りに悪霊が出たら真っ先に彼女を頼ることになるだろう。

 そういえば、プリエはどこに向かおうとしていたのだろうか?まさか、私の接近を察知して教会から顔を出した訳ではないだろう。

 

「それで、今からどこに行くの?」

「お父さんとお母さんに報告。ルイズも来る?」

「じゃあ、ご一緒させてもらおうかしら」

 

 彼女の両親は七年前に亡くなった。そのお墓は彼女のふるさとであるタルト山にあり、墓前への報告なのだろう。本当は、うどん屋『やませみ』で、彼女の合格を祝いたかったのだが、この場でそんなことが提案できるはずもない。

 まあ、彼女の両親の墓前にて慎ましやかに彼女を祝福することも悪くはないはずだ。

 

「キュロットは?」

「留守番よ。最近だと、あの辺りはたまに魔物も出るし、キュロットにはまだ早いわよ」

 

 前々から思っていたことだが、ちょっと過保護ではないだろうか?悪魔ばらいの試験に合格したのだから魔物ぐらいどうにかできそうな気がするが。とはいえ、家の事情に他人が首を突っ込むのはあまりよろしくない。だから私は何も言わないままだった。

 

「それじゃ、そろそろ行きましょ」

「ええ」

 

 まずは花屋へと向かい、私たちは一輪ずつ花を買うと、そのままタルト山へと向かう。穏やかに日が射し込む街道を散歩気分で進んでいくが、結局最後まで魔物は現れなかった。

 

「久しぶり、お父さん、お母さん……」

 

 墓前にて語りかける彼女の横顔は優しさに満ちていて、見ているだけで心が安らぐ。彼女は静かに献花し、祈りを捧げ始めたため、私もそれに倣って同じようにする。閉じた目蓋を少しだけ上げて横目でちらりと彼女を見ると、その所作は見事なものであり、こういうときに彼女が聖職者だと強く実感する。

 

「今日は、ラ・ピュセルの試験に合格したんだ」

 

 いつまで祈りを捧げていればいいか分からず、ずっと瞳を閉じていた私は、彼女がおもむろに語り始めたことによって慌てて姿勢を元に戻した。

 

「もちろん、キュロットも一緒にね。だけど、あんな動きじゃまだまだ。やっぱり、あたしが守ってあげないとね!」

 

 まるで、その場に本当に両親がいるかと錯覚してしまうほど、彼女は自然に、それでいて楽しそうに語っている。世間話やちょっとした愚痴、将来の夢……そして、―――

 

「それと、紹介するね。こっちはルイズ、あたしのライバルで、偉大なメイジになるんだ」

 

 ついに私のことが話題に出る。特になにか試練がある訳でもないのに、私は変に緊張してしまった。彼女は私に続きを促すように、こちらを向いて微笑んでいる。

 

「えーっと……はじめまして。先ほどご紹介(あずか)りましたように、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールですわ。お二方様の御令嬢とはライバルで、お互い夢に向かって邁進しておりますわ」

「ぷくくっ……!ルイズ、固すぎだって……!」

 

 確かにそうだ。ライバルだと言っておきながら、まるで他国の貴族にでも挨拶するかのように仰々しい自己紹介を、私は彼女と一緒に高々と笑い飛ばした。

 

「――。それじゃ、そろそろあたしたちは行くね。できれば、天国から見ていてね」

 

 彼女は手を振りながら、名残惜しむように踵を返す。私は一礼をして、彼女に続いた。『行きはよいよい帰りはこわい』とは言うものの、特にそのようなことはなく、私たちは魔物にも出会わないまま、のどかな山をゆっくりと下っている。

 もしかすると、彼女の強さに恐れをなして魔物たちは姿を見せないのかもしれない。

 

「そういえば、ルイズは今どんな感じ?」

「そうね、やっとメガ系の魔法を全部覚えたわ」

「やるじゃん!さっすがあたしのライバルね!」

 

 純粋に私の成長を喜んでくれる彼女。しかし、どこか喜びきれない私がいた。確かに、精霊魔法は同年代では最高峰だ。だが、貴族の証とも言われる系統魔法は……どのような魔法ですら失敗して爆発してしまい、先生すらも目を背けてしまう。

 系統魔法成功率ゼロのルイズ、平民の愛人に産ませた子など、心のない罵倒を裏で流す不届き者すらもいた。そういった罵倒自体はムカツクだけだが、系統魔法が使えないという事実は着実に私の胸を貫いている。

 しかも二年生への進級試験が、よりにもよって系統魔法の『召喚』。そのことを考えるだけでも、どんどん心が沈んでしまう。

 

「そうだ!久しぶりに手合わせしない?」

「え?」

 

 そうやって言葉選びにに迷っていると、彼女が唐突に提案する。私はネガティブな考えが一気に頭から抜け落ちて、思わず彼女に聞き返していた。

 

「ちょうど場所もいいし、ルイズの成長も確かめられるし、一石二鳥ね!」

「それ、ちょっと違うんじゃ……?てか待って!私はメイジだから、あなたと近くで戦っても話にならな――」

「問答無用!てぇりゃあ!」

 

 気合いの入った掛け声と共に蹴り上げが飛んでくる。私はほとんど反射的に反応してなんとか避けたが、カミソリのような鋭い蹴りで私の前髪が数本はらはらと舞う。彼女は身軽に大きく飛び退き、私から距離を取った。

 

「っぶな!ちょ、ちょっと!私を殺す気!?」

「んなワケないじゃん。これくらい、ルイズだったら避けられるでしょ?さっきも避けたし」

「結果論よ!」

 

 学院には典型的なメイジばかりで、同年代の土のメイジが作り出すゴーレムすら彼女の代わりにはならないため、先ほどの蹴りに反応できたのは本当に偶然だ。あれだけでも同年代のゴーレム程度なら一撃だっただろう。

 

「んじゃ、ガンガンいくわよ!いつもの通り、いいやつ食らったら負けね!」

 

 どうやら彼女は話を聞く気がないらしい。瞬く間に私と距離を詰めると、強烈なボディーブローで私のお腹を狙う。当たってやる訳にはいかない、というか、当たるとタダでは済まないため、私は避けながらステップを踏んで距離を取った。

 彼女も私も、同じくヒットアンドアウェイ戦法を得意とする。というか、私が彼女から動きを習ったのだから当たり前だ。だから、基本的に彼女に隙は少なく、狙うならカウンターしかないだろう。杖などあったところで意味はないと思ったが、ないよりはマシだとも思い、私は懐から素早く杖を取り出していた。

 彼女はすでに追撃に出ていて、その距離は大股で三歩といったところ。彼女なら一秒未満で詰めてくるだろう。

 

「クール!」

 

 彼女の移動線上に効果が表れるように私は魔法を発動する。魔法は戦闘において、使えるだけで素人が魔物すらも打ち倒せるようになるとんでもないものだが、彼女は難なく避けてしまう。

 しかし、彼女の移動先にはもう一つの魔法が仕掛けてある。私の奥の手である多重魔法だ。精霊魔法には杖も呪文もいらないのだから、なんとか魔法が多重に発動できないものかと苦心して、つい最近ようやく形にできたもので、まだ誰にも見せたことがない。だけどまだ二重にしか発動できないし、違う属性を同時に扱うこともできず、そもそも奥の手と言う割には使うのが早すぎる気もするが、彼女相手に出し惜しみをしている余裕はなく、すぐにケリを着けなければジリ貧になるだけだ。

 

 そして、このまま何もなければもう一つのクールが直撃するだろう。相手が避けたところに魔法を撃ち込むだけの単純な作戦ではあるが、それがうまく運びそうで、私は内心で両手を高く突き上げる。

 

「ふんっ!」

 

 しかし、彼女は着地の瞬間に無理矢理地面を蹴り、その軌道を逸らす。クールの魔法は虚空を凍らせ、形成された氷塊が虚しく砕け散った。

 

「へ?」

 

 思わず呆けた声が出てしまう。単純とはいえ完璧な不意打ち、少なくとも自分では避けられないものだったのに。

 

「ど、どうして?」

「うーん、気の流れ?」

「嘘でしょ!?」

 

 理屈は分からないが、とにかく彼女に不意打ちは効かないようだ。そうなると、単純に彼女の反応速度を超えた攻撃をするしかない。我がライバルは戦闘特化しすぎだと思う。

 私は戦闘面において彼女に勝っている部分はない。だから不意打ちなどの搦め手などを駆使するしかないのだが、それも彼女には通用しないと来た。

 

 できないことが分かりきっているのに挑戦し続けるなど、愚かしいことだ。さっさと降参して、準備なりなんなりを整えた方が賢いのだろう。

 だけど、彼女にだけは無理とは言いたくない、彼女にだけは弱音を吐きたくない。なんたって、彼女は私のライバルなんだから!そんなものはあの日に全部置いてきたのだから!だから、私は拳をぎゅっと握りしめた。

 

「んじゃ、もっかいいくわよ!」

 

 彼女は私に向かって、真っすぐに突っ込んでくる。並のメイジよりは体さばきに自信があるとはいえ、物理的なカウンターなど狙えるはずがない。魔法だって避けられるだけ。しかし、考えろ、まだ何かあるはずだ。幸い、私がもの凄く集中しているせいか、周りの時間が遅く流れている。

 フェイントや足掛け、補助魔法による能力の底上げのような普通の搦め手は捨てろ、どうせ無駄だ。普通ではなく、それでいて戦闘に使えるものを、私は極めて冷静に素早く探す。

 そのとき、私が握りしめている杖の硬い感触で、たった一つだけ彼女を打破できそうな手を思いつく。その成否などをこれ以上考えている時間はない。周りの時間が遅くなっただけで、私の動きが早くなった訳ではないのだから。

 私は杖を振り上げ、彼女が大地を蹴る。彼女が腕を引き絞り、それが放たれる一瞬前に、私は杖を振り下ろすことができた。

 

「『錬金』!」

 

 私の系統魔法は必ず失敗し、唱えた魔法がなんであれ必ず即座に爆発する。しかし言い換えれば、私は素早く爆発魔法を扱えるということ!

 対象も何もなく放たれた魔法は杖の先で爆発し、私と彼女を完全に飲み込んだ。吹き飛ばされて転がって、受け身を取って起き上がったとき、ほとんど傷ついていない彼女の姿が見えた。

 

「ビックリしたぁ……。なにあれ?火じゃない爆発なんて聞いたこともないわよ」

 

 目をパチクリさせて驚く彼女からは、もう闘争心は感じられない。私は深く息を吐きながら、ゆっくりと構えを解いた。

 しかし、彼女にはまだ系統魔法の失敗のことを伝えていない。彼女の前では意地を張り続けたいし、魔法の失敗で勝ったなどとは流石に言えない。

 

「……し、新魔法よ!色々と試してたらできたの!すごいでしょ!」

 

 だから勢いで押し通すことにした。バッチリ練金と言ってしまったが、系統魔法の詳細に関しては貴族ぐらいしか知らないから大丈夫だろう。

 

「へぇー、やるわね!」

 

 どうやら彼女は純粋に信じてくれたようで、曇りのない瞳で私を見つめている。チクリと胸が痛んだが、前言の撤回など今更できるはずもない。

 

「んで、ちょっとは元気出た?」

 

 彼女の口から出た思わぬ言葉に、私は目を丸くしてしまう。確かに、いくらなんでも唐突すぎるとは思ったが、その真意までは考えるヒマがなく、戦いの中で全て吹っ飛んでしまっていたのだから。

 

「カラダ動かすと色んなこと忘れられるしさ。どう?」

 

 笑顔でそう聞いてくれる彼女にほぐされ、私もだんだん笑顔になっていく。そうだ、今からくよくよ考えても仕方がない。そのときにうまくできるよう、努力すればいいんだ。

 

「ええ、ありがとう。スッキリしたわ」

 

 それに、もしもうまくいかなくても、知るか。そのときはそのとき、どうにかなるさ。今までずっとその背中を追いかけてきたんだ、たまには隣に立ってみなくてはいけないだろう。

 私は、彼女のように勝ち気な笑顔になって、拳を突き出した。彼女も拳を突き出し、私たちはそれを軽く合わせる。これが、私たち二人の友情の証であり、お互いの立場が変わっても、いつまでも友達(対等)でいられる気がした。

胸の部分も対等になれたら最高なのだが……




ハルケギニア
 元々はパプリカ王国という強大な王国が世界のほとんどを支配下に置いていたのだが、6000年前に出現した“始祖”と呼ばれる人物によってもたらされた新たなる魔法の英知により、大小様々な王国が生まれた。当時のパプリカ王国は、今では古代パプリカ帝国と呼ばれており、パプリカ王国、並びに聖パプリカ王国とは別物。
 始祖を神と崇めて熱心に祀るロマリアでは、女神ポワトゥリーヌや堕天使カラミティーの存在を認めておらず、平民にまで女神の教えが広まっている聖パプリカ王国とは国交が悪い。だが、近頃ロマリアにまで勢力が伸び始めた聖母神教会のことで手一杯のようだ。


聖パプリカ王国
 45年前、闇の王子の被害の復興時、疲弊していたゲルマニア、トリステイン、更にはガリアの一部をパプリカ王国が吸収して設立された国。きちんとした呼び名は『聖パプリカ王国』だが、たびたび省略されて『パプリカ王国』と呼称されている。国教は特にないが、35年前に聖女会の創始者であるサラド神父が各地との仲立ちになってくれたため、以後は聖女会を支援している。
 代々女性が王を襲名することになっており、当代の女王はトリステインの国王と政略結婚した。そのため、娘二人のアンリエッタとエクレールには始祖の血が流れている。よって、どちらも系統魔法を使用できるが、アンリエッタは系統魔法の水属性が、エクレールは精霊魔法の雷(星)属性が得意で、そのせいでちょっとしたイザコザが起きているようだ。

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