プリエはシャルロットたちと合流すると、分身を消してガリアの王宮であるグラン・トロワ内に入っていく。そして、グラン・トロワには、意外にも兵が居なかった。
人の気配もほとんどなく、そこまで兵不足なのか、それとも何かが待ち構えているのかは分からない。だが、何が待ち構えていたとしても、プリエを止めることはできなかっただろう。
ほどなくして、王宮内で
「さーて、鬼が出るか蛇が出るか。二人とも、準備はいい?」
「鬼でも蛇でも、プリエがいれば怖くないわ!」
「私も同じ」
二人の力強い返事を聞くと、プリエは魔力で扉を開けた。謁見の間にも兵はなく、その場に存在する者は玉座に座る王と隣に控える女性、そしてフードを目深に被った人物のみだった。
「よく来たな魔王プリエ、俺がガリア王ジョゼフだ」
「へえ、アタシを知ってるんだ」
「ああ、敵対し立ち塞がった悪魔を全て屠った伝説の魔王、だろう?」
正確には、“最後まで敵対した悪魔を全て屠った伝説の魔王”であるが、思わぬ事実にルイズもシャルロットも驚いていた。魔王であることは分かっていたが、まさかそこまでとは思っていなかったのだ。
「中々詳しいじゃない。それじゃ、アタシに殺される前に目的を話してくれるかしら?」
「そうだな、いいだろう
まあ、お前ならこの顔を見れば分かるだろうが」
ジョゼフの言葉で、謎の人物がフードを取る。その人物の顔が出た瞬間、悍ましい程の怒気と憎悪が場にあふれ返り、プリエは衝動的に彼に襲い掛かっていた。
しかし、プリエの攻撃は彼をすり抜けて、城の四分の一を吹き飛ばすだけに終わる。
「そうだ、その怒りだ。私が憎いのだろう?私を殺したいのだろう?ならばこちらへ来い」
ジョゼフの後ろのドアが勢いよく開くと、途端にプリエはその中に飛び込み、すぐに扉が閉まって跡形もなく消えていった。
「…ハ、ハハハ!!これが真の恐怖か!!ハハハハハハ!!」
ルイズもシャルロットも何度か体験しているプリエの本気の殺気。何よりも恐ろしいものだが、今の殺気は度を超えて恐ろしかった。
どこか、自分たちだけは大丈夫という安心感があったのだが、今回はそれがなく、プリエが得体の知れない化け物になってしまったような気がした。
しかし二人は後悔していた。もしかしたら自分たちがプリエの支えになれていたのではないかと。
「目的は、何…?」
『後悔先に立たず』今することは悔いることではない。プリエを信じ、自分の因縁に決着をつけることだ。
「お前がそれを知ってどうする?」
シャルロットから杖を突き付けられているというのに、ジョゼフは不敵な笑みを崩さない。冷や汗はかいているが、それは先程のプリエの殺気によるものだろう。
なんらかの策があり余裕を見せているのか、無能王の名の通り状況を理解できていないのか、はたまた狂っているのかは分からない。
ただ、ここまで超然たる態度を取られると、警戒してシャルロットは力が入ってしまう。
杖を強く握りしめたとき、その手に優しく手が重ねられた。
──そうだ、今の自分は一人ではない。頼りになる友達が傍にいるのだ。
「私たちは被害者。知る権利がある」
「ふむ、そうか。まあ、勿体振って隠すようなことでもないな
ハルケギニアを魔界に変えるのだよ」
二人の驚きが重なる、当然だ。プリエを知っているということは、悪魔という存在を知っているということであり、当然魔界がどのような場所かも知っているだろう。
実際に見たことはないにしても、聞いたことなら必ずあるはずだ。
「バカじゃないの!?そうでなきゃ狂ってるわ!!」
「狂ってる。か…的を射ているな。己が悲しみたいが為に世界を巻き込んだのだ、狂っていないはずがなかろう?」
あまりにも予想を超えた発言に、二人の思考は停止する。──この男は、何を…言った……?己が悲しみたいが為に、だと?
先程のプリエほどではないにしろ、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「そんなバカげたことの為に…!許せない…!」
「そうだな。こんなバカげた目的で世界を破滅させれば、少しは後悔の念に捕われ泣くことができると踏んだんだが、失敗だったな」
この男、完全に狂っている。罪悪感がないこともそうだが、その程度の目的で本気で世界を滅ぼそうとしているなんて、二人には全く理解できなかった。
「どんな目的だろうと…そんなことさせないわ!絶対に!」
プリエが是が非でも阻止しようとしている魔界化。ルイズだって、シャルロットだって、世界を魔界になんてさせたくない。力が全てを支配する世界なんて間違っている。二人は揺るぎない意思を視線に込め、ジョゼフを見据えた。
それでもなお、ジョゼフは涼しい顔をして、超然とした不敵な態度を崩さなかった。
「ふむ。やってみろ、できるものならな。シェフィールド」
横に控えて、今まで微動だにしなかった女性が右手を上げる。肩のところまでまっすぐと上げられた右手、その中指にはめられた指輪が蒼い光を放った。
ルイズには別に何も起こらなかったが、シャルロットの意識がだんだんとぼやけてくる。この魔力の性質にいち早く気づいたルイズは、すぐさま虚無の魔力を練り上げた。
「『
ルイズの虚無魔法によりシャルロットが魔力から解き放たれ、ハッキリとした意識を取り戻すと今一度、杖を強く握りしめた。
「
「これは恐れ入った。アンドバリの指輪による水の先住魔法すら効かないとはな
しかし、それだけの力を持つお前を、果たして人と呼べるのかな?」
ルイズはたじろぐ。プリエやウラヌス、ミシアがいたら力強く肯定してくれるだろうが、生憎と今は誰もいない。
炎を熱いと思わず、氷を冷たいと思わず、刃を鋭いと思わず、鉄を硬いと思わない自分…ずっと考えてこなかった、しかし材料は十分にあった。
自分は何者なのか…ルイズが困惑したのは数秒だけだった。自分の手に感じる温もり──友達に認められる、それだけで心が軽くなっていく。
「私は人よ……シャルロットやキュルケ、友達と同じ人間よ!!」
「あくまで人と言い張るか。まあいいだろう
しかし、お前にその力をもたらした魔王…アレが本当に安全だと思うか?」
「「…!」」
プリエの力は並ぶ者がないほどに強大だ。……たしかに、力だけで言うのならプリエよりも危険な存在はいないだろう。
──しかし、彼女は力だけの存在じゃない。
──彼女は私の道を切り開いてくれた。
──彼女は私に心を取り戻させてくれた。
──彼女は、不可能を可能にしてくれた!──
彼女は神聖で、美しく、強い…そして気高く、最高の使い魔だ!
「彼女は危険なんかじゃない!」
「そうよ!プリエを危険物扱いすることなんて絶対に許さないわ!」
あのシャルロットが声を荒らげ、ルイズと共に即答する。本当に豊かな感情を取り戻し、プリエを心の底から信頼している証拠を突き付けられ、ジョゼフは初めて表情を動かし、少しだけ顔をしかめた。
「…人形とゼロをここまで変えたとはな……
………いや、今となっては関係ないか……」
「何ぶつぶつ言ってるのよ!とにかく魔界化は諦めなさい!」
「おいおい、お前を相手にたったあれだけの策しかないと思うか?シェフィールド!」
シェフィールドが、どこからともなく計器が大量に付いた機械を取り出す。ハルケギニアではお目にかかれない超技術の賜物だが、ミシアが発明したタイムマシンにも、似たような機械があったことをルイズは思い出していた。
ただ、ルイズはその機械“超能力増幅装置”の真の力を知らなかったのだ。
「『
超能力増幅装置の力で強化された虚無の魔法は、詠唱も無いままに国を超えて対象を捉え、その名前通りの効果を発揮した。
「えっ!?な、なに!?」
「なっ!?何が起こったんだ!?」
この場に転移させられたのは、ティファニアとエイジス32世。二人とも突然の出来事に戸惑い、キョロキョロと辺りを見回している。
「『かの地に眠るものが大いなる災いをもたらす』
『異界の
始祖が残した予言だ」
ルイズはジョゼフの行動を警戒し、二人を自分の周りに呼び寄せた。ここでプリエならば、有無を言わさずジョゼフを拘束していただろう。
戦闘経験と思考の差による行動の差であるが、この差がジョゼフに次の行動を許してしまった。
「始祖が残した予言は4つ…そして、もう一つがこれだ!『
普通ならば、自分の使い魔が存在するときに召喚の魔法を使っても、ソレは失敗し何も起こらない。しかし、ジョゼフの召喚の魔法は成功し、謁見の間に巨大で幾何学的な魔法陣が広がり、円の外周から光の柱が立ち上る。
まばゆさが謁見の間から去ったとき、魔法陣の中心に青い巨人が現れており、魔法陣は徐々に光を失って消えていった。
「『四つの虚無が揃いしとき、邪な虚無により恐るべき存在“超魔王”が召喚され、世界は無へと
ハハハハハハ!!これが超魔王バールか!!
直に肌を撫でるほどの魔力!!コイツの前では、どんなメイジもどんぐりの背比べに過ぎんな!!」
狂った王の笑い声に反応するようにバールの目が赤く光り、この場にて最高の戦闘能力を持つルイズをジロリと見つめる。
「…何が超魔王よ!プリエは伝説の魔王なのよ!
来なさい超魔王!私がプリエの主人だって証拠を見せてやるわ!」
ルイズがバールへと向ける杖はあまりにも小さかったが、その杖はあまりにもまっすぐとバールに向けられていた。
「…あれ?ここは…」
憎しみに支配されたプリエだが、使い魔のルーンに込められた二人の想いのおかげか、そのまま精神が擦り切れることはなかった。
しかし、周りを見回すと死体、死体、死体……土すらも赤く染まっている。
「……そうだ、アイツを見てから記憶が…」
「相変わらずだな魔王プリエ」
プリエの前方にいきなり現れる件の人物、ノワール。先程は突発的に殺意に支配されて気づかなかったが、これはただの映像だ。
「…アタシのウサ晴らしの為にわざわざ蘇ってくれたワケ?」
「なに、私の目的は変わらんさ」
「……堕天使カラミティーの召喚か。確かに、召喚に必要な穢れは溜まってるみたいね」
プリエが殺意に任せて暴れたので当然だが、この場所の穢れは現在のハルケギニアでは最も濃い。ほとんど魔界化しているゲルマニアよりもだ。
この場所を神殿とするならば、世界そのものよりも濃い穢れでハルケギニアを魔界にできるだろう。
「でも、生け贄の素体ごと場を破壊されたらアンタの計画もおじゃんね」
「ククク…なら、やってみるがいい」
自信たっぷりなノワールをプリエは
ならば素体周りに何か仕掛けがあるのかと周囲の魔力を探ったが、特におかしい魔力は見つからなかった。
「…お望み通りやってやるわよ」
上空に浮いている巨大な十字架、アレに穢れが集まっている。おそらくアレの中心に素体が埋め込まれているのだろう、二年前から進展しないやつだ。
しかし、カラミティーの素体になるような強い恨みと魔力を持つ存在なんて、いったいどこから調達したのだろうか?
少し気になるし、悪魔以外を顔も見ずに消し飛ばすのは少し忍びない。
飛び上がってその姿を確認すると、プリエは絶句した。
「なっ…!?」
「感動のご対面だな、魔王プリエよ」
プリエは反射的にノワールを攻撃する。攻撃はもちろん映像をすり抜け、地面を割り、余波で死体を全て粉砕した。
「いいぞ、その調子だ。お前の怒り、憎しみがカラミティー降臨のカギとなる」
プリエの憎しみは、ゲルマニアから流れてくる穢れよりも濃密で、撒き散らす魔力は
それでも行き場のない殺意がプリエの中で暴れ狂い、何か刺激を受ければ、すぐにでも爆発してしまいそうだ。
「どうした?お前の力ならば闇の王子を消し去ることもたやすいだろう?」
ノワールは涼しげな笑みを浮かべながらプリエを挑発する。
もしプリエが本当にクロワを消し去ったら、ノワールの計画は頓挫するはずなのだが、ノワールの余裕はプリエがやらないと確信してのものなのか……
「今はアンタを消し去ってやりたい気分よ…!」
「檻の中の獣に何ができる?お前にできることは、カラミティーの復活を早めることだけだ」
「………」
もうこれ以上ノワールと話す意味はない。プリエはノワールから体を背け、この場の穢れの性質を詳しく探ってみる。
「…チッ!厄介なことを!」
プリエの予想は当たり、この場の穢れがクロワの生命を維持していた。プリエは
儀式自体を阻止しようにも、あとはクロワに穢れが溜まるのを待つだけで、どうすることもできないのだ。
「…本当は怒りに狂ったお前を生け贄にするつもりだったのだが、まあいいだろう。お前には唯一の観客になってもらおうか」
「………ルイズ、シャルロット。無事でいて…」
プリエはノワールを意識の外へ追い出したが、それでもさまざまな想いでこの場から動くにも動けず、二人の無事を祈りながら、二人に魔力を送った。
もはやほとんど原形を留めていない宮殿で、ルイズとバールは戦っていた。
ルイズのレベルは3200、バールのレベルは4000。レベル差だけでも絶望的だが、それでもルイズはなんとかバールに食らいついている。
ルイズがギリギリバールのお眼鏡にかなった為、他の者が狙われなかったのは不幸中の幸いか。
「『
不定期に降ってくる巨大な剣を警戒しながら、ルイズは魔法を放った。バールの頭の後ろに光の球が生み出され、対象を消滅させる破壊の光がバールを襲う。
しかし、黒い霧に遮られてその効力はバールまで届かない。
そして、ルイズの頭上に巨大な剣が生み出され、ソレがルイズ目掛けて超速度で降ってきて、すんでのところで回避する。制御を失った光の球は爆発したが、それでもバールはほとんどダメージを受けていないようだ。
二者は再び睨み合いになったが、現状ではルイズに勝ち目はない。
ルイズはバールの攻撃を避ける為に、常に『加速』の虚無魔法を使っており、あまり魔力を攻撃に割けない。そんな攻撃では、たとえ最強の技が当たってもバールに傷一つつかないだろう。
威力自体はギガ系の魔法程度でも、まともに当たればプリエの体力すらじわじわと削る『
冷や汗がたらりと頬を流れる。諦めたくなるようなこの状況、それでもルイズは諦めない。
──生きていれば…諦めなければいくらでも取り返せる!
あの日のプリエの言葉は、ルイズの精神にしっかりと根付いていた。
ルイズが拳を握りしめたとき、体中に魔力が溢れるのが感じられた。それに呼応して安心感が生まれ、力強い笑みを浮かべる。
「…そう、私にはあなたがいる。だから、こんなところでへこたれてちゃダメよねプリエ!」
これでルイズはレベル4000相当。ようやく超魔王の脅威と為りえたのだ。
そしてプリエの魔力は、もう一人にも影響を及ぼす。
「ハハハハハハ!その程度かシャルロット!」
超魔王とルイズの戦闘により崩れ落ちる室内で、シャルロットはジョゼフと戦っていた。
今はシャルロットの攻撃をジョゼフが避け続けているだけだが、風のスクウェアメイジであるシャルロットが動きを把握できないほどにジョゼフは速かった。
風の鎧を纏っても何も感じないままに壊され、謎の機械ごとシェフィールドを攻撃すれば自分へと跳ね返ってくる。
プリエが作ってくれた制服がなかったのなら、何度か死んでいたような場面もあり、その頼りになる制服すらもかなりボロボロになっていた。
恐らく虚無であるジョゼフの属性。伝説の中で語られるだけであった虚無の魔法の知識などシャルロットにはなく、その詳細な効果を知る由もない。
自分の手札ではどうしようもない。しかしルイズに頼ることもできない。徐々に濃くなっていく絶望感。それは自分の中に湧き溢れる魔力によって払われた。
「なんだ?お前も絶望に狂ったか?」
自然に顔が
──この感覚は私だけのものだ!
「…アイス・ストーム」
呪文の詠唱無しでは、普通は系統魔法を使えない。それでも、今のシャルロットは使えると確信していた。
「ぬうっ!?」
詠唱無しで放たれた魔法は、ジョゼフを切り刻む前に消え去ってしまった。しかし、その威力は普段よりも高く、これならばなんとかなりそうだ。
「これで、五分」
「ハハハ!これはとんだ隠し玉だ!
しかし、系統魔法が無詠唱で使える程度で五分だと思うなよ?」
シャルロットは
遍在を5体作り出したルイズは攻めに転じていたが、それでもまだバールに決定打を与えることはできずにいた。
「テラファイア!」
最高位の炎系魔法により召喚された竜が、温度の概念を超えた魔力の炎を吐く。放射状に広がる炎はバールの前で二手に裂け、後ろの物質を完全に焼き付くし、消滅させた。
この正体不明の力が、バールに決定打を与えることができない理由の一つだ。『
だが、この正体不明の力を超えるほどの攻撃を叩き込めばいい、それだけの話だ。
バールの目が遍在に向き、カッと赤く光る。すると巨大な剣の切っ先が遍在を四角く囲むように地面から生え、中心に巨大なエネルギーが集まってプラズマ球を形成した。
遍在はすぐさま剣のどてっ腹を殴る。殴る殴る──しかし、剣に変化はない。
それでも遍在は殴る。プラズマ球から逃れる為に殴る。皮が裂けるのも気にせず殴る。殴る、殴る、殴る殴る殴る殴る殴殴殴殴殴殴───
健闘虚しく、大爆発したプラズマ球に巻き込まれ、その遍在は残滓すら残さずに消滅した。
ソレには目もくれず、遍在が右から、錬金した剣で床をえぐりながらバールを斬りつける。
大理石の床の破片が飛ぶよりも速く、一撃、二撃、三撃──その勢いのまま刃を、落下してきた巨大な剣に滑らせる。
金属と金属が擦れる嫌な音が響き、接面から火花が散り、あまりの衝撃に顔が歪む。巨大な剣は軌道が逸れ、遍在の靴を掠めて消えた。
すぐさま遍在は飛びのき、魔力の線がバールを囲む。線は輪となって幾重にもバールを囲み、見上げても上が見えないほどに空高くまで積み上がったとき、別の遍在が一筋の激しい光線と化した剣を振るった。
この場合、斬るというよりも叩きつけるという表現が正しいだろう。叩きつけられた光線は徐々に速度を増しながら、破壊の
そして光線よりも速く、数えるのもバカらしくなるほどの数のサーベルが一帯に降り注いだ。
技の硬直で動けなくなっていた遍在は臓腑をぶちまけて消滅。2体の遍在が本体を守る為に剣を振るう。それは雨粒を斬るが如く、しかし密度は豪雨よりも濃い。
見渡す限りのサーベルの嵐、それでも遍在は刹那を何倍にも引き延ばして斬り飛ばす。
一撃ならばプリエの方が重く、
……しかし届かない
その瞬間、ずっと練り上げていた魔力を使ってルイズは超高熱の暴風を体に纏い、サーベルの嵐に突っ込んだ。
高熱の暴風はサーベルを溶かし、飛ばし、ルイズに近づけない。鉄屑と化したサーベルは、他のサーベルに擦り切られて消滅する。
ここまでは予想通り。感覚を全開にして、次に来るはずの巨大な剣を待つ…
今までよりも速くルイズに落ちてくる巨大な剣。ギリギリまで引き付けなければ追尾されて真っ二つになるだろう。
剣が風の鎧に触れた瞬間、ルイズは斜め上に跳躍した。剣が服を掠め、弱くなった風の鎧をサーベルが貫通し服が更に破けるが、知ったことか。
──前へ、とにかく前へ!この嵐を抜けるんだ!
そして、ついに魔力の奔流たる光線がバールに到達し、永遠に思える一秒は終わった。その魔力は大地をえぐり、傷をつけることができなかったバールをボロボロにした。
光線が消えたとき、バールの目に光はなく、バールは動かなくなっていた。
「やった、の…?」
その疑問に答えるように、バールの目に再び赤い光が
「…そうよね。そうだと思ってたわ!」
直後、バールに強い桃色の光線となった、凄まじい魔力の奔流が上空から降り注ぐ。破壊だけを目的とした光線は、対象を完全に消滅させてもしばらくは残っていた。
ダークブラスター。プリエがハルケギニアに来て、最初に放とうとした技だ。
プリエの最強の遠距離攻撃。世界を滅ぼし尽くしても、余裕でお釣りが来るような途方もない威力。
魔陣大次元断の輪を上らせていた遍在。その体力、魔力を全て使って放たれたダークブラスターは、プリエにすら届くほどの威力になっていた。
「服がボロボロになるなんていつ以来かしら…」
まだ一年も経っていないのに、昔を懐かしむように思い出しながら埃を払い、大きく息を吐いた──
「なっ!?」
──突如、腹部に衝撃が走る。痛覚を遮断しているはずなのに、焼け付くような痛みが体中を駆け巡る。口の中いっぱいに鉄の匂いが広がり、痛みと驚愕で開かれた口からは、血の塊が吐き出された。
ルイズは消滅したはずのバールの剣に、後ろから貫かれていたのだ…!
超存在同士の激しい戦いとは一転、シャルロットとジョゼフの戦いは
強化されたシャルロットの感覚がついにジョゼフの動きを捉え、ジョゼフも、火石という人一人なら簡単に爆殺できるほどの火力があるマジックアイテムを持ち出して戦い、その結果二人の動きは止まった。
お互いに必殺の瞬間を狙い合い、極限まで神経を擦り減らしている。
「……やめだやめだ。これではつまらん」
ジョゼフは突然肩を
そんなシャルロットにジョゼフは何気なく火石を放った。普通なら放物線を描き、自らの遥か遠くに落ちるはずの火石。
しかし、シャルロットの長年の戦闘経験が警鐘を鳴らす。
その意味を理解しないまま風の鎧を纏うと、目の前が爆発し風の鎧のいくらかを吹き飛ばした。『加速』の虚無魔法で横の速度だけが増し、放物線を描くはずの火石が風の鎧にぶつかったのだ。
爆煙で視界が遮られるが、更に二つの火石が投げ込まれ、ジョゼフが後ろに回り込んだことを風の動きから把握する。
右手と左手で違う文字を同時に書けないように、どんなメイジでも、魔法を二つ以上同じタイミングで使うことはできない。そこには思考速度というラグが発生する。
ジョゼフは火石を加速させて風の鎧を剥がし、短剣か何かでトドメを刺すつもりなのか。それとも火石をブラフにし、またもや加速して翻弄するつもりなのか。それとも……
シャルロットはこれまでに判明している相手の手札から、ジョゼフの動きをある程度まで予測する。
しかし思考時間は一瞬、失敗の代償は自分の命。
そんなリスキーな賭けでもシャルロットは慌てない。決着をつけて清々しい思いでプリエに会うため、シャルロットは次の動きを選択した。
風の鎧を厚くするシャルロット。それを待っていたと言わんばかりにジョゼフが『
………?
おかしい。何の感情も湧かないのは想定していたことだが、それでも感情が湧かないことに対してつまらないとすら思わないとは考えていなかった。そもそも、貫いたという記憶はあっても実感がない。
まるで、他人の話を聞いて、その他人を自分に置き換えて妄想しているような──
──そこまで気づいたとき、ジョゼフは『加速』の魔法を自分にかけ、その場から飛びのいた。
あと一歩遅れていたら、無傷のシャルロットのエア・ニードルによる空気の槍で、致命傷を負っていただろう。
「まさか、こんな使い方をすることになるとは思わなかったよ」
ジョゼフは教皇の『
伝説である虚無の魔法はかなり特殊で、その担い手によっては初歩の虚無魔法すら使えないのに上位の虚無魔法を使えることもある。
例えばルイズの『
全ての虚無魔法を自在に使えるのは、始祖のような強大なメイジと、ルイズのような規格外の存在だけで、ジョゼフが自在に扱えるのは『加速』と『
虚無は強大な力に比例した長い詠唱が弱点で、詠唱を警戒しているはずだったのだが、思ったよりもシャルロットとの戦いは切迫していたようだ。
全ての手札をジョゼフは曝してしまったが、シャルロットの状況はむしろ悪くなっていた。“タバサ”ならば教皇をただの駒と割り切っていただろうが“シャルロット”にそんなことはできない。
シャルロットは教皇やティファニアの素性を知らないが、無詠唱魔法などできるはずもないだろう。無詠唱魔法が飛び交うこの場において、二人は明らかにお荷物であった。
シャルロットの額から冷や汗が流れたとき、澄み渡るような歌が聞こえてきた。
一番に反応したのはシャルロットで、ティファニアを風の鎧で覆い、それは加速した火石からティファニアを守って消える。更に加速した瓦礫がティファニアを襲うが、今度は吹雪により吹き飛ばされ、瓦礫を巻き込みながら吹雪がジョゼフに向かう。
吹雪は『
自分を狙ってくると踏んでいたシャルロットは、ジョゼフがいきなり後ろに跳んだので、思わず再び皆に風の鎧を纏わせた。
そして、ジョゼフは最後の隠し玉、『
風の鎧を置き去りにして、自分の後方という大まかな位置に転移したシャルロットを、今度こそ短剣で刺し貫かんと振り向きながら腕を伸ばす。
しかし、その目的が果たされることはなく、その目的を思い出すこともできなかった。
ティファニアの『忘却』の虚無魔法で30分間の記憶を根こそぎ奪われ、殺意という勢いを失ったジョゼフの腕は驚くほど簡単にいなされて、カウンター気味に繰り出されたエア・ニードルで腹を貫かれた。
「あああああっ!!」
これ以上深く傷つけられる前に、普通の大きさとなっているバールの剣を引き抜く。引き抜いた途端に痛みは消え、お腹にぽっかりと空いた穴もピッタリとくっつき、外見上の傷は癒えた。
しかし、生命維持の魔力に深刻なダメージを受けており、もう一度バールの攻撃を喰らったら、人間としての生命を終えてしまうだろう。
地面に落ちたバールの剣は浮かび上がり、空中を不気味に漂いながら魔力を高め始める。
「ルイズちゃん!無事だった!?」
戦闘が始まって二十数分、やっとミシアとウラヌスが瞬間移動でこの場に現れた。
今の状態のルイズですら及ばない力を持っている二柱が駆け付けてくれれば、超魔王だろうがすぐにケリがついたはずなのだが、四の五の言っていられる状況ではないというのに、いったい何をしていたのだろうか?
「ゴメンねルイズちゃん!ホントはすぐに駆け付けたかったんだけど、猫ちゃんのつわりが始まっちゃって」
「へ!?」
びっくりしてウラヌスのお腹を見ると、確かに少しぽっこりしている。ルイズの体に衝撃が走った。バールの剣が突き刺さった以上の衝撃だ。
「だ、だ、だ、誰に!?いいいいや身重でたたか」「言いたいことは色々あるだろうが、まずはバールを滅してからだ」
そうだ、一瞬完全に忘れていたが、まだバールを倒しきってはいない。コイツを倒さなければ、楽しい時間は二度と訪れないのだ。
「…ウラヌス、ミシア。お願い、力を貸して!」
「ああ!」 「モチのロンよ!」
「でも、ホントに大丈夫なのウラヌス?」
「妊婦には妊婦なりの戦い方がある」
ウラヌスは跳躍してくるくると回る。すると稲妻のような音が響き、ウラヌスは一本のよく分からないものになって、地面に突き刺さった。プリエが鍛えてくれた観察力で分類上は剣だと分かるが、剣というよりこれは板だろう。
それは、ハルケギニアに正月があったら、縦に長い羽子板だと思うような、一降りの剣だった。
「それじゃ、アタシも」
ミシアもくるくると回って剣になる。ウラヌスよりは
しかし、どちらの剣からも恐ろしいほどの力を感じる。上級悪魔までなら見ただけで詳細な能力が分かるルイズも、剣の力が全く分からなかった。
ルイズは恐る恐るウラヌスを引き抜き、しっかりと右手で構えると、凄まじい力の高ぶりを感じた。
『そのままミシアを左手に構えるんだ』
頭の中に響くウラヌスの声に言われるがままミシアを引き抜く。どんどんと魔力が溢れてくる、今ならプリエにだって勝てるかもしれない。
『ハイになってるルイズちゃんに残念なお知らせ~。プリエ様はもっと強いわよ~』
──勝手に思考が通じるのだろうか。それともミシアが心を読んでいるだけか…それにしても、やっぱりプリエは凄いなぁ…
『ルイズの思考が直接私たちに通じるんだ
それと、これは魔チェンG──己が体を武器とし、味方を補助する魔界奥義だ』
『それじゃ、さっさとバールを倒して、みんなで大乱交パーティーでもしましょ!』
──そうだ、こんなやつさっさと倒して平和な日常に戻ろう。大乱交パーティーは絶対にやらないが。
いつの間にか8本になって、柄を内側に円を描いて回っているバールの剣をキッと見据える。
『…ルイズちゃん。アレ、ヤバいわ。アイツこの世界ごとルイズちゃんを消すつもりよ』
『超魔王リバイバル…ヤツは何回か復活できるんだが、相当ルイズに追い詰められたようだな
それと、ヤツは超魔王アナライズで一度食らった技は二度と効かん。分かっていると思うが、気をつけろよ?』
──なるほど。状況は最善にして最悪、そういうわけか。
こんな状況なのに、ルイズは笑みを浮かべた。
褒められて嬉しくなったか、極限の戦いに惹かれたのか…無駄なことを考える余裕がないルイズには分からない。
しかし、その笑みが自信から来ていることだけ、ルイズは理解していた。
「…刃よ、命を燃やせ」
──バールが最強の攻撃をしてくるのなら、
避ける? ―――否
守る? ―――否
………正面から、全力で、叩き潰す!!
ルイズが思いっ切り地面を蹴ると同時に、バールの剣が描く円から光線が射出される。荒々しく、全てを消し去らんとする魔力の嵐。
それをルイズは剣の嵐で斬り進む。力を力で斬り、力を力で開き、力を力で消す…目茶苦茶な力と力のせめぎ合いだ。
まだ一秒も、一瞬すら経っていないのに目が霞む。しかしルイズは倒れない、倒れられない。己が背負うは世界の命、友達の笑顔、自分の居場所──
元は復讐の為に生み出されたこの剣技、ついにその役目を果たすことも、生まれ変わることもなかった。
しかし、時を越え、世界を越え、今ここに熱い意志によって、守る剣技へと生まれ変わったのだ!
「バーニングソウル!!!」
残りの全ての力を込めて、ルイズはX字にバールの剣を斬りつける。強大な威力の斬撃はX字とは言わずにバールを消し去り、眼前の全てを消滅させた。
幸い、ルイズは森側を向いており、被害は地平線までの景色が更地になった程度で済んだ。
ルイズはバールが消滅したことを確認すると力強く笑みを浮かべ、そのまま意識を失って後ろへとぶっ倒れた。