『いやー、メイドの仕事って意外と大変ねー』
『そうですか?私は特に…』
『ま、日課だから辛いって思わないのかもねー』
学院の中庭でシエスタは、大量の洗濯を一人でやっていた。これはイジメではなく、夜魔族として目覚めたときから、魔力制御の一環としてミシアがシエスタにやらせ始めたのだ。
そのおかげで、今は魔力で汚れだけ落とすという繊細な作業もできるようになったし、仕事の効率だってずっと良くなった。おかげで使用人たちの仕事量が減り、貴族たちとも話すようになって、学院内での貴族と平民の
そのため、シエスタはいろいろな方面から人気を集めているが、本人にその自覚はない。
『あ、そだ。今日は王宮に行くから体貸してくれる~?』
『分かりました。メイド長に伝えておきますね』
『助かるわ~』
ミシアは未だにシエスタの中で魂の修復中。プリエが飽きるまでミシアと“遊んだ”後もウラヌスは許してくれず、ミシアの魂の九割九分九厘を破壊した。
普通の大魔王なら間違いなく消滅するが、ミシアはこれでも普通ではない。下級悪魔程度の力となって命からがら生き延びたが、二週間で既に上級悪魔クラスまでは回復している。このまま順調に回復すれば二ヶ月程で復活できるだろう。
ちなみに、ミシアは居心地が良くウラヌスから攻撃されることもないシエスタの中を気に入っており、ほとぼりが冷めるまでは居着くつもりでいる。いい迷惑だ。
ウラヌスが今日の合同訓練を終え、練兵場で銃士隊と希望者に特別訓練の手ほどきをしていると、ちらりと見知ったメイドが目に入った。
「シエスタ…いや、今はおそらくミシアか
…クソッ!アイツが元の姿ならギッタンギッタンにしてやるのに!」
「総長、ミシアさんと何があったんですか?」
前は仲良く喧嘩しているという感じだったが、ウラヌスが一週間も無断欠勤してからは明らかに殺意を持った物言いになっている。それが気になっていた銃士隊の一員がついに尋ねた。
ただ、今までの喧嘩でも実際にはミシアに少なからずの殺意は抱いていたが。
「…だ、誰にも言うんじゃないぞ?」
コクリと頷く隊員。何故かウラヌスは顔を真っ赤にしている。
「…実はな、アイツに注がれた酒のせいで酔っ払ってしまってだな…その、誰とも知らない隊員と……」
そこからはゴニョゴニョと蚊の鳴くような声で喋っていて聞こえないが、ウラヌスが言わんとしてることはだいたい分かった。
「酒の勢いでヤッちゃったんですか?」
「バカ!もっと慎みを持って言え!」
カァーッと、更に顔を赤くするウラヌス。普段の武骨なイメージとは真逆の生娘のような初心さに、その容姿のかわいらしさも相まって、隊員はついつい頬が緩んでしまう。
「…貴様、何をニヤニヤしている…」
「す、すいません総長!
ですが…そこまで落ち込むことですか?私だってたまにありますよ?」
可憐な花と比喩されるような銃士隊だが、その実男勝りな隊員が多い。銃士隊は完全志願制なので、自分を変えたいと思う者や、自分の力試しをしたいと思う者が集まるからだ。
この隊員も例に漏れず、割とサバサバした性格であった。
「なっ!?た、たまにあるだと!?もっと自分を大事にしろ貴様!!
だいたい、私は!!は、はじ……」
「うっそ!?総長処女だったんですか!?」
「だぁー!!大声で言うな大声で!!」
けっこう衝撃的な事実に、真面目に訓練に励んでいた隊員ですら動きを止め、思わずこちらを見つめてくる。ほとんどの隊員が動きを止めてこちらに注目しているというのに、ウラヌスは極度の恥ずかしさからか全く気付いていなかった。
ウラヌスと会話をしている隊員としてはすごく意外な事実であり、いくらなんでも経験ぐらいはあるだろうと思っていただけに思わず叫んでしまっただけなのだ。彼女に悪気はない。
「まあ、良かったじゃないですか
自分なんて初めては相手が下手で痛くて…」
「良くない!!そういう問題でもない!!」
その顔の色のように烈火のごとく怒るウラヌスだが、全く怖くなかった。もう素の口調が出てもおかしくはないはずなのだが、それでも口調だけは整えているのは部下の前だからだろうか。
まあ、かわいいと思われないようにする。という目的は全く達成できていないが。
「じゃあどういう問題ですか?もしかして、初めては好きな人と、とか?」
「うぐっ!!?」
「図星!?もう、総長どんだけかわいいんですかー!!」
愛らしさとかわいらしさが限界を突破し、思わず隊員はウラヌスを抱きしめてしまう。
普段ならば女性だろうと容赦なく振り払うウラヌスも、ほとんど錯乱してしまっているような今の状態では、やめろと叫ぶことが精一杯だった。
「ええい!私に抱き着くんじゃない!!」
「で!で!総長的にはどんなシチュエーションが良かったんですかー?」
「わ、私は相手が望むなら…ど、どんなシチュエーションでも…」
ウラヌスの口から次々と語られる、恋に恋する乙女のようなビックリするほどかわいらしい彼女の想いに、遠巻きに聞いていた隊員たちもついに我慢できなくなり、ウラヌスに飛びつき始める。
「総長乙女~!アタシも乙女成分補充~!」
「アタシもー!」
「私も私もー!」
「私も隊長として混ざらない訳にはいかないな!」
「やめろ!!耳は触──ふにゃぁぁん…」
話を聞くために周りにワラワラと集まっていた銃士隊がウラヌスに抱き着きだして、てんやわんやの大騒ぎ、もはや特別訓練どころの話ではない。
銃士隊の山の中から一本だけ突き出しているウラヌスの腕が時おりピクリと震えている。それは快楽の振動であるだろうが、怒りの震えでもある。後で皆がウラヌスから叱られるのは、言うまでもないだろう。
「…なあ、俺もあの中に混じってもいいかな?」
「やめとけ。後でバラバラにされるのがオチだぞ」
「だよなぁ…」
「(実は総長とヤッたのは俺なんだけど、言ったらどこの隊からもバラバラにされそうだな…)」
「こらそこ、サボるんじゃない。何の為の特別訓練だ?」
銃士隊は管轄外のため、あのような乱痴気騒ぎが起こっても特に関与はしないが、自分の部下ならば別だ。グリフォン隊隊長であるワルドは、わざわざ特別訓練にまで参加しているというのに、あの騒ぎを見物している自らの部下を軽く叱りつける。
「しかし隊長、総長がああでは…」
数多の美女にもみくちゃにされ、突き出している手を時折ピクピクと動かしているだけのウラヌス。特別訓練はウラヌスの管轄で行われるし、自分ではあれほどまでに的確なアドバイスなどできないため、このままではただの居残り訓練になってしまうだろう。
「…確かにな。まあいい…待ってろ、僕にツテがある」
「おっ、いたいた」
「あれ?妖怪腐れロリコンじゃない?アタシに何か用~?」
キチンとトリステインの騎士として就いたときから、悪いことは全くしていないというのに、ずっとこんな調子で扱われているワルド。
ちなみに、絶対にワルドをちゃんとした名前で呼んでくれるのは、ウラヌスだけである。
「…僕はまだそんな呼び名なのか…
それはそうと、君に頼みがあるんだ」
「何~?姫様のお守り?それとも内部浄化?
まあ、今は嫁入り前の大事な体だから、大したことはできないわよ~」
なんでもないようにミシアは言うが、どれも凄まじいことで、少なくともワルドにはできなかったことだ。
やはりミシアやウラヌス、プリエは人知を遥かに超えた存在なのだという認識を深め、同時に彼女たちへの感謝も深めていた。
「…やっぱり君だったのか。おかげで、もうバカな思いは抱かずに済みそうだよ
だが…どうして中途半端にやるんだい?」
「『水清ければ魚棲まず』よ~
実はおバカな猫ちゃんと違って、アンタなら分かるでしょ~?」
「…そうか、そうだな
それに、浄化してもまた汚れてしまう…人間とは難しいな」
「その点、アタシたちは簡単よ~。力こそが全て、気に入らないものは力で捩じ伏せればいいんだから
どう?いっぺん堕ちてみる?」
その話の利点や欠点を考えるよりも先に、何故だかその話に強く惹かれてしまう。
ミシアがいう力を今まさに味わいながら、冷や汗が流れ出たことを悟られぬように平静を装いながら答える。
「いいや、遠慮しておくよ
どんな物語でも、悪魔の言葉に乗せられた者はロクな最期を迎えていないからね」
「残念、今なら大サービスで魔王 鬼畜ロリコンにしてあげたのに」
「………ホント、悪魔の言葉には乗るもんじゃないね」
蜜のように甘い誘惑に乗っていたら、消えない傷跡が残ることになっていただろう。危ないところだった。ウラヌスはともかくとして、悪魔とはやはり油断のならない存在だ。
「そんなアンタにまたまた一つ悪魔の言葉。今なら愛しのルイズちゃんをオトせるかもね~
それと、この後シエスタの仕事があるから訓練はムリよ~」
それだけ言うと、ミシアは何もない空間に溶けるように消えてしまった。
── 一応、読心を無効化する魔法を使っていたのだが、やはり無駄だったか。彼女たちには警戒なんて意味がないということがよく分かった。今は好意的に接してくれているのだから、こちらも警戒などせずにその好意に甘えて、彼女たちと親しくしていけばいいのだ
──しかし、これで今日の特別訓練は潰れてしまった。ならばやることは一つ、ルイズに会いに行くことだ
どれほどの毒が含まれていても構うものか!毒を飲んだくらいでルイズが僕に振り向いてくれるなら安いものだ!君に好かれるためなら、たとえエルフの劇毒だって飲み干してみせるさ!
……このロリコン、いつか逮捕されるのではないだろうか?
ルイズの部屋の前にたどり着いたロリコンは扉をキッチリ3回ノックするが、返事はない。しかし、部屋の中から荒い呼吸音を感じるので、どうやら留守ではないようだ。
マナー違反とは思いつつも扉を開けると、意外にも扉には鍵がかかっておらず、すんなりと中に入ることができた。
「わ、ワルド!?た、助けて!!」
視界に映りこんだルイズに、ワルドは思わず前かがみになってしまう。
部屋の中にいたルイズは、半開きのブラウスだけを羽織ったまま、後ろ手に手枷で拘束され、足には重りを付けられて三角木馬に乗っていた。
何も着けていない彼女の下半身にぴったりとくっついている木馬はぐっしょり濡れていて、ソレが雫となり滴り落ちている。
上気する顔に潤んだ瞳、まだ幼さが残る瑞々しい唇からは荒い吐息と艶めかしい涎がだらしなく垂れていて、たとえロリコンでなかったとしても下半身に血が滾るであろう光景だ。
「い、いったい…どうしたって言うんだい?」
「そんなことは後!!とにかく助けて!!」
娼館もかくやという状況にワルドは面白いほど混乱するが、元々ルイズにいいところを見せようと駆けつけたので、ルイズの頼みが彼の頭に強く響く。
ルイズに促されるままに纏まらない考えで、錬金の魔法を使って重りや手枷を破壊しようとするが全く効果がない。
「プリエの魔法がかかってるから無駄よ!!ズラして下ろして!!」
今度はルイズを押したり引っ張ったりしてみるが、まるで山を押しているような実感が返ってくるだけで動く気配がない。
普段ならば、プリエがかけた魔法に敵うわけがない。と早々に諦めていただろう。
しかし、ルイズに好かれたい気持ちでいっぱいのワルドに、諦めるという選択肢はハナッから存在しなかった。
ワルドは現在の自分の限界である偏在10人を作り出し、ルイズを引っ張ってみるが、それでも動く気配はない。
そこで、荒れ狂う烈風を魔法で作り出し、それすらもルイズをただ動かすためだけに利用した。これで動かなかったらお手上げだったが、ワルドの努力が実ったのか、ルイズはやっと少しずつ動き出した。
少し動くたびにルイズが絶頂の嬌声を上げるが、前屈みになる余裕はワルドには残っていない。30分近くかけてルイズを下ろしたときには、疲れで前屈みになる必要もなくなって、遍在も全て消えていた。
「ぜぇ…ぜぇ…ね、ねえ、ルイズ?コレ下りても意味ないんじゃ?」
「…あ、あ、あ、あったわよぉー…ほりゃあ…」
呂律は全く回っていないのに、どこからそんな力が出るのか、ルイズは手枷を引きちぎる。
蕩けた顔のままで機敏に右手を動かし、魔法によって足の重りを衣服へと作り変え、未だに蜜を滴らせている下半身以外はまともな格好になった。
「こ、こりぇで…」
「かわいい声出しちゃって、ご苦労様ね」
ルイズの、とろんとして光のない瞳に動揺の色が宿る。ルイズはビクビクしながら後ろを振り向くと、幻聴でなかったことを示すようにプリエがいた。
「な、な、なんでえ…!?」
「そりゃ学院中に響くような喘ぎ声が聞こえてきたら…ねえ?」
実際はそこまで大きくなかったのだが、プリエが聞き取るには十分だ。そもそも、ワルドがルイズを動かせた本当の理由は、二人に無力感を味あわせたかったからなのだから。二人は最初からプリエの手のひらで踊らされていたわけだ。
「ね、ねえ…もう許してプリエ…本当に反省してるから…」
「ダメね、まだウラヌスがミシアを許してないし。それに、別に嫌じゃないでしょ?」
「それが一番嫌なのおおぉぉぉ……」
プリエはシャルロットとの契約の影響で少し
ルイズへのお仕置きは、まだまだ続くだろう。
「そこまで言うんなら、そこのロリコンがアタシに一撃入れられたら許してあげる」
「え゛!?」
……結果から言うと、プリエの虚を突き、見事ライトニングクラウドを当てたのだが、そのせいでワルドがえらい目に遭ったのは言うまでもない。
一応、ルイズからの好感度はかなり上がったが、ルイズはそれでもプリエにぞっこんであり、好感度自体も好物のクックベリーパイの次くらいのものである。
「シャルロットー…ロリコンが空気読まずにルイズを救い出しちゃったー…」
油断しすぎたとはいえ、ワルドごときに不覚を取ってしまったプリエは、ワルドを“遊び”につき合わせたあと、シャルロットの部屋で子供のように
プリエは本を読んでいるシャルロットの肩に顎を乗せ、腰に手を回して抱き着いている。
「じゃあ、私にする?」
普通、この程度ではシャルロットは本を読むことをやめない。
母親が救われて自らも元来の明るい性格を取り戻してきたこともあるが、それほどまでにプリエへの愛情が強いのだ。
「ちょっとは嫌がるそぶりを見せてくれないと意味ないのよねー…」
「そう…」
今のシャルロットなら、極端な愛の果ての行為としてプリエに殺されても満足だろう。
別に彼女の思想が病的なのではなく、ルイズもキュルケもギーシュも、ワルドさえも同じような想いが心のどこかにはある。
「じゃあシルフィを撫でてほしいのね!」
オリヴァンの一件から後、シルフィードはほとんど常に変身している。それほどまでにあのメイド服の着心地が良く、プリエのなでなでを広く感じたいからだ。
シルフィードもシャルロットを独り占めされなければ、プリエによく懐いているようだ。
ちなみに、韻竜であることはすでに周知の事実となっている。
この学院にはプリエや部下二柱、ルイズにシエスタがいるのだ。今更韻竜が一匹増えたところで特にどうともないようだ。
「えー…シャルロットから離れたくないー」
「ふっふっふっ!そう言うと思っていたのね!
先輩権限で命令します!プリエは私を撫でるのね!」
「あーはいはい…じゃあこっち来なさい」
「きゅいきゅい♪」
プリエがシャルロットから手を離してシルフィードの頭を優しく撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めて、プリエにしなだれかかってきた。
するとシャルロットが頬を膨らませて抱き着いてきたので、プリエはシャルロットも撫でてあげた。
まるで母の胎内のような心地よさと安心感に、二人はウトウトし始め、しばらくすると二人とも寝息を立て始めた。プリエは優しい微笑みを浮かべながら、二人を優しくベッドに寝かせて、自分も一緒に眠りこんだ。
そして、彼女たちは夢を見た。
シャルロットとシルフィードは同じ夢。プリエや皆と過ごす楽しい夢を。
そして……プリエは、自分の想い人と再会した夢。今はもう叶わぬ夢を…
「……此処は、何処だ?」
「お目覚めですか、闇の王子」
「誰だ貴様らは」
「私はノワール、こちらはビダーシャルです」
「そうか、貴様らが俺を…
まあいい、俺を知っているのなら俺の目的は知っているな?俺の邪魔をするなら殺す」
「貴方を邪魔するなどとんでもない。私は貴方に協力したいのですよ」
「協力だと?」
「はい。貴方には堕天使カラミティー復活の生け贄になっていただきます」
「この世を地獄にする気か
いいだろう。人間どもを滅ぼせるなら、世界がどうなろうと俺の知ったことではない」
「ありがとうございます」
「待て!どういうことだ!そんな話は聞いていないぞ!」
「そうだ。この話は王と、我らが真の同志しか知らぬ話だ」
「…私に貴様ら蛮人の手先になれと言うのか…!」
「悪い条件ではあるまい?」
「ふざけるな!!我ら誇りあるエルフは人殺しの道具ではない!!」
「ならば関与しないだけでもいい。私とて恨みのない種族を根絶やしにするほど野蛮ではない」
「…いいや、ここで貴様らを見過ごす訳にはいかん
我らが求める世界と貴様らはあまりにも違いすぎる!」
「そうか、貴様は俺の邪魔をするのか」
「!!!? 精霊が、怯えているだと!?」
「退け、さもなければ殺す」
「クッ…!」
「フン、行くぞノワール。カラミティーの復活にはまだ穢れが足りん」
「はい、参りましょうか闇の王子よ」
「…あんな化け物を使って…いったいヤツは何を呼び出すつもりなんだ…?」