伝説の使い魔   作:GAYMAX

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夜魔としての一日

 シエスタはとんでもなく優秀なメイドである。その力が覚醒する前から普通に働き者のメイドだった彼女は、プリエと出会うことによって、より一層仕事に精を出すようになった。

 

 思えば、これが彼女の転換期だったのだろう。ルイズから漏れ出すプリエの魔力を長期間浴びた彼女は、夜魔の補食行為の一つである“性”に触れたことにより覚醒した。この時点で人から逸脱していたシエスタは、スクウェアクラスの魔法に耐え、繰り出す魔力攻撃だけでもトライアングルクラスだったので、自身の初めてを奪われる前に脱出し、シエスタを買った貴族は彼女の報復を恐れて何も言ってこなかった。

 

 すでに貴族として生きていくことだってできたが、シエスタはプリエに仕えることを選んだ。それから順調に能力が成長していき、一時期は魔力制御の訓練の一環のせいで他のメイドの仕事がなくなったこともあった。何もやらずにお金を貰い、その上シエスタに全てを押しつけるのは凄まじく精神に来るようで、その後の話し合いの結果、シエスタは今まで通りの仕事量をこなしてもらうことになった。

 

 そして、真面目に仕事をこなしていった結果、至極当たり前にシエスタにメイド長昇格の話が来た。メイドたちも、現メイド長すらも喜んでいたのだが、シエスタは自分がメイド長に就いたら、それこそ学園が終わるまでメイド長の座に居かねないと懸念し辞退。

 しかしながら、優秀なシエスタになんとか上の地位に就いてもらい、後続の育成にも勤めてもらいたかった現メイド長は、なんと学院長に直訴。そうしてメイド長と同じ権限を持つ使用人相談役という管理職ができ、そこにシエスタは就任したのだ。

 

 そして、メイド長の目論見通り優秀な使用人が増えてきて、シエスタの新しい仕事も軌道に乗ってきたときに起こったことが、銃士隊の反乱事件。そのときはもはや高位の魔王クラスの実力を持っていたが、同じく魔王クラスの実力を持つ副総隊長と相討ちになったことにより、自分の力の無さを痛感した。

 そしてシエスタは、プリエの側近二柱が魔界へと帰るまでの間に、メイド業務もこなしながら地獄の特訓で鍛えてもらい、二柱が魔界へと帰る頃にはなんとレベル2800にまで達していた。つまり、単身でアニエスすらも御せるようになったワケだ。

 

 しかし、その弊害というかなんというか、絶世の美女すらも裸足で逃げ出すほどの魅力を手に入れてしまった。強くなればなるほど魅力が増すのが夜魔の特徴であり、その魅力を出してしまうと、それこそ同性からも求婚されてしまうため、シエスタはその魅力のほとんどを魔法で隠していた。

 

 だが、元々の顔立ちの良さと気立ての良さから、しばしば告白されることがあり、今日もヴェストリの広場の片隅で……

 

「シエスタさん!一目見た時から好きでした!僕と―――」

 

「ごめんなさい。今は仕事が恋人なんです」

 

 あまり会ったことがないので、おそらく一年生だろう。顔立ちは結構いい方、格好良いというより可愛い感じ。その家の名は聞いたことがないが、立場的には一応平民でしかない自分に敬語まで使ってくれたところは割と好感を持てる。

 しかし、シエスタはそもそも誰かと付き合うつもりすらなかった。

 

「そう…ですか…

それなら仕方ありませんね。お忙しいところ、申し訳ありませんでした」

 

「いいえ。少しの時間でしたが、甘くて素敵な時間をありがとうございました」

 

 ニッコリとシエスタが微笑むと、少年はカーッと顔を赤くして、逃げるように走り去っていった。

 そんな少年をかわいらしく思いつつ、シエスタは途中で振り返った少年に小さく手を振る。更に顔を赤くして走り去った少年が見えなくなった途端、その表情を曇らせ、ため息を一つついた。

 

 実を言えば、先ほどの少年ならば、付き合ってもいいとシエスタは考えていた。確かにシエスタの仕事量は常人と比べれば多いが、シエスタの能力から言うなら無に等しいものだ。

 

 では何故付き合わないのか。それは夜魔の特性にある。夢や想いなどといったものを食べることも、普通に食品を経口摂取することもあるが、最も夜魔たちが好むものは性行為だ。

 人間の三大欲求の二つを同時に満たしている夜魔の性行為は、他の捕食行動とは一線を画するほどの満足感が得られる。

 例えるなら、自分が満足するまで好物を食べ続けるのと、食い物かすら分からないもので食事を済ませるぐらいの差があるのだ。

 

 

     つまり、早い話が、誰かと付き合ったら相手を絞り殺しそうで怖いのだ。

 

 

 プリエや側近二柱が居た頃は、彼女らが無意識に放っている強大で美味しい魔力を吸収していたし、プリエには二度と忘れられないほどの素晴らしい快楽を刻みつけてもらったので、表に出ることはなかった。

 

 しかし、彼女らがいなくなってしまってからは、自身が強大になったこともあり、ルイズやテミスの魔力だけでは足りず、次第に欲求不満が溜まっていった。

 元々良識派だったシエスタは彼女らに襲いかかることもベタベタすることもできず、ならばアニエスならいいかと思って手を出してしまったのだが、シエスタが満足することはなく、しかもアニエスはシエスタに怯えるようになってしまった。

 

 プリエのおかげで女同士でも大丈夫にはなっていたが、曾祖母のように女同士でも満足するようにはなっていなかったようだ。下品な表現ではあるが、一度も怒張を突っ込まれたことがないという理由も大きいだろう。

 

 いっそのこと、もう一度あの貴族に買ってもらい、絞り殺して帰ってこようかとまで考えるようになってしまったシエスタ。結構末期である。

 

 しかし、妄想や想像ではなにも変わらない。仕方なくシエスタは、その憂いを帯びた妖しい表情からは絶対に及びもしない真っピンクな考えを打ち切り、仕事へと戻っていく。

 

「待ちたまえよ、君」

 

 そうして踵を返して歩きだしたところで、すぐに呼び止められるシエスタ。行動の節目の出鼻を、割と高圧的な声で挫かれれば普通なら多少はイラつくものだが、そこは良い意味でも悪い意味でも平民根性が染み着いているシエスタ。全く不快感など抱かずに、すぐに笑顔を浮かべて振り向いた。

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「キミィ、中々美しいじゃないか。喜びたまえ、僕のハーレムに加えてあげよう」

 

 そうしてシエスタを呼び止めた太っちょの生徒はお家自慢、もとい自己紹介を始めるが、やはり彼の家の名前は聞いたことがない。まあ、出身がゲルマニアなので、たぶん成り上がりなのだろう。

 

 それに、ある程度以上偉いのなら、シエスタの顔を知らないということは有り得ない。シエスタは今や、個人で国家に匹敵する人物の内の一人なのだから。

 

「申し訳ありません」

 

 一通りのお家自慢を聞き終えると、シエスタは角が立たないように深々とお辞儀をしながら、断り文句を定型文で言う。

 しかし、太っちょの生徒はプライドだけは人一倍高いのか、頬の表情筋をひくつかせながら肩をわなわなと震わせている。

 

「き、キミィ…平民のキミが、この僕の愛妾の一人になるということがどれだけ身に余る僥倖か、分かって…いるのかい…?」

 

「はい、十分に理解しているつもりです。ですから、あなた様には私などよりも相応しいお方がいらっしゃると思い、謹んで辞退させて頂きました」

 

 実際のシエスタの立場から言うなら、彼女が謹まなければいけない相手はルイズ個人をおいて他にはいないのだが、そこは気性の穏やかなシエスタ、コトを荒らげるつもりはないようだ。

 ちなみに彼女の曾祖母に同じことをした場合、一家全員搾り殺されても何も文句は言えないだろう。

 

 そして、シエスタのへりくだった態度に太っちょの生徒はいくらか気分を取り戻したようで、頬のヒクつきをそのまま厭らしい笑顔に戻しながら、鼻を鳴らす。

 

「分かってるじゃないかキミィ。だが、僕がイイと言っているんだ。つべこべ言わずに僕のハーレムに加わりなよ」

 

 これには流石のシエスタも苦笑い。この手の貴族は、こちらが折れるまでは絶対に諦めないだろうし、徐々に語調も強くなっていくだろう。面倒なので、手っ取り早く洗脳して仕事に戻ろうかと考え始めたとき、太っちょの生徒が再び口を開いた。

 

「まあ、断ってもいいけど、その時は君の周りの平民がどうなるかは分からないよ?」

 

 ピクリと、常人には視認できない速度で、シエスタの眉が少しだけ動く。ソレを合図にシエスタの思考が切り替わり、彼女の体から強大な魔力が漏れ始めた。

 太っちょの生徒は、その断片をぼんやりと感じ、何事かと回りをキョロキョロと見回し始めたが、ソレが目の前の女性から放たれていることに、愚かにも気がついていない。

 

「…どうなるか、分からないとは…?」

 

「ん?そうだねぇ…例えば、君の家族が突然消えたり、とかかな」

 

「…分かりました。あなたの家族が突然消えるんですね?」

 

 太っちょの生徒に怪訝や嫌悪が浮かぶよりも早く、その表情は驚愕で固まった。メイド服の構造を無視して、シエスタの肩から広がったコウモリのような翼。それと同時に、太っちょの生徒ですら分かるようにシエスタの体から魔力が放出され、全身に絡みついて締め上げるような威圧感が彼を襲った。

 

「シエスタという名は、聞いたことがありますか?」

 

「……!ああっ…!」

 

 腐っても貴族の端くれ、名前ぐらいなら知っていたようだ。今や、三人だけ存在する全平民代表の一人だし、メイジどころか国すらも超越する存在なのだから、当然だろう。

 

「も、申し訳ございませんでしたぁ!」

 

 シエスタの正体を知るやいなやの変わり身。その見事な平身低頭姿勢を見るに、やはり貴族としての位はあまり高くないようだ。

 

「…相手が平民だからと言って、モノ扱いするなんて言語道断です。今、私に謝ったのは、自分の保身ではなく、その行為に罪悪感を感じたからですよね?」

 

 思いっきり首を縦に振る太っちょの生徒。どう見ても保身の為だし、シエスタも分かってはいるが、あえてシエスタは分かっていないフリをした。

 

「…分かりました、絶対に忘れないでくださいね?

もしも、あなたの悪行が私の耳に入ったときは……」

 

 手の代わりに翼で口元を隠し、クスクスと妖しく笑う。それだけで、太っちょの生徒は泡を吹いて気絶してしまった。

 

 それを確認すると、シエスタはため息を一つ吐きながら、翼を引っ込めた。余計な魔力を使ったせいで更に性欲が増してしまい、気絶している太っちょの生徒を怨みがましく睨みつける。

 

 しかし、そうしたところで何も変わらないので、すでに目の前の獲物をどうやって搾り殺すか考え始めてしまった思考を逸らすためにも、目線を外して空を仰いだ。

 

 ハッキリ言って、今の状態はヤバい。美少年が通りかかったら即搾り殺してしまうだろう。しかもこの性欲は、悪いことに自慰では全く発散できない。空想でお腹が膨れないのと同じで、精や魔力、想いを吸収していないのだから当たり前だ。

 

 そういえば、ミス・ヴァリエールの使い魔の少年が中々おいしそうに育っていたな……。彼女に土下座し倒して3Pでも―――

 

 そこまで考えたとき、シエスタは天啓を得たかのように、とある少年のことを思い出した。女性に平等に愛を与えると言い、本当にソレを実行し、付き合っている女性たちからの評価も高い美丈夫。曾祖母すらも満足させることができた少年。どうして今まで思い当たらなかったのか不思議なほどだ。

 

 恐らく、あの出来事のせいで本能的に避けていたのだろう。なんて勿体無いことをしていたのだろうか!その出来事を掘り起こせば好き放題できるだろうし、そもそも女性からの頼みは基本的に断らないというのに!

 

 どうやら、それぞれの女性を娶るまでは(みさお)を立てると宣言しているようなので、溜まっていく子種は有効活用させてもらおうか。

 

 ああもう、こんなところでボヤボヤしてる場合じゃない。早く実行しなくては。

 

 

 

―――その日、午後からギーシュとシエスタの姿が忽然と消え、次の日にひょっこりと戻ってきたが、シエスタは何故か肌がツヤツヤしており、対してギーシュの肌はミイラも真っ青な土気色に染まっていたらしい。


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