伝説の使い魔   作:GAYMAX

34 / 44
最終話 伝説

「うっ……!これは……酷い……」

 

 昨日、突如として落下した浮遊大陸アルビオン。ゲリラ戦略を取っていて、運良く難を逃れたウェールズ皇太子と軍艦イーグル号乗組員は、海上に落下したアルビオンの地に降り立っていた。落下の衝撃の影響か、大地は大きく裂け、有象無象の全てが瓦礫と化していて、元の色すらも分からない。こんな惨状では、巻き込まれてしまった人々は生きてはいないだろう。

 しかし、万が一の確率で生き残った人がいるかもしれない。それはあまりにも酷い現実から目を背けたいが為の言葉だったのだが、そのおかげでとある物体を見つけることができた。

 

「……?なんだあれは?」

 

 混沌の大地に一色だけ存在を主張する小さな青。近づいてみると、それは大きな水の塊であることが分かった。澄んでいるのに中が見えない水、単純に中が変な濁り方なのかもしれないが。ウェールズが無用心にもそれに触れると、パチンという風船が割れるような音を立てて、それは消滅した。

 その中には家が一つ。大陸ごとたたき付けられたというのに、目立った傷はない。あの水が衝撃から守ったと言うのだろうか? しかし、外傷がないからと言って生きている者がいるとは限らない。

 ウェールズは恐る恐る家のドアをノックする。一秒、二秒……淡い期待は消えていき、色濃い絶望が心を塗り潰し始めたとき、か細い返事が聞こえた。

 

「誰か生きているのか!?」

 

 ウェールズは誰かが生きていたという喜びから、マナーも忘れてドアを開ける。ドアには鍵が掛かっておらず、中には女性が一人と子供が数人、互いに寄り添っていた。女性の耳は長く、エルフかハーフエルフだと思われるが、この非常時にそんなことは関係なく、人間もエルフも等しく保護対象だった。

 

「良かった……!一人でも生きていてくれて……!さあ、此処は危ない。我々のイーグル号に行こう!」

 

 ヨロヨロと歩き始める女性たち。可哀相に……きっと恐怖で相当消耗していたのだろう。女性たちを救護した後に、日が暮れるまでアルビオンを飛んで回ったが、他の生存者は見つからなかった。

 これからどうするべきか……。戦にて誇りある玉砕を遂げるつもりだったウェールズは、“このままのうのうと生き延びていいものか”と悩んでいた。

 

「あの……失礼します」

 

 入ってきたのは保護した女性。見るからに気品ある風貌なので、たぶん自分がノックの音を聞き逃してしまったのだろう。

 

「どうしたんだい?」

「お礼を言いに来ました。私たちを保護していただき、本当にありがとうございます」

「民を守るのが王族の義務さ、だから顔を上げておくれ。……それに、結局守れたのは君たちと……この命だけだった……」

 

 ……民をうまく治めることができなかったアルビオンに、始祖からの裁きが下ったというのだろうか……。もしそうなら、私もアルビオンと運命を共にしているべきだったのか……いや、この考えは止めよう。私たちが助かったことで、この女性を助けることができたのだから……

 そう思うと、心が幾分か軽くなる。自分はこの女性を助けると同時に、この女性に助けられたのかもしれない。

 

 そういえば、叔父上の愛妾(あいしょう)がエルフの女性だったと聞いたことがある。そのせいで叔父上は投獄され獄中死、叔父上が逃がしたエルフの女性は親子共々サウスゴータの地で処刑されたらしい。もしその子供が生きていたら、彼女くらいの歳だったであろう。そう思うと、可憐な見た目も相まってか、愛着が沸いて来るものだ。

 

「すまなかったね……暗い話にしてしまって……。差し支えなければ、君の身の上話が聞きたいな」

 

 しかし、女性の表情は暗いまま、何も話そうとしない。そこでウェールズは過ちに気づき後悔した。人間の国でエルフが生きていくなど普通はできないことだ。そこには壮絶な苦労があったに違いない。普段なら世間話程度で聞けるこの話題は、彼女には絶対に聞いてはいけないものだったのだ。

 

「すまない……!君の気持ちも考えずに迂闊なことを……!」

「い、いえ!いいんです! ただ……今日は気分が特別悪くて……」

「……そうか。……そういえば、あの水の膜はいったい……?」

「……あれは、ある人が作ってくれたんです。とても……悲しそうな目をした人でした……」

 

 その後の話で、女性はあのエルフの娘、ティファニアであることが発覚。どうやったのかは本人すら分からないが、密かに処刑を逃げ延びたらしい。大陸落下を唯一生き延びた女性が自分の従姉妹だと知ったウェールズは、たとえ誇りを失ってでも生き延びることを決意。トリステイン王国に降り、アルビオン王国は消滅した。

 トリステインのアンリエッタ姫は深い悲しみに包まれたが、想い人のウェールズの生存をささやかに喜び、互いの心の傷が癒える頃に結ばれた。

 ティファニアは伝説の属性、虚無の担い手ということもあり、人間とエルフの長い因縁の決着に一役買ってくれた。まだまだ人間側にもエルフ側にも反対の声があるが、表立った不審死などはなく、いずれ互いの軋轢はなくなるだろう。

 

 しかし、三人は穏やかな日々の中でとある疑問を忘れてしまった。アンリエッタは戻らぬ親友を。ティファニアは自分と孤児たちを助けてくれたあの存在を。そしてウェールズは何故エルフたちがいきなり和平を受け入れたのか、そもそも何故アルビオンが落下したのかを。

 一見何の繋がりも持たぬこの疑問、実は意外な繋がりを持っていた。しかし、三人がその繋がりに気づくことはない。真実はずっと闇の中だろう。

 

 少なくとも三人が生きている内は……

 

 

 

 

 

 私は異形の者を斬っていた。

 

 私は異形の者を焼いていた。

 

 私は異形の者を潰していた。

 

 私は異形の者を貫いていた。

 

 私は、異形ノモノヲ、壊していた……

 

 ……これは、夢だろうか?同じような夢を、少し前に見た気がする。あの夢と違うのは、観客がなく、断末魔に悲鳴が混じり、異界の地ではないところか。

 

『バ、バ、バ、化ケ物メェ~~!!』

 

 失礼な、化け物に化け物呼ばわりされたくはない。斬って、焼いて、潰して、貫いて……爆破して切り刻んで凍らせて感電させて溺れさせて吹き飛ばして撃ち抜いて消し去って……。気づけば、辺り一面には異形の死体しか残っていなかった。

 いや、どこからともなく拍手の音が聞こえる。いつの間にか、たった一人だけ観客ができていたようだ。

 

「すごいじゃない、たった一人で五万の兵を皆殺しなんて」

「当然よ。私を誰だと思ってるの?」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。いずれ歴史に名を残す魔法使い、でしょ?」

「あら、よく分かってるじゃない」

 

 やはり夢の中か。これを言ったのは武器屋の店主にだけ。そして店主は男で、今聞こえる声は女のものだからだ。

 

「そうそう、もう一度やつらを見た方がいいわよ」

 

 さしたる感情も持たずに、言われた通り足元に目を向ける。そこに転がっていたのは異形ではなく、人間の死体だった。他の全ての死体も人間のもの、私は人間が異形に見えていたようだ。

 

「……なんだ、道理で弱いと思ったわ」

「へえ、意外ね。もっと取り乱すと思ってたのに」

 

 確かに、昔の私ならその重圧に押し潰されて発狂してしまっていただろう。しかし、一人殺したのなら二人殺すも同じ。たとえ血で川ができようが、亡骸で大地ができようが、私の心は揺るがない。唯一、私の心を揺るがせる存在は、そのはかない命を散らされてしまった……

 結局、私が身につけた強さは何の役にも立たなかった。五万の兵を無傷で葬り、化け物呼ばわりさせるような強さですら、今はただ虚しいだけ……

 

「じゃあ、シエスタが生きてるって言ったら……どうする?」

「!? ほ、ホントなの!?」

 

 言葉の真偽は分からない。そもそもコレが現実なのかも分からない。しかし、私は(すが)りたかった……いや、(すが)るしかなかった。暗い暗い絶望の中にいたら、いずれ心が壊れてしまう。だから私は、一筋の希望の光の中に飛び込んだ。

 たとえそれが、身を焼き焦がす悪魔の罠だとしても……

 

「シエスタはどこ!?どこにいるの!!?」

「知りたい?」

「知りたいに決まってるじゃない!!」

「そう、それなら――」

 

 気配もなく、姿もなく、直接頭の中に響いていた声の主。そいつがついに姿を現す。

 

「――私を受け入れなさい」

 

 その姿は私そのもの。ただし、衣服の(はし)がぼろぼろになっており、ルーンがなく、変わりに黒い線が体中を走り、幾何学的な模様を描いていた。

 しかし私に戸惑いはなく、疑問も湧かなかった。声の主が胸の位置まで上げている手に、私の手を重ねる。何故そうするかは分からない。しかし、そうすればいいことだけは分かっていた。

 そして、強い光に一瞬だけ包まれると、声の主は消えていた。

 

「うぐっ!?」

 

 白昼夢から目覚めて最初に私を襲ったのは、強い悪意の奔流。それに加え、私の知らない()()記憶、気持ち……まるで私を塗り替えるように一気に詰め込まれる感情の絵の具。

 しばらく経って、全ての情報に整理がついたとき、私は()を理解した。あのとき吐き出そうとしていた()()()()()()()()、あの日の夜の出来事、消えた学院の秘宝とデルフリンガー………そして、シエスタが私にしていたこと…

 しかし、それでも、シエスタは……

 

 全てを理解したとき、私の世界は色を取り戻した。できることなら皆に頭を下げて戻りたい。されど、色が戻って再び見た私の手の色は血染めの朱…。こんな手で、いったい誰と喜びを分かち合えるというのか。

 私の帰るべき場所は此処ではない。人の道を外れた者が帰る場所は闇の中だ。やるべきことをやり終えたら、一人で闇の中へと堕ちていこう。私は(はし)がぼろぼろになったマントをはためかせ、シエスタの()()を頼りに、彼女のもとへと急いだ。

 

 

 

 

 

「えぐっ!ヒック!」

 

 いきなり部屋の窓が割られてさらわれて、それから洞窟につれてこられて「殺す」って言われて怖くて……「死ぬ前にいいことしてやるよ」って言われて乱暴されて……。痛くて、怖くて、苦しくて……嫌で嫌で嫌で嫌デ……。いろんな思いでぐちゃぐちゃになって、気がついたら男たちは皆気絶していた。

 逃げなきゃいけないのに、恐怖で体が動かなくて……服もめちゃくちゃで…隅っこでぶるぶる震えて泣いていた。

 

 今は何も考えられない、考えたくない。どうしても嫌な想像しか浮かばず、流れ出る涙は衰える気配もない。時間感覚も分からないまま泣いて過ごしていると、唐突に足音が聞こえた。もしかしたら男たちの仲間が来たのかもしれないのに、私の頭にはそんな考えは一切浮かばず、急速に安心感が体を満たしていった。

 

「シエスタ!私よ!」

「……っ!ぅぇえっ……みす・う゛ぁりえーるぅ……!」

 

 私が感じた通り、自分の主が助けに来てくれたのだ。今度は嬉しさと安心感で涙が止まらない。松明が淡く照らしているだけの洞窟内でも、どれだけ涙で視界が滲んでいても、主の姿だけはハッキリと確認できた。

 

「……コイツらが」

 

 主が何かを呟いて、何かをしたようだが、自らの嗚咽のせいであまり聞こえない。それでも何となく予想はついた。私の主は、私なんかの為にまた自分の手を汚してしまったのだろう……

 

「シエスタ、もう大丈夫よ……」

「……はい……!はいっ……!」

 

 主は私の肩に、そっと何かをかけてくれた。それは全身を覆うようなもので、きっと貴族の証であるマントだろう。本当は夜風を吸って冷えていたが、何よりも暖かく、心地好く感じられた。

 この人に支えられるだけではなく、この人を本当の意味で支えるようにならないと……!そう思って涙を拭うと、自然と涙が止まった。そして、鮮明になった視界に男たちの姿が飛び込んでくる。誰も血は流していなかったが、三人の内二人は胸に大きな穴が空いていた。もう一人は何もないように見えるが、多分死んでいるのだろう。

 

「……ふぅ、落ち着きました……。ミス・ヴァリエール、本当にありがとうございます!」

「いいのよ、これくらい。それよりもシエスタ、大事な話があるの」

「……それは、今ここでないといけませんか……?」

「ええ」

 

 いくら主人がいるとはいえ、シエスタは一刻も早く此処を立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。強くなろうと思った矢先だが、決心したからと言って、平凡な少女がいきなり屈強になれる訳がない。

 死体と嫌な思いしかない場所から早く離れたいと思うのは当然だが、彼女は主を優先して、なんとか気持ちを押し殺した。

 

「……シエスタ、あなたには二つの道があるわ」

 

 ルイズはどこからともなく羊皮紙と短剣を取り出し、羊皮紙を持っている腕をシエスタの前に差し出す。

 

「一つ、ヴァリエール家の養子となり、あなたの類い稀なる才を活かして、私の代わりに虚無の担い手として活躍する光の道―――」

「!? そんな!!ミス・ヴァリエールと離れるなんて!!それに、私はただのへ」

「―――二つ」

 

 ルイズはシエスタに有無を言わせずに話を続け、今度は羊皮紙を下げ、短剣を突き出す。

 

「この短剣で、わざと生かしておいたソイツを殺して、私と共に往く闇の道よ」

 

 シエスタは言葉を失った。それでもルイズの表情は変わらない。これは冗談でもなんでもなく本気なのだろう。いつまでもついて行こうと思っていた……しかし、人を殺さなければ置いていく。と突き放すように言われてしまえば、今のシエスタでは決意が揺らいでしまう。

 酷く狼狽して、縋るように短いうめき声を出していると、ルイズが再び口を開いた。

 

「……シエスタ、あなたと過ごした日々は楽しかったわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はね」

 

 シエスタは再び絶句した。しかし、今度はうめき声すら出てこない。つまり、だ……明るかったミス・ヴァリエールを変えてしまったのは……私?私は……厚顔無知にも、ずっとそのことを心配していたというのか……?

 心の深いところに亀裂が入り、漏れ出した水が目尻に溜まる。それは恐怖でも喜びでもなく、懺悔と後悔の涙だった。

 

「あなたが私を庇って火傷を負ったあの日、あの火傷を治したのは私じゃなくあなた自身、そのときから魅了(チャーム)の魔法が発動していたみたいね」

 

 なんで……?どうして……?傷を治すだけで十分だったのに……仲の良い大勢の内の一人で十分だったのに……。……もしかして、私がずっとついて行くなんて思ったから……?そのせいで、そんな力を無意識で使ってしまったの……?

 

「まあ、それを差し引いてもあなたはよく尽くしてくれたわ。だから、これは最後のお礼。受け取って、くれるわね?」

 

 一筋の涙が頬を伝って、真一文字に結んでいる口の端を流れる。無礼な平民ごときにここまで気を使ってくれたんだ。そんな主の心意気に応えない訳にはいかない。

 

「……一つ、質問をさせてください。本当に、私には虚無の担い手になれるほどの才能があるんですか?」

「ええ。なんたって、この私に気づかれることなく、さっきまでずっと魅了(チャーム)をかけ続けていたんだから」

「……そうですか、それは良かった」

 

 シエスタが微笑みかけると、ルイズも微笑んでくれた。そして、ルイズが差し出している羊皮紙を避け、短剣をひったくるように奪い取ると、シエスタは生き残った男の心臓に躊躇(ちゅうちょ)なく突き刺した。

 完全に予想外だったシエスタの行動に、ルイズは目を白黒させたまま固まってしまう。

 

「それだけの才能があるなら、もうミス・ヴァリエールに迷惑をかけなくて済みますよね?」

「えっ……?な、なんで……?どうして……?」

 

 今度はルイズがうろたえる番だ。嘘は言っていないが、わざと皮肉に聞こえるように言ったはずだった。それが功を奏してシエスタは自分に失望したのではなかったのか?

 

「貴方の気持ちが全て偽物だったとしても、貴方はこうして私を助けに来てくれた。そんなご主人様に“一生ついて来て”と言われたら、たとえエルフの群れの中にだってついて行きますよ」

「……ホントに……」

 

 心の仮面がボロボロと崩れ、その仮面でせき止めていたモノが徐々に漏れ出す。一人で闇の中に沈もうとする決意が隠してしまった感情、それが今一気に解き放たれようとしていた。

 

「……ホントに、いいの……?」

「はい!」

 

 堤防が決壊し溢れ出した感情は、もう一つの堤防すら決壊させた。二人は抱き合ってわんわん泣いて、喜びと共に様々な負の感情を涙で洗い流した。

 山よりも大きいと思っていたルイズの背中は、同い年の少女に比べて些か小さい等身大のものだったが、それでもシエスタには大きく感じられた。

 

「グスッ……これからもよろしくね……シエスタ……」

「……はいっ!こちらこそ!」

「そうだ、あなたの体に起こった変化を説明しなくちゃ」

 

 そう言って先程シエスタにかけたマントを触る。

 

「ひゃっ!?」

 

 不思議なことに、マントにまるで神経が通っているように、触られた感触が伝わってきた。

 

「それが大きな変化の一つよ。私と同じように、マントと体が一体化してるわ」

「えっ!?」

 

 急いでマントを取り外した。普通に取り外すことはできたが、未だにマントに感覚が残っている。着脱可能な体の一部には心底驚いたが、一度マントを自分だと認識したら、もう一つ新たな感覚があることに気がついた。

 お尻の少し上、腰辺りから細く長く伸びているソレは、自分の意志で動かすことができる。おそらく尻尾が生えているのだろう。

 

「……み、ミス・ヴァリエール……いったい、これは……?」

「詳しくは私も分からないわ……。シエスタ、親が没落貴族だったとか、そういう事実はない?」

「と、とんでもない!私のお父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃ…………あ!

そういえば、私のひいおばあちゃんが凄い人だったって聞いたことがあります!なんでも、村中の男性を魅了してオーク鬼の群れを一人で退治しちゃったとか」

「ビンゴね」

 

 でも、それならなんでおじいちゃんやお父さんはメイジではなかったのだろうか? そういえば、私やジェシカが生まれたときは、女の子が生まれたと大喜びしたらしいが、何か関係があるのだろうか?

 マントを再び付けてスクリと立ち上がってみる。マントは肩にかけてあるだけなのにずり落ちたりしない。どうやら自分から外そうとしなければ外れないようだ。シエスタが自分に何ができるかを試していると、ルイズが静かに立ち上がり洞窟の出口へと歩きだした。

 

「あの……どこへ?」

「やり残したことを終わらせに行くわ。シエスタはどこかで待ってて。これは私一人でやらないといけないの」

「……分かりました。でも、一つだけ約束してください。全部終わったら、ちゃんと私を迎えに来るって」

「ええ、約束するわ。全部終わったら、ちゃんとあなたを迎えに行く」

「はい! 私、待ってますから!」

「ええ!行ってくるわ!」

 

 シエスタの力強い言葉に背中を押され、ルイズは『瞬間移動(テレポート)』の虚無魔法を使用した。

 

 

 

 

 

 まず初めに、激情に駆られて殺してしまったワルドのもとへ行った。あれほど幻滅していたとは言え、元に戻った好感度から差し引いたら、お釣りが出てしまったのだ。

 ワルドは、見る影もないほど無残な死体となっていた。私が殺した場所を覚えていなかったら、もう人の死体とすら分からなかっただろう。せめてもの供養にと、ワルドの肉片を手で集める。嫌な感触が伝わるが、だからといってやめるのは嫌だ。

 

 ソレを一ヶ所に集め終え、魔法で宙に浮かべると、不意に誰かの記憶が流れ込んできた。優しい女性……突然の病死……王宮の内部腐敗……聖地奪還……。……どうやら、ワルドは最初から狂っていた訳ではなかったようだ。高潔な精神を持っていたワルド、それゆえにどうしても祖国の腐敗が許せなかった。だからこそ貴族派に手を貸した。

 自らが祖国の脅威となることで危機感を煽り、対策させることで国を強くしようとしていたのだ。……しかし、途中から目的が変わってしまったようだが。

 そして、ワルドの記憶を見て確信した。ワルドは被害者で、世界を自分の玩具にする恐るべき加害者がいることを。

 

 けりをつけにいく前に、ワルドの母親の墓まで転移して、ワルドを隣に埋葬した。作法などは何も分からないが、神に祈るようにワルドの冥福を祈り、キクの花を一輪、ワルドの墓に添えておいた。

 多少センチメンタルな気分になってきたが、そんなものに浸っている時間はない。そもそも、自分で殺しておいてセンチメンタルなど、ちゃんちゃらおかしいことだ。

 すぐさま私はその気分を払って、恐るべき加害者……全ての元凶のもとへと転移する。

 

「むっ!何者だ貴様は、みすぼらしいやつだな」

「偽りの感情で塗り固められた、あんた程じゃないわ」

「……そうか、貴様はトリステインの虚無か。謁見の許可も無しに王の私室への侵入など無礼極まりないが、特別に許してやろう。何をしに来た、トリステインの虚無よ?」

「罪の清算」

 

 アルビオンの内乱の元凶、ガリア国王ジョゼフは笑う。何が面白くて笑うのか、心が読めるようになった私には分かった。次の瞬間、ジョゼフの笑い声は消え、代わりに鮮血が吹き出した。噴水のように吹き出す血が頬に付き、それを右手の甲で拭うと薄く広がって線となった。

 もっとこすってみれば、それは面となりいずれ見えなくなり剥がれ落ちる。それでも、血がついたという事実だけは無くせない。ジョゼフの考えの通り、黒にいくら白を足しても純粋な白にすることはできないのだろう。

 しかし、そんなことは既に理解している。それでも私はやらなくてはいけないのだ。

 

 王を殺したところで戦争がなくなる訳ではないが、少なくとも邪悪なる思想の持ち主はいなくなった。だが、ジョゼフがいなくなったことにより、悪くなる事柄だってある。

 第一に国……なのだが、これは元々気にしていなかったのか、最低限しかやっていなかったようなので、あまり心配することではないだろう。むしろ、力を入れていたエルフとの外交の方が問題だ。エルフは争いを好む種族ではないようだが、エルフの中にだって開戦派はいるらしい。それをジョゼフは圧倒的な戦力と口八丁で抑えていた。

 どうやらジョゼフは無能王と呼ばれていたらしいが、王の才能だけで言うならばこれ以上の逸材はないほどの賢王だろう。その才能を正しく活かせば……いや、過ぎたことを悔やんでも仕方がないか……

 

 先程の笑い声に気づいたのか、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら誰かがこの部屋に近づいてくる。じきに此処も騒がしくなるだろう。私はそうなる前に虚無魔法を使い、次なる問題の場所へと転移していた。

 そこは見渡す限りの砂の海――砂漠。エルフ達の住家、聖地への道、足を踏み入れてしまえばたちまちエルフに()()()られてしまうような場所だ。

 

「貴様!何者だ!何をしに我等の土地へ踏み入った!?」

 

 まだ入って数分も経っていないというのにもうコレだ。エルフという種族はよっぽど縄張り観念が強いらしい。

 

「話し合いよ」

「ふざけるな!我等が土地を侵しておいて話し合いだと!?貴様のようなやつは此処で私が葬ってくれる!」

 

 びゅうびゅうと私の周りに旋風が渦巻く。私がワルドとの試合で使ったものと同程度の範囲。どうやら、エルフ一人がメイジ十人に匹敵するというのは誇張ではないようだ。しかし、これではダメだ。これでは私は傷つかない。

 

「『静まりなさい』」

 

 私の言葉に従い、生命を蹂躙する旋風は勢いを失くし、心地好い風となって私の頬を撫で、砂漠の夜空へと消えていった。

 

「なっ!!?なんだと!?精霊に嫌われているはずの人間が……!?どうして……!?」

「これで分かったでしょ?さあ、通してちょうだい」

「くっ……!貴様のような得体の知れない者など尚更通す訳にはいかない!たとえ、我が命に替え――」

「止しなさい」

「はっ?えっ?さ、最高議長!?」

 

 エルフの青年は取り出しかけた短剣を思わず取り落としてしまった。どうやら、のそりと現れたこの壮年の男性が目的の者のようだ。しかし、エルフは長寿らしいので、見た目では判断できないのかもしれない。

 

「虚無を司る少女、精霊の忌み子()()()者よ。その力を以って我等に何を望む?」

「ヒトとの和解よ。確かにヒトは思い上がっているのかもしれない。でも、最も精霊から嫌われているはずの、虚無属性の私が精霊と仲良くなれたんだから、あなたたちも少しずつヒトと話し合ってほしいの」

「……その瞳、どうやら偽りはないようだな。分かった、善処しよう」

 

 ふぅ、と一息。円滑に話が進んで本当に良かった。断られた場合の手段もあるにはあるのだが、それは人の自由を否定する最悪の手段。できれば使いたくなかったのだ。

 

「ありがとう、それじゃあ良い夜を」

 

 私は『瞬間移動(テレポート)』の魔法を使い、消え去る。いよいよ次で最後……情が湧かない内に決着をつけたいところだ……

 

「……気づいていたか?」

「……はい。あの少女、精霊に好かれるというよりも、精霊そのものでしたね……」

「精霊を拒んだ人間が精霊になる、か……人間の評価も考え直さねばな」

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 私が転移した先はアルビオンのレコン・キスタの総本山。しかし、そこに生きている者はいなかった。いや、そもそも形有る物が何もないのだ。絨毯爆撃だってこんな風にはならないだろう。

 

「こんばんは」

 

 その声を聞いたとき、まるで雷にでも打たれたかのように振り向き、衝動的に極悪な魔法を三つも解き放っていた。

 

「ふーん。ずいぶんとご挨拶じゃない、恩魔(おんじん)に向かって」

 

 しかし、その威力を一身に受けても、ソレは顔色一つ変えずにそこに立っていた。まるで、絶望は打ち砕けないと言わんばかりに……

 

「ァァァァァアアア!!!!」

 

 考える前に体が動く、マントの中からデルフリンガーを引き抜き、シエスタを探すときでさえも比較にならないようなスピードで“体の中の恐怖を払う”、ただそれだけの為に剣を振るう。

 

「コフッ……!」

 

 しかし、あの日の絶望は壊れず、更に色を濃くした。まるで赤子の手を捻るように、綺麗なカウンターをもらった。恐らく、内臓の幾つかが潰れていることだろう。

 

「伝説の魔王に接近戦を挑むなんて、アホね」

 

 まるで大陸そのものをぶつけられたかのような衝撃。上が右で右が左で下も左で左は上で……世界が凄まじい勢いで回転する。どれくらい吹き飛ばされたのだろう……全てが止まる頃には、私の軌跡が深く長い堀を作っていた。おそらく体はグシャグシャ、すでに痛みすら感じないが、なんとか体は動くようだ。

 半死半生の体になってしまったが、幸運なことが二つあった。一つは血の流れすぎで冷静になれたこと。もう一つは、あの存在が本気を出していないことだ。

 魔法陣化して更に強力になったルーンにより、あの存在の実力のほんの一端を知ることができた。あれ程の力を出しているのに、それでも一端の一割程しか力を出していないのには心底震え上がるが、相手がどれだけ力を持っていようと関係がない。やらなければ私が終わるだけだ。

 

 口の中から血の塊を吐き出し、それを媒介にしてあの黒球を作っていく。私が知る全ての虚無の破壊の力を込めて、凝縮し、記すことすら(はばか)られるリーヴスラシルの力で増幅して、恐るべき混沌の球が完成した。

 あとは本気を出していない内に、なんとかしてコレをぶつけるだけ。魔法で自分の中にしまっておいた学院の秘宝を二つとも取り出しながら、あの存在をじっと待つ。

 

「あのー!大丈夫ですかー?誰かいますかー?」

 

 マズい!私がいる堀の中を誰かが覗き込んでいる!大きな音で心配して駆け付けてくれたのだろう……そういう人種だからこそ、尚更殺したくない!

 

 「今すぐ逃げて!此処は危険よ!」そう叫んだつもりだった。しかし、声帯が潰れているのか出るのはコヒューという音だけ。私の体に余分な魔力は残っていない。私に気づかず、あの存在が来る前に立ち去ってくれることを祈るしかない……!

「みぃつーけた」

 

 世界は、なんて残酷なのだろう。私の祈り虚しく、あの存在は現れてしまった。思わず秘宝を握る力が強くなるが、ここで出ていって戦っても余波だけで死んでしまうかもしれない。結局、私はここで見ていることしかできないのだ……!

 

「翼で空を……?あの、貴方は……?」

「アタシ?アタシはね、伝説のま──なっ……!?アルエット!?」

 

 なんだ?何が起こった? あの存在が、絶望そのものが驚愕している? 全く分からない。穴を覗き込んだ女性にはあの存在をも驚かすほどの何かがあったというのか!?

 そのとき、私の網膜が赤一色に染まっていなければ、私の温度感覚が正常ならば、私の手の中で光り輝く『奇跡の魔導書』が確認できただろう。

 

「アルエット?違いますよ? 私の名前はティファ――」

「いいの、忘れなさい。アンタだけは助けてあげるわ」

 

 女性の声が聞こえなくなる。何が起こったのかは分からないが、あの存在の言葉を信用するなら、もう心配する必要はないということ! すかさず『奇跡の魔導書』から、光のちからを解き放つ。牽制の不意打ちが決まったのか、あの存在はこちらを見て驚いているようだ。

 私はその隙を捉え、黒球をあの存在の体内に転移させた。直後、大きな光に包まれ、太陽が落ちてきたかのような錯覚を覚えた。その光をモロに受けてしまった私は網膜が焼け、視界の一切を失った。しかし、生きてさえいればいずれ治るだろう。私には魔法も、超回復力もあるんだから。

 

 全てが終わり、仰向きに倒れようとしたところで、それを手伝うかのように受けたことのないほどの大きな衝撃が私を襲った。なくなったはずの痛みが戻るが、お腹から下の感覚がない。きっとちぎれ飛んでしまったのだろう。

 

「全く……嫌なモン思い出させた挙げ句、変なモンぶち込むんじゃないっての。魔力と記憶を吸って相手を殺す魔法とか、こんなモン並の魔王なら即死してるわよ」

 

 あの存在からはもう恐怖は感じない。これから死んでしまうからだろうか。

 

「んで、聞こえる?アンタの魔法のせいで、この大陸落ちてるけど?」

 

 もう音すらも聞こえない。未だにドクドクと流れ出る血と一緒に力が失われていくばかり……

 

「……ま、いいわ。これで生き残れたならアンタは合格。そしたらこっちからはちょっかい出さないであげるから、いつか()を……」

 

 当初の予定とは違う闇だが、まあ闇には変わりがないだろう……。すでに光を映していない双眸(そうぼう)を閉じ、何かと一緒にゆっくりと闇へと堕ちていった……

 

 

 

 

 

 

………………ール、…きて…………

  ―――えー…あと5分…

 

ミス・………ール、起きて…だ……

  ―――私が朝弱いの知ってるでしょ…?

 

ミス・ヴァリエール、起きないと朝食抜きですよ?

 

「それは困るわ!!……って、あれ?」

 

 起きたらそこは、どんよりと淀んだ空の下だった。もしかして、此処って地獄?それならテンションがダダ下がりだ……。最期にアレに立ち向かって行ったんだから、ちょっとくらいオマケしてくれてもバチは当たらないだろうに……

 

「あ、やっと起きましたね。ミス・ヴァリエール」

 

「え……?シエ、スタ……?ま、まさか、私の後を追って自殺を……!?」

「寝ぼけてるんですか?それとも、脳漿(のうしょう)を撒き散らしたから物理的にボケたんですか?」

 

 ……なんだかシエスタがすごく冷たい。何か怒らせるような………あっ

 

「……も、もしかして、約束破って死にそうになってたから怒ってるの……?」

「そうですねぇ、ミス・ヴァリエールなんだか肉団子なんだか分からない状態でしたしねぇ」

 

 ビンゴ。ということはシエスタが私を助けてくれたのか。そして、ハッキリとしてきた頭で考えたら、此処がどこだか分かった。当初の予定地、魔界だ。

 

「ご、ゴメンなさいシエスタ!」

「ふーんだ!今度から私も連れてってくれないと許しません!」

 

 なんだかシエスタが強くなった気がする。あの状態の私を見たら、私が目覚めても目覚めなくても泣くだろうと思っていたのに。でも、こっちの方が遥かにいい。シエスタの元気は(かす)かに残っていた心の雨雲を全て吹き飛ばしてくれた。

 

「わ、分かったわ!でも、危ないことはしないでね?」

「それはミス・ヴァリエールも一緒ですよ」

 

 罪を一生背負い続け、その重みを常に感じて生きていこうと思ったが、それはやめにしよう。罪を忘れることはしないが、この笑顔を曇らせるのも十分な罪、わざわざ新たな罪を背負い込むこともない。

 

「そっか。ふふ、ありがとうシエスタ。それと、改めてこれからもよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「(……私の目標はあの存在を二人で超えることに変更ね。それを成し遂げたなら……)」

 

 これは、後に神話として語り継がれる物語。悪魔のお供を引き連れ、強さを求めた聖なる存在。彼女らは同じく強さを求めた伝説の魔王と戦い、そして……

                             伝説は、続いていく……

 

 

 

 

 

 

「プリエ様、どうでしたニャ?」

「どうもこうもないわよ。なんか変なモン打ち込まれたし、散々よ全く……」

「大丈夫~?ボクのアロマ嗅ぐ?そういえば、プリエ様が気に掛けてたあの子ってどうしたの?」

「あ?アイツ?……そーいや、なんか天使みたいな気を感じたような……。でも、まさかね」

「それは興味深いですね。ワタシも味見しちゃおうかな?ウフフ♥」

「それはそうと、今から修行しに行くけど、アンタらも来る?」

「行きますニャ!」「ボクも~!」「是非、オトモ致します♥」

 

               そう……伝説は、続いていく!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。