伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第二話 渇望

 私はこれほど素晴らしい気分で休日を迎えられたことがあっただろうか?

答えはNO、まるで生まれ変わったかのように素晴らしい気分だ。当初こそ疎ましく思った使い魔の刻印も、今では誇らしく愛おしいものとなった。その理由は生まれて初めての魔法の成功。しかも、ドットを通り越していきなりのスクウェアメイジとなれた。

 あのときは嬉しくて嬉しくて、授業をサボってこっそりと見学していたキュルケに抱き着いてキスをしたぐらいだ。感触すらもハッキリと思い出せる。何故かキュルケの隣にいたタバサが「これがツンデレか」とか意味の分からないことを言っていたのだって思い出せる。

 ………そして、キス一発で情熱が燃え上がったアホのことだって思い出せる。

 

 その後、私は見せびらかすように魔法を使った。授業では率先して実演を行うようになり、一名の教師を除き大幅に評価が上がった。クラスメイトもかなりの数が憧れの目を向けるようになり、約半数が嫉妬の目を向けてくる以外は理想的な状況だ。

 気分がいいので使用人達の愚痴も聞いてやり、ギーシュに折檻されていて初めてを奪わそうだと嘆いていたシエスタというメイドも救ってやった。おかげで優秀な専属メイドを手に入れることもできた。

 

 苦労すればするだけ谷に落ちていた私の人生は、人生で最悪の瞬間を乗り越えることによりやっと山を登り始めたのだろう。今はあの存在に感謝すらしている。

 しかし、あの笑顔を思い出すたびに背筋が一気に冷たくなり、それでも惹かれる感覚はなんなのだろうか?考えても答えは出ない為、肝試しの時の感覚のようなものと勝手に位置付けている。

 

「ミス・ヴァリエール、馬車の準備が整いました」

「ご苦労様、シエスタ」

 

 そして、今日は朝早くからシエスタに馬車を用意させ、これから町へと出かける予定だ。シエスタと遊びに行くという目的もあるが、一番の目的は武器を買うことだ。

 個人的に書物や伝承を紐解いて自分のルーンについて調べた結果、右手は幻獣を操る力が、左手は武器を自在に扱う力が、頭はマジックアイテムを自在に扱う力があることが分かった。ただ、胸のルーンは記すことすら(はばか)られると(うた)われている為、全く情報が入ってこなかった。

 その後、現在情報が揃っているルーンに関して色々試してみたところ、本当に伝承通りの力があったので武器を買おうという結論に至ったのだ。

 

「シエスタ、あなたは今幸せ?」

「はい!毎日がとっても幸せです!その節は本当にお世話になりました」

 

 ふと、私はそんなことが気になって、生まれた疑問を包み隠さずシエスタに伝えた。シエスタはまるで花のような元気な笑顔で力強く答えてくれて、思わず私の頬も緩む。

 

「それは良かったわ。私もとても幸せよ、今が幸せの頂上みたいに……」

「それは……いいことだと思いますよ?」

「……そうよね。ありがとシエスタ」

 

 シエスタの言う通り、幸せであることはいいことなのだ。それ以上を望むのなら、太陽に近づきすぎた火竜のように身を焼かれてしまうかもしれない。私はシエスタに気づかれないように小さくため息をつきながら、足早に過ぎていく木々の景色を、何を感じるのでもなくただ見つめていた。

 

 

 

 

 

「……貴族様、うちは真っ当な商売をしていますぜ」

 

 武器屋に入ると、貴族の前だと言うのに不機嫌そうな顔を隠しもしない、体型すらもふてぶてしい店主が、これまた不機嫌そうにそう言い放った。タチの悪い貴族に同じ態度を取ったら無礼討ちされてしまうかもしれないが、私はその胆力を素直に認め、対等の立場になったつもりで言葉を返す。

 

「客よ。私が使う剣を探してるの」

「若奥様が?……へえ、少々お待ちくだせえ」

 

 少しだけ(いぶか)しむような表情を浮かべると、店主は奥へと引っ込み、少しして豪華な装飾で彩られた(きら)びやかなレイピアを持ってきた。

 

「これなんてどうでしょうか?」

「レイピア……ね」

 

 店主からレイピアを受け取ると、虚空に向かって突きを放つ。ヒュンと風を切る音がし、続けざまに二撃、三撃と空を切る。自分で言うのもなんだが、その流れるような動きには文句の付けようがなく、店主だけでなく荒事が嫌いなシエスタでさえ私に魅入っているようだ。

 

「ふぅ……こんなもんかしら?」

「見事なお手前で!若奥様に使われるならその剣も喜ぶことでしょう!」

「ありがと。でも、こんなゴテゴテの使えない剣に喜ばれても私は嬉しくないわ」

 

 “ほう……”と店主は舌を巻き、愛想笑いをやめる。その顔つきは、剣の本当の価値も分からない貴族に法外な値段で適当に装飾した剣を口八丁で売り付けてきた商売人の顔から、鋭い目線を持つ歴戦の武人のものになった。

 やはり、ただ者ではなかったようで、私は自分の予想が合っていたことに少しだけ嬉しくなった。

 

「いやはや参った参った。そこら辺の貴族は、そのゴテゴテの棒っきれに大金をはたいてくれるんだが、あんたは本当に剣に精通していらっしゃる」

「当然よ、私を誰だと思ってるのかしら?」

 

 とはいえ、これらは全てルーンのおかげだ。剣の腕が達人級なのはガンダールヴのルーンのおかげ、剣の性能が解るのはミョルズニルトンのルーンのおかげである。

 ただし、ミョルズニルトンの効果で解る具体的な能力値を比較し、平均値を取って評価を下しているのは私の頭脳なので、本当に全て頼りっぱなしではない。だからまあ、自分の力だと胸を張って誇ってもいいだろう。

 

「申し訳ねえな、世間には疎いもんで」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。いずれ歴史に名を残すメイジよ、覚えておきなさい」

 

 ソレを聞き豪快に笑う店主。シエスタは主人への侮辱だと受け取ってムッとしたようだが、当の私が超然たる態度で笑みを浮かべていたので、恐らく文句を口の奥で押し殺したようだ。

 

「あんたのその技量と豪胆な性格、気に入ったぜ!ちょっと待ってな」

 

 今度はどこか嬉しそうに、再び裏へと引っ込む店主。暫くして、一振りの鞘付きの大剣を両手で抱え戻ってきた。

 

「この店一番の業物、インテリジェンスソードのデルフリンガーだ。是非、あんたに持って行ってほしい」

「いいの?」

「ああ。店一番の業物とは言っても、実力のないバカをボロクソ言うもんだから売れやしねえ。コイツは、あんたみたいな人が来たときに譲ろうと思ってたんだ」

 

 私は差し出されたデルフリンガーを……鞘から、ゆっくりと、解き放つ。錆一つない白銀色の刀身は陽光を反射し、まるで水で濡れているかのような錯覚を覚えた。

 

「綺麗……」

「……おでれーた、嬢ちゃんが使い手でメイジだって?ダメだ、頭がこんがらがっていくぜ……」

 

 妖しい魅力に魅せられていた私は、その軽薄な声を認めない。反射的にデルフリンガーを鞘にしまうと同時に、その声の記憶も奥底へとしまいこんだ。

 

「……そ、それじゃあ、この剣はありがたく頂くわ!」

 

 そそくさと店から出ていくルイズ。よっぽどデルフリンガーの声を忘れたいのだろう。シエスタも店主に一礼して主人に追従しようとしたところで、店主に呼び止められた。

 

「……まだ何か?」

「そんな怖い顔をしなさんな。あんたの主人は絶対に大物になる。だが…どうなってもあんたはついて行ってやってほしい」

「貴方に言われずとも。ミス・ヴァリエールが私を必要とするならば、私はどこまでもついて行きます」

 

 カランカランと、客の出入りを知らせる鐘が店内に淋しく響く。主人はカウンターの下のロッキングチェアを引くと、座り直してギイギイと揺らし始めた。そしてプカプカとパイプをふかしながら、少し年季が入ってきた天井をただじいっと見つめていた。

 

 

 

「いけねえなぁ……いくら貴族様とは言え、うら若き乙女だけでこんな路地裏に入るのは」

「気をつけねえと、悪いヤツにさらわれちまうぜぇ?ヒャッヒャッヒャッ!」

 

 路地裏へと続く路地の一つ、武器屋からすぐの路地で私たちは3人の男に行く手を阻まれた。チラリと後ろを見ると下卑た笑いを浮かべる男が2人、路地の出入口を塞ぐように立っている。退路をも絶ってきたから、どうせ“世間知らずな貴族の娘から金と貞操を奪おう”などという、低俗で下衆な魂胆で私たちを狙っていたのだろう。

 

「しっかし、見れば見るほど映えるような美少女だぜぇ~……。俺は少女趣味なんてねえと思ってたが、是非お相手してもらいたいモンだね!」

「メイドだってかなりの上玉だァ!こいつぁツイてますねえ親分!」

 

 やはり私の見通しは正しかった。コイツらは正真正銘のクズだ。そうと分かればさっさと片付けてしまおう。シエスタが私の後ろでぶるぶると怯えていることだし。

 

「ここ、やけに臭うわね。やっぱり、豚のように鼻息を荒くしてる汚らしい下郎がいるからかしら?」

「あ?」

 

 場の温度が下がり、5つの視線が私に注目する。しかし(ぬる)い、弱者の虚勢が丸分かりだ。シエスタは私のマントを固く握りしめて更に震え出したが、私を(すく)ませるには程遠い。

 

「お嬢ちゃん。あんまナメた口聞いてっと、そのキレイなお顔に消えない傷が付く事になるぜ……?」

 

 前に立ち塞がる3人の内の1人が懐からナイフを取り出し、ヒタヒタと私の顔をなぞる。その程度で脅えられるほど私の精神も身体も弱くはない。私は目線だけを動かして、冷めた視線で男たちをただ見つめていた。

 すると怯えて動けないとでも勘違いしたのか、徐々にクズ共に余裕が戻ってきた。リーダー格の男ですら再びニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。外見だけで判断するなんて愚の骨頂、所詮コイツらはただのクズなのだろう。それとも、数と地の利を生かせば相手がどう動いても勝てると思っているのだろうか?

 だったら教えてやらなければならない。私がアレに深く刻み込まれたように…世の中にはどうしようもない存在がいることを教育してやらないと。

 

「あらあら、貴方のアレと同じで、下郎は得物まで粗末なのね」

 

 正直、意味はよく分からない。しかし、キュルケに“アレが粗末”だとフラれて泣いた男子がいるので、きっと凄い侮蔑の言葉なのだろう。その証拠に、目の前のクズは目をカッと見開いてワナワナと震え、今にも爆発しそうだ。

 

「痛い目見ねえと分からねえみてえだなクソアマァ!」

 

 男がナイフを振り上げると同時に鈍い音が響く。男の利き腕は鞘に入ったままのデルフリンガーで叩き折られていた。

 

「ぎゃああぁぁぁあああ!!!」

 

 男の絶叫が開始のゴングとなり、私は目の前のその男を思いっきり蹴飛ばした。骨が折れる感触が伝わり、男はノーバウンドで一番後ろにいたリーダーまで巻き込んで倒れる。すぐさま地面と壁を蹴り、しゃがんでいるシエスタを乗り越えて呆けている後ろの2人を飛び蹴りで吹き飛ばし、その反動のままリーダーのところまでジャンプした。

 

「どう?蹂躙する予定だった小娘に蹂躙される気持ちは?」

「ぐぅっ……!」

 

 私は左手のルーンの熱と共に、かつてない高揚感に満ちていた。まさか、磨き抜かれた力を振るうことがこんなにも素晴らしいなんて思わなかった。そうだ、力とは見せびらかすものではなく振るうもの。これからは、力を振るう為に更なる研鑽を磨くことにしよう。

 そして、火照った体に路地のひんやりとした空気は心地好く、達成感を湧かせると共に、ハイになっていた頭を冷やしてくれた。

 

「……もう大丈夫よシエスタ」

 

 私の声を受け、シエスタが恐る恐る顔を上げる。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 私のように臨死体験などしたことがないシエスタはまだまだ恐怖が抜けないようだが、それでも健気に精一杯の笑顔を私に向けてくれた。そんなシエスタがいじらしくなり、もう眼下の男たちなど歯牙にもかけずにシエスタに駆け寄り、助け起こした。

 そして、私は……このリーダー格の男をしっかりと気絶させなかったことを、直後に後悔した。

 

「ミス・ヴァリエール!危ない!」

 

 シエスタが抱き抱えるように私を引き寄せ、後ろに迫っていた火球から身を挺して私を庇う。倒れ込むシエスタ。背中には痛々しい大きな火傷の(あと)

 

「うぐぅ……!」

 

 …………どうして……?治療しなきゃ……早く……なんで……?……ただの人さらいじゃ……?早く治療を……没落貴族?なんで?どうして?大丈夫なの?早く早くどうして?どうしてどうシテドウシテ―――

 

「ちぃっ!役立たずが庇いやがった!」

 

 そのとき、私は意識を失った。

 

 

 

 

…めて……さい

―――シエスタ?どうしたの?

 

やめてください……

―――なんで泣いてるの?そっか、コイツが悪いのね

 

もう、やめてください……

―――待っててねシエスタ、今コイツにお仕置きしてるから

 

もうやめてください!ミス・ヴァリエール!

 

 ハッ、と意識を取り戻す。まるで白昼夢を見ていた気分だ。すぐさま周りを見回すと、シエスタは私の腰に抱き着いて泣いていた。その背中に火傷の痕はなく、白くて綺麗な肌が見えていた。

 ホッと一息。しかし、女の子がいつまでも柔肌を曝している訳にはいかない。とりあえず私のマントでもかけてあげようとして、手にべっとりとついている赤い液体に気づく。

 

「……?」

 

 これはなんだろう?なんだか鼻につく臭いが漂ってくる。……この臭い、昔嗅いだことがあった気がする。たしか、興味本位で厨房を覗いたとき……ちょうどお肉の血抜き中で……。……なら、これは……血?私のでも、シエスタのでもないし、どうして?

 

 血まみれの手を見つめていると、路地の地面も赤くなっていることに気づいた。そして、自分が何かを握っていることにも。点と点が急速に繋がっていく。頭では必死に否定しているが、どんどんピースがはまっていってしまう。パズルが完成に近づくほど眩暈(めまい)と頭痛がひどくなる。頭を押さえようと伸ばした手は血で汚れていて、見ているだけで吐き気を催す。

 

「いやー、鮮やかなお手前だったぜ嬢ちゃん。こう、スパーンと一撃だったもんな」

 

 驚いたように声の主を見つめる。そうだ、コレは意思を持つ魔剣インテリジェンスソード。ダメだ、コレに喋らせては、認めさせては……!

 

「うるさいわよ……少し黙ってなさい……」

 

 デルフリンガーの先に転がる赤黒いモノをできるだけ視界にいれないように鞘を探す。

近くには……ない、後ろには……あった!しかし、嗚咽を上げて抱き着いているシエスタをムリヤリ振りほどくなんて、できるはずがない。

 

「…………あー!ダメだ、我慢できねえぜ!ずっと喋れなかったんだ!鞘に入ってない時ぐらい喋らせてもらうぜ!」

 

 ……やめて

 

「あの太刀筋は相当のモンだぜ!嬢ちゃん、実は剣の才能があったんじゃねえか?」

 

 ……やめてよ

 

「しかも敵に一切容赦がない!これも一種の才能だよな」

 

 …………やめてってば……

 

「でもよ、あそこまでやる必要はなかったんじゃねえか?アイツら、顔どころか何の生き物かすら分からなくなっちまったしよ」

「うっ!」

「うわっ!きったねェ!」

 

 私は、吐いた。むせ返るような血の臭いに、私自身がしてしまった過ちに、そして…少しだけ清々とした自分自身に……。こうやって全てを吐き出せば、私の中の悪いものも全部出せる気がして……

 

「ひっ!ヒィィ!!」

 

 ……どれくらいの時間が経ったのだろう。気づけばもう胃の中には何もないのに、いつまでもえずいている私がいた。

 先程の悲鳴は誰のものなのか?虚ろな目を向けると、男が走り去って行くのが見えた。

私はぼんやりとしている頭で考える……そうだ、アイツはアレの仲間だ。それなら、追いかけて殺──はっ!?今、私は何を考えた…?ダメだ、冷静にならなくては……

 

 ……そうだ、殺す必要なんてないんだ…。私は貴族。貴族が平民に、ましてや犯罪者になら、何をやっても許されてしまう。その特権を乱用する(やから)を疎ましく思っていたが、まさか自分がそうなるとは……

 そして冷静になってみると、あのお喋りな剣が黙っているのと、腰に抱き着いている暖かさに気づいた。デルフリンガーはいつの間にか鞘の中に収まっており、シエスタは抱き着いたまま気絶してしまったようだ。起こったことを考えれば無理もない。治ったとは言え背中を焼かれ、主人がいきなり虐殺を始めたのだから……

 

 センチメンタルな気分を阻害するように、凄まじい悪臭が鼻をついた。これ以上路地裏で吐瀉物と血が混じった臭いを嗅いでいる意味はない。ここからさっさと退散しようと、ハンカチーフで自分の手の平の吐瀉物を拭い始めた。臭いは取れてはいないが、視覚的なものが無くなったのでまだマシだ。私はガンダールヴの力を発揮する為にデルフリンガーに手をかける。

 しかし、手が震えてうまく引き抜くことができず、したくない深呼吸をして落ち着こうとする。酸っぱい臭いと血の臭いが鼻につき、思わずえずいてしまって落ち着くどころではない。

 今度は目の前までデルフリンガーを持ってきた。ふと、自分の手が目に入る。陶器のように白く美しい手だが、何故か私には醜く肥え太ったトロールにも劣る醜悪さが感じられた。瞬間、吐き気が込み上げてくる。胃の中の物は全てぶちまけたはずなのに、一体何を出そうというのだろう……

 

 そういう物理的ではなく……私の奥深くに根付いてしまったもの……何か()()()()()()()()を、わたしは、だそうと…………

 

「ルイズ!?」

 

 ハッとして我に返る。路地裏の出入口にいたのはキュルケとタバサ。キュルケは大きく目を見開いており、タバサは相変わらず無表情だ。いや、もしかしたら少しだけ顔をしかめているのかもしれないが、そこまで仲が良い訳ではない私には分からない。

 なんで私はこんなにも冷静なんだろう。さっきまでかなりのパニックに陥っていたというのに……。()()()()()()()()を出せたのだろうか?いや、たぶんまだ残っている、全て出さなくては、()()()()()()()()()()()()()()()()、いや、()()()や…………

 

         ()()()、 ()()()()  ()   ()    ()

 

 そして私は、今度こそ本当に意識を失った。

 

 

 

 

 意識を取り戻すと、初めに見えたのはシエスタの寝顔。日はすっかりと落ちているようで、ランプから漏れる淡い光が室内をぼんやりと照らしていた。どうやらランプは魔法式ではないようだ。短くなった蝋燭のシルエットがうっすらと見えている。

 もぞもぞと布団から這い出すと、ここが自室であることが分かった。何も思いが浮かばず、ぼーっと虚空を見つめていると、立て掛けてある剣がふと目に入った。

 

 ……なんだろう、()()()()()()けど嫌な感じがする。元々自分の持ち物ではないだろうし、捨てても問題はないだろう。ぺたりと床に足をつける。木製の床は程よく冷えており、ぶるりと体が震え、その冷たさにだんだんと意識がハッキリしてきた。

 意識がハッキリすればするほど、何故か“剣を捨てなければ”という焦燥感に駆られ、気づけば寝間着のまま外に飛び出していた。夜の寒気は容赦なく私の体を蹂躙し、私はガタガタと体を震わせる。暖かいベッドに戻りたいが、どうしても許してくれないみたいで、足が自然と門に向かって動いている。

 

 そのとき、ズン、と大地が揺れた。私を動かす不安という名の操り糸は、地震の正体によりいつの間にか(ゆる)んでいた。また、揺れる。巨大なゴーレムが宝物庫の扉を殴っていた。揺れる。揺れる、揺れる……リズミカルに繰り返す揺れは、術者が焦って来たのかだんだんと短い間隔になっていく。

 そして何十度目かの揺れが収まったとき、ゴーレムは殴るのをやめた。肩に乗っていた黒い人影が、止まったゴーレムの腕を伝って宝物庫から何かを盗み出す。それをじいっと、しかしぼうっと見ていた私は  、 ()()()()()()()()()()()()()、地面を揺らしながら去っていくゴーレムを追い掛けていた。

 

 

 

 

「ははっ!『案ずるより産むが(やす)し』とはこのことだね!あの硬さには少し焦ったけど、結局無能な教師どもは誰ひとり気づきやしない! さて、外壁も越えたし、後はここらで降りてゴーレムを適当なところで土に戻すだけだね」

 

 『土くれ』のフーケは土人形をゴーレムの肩に作ると、すぐさま飛び降りてフライの呪文を使って着地した。その腕の中には先程盗み出した『奇跡の魔導書』。肌身に感じられるほどの力だけでも破格のマジックアイテムだと分かる。このまま売ったとしてもずいぶんな値がつくことが見えており、思わず笑顔が深くなる。

 そのときだった。外壁から飛び出した黒い影がゴーレムの肩の土人形を切り裂いたのだ。そのままどんどん削られていくゴーレム、信じられない光景に思考がストップしていたが、すぐに立ち直って森の中に身を隠した。

 

 木々の間から様子を伺うと、回復能力もあるはずのゴーレムがすでにほとんど解体されてしまっている。あまりの光景に少し放心してしまっていたが、不意にとてつもない悪寒を感じて身を伏せる。間一髪、元々首があったところを何か鋭いものが通り過ぎて地面を大きくえぐった。

 冷や汗が流れるが、ぼうっとしている訳にもいかない。倒れてくる後ろの木に潰されないように飛び込むように避け、前転の要領で受け身を取った。

 

「あらあら、ミス・ロングビルではありませんか」

 

 冷たい声にビクリと体が跳ね、その勢いのまま疾風の如く振り返る。この声をフーケは知っている。知っているからこそ私は恐怖しているのだ。元落ちこぼれメイジ、現学院首席のルイズ……しかし、そこに立っているのが本当に彼女なのか分からなかった。

 月光から隠れ、うっすらとしか見えない彼女のシルエットは何か恐ろしいものを想起させた。

 

「……ミス・ヴァリエールですか……?生徒がこんな時間に外出とは、感心しませんよ」

「ごめんなさいミス・ロングビル。コレを捨てに行った時、賊の姿が見えたもので」

 

 突き出されたのは、月光を反射し白銀に輝く刃。(あや)しく光る切っ先はまるでフーケを貫き殺さんとばかりに真っすぐにこちらを向いている。

 そして、話から察するにゴーレムを解体したのはルイズで、まだフーケの正体には気づいていないのかもしれない。“ルイズならばいきなり殺されない”と思いたいが……先程の正確無比で一切の容赦のない攻撃を見て、頓珍漢な思考ができるフーケではなく、“ここでヘマをやらかしたら殺される”と考えていた。

 

「……そうだったのですか。私も賊を追って来たのですが……いきなり姿が消えてしまって、それで……」

「なんだ、ミス・ロングビルだったんですか。残念、仕留め損ねた賊かと思ったのに」

 

 カマ掛けの演技……なのだろうか……?それにしては杜撰(ずさん)だ、感情がまるで感じられない。“ただの学生だから”と言ってしまえばそれまでだが、ルイズからはただの学生とは思えない何かが感じられた。

 せめて表情さえ見えれば考えぐらいは分かりそうなものだったが、ルイズが突き出している剣以外は全てが闇の中へと隠れてしまっていた。

 

「仕留め損ねた……?どういうことでしょうか……?」

「簡単なことですよ」

 

 暗闇の中へと剣が引かれる。そして、ついにルイズが月光の下にその身を曝した。

 

「斬った感触が違ったんです」

 

 一瞬、ソレを何と表現すべきか分からなかった。しかし、ソレは誰でも知っていて、だからこそ誰だってそうは思わないだろう。

 恐怖。ルイズの姿はそれ以外表現のしようがない。少女とは思えないゾッとする笑みも、月の光を受け薄く輝く瞳も、幼い肢体とアンバランスな大剣も、淫靡と清楚の両方を内包するネグリジェも、引き込まれてしまいそうな(あや)しい美しさも、全て恐怖に収束していた。

 嫌な汗がぶわっと吹き出る。止まらないようにと心臓が必死に鼓動を刻み、必然的に呼吸も早くなる。

 

「まさかとは思いますが──」

 

 一歩、ルイズがこちらに近づいた。それだけで根源的な恐怖が刺激され、滲み出る涙で視界が歪む。

 

「貴女が賊だったということは──」

 

 更に一歩。逃げたいという自分の意思とは裏腹に、全身から力が抜けていく。まるで、“楽に死にたい”と言わんばかりに。

 

「ありませんよね。──」

 

 いやだいやだいやだいやだこないでこないでこないでこないで

 

「ミス・ロングビル?」

 

 その晩から、『土くれ』のフーケの被害はピタリと止まった。


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