伝説の使い魔   作:GAYMAX

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英雄の一日

「はぁ…」

 

 ため息を吐くと幸せが逃げると言うが、幸せが逃げたからため息を吐くんじゃないんだろうか?

 

 そんな取り留めもないことを考えながら、学院の中庭でため息を吐き続けるルイズ。彼女の功績は平民ですら一度は耳にするほどの莫大なものであり、そんな彼女がため息を吐いているんだから、何か良くないことが起きる前兆ではないのかと、数人の生徒が戦々恐々としながら、遠巻きに彼女を見守っていた。

 

「ルイズ、どうしたの?貴方がため息なんて珍しい」

 

「あら?シャルロットこそ、今日は一人なのね」

 

「ううん、昔はもっと一人だった」

 

「そう?」

 

 そんなルイズのもとにやってきたのはシャルロット。今は王女となって国を動かしているが、学院にいる間は仲直りしたイザベラが政務を執り行っている。

 その物腰は以前よりずっと柔らかくなり、自然に笑顔を出せるようになって、何やらファンクラブまで設立されたらしい。

 

 学院にいる間は二人とも一生徒のはずなのだが、周りにいる数人の生徒はそう思っておらず、『女王』と『伝説』の会話を好き勝手に想像していた。

 

「それで、本当にどうしたの?」

 

「大したことじゃないわ。コレよコレ」

 

 ルイズが頬杖をついていた手を離し、手のひらを上に向けると、その手の中にちょうど収まるように丸まった書状がフッと現れる。

 周りの生徒の中に一年生でも居たのか、どこかから小さな歓声が上がったが、ルイズは無視して片手で雑に書状を広げ、そのまま手を離して宙に浮かべる。

 

 シャルロットはソレを手にとって読み始めると、その意外な内容に目を丸くして驚いてしまった。

 

「…縁談?」

 

「そうなのよ。お母さまが『そろそろ身を固めたらどうだ』ってね」

 

 ここでルイズはまた一つため息を吐く。そんなに酷い相手なのかと思って書状を読み進めてみるが、書いてあるだけではむしろ良縁の類だろう。

 

「この相手に、何か問題が?」

 

「いいえ、何も問題はないわ。実際に会ってみたけど、笑顔が眩しい人だったし」

 

 では、いったい何にルイズはため息をついているのか。シャルロットが小首を傾げると、ソレに答えるようにルイズが付け加えた。

 

「何も問題がないことが問題なのよ……」

 

 更に色濃くなるシャルロットの疑問符。しかし、よく考えてみれば思い当たる節が一つだけ存在した。

 

「もしかして、あのロリコンが?」

 

「ええ、それも理由の一つね…」

 

 またもやため息を吐きながら、手のひらを上に向けて思いっきり握りしめるルイズ。たぶん、今頃トリステインの練兵所では、大事なところを謎の力で潰されたあのロリコンの断末魔の絶叫が響き渡っているだろう。

 

「そもそも、まだ結婚する気がないのよ……」

 

 ああ、なるほど。これで全て合点がいった。こちらに気がある好青年に断りを入れるのは気が引けるだろうし、なにより、今では国の重鎮の一人となったあのロリコンが、お見合いに乱入して台無しにでもされたら、相手に申し訳が立たないというものだ。

 

「今まで何回見合いに行ったの?」

 

「27回よ……。その内、ロリコンは24回も乱入してきたわ……」

 

「それは…ご愁傷様……」

 

「ホントにね……」

 

 そう言いながら、ルイズの手が一瞬だけブレる。たぶん、どこぞのロリコンは、情けない叫び声を上げながら凄まじい速度でどこかへと吹っ飛んでいったのだろう。というか、一瞬だけロリコンの叫び声が小さく聞こえた。

 

「全く、お母さまは些か急ぎすぎよ。エレオノール姉さまのお相手が見つかったんだから、少しぐらいゆっくりしたっていいじゃない」

 

 ルイズの年齢は17。だから彼女の言い分も尤もだが、きっと、それを踏まえた上で彼女のお母様は縁談を持ってきたのだろう。

 

 ルイズは、超魔王という未曽有の巨悪を打ち倒した大英雄であり、ハルキゲニア大戦においても三万もの大軍を独力で無力化した最強のメイジである。更に、公爵家であり、容姿端麗であり、虚無を操るものであり……挙げていくとキリがない。

 

 自分ですら、国に帰れば様々な貴族が言い寄ってくるというのだから、ルイズが学院を出たらその比ではないだろう。現に、学院内ですらルイズに言い寄ってくる生徒をちらほらと見かける。

 まあ、権力が欲しいのか、彼女の色香にやられたのかは分からないが。

 

 身を固めてしまえば、少なくとも口説こうとする輩だけはいなくなるだろうから、ルイズのお母様は必死になって良縁を探してくるのだ。

 

 しかし、ルイズだって昔のままではない。彼女はプリエによって、一回りも二回りも…いや、もしかすると十回りほども人間的に成長した。まだ学生の身ではあるが、彼女は公爵家の名を継ぐに相応しい立派な貴族であろう。

 だから、そこまで心配する必要はないのだ。なんたって彼女は、生きながらにして『伝説』なのだから。

 

「まだ結婚する気はないって、お母様に伝えてみたらどう?」

 

「…そうね。今まではお母さまの顔を立てて何も言わなかったけど、結婚する気もないのに見合いに行くのは失礼よね

一度お母さまに伝えてみるわ、ありがとねシャルロット」

 

 これでいい。後は二人の話し合いで解決できるはずだ。しかし、それはそれとしてルイズが結婚したい相手は気になる。

 以前では自分が色恋沙汰に興味を持つことなど考えられなかったが、今は失った時間を取り戻すかのように、人一倍そういうことに興味が出てきたのだ。

 

「ルイズ、()()()()()()()()()、貴方が結婚したいと思う男性像を教えてほしい。()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言うと、ルイズは一瞬だけ驚きの表情を浮かべ、次の瞬間には生暖かい笑みと生暖かい視線を返してきた。あまりよくは分からないが、なんとなくイラッとする。

 

「フフ、シャルロットが、ねぇ…。いいわ、私の求める男性像よね?」

 

「…そう」

 

「そうね……性別関係なしにプリエって言いたいところだけど、プリエの過去を知っちゃうと、そんなワガママは言えないわね…」

 

「うん……」

 

 プリエの過去を知った私たちは、プリエが恋い焦がれた男性がいることを当然知っている。そして、プリエがその男性とあまりにも悲しい別れ方をしたことも、プリエが未だにその男性を想い続けていることも…知っているのだ。

 

 その深い愛故にプリエは狂い、未だに晴れぬ恨みを抱いている。そんなプリエにとって、私たちはただの代用品だったのかもしれない。

 しかし、たとえそうだったとしても、少しでもプリエの心の穴を埋めることができていたなら、私たちは満足だ。心の底からそう思えるほどに、私たちはプリエに魅せられたのだ。

 

「…まあ、結婚相手に求める条件は、誠実で、働き者で、優しくて、私のことを見てくれる人かしら。容姿は良いに越したことはないけど、あまり求めたりはしないわ

あと、一番大事なのは、私が永遠の時を生きても構わないって思えることね」

 

「なるほど」

 

「でも、ヒゲのロリコンだけは対象外よ。私を見てくれるというか、見すぎなのよアイツ」

 

 だが、ワルドの少し異常な行動も、プリエに魅せられたからだろう。プリエは絶対に自分には振り向いてくれないと分かっていて、だからこそルイズに執着してプリエの影を払おうとしているのだ。

 ……まあ、プリエ以外に代用品扱いされることは嫌なので、ついにワルドは名前すらまともに呼んでもらえないようになってしまったワケだが。

 

 実際、ソレさえなければワルドは全ての条件をクリアしている。というか、そもそもこの条件は、最後以外は幼い頃にルイズがワルドから感じた人物像そのものなのだ。

 

「そういえば、貴方の使い魔の少年はどうなの?」

 

「才人?そうね、彼は及第点かな。私の使い魔になることをすぐに了承してくれたし、なんだかんだで銃士隊訓練も続けてくれてるし。それに、私の力を恐れず、むしろ憧れてくれたわ

まあ、胸の大きな女性についつい目が行っちゃうのは玉にキズだけどね」

 

 ルイズは楽しそうに微笑みを浮かべる。不器用ながらも真っ直ぐで、確かな優しさを持っている少年は、どうやら主人と仲良くやっているようだ。

 

 才人は持ち前の優しさと真っ直ぐさから割とモテるので、プリエと会う前の彼女なら才人と激しくぶつかり合っていただろう。しかし、今の彼女は些細なことなど気にせず、それが大人の魅力となって才人を強く惹きつけているのだ。

 そして、彼女自身も自分のために一生懸命強くなろうとする才人を割と気に入っているようだ。

 

「でも、あんまり胸に気を取られるなら、使い魔を変えることも考えなくっちゃね」

 

 微笑みを携えたまま発せられた言葉。その後ろに冗談だったという旨が続く言葉。しかし、その言葉の後に続いたものはソレではなく、そもそも彼女自身の言葉でもなかった。

 

「る、ルイズ……」

 

「へ?才人?」

 

 くるりと振り向くルイズ。彼女の後ろには、訓練が終わってちょうど此処にたどり着いた才人がいた。わなわなと肩を震わせながら俯いている才人。さっきの冗談を真に受けているようだ。

 

 ルイズが珍しく慌てながら「冗談よ」と伝えようとするが、焦ったことにより言い淀んでしまったスキに才人がルイズに抱きつき、キチンと伝えることができなかった。

 

「ゴメンよぉルイズゥゥゥーー!!!俺、頑張ってルイズのちっちゃなお胸も愛せるようにするからぁ!!だから捨てないでくれーー!!」

 

「ええっ!?別に大丈夫よ!? 大丈夫だから話を聞きなさいよ!」

 

「…ティファニアおっぱい」

 

「グハッ!!? …ごめんルイズ、やっぱり俺、自分に嘘はつけないよ」

 

「意志弱いわよ!? というかシャルロット!場を引っ掻き回さないでくれない!?」

 

「プリエだったらこうすると思って」

 

「あなたはあなたでしょ!?」

 

 慌てふためく『伝説』に、楽しそうに微笑む『女王』、そして情けなくしがみつく『剣聖』。人はどこまでいっても、そしてどうなったとしても人だということをイヤでも知らしめてくれる光景は、末永い平和を予見させ、何よりも平和を実感させてくれた。

 

 ()()にとっては刻まれた歴史が大事、しかし()にとっては刻まれぬ歴史の方が大事。

 

 今ここに、刻まれぬ歴史がキッチリと心に積み重ねられたようだ。




次回から番外編ですが、番外編は基本2週間程度での投稿となります。
前回の投稿から2週間以上経っても投稿がない場合、ストックが切れたということになります。

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