伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第3話 ゼロのルイズ

「おはようルイズ」

「ん、おはよう」

 

 まだ早朝とも言える時間だというのに、低血圧のルイズは布団から起き上がるとすぐに意識が覚醒した。それはきっと、壁に背を預けて本を読んでいる使い魔のおかげだろう。実は気分的なものだけではなく物理的にもプリエのおかげだったりするのだが、それに気づくのは少しだけ後の話。

 

「着替えたいんだけど、手伝ってくれる?」

「別にいいけど、一人じゃできないの?」

「できるけど、下の身分の者がいるときはやってもらうのが貴族なのよ」

 

 「ふーん。」と相槌をうちながら、プリエは妹分だった王女のことを思い出していた。“そういえば、彼女の着付けも多くのメイドがしていたなぁ”と。

 

「分かったわ」

 

 少しだけ懐かしい気分を味わいながら、プリエはルイズの服へと手を掛ける。小さい頃とはいえ、王女を着せ替えて遊んでいたことがあったので、ルイズの着替えはすんなりと終わった。

 

「他に何かあるかしら?」

「え?うーん……」

 

 ルイズは迷っていた。何気なく着替えを手伝わせてしまったが、プリエのような存在に気軽に雑用を押し付けていいものかと。恐らく名前ではないため、()()()とは称号だろう。その意味するところは分からないが、語感から高い身分であるとは思う。それを裏付けるには十分すぎるほどの実力が彼女にはあるのだ。

 

「遠慮なんてしなくていいわ。ルイズだけはアタシよりも立場が上。使い魔ってのはそういうモノでしょ?」

 

 ルイズの内心を察したのか、プリエからそう申し出てくれた。少し引っかかるところがあったが、ルイズはその好意に素直に甘えることにした。

 

「そこまで言うのなら、さっき脱いだ服の洗濯を頼むわ」

「はいはーい」

 

 プリエはルイズの衣服を纏めて洗濯籠の中に入れ、普通に腕の中に抱えると部屋を出ていった。日の昇り具合から察するに朝食まではまだまだ時間があり、二度寝という選択はいただけない。ならば勉強でもしていようとルイズは教科書を引っ張り出し、机へと向かいあった。

 

 

 

 

「さて、洗濯場は……」

 

 感覚を広げて物の形から判断することもできるが、時間が余るだろう。ルーンから流れてきた今日の主人の予定と、完全に正確な己の体内時計を比べながらプリエは思案する。もう少し深く干渉してみれば地理だって把握できそうだが、同時に主人を壊してしまいそうで、やれるようなことじゃない。

 結局、適当に歩いて探すことにしたが意外と早く見つかった。メイドが洗濯をしているのだから、間違いないだろう。

 

「ちょっといい?」

「はい、なんでし──」

 

 手を止め、振り向いてプリエの姿を確認したとき、メイドのシエスタは言葉を失った。「痴女だぁーっ!?」と思わず叫びそうになるが、ぐっと飲み込む。

 ただの恥女がここトリステイン魔法学院に入り込めるはずがなく、新しい女中などの補充はないため、この痴女は貴族絡みの何かなのだろう。

 

「どうかした?」

「ハッ!?」

 

 思案というか混乱というか、ともかくその途中でシエスタは現実に引き戻される。“どうかしているのはお前だ”とは流石に言えない為、素直に尋ねることにした。

 

「あの、貴女はいったい……?」

「アタシはプリエ。ルイズの使い魔、かな」

「ミス・ヴァリエールの……ああ、なるほど」

 

 プリエの簡単な説明を聞き、ようやく合点がいったシエスタ。実は昨日、貴族たちが彼女のことを噂していたのが耳に入っていたのだ。

 曰く、とても恐ろしい痴女だったらしい。半分以上は貴族にあるまじき下世話な話だったので、嫌悪感から今まで記憶の隅へ追いやっていたようだ。

 

「それで、何のご用でしょうか?」

 

 すぐに気を取り直し、シエスタは見事な笑顔を浮かべながら自分を呼び止めた理由を尋ねる。使い魔の痴女に話しかけられたくらいでいつまでも慌てていては、気分屋の貴族の相手などできたものではない。

 

「主人の服を洗いに来たのよ」

「それくらいなら私がやっておきますよ」

「いいの?」

「はい!」

 

 シエスタは力強く頷いた。どうやら悪い人ではないようだが、本音を言えば痴女と一緒にいるところを誰かに見られたくないのだ。

 

「なんか悪いわね、いきなり押し付けちゃって」

「いえ、私たちメイドの本分ですから」

 

 文句の一つも漏らさずに仕事に取り組むシエスタにプリエは少し感心する。主人(ルイズ)の服の洗濯ぐらいならまだいいが、もしも自分がこんな量の洗濯をしつつ、更に洗濯物を増やされたら少しだけ殺意が湧いているところだ。

 

「そっか。ありがとね……えーっと……」

「私はシエスタ。ここ、トリステイン魔法学院のメイドのシエスタです」

「ありがとシエスタ。んじゃ、アタシからもお返し」

 

 プリエがそう言うと、シエスタの体が不思議と軽くなった。今なら何時間でも働けそうな気がするが、彼女は色濃い困惑を浮かべていた。

 

「えっ?こ、これは?」

「少しはラクになりそうじゃない?」

「え、ええと、どういう……こと……」

 

 シエスタが自分の体を見回していた短い間で、プリエは姿を消していた。シエスタの知る限りでは、これは魔法を使ったとしか思えない。使い魔がどういうものかぼんやりとしか知らないが、魔法が使えるのに進んで使い魔になるものだろうか?

 分からないことが多すぎるが、残っている仕事だって同等以上に多い。シエスタは思考を打ち切って、心の中でプリエに感謝しながら洗濯仕事に戻る。そして最後に娼婦ですらしないようなプリエのきわどい恰好を思い出し、すごく微妙な気分になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「そろそろ朝食の時間よ」

 

 ルイズは音もなく現れたプリエに驚き、思わず手を止めた。いろいろと質問したいことはあったが、プリエならば何ができたとしても不思議ではない。そのまま勉強道具を片付けると、食堂へと向かった。

 

 食堂で自分の席の前に来ると、ルイズは思わず凍りつく。すっかり忘れていたのだが、使い魔の躾用に硬いパンとスープを前々から頼んであったのだ。

 これがただの使い魔、例えば異世界の平民の少年ならば躾を強行しただろう。しかしプリエはただの使い魔ではない。「神聖で、美しく、強い」自分が召喚の際に願ったことのほとんどを満たしているのだ。

 顔立ちを見ても、彼女は可憐さと妖艶さを持つ稀有な美女である。その体つきは、痩せすぎず太りすぎず程よく肉がついており、健康的な肉体美を持つ……その豊満すぎる胸は正直うらやましいほどだ。更に強さに至っては申し分がないというレベルを凌駕している。神聖さは…………まあ、他が完璧なのでいいだろう。

 

 なのでバレるワケにはいかない。後も恐そうだし。ルイズはかつてない速さでパンとスープを机の下に隠していた。

 

「本当は、使い魔は食堂には入れないんだけど、あなたは特別だからね。私と一緒に食べてもいいわよ」

「さっき隠したパンとスープを?」

 

 またもやルイズは凍りつく。超越者であるプリエには全てお見通しだったようだ。

 

「う……あ……う……」

 

 ルイズは冷や汗を流しながら、ただうろたえる。ここは本当のことを言うべきか、それとも都合のいい嘘で凌ぐべきか……

 少しの沈黙の末、ルイズが出した答えは──

 

「……ご、ごめんなさい! まさか人が召喚されるなんて思ってもなかったの!」

 

──素直に謝ることだった。嘘を言ってごまかしきれる相手ではなさそうだし、些細なことだとはいえ、あまり嘘をつきたくなかったのだ。

 

「ゴメンゴメン。別にいいわよ、それくらい」

「へ?」

 

 プリエを召喚した魔法は、伝説の魔王を召喚しようとしているとはとても思えないほどに稚拙かつ微弱なものであったので、元来世界を超えるほどの力はなく、加えて人間やソレに準ずる者を対象としないものだったのだろう。だから、プリエがあの食事の意図を想像するのは難しくなかった。

 しかし、ここでルイズが嘘をついていたのなら、プリエに公的な懲罰の理由を与えるハメになり様々なルイズの表情を楽しむことができたので、彼女はひそかに肩を落としていたようだ。

 

「でも、今度からは気をつけてよ?」

「え、ええ、分かってるわ!」

 

 「取り替えてもらう?」というルイズの提案にプリエは「大丈夫」と答え、不満も漏らさずペロリと平らげてしまった。本当に美味しそうに食べていたことにルイズは驚きを隠せなかったが、プリエのおかげで朝食をいつもよりも楽しく食べることができた。

 あまりにも美味しそうに食べるものだから自分の朝食の一部と交換してもらったが、ルイズにとってはただの堅いパンと安っぽいスープであり、こんなものを“ごちそう”だと言い切ったプリエをひどく憐れんだ。

 

 

 

 

 

 教室に着くと周りの目が一斉にルイズに、正確にはルイズの使い魔に向いた。そして、皆何事かをボソボソと呟いている。自分が召喚した使い魔に畏敬の視線が集中しているのが、ルイズには心地好く、誇らしかった。

 実はプリエには呟きの内容も聞こえていて、たいていが自分を制御した主人への驚きやソレに準ずるものだったが……

 

「やっぱりすげえな……いろいろと……」

「ああ、なぶられたいぜ……」

 

 ……一部、そういう呟きもあり、プリエはそれ以上聞かないことにした。今はまだ呆れるだけで済んでいるが、このまま聞き続けてイラッとしたら物の弾みで一人か二人ぐらい殺してしまいそうだからだ。

 

「お、おはようヴァリエール……」

 

 ルイズが席につくと、プリエが召喚された際に警戒していた生徒の内の一人である、燃えるような赤髪のグラマラスな少女―――キュルケがルイズに挨拶をした。

 

「おはようツェルプストー」

 

 いつもならばキュルケがルイズを挑発し、なんらかの口論になるのだが、今日はその様子がない。更に言えば、キュルケが隣に座ったことに対する、ルイズが抱くいつもの軽い不快感すらもなかった。

 

「ねえ、アナタ正気なの?」

 

 キュルケが小声になり、更に話し掛けてくる。それは普段は自分のペースを崩さない彼女にしては珍しく、怯えたような仕草だったが、ルイズはそれでも全く気にならなかった。

 

「何が?」

「あの使い魔のことよ。昨日のアレ、アナタは彼女の目の前にいたはずよ。それなのにアナタ、どうして彼女と仲良くできるの?」

「彼女が私に言ったのよ『自分は主に逆らえない』ってね」

 

 本当は“逆ら()ない”のではなく“逆ら()ない”のであるが、ルイズはその違いには気づいていなかった。だが、よっぽどのことがない限り殺す気はないので、大体同じようなものだろう。

 

「……そう、ならいいわ」

「やけにあっさり引き下がるわね?アンタらしくもない」

 

 普段は憎まれ口を叩き合うような仲だが、キュルケはルイズが努力家であることと彼女の非凡な努力を知っており、だからこそ自分の好敵手だと認めているのだ。そんなライバルが使い魔のことをあれほど嬉しそうに語ったのだ。詮索は野暮というものだろう。

 しかしルイズの言う通りでもあり、ここであっさり引き下がるのも何か癪だ。

 

「にしても彼女、アナタとは大違いね」

「……どこ見て言ってんのよ……?」

「そりゃあ、ねえ?」

 

 キュルケは自分の胸を強調させるように腕を組み、ルイズの胸を見つめている。例えるならば桃源郷不毛の大地、それはプリエとルイズでも同じことなのだ。

 

「きぃぃぃぃぃい……!!」

 

 ある意味最大級の侮蔑を送ってきたキュルケに対し、ルイズは唸るだけで何も言い返せない。事実である以上に、何かを言い返すとソレがプリエも罵倒することになってしまうからだ。

 しばらく優越感に浸っていたキュルケだったが、ふと、プリエがジト眼でこちらを睨んでいることに気がついた。そこからは殺気も怒気も感じられないが、なんとなく“私のオモチャに手を出すな”という意志が感じられた。

 

「ま、今日はこの辺にしといてあげる。アナタのこわいこわーい使い魔に怒られそうだし」

 

 ルイズはキュルケの言葉に首を傾げ、振り返ってプリエを見つめるが、彼女はすでに明後日の方向を向いていた。

 

「はいはい、皆さんお静かに」

 

 そこから何か言いたそうにキュルケに向き直ったルイズだったが、口を開きかけたときにちょうど教師が到着したので、しぶしぶと教壇に注目した。

 キュルケが横目でプリエをチラリと見ると、彼女は満足げな表情を浮かべていた。昨日のおぞましい程の殺気とのギャップに思わず笑みがこぼれてしまう。これならば、たしかにルイズと仲良くやっていけそうだ。

 

「まずは皆さん、二年生に進級おめでとうございます。私はシュヴルーズ、土のメイジです、これからよろしくお願いしますね」

 

 中年のふくよかな女性教師は簡単な自己紹介を終えると、人の良さそうな笑顔のまま教室の中をぐるりと見回す。

 

「私、皆さんがどんな使い魔を召喚したか見るのがとても楽しみなんですよ」

 

 そして、プリエを見つけるとそこで視線を止めた。その視線はちょっとした驚きと好奇心、そして困惑が混じっており、そういう態度からも今までは人に準ずる者が召喚されなかったことが分かる。

 

「ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したようですね」

 

 特に他意はなく、シュヴルーズは思ったままを述べただけだ。しかし、数人だけがその言葉をルイズへの侮蔑と受け取り、反応した。

 

「やいルイズ!召喚ができなかったからって平民の娼婦なんて雇うなよ!」

 

 ソレを聞き、侮蔑だと感じた数人が笑い出す。彼―――マリコルヌは幸か不幸か、プリエが召喚された場には居合わせなかったのである。

 反応した数人の男子も同じで、生徒たちの噂で危険だとは聞いていたのだが、本当に危険であれば学院側からなんらかの処置があり、ソレを教師であるシュヴルーズが知らないはずがないと思っていたのだ。

 

 確かに教師陣には何の処置も、何の知らせもなかったが、それは下手に刺激しない方がいいという学院長の考えの下の処置であり、賢明な判断だったと言えるだろう。

 

「どうしたぁ?何も言い返せないのかぁ?」

 

 後ろでぎゃあぎゃあと騒ぐマリコルヌを見向きもしない主従。そんな態度を負け惜しみだと感じ、彼は更にヒートアップしていく。

 プリエは、マリコルヌ以下の下衆を魔王になってから何体も見てきたので、なんとも思わず「ああいうのが一番良い声で鳴くな」と物騒なことを考えていた。

 そして、ルイズは驚くほどに落ち着いていた。今まではバカにされたらすぐにカッカしていたが……これもプリエのおかげだろうか?

 

「ふん!やっぱりゼロのル──むぐっ!?」

「友達を悪く言った罰です。今日はそのまま授業を受けなさい」

 

 得意げな顔を驚愕に変え、何かが前から顔に張り付いた勢いで彼は席へと押し戻されてしまった。マリコルヌの口には赤土がひっついており、窒息はしないがしゃべることはできない。

 

「他の方も友達の悪口を言ったり、授業の邪魔をするとああなりますよ」

 

 元々、マリコルヌ以外で声を張り上げていた者はいなかったし、マリコルヌがヒートアップするほどに周囲は恐怖でクールダウンしていたので、教室の中は水を打ったかのように静かになった。

 それに満足したのか、シュヴルーズは授業を始めた。

 

 

 

 

「(へえー、便利ね)」

 

 プリエはこの世界における魔法に興味を引かれていた。戦闘だけではなく日常にも応用できる魔法──火、水、土、風の四系統からなり、組み合わせ次第で様々なことができるというのは便利だ。他にも失われた虚無系統、そして先住魔法とやらがあるらしい。

 メイジにはそれぞれ属性があり、属性をいくつ足せるかでドット、ライン、トライアングル、スクウェアというランク分けをされる。

 メイジは自分の属性の魔法しか使えないが、属性関係無しに使えるコモンマジックという魔法もあるらしい。今日はそのコモンマジック『錬金』の授業だったようだ。

 

「それでは誰かに実演してもらいましょうか。ミス・ヴァリエール、頼めますか?」

 

 クールダウンしたまま、ノートを取る音と衣擦れ以外の音を立てなかった生徒たちが、急にざわめきだした。皆が皆、死刑宣告でも受けたかのような悲痛な顔立ちをしている。

 

「ミス・シュヴルーズ、危険です」

 

 シュヴルーズが注意を促す前に、わざわざ席から立ちあがってキュルケが発言した。その口調は先程のようなおちょくるものではなく、真剣そのものだ。

 

「何故ですか?ミス・ヴァリエールは大変勤勉な生徒だと聞いていますが?」

 

 それは本当の話で、ペーパーテストや理屈の面では、ルイズは同学年の誰よりも成績が良かった。シュヴルーズはそれを思い出し、せっかく目立つ使い魔を引き当てたのだから、ここで華を持たせてあげようと考えたのだ。

 

「先生はルイズの授業を受け持つのは初めてでしょうが、噂は聞いているはずです」

 

 プリエの殺気を受けたときとは比ではないのだが、結構な恐怖がキュルケの言葉の節々から感じられる。そう、キュルケが言う噂だって本当の話なのだ。

 

「“『ゼロ』のルイズ”ですか、馬鹿馬鹿しい。それに、ミス・ヴァリエールは召喚の儀を無事成功させています」

 

 “()()()()はな”と、ほとんどの生徒は心の中で悪態をつく。プリエが怖いので口には出せないのだが、本当はキュルケに同調してルイズを辞退させたいと思っていた。そして、召喚魔法の成功という事実が、未だに迷っていたルイズをついに決心させてしまう。

 

「先生、やります、やらせてください」

 

 シュヴルーズは満足げに頷くと、ルイズに教壇まで下りてくるよう指示した。キュルケが止めるヒマもなくルイズはさっさと教壇へと下りていったので、キュルケはため息をつきながらもそそくさと物陰に隠れる。周りの生徒も同様に隠れだしたようだ。

 

「使い魔さん、アナタなら隠れる必要もないとは思うけど、一応忠告しとくわ」

 

 「なんで?」とプリエが聞き返すヒマもなく、ルイズが石ころに錬金をかける。生徒は来るべき爆発音に対して耳を塞いでいたが、いつまで経っても爆発は来ない。

 

「……や、やった、の?」

 

 ポツリと、ルイズの声が静まり返った教室に響く。何が起こったのか確認しようと、生徒が恐る恐る這い出して見たものは、喜びに打ち震えるルイズと満足そうに頷いているシュヴルーズ、そして教室の上のガラス玉である。

 

「ぜ、『ゼロ』のルイズがせいこ──」

 

 驚きの言葉は爆発音に掻き消された。成功したと思った魔法が、まさかの大爆発を起こしたのだ。

 

「(へー、こうなるんだ)」

 

 その原因は、ルーンを通してルイズへと流れる魔力が強引に修正した魔法を、プリエが元に戻したからだ。結果、何故かルイズは服以外に外傷はなし、シュヴルーズは黒板に頭をぶつけ気絶、顔を出した生徒は軽い怪我、使い魔たちは爆発に驚き各々が暴れだすという、ちょっとした地獄絵図が完成した。

 

「ちょっと失敗しちゃったみたいね」

 

 そんな中、ルイズが後頭部をかきながらかわいく言い放った。プリエだけは彼女のかわいさを楽しんだのだが、かなりの実害を被った生徒たちは気持ちを逆なでされるだけで、思わずルイズに向かって叫んでいた。

 

「どこが()()()()だよ!大失敗じゃねーか!」

「ガラス玉は爆発なんてしねーよ!」

「やっぱり『ゼロ』のルイズは『ゼロ』のルイズだったなオイ!」

 

 ぎゃあぎゃあと貴族にあるまじき悪態をつき続ける生徒たち。プリエは、ルイズがそれに関してはどうとも思っていないようなので、黙ってルイズをじいっと見つめていた。

 当然、授業が続けられるはずもないのでここで中止。シュヴルーズは医務室に運び込まれ、ルイズは罰として魔法抜きでの教室の後片付けをやらされることになってしまった。

 

 

 

 

 日がてっぺんから少し傾き出す頃まで時間が過ぎ、教室は半分ほど片付いていた。プリエにやらせればとっくに終わっていただろうが、ルイズはそれをしなかった。

 あのような失態を使い魔に見せ、更に自分の二つ名まで知られ、情けない気持ちになっていたのだ。“こんな情けない自分の尻拭いなどしなくてもいい”と自分を卑下するほどまでに。

 

「『ゼロ』、ねえ……」

 

 黙々と作業するルイズを、ただ黙って見ていたプリエの口がついに開かれた。ルイズはびくりと体を震わせたが、すぐに動き出す。しかし手を止めないまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「失望したでしょ……?自分の主がこんな出来損ないで……」

 

 ついに口に出してしまった、自分を否定するルイズの言葉に対し、プリエは何も言わない。顔を見てプリエの気持ちを確かめたいが、ルイズには怖くてできなかった。

 更にどうしようもない気持ちになってしまい、ついに彼女の動きが止まり、うなだれたまま語り出す。優秀な姉たちの存在、偉大な母の存在、落ちこぼれの自分、向けられる失望の目、言葉、それにも負けず頑張ったこと、プリエを呼び出せたときの嬉しさ……。プリエに全てを吐き出したとき、ルイズは泣いていた。

 

「笑っちゃう、よね……?こん、な……情けない、主人で……? ごめん、……ね……?こ、んな、……情け、ない、主人、で…………」

 

 後はただ嗚咽しか聞こえない。プリエはまだ黙している。それがルイズに重くのしかかり、ますます自分が情けなくなっていった。

 

「謝る必要なんてないわよ」

 

 ルイズの話を聞いているときも、ただ黙して彼女を見つめていたプリエの口がついに開かれる。そこから出た言葉は侮蔑でも、憐みでもなかった。

 

「ルイズは情けなくなんかないわ。魔法が使えるように、貴族に相応しいように、いっぱい努力してるじゃない。情けないってのはね、その努力をやめたヤツ、心が折れたヤツのことを言うの」

                                          (そう、アタシみたいなね……)

 彼女が意味深に呟いた最後の言葉は、ルイズの耳には入らずに消えた。

 

「でも、結局、ダメだった、のよ?」

 

 何でもないようにプリエに言われ、ルイズは少し冷静さを取り戻していた。そのため少し嗚咽は収まったが、それでも涙は止まらない。

 

「結局?何が結局なの?まだ生きてるし、これからいくらでも取り返せるじゃない。それに、このアタシを使い魔にしたんだから、自信持ちなさいって」

 

 伝説の魔王の召喚など、高位の大魔王ですら成し遂げた者はほとんどいない。その上使い魔にした者はルイズただ一人であり、たとえそれが度重なる偶然の結果だったとしても、胸を張って誇れることだろう。

 プリエは優しくルイズの顔を持ち上げると、魔法を使った。すると爆発の傷跡が嘘のように消え、教室は新品同然に戻る。驚くルイズをよそに、プリエはどこからともなく石ころを取り出し『錬金』をかけた。石ころは見事な黄金となり、ルイズを更に驚かせる。

 

「どう?これでもまだ自分に自信が持てない?」

 

 『メイジの実力を見るには、その使い魔を見ろ』という格言がある。“立派なメイジはおのずと立派な使い魔を従えている”というものだが、ここまで偉大な使い魔と並び立つことはできないだろう。しかし、使い魔が認めてくれるような立派なメイジになることはできるはずだ。なんたって、その使い魔自身がそう言ってくれているのだから。

 

「ううん、もう大丈夫。私はあなたに認められるような偉大なメイジになってやるわ!」

 

 ルイズを微笑ましく思いながら、プリエはルイズを過去の自分と重ねていた。夢半ばで挫折し、全てを失った自分。そんな自分とは違い、きっとルイズは夢を成し遂げてくれるだろう。

 そして、この学院の誰とも違う魔力のご主人をどうやって鍛えていくか、プリエはそんなことを考えていた。

 

「あっ!そういえば、魔法は使っちゃダメって……」

「使い魔の魔法はダメとは言われてないでしょ?」

 

 二人は顔を見合わせると、大きな声で気持ちよく笑った。春のうららかな陽気が流れる教室には、聞いているだけで笑顔になりそうな、嬉しそうな笑い声があふれていた。


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