伝説の使い魔   作:GAYMAX

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番外3話 オマールという男

 空賊とは言っても、どちらかと言えばトレジャーハンターみたいなものだったようだが、どうせハルケギニアにお宝なんてないため、少しオマールと話し合って、できるだけ普通に生活を維持してもらうことになった。

 

 そこで、第一の壁であった言語だが、これは翻訳魔法を土の魔法で加工したネックレスを渡すことで解決した。

 次の壁はお金だが、それは傭兵家業で儲けることになったので、そうなると最後の壁は信用ということになる。

 酒場にオーク鬼の首でも持ってくればいいのだろうが、さすがにそれは物騒すぎる。もっと穏やかな方法を考えたとき、ウィンは自分の、この時間においては自分の主の立場を思い出した。

 

「一つ、いい案があるわ」

「おっ、どんなヤツなんだ?」

「私が仕えている主人、彼女の家は公爵家なのよ。公爵家お墨付きの傭兵なら、すんなりと信用されるでしょ?」

「おお、そいつはいいな」

 

 どうせいつかは帰ることになるため、ウィンはルイズの名前を使うことにした。それに元々は自分だって未来のルイズであり、傭兵が利用するような酒場などにはどうせ赴かないだろうという推測もある。

 早速、推薦状を魔法で作り上げると、ウィンはオマールを連れて転移魔法で王都の近くの森へと転移した。

 

「おおっ!こんな魔法があるのか!便利なもんだぜ」

「ま、みんながみんな使える訳じゃないけどね」

 

 それどころか、恐らく世界中でも片手で数えられるほどしか使えない魔法だとは思うが適当に濁して王都へと入り、中央道を歩き出す。

 

「ここが王都トリスタニア、トリステイン王国の王宮がある都よ」

「にしては道が狭いな」

「そう?」

 

 だが、言われてみればたしかに狭い。道の幅は十分にあるのだが、驚くほど人がギュウギュウ詰めになっているため意味を為していない。そう考えると今の今まで狭いと思わなかったことが不思議でならない。やはりトリステインの常識だと思っていたからだろうか?

 

「あ、そうそう。この辺りはスリが多いから気をつけてね」

「そうだな、気をつけねえとな」

 

 オマールが意味ありげな笑みをにやりと浮かべながら、懐からサイフを取り出す。それは彼の上等な衣服に似合わない代物で、おそらく――

 

「――スリから盗ったのね?」

「スリなんてするようなふてェヤロウには、痛い目に遭ってもらわねえとな?」

「はぁ…ほどほどにね」

 

 結局、追加で三人ほど返り討ちにしながらウィンたちは目的地へとたどり着く。そこは酒場ではなくいつぞやの武器屋だった。

 文字すらも翻訳してくれる魔法と、看板の上の方に描かれた剣の絵によってこの店舗の業種を理解したオマールは不思議そうな顔をする。

 

「武器屋?悪いが、俺はコイツから変える気はねえぞ?」

「そうじゃなくて、蛇の道は蛇って言うじゃない? 私も傭兵業について詳しく知ってる訳じゃないし、ここで聞こうと思ってね」

「ああ、なるほどな」

 

 ウィンが扉を押し開けると、来客を知らせる魔法式ではない鐘の音がカランカランと店の中に響いた。

 

「いらっしゃ――う、うちは――」

「違うわよ」

 

 暇そうにあくびをしていた店主は、ウィンたちの姿を確認すると慌てたように取り繕おうとするが、ソレをすでに体験していたウィンがすぐさま店主を制した。

 店主はメイド姿のウィンから敬語もなしにそう言われたことで“貴族が摘発しに来た”訳ではないことを察し、大きなため息を吐いた。

 

「……驚かせねえでくれよな、全く。で、何の用だい?」

 

 無愛想にそう尋ねる店主。恐らく、先ほどの理由からウィンとオマールを平民だと思ったのだろう。常識的に考えれば貴族が召使いの格好をするはずもないし、召使いなら雇い主の前で敬語を使わないはずがないからだ。

 

 しかし、そう考えるとウィンの中に少しばかりの羞恥心が沸き上がってきた。異世界の言葉を使うのなら、好きで着ていたワケではないコスプレを見られてしまったような感覚……あるいは、今の格好がコスプレだと気づいてしまった感覚だろうか。

 ともかく、もっと恥ずかしい格好をしたことがあると思い出し、ウィンは羞恥心を取り払いながら店主に答えた。

 

「傭兵になりたいんだけど、この辺りでいいところ知らないかしら?」

 

 包み隠さずにそう言うと、店主はじろりとオマールを見る。時たま一人で頷きながら頭のてっぺんからつま先までよく観察すると、おもむろに口を開いた。

 

「…まあ、いいんじゃねえか?けっこう()()()みたいだしな。ただ、嬢ちゃんも、って言うんだったらやめときな」

「私はただの付き添いよ、彼とは幼なじみでね。ちょうど仕事が休みだったし、慣れてる私が案内してたのよ」

 

 そう伝えると店主は驚いたように二人を交互に見比べ、目をパチクリさせていた。自分でも少し強引だと思えた嘘だが店主は疑問をそのまま飲み込んでくれたようで、二人の間柄に関する質問は一切なかった。

 そして、傭兵用の酒場や、傭兵のルールなどを軽く教えてもらうと、ウィンは店主に軽く礼を述べてこの場を立ち去ろうとする。すると店主に軽く呼び止められた。

 

「傭兵業が無事に続いたら俺の店を贔屓にしてくれよ?」

「ま、考えとくぜ」

 

 これにオマールが答えると、今度こそ武器屋を後にした。少しの恩でも返そうとする殊勝な心がけがあるのだろうと感心したが、実際のところは刃こぼれしたことがないだけと聞き、少し肩を落としてしまった。

 そうして世間話でもしつつぶらぶらと歩いていると、目的地の酒場にたどり着いていた。

 

「いらっしゃい」

 

 そこの雰囲気は()()()()といったところ。悪いとまでは言い切れないが、雰囲気が良いとは口が裂けても言えなくて、中には不快な視線でジロジロとこちらを舐め回すように眺めている者もいるほどだ。

 まあ、魅惑の妖精亭でそういう視線には慣れていたため、さしたる感情も抱かずにウィンはカウンターまで移動する。

 

「ご注文は?」

「なら、一番報酬が高い依頼をもらおうかしら」

 

 店にざわめきと嘲笑が生まれた。マスターは睨みつけるようにこちらを無言で見つめている。すると、侮蔑の笑みを投げかけてきた男の内の一人がくぐもった笑い声を漏らしながらこちらへと歩み寄ってきた。

 

「嬢ちゃん、そんなに金が欲しいってなら、イイ仕事があるぜぇ…!」

 

 ニタニタとイヤらしい笑みを浮かべながら、ウィンの臀部へと手を伸ばす男。当然ウィンがそのような淫行を許すはずもなく、ウィンは男の手をつねり上げた。

 

「いででででで!!こ、このヤ――いでででで!!!」

 

 男の醜態に嘲るような笑いと野次が少しばかり飛ぶが、それは未だにウィンを侮るものだった。しかし、男のただならぬ様子に酒場の客たちは徐々に静まり返っていく。

 

「あだ!!いだい!!!わ、悪かった!!謝るから!!!」

「よろしい」

 

 男を解放してやったときには、酒場の中は静寂と緊張にすっかりと包まれてしまっていた。それでもマスターはこちらをじいっと見つめているだけで動こうとはしない。

 ウィンは魔法であの偽証を取り出そうとするが、無暗矢鱈にこんなところで魔法を使ってはマズいと寸前で思い直し、メイド服の大きなポケットの中に手を入れて、そこで書状を取り出しマスターへと渡す。

 

「私たちはヴァリエール家のお墨付きよ?これでも信用できない?」

 

 マスターはゆっくりと書状を広げると、目を皿にしてソレを読み進める。その内容は“夜盗の奇襲を受けたとき、たまたま居合わせた私たちと協力して撃退したため、推薦する”というものだが、まさかここまでじっくり読まれるとは思っていなかった。

 筆跡は自分のものだし、平民が公爵家に確認できる機会などありはしないと思うので一度だけ通ってしまえば問題はないのだが、逆に言えば最初から疑われていたらお終いだ。

 

 内心では冷や汗を流しながらマスターを操って頷かせてしまおうかという考えが顔を出し始めたとき、マスターがおもむろに動き始めた。ウィンはホッと胸をなで下ろす。そうして、裏方へと引っ込んだマスターは、一枚の羊皮紙をウィンに手渡した。

 

「要件はそこに書いてあるが、一応説明しておくよ。成功報酬は50エキュー、内容はミノタウロスの討伐だ。あと、前払いとしてうちへの支払いが2%、あちらさんへ1%だ」

 

 傭兵家業とは言っても軍などに雇われて戦うばかりではなく、こうやって村や貴族からの依頼を解決する場合もある。というか、主な収入源はそちらであるそうだ。

 このとき、直接依頼されればこのような手数料は掛からないらしいのだが、酒場もボランティアでやっている訳ではないので仕方ないのだろう。

 村への支払いというのは、端的に言えば簡単な保険だ。平民がお金を持っているということは何かしらの実績があるということだし、依頼を達成できた際には報酬に上乗せして全額返ってくるため、依頼に対する自信の裏付けにもなる。

 それに、もしも依頼途中で死んでしまった場合、そのお金で墓くらいは建ててやれるだろう。

 

 要約すれば、依頼を受けるのにもお金が必要で、スリから盗ったお金は有り難く使わせてもらうことにした。……とはいえ、所詮はスリだったせいで、錬金で黄金を作り出して支払うハメになってしまったが。

 マスターは眉根を吊り上げていたが、こちらに何も聞いてこずに依頼書と地図を渡してくれた。無口で無愛想なマスターで良かったと、初めて思った瞬間だった。

 

 まだお昼というには少しだけ早かったため、もうここに用事はない。少しだけマスターに申し訳ないとは思いつつも、さっさと退散することにした。……軍資金も少ないし。

 マスターに短く礼を告げると、酒場を後にして早速(くだん)の村へと向かう。酒場を出てから、下手な尾行でついてきた男たちがいたが、そいつらは幻惑魔法で衛兵の詰め所へとご案内してあげた。恐らく、私たちがトリスタニアを出る頃には、自分の罪を懺悔し、手に縄を掛けられていることだろう。

 

 

 

 トリスタニアまでの道のりの確認も含め、走って半分ほど刻が過ぎたころ件の村へとたどり着いた。スリたちのサイフの中身も今度はギリギリ足りたため、少しだけ清々とした気持ちでウィンは村長にお金を渡した。

 

 依頼書にも事細かに記してあったのだが確認のためにここでもう一度話を聞いてみると、やはり依頼書の通り、数週間ほど前から炭坑に一匹のミノタウロスが住み着いてしまって困り果てているらしい。

 ここの炭坑の規模はあまり大きくないため、領主も事件の解決を後回しにしているらしく、陳情してからもう三週間も経っているのに音沙汰がないそうだ。

 領主からしてみれば厄介なのに解決してもあまり得がない問題なのだが、村人からしてみれば死活問題であり、だからこそ50エキューもの報奨金が出るのだろう。

 

 そんな熟練のメイジですら持て余すことがある相手なのに駆けつけた人材は妙に身なりのいい荒くれとメイド姿の小娘。村長はウィンの姿を見て何か言いたそうではあったが、結局何も聞かずに炭坑まで案内してくれた。

 

「炭坑に住み着いたミノタウロスの討伐か……イイねェ、燃えてくるぜ!」

 

 話をしている内に分かったことだがオマールはどうやら冒険好きらしく、中でも英雄譚を好むそうだ。だからこそ人々を困らせているミノタウロスの退治に熱くなっており、迷宮に挑む勇者気分なのだろう。

 ウィンはその気持ちをあまり理解できなかったが、こちらでも男性の貴族は英雄になりたがるため、そういうものなのだろうと納得していた。

 

 薄暗い炭坑の中を物怖じせずに進むウィンたち。昼間の草原のように明るくすることもできたが、それでは風情がないらしい。どうせ、ミノタウロス程度がウィンたちを傷つけることなど不可能であるため、わざわざ松明(たいまつ)を作り出してその明かりを頼りにしているのだ。

 

「待て」

 

 順調に奥へと進んでいたときに唐突に投げかけられる声。ウィンはその言葉に従い、ぴたりと動きを止めた。オマールは片方だけ剣を引き抜くと地面を斬りつける。すると、地面スレスレに張られていた太い蔓が斬れると同時に何かを覆っていた布まで真っ二つに経ち切れ、木の杭がまばらに敷き詰められている落とし穴が姿を現した。

 

「罠まで張ってやがるとはな、全く小賢しいヤツだ。大丈夫だったか?」

「ええ、平気よ」

 

 しかしオマールにできることがウィンにできないはずがなく、ウィンは空気を感覚の一部として坑道内の地形を完全に把握していた。それを話さない理由は、やはり白けてしまうからだろう。

 

 落とし穴を発見したとき思ったよりは知恵があることに驚いたが、所詮ミノタウロスであるため数は少なく、しかも罠は落とし穴だけという有り様。平民の傭兵団ですら一度引っかかるのが精々といったところだろう。

 そんな訳で慎重に進み始めたオマールとは裏腹に、たまに見かける虫を踏み潰さないように気をつける程度でウィンは割とテキトーに進んでいた。

 

「待て」

 

 そうして何度目かの号令がかかると、そこはミノタウロスが潜む場所だった。

 

「ここにいるな」

 

 弱々しい光源は坑道を奥まで照らせていないが、その闇の中に潜んでいるわけではなく、少しだけ掘ってある横穴の中にミノタウロスは潜んでいる。オマールはおもむろに両差しの双剣を引き抜き、坑道の奥へと突きつけた。

 

「人々の糧を奪い、あまつさえ居座り続ける不埒な魔物よ!おまえに少しでも誇りがあるのなら、我が前にその姿を現し、我がクロスボーンニャンコの旗印と対峙してみせろ!」

 

 いきなりの口上にウィンは驚き呆けてしまう。劇場くらいでしか聞かないような見事な宣言を、こんな薄暗い場所で聞くとは思わなかった。

 しかし、オマールの雰囲気は真面目そのもの。なりきっているとかそういう次元ではない。もしもそうだとしたら劇団からスカウトがかかるほどだ。

 

 状況についていけなくなったウィンを置いてオマールは深みへと進んでいく。オマールが七歩を数えたとき、暗がりの横穴から斧が振り下ろされるが、彼はそれを難なく防ぎ斧を刃ごと斬り裂いた。

 

「不意打ちとは卑怯千万!その邪悪なる魂!焼き尽くすに一片の慈悲もないと思え!」

 

 炎を灯した剣による鋭い突き。もしもここでミノタウロスが攻撃を選択していたら、恐らく心臓を穿たれて即死していただろう。

 ミノタウロスは頭を庇うようにしゃがみ込み、オマールから必死に距離を取ろうとする。それをオマールは振り向き様に斬り捨て――

 

「待って!」

 

 ぴたりと、ミノタウロスの首筋に刃が触れる寸前で剣が止まる。

 

「どうしたんだ?」

 

 怯えるミノタウロスに剣を突きつけたまま、オマールは尋ねる。ウィンは先ほどから違和感を感じていたようだ。

 

「ミノタウロスは気性が荒く、人を見たら躊躇なく襲ってくるような危険な亜人よ。それが、罠に不意打ち……ちょっとおかしいと思わない?」

「……確かにな。だが、どうするんだ?」

「私に任せてくれる?」

「分かった」

 

 オマールがゆっくりと剣を引くと、ミノタウロスは安心したかのように息を大きく吐き出した。ウィンの中で確信が強まっていく。

 

「ねえ、あなた?」

 

 その大きな体をびくりと大きく震わせ、ミノタウロスとウィンの視線が交差する。すると不思議なことに、ミノタウロスの体から恐怖が抜けていくのが感じられた。

 

「あなたはどうして、ここに来たの?」

『……オデ、こわいものから、にげた』

 

 ウィンは翻訳魔法を使っていない。それなのにミノタウロスが何を言っているのかが伝わってきた。やはり、右手のルーンには『あらゆる幻獣を自在に操る』力があるようだ。

 

「『こわいもの』って、なに?」

『わからない。すごく、こわい』

 

 ただ、人間と比べてしまうとお世辞にも知能が高いとは言えないミノタウロスであるため、本当に単純な会話ぐらいしかできないようだが。

 ミノタウロスほどの亜人が恐れる存在は少し気になるが、記憶を覗いてまで確認することはないと思い、ウィンはついに核心を突いた質問をする。

 

「じゃあ、あなたはヒトを傷つける気はないのね?」

『ヒト、こわい。でも、ココ、にげれない。だから、ヒト、たおす』

 

 やはりウィンの思った通り、このミノタウロスは穏やかで臆病な性格であったようだ。力と頑丈な体が自慢の獰猛なミノタウロスが罠を用意し、更に不意打ち用の横穴を掘り、その命を散らす寸前に『たすけて!』という強い念が伝わってきたことで生まれた疑念は、今ここに話し合いで解消された。

 ならばこの炭坑の問題も、きっと話し合いで解決できるはずだ。

 

「あなたがヒトを傷つけないって約束するなら、あなたがヒトと一緒に暮らせるように、交渉してあげてもいいわよ?」

『だけど、オデ、ことば、わからない。』

「その辺りは私に任せておいて。それで、どうするの?」

『……オデは、―――』

 

 

 

 ウィンの思惑通り、村人たちは平和的に話し合いで解決することを選んでくれた。

 

 ミノタウロスを連れて村に戻ったときは、ついに“人質を取って村に攻め込んできたものか”と勘違いされたが、村人たちが農具で武装して向かってくる前になんとか誤解を解くことができた。

 村人たちを説得するのは本当に骨が折れたが、ミノタウロスが涙を流しながら(こうべ)を垂れる姿を見て渋々ながらも納得してもらえた。

 

「じゃあ、おまえも仕事、がんばれよ!」

「オデ、がんばる!」

 

 ミノタウロスにはオマールと同じ翻訳魔法のペンダントを渡し、炭坑仕事や畑仕事などの力仕事を手伝うことで決着が着き、ミノタウロスに別れを告げたところだ。

 

「では、約束の報酬を――」

「おっと待ちな。そいつは受け取れねえな」

 

 恐らく50エキューと契約金が入っているであろう小袋を差し出そうとしていた村長と、ウィンが同時に驚いてしまう。

 

「ど、どうして!?」

「依頼はミノタウロスの()()だ。なら、依頼は失敗だろ? その金は、そこのでっかい村人を養うためにでも使ってくれ」

 

 その言葉で村長と共にウィンは感心する。少しだけ変な人だと思っていたが、どこまでも熱く粋な人物だったようだ。

 

「……そうですか、分かりました。ですが、どうか依頼料だけは受け取ってください。私たちの、僅かばかりの感謝の気持ちとして」

「そう言われちゃあ、受け取らないワケにはいかねえよな」

 

 村長が中の金貨を抜き出し、すっかり軽くなった小袋をオマールは快く受け取る。しかし、村長が抜き出した金貨は45枚。“どちらも粋なことをするじゃないか”とウィンは微笑みながら黙って見届けた。

 

「それで、これからはどうするの?」

 

 村から離れ、草木が茂り、夕日に照らされた街道を歩きながら、ウィンはオマールに問いかける。

 

「そうだな。とりあえず、世界を旅しながら傭兵を続けるぜ。せっかくだから、新しい場所を楽しまなきゃな!」

 

 恐らくそうでないかと思っていたが、ほとんど予想通りの回答にウィンは微笑みを浮かべた。

 

「ふふ、がんばってね。それで、トリスタニアまでテレポートした方がいい?」

「いや、気遣いは無用だ。ありがとな、ウィン!」

「分かったわ。それじゃあまた、機会があれば」

「おう!できれば、ウィンとはまた一緒に旅したいモンだぜ!」

 

 こうして気持ちのいい返事を聞いて別れを告げると、ウィンはルイズの部屋の中へと直接転移する。そろそろ夕食の時間だったため誰もいないだろうと思っていたのだが、驚くべきことに、体の至る所に包帯を巻きベッドに横たわっている才人と、水の秘薬を使って彼を献身的に看病しているルイズがいた。

 

「あっ!!ちょっとあんた!どこ行ってたのよ!!」

 

 ルイズがすぐにこちらに気づくと、すごい剣幕でずんずんとこちらに詰め寄ってきた。

 

「どうしたの?」

「『どうしたの?』ですって!?よくもまあそんなことが言えたものね!!」

 

 ルイズが何も説明せずに一方的に怒鳴ってくるため、何が起こったのかは全く分からなかったが、なんとなく状況は理解できた。恐らく、才人がなんらかのトラブルに巻き込まれ、途中からガンダールヴの力で解決したのだろう。

 

 最初から力を使っていたならトライアングルかスクウェアとでも戦わないとこうもボロボロにはならないだろうし、力を使っていないのなら恐らく保健室のベッドに寝かされていた挙げ句、高価な水の秘薬なんて買わなかっただろうから。

 ウィンに当たり散らす理由は、どこかに行っていなければ才人がこんなにボロボロにされることはなかったはずだからだろう。

 

「言いたいことは後で聞くわね」

 

 ぎゃあぎゃあと喚くルイズを無視しながらウィンは才人にオメガヒールを使用する。才人の体力ならばヒールだろうと十二分に完全回復したはずだが、才人のがんばりを褒め称える意味も込めて、ウィンは自分に使える最高の回復魔法を選択したのだ。

 一瞬のうちに傷が消え、安らかな寝息を立てる才人。ルイズは驚いて才人をまじまじと見つめてしまう。

 

「とりあえず、これでいいかしら?」

「え、ええ…。ありがとう、完璧よ…」

 

 自分が思った以上の結果を出されてウィンの凄まじさを再確認したルイズは、先ほどとは真逆の勢いで尻すぼみ気味に言う。そうして、どうすればいいか分からずに視線をさ迷わせていると、自分の小遣いのほとんど全てをはたいて購入した水の秘薬が目に入った。

 

「……あっ!……あなたがいれば、私の財布の中身がほとんど空っぽになることもなかったんじゃ……?」

「まあ、そうね。でも、それは私の言葉を信じなかったあなたの落ち度で、彼への迷惑料だと思ったら?」

 

 がっくりと肩を落とし、うなだれてしまうルイズ。そう反応するということは、なにか思うところがあるのだろう。

 これなら、二人はなんとかうまくやっていけそうで、そんな不器用な二人の未来を思い描き、なんだかおかしくなって、ウィンは明るく微笑んだ。

 

 

 

 余談だが、ウィンの微笑みをルイズは嘲笑だと勘違いしたため、しつけ用の鞭をウィンに振るったのだが、当たる場所だけを空気に変えるという微妙に高等な技術で全て避けられてしまい、叩いたらしっかり当たってくれる才人の株がほんの少しだけ上がったようだ。


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