伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第一部を1~13話、第二部を14~24話とするなら、ここからは最終部になります。
こういった感じの話の感想はあまり頂いたことがないので需要があるかは分かりませんが、最後までお付き合いいただければ幸いです。


第25話 開戦

「―――ってな感じでどう?」

 

「ふむ…では、調い──ぐあっ!?」

 

「は!?突然の下剋上!?ここは魔界じゃないのよー!?」

 

「貴様ら…!よくも!」

 

「(ええー…頭がイッちゃってるし…いくらアタシでも引くわー…

とりあえず、ガリア国内で戦うのはマズいわね……シエスタだけじゃなく、他の子の命もアタシが預かってるんだし、ここは逃げるが勝ちね)」

 

 

 

 

 

 

「元々ガリアはこうするつもりだったのではないのか!」

 

「いいや、我らが誇りあるトリステインで亜人などを取り立てたから天罰が下ったのだ!」

 

 此処は王宮の元老院。今はガリアから突き付けられた一枚の書状について議論していた。その内容は「貴殿らの大使団により我が国の外相が殺害された。相応の対応がなければ戦を望む所存である」というもの。

 だが、実際はガリア外相の側近警護の者が殺害している。悪魔ですらしないほどのひどい言い掛かりだ。悪魔ならば「お前が気に入らない」と襲い掛かってくることだろう。

 しかし、れっきとした事実があるのに議論は難航し、これ幸いとミシアたちをこき下ろそうとする者やそれを擁護する者、更にガリアの真意を考える者まで出てくる始末で、泥沼化していた。

 ちなみに、ウラヌスとミシアもちゃっかりと女王の隣にいるが、発言はしていない。

 

「それで、戦争はするのですか?しないのですか?」

 

 今まで沈黙を貫いてきたアンリエッタ女王の一言で場が静まり返る。結局、何かにかこつけて結論を先延ばしにして、責任を被りたくない者が大半だった。

 その事実にアンリエッタはため息をつき、臆病者どもをきつく見据える。

 

「なんと情けない…それでも誇りあるトリステイン王室の元老院ですか!」

 

「では陛下、いかがなされますかな?」

 

 呆れ返るような議論を黙って聞いていたマザリーニ枢機卿が、何かを期待したような笑みを浮かべて口を開いた。

 

「決まっています、ガリアの蛮行は決して許されるものではありません。向こうが来ると言うのなら、こちらは迎え撃つまでです!」

 

 アンリエッタは何の迷いもなくそう言い放った。感情論による短絡的な結論ではなく、くだらない議論を聞きながらもしっかりと考えて出した結論だ。

 

「(姫様…成長なさりましたな)」

 

 鳥の骨と揶揄されているマザリーニ枢機卿。しかし、彼は最もこの国を愛する者の一人で、だからこそ疎まれてきたのだ。

 ただの政治の道具だと割り切っていたお飾りが、いつの間にか王として相応しい佇まいになり、嬉しい誤算だと彼は思っていた。

 

 実はプリエに調教された際に「立派な女王となること」と言われたので急成長を遂げたのだが、そんなことは知らなくていいことだ。

 

「し、しかし、責任は…」

 

「全責任は私が取ります!

貴方たちは此処でくだらない議論でもしてなさい!」

 

 ぴしゃりと言い切られ、再びざわつき出した場はすぐに静まり返る。そんなアンリエッタの毅然とした態度での決着を後押しするように、ウラヌスとテミスもついに口を開いた。

 

「…もしもこの国が負けてしまったのなら私も責任を取ろう。兵の練度が足りないのは私の責任だからな」

 

「アンリエッタちゃん成長したわねー、お姉さん嬉しいわ~

ならアタシも責任を取るわよ。外交の失敗はアタシの責任だし」

 

「皆さん…

…それでは、反対意見がある者は申してみなさい。私たちの全責任を(こうむ)る勇気があるなら聞きましょう」

 

 反対意見どころかその場から動く者はなく、この数分だけで、二時間にも渡って繰り広げられてきた議論は決した。

 

 

 

 

 

「はぁ!?戦争になったぁ!?」

 

「でも、こればっかりは向こうが悪いですよ!どうせ相応の対応ってのもロクなモンじゃないと思いますし」

 

 プリエはミシアから重要な報告があると聞き、異空間を作り出してそこでミシアから報告を受けていた。戦争があるのにシエスタの体はマズイと言うことで、ミシアは体の再構築を済ましている。

 

「はぁ…まあいいわ、穢れだけ溜まってもそう簡単には魔界ゲートは開かないし

分かってると思うけど、戦争への直接介入は禁止ね」

 

「アタシたちが介入すると、途端に魔界ゲートが開きやすくなりますもんね」

 

 ここは魔界とは縁遠い世界であるが、戦争などという穢れが渦巻く空間に伝説の魔王や大魔王が飛び込んでしまえば、容易にゲートが開いてしまうだろう。

 アルビオンのときとは違いプリエもかなり()()()きていて、必要以上に敵を殺しまわってしまいそうでイヤという想いもあった。

 だからこそ自分たちが出張らなくてもいいように、この世界の住民を鍛えていたのだ。

 

「で、アンリエッタはあいつらの説得には成功したの?」

 

「プリエ様の部隊ですよね?成功しましたよ」

 

「へえ、やるじゃない」

 

 たとえ女王の勅命だろうと従わないときは従わないし、小さな子に頼まれただけでも従うときは従う、特に暗殺系の命令はまず従わないプリエの独立部隊。力では決して動かない彼らを動かすのは真摯な心。アンリエッタはお眼鏡に適ったようだ。

 

「ま、あいつらが動くなら負けることもないでしょ

ただ、アタシが鍛えたあのメイドが出てきたらマズいけど」

 

「レベルいくつまで育てたんですか?」

 

「1500」

 

「ちょっ!?ルイズちゃんですら今2100ですよ!?いったい何したんですか!?」

 

「あんまりにもやる気があったもんだから“遊び”形式で、時間にすると一ヶ月分鍛えちゃったのよね」

 

「あー…そりゃ強くなりますよ」

 

“遊び”とは、プリエが飽きるまで戦い続けることだ。

本気を出して一方的になぶり続けるときもあれば、じわじわと追い詰めるときもあるが、共通していることは、相手はプリエが飽きるまで死ぬことを許されないということだ。

 故に“遊び”。ただ戦って殺されるよりも、よっぽどえげつない拷問である。

 

「それで、そろそろルイズをレベル3000くらいにしたいんだけど、手伝ってくれるわね?」

 

「……もしかして、アタシと猫ちゃんにルイズちゃん側の補助をしろってことですか…?」

 

「当たり」

 

「い、イヤですよ!最近おしおきされたばか「じゃあアンタが代わりに三ヶ月間ノンストッ」喜んで引き受けさせていただきます!!」

 

 ちなみに修行が終わった後、ルイズは“遊び”という単語がトラウマになったようだ。

 

 

 

 一ヶ月が経過し、トリステインは独力でガリアを退けていた。

隊員一人一人が戦術兵器以上の強さを持つ独立部隊を筆頭に、独立部隊を除けば最高戦力の銃士隊や全体的に高水準の兵がいるトリステインは、いつの間にかハルケギニア最強の国家になっていたのだ。

 特に、銃士隊により従来の大砲よりも長距離で高威力の攻撃が可能になり、戦艦などの軍備費用が収縮して戦時中なのに税率が変わらず、更に新たな徴兵もないので、アンリエッタの人気は高いままだった。

 まあ、その分一部の戦争屋からの支持率は下がったが。

 

 戦略としては、徹底して専守防衛でむやみに戦火を広げることはせず、プリエの思惑通りとなった。ここで攻め込んでいれば、こちらの死者0という奇跡的な数字は出せなかっただろう。

 更に、戦火を広げない為に、半月程経って助力を持ち掛けたゲルマニアを突っぱね、不可侵条約を締結した。

 

 そしてそこから更に半月後、事件は起こった。

 

「…私、信じられません。ゲルマニアが不可侵条約を破り、トリステインに進攻してきたなど…」

 

「やはり、金さえ払えば誰にでも貴族の名を与える国は、恥知らずの国だったと言うことですな」

 

 自室にてマザリーニから報告を受け、愕然とするアンリエッタ。いくらマザリーニが言うような揶揄をされているとはいえ、ガリアの攻勢もかなり収まってきたこのタイミングで仕掛けてくるなど、普通に考えればおかしい。先の会談の際の態度を強がりの演技だとでも思ったのだろうか?

 ……ともかく、理由がどうあれ攻められているのは事実なのだ。まずはそちらに対処しなければならない。

 

「…現在の戦況は?」

 

「ヴァリエール領が劣勢ながらに応戦中、他の地域は不明です」

 

 それを聞き、アンリエッタは不快そうにではなく、怪訝そうに眉をひそめた。

 

「劣勢?まだ第一報ではないのですか?敵はいったいどれほどの戦力を…

それで、此処にはあとどれだけの戦力が残っているのですか?」

 

「独立部隊が100名、銃士隊 部隊長4名 隊員20名 見習い300名、グリフォン隊10名、マンティコア隊12名、竜騎兵10名、メイジ50名、通常兵士3000名です」

 

 これだけの兵力があれば国すらも余裕で攻め落とすことができるが、国でも有数の戦力を保有するヴァリエール領がすでに劣勢になっていることがどうしても引っかかる。

 しかも詳細は不明、定石どおりに行くのなら可能な限りの全戦力を投入したほうがいいのだろうが、こちら側の戦力がいくら高いといっても嫌な予感は拭えなかった。

 

「……独立部隊30名をヴァリエール領へ、20名を他の国境付近の町へ充てなさい。そして、ルイズの力を借りましょう

アニエスを呼び戻し、銃士隊50名の中隊を作り魔法学院の警護を強化。残りは戦況が分かりしだい逐次投入します」

 

「畏まりました」

 

 マザリーニが簡素な一礼をして部屋から出ていくと、アンリエッタは祈るように強く手を握りしめ、今回の派兵の大部分を担うことになるであろう親友へと想いを馳せ、遠くを見据える。

 

「…ルイズ、貴方たちが学院にいない間は、私たちが学院を守ります」

 

 

 

 

 

 

 

「ええ!?ゲルマニアに攻め込まれた!?」

 

「そうだ、詳細は分からないが劣勢であるらしい

ヴァリエール殿には、お父上の領地にて応戦していただきたい」

 

 トリステイン魔法学院は、戦時中でも平時と変わらずに運営していた。現在のトリステインは十分な戦力を保有しており兵を募る必要がなかったこともあるが、何よりもルイズたちが此処にいることが大きい。

 元々多数のメイジがいて攻め込むことが難しい学院であるが、宇宙最強魔王を超える強さの生徒が一名、かりそめの超魔王を超える悪魔が二名、当時の超魔王を超える悪魔が一名、ついでに、魔力を吸って急成長し魔王クラスにまで成り上がったメイドが一名もいれば、この世界でこれほど安全な場所はないだろう。実際に、今まで何人もの刺客が葬られている。

 

 ただ、シャルロットはガリア人である為、プリエが作った精巧な分身と共に帰省しているが。

 

「大丈夫だ。ヴァリエール殿がいない間は私が責任を持って学院を守る」

 

「ありがとうアニエス…」

 

 アニエスに任せておけば安心だが、それでもルイズの表情は晴れない。

これから戦争に行かなければならないこともあるが、何よりも自分の悪友キュルケと殺し合いになってしまうかもしれないからだ。

 

「大丈夫よルイズ。もしそうなったなら捕虜として捕らえればいいのよ

そうすれば戦争にも有利になるし、殺さなくて済むわ」

 

 そうだ、戦争とは何も相手を殺すだけじゃない。目から鱗が落ちた気分だ。

やはりプリエはどんなときでも頼りになる。悪魔であるはずなのに人よりもよっぽど清い考えを持っているプリエに内心で感謝し、晴れ晴れとした想いでアニエスに向き直る。

 

「それじゃ任せたわよアニエス。学院のみんなを守ってね」

 

「この命に代えても!」

 

 アニエスの力強い返事を受け、ルイズたちは空間移動の魔法陣で実家まで移動した。

 

 

 

 

 

 

 

「―――となっております」

 

「なにそれ…もう此処しか残ってないじゃない!?」

 

 実家に戻ると、プリエはすぐさま独立部隊の一人を呼び出して戦況を報告させた。

その隊員によると、ヴァリエール領はこの城以外は全て陥落。城には避難民が溢れ返っており、派遣された独立部隊の三分の二が篭城に協力、残りは奇襲などで敵戦力を減らしているらしい。

 

「…それよりも、あんたらが奇襲までしないといけない相手が気になるわね」

 

「それが…見たこともない相手なんです。火竜のようで火竜ではない竜、ミノタウロスに似た亜人、そして木のゴーレムが相手の主力のようで、他にも骨が動いていたという報告もあります」

 

 その報告で自分が見知ったモノを思い描き、プリエの頭の中を嫌な考えがよぎる。それが杞憂であるとは思えず、そうだったとするならば早く確かめなければならない。

 

「アンタは戻りなさい」

 

「はっ!」

 

 短く返事をすると、すぐさま持ち場へと戻っていく隊員。それを気にも留めずに、プリエはルイズへと手短で口早に言葉を飛ばす。

 

「それじゃあアタシもいろいろ動いてみるわ。ルイズは家族や領民を守ってあげて」

 

 ルイズの返事すらも聞かずにプリエは空へと飛び上がり、世界中の悪魔の気配や穢れを探る。その結果はプリエの悪い予想すらも遥かに超えて、最悪のものだった。

 

「…!?んな!!ゲルマニア全土が魔界レベルの穢れ!?」

 

 そこらじゅうで魔界ゲートが開きっぱなしになるほどの穢れなど、国民全てを拷問しながら惨殺でもしない限り集まるはずがないし、そもそもこうなる前に普通に感知できていたはずだ。だから、間違いなくコレを引き起こした黒幕がどこかにいる。

 ゲルマニアか、ガリアか…もしかしたらアルビオン、トリステイン、ロマリアかもしれない。

悔やむべくは慎重になりすぎて、自己防衛以外本当に何もしなかったことか……

 

 とにかく、もう傍観できる状況ではなくなった。餅は餅屋、悪魔を片付けるのは、同じ悪魔である自分たちがやるべきだ。

 

「まずは目の前の問題からね…」

 

 プリエは、地上でうようよと集まっている魔王級悪魔の集団目がけて、高速で突っ込んでいった……

 

 

 

 

 

 プリエが動き出して三日、それでも完全に魔界と化してしまったゲルマニアの穢れを消し去ることはできなかった。

 プリエは世界中を一瞬で浄化できるが、浄化する範囲が大きくなれば威力も増すという大奇跡の性質もあり、ゲルマニアの全ての命を消し去らないと浄化できないところまでゲルマニアは堕ちていたのだ。

 しかも悪魔たちはゲルマニアの国民を一人たりとも殺していない。これでは一度別のところに移動させることもできない。

 穢れをどこかの魔界に押し付けようにも、そうすると下級から上級の悪魔が自爆を始めて穢れと被害を振りまくため、迂闊に穢れの操作などできない。

 更にゲルマニア全土が悪魔に洗脳されているようで、こちらから更に強い洗脳を施してしまえば廃人になってしまうから、進攻してくるゲルマニア軍を完全には止めることもできない。

 とりあえず国境付近の町や村は取り返したが、そこに暮らす人々を帰すことはできない状況にあった。

 

 そしてプリエが取りこぼした悪魔がアルビオンやロマリアにも現れ始め、アルビオンにはミシアを、ロマリアにはウラヌスを派遣した。

 

 

               ――トリステイン魔法学院──

 

 

「お疲れ様です、隊長。見張りの交代に来ました」

 

 学院の正門で待機していたアニエスのもとへと、軽装備で武装した見習いの銃士隊隊員四人がやってきて、敬礼する。

 神経を研ぎ澄ませていたため四人の接近には気づいていたが、その理由が分かると意外そうに口を開いた。

 

「もう交代の時間か

とりあえず、1リーグ以内に今のところ異変はないな。一刻ほど前に火竜の群れが近づいて来たが、全て退治した」

 

 アニエスの報告を聞き、見習い隊員たちは感心する。

半日もの連続勤務の中で火竜まで退治して、それでも余力を残している隊長。ただの平民の町娘だった自分が、トライアングルメイジにも劣らぬ実力を得たことにも驚いたが、隊長や先輩にはまだまだ驚かされてばかり、自分が見習いだと思い知る日々だ。

 

「そちらは何か変わったことはなかったか?」

 

「そうですね…男口調の幼い女の子が、自分を使ってほしいと寄宿舎に来たくらいですね」

 

「何!?それは本当か!?

よし、こうしてはいられないな!!」

 

 これで極度の同性愛者でなければ、もっと尊敬していたはずだ。隊長が同性愛者だと判明したのは三日前、ちょうど学院の警護が始まった頃だ。

確かに、前からちょっと過度なスキンシップはあったが、まさか同性愛者だとは思わなかった。

 殊更に嫌だとは感じないが、そういう趣味はないので、今までよりちょっとだけ隊長とは距離を置いている。

 

「お前たち、昼間とは言え敵が来ないとは限らん。十分に気をつけろよ」

 

「「「「はい!」」」」

 

 しかし、凛々しくて気遣いもできる隊長。これで男だったら迫られてみるのも悪くなかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「…ふむ、どうやら厄介な探知空間は消えたようだな」

 

 学院からちょうど3リーグ離れたところ、アニエスの探知には引っかからない場所に、筋骨隆々な白髪の男性がいた。その顔には大きな火傷の痕があり、更に引き連れている兵は目が赤く光っており、皆どこかおかしい。

 

「しかし、この世界の竜では束になったところで話にならんな。なんせ、火竜山脈に眠っていた古代竜ですらあのザマだからな」

 

 その古代竜は災厄とまで言われた竜だったのだが、探知空間に入った瞬間に長距離攻撃で地に落とされ、数秒後に首を斬られて絶命してしまっていた。

 

「依頼主は好きに暴れろと言ったな…

クク…どんな臭いがするか愉しみだ」

 

 男は低く笑うと、兵たちに短く命令を告げる。すると兵たちはそれこそ悪魔のような速度で瞬時に散開し、一目散に学院へと突貫していく。

 それを男が確認すると、自身は空間に溶け込みながら、兵たちすらも超える速度で静かに移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

「まさか金髪少女がインテリジェンスソードだったとは…

誰の持ち物かは知らないが、なんとか手に入れたいな…」

 

「おお!アニエス君!」

 

 金髪少女との甘い時間を空想していたアニエスは、聞こえてきた低い声で自分だけの空間を壊され、ため息を漏らす。

 アニエスにとって男は対象外どころか、リッシュモンという金の亡者のせいで少し嫌悪すらしているのだが、この声の主の冴えない男は嫌悪感すら湧いて来ず、だからこそ甘い気分を壊されても怒りが湧かないのだ。

 

「何の用だ?こ、こ……」

 

「コルベールです

いや何、一度君には私個人としてお礼が言いたくてね。学院の警護、心より感謝している」

 

 コルベールとは最初の顔見せ以外はほとんど会わず、その禿げ頭とやたらと気の抜ける自己紹介だけが特徴的だったため、変わったメイジという印象だけがアニエスの中に残っていた。

 そして、アニエスは貴族の名を持っているとはいえ、メイジではない。伝統を重んじるトリステインでは、平民上がりの貴族に素直に頭を下げられるメイジは少なく、そういう意味でもコルベールは変わり者だと言えるだろう。

 

「私は陛下の命で動いているだけだ、貴様に感謝される筋合いはない」

 

「いいや、君たちのおかげで子供たちが戦争に行かずに安全に授業を受けることができる。それは本当に感謝すべきことなんだ」

 

 この戦争に新たなメイジの補充がない理由は、ウラヌスが自分の訓練を受けていない者を使うのを嫌がったのも大きいが、表に立たずにひっそりと敵を倒す独立部隊を除けば、国家最高戦力の銃士隊の存在が何よりも大きいからだ。

 そうだとしても、別に男から感謝される(いわ)れはないと思ったが、感謝を受け取らない(いわ)れもないだろうとも思ったため、アニエスは今度こそ受け取ることにした。

 

「…分かった。素直に受け取っておこう」

 

 コルベールは顔を上げてニッコリと微笑んだ。

平和ボケした顔だと感じるが、こうやって穏やかに笑えるように自分たちは努力しているのだと思うと、相手が男だとしても少しだけ嬉しくなるものだ。

 しかしそのとき、門番をしている銃士隊の隊員から思念波が飛んでくる。

 

『襲撃者あり!数は30!5人が学院内に入りました!応援と警護の強化を頼みます!』

 

「なんだと…?」

 

 そのまま流れ始めていた昼のゆったりとした雰囲気は、突然の襲撃者により破壊された。

見習いとはいえ、報告と同じ数のトライアングル程度ならばすぐさま葬り去ることができるほどの戦力であるというのに、何人か突破されたという第一報が届くとは……

 今の思念波は隊員全員に向けてのもの。自分も緊急時の対処法に基づき、まずは学内の侵入者を排除しなければ。

 

「どうしました?」

 

「襲撃者だ。こんな真昼間に襲ってきたということは、よっぽど腕に覚えがあるんだろう」

 

「そうでもないさ、奴らはウズウズしているだけだ。俺も含めてな」

 

 コルベールもアニエスも反射的に声の方向を向く。

そこには、形容しがたい音を、あえて形容するのならばサイケデリックな音とでも表現するような音を立てながら、まるで透明なマントが頭から小さい四角形になって崩れていくように現れた男がいた。

 そしてその男の気配は、声を聞くまではコルベールも、アニエスでさえも感じることができなかった。

 

「君は…!」

 

「おお!この声は!懐かしい!コルベールの声ではないか!覚えていてくれてうれしい限りだよ隊長殿!」

 

 なにやら感動のご対面らしいが、あいにく襲撃者に対して悠長と待ってやるほどアニエスは甘くない。一瞬で10メイルほどの距離を一気に詰め、その勢いを生かし横凪ぎに剣を振るう。

 

「ほう。どうやら、この体は古代竜よりも強いらしいな」

 

 一文字スラッシュ──初歩の魔界剣技だが、その踏み込みの速さから熟練の戦士ですら見切ることは難しい。

 しかも、アニエスの一文字スラッシュは人間には決して見切ることができないほどの速度であるはずなのだが、この白髪の男は見切った上に片手で受け止めていた。

 

 アニエスは剣を諦め、その手に銃を構えて気の弾丸を三発打ち出しながら後退する。

気の弾丸は人の体に当たったというのに、まるで鋼にでも当たったような音を立てて消滅した。

 

「なんだアイツは…?

コルベール、アイツを知っているのか?」

 

 苦い顔をしていたコルベールは、必要に迫られて渋々といった調子で口を開く。

 

「やつはメンヌヴィル…『白炎』のメンヌヴィルだ…」

 

「なんだと!?」

 

 ソレを聞き、アニエスの表情が驚きと憎しみに染まってしまう。同時に、メンヌヴィルに隊長と呼ばれたこの冴えない男への評価も変わっていた。

 

「む、俺の名を聞いた途端女から強い憎しみを感じるようになったな…

しかし困った、お前の温度に近い温度は感じたことがない」

 

「……20年前、お前らに焼かれた村があっただろう?私が唯一の生き残りだ…!」

 

 裏で手を引いていた下種などではない、自分の村を焼いた実行者。女王の側近という権力を使って調べ上げても、隊長の名前だけは分からなかったが、戦争が始まる少し前に副隊長の名だけは知ることができた。

 その仇が今、のうのうと生き延びた仇たちが目の前にいる。おぞましいほどの殺気がアニエスから噴き上がるが、それでも彼女の思考だけはいたって冷静だった。

 竜ですら軽く屠る己の弾丸をただの人間が魔法もなしに受けられるはずがなく、だからこそ得体の知れないメンヌヴィルを警戒していたのだ。

 

「おお!なんと!なんと!!なんという偶然!!なんという僥倖(ぎょうこう)!!!

これで!これで嗅げる!20年前から俺にべっとりとこびりついて離れないあの臭いがな!!」

 

 狂気的に喜ぶメンヌヴィルだが、いつの間に呪文を唱えていたのか、彼が杖を振ると白炎が二人に向かって素早く伸びる。

 迫る白炎は、アニエスの二本目の剣の一閃で空気ごと切り裂かれた。

 

「熱っ!?余波でコレか…」

 

 熱気の余波だけで、普通の炎程度ならば熱いとすら感じないアニエスから汗が吹き出す。

 剣の方も触れたのは刹那の時間。しかも切っ先なのに少し赤くなっていて、それがだんだんと広がっている。──広がって?

 

「チィ!」

 

 徐々に早くなっていく熱の広がり、この剣はもう使い物にならないと判断し、すぐさまメンヌヴィルに投げつけた。

 それはコルベールの鋭い動態視力ですら一筋の閃光にしか見えなかったが、すでに人間の域ではないアニエスには、メンヌヴィルまであと1メイルのところで何かに触れたように剣が消滅していった様がハッキリと確認できた。

 

「ハハハハハハ!素晴らしいぞ!力が!炎が溢れてくる!」

 

 アニエスがすかさず三発の弾丸を撃ち込むが、やはり1メイルのところで壁に当たったかのように消滅してしまう。

 

「しかし、これでは鉄の焼ける臭いぐらいしか嗅ぐことができんな」

 

 アニエスは未だに動こうとしないメンヌヴィルに向けて、今度は地中に弾丸を放つ。

弾丸は相手から1メイルほどのところで飛び出すが、今度は50サント程の位置で消滅してしまった。

 

 弾丸が掘った穴からはむせ返るような熱気が感じられ、メンヌヴィルの足元の芝生はなくなっており、5メイルほどまで芝生がしなびていた。

 

「それに、加減を間違えるとコレか」

 

「なっ!?なんだその手は!!」

 

 メンヌヴィルが杖を持つ右手の皮が溶け落ちて、メタリックな輝きを放っている。

人間では決してあり得ず、ハルケギニアには馴染みのない機械的な右手を見て、アニエスは思わず声を上げてしまった。

 

「なあに、人体改造とやらを少々な」

 

「外法にまで頼ったのか…

副長、君は何になってしまったと言うんだ…」

 

「言うなぁ隊長殿!お前に両目を焼かれ光を奪われた時からお前に憧れ続け、そうして得た力だ!

どうだ?素晴らしいだろう隊長殿!!今の俺なら、お前よりも鮮やかに焼くことができる!!」

 

「下衆め…!」

 

 想像以上に身勝手なメンヌヴィルに、アニエスの憎しみの炎が激しく燃え盛る。銃口はメンヌヴィルから外さないが、激情に任せて弾を撃ち込んでも意味はないことは理解している。

 そして、メンヌヴィルが本気を出したら恐ろしい被害が出ることは確実だ。恨みは抜きにしたとしても、コイツが油断している今、どうにかして始末しなければならないだろう。

 

『…コルベール、私に協力しろ』

 

「なっ!?『声を出すな、お前の考えがそのまま私に通じる』」

 

 初めての念話に驚いたコルベールだったが、メンヌヴィルが狂気をあらわにしてからあまり時間が経っていなかったためか、メンヌヴィルはその狂気に驚いたと錯覚し、無言で睨み付けている二人を疑うことなど微塵もしなかった。

 

『…しかし、私は…!』

 

『贖罪のつもりか?殊勝な心がけだな!その生き残りである私が使えと言っているんだ!今は私に従ってもらう!』

 

『…分かった』

 

「どうした?もう諦めたか?まだまだ焼き足りない、嗅ぎ足りないんだ!!もっと足掻いてみせろ!!」

 

 一応、プリエのように念話に割り込むことができる者もいるが、これでメンヌヴィルが念話を聞きとっていないことがはっきりした。

 この下衆ならば、とぼけたフリなどせずにもっと直接的な言葉を使うだろう。

 

『とにかくお前は私に合わせろ

まずは私が攪乱する、その間にお前はアイツを焼け。それでもダメなら私が決める。行くぞ!』

 

 アニエスは鏡のような弾丸を大量に撃ち出し、そこに光の弾丸を撃ち込む。空中に固定された鏡は弾丸を次の鏡に向かって反射させ、瞬く間に弾の檻が出来上がる。

 

「ハハハ!なんだ、やればできるじゃないか!

ほうら!羽虫のように俺に飛び込んで来い!」

 

「言われずとも!」

 

 光の弾丸は一斉にメンヌヴィルに襲い掛かるが、10サントのところで消滅した。

 

「惜しかったなぁ!もう少し…ん?」

 

 メンヌヴィルの回りの空気が錬金で油に変わり、熱で一瞬にして蒸発し、膨張する。そこにコルベールが火をつけ、外に向かうはずの爆発を制御し、メンヌヴィルは爆炎に焼かれ、爆風でその体を打たれる。

 

「これが隊長殿の爆炎か!!それでも俺を焼くには火力が足りんな!!」

 

 全身の擬似皮膚を焼かれ、吐き出す息から体の中まで焼かれているが、それでもメンヌヴィルは死なない。それは執念がみせる業か、はたまた人体改造の成果なのか。それすらも分からないほどにメンヌヴィルは狂気に満ちていた。

 

「くたばれぇぇぇえええ!!!」

 

 そこに、アニエスが炎の弾丸を叩き込む。雷速にすら迫るほどの速度でメンヌヴィルに直撃し、コルベールの爆炎すらも吹き飛ばしながら、学院の塔の半分程もある炎の十字架が上がった。

 

「(…さすがにこ──!?あの臭いだ!!20年前のあの臭いだ!!どこだ!いったいどこから!?)」

 

 メンヌヴィルは改造された己の感覚機関、熱レーダーで燃えている物体を探すが、そんな物はどこにも見つからない。

─────そう…“ある一点”以外は。

 

「(………ああ、そうか…

20年前からこびりついていたあの臭い…アレは俺が焼ける臭いだったのか…)」

 

 メンヌヴィルは笑い声を出す。しかし、魔界銃技トーテンクロイツで肺を空気ごと焼かれて声は出ない。

 それでもメンヌヴィルは(わら)う。その表情は歓喜か狂気か…業火の外のアニエスたちが知る術はない。

 

「ハハ…ハ…!これだ…!この臭いだ…!これが……嗅ぎ……」

 

 炎を肺に取り込んでまで発した言葉…その言葉を終える前に、メンヌヴィルは体の一片すら残さずに消滅した。

 

 メンヌヴィルが消滅するとすぐに炎は掻き消えたが、アニエスの憎しみの炎は消えず、心が晴れることもなかった。

しかし、そんな状態でも任務は全うしなければならない。

 

『一人始末した、状況を報告しろ』

 

『こちらナンシー、学院内に侵入した賊を二人始末しました』

 

『こちらメアリー、こちらも学院内の賊を二人始末しました』

 

『こちらアンジェラ!未だ交戦中!こちら28に対し敵16!最初の侵入以外学院内への侵入は許してません!』

 

『シエスタですが、一人倒しておきました。お手伝いしますか?』

 

『分かった。私は他に賊がいないか探る

ナンシーはアンジェラたちに加勢、メアリーは警戒部隊と共に学院内の見回りだ。シエスタは正門に向かってくれ、アンジェラたちの援護を頼みたい』

 

『了解!』

 

『了解しました!』

 

『はい、了解しました』

 

「貴様の始末はその後だ…」

 

「……分かった」

 

 アニエスはコルベールを射殺すように憎々しげに睨み付けると、煮えたぎるマグマに蓋をするように目を閉じ、気による探索を静かに始めた。

 

 

 

 

 

 賊は最初の報告にメンヌヴィルを足して31人。犠牲者は銃士隊見習い3人が重傷となったが、気による回復で実質的な犠牲者はゼロとなった。

 

 アニエスは部下をねぎらい、コルベールと共に学院から離れた草原に移動した。

 

「なぜ、我が故郷を滅ぼした?」

 

「……命令だ。疫病が発生し焼かねば被害が広がると言われた」

 

 直後、アニエスはコルベールを斬り捨てそうになるが、奥歯をも砕かん勢いで唇を噛み締めて衝動を抑える。

 

「………そんな嘘を、信じたのか…?」

 

「……ああ、そのときはソレを信じ、任務だと割り切って全てを焼いた…女も、子供も見境なく…

後になって、利権がらみの新教徒狩りだと知った…私はそれで軍をやめた…二度と炎を破壊のためには使うまいと……」

 

「それで、貴様の犯した罪が消えるとでも思っていたのか…?」

 

「…いいや、私は一生許されることはないだろう。私もメンヌヴィルと同じだ。君に会うのを20年も待っていたんだ」

 

 どこか安心したような調子で、コルベールは穏やかに言う。今までアニエスが手にかけてきた下衆どもとは違うコルベールの様子に、アニエスは静かに目を閉じる。

 

「…………それは、私に殺される為か?贖罪の為か?それとも、私に許してもらえるとでも思っていたのか?」

 

「…分からない。しかし、いつか君に会わなければならないと思っていたんだ」

 

「…そうか」

 

 アニエスは、ゆっくりと瞼を開けるのと同様に、ゆっくりと剣を抜いた。それを見たコルベールは、覚悟を決めて目を閉じる。

 

「……お前は、何かを残せたか?」

 

「…?」

 

 コルベールはアニエスの質問の意図が掴めず、目を開ける。アニエスはまっすぐとコルベールを見つめており、その目から憎しみは感じられない。

 

「…それも分からない。20年間、教鞭を振るってきたが、私は未だに変人扱いだ

それでも、誰かに何かを残したいとは思っている」

 

「…そうか

……私は、ずっと何もないと思っていた。復讐の為だけに今の地位に上り詰めたからな

しかし、私が最も忠義を誓う方にソレを言われ、回りに目を向けてみると……私の周りには隊員がいた、陛下がいた……私は、からっぽではなかったよ」

 

 アニエスは微笑む。コルベールもつられて微笑みそうになるがこらえる。故郷を滅ぼした男に祝福されて喜べるはずもない。

 たとえ、彼女の命を救った男であっても、だ。

 

「どうやら、お前もからっぽではないらしいな。なら…もう、いいさ」

 

「………私を…許してくれるというのか?」

 

 それを聞いた直後、アニエスは憤怒で顔を歪めて、コルベールに剣を突き付ける。

 

「いいや、貴様は絶対に許さん!」

 

 しかし、憤怒に逆らい剣を納めると、いつもの凛々しい表情に戻っていた。

 

「…ただ、言われたんだ

私が最も忠義を誓う方に『憎しみが憎しみを生み、復讐は何も残さない』とな

これは妥協だ。からっぽではないお前を殺したら、また憎しみが生まれ、それはいつまでも終わらないからな…」

 

 そして悲しそうな表情を浮かべると、踵を返して学院へと歩き出す。

 

「またお前がからっぽになったとき、そのときは絶対に容赦はしないぞ」

 

 コルベールはアニエスの背を見つめて、深く頭を下げた。感謝でもなく、贖罪でもない。もちろんアニエスを立派に成長させた『最も忠義を誓う方』への礼でもない。

 コルベールはただただ頭を下げ続けた。そして、アニエスの足音が聞こえなくなると頭を上げ、いつもの生活へと戻っていった…

 

 

「みんな!私は今回の戦いで力不足を感じた!

だから己を鍛え直す為、一日だけ時間が欲しい!私がいない間、此処の警備を頼めるか?」

 

「もちろん!そうよね、みんな?」

 

 部隊長ナンシーの言葉に応え、隊員から雄叫びが上がり、剣や銃が掲げられる。

 

「あらあら、勇ましいわね。私も大丈夫ですよ、アニエス隊長」

 

「みんな…かたじけない…!」

 

 その後、アニエスは念話でウラヌスを呼び、ウラヌスが呼んだプリエの分身も交えて修行を始めた。

 プリエの時間圧縮により一日で一ヶ月分の修行をしたアニエスは、吹っ切れたこともあり、全ての魔界銃技と魔界剣技をマスター。その強さはアネットに並ぶ程となったようだ。


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