伝説の使い魔   作:GAYMAX

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今までずっと、ルイズとプリエは性格面で似ていると思っていましたが、ラ・ピュセルを久しぶりに起動してみたら、表面上は似ているけど、内面としては真逆の面も割とありますね。

PSPとラグナロックのどちらに問題があるのか分かりませんが、各話の冒頭を途中でスキップしないと、暗転後の黒画面から先に進まなくなるという謎のバグが発生していて困りました。


番外2話 新たなる過去の一日

「……んー…朝ね…」

 

 日の光を顔に浴びると共に未来のルイズは完全に覚醒して、大きく伸びをする。昨日は二人の言い争いのどちらかに加勢するのが面倒で、思わず魔法で眠らせてしまったが、このままという訳にはいかないだろう。

 とりあえず、ルイズは指をパチンと鳴らし、才人の眠りの魔法だけを解いた。

 

「ふぁぁ……あれ…?俺、どうして…?」

「おはよう。よく眠れたかしら?」

「え?まあ、すっげえよく眠れたけど……って、ああ!お前!」

「落ち着きなさい。私はルイズじゃないわ」

 

 落ち着いた口調でそう言われ、才人は勢いが削げて思わず口をつぐんでしまう。目の前のルイズからは、佇まい一つからも気品が感じられる。寝る前に才人が言い争いをしていたルイズは、傍若無人という言葉が美少女の皮を被ったようなヤツで、間違ってもこのような貴族のご令嬢ではなかったはずだ。

 だったら目の前のルイズは何なのか。そういえば、昨日はルイズが二人いたような気がする。たしか―――

 

「――風の化身だっけか?」

「ええ、その通りよ」

「そっか。しっかし、紛らわしいなぁ」

「そうね……じゃあ、私のことはウィンって呼んでくれない? 姿は後でなんとかするわ」

「おう、分かった」

 

 一応、ポニーテールに髪を纏めてみたのだが、同じ服装であるため、まだまだ紛らわしいようだ。未来のルイズ改め、ウィンは素直な才人に微笑みを返すと、頭の中で今日の予定を思い出す。普通に授業があって、自分の過去と同じなら最初はミス・シュヴルーズの土の授業のはず。

 しかし、今はまだ起床には早すぎる時間だ。明らかに寝過ぎだとはいえ、今すぐにルイズを起こすことはないだろう。

 

 そういえば、魔法で眠らせたものだから、ルイズは制服のままぐっすりとベッドで眠っている。今思えば愚かしいことをしたものだが、自分も一週間ほどはプリエに洗濯を言いつけていたので、まずは服でも洗濯してあげようと思い、魔法で優しく制服を脱がせてネグリジェ姿にした。

 未成熟な身体とはいえ、美少女が裸寸前の格好になれば情欲を煽るものがあり、才人は顔を赤くしながら慌ててルイズから視線をずらした。

 

「それじゃ、私はコレの洗濯を頼みに行くけど、あなたもついて来る?」

「あ、ああ!行く!行くよ!」

 

 ウィンの見た目と態度のおかげでルイズにも好印象を持ち始めている才人が、熟睡しているルイズと二人っきりでこの部屋に残ったらどうなるか分かったものではなく、才人はオーバー気味に返事をする。

 

「ふふ、なら行きましょうか」

 

 柔らかな風が室内に吹き、部屋の鍵が開くと同時に浮き上がる制服。おとぎ話に出てくるような魔法らしい魔法は、才人の興味を惹きつけて驚かせる。彼が少しの間気を取られているうちに、ウィンはいつの間にか部屋の外で手招きをしていた。

 目をキラキラさせながらウィンに駆け寄る才人。この世界の者ですら見とれるような魔法の数々はバッチリと才人を魅了していた。

 

「すげえ!すげえよ!なあ、魔法ってのはなんでもできるのか?」

「なんでもって程じゃないわよ?」

 

 廊下を歩きながら興奮気味に話す才人。魔法に関して根掘り葉掘り質問していく。決して小さくはない音量なので、就寝中の生徒に気を使って、ウィンはサイレントの膜を張っていた。

 こうして質問責めを受けたまま中庭にたどり着くと、そこにはすでに働き始めているメイドの姿がちらほらと見える。こんな朝早くから仕事をしていることに関心しつつ、ウィンは知った顔を見つけたので、彼女のもとまで歩いていく。

 

「そこのメイドさん。ちょっとよろしいかしら?」

「はい?いかがしましたか?」

 

 その見知った顔――シエスタはウィンに呼び止められ、怪訝な思いを持って振り返った。こんな時間から起きて外に出る貴族など今まで見たことがないし、呼び止められた相手が貴族一の癇癪持ちと噂されているルイズだったからだ。

 しかし、シエスタはそんな考えをおくびにも出さず、眩しい笑顔を見せている。

 

「この制服の洗濯を頼める?」

「はい、大丈夫ですよ。確かに承りました」

 

 ウィンから制服を受け取ると、シエスタはそそくさと仕事に戻っていく。ウィンなので当然なのだが、今まで会ったことのない貴族らしい淑女的な態度に内心驚いていたり、隣の青年は誰なのか気になったり、後で洗濯物を部屋まで回収にいくのにどうしてわざわざ直接渡してきたのか気になりはしたが、それを口にしないことこそが貴族とうまくやっていくコツなので、絶対に口に出したりはしなかった。

 しかし、仕事に戻っていくシエスタをウィンは何故かじっと見つめていた。

 

「どうした?」

「んー、ちょっとね。……そうね。よし、決めたわ」

 

 ウィンが指を弾くと、優しい風がウィンの周りを渦巻いて、一瞬のうちにその衣服が変わる。質素で機能的な黒のドレスに少々フリルがついた白いエプロン。そして頭に付いた白いヘッドドレス。平たく言えば、学院のメイドの制服を着たウィンがそこにはいた。

 

「どう?これで見分けがつくでしょ?」

「あ、ああ…」

 

 かわいらしく微笑みながら、スカートを少しだけつまみ上げて広げるウィン。才人はそんなウィンと鮮やかな魔法に見とれて、呆けたように言葉を返した。

 そして、ウィンの無詠唱杖なしの魔法を見ていたメイドたちは、“変わった趣味の貴族もいるんだなぁ”とウィンを一瞥すると、すぐに仕事に戻る。ウィンのやったことがどれだけ凄かろうが、その凄さが分かる人がいなければこんなものである。

 

 さて、とりあえず洗濯を頼み終えたワケだが、それでも起きるにはまだまだ早い。これから何をしようかと考えたとき、そういえば才人が魔法に興味津々であり、ついでに自己紹介もしていないことに気づいた。

 

「まだまだ時間もあるし、ちょっとした出し物でも見てみない?」

 

 才人の返事を聞く前に、ウィンは転移魔法を発動させていた。

 

 

 

 

「すっげぇ…」

 

 人気が全くない森の中に転移したあと、お互いの自己紹介を済ませ、ウィンが才人に見せたものは数々の魔界剣技であった。才人にも目視できるように、ゆっくりと剣舞のように行われた実演は、才人に驚愕と感動を与えていた。

 

「どうだった?」

「すっげえよ!!すっげえ!!ビームとかカマイタチとか爆発とか!!とにかくすげえよ!!」

「ふふ、ありがと」

 

 ここまで喜んでくれると見せた方としてもすごく嬉しいもので、ウィンも気持ちのいい笑顔を浮かべている。そして、十二分に楽しんでもらったところで、ウィンは本題を切り出した。

 

「さて、あなたもやってみたいと思わない?」

「え?いやいや、ムリだろ?」

 

 しかしウィンは笑顔を浮かべたまま、何も言おうとしない。

 

「…え?できるの?」

「まあ、かもしれないわね」

 

 そう言ってウィンは才人の左手へと視線を移す。才人は釣られて左手を上げ、左手の甲に刻まれているルーンをじっと見つめる。

 

「コレが?」

「ええ。始祖の使い魔、ガンダールヴのルーン。ありとあらゆる武器を使いこなし、千の兵を蹴散らす力を持つそうよ」

「マジ!? ……でも、何か変わった気はしねえけどなぁ…」

「それをこれから試すのよ。ほら、コレを貸してあげるわ」

 

 ウィンはさっきまで使っていた刀を宙で半回転させ、刃を器用に指で挟んで才人に差し出す。何気なくウィンが行った行為にまた度肝を抜かれながら、才人はおずおずと柄を掴んだ。

 すると、左手のルーンが発光し、才人の頭の中に情報が、身体には力が溢れ出した。

 

「あれ?すっげえ体が軽い」

 

 才人の言葉だけではなく、さっきまで一切の魔力が感じられなかった才人から、少しだけ魔力を感じるようになった。どうやら、ルーン自体にそういった力が宿るという認識で間違ってはいないようだ。

 

「それじゃあ、一文字スラッシュでも…………あ、やっぱムリかも」

「は?あれぐらいなら出来そうだけど」

「似たような動きならできるかもしれないけど、アレは魔力を使うから、完全再現はたぶんムリよ。才人は、足に魔力を溜めることはできる?」

 

 そう言われて才人はやってみようとするが、確かにどうやるのか分からない。とりあえず足に力を込めてみたりするが、ただ足に力が入っているだけで、何か不思議な力が入っている感覚などはない。

 ウィンも、才人の全身に広がっている魔力が動く気配がないことを感じ取っていた。

 

「……まあ、そんなことよりも、自分の実力を試してみたいとは思わない?」

 

 勢いよく顔を上げる才人。いつの間にかウィンは同じような刀をもう一振り作り出していた。

 

「お、おい!待ってくれよ!それって危ねえんじゃねえか?」

「ふふ、心配してくれるんだ?でもね──」

 

 ウィンは目にも止まらぬ速さで突きを繰り出し、才人の後ろの木に穴を穿っていく。才人が全く認識できない内に、才人の頭の形にくり抜かれた木ができ、ウィンはソレを指し示して確認させた。

 

「──遠慮なんていらないから、全力で掛かってきなさいよ?」

 

 

 

 

「やるじゃない!すごいわ!」

「……全ッ然嬉しくねえ……」

 

 才人を誉めるウィンだが、ウィンは服装どころか髪の乱れすらもなく、対して才人は大の字になって草原に倒れている。これでは皮肉だと受け取ってしまうことも致し方ないだろう。

 しかし、才人は()()()()()()強く、ウラヌスの訓練を受ける前のアニエスすらも下せるだろう。平民でありながらメイジすらも倒す『メイジ殺し』以上ということは、並のメイジでは才人の相手にならないということで、普通に考えればすごいことだ。

 ただ、ウィンは風の化身という途方もない嘘を誠にできるどころか、ソレを超えて余りある力を持っている。ぶっちゃけハルキゲニアの全生物を敵に回しても余裕で勝てるのだから、才人と比較にならないことなど自明の理だろう。

 

 まあ、才人はウィンの全力を知らないので、皮肉に聞こえてしまったワケだが。

 

「まあまあ、そんな落ち込まないで。それよりも、剣を触るのはホントに今日が初めてなのよね?」

「……そりゃ、今の日本じゃそんなもの触る機会ねえって。剣道部でもなかったしさ」

 

 聞き覚えのない単語に、ウィンは内心で首を傾げる。しかし、自分も異世界の存在であるプリエを呼び出しているため、恐らく異世界出身なのだろうと当たりを付け、才人に頷いておいた。

 そして時間も消化できたので、そろそろルイズに掛かっている魔法を解いてもいい頃合いだろう。

 

「んー……それじゃ、そろそろ主人を起こしに行きましょうか」

「おう」

 

 才人の返事を聞き、転移魔法で部屋まで直接移動する。体験するのはもう三度目なのだが才人は未だに慣れないようで、驚いたように少しだけ辺りを見回している。

 そんな才人にくすりと微笑みながら、ルイズに掛かっている魔法を解くと、彼女はゆるやかに目覚めだした。

 

「んぅ……?んん~~……」

 

 低血圧で朝が弱かったはずなのだが、これだけ寝れば関係ないのか、伸びをしたあとは急速に意識が覚醒していく。

 

「……あれ?アンタだ―――私ぃぃぃぃいいい!!!??」

 

 部屋の中に響く大絶叫。才人は思わず耳を塞ぎ、ウィンは聴覚を制限しながら部屋周りにすぐさまサイレントの魔法を展開した。

 

「~~~ッ!!うっせぇ!」

「だだだだって!!わた、わた!私が!!」

「全く、もう忘れちゃったのかしら?昨日のことよ?」

「き、昨日の?え、ええと…使い魔召喚の儀があって、何度も失敗――いやいや!最後には成功したわよ! …それで、呼び出せたのは平民と………ああーっ!!」

 

「思い出した?」

「ええ!バッチリよバッチリ!! 見たかしら!?やっぱり私はゼロなんかじゃないのよ!!!」

 

 虚空へと指を指し、高らかに宣言するルイズ。いったい、誰に向かって叫んでいるのやら。その気持ちはウィンにも分からなくもないが、サイレントの膜を張っていなかったら、そろそろキュルケが飛び込んできそうな奇行はよしてほしいものである。

 

「って、あれ?どうしたのよ、その格好は?」

「いつまでもあなたと同じ格好じゃあ紛らわしいでしょ? それと、私のことはウィンって呼んでね」

 

 言われてみれば確かにそうだ。しかし、ルイズが納得しかけたとき、自分と瓜二つの見た目のウィンに召使いの格好をさせるのは抵抗があることに気づいた。だが、他の服といわれてもパーティー用の豪奢なドレスと寝間着用のネグリジェぐらいしかなく、そんなものはそれこそ有り得ない。

 ルイズは悩みに悩んだ末、バカにされたり間違えられたらその都度訂正して、自分とウィンは別人だと認識してもらうことにしよう。という結論に至った。要は、自分だと思われなければそれでいいのだ。

 

「分かったわ。それで、早速だけどあなたに洗濯でも頼みたいのだけれど」

「もうやっておいたわよ」

 

 その迅速すぎる対応にルイズは驚く。そういえば、昨日は着替えてから寝た覚えなどないのにネグリジェ姿になっているが、これもウィンがやってくれたのだろうか?

 

「もしかして、私のネグリジェもあなたが?」

「ええ、そうよ。才人の提案で、だけどね」

 

 これには才人が驚くが、その驚きがルイズに伝わる前にウィンによって金縛りがかかる。これは“やったのは自分だが、提案したのはあくまでも才人”ということにして、才人の評価を少しでも上げようというウィンの粋な計らいだ。

 ルイズの視線が才人へと移ったところで、ウィンが才人の体を操作して微笑ませながら頷かせる。自分ならば割といいなと思うような仕草。なので、ルイズも少しはグッと来るはずであり、これを機に二人の仲を少しずつ修復していこう。とウィンは考えていた。

 

 しかし……

 

「ふーん……ま、使用人としては及第点をあげるわ」

 

 そもそも、ルイズは才人を対等なパートナーとは思っていなかったのだ。『役立たずの下郎』から『使用人』に評価が上がった程度では、距離が縮まるキッカケになったとは言い難い。

 才人を人間扱いすらしていなかった過去の自分のひどさに、思わずウィンは軽いめまいを覚えて額に手を当てる。ウィンが完璧に操っているはずの才人の微笑みも、心なしか呆れと怒りでピクピクと揺れているように見えた。

 

 

 

「あら、おはようルイズ。いい朝ね」

「………おはようツェルペストー。私はあんたの顔を見たから最悪よ」

 

 ウィンの魔法でルイズを着替えさせ、ルイズが上機嫌でドアを開けたところでバッタリとキュルケに出会ってしまい、ルイズはあからさまにイヤな顔をする。

 対するキュルケはルイズの子供っぽさにかわいさを覚えて微笑み、後に続いて出てきたウィンと才人を舐め回すように見つめた。

 

「なるほどねぇ…あなたたちがルイズの使い魔の…」

「ウィンよ。こっちは才人」

 

 ウィンがそっけなく返すと、キュルケはまるで獲物でも見つけたかのように妖艶な笑みを浮かべる。ウィン本人はキュルケのことを嫌ってはいないのだが、こういう反応をされると、なんとなくイラッとする。

 

「フフフ、なるほどねぇ。アナタはたしか――」

「風の化身。才人は普通の人間だけど」

「そうよ!私が呼び出したのよ!!」

 

 腰に手を当て、胸を張って勝ち誇るルイズ。実際は事故で不思議な空間を漂っていたウィンが、ほとんど力がなかった魔法陣を書き換えてたどり着いただけだし、ウィンに言外に『調子に乗るな』とも言われているのだが、ついに魔法関連の誇れることができたことによる極度の感動で、すっかり頭から抜け落ちてしまったようだ。

 キュルケはそんなルイズにかわいらしさを覚えてクスクスと笑いつつ、部屋からのそりと這いだしてきた己の使い魔を手招きする。

 

「そうそう。この子があたしの使い魔、サラマンダーのフレイムよ。しかも、ただのサラマンダーじゃなくて火竜山脈のね。どう?火のメイジのあたしに相応しいでしょ?」

「ふ、フン!まあまあね! ま、まあ!風の化身には及ばないけどね!」

 

 ルイズの強がりの引き合いに出されたウィンは、今度は少しだけ呆れたようで、半眼でルイズを見つめていた。

 

「ええ、そうね。だけど、彼女は本当にアナタの実力で呼び出したのかしら? ホントの実力は、一回目の彼だったり、ね?」

 

 今まで蚊帳の外でヒマを持て余していた才人は、急に話題に上がったことで驚き、思わずキュルケの方を向いて自分を指し示した。キュルケは才人にウィンクを返し、話をマトモに聞いていなかった才人は照れくさそうに頭を掻いた。

 

「ほらほら、こんなところでいつまでも話してると、朝食に遅れちゃうわよ?」

 

 そんな才人や、キュルケの挑発にルイズが怒りを爆発させる前にウィンが強引に話題を変える。

 

「あっ!そうよね! とにかく!私の実力だからね!行くわよ!」

「お、おい!引っ張るなって!」

 

 その試みは功を奏したようで、怒りを霧散させたルイズは才人の手を引いて廊下を駆け抜けていった。過去の自分の単純さにため息をつくウィン。才人だけさっさと連れて行ったのは、きっと、ウィンの能力を信頼してのことだろう。

 とはいえ、このままここにいてもしょうがないので、自分も移動しようとすると、キュルケに呼び止められた。

 

「…何よ?」

「ちょっとあたしとお話ししませんこと?かわいい使い魔さん」

「遠慮しておくわ。私まで主人の癇癪を受けたくはありませんもの」

 

 言うだけ言うと、キュルケが返事をする前に、ウィンはとっとと風になって空間へと溶けてしまう。本当にそっけない反応だが、キュルケは何故か優しげな笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、つれないのね。良かったわねルイズ、あんなにステキな使い魔を呼び出せて」

 

 自分への反応よりも、ルイズへの忠義を喜ぶキュルケ。自分の好敵手の努力が報われることは、彼女にとっても嬉しいようだ。しかし、もう一人の使い魔への態度を思い出し、ほんの少しだけ息を漏らした。

 

「でも、あんまり彼にだけ冷たいと、誰かに取られちゃうかもね」

 

 キュルケは自分を見上げるフレイムの頭を撫でると歩き出し、フレイムは尻尾の炎を揺らしながら主人に続いた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ!?ふざけんなよ!!」

「ふざけてなんかないわ。使い魔の食事なんだから、それで十分なのよ。そもそも、貴族しか入れないアルヴィーズの食堂に平民のあんたが入れるように手配してあげたんだから、感謝しなさいよ」

「なんだとてめえ!」

 

 食堂に着くと、最初は豪華な内装と豪華な食事に興奮していた才人も、床に座れと言われた挙げ句、食事は固いパン一つに質素なスープ一杯と言われてついに沸騰してしまっていた。

 それでも、殴りかからずにぎゃあぎゃあと騒ぐだけに留めているところは紳士的だとは思うが、彼は少し子供っぽいと思う。

 

 ただ、ルイズよりは完全にマシだが。コンプレックスと負けん気が長い時をかけて熟成されると、こうもひどくなるものかと、ウィンはある意味達観した様子で、局所的なサイレントを掛けながらルイズを眺めていた。

 というより、これは才人への興味を失っているからではないだろうか。ルイズからは、さっさと才人との会話を終わらせたい雰囲気が感じられた。

 

 確かにウィンも、才人とプリエが同時に召喚されたなら、才人をプリエと同じ待遇で迎えることができるとは思えなかった。

 だとしてもこの状況は好ましくない。いつかウィンは、元の時代へ帰ってしまうのだから。

 

「まあまあ、彼は人間なんだから。ペットにエサをあげるのとは違うのよ?」

 

 才人の抗議が胸の罵倒へと移りかけていたところで、ウィンは二人を仲裁する。自分ですら胸の話題には割と敏感なのだから、ルイズへの効果などは言うまでもないだろう。

 流石にウィンを蔑ろにすることはできないようだが、それでもルイズは不満げな視線をウィンへと向ける。

 

「出来の悪い使い魔なんだから、しつけは当然でしょ?」

 

 才人は堪忍袋の尾が切れそうになるが、こちらもウィンのおかげでなんとか我慢していた。

 

「ともかく、彼にはちゃんとした食事が必要なの。賄いがもらえるならそうするから、いいわね?」

 

 むう…と小さく唸りながら、渋々といった調子で許可を出すルイズ。しかし、その内心は本当に少しばかり反省しているようで、キュルケにすら分からない程度の悪かったという思いがウィンにだけ感じられた。

 元の時間では、初日にプライドを粉々に打ち砕かれ素直になったウィンだが、そうなっていなくても自分は成長できることが分かり、少し嬉しくなった。

 

「それに、彼はすごいのよ?」

 

 ルイズは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、思わず才人を見つめてしまう。すでにウィンに手を引かれている、未だ溜飲の下がらない様子の才人からはそのようなイメージなど湧かず、しばらく目をぱちくりとさせていた。

 

 

 

「うっめえ!こんなん食べたことねえよ!」

「そうだろうそうだろう!嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!」

 

 厨房を訪ねると、ウィンの姿を見て最初は皆が顔を青くしたが、自分が貴族ではなく、自分と同じ使い魔であり、ハルケギニア基準で平民である才人がお腹が減って困っていると伝えると、厨房の皆が快く迎え入れてくれた。

 そうして才人が賄いをご馳走になり、才人は料理を、料理長マルトーは才人を大変気に入ったというワケだ。

 

 才人はマナーも何もなっていない、がっつくような食べ方をしているが、それでも見ているこっちまでなんだか楽しくなってきてしまう。

 マナーを守った優雅な食事も、マナーを守らない喧騒に彩られた食事も、違った魅力のあるものだ。とウィンは感じていた。

 

「それにしても坊主、大変だったなぁ。なんでも、急に使い魔にされちまったんだろ? しかも、相手はあのヴァリエールの小娘と来たもんだ!」

「そうなんだよ!あいつ俺のことを犬かなにかだと思ってやがるんだぜ?」

 

 才人の愚痴に、マルトーはうんうんと頷く。元の時間に戻れば、ウィンはマルトーからたいへん好かれているため、これには驚きながらも納得していた。

 使用人に当たり散らしたことはないとはいえ、癇癪持ちの落ちこぼれメイジなど評判が悪いに決まっている。それに、魔法が失敗して虫の居所が悪いときに、使用人を邪険に扱ったことだって何度かあったのだから、平民を都合のいいモノ扱いする貴族と同列に取られても仕方ないだろう。

 

 しかし、それはそれとして、自分の過去の悪行や悪評がベラベラと語られるさまは、まるで地獄行きの裁判で始祖に罪状リストを読み上げられているような感覚になり、針のむしろにでもいるようだ。

 怒る気持ちなどは湧いてこないのだが、正直やめてほしいというのがウィンの心情だった。

 

「マルトーさん?愚痴もほどほどにしてくださいね? 先ほどからウィンさんが困ってますよ」

 

 そこで入ったのが、シエスタからの助け舟だ。元の時間では夜魔に覚醒してしまって、どんな相手にも物怖じしなくなったシエスタだが、貴族に意見することを恐れているときに、それとは関係なくウィンを気遣ってくれた。そんな彼女の純粋な優しさに、ウィンは嬉しくなる。

 

「おっと、すまねえな」

「いえ、大丈夫よ。主人の性格はだいたい理解してるつもりだし。でも、確かにもうちょっと控えてくれると嬉しいわ。ほら、私の姿も同じだし」

「ホント、驚いたぜ。てっきりトチ狂って厨房を爆破しに来たのかと思っちまったよ」

「もう!マルトーさん!」

 

 ガハハと豪快に笑うマルトーに釣られ、才人やウィンまでもが笑う。シエスタはやれやれといった調子の笑みを浮かべていた。

 

 そのとき、一瞬だけウィンの笑顔が凍る。別に気を張っていなかったウィンですら分かるほどの強い魔力が2つ、学院の近くに現れた。それらがどのような存在かをここで考えているヒマなどない。ウィンは最低限の魔力で遍在を生成すると、すぐさまその場へと転移した。

 

 

 

 山羊のような頭にミノタウロス以上の屈強な体を持つ悪魔らしき生物が、炎を纏った双剣で斬り刻まれている。ウィンが目撃した光景だ。

 それはまるで自分の命を燃やしているかのような凄まじい連撃で、最後にX字に相手を斬り裂くと、悪魔(と、もう決めつけてしまおう)は完全に消滅してしまった。

 しかし、どうやらウィンが技に対して抱いた想いは間違っていなかったのか、魔力も生命力すらもほとんど感じられなくなってしまった男は、悪魔の消滅を確認すると、バッタリと倒れ込んでしまう。

 

「お、オメガヒール!」

 

 ウィンは反射的に自分が使える最高の回復魔法を唱える。悪魔を倒していたのだから、少なくとも悪い人ではないだろうと考えたのだ。

 癒やしの光が溢れ、男の生命力がほとんど回復したことを感じ取ると、ウィンはひと息ついた。

 

『ふぃー!いやー、助かったぜ。ありがとな!』

 

 男は回復したばかりの体をすぐさま起こした。これにはウィンも少なからず驚きを覚える。いくら生命力を回復させたとはいえ、あの状態で気絶しなかったというのか。

 

『てか、キミ!すげえ美少女だな!魔界の闇の中に落とされたときはどうなることかと思ったが、中々ツイてるかもな!』

 

 しかし、ウィンには男の言葉が全く分からない。笑顔でにこやかに語りかけてきているので、恐らく感謝してくれているのだろうとは思うのだが、彼の使っている言語はハルケギニアのどこ訛りなどという生易しい次元ではなく、明らかに別の言語だろうと予想がつくものだった。

 

「こんにちは。早速で悪いけど、アナタはどうしてここに?」

『は?ちょっと待ってくれ、キミは何を言ってるんだ?』

 

 心底ワケが分からなさそう男の顔を見て、ウィンは確信した。この男は、少なくともハルケギニアの人間ではなく、プリエたちに近い世界の人間なのだろう。そもそも、この世界の人間があんなに強大な悪魔を倒せるはずがないのだから。

 だからこそウィンは、手っ取り早く翻訳魔法を使うことにした。

 

「これでいいかしら? ええと、私の言ってることが分かる?」

「おお!なんだ、驚かせないでくれよな。一瞬、異世界にでも来ちまったのかと思ったぜ」

「あー………残念だけど、その通りなのよ」

「は?」

 

 ウィンは男に、ハルケギニアの歴史や魔法、そして料理などを簡単に説明する。どこか一つでも違うところがあれば、そこを取っ掛かりに説明していくつもりだったのだが、男は意外にも素直に事実を受け入れていた。

 

「ハルケギニアか……世界中を旅してみたが、確かにトリステインやゲルマニアなんて国は知らねえからな」

「理解が早くて助かるわ。それで、あなたの名前は?」

「そういえば、お互い名前すら知らなかったな。オレはオマール、とあるヤツを魔界で探し回ってたんだが、悪魔に不意打ちを食らってあのザマだ」

 

 その名を聞いた瞬間、ウィンは電撃が走ったかのような衝撃を受けた。異世界の住民であるのに、聞いたことがある名前。それを確信へと至らせるために、ウィンは彼に質問をする。

 

「あの、もしかして、あなたって空賊かしら?」

「おっ!よく分かったな! てことは、こっちの世界だと案外簡単に船が浮くのかァ?」

 

 今、ほとんど確信めいていた疑念の最後のピースがはまった。プリエが語ってくれた冒険譚、彼こそがそこに出てきた空賊団団長だろう。

 

「あ、あの…」

「どうかしたか?」

 

どうしてここに?―――違う、そんなことが聞きたいんじゃない。

あなたが魔界で探している人って?―――十中八九プリエだろう。

 

………なら、どうしてプリエを探しているの?

 

「……………」

 

 しかし、その言葉を口に出すことはできなかった。プリエが教えてくれたことは、世界中を仲間と一緒に旅して回ったということだけで、その後については何も教えてくれなかった。つまりそれは、プリエにとって深い部分なのだろう。

 それをこんな形で聞き出していいものか。という罪悪感と、プリエに起こった真実を知りたくない。という恐怖感がルイズの中で渦巻いていた。

 

 オマールが訝しげに、しかしどこか心配そうにこちらを覗き込んでいる。ウィンは動揺を悟られないように、できるだけ軽い調子で、最もらしいセリフをひねり出した。

 

「あなたは、どうやってここで生活するつもり?」

「そりゃ空賊家業に……いや、そりゃムリか」

 

 売買ルート、空賊船、物品の価値、団員、そして言葉の壁など……思いつくだけでもこれほど挙がるのだ。ここでは足りないものが多すぎて、それらを揃える頃には永住できるほどのものが揃っていることだろう。

 

「まあ、ここで出会ったのも何かの縁だし、少しだけ手助けしてあげるわ」

「本当か!いやー、助かったぜ!ありがとな!んと………?」

「ウィンよ、風の化身のウィン。よろしくね、オマール」

 

――いいのよ、今は聞けなくたって。プリエは私の成長を待ってくれてるんだから。そのときまでには……ううん、そうなったときに、プリエは自ずと話してくれる。そうよね?プリエ。

 

 だから、今は精一杯前向きに進んでいこう。そんな私の決意に応えるように、オマールは力強く頷いてくれた。


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