伝説の使い魔   作:GAYMAX

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ウラヌスの子供の名前は元ネタから拝借しました。


第29話 またね

 『光陰矢の如し』とはよく言ったもので、戦争が終わってから気づけばもう二ヶ月も経っていた。

 後になって分かったことだが、悪魔たちはヴィンダールヴの力で操られていたらしく、正気に戻るとそのほとんどが魔界へと戻り、未だに支配を続けようとする者は始末された。

以上はジョゼフの手記から得られた情報だが、その内容のほとんどが弟シャルルへの懺悔で埋まっていた。

 その真相は……やめておこう。憎い敵でも死ねば骨。これは私が語ることではない……本来ならば誰にも知られず墓場まで持って行ったものを、虚無魔法で無理矢理見てしまったのだから…

 

 世界のその後の状況。人間からもエルフからも疎まれるハーフエルフが虚無の担い手だったという驚愕の事実。ウラヌスの出産。シャルロットが女王になってから起こった様々なこと……

 大なり小なり語ることは尽きないが、それは後でいいだろう。

この場で語るのは、世界にとっては小さなことであったとしても、私にとってはとてもとても大きかったこと……

 

 

 

 

 

 

「テミスおいでー」

 

 戦争が終わって一週間後、ウラヌスの子供が生まれてテミスと命名された。悪魔の成長は人間とは全く異なり、生まれてから一週間で背が追いつかれた。しかも胸の大きさは負けている………死にたい。

 

 プリエは後始末があると言って、ミシアと共に姿を消してもう二週間になる。ウラヌスもテミスを産んですぐに姿を消してしまったので、私が親代わりとなっているのだ。

 

「今日は組み手でもしましょうか」

 

「ニャ!」

 

 テミスは素直ないい子で、私以外ではシエスタが一番の仲良しだ。昔から欲しかった妹ができた気分だが、よく考えたら相手は0歳一週間、複雑な気分だ。

 

「ハァッ!」

 

「まだまだ!」

 

 まっすぐに拳を突き出して突っ込んできたテミスを、体の軸をずらしながら避け、足を引っかけて一回転させた。

 

「うにゃあ!?」

 

 人だったら激痛が走るような速度で地面に叩きつけられたが、テミスは全く痛みを感じていないようで、すぐさま立ち上がった。

 いくら親が大魔王だと言っても、所詮生まれたばかりの赤ん坊、本気を出さずともあしらえる。まあ、それでもあのロリコンは本気を出して互角だったようだが。

 

「ワルドには勝てたのにニャア…」

 

 前言撤回、あのロリコンはもうダメだろう。ちなみに婚約は正式に解消した。守りきれなかったどころか全兵力を生け捕りにされていたし、しかも一人に。

 

 地味に衝撃的な事実に呆れ、ため息をつくと、不意にテミスの耳がピンと立った。それからすぐにピコピコと動き出す。これは何か興味が引かれることがあったときと、嬉しいことがあったときの反応だ。

 

「お母様の気配!!」

 

「ホント!?……なら!!」

 

 元々暗い表情はしてなかったが、普段の表情が暗かったと見紛う程にルイズの表情が明るくなる。そう、ウラヌスはプリエの手伝いをするためにどこかに行った。そんな彼女が帰ってきたということは……

 

「その通り、久しぶりねルイズ」

 

「お帰りなさい!プリエ!」

 

 期待に胸を高鳴らせて振り向いた先には、まるで打ち合わせでもしていたかのようにプリエがいて、子供のように目を輝かせながら、ルイズは愛しい使い魔に抱き着いた。

テミスも同じように、大きく手を広げるウラヌスに抱き着いたようだ。

 

「お母様!お母様お母様!」

 

「フフフ、元気にしてたか?お前は本当にかわいいなぁ…」

 

「まさに子猫ちゃんね。あと二週間もしたら体が猫ちゃんくらいに成長しちゃうから、ここら辺でいただ「そうか、そんなにも死にたいか」なんでもありません」

 

 強姦まがいの行為で望まぬ妊娠をさせられたウラヌスだが、それでも子供はかわいいようで安心した。私が同じ状況になったら、子供はともかく犯人はどんな手を使ってでも見つけだして、死ぬよりも酷い目に会わせるだろう。

今のウラヌスなら地位も実力も十分だが、犯人探しをしているとは聞いたことがない。

 

 前々から思っていたのだが、ウラヌスたちを見ていると悪魔とは何か忘れそうになる。

悪魔らしい悪魔なんて魔界から来た下級悪魔くらいしか見たことがないし、強くなればなるほど悪魔はおおらかになるのかもしれない。

 

「悪魔らしいアタシを見たい~?言っとくけど、負の感情だって立派なご飯になるのよ~」

 

「悪魔らしくなるのも心を読むのもやめて」

 

「んもぅ、しょうがないわね~

でも、ゴメンね。今日だけはそのお願い聞いてあげられないの」

 

「え?」

 

 蕩けるようなゆったりとした甘い声ではなく、聞いたこともないような真面目な調子でそう言い放ったミシア。私は思わず呆けた声を上げてしまい、気づいてしまった嫌な予感を頭から追い出すように、気の抜けた顔でミシアを見続けていた。

 

「ルイズ」

 

「……やだ、やだ!聞きたくない!」

 

 プリエから話しかけられたことで嫌な予感は無視できないほどに膨れ上がり、それを払う為に今度はプリエに強く抱き着いた。それでも私の中で燻っていた嫌な予感は、今まさに燃え上がろうとしている。

 

「……お姉様…?」

 

「…テミス、ルイズはこれから大事な話があるんだ。私と一緒に散歩に行こうか」

 

「………はい」

 

「…いい子だ」

 

 ウラヌスとテミス、そしてミシアが静かに立ち去ったことにも気づかず、私はまだ子供のように喚いていた。テミスの目には酷く滑稽に写っただろうか、それとも異常者に見えただろうか。

 きっと違うのだろうが、今の私には世界が嘲り笑うように見え、それ以上にプリエだけに集中していた。

 

「…ルイズ」

 

 プリエの声音は優しく、まるで母が子に愛を囁くようだ。

それでも安心できない。その愛で包まなければ確実に子供を壊してしまう恐ろしい毒が含まれていると、子供にはない第六感が警鐘を鳴らす。

 

「……このまま何も語らずに消えるのは嫌なの、お願いルイズ…」

 

 …昔から嫌な予感というものはよく当たったのだ。子供の頃はそれを鬱陶しく、無駄なものだと思っていたが、今なら嫌な予感が当たる理由が分かる…覚悟を決める為だ。

 二週間前、プリエが姿を消した時から感じていた予感…その覚悟を怠った私は、もう喚くことすらできなかった。

 

 プリエのドレスを握ったままズルズルと泣き崩れ、地面にへたり込んだ私の頭をプリエは優しく撫でる。母よりも深い愛に心が安らぐと同時に、成長につれて克服したはずの庇護から外れる漠然とした絶望で、頭の中は今の顔よりもぐちゃぐちゃだ。

 

「…アタシだって、できることならルイズと一緒に居たかったわ…みんなと過ごした時間は楽しかった…パプリカ王国にいた頃のように…

それでも……どうしても忘れられない感情があったの…」

 

 嗚咽を上げ、俯いたまま鼻を啜る。それなのにプリエの言葉は頭の中によく響いた。

それが余計に別れの時を実感させ、どうすることもできずに込み上げる悲しみのままに、ただただ泣き続ける。

 

「…アタシがまだ人間だった頃、アタシは恋をしたわ。でも、初めての恋は両想いになった瞬間に終わりを告げて、からっぽになったアタシの中には恨みだけが残った…」

 

 プリエは一度話を切って私の顎を持ち、まるで恋人にキスするように優しく顔を持ち上げた。こんなぐちゃぐちゃの顔なんてプリエに見せたくない。それでも、プリエの手を振り払うことはしなかった。

 ほとんど思考ができない頭でも、どんな些細なことでも最後の時間までプリエを拒絶しないことだけは決めていたからだ。

 

「アナタに語りたいことは尽きない…でも、時間が足りない…こんな伝え方でごめんね」

 

 目をつぶったプリエの顔が近づいてくる。思考ができないからこそ原始的な感情が膨らむのだろうか。何千回と繰り返した行動なのに鼓動が早鐘を打ち、プリエの全てを愛おしく感じる。何も知らない生娘のように目を閉じ、学院のすぐ近くの平原ということも忘れてその瞬間を待った。

 

 コツン、と軽い音と共に訪れたその感触は、予想していた甘美で柔らかいあの感触ではなく、おでことおでこが触れ合う固い感触。そして肩透かしに気落ちするヒマもなく、大量の情報が頭の中に流れ込んできた。

 

 ただでさえぐちゃぐちゃの頭の中が、もっとぐちゃぐちゃになる。しかし、さっきまでの思考の坩堝ではなく、例えるなら大好物のスイーツのようなもの…それはどれだけ混沌としていても、キチンと美味しく味わうことができた。

 

 数分…いや、もっと長かったかもしれない。まるで上質な物語を見るように、プリエから与えられた記憶をしっかりと反芻し、余韻を惜しむように目を開けた。

 

「…いいえプリエ、これは最高のプレゼントよ」

 

 プリエが私にくれたもの、それはプリエの記憶そのものだった。

私と出会ってからのもの、聖女会という教会に所属していたときのもの、そして……悪魔に堕ちてからのもの。たぶんほぼ全ての記憶だろう。

 今度は違う涙が目から溢れる。プリエが去ってしまうのは変わらないけど、最後の最後にプリエに認めてもらえることができたんだ…!

 

「ありがとうルイズ…でも、まだ一つだけアナタに伝えてないことがあるわ。これだけはどうしても口で伝えたかったの」

 

「…うん」

 

「…プリエ・ペシェ。悪魔に堕ちて、もう二度と名乗ることはないと思っていたアタシの真名(まな)よ」

 

「プリエ・ペシェ…素敵な名前ね…」

 

 ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。目頭どころか顔全体が熱い、自分がどれほどプリエに依存していたか痛いほど分かる。それでも、もう我が儘は言わない。

 

 ぐしぐしと顔を服の袖で拭い、鼻を啜ってもう一度しっかりとプリエを見つめ直した。

 

「プリエ、今までふがいない私を支えてくれて本当にありがとう!!たとえあなたが使い魔でなくなっても、私はいつまでもあなたを忘れないわ!!」

 

 精一杯の、本当に全ての誠意を込めてプリエに頭を下げる。

ありがとうプリエ……厳しく…それでいて誰よりも優しいプリエ……本当にありがとう…

 

「…っっ!!

……どんなことがあっても泣かないように精神統一してたのに、こんなの反則よ反則…グスッ…」

 

「その割にはちょっと鼻を啜った程度ね…」

 

「…そりゃそうよ。この間まで、涙なんてとうの昔に枯れ果てたと思ってたんだから」

 

「アルビオンに行く前の晩に大泣きしたのに?」

 

「ちょっ!?アレは無しアレは無し!!あんなのアタシのキャラじゃないわ!!」

 

 少しだけ芽吹いてきた木々に楽しげにこだまする私たちの声。

しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎていく…それが体感時間の話ではなく、本当に別れの時間を早めていることを、私たちは頭の外に追い出していた。

 

「……ありがとうルイズ、すごく元気が出たわ。これで、もう未練は──」

 

「おっと!その先は言わせないわよ。その元気で闇の心なんて吹き飛ばしちゃってよね!」

 

 プリエは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。たぶん、聞き分けのいい私から、そんな言葉が出るとは思ってなかったのだろう。

 

「あなたは私の永遠の憧れの人なのよ!闇の心くらい一ひねりよ!」

 

 でも残念。元々私は傲慢で不遜、どうしようもない我が儘娘なの。あなたが帰るのは我慢するけど、こればっかりは譲れないわ。

 

「プッ!アッハハハハハハ!!

アタシが別に見たくなくなったときに、アタシに強気なアナタを見れるとはね!

…ホント、欲しいものって欲しい時には手に入らないものよね」

 

 本当に一瞬だけプリエは悲しそうな表情を浮かべたが、次の瞬間からの周りを明るくするいつもの力強い笑顔はそんな余韻を感じさせなかった。つられて私も力強く笑う。

 

 

「そうね、アタシは伝説の魔王。自分の心ぐらい簡単に制御してみせるわ!」

 

            そう、プリエはいつだって嘘をつかない

 

「だから、アナタにはこっちの方がいいわね」

 

          いつまでも私の憧れで、どこまでも私のヒーローで

()()()ルイズ!」

 

「うん!」

       神聖で、強く、美しい、最高の使い魔…ううん、伝説の使い魔なんだ!


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