伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第21話 調査

「いらっしゃいませー。魅惑の妖精亭へようこそー」

 

 ここは魅惑の妖精亭、平たく言えばキャバクラである。そして、そこの従業員としてプリエとルイズは住み込みで働いていた。

 

「い、いらっしゃい、ませ…

(なんで私がこんなことを…)」

 

 没落しただとか、聞くも涙語るも涙の事情がある訳ではなく、本来はやる気の底上げのために入ったカジノで、熱が入ってしまったルイズが軍資金を増やそうとして、馬鹿正直に魔法すらも使わずに全額スッたからだ。

 ちなみに、その賭博場は黒い噂が真実だったので、プリエが金貨一枚でケツの毛まで剥いで潰してやった。プリエ相手にイカサマ勝負をやろうとしたやつがバカなのだ。

 

 貴族の誇りから、ルイズは使い魔たるプリエにお金の面倒まで見てもらう訳にはいかなかったので、どうしようもできずに路頭に迷っていたところ、魅惑の妖精亭店主のスカロンというオカマのオッサンがたまたま通り掛かって、困り顔で右往左往していたルイズに話しかけたのだ。

 そこでプリエは機転を利かし、そのオッサンに「珍しい亜人だからと売り飛ばされそうになり、ルイズに助けてもらって一文無しなんです」と情に訴えかけるような態度で話したら、むせび泣かれて「ウチの店で働かない?」と言われたので、その好意に甘えることにしたのだ。

 

「おーいプリエちゃーん!こっちにお酌頼むよー!」

 

「はいはーい」

 

 プリエは何をやらせても平均以上にこなし、厨房とウェイトレスを掛け持ちし、あと3人くらいプリエが欲しいと言われるほどの活躍を見せている。

 まあ、実際遍在を使えば1000人以上に増えることができるが、スカロンには認識阻害の魔法しか使えないと説明していたので、無理に使おうとはしなかった。

 

「なんだよ。こっちは気分良く酒を飲みに来てるんだぜ?もっと愛想よくしたらどうだ?」

 

「す、すみません…」

 

 対してルイズは給仕などしたことがなく、ぎこちない給仕にぎこちない笑顔、セクハラに関してすぐにキレる上に、下がらせて皿洗いをやらせたら皿をよく割るという失態を繰り返していた。

ウソの事情と、プリエの働きがなかったら即刻クビだっただろう。

 当然、早くも一番人気の座に君臨するプリエとは裏腹に、ルイズの人気はドンケツである。

 

「のわっ!バッキャロウ!何してくれんだ!」

 

「あっ!す、すみません!」

 

 そして今日もまた、ルイズは積もるストレスから手元が狂って、ワインを零すという失態を犯してしまい、客のズボンをビショビショにしてしまう。

 

「ったく…

そうだ!口移しで飲ませてくれたら許してやるよ!」

 

「はぁっ!?」

 

 確かに悪いのはルイズなのだが、酔いの勢いからかとんでもないことを口走った客に、ルイズは思わず大きな声を出してしまう。

 

「ほらほら、早くしろよ」

 

「こっ……の…!ふざけ──」

 

「そうよそうよ、アタシに口移ししてくれたら許してあげるわ

そうですよね、お客様?」

 

 プリエは先ほどまで別の給仕をしていたはずなのに、いつの間にか癇癪を起こしそうなルイズのフォローに入っていた。ルイズはともかく、一番人気であるプリエに言われたのなら、たいていのことは納得してしまうだろう。

 

「あ、ああ…プリエちゃんがそう言うなら…」

 

「くぅっ!うう~~~!!

やってやる!やってやるわ!!」

 

 そしてルイズは、客のセクハラは許せなくとも、プリエのセクハラならば許せてしまう。

 ルイズは顔全体を朱に染めながら、半ばヤケになってワインを口にいっぱい含むと、一気にプリエと唇を合わせる。

すると、案の定プリエの舌が口の中に入ってきて、口移しと言うよりも口の中のワインをプリエがルイズごと味わっているといった様子だ。

 

「美味しかったわ。ごちそうさま」

 

「ふにゅう…」

 

 骨抜きにされてしまったので今日のルイズの仕事はおしまい。実はコレ、最近は日課と化しており、一部の客には大人気だったりする。

 

 

 

 

 

「──とまあ、こんな感じよ」

 

 主従は、働きながらも決して任務のことは忘れたりはしない。

しかし、ルイズが客と仲良くなれるはずもないので、情報集めも全てプリエの功績である。

 

 未だにいろいろとプリエに任せっきりという事実が心に重くのしかかるが、ルイズだって努力はしている。

 最初は皿砕きと癇癪しかできなかったのだから、皿をあまり砕かなくなり、ぎこちない愛想笑いで客に接することができるようになっただけでもすごい進歩である。

 

 そして、意外なことに王宮の評価は上々であった。

ウラヌスのおかげで兵士の意識改革が行われ治安が向上、ミシアのおかげで交易が盛んになり、様々な技術がトリステインに持ち込まれるようになったようだ。

 ウラヌスはともかく、ミシアがマジメに仕事をしていたのは驚きだ。

 

 しかし、やはり良からぬ噂も流れており、その中には“鳥の骨すらしゃぶって職についた淫売ども”といった罵倒や“外相の女は毎日乱交パーティーを開いている”という噂だの、少し事実が混じっている噂もあるのでタチが悪い。

 他にも、“王女の勅命でワルドがウェールズ皇太子を襲った”とか、“外相は命を吸う魔女”だとか、“あこぎな商売をしていると桃髪の女亜人に潰される”などのよく分からない噂がある。

 

 ちなみに、まさか外相になっているのにそういうことはやっていないよね?とルイズがミシアに尋ねたところ、乱交パーティーは週に一回に抑えているという返答が来て、ルイズは軽い眩暈を覚えたことがあった。

 

 しかし、そんな噂よりもルイズには気になることがあった。

 

「…ねえ、プリエ」

 

「どうかした?」

 

「プリエは、私以外のお客にべたべた触られても平気なの?」

 

 プリエの気性や性格ならば、そんなことをされたら殺人だって(いと)わないだろう。それを嫌な顔一つせず受け流し、ルイズのフォローすらしているのだ。彼女に溜まっている鬱憤がないとは思えない。

 

 そして、案の定プリエは俯いて顔を抑え、小さく奮え始めた。ルイズが考えた通り、やはり多大に我慢していたのだろう…

 

「わ、私は!プリエが私以外にべたべた触られたくないの!嫌なら私ががんばるから!」

 

 しかし、プリエは震えたまま動かない。

さすがにルイズは(いぶか)しく思い、プリエの顔を覗き込むと、プリエは鼻血を出したまま気絶していた。

 

「ちょっ!?ぷ、プリエ!?」

 

 たしかに普段の彼女ならば、その豊満な乳房や魅力的な臀部(でんぶ)を彼女の興味のない者に触られてしまったら、その実行者を決して許さずに恐ろしい目に遭わせるだろう。

 しかし、実はプリエが働いているときは、基本的にルイズのきわどい格好にほとんどトリップ状態であり、羞恥心などを感じる余裕などは残っていないのだ。

だからこそ、プリエはセクハラを受けても冷静でいられ、ルイズにセクハラできるチャンスは絶対に逃さないのである。

 

 そんな超愛しいルイズに可愛らしいやきもちを焼かれたらどうなるか。“萌え死に”とでも呼ぶような状態になるに決まっている。だが、幸か不幸か、ルイズはそんなことなど知らなかった。

 そして、プリエが萌え死ななかったら、今夜は限界突破していただろうから、その点は幸運といえるだろう。

 

 

 

 

「いらっしゃいませー、魅惑の妖精亭へようこそー」

 

 更に幾日が過ぎ、ルイズは完全にこの仕事に慣れていた。むしろ罵倒されることを所望するようなコアなリピーターも付いて、この店の平均以上の稼ぎはたたき出している。

 

 ではプリエはというと、すでに彼女だけで店の収入を二倍に増やし、その道を嗜む者ならば知らない者はいないほどの、伝説のウェイトレスになっていた。

 元から人間時代からの容姿の魅力と、悪魔としての多大な妖しい魅力があり、ルイズにかまけてソレを隠すものがなくなったのだから当たり前だろう。

 

「ル、ルイズが、ホントにウェイトレス、やってる…」

 

 そうやってルイズが自然な笑顔を浮かべながら仕事をしているところに、吹き出す寸前のキュルケと、いつも通り無表情のシャルロットが来店してきた。

 ちょうど出入り口の近くを通っていて来客に振り向いたルイズが二人を確認した瞬間、彼女の時間が止まる。

 

「案内をお願い」

 

「か、畏まりました、ど、どうぞこちらへ」

 

 キュルケではなくシャルロットに話しかけられたことにより、なんとか少しだけ時を取り戻したルイズは、そのまま強引に固まった自分を動かし、引き攣った笑みを浮かべて、ぎこちない動作で二人を店の端の席に案内した。

 

「そ、それで、あの話は、本当なの?」

 

「…どのような話でしょうか」

 

 なんとか体裁(ていさい)だけは整えたルイズが、どうしても内心は整えられずに機械のように平坦な声で尋ね返す。

 

「あ、アナタが、──ブフォッ!」

 

 よっぽどおかしい話なのか、話の途中で吹き出してしまい、キュルケはお腹を抱えて静かに笑っている。

 

「勘当されて家を追い出されたって話」

 

 バツが悪そうにシャルロットが続けてくれ───は?

 

「ち、違うわよ!」

 

 思わずテーブルを強く叩いて反論してしまい、客の注目が集まってしまう。

 

「はいはーい、皆さんこっちに注目してくださーい」

 

 しかし興味まで移る前にプリエの機転により、いつの間にかバニーガールになっていた彼女の思わぬサービスにすぐに注目が集まり、こちらは見向きされなくなった。

 

「ああ!プリエったらかわいそうに!主人がこんなにふがいないばっかりに!」

 

「お客様、ウェイトレスへの侮辱はお控えくださいね」

 

 いつの間にか、店の真ん中で注目を集めていたはずのプリエが、ルイズの横で怖い笑顔を浮かべている。

 

「じょ、冗談よ冗談!」

 

 これはさすがに怖かったのか、キュルケはすぐに謝り、それを聞いたプリエはまた仕事に戻っていく。

 キュルケはほっと胸を撫で下ろすと、今までまともに見ることができていなかったルイズを値踏みするように見回し、感心したように息を漏らした。

 

「にしても、ここの制服ってきわどいけど、意外とアナタ似合ってるわねー」

 

「魅惑のスレンダーボディ」

 

「…ありがとうございます」

 

 キュルケたちは本心からルイズを褒めたようだが、それでもルイズは微妙にうれしくなかった。

そういうことではないのだが、遠回しにエロい女だと揶揄(やゆ)されているような気がしたし、何よりこんな姿を友人に見られてしまったことがここまで尾を引いていたのだ。

 

「シャルロットも着てみたい?」

 

「あまり着たくない」

 

「そう…でもね、嫌がる娘に無理矢理ってのも燃えるのよね」

 

 しれっとプリエが自然に会話に参加しているところまではまだいいのだが、ルイズにすらも分からないような速度でシャルロットを着替えさせたのは、ルイズやキュルケもさすがに驚いてしまう。

ただ、プリエに話しかけられていたシャルロットだけは、それほど驚かずにいることができた。

 プリエ自身は、シャルロットを舐め回すように眺めては満足そうに笑みを浮かべている。

 

「シャルロット、いい体してるわねー。今晩、どう?」

 

「貴方とならいつでもいい」

 

「ちょっとプリエ!」

 

 自分の使い魔が、というよりは自分の大好きなパートナーが他の相手と性交渉をしようとしているのだ。あの夜のように焦りから深い思考ができなくなっていたときならまだしも、目の前で公然とそんなことをされれば、ルイズもついつい大きな声が出てしまう。

 

「何? ルイズも混ざりたいの?」

 

「そ、そうじゃないわ!そうじゃないけど…」

 

「よーし、今晩はアタシ張り切っちゃうわよー!」

 

 言っている内容は完全にオヤジなのだがプリエが言うと不思議と惹かれるものがあり、ルイズの憤りなど何処かへと吹き飛んでいた。

 というか、この三人にはプリエが発する言葉なら、例えどんなに汚らわしくても小鳥のさえずりのように魅力的に聞こえるだろう。

 

「私も混ぜてー!」

 

「売女は種馬とでも乳繰りあってなさい」

 

「あぁん!今日もクールで素敵だわー!」

 

 恋は盲目とは言うが、キュルケの恋は盲目というよりもはや盲信だろう。まあ、プリエ相手なので仕方ないといってしまえばそれまでなのだが…

 

 しばらくは、プリエも仕事を忘れて、四者で楽しい時間を過ごしていたが、楽しい時間とは唐突に終わりが来るものだ。

 

「ふむ、店は流行っているようだな」

 

 取り巻きを数人引き連れた、(いや)らしい顔のデブの登場で店内は急に静まり返る。

 

「ねえ、あのデブ誰よ?」

 

 プリエがここに就任してから初めてやってきたあのデブ。偉いとは分かるのだが、少なくとも王宮内でプリエが見かけたことはなかった。

 

「ここら一帯の徴税官をつとめている貴族のチェレンヌ様です…

管轄内のお店にたかりに来るのですが…機嫌を損ねてしまったら、とんでもない税金をかけられてしまいますので…」

 

「つまり、クソデブってことね」

 

 確かにプリエの言う通りではあるのだが、そういった貴族に対してか弱い平民は嫌悪感よりも恐怖を抱くもので、プリエがチェレンヌのことを尋ねた()は、その過激な発言がチェレンヌの耳に届かないか気が気でなかった。

 

「プリエちゃーん!ご指名よー!」

 

 その声はチェレンヌの横のスカロンのもの。どうやら話題のデブが呼んでいるようだ。

声はいつものようにやたらと明るいのだが、スカロンの表情は暗い。やはり聞いた通りのクソデブであるのだろう。

 プリエがチェレンヌのテーブルに辿り着くと、プリエを見てチェレンヌは(いや)らしい顔を更に(いや)らしく歪めた。

 

「ほう!一番人気を独占しているというのは伊達(だて)ではないようだな!」

 

「ありがとうございます」

 

 チェレンヌは興奮気味に、プリエの体をなめ回すように見つめる。

正直、プリエがまともな状態だったらこの時点でチェレンヌは抹殺されて、最近貴族籍を得たアニエス辺りが赴任するように仕向けられたはずだ。

 既にプリエの頭の中はほとんどルイズとシャルロットに埋め尽くされており、いつもの思考能力など残っていなかったことは、チェレンヌの人生の中で一番の僥倖(ぎょうこう)だと言い切れる。

 

「それでは、そのたわわに実った果実の隙間に酌をしてもらおうか」

 

「…お客様、申し訳ありませんが、当店はそのような過度なサービスは行っておりませんので」

 

 多少の横暴ならば目をつぶらざるを得なかったが、基本的には女の子と楽しく健全に過ごすという店の理念を大幅に下回るチェレンヌの要求に、スカロンの娘のジェシカが口を出した。

 実は他の()も憤慨はしていたが、それでも貴族に怒る勇気がないのだ。

 

「なんだ、貴様は?このチェレンヌ様に逆らう気か?」

 

「ッ! そ、それは…」

 

 ジェシカは怒りで顔を歪めて拳を握りしめるが、何もすることはできない。

そんなジェシカにプリエは微笑み、自分は大丈夫だ。と軽いウインクで伝えた……と、思いたい。

 

「お客様、大変失礼いたしました。それでは、お酌をさせていただきますね」

 

 プリエはワインが零れないように片手で胸を寄せ、もう片方の手で胸の谷間にワインを注いでいく。

 国際問題になりかねないからと、これを黙って見ていたキュルケたちは、これ以上の横暴をするようならたとえ国際問題になったとしてもあのデブだけは始末してやると心に固く誓い、殺気を秘めた鋭い視線でチェレンヌを睨み付けていた。

 

「おほぉっ!!は、早くソレを私に!!」

 

「焦らなくても、私は逃げたりしませんよ」

 

 チェレンヌの目の前に差し出されるプリエの秘桃。チェレンヌはピチャピチャと言う音を立て、実は主人にすらまともに触らせたことのない桃源郷を味わいながらワインを舐めとっていく。

 

 客が生唾を飲んで注目していたが、それに気づいたチェレンヌが客を全て追い出してしまった。キュルケとシャルロットは、どさくさに紛れて隠れつつも機を伺う。

 そして、もう一度チェレンヌがワインに口をつけようとしたところで、プリエが我慢してくれていると勘違いしていたルイズがついにキレてしまう。

 

「あんた!貴族のくせに権力を盾に好き勝手して!恥ずかしくないの!?」

 

「なんだと!?やい洗濯板!そのような口を聞いて許されると思っているのか!!」

 

「せ、せんた…」

 

「お前のよう──ムグウッ!?」

 

 そして、ルイズが更に怒りを爆発させる前に、クソ男にここまで好き放題されても嫌な顔をしなかったプリエが、主人への罵倒に一瞬でキレた。

プリエは片腕でチェレンヌの顔を掴み、持ち上げている。

 

「おい豚、今なんて言った?」

 

「ひゃ、ひゃの…」

 

「な・ん・て・言・っ・た?」

 

「ひゃひぃ!」

 

 まさか、主人を洗濯板呼ばわりされた程度で、ハルケギニアに来てからの二度目の本気の殺気が出ることになろうとは。これにはチェレンヌだけでなくルイズも驚愕し、怒りなんてすぐさま消し飛んで肝を冷やすことになった。

 殺気を向けられているチェレンヌ以外の従業員もテーブルの下でブルブルと震えており、ひどいところは失禁すらしている。

 むろん、チェレンヌとその取り巻きは一人残らず失禁し、もはや自分の意思で逃げることすら叶わないが。

 

「もっぺん言いなさいよ豚」

 

 プリエは、汚らわしい冷や汗がだらだらと滝のように流れているチェレンヌの顔から手を離す。チェレンヌはその場に崩れ落ちるが、怯えたその視線は決してプリエから外せない。

 

「お、お嬢様はハルケギニア一かわいらしいと言いました…」

 

「嘘ついたわね豚。悪い豚にはお仕置きをしなくっちゃね」

 

「も、ももも、申し訳ございませんんんん!!!

ゆ、ゆる、許してくださいいいい!!!」

 

 チェレンヌの口は達者だが、体は蛇に睨まれた蛙、全く動けない。体中から体液を垂れ流しており、明日には十数キロは痩せていることだろう。

まあ、明日まで体があれば。の話だが。

 

「もう権力を振りかざさない?」

 

「いたしません!!いたしませんとも!!」

 

「もう不正に税金は取らない?」

 

「はいい!!始祖に誓ってええ!!」

 

「もう、二度とルイズをバカにしない…?」

 

「あのようなお綺麗なお嬢様を侮辱するなど!!」

 

「そう、じゃあ許してあげるわ」

 

 フッ、とプリエから殺気が消える。伝説の魔王であった頃のプリエならば更なる絶望への合図だろうが、今のプリエはかなり優しいので、本当に許す気になったようだ。

 チェレンヌは糸が切れたように気絶しようとするが、ここで気絶するなど許されない。

 

「10秒以内に出て行きなさい。誓いを忘れたらいつでも飛んでいくからね」

 

 チェレンヌたちは驚くほど機敏に魅惑の妖精亭から逃げ出していった。これで、この地区でデカイ顔をすることは二度とできないだろう。

 

 しかし、チェレンヌたちが去っても店内にいつもの喧騒は戻らない。勇気を振り絞って、ジェシカがプリエに恐る恐る話しかけた。

 

「あ、あのさ、プリエさん…?

チェレンヌを追っ払ってくれたのは嬉しいんだけどさ…できれば、さっきみたいなのは控えてほしいかな…」

 

「ご、ゴメンゴメン!ちょっと我を忘れちゃって…」

 

 振り返ったプリエの慌てた顔に、従業員たちはやっと胸を撫で下ろした。

 

「…でも、かっこよかったわよ

チェレンヌのあの怯えた顔、思い返せば傑作ね!」

 

 ジェシカの言葉により、再び明るい雰囲気が店の中に満ちていく。それでも、今日は営業ができる状態ではなくなったので閉店となってしまった。

 

 しかし、プリエの評価が落ちることはなく、むしろ上がってしまい、女の子なのに恋心を抱く()も現れた。ジェシカもその一人だ。ルイズとプリエの関係は店中の女の子が知っているので、もしかしたらという思いがあったのだ。

 まあ、実際は主人のような程よく小さい女の子にしか発情しないので店の女の子たちにチャンスはないのだが、プリエも純粋な好意はさすがに無下にできず、適当にはぐらかしていた。

 

 それ以外に変わったことと言えば、あの次の日からシャルロットも住み込みで働き始め、更にその次の日からイルククゥという謎の女性も住み込みで働き始めたことぐらいか。

 

 

 

―――そして、それから数日経ったある日のこと…

 

 

「さて、これで全部ね」

 

 プリエは、私服で買い出しをしつつ、いろいろな店を巡っていた。買った物は異空間に収納してあるので、場所も取らず腐ることもない。

 

 そして店巡りもちょうど終わり、イルククゥ―――シルフィードの今日のご飯のメニューを考えていた時、黒いローブを目深に被っている怪しい人物を見つけた。

 普段なら放っておいて衛兵にでも任せておくところだが、プリエの研ぎ澄まされた感覚が、黒ローブから見知った人物の魔力を感知していた。

 

 まあ、面白そうなので、とりあえず拉致することにした。

 

「声を出すな…」

 

 黒ローブを路地裏に一瞬で引き込み、後ろから手で口をふさいで、ドスの効いた声を出しながら、ついでに殺気も出す。

 黒ローブ…いや、アンリエッタはパニックになってガタガタと震え始めた。

 

「なーんてね。姫様、アタシよアタシ」

 

「お、驚きました…

プリエさんは本当にすごいですね…」

 

「主人への誉め言葉として受けとっておくわ

それで、またお忍びでルイズに会いに来たわけ?」

 

「…いえ、今日は──」

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりプリエさん、いつも悪いね」

 

「へーきへーき、力仕事はアタシに任せておいてよ」

 

 魅惑の妖精亭に帰ってきたプリエを迎えてくれたのはジェシカ。魔力でバランスを取っていることは知らないため、視界を塞ぐほどの食材にいつものように感嘆の声を漏らす。

 ちなみに、今更バレたとしても特にどうともないのだが、魔法を自由自在に扱えることは一応隠し通している。

 

「ホント、プリエさんは頼りになるよね──ん?なんだいその子は?」

 

 ジェシカは、プリエが食材を運んで行く途中で、その食材の影に隠れていた小さな女の子を見つけ、そのままプリエに尋ねた。

 

「あんまりにも可愛かったから、さらったのよ」

 

「なるほど、さら───って、ええ!!?」

 

 ジェシカが大きな声を出したので、少女はビクリと大きく震えて、再びプリエの後ろに隠れてしまう。

 

「ジョークよジョーク、さらってきた子がこんなに懐くワケないでしょ?」

 

 他のやつならともかく、プリエだと本当に分からない。幼い頃に母を失い、男手一つで育てられ、勝ち気な性格となったジェシカでさえ、プリエの傍にいると心が安らいで子供のようにプリエに甘えてしまいたくなるのだ、幼子ならばさらったとしても懐くだろう。

 しかし、プリエが人さらいなどするような性格ではないことは分かっているので、プリエの言う通りジョークなのだろう。

 

「ホントはスラムで拾ってきたのよ。アタシも孤児だったし…見捨てられなくてね」

 

「そっか…

…政治は良くなったとはいえ、まだまだ可哀相な子はいるもんだね…」

 

 ウラヌスの意識改革により、あまりにも横暴すぎる貴族は罰せられるようになったが、それでもまだまだ平民を物扱いする貴族は多い、先日のチェレンヌだってそうだった。

重税、殺害、重労働…様々な理由から孤児は生まれるのだ。

 

「だから、この子の里親を探す為に休みが欲しいわね

代わりは用意するから、いい?」

 

「いいよ。ちょうどプリエさんには休んでもらおうと思ってたんだ」

 

 ウェイトレスはもちろん、掃除や洗濯、買い出しや空いた時間での料理の仕込みと料理人の指導、更に横暴な客の締め出しと、人間の尺度に当て嵌めればプリエはいつ過労死してもおかしくないほど働いていた。

 最初の方は皆が口を揃えて大丈夫か?と聞いてきたが、体力に自信のある亜人だから平気。と言ってからは、一応その声は収まった。

 しかし、皆心の中ではプリエを心配しており、一度思いっきり羽を伸ばしてほしいと思っていたのだ。

 

 ……まあ、ルイズとシャルロットに囲まれたこの状況が、プリエにとって一番心休まるときなのだが。

 

「ありがと。それじゃ行こっか」

 

「あんまりエッチなことは控えてあげてね」

 

「分かってるわよ」

 

 少女性愛が周知の事実になってさえ咎められないのも、プリエの素晴らしい働きぶりと彼女が持つ安心感からである。

 

 

 

 

 

 ルイズやシャルロットが開店の準備をしていると、何やら衛兵が慌ただしく店に入ってきてスカロンに何かを尋ね始めた。

 衛兵が慌てるほどの内容が気になったのでルイズが聞き耳を立てると、何やらアンリエッタが視察の帰りに姿を消したらしいではないか。

 

「どういうこと!姫殿下が消えたって本当なの!?」

 

「うるさい!酒場女風情に関係はない!」

 

「関係なくないわ!

私は、今はこういうなりをしていますが殿下の女官です!何があったかを話しなさい」

 

 ルイズはメイジの証である杖とアンリエッタ直筆の書状を虚空から取り出して衛兵たちに突き付ける。

 衛兵たちは度肝を抜かれ、更にルイズの姿をキチンと確認したとき、あの特別訓練で自分たちを涼しい顔でのしたヴァリエール嬢であることに気づき、思わず背筋とピンと張ってしまう。

 

「しっ、失礼しました!」

 

 ちなみに、平民として生活していたのなら絶対に身につかないような気位の高さと、仕事に慣れてからのところどころから感じられる気品、そしてキレたときに思わず口をついて出てしまった言葉から、ルイズが平民でないことは既に魅惑の妖精亭中にバレてしまっている。

 

「実は、練兵場の視察を終え王宮に帰る際、馬車の中から忽然と姿を消したのです…

犯人の目星は未だついておりませんが…一体どのような手を使ったのか……」

 

 話を聞く限りでは、普通に考えるとそんなことは起こり得ない状況である。

しかし、プリエには及ばなくとも、そのような超越者がいたのなら話は別だ。普通の部隊ではまるで神隠しにでも遭ったかのように感じられるのは仕方のないことだろう。

 

「そのときに護衛をしていたのは?」

 

「銃士隊でございます」

 

「(銃士隊…?アニエスの部隊よね…?)

分かったわ、ありがとう!」

 

 プリエの設立した部隊を除けば最高戦力であるはずの銃士隊が護衛をしていたと聞き、ルイズの頭に大きな疑問が浮かぶが、最悪の事態を想定してすぐさま目をつぶり、魔力探知を始めた。

 まだプリエほどではないが、ルイズの魔力探知ならば町一つの中から見知ったメイジ一人を探し出すくらいはたやすい。

 しかし、プリエが本気で探知を妨害しているなら話は別だ。

 

「(…この町の中にいる…でも、そこらじゅうに分散していて何がなんだか…)」

 

 こんなことができるのはプリエやミシアだけだとは思うが、万が一ということもある。

屋根裏部屋からマントを取ってくると(お腹空いたのねー!と言うイルククゥは無視した)ルイズは雨が降りしきる町の中へすっ飛んでいった。

 

 その直後に聞いたことのある声で「ジロジロ見るんじゃないニャ!早く行かないとぶっ殺してやるニャ!」と聞こえてきたが、きっと聞き間違いだろう。

今や国の重鎮である悪魔が、まかり間違ったとしてもこんなところで働き始めるはずがない。

 

 

 

 

 

「こ、コレに金取るとか…

どんだけ図太い神経してんのよ…」

 

「ふふ。でも、すぐに宿が見つかってよかったです」

 

 プリエと幼くなったアンリエッタは安宿の一室にいた。

壁にはヒビ、窓枠からはサビ、天井は剥き出しの材木、家具はシングルベッドが一つと丸テーブルが一つだけ。埃っぽくはないので掃除はされているようだが、魅惑の妖精亭の天井裏の方がマシという有様だった。

 ただ、現在の魅惑の妖精亭の天井裏はプリエの魔法によって改修されており、外見は綺麗になっただけだが、その実最高級の宿屋も裸足で逃げるほど住み心地のいい空間になっているが。

 

「それで、そろそろ目的を話してくれる?」

 

「…キツネ狩りです。容易に尻尾を掴ませない利口なキツネに罠を仕掛けました」

 

 個人的にはこういった分かりづらい比喩表現が嫌いなプリエだったが、王族ともなるといろいろとあるんだろうなと思いつつ、包み隠さない言葉に変える。

 

「ふーん、裏切り者探しね…そんなもの、アタシの部隊に任せとけばいいのに」

 

「で、でもプリエさんの部隊って…」

 

 アンリエッタの頭に浮かぶのは、訓練もせずに下品な笑い声を上げ、何故か浴びるように水を飲んでいる筋骨隆々な男たちの姿。

 プリエには悪いのだが、あんな男たちなど信用できないどころか、そもそも王宮の兵士だという事実自体が少し耐えがたいほどなのだ。

 

「水かっ喰らってるだけだと思った?そんな部隊をわざわざアタシが作るわけないでしょ」

 

 プリエが指を鳴らすと、部屋の中に突然、どう見ても極悪人にしか見えないスキンヘッドの大男が現れる。

 

「ひっ!」

 

「大丈夫よ。ほら、よく見て」

 

 プリエの後ろから、アンリエッタはこそこそと男を確認する。こんな奇抜なファッションをしている者は、ハルケギニア中を探してもプリエの独立部隊だけだろう。

 しかし、普段の下品な笑みはなく、ピシッと直立不動のまま動かない姿は、まさしく軍隊のソレだった。

 

「ほら、姫様に挨拶しなさい」

 

「はっ!自分はプリエ様直属の──」

 

「堅っ苦しい挨拶じゃなくて、いつものでいいわよ」

 

 すると、大男は急に姿勢を崩して猫背になりながら、意味もなく手を揺らし始め、いつもの下品な笑みを浮かべる。

 

「俺は拳王偵察隊のシィーカァー!かわいい嬢ちゃんの驚く顔は大好物だぜぇ!」

 

「ひぃい!」

 

 アンリエッタは思わずプリエにぎゅっと抱き着いてガタガタと震えてしまう。

プリエは満足げな表情を浮かべると、いい笑顔のまま親指を上げた。シーカーもいい笑顔で親指を上げ返す。どうやら、部隊はプリエの思想に染まっているようだ。

 

「もう下がっていいわよ」

 

「かしこまりましたぁ!」

 

 シーカーはその粗暴な見た目では考えられない静かな動きで、闇に溶けるように姿を消した。彼がいた痕跡などはどこにもなく、先ほどまで大男がここにいたことなど誰も信じてくれないだろう。

 

「ほら、怖い暴漢はもういないわよ」

 

 後ろからおどおどと周りを確認するアンリエッタに、プリエは更にかわいさを覚える。

 

「どうやら、アイツは姫様をずっと尾行してたみたいね」

 

「えっ!?そ、そんなハズは!だって…えっ!?」

 

「姫様が混乱するのも分かるけど、アタシが姫様と会ったときにはアイツいたわよ」

 

 アンリエッタには全く信じられない話だが、そもそも闇の中からいきなり現れることだって信じられない。

 そして、もしもあの技術が国を乱す為に要人の暗殺に使われたら………

 

「あ、あの…」

 

「大丈夫、そのための独立部隊よ

アイツらは金と権力では動かない。動かすのはアタシの命令か、アイツらの自身の心よ」

 

 青くなっているアンリエッタを見て察しがついたのか、質問する前に答えが返ってきた。

 

 心…つまり、自分たちの考えで動くのだろう。そして先程の規律に溢れる態度。あれが彼らの本当の姿だとしたらその力は間違ったことに使われないはずだ。むしろ、自分が指導者としての力量を試されることになるだろう。

 アンリエッタがホッと胸を撫で下ろすと、外から荒い足音とガチャガチャという鎧の音が聞こえてきた。

 

「中々衛兵も優秀ね

まあ、万が一にも見つからないけど」

 

 衛兵は、何故かこの部屋を無視して隣の部屋を調べると、それで足音が遠ざかっていく。すぐに衛兵の足音は消えてしまい、戻ってくる気配は微塵も感じられなかった。

 

 親友から聞き及んではいたものの、その素晴らしさを改めて確認すると興奮すらしてしまう。一人だけでやり遂げるつもりであったものの、少しだけ抱いていた不安が吹き飛んでしまった。

 力を貸してくれるのならば、これほど頼りになる者はいないだろう。

 

「さて、明日まで姫様を護衛すればいいんだったわね?」

 

「は、はい!よろしくお願いします!

それと…あの…」

 

「んー?思いきって言ってみなさい。今ならなんでも聞いてあげるわ」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめ、モジモジと体を揺らしながら言い出し辛そうにプリエを見つめるアンリエッタ。そんなかわいらしい彼女の姿を堪能しながら、プリエはアンリエッタが再び口を開くのを待った。

 

「お、女の子同士ってそんなに気持ちいいんでしょうか…?」

 

 これは、プリエの話を聞いたアンリエッタが、頭の隅に引っかかっていたことだった。

今まではそれほど気になっていなかったのだが、先ほどの興奮で表に出てきた挙句、いつの間にか興奮の意味がすげ変わってしまったのだ。

 

 一応、アンリエッタにも男性との行為の経験がないわけではないのだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいし、何よりも同性にこんなことを言うなんて尚更恥ずかしいものだ。

 アンリエッタは直後に火が出そうなほどに顔を赤く染め上げながら俯こうとするが、自らが望んだ手によって優しく顎を持ち上げられた。

 

「…フフ、じゃあ…体に教えてあげるわ」

 

「あっ…」

 

 そして、アンリエッタはベッドの上に押し倒され……

 

 

 

―――トリステイン王宮・回廊

 

 

「かどわかされただと!

貴様ら銃士隊は無能を露呈するために組織されたのか?」

 

「汚名を返すべく全力で調査中であります」

 

 いかつい顔の大臣―――リッシュモンは大きく舌打ちをすると、丸めた書状を荒々しくアニエスに突き付ける。

 

「これで港と街道の封鎖ができる。いいか、殿下を絶対に探し出せ!見つからぬ場合、銃士隊全員我ら法院の名のもとに縛り首だ!」

 

 怒鳴りつけるだけ怒鳴りつけると、リッシュモンは荒々しくドアを開けて部屋の中に入っていった。

 

──くそ、あの女…何が銃士隊だ……平民の女風情が姓とシュヴァリエの地位を得て貴族気取りとは…

 そもそも、なんだあの亜人どもは…

猫亜人の方は問題ない。少し質問しただけで軍の内情をベラベラと話してくれるバカな協力者だ。しかし、もう一方の女亜人はなんだ?もうどれだけ内部浄化が行われたかも分からん…いずれ私にもやつの手は伸びるだろう…

 …予定が霧散するのは非常にマズいな

 

 

 

 

 

 

「待ってたわよアニエス」

 

 王宮から出てきたアニエスを迎えたのは、アニエスの気配を追って、門の隣に待ち伏せしていたルイズだった。

 

「アニエス!どうしてあなたほどの人がいて、賊を取り逃がすようなヘマをしたのよ!」

 

「(ヴァリエール殿か…このお方ならば信用できるな)

まずは結論から言おう、殿下は無事だ」

 

「やっぱり…!」

 

「状況を説明したい。ついて来てくれ」

 

 そうして、目的地に向かいながら、今回の事件は他国への内通者を炙り出すための狂言誘拐だと説明され、ルイズはやっと納得した。

 移動しながらの説明は内通者の手紙を預かった王宮の小姓を追うためで、二人はとある宿屋にたどり着いていた。

 注意を払いながら二階へと上がってみると、どうやら小姓は手紙を渡し終えたようで、部屋の主に一礼をしているところだ。

 

「(あの部屋か…

…!マズい!こちらに来る!)」

 

 小姓がこちらの目的か素性に気づき、報告を避けるために拘束してしまって王宮に帰さなかった場合、内通者に警戒される可能性もある。

 一人だったら気配を消してやり過ごすこともできるが、たとえあれだけ強くてもルイズが気配を消せるとは限らない。

 そこで、ルイズと自分の顔を隠す為にアニエスは大胆な行動に出た。

 

「~~~~ッッッ!!?」

 

 アニエスはルイズと唇を重ねていた。小姓はそんな様子をまじまじと見つめる訳にもいかず、顔を赤くしてそそくさとその場を立ち去った。

 

「行ったな…」

 

「ななな何すんのよ!」

 

「………心配するな、私にそのような趣味はない!これも任務だ!」

 

 少しだけ顔を赤らめて大きな声で言い切るアニエス。先ほどはとっさの判断だったため、今ごろ行為が頭に染み込んできたようだ。

 それを聞き、ルイズは顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒ってしまう。

 

「“私に”ですって!?バカにするんじゃないわよ!!私だって誰がプリエ以外になびくもんですか!!」

 

 ルイズがプリエと仲がいいことはアニエスも知っていたが、このような発言が飛び出すということは、つまりそういう仲なのだろう。

 その話はちょっと気になったが、今は任務が最優先。アニエスはすぐに浮ついた気持ちと共に無駄な考えを追い出した。

 

「…今から突入する。ヴァリエール殿は援護を頼む」

 

「うっ…!わ、分かったわよ!」

 

 ルイズの返事を聞くが早いか、すぐさまアニエスが扉を蹴破り、その勢いのまま部屋の中の相手の首を絞め、床に押し倒した。

 

「今から私の質問に答えてもらうぞ…!」

 

 相手は苦しそうに呻くが、アニエスは手を緩めるつもりはない。どの程度で人が死ぬかなどもウラヌスから学んでいるからだ。

 

 しかし相手の様子がおかしい。普通よりも苦しそうな表情を浮かべているのだ。同情を誘う作戦だと決めつけ、首を絞める力を強くするアニエス。

 すると、ぐしゃり。と嫌な音を立て、相手の首が潰れてしまった。

 

「なっ!?──ぐぅ…!」

 

 驚きで一瞬固まったアニエスの首を、首無しの死体が掴む。首無しは、そのままアニエスの首をへし折ろうと、人間では考えられない力を込める。

 しかし、その瞬間に首無しの四肢が消滅し、恐るべき怪力は結局何の意味も成せなかった。そして、首無しが床に落ちる合間に、光のわっかが首無しを縛り上げる。

 

 これらは全て、一秒にも満たない時間での出来事だ。

 

「ケホッ!か、かたじけないヴァリエール殿…

貴方がいなかったら今頃は…」

 

 今のアニエスは首を折られた程度では死なないが、あのままだと首無しに嬲り殺しにされていただろう。

 なまじ頑丈であるがゆえに、こんなおぞましいものに(なぶ)られることになるなど、考えるだけでゾッとしてしまう。

 

「どういたしまして。それよりも…なんだかコイツ、嫌な感じがする…」

 

 未だにウネウネと動いている胴体、コイツは明らかに人間ではない。床に落ちた頭は、すでにグスグスに溶けてひどい異臭を放っていた。

 

「…ああ、コイツは早めに処分した方がいい

しかし、これではこちら側の間諜をおびき出すことは絶望的か…」

 

「いや、まだ分からないわ」

 

 ルイズは胴体に近づくと、生理的嫌悪感から一瞬躊躇するも、胴体に額をくっつける。しばらくすると、胴体から額を離しつつソレを消滅させ、ルイズが口を開いた。

 

「…どうやら、とある劇場で落ち合う予定だったみたいね。時間は明日の正午よ」

 

「何!?そ、それはこの劇場か?」

 

 アニエスが取り出した見取り図とスケッチに目を通し、ルイズは頷く。

 しかし、驚きから思わず信用してしまったが、少し冷静になってみると、たとえルイズがこんなところで冗談など言わないだろうと思っても、完全には信じきることができない。

 

「しかし、どうしてそんなことが…」

 

「記憶を読んだの。成功するかどうかは賭けだったけどね」

 

 荒唐無稽な話だが、スクウェアメイジすらも足元にすら及ばないウラヌスに鍛えられてきたアニエスは、その事実をすんなりと受け入れることができた。

 

「凄いな、貴方は…

しかし、申し訳ないが恐ろしくもある…」

 

 あんな化け物すらも圧倒する力、そしてルイズの凄まじい能力の片鱗、そんなものを見てしまえばそう思うのは当然だろう。

 事実、プリエと初めて会遇したときには、ルイズなど漏らしてしまったほどなのだから。

しかし、だからこそルイズはプリエから大切なことを学ばせてもらっていた。

 

「…力を持った者はそれ相応の精神を持たなければならない。プリエを見て私はそう思ったわ。少なくとも、力の振るいどころは(わきま)えているつもりよ」

 

「…なるほど。私も、肝に命じておこう」

 

 

 

 

 早朝に、報告としてアンリエッタに飛ばしたアニエスの思念波をプリエがキャッチし、(くだん)の劇場の前で合流した。

 ちなみに、アンリエッタは元の大きさに戻っており、平民のような服装をしている。

 

「殿下、銃士隊は既に配置につき、劇場の包囲は完了しております」

 

「ありがとうございますアニエス、あなたは本当に良くしてくださいました

…ルイズ」

 

「はい」

 

 神妙な(おもむき)でルイズを見据えるアンリエッタには、平和ボケでもしたんじゃないかという印象は一かけらも残っておらず、王族としての威厳に満ちていた。

 ルイズも臣下として、そして友としてアンリエッタを真剣なまなざしで見つめ返す。

 

「あなたはここでお待ちなさい。()()()わたくしが決着をつけなければならぬこと

この決着をつけたら、わたくしは女王として即位しようと思いますわ」

 

「(へえ、ただの色ボケかと思ってたけど、一皮剥けたみたいね。ミシアを送り込んだのが吉と出たか)」

 

 ミシアは密かに内部浄化を行っていただけ。それに気づき、大胆にも行動に移したのはアンリエッタ自身の器量と裁量からである。

 ついこの間まで王族であることの自覚すらなく、諦めで王族であることを受け入れていた少女とは思えない成長ぶりに、プリエは少し口角を上げた。

 

「じゃあ、アタシは特等席で見せてもらいましょうか」

 

「はい。それでは参りましょう、そろそろ幕が上がる時間ですわ」

 

 

 

 

 

 

──面倒くさいことになった…

今回の女王の失踪は―――の陰謀なのか。……む?なんだ?私は何を?

 

「女性向けのお芝居なのに男性の観客とはめずらしいですわね」

 

 リッシュモンが考えに(ふけ)っていて気づかぬ間に、隣にローブを深く被って顔が隠れている人物が座っていた。

 柔らかい物腰と女性的で落ち着いた声、そして先ほどの言葉から、おそらく女性であるのだろう。

 

「失礼、連れが参りますので他所(よそ)へお座りください」

 

「お供させてください、リッシュモン殿」

 

 ピタリと名前を言い当てられ、涼しげに謀略を巡らせていたリッシュモンの表情が驚きに染まる。

 

「お連れの方ならお待ちになっても無駄ですわ」

 

 そして女性がフードを取ったとき、更に驚きながらもリッシュモンは納得していた。

 

「……お姿をお隠しになられたのは、この私を(いぶ)りだすための作戦だったということですか」

 

「わたくしが消えれば、慌てて密使と接触すると思いました。『世間知らずの王女が自分たち以外の何者かの手によってかどわかされる』あなたたちにとって、これ以上の事件はありませんからね

慌てれば、注意深いキツネも尻尾を見せてしまう……」

 

 アンリエッタはその端正な顔を悲しそうに歪める。国の民を守るべき重臣が、その国を売ろうとしていたことが悲しいのだ。

 しかし、いつまでも悲嘆にくれていては―――庇護されてばかりではいられない。

アンリエッタが決意したとき、その顔は、能天気だったお姫様のものではなくなっていた。

 

「あなたをわたくしの名のもとに罷免します。外はもう包囲されています、大人しく逮捕されなさい」

 

「…まだまだ詰めが甘い、アンリエッタ姫。私にワナをかけるなど百年早い!!」

 

 リッシュモンの怒号で、劇場の役者が一斉に杖を観客席に向ける。当然「これは何事か」と、観客はざわめき始めた。

 

「騒ぐやつは殺す!これは芝居じゃないぞ!」

 

 ザワザワと騒ぎ始めた観客が途端に静かになる。リッシュモンの言葉の後に聞こえた呪文を紡ぐ声が、彼の言葉に更に信憑性を持たせていた。

 

「ミイラ取りがミイラとはまさにこのことでしょう。姫様、わざわざ未熟な貴方が出てきてくれて助かりました

貴方を手土産に私は亡命します。舞台はトリステイン、ヒロインはアンリエッタ姫様……貴方です」

 

「いいえ、生憎とこんなサル芝居には付き合いきれません。そろそろカーテンコールですわ、リッシュモン殿!」

 

 アンリエッタが右手を上げるのを合図に、リッシュモンや舞台上のメイジの足元めがけて銃弾が飛ぶ。全ての観客は立ち上がっており、更に銃口がリッシュモンたちに向けられていた。

 

「観客は全て平民から結成された銃士隊の一員です、劇場にいても違和感はありません。さあ、観念しなさい!」

 

 ぐるりと回りから銃を突き付けられ、ついにリッシュモンは諦めたようにため息をつく。

 

「成長なされましたな……先程、未熟と言ったのは取り消しましょう…」

 

 そして、杖を持ったまま両手を上げると、ゆっくりと左手を開く。

 

「しかし、それでも詰めが甘い!」

 

 リッシュモンの魔法で、左手から落ちた黒い玉が強い光を放つ。その場にいた者は目を焼かれ、視力が戻ったときには、リッシュモンは影も形もなかった。

 

「…っ!隠し通路…!

出口とおぼしき場所を探して!早く!」

 

 銃士隊隊員たちが慌てて散会していく中、その隊長であるアニエスの姿は、劇場の中にも、その外にすらもなかった。

 

 

 

 

 

 

 隠し通路は入り組んだ天然の洞窟を利用しており、リッシュモンは魔法で明かりを灯しながら、それでも未だ薄暗い洞窟を進んでいた。

 

「あの女…何処(いづこ)の国へと亡命した暁には必ずや復讐を…」

 

「ずいぶんと変わった帰り道をお使いですな」

 

 劇場の設計者と、自分だけが知っているはずの隠し通路の道順。しかし、その道の先にはアニエスが待ち構えていた。

 

「くそ…貴様か…!劇場の設計図を見たな…!

平民風情が、貴族である私に……無礼な!」

 

 リッシュモンは激情に任せ魔法を放つ。

しかし、敵を焼き尽くすまで消えないはずの巨大な火の弾は、アニエスの目の前で霧散してしまった。少なくともリッシュモンの目には、アニエスは何もしていないように見えていたのに。

 

「なっ!?バカな!?クソッ!!」

 

 今度の魔法は、アニエスの周りを彼女ごと火の海へと変貌させた。

もはや人間では飛び越すことができないほど炎は高く上がり、洞窟の天井を焦がさんとするほどである。

 

 しかし、アニエスはそんなことは関係ないとばかりに炎の中から顔を出した。

リッシュモンは、馬鹿馬鹿しい噂と切り捨てた銃士隊の実力を、その身で知ることになったのだ。

 

「ぎゃあ!!──ぐぁっ!!」

 

 アニエスは杖を持つ手を肩から斬り飛ばし、そのままリッシュモンを地面に叩き付ける。

 

「安心しろ…傷口は焼き切ってある、失血死はしないさ。貴様には答えて貰うことが二つあるからな……

まずは一つ、貴様はどこの国と繋がっていた…?」

 

「そ、それは………」

 

 アニエスは沈黙を黙秘と見なし、残っている腕に熱した刃を突き刺した。

鋭い痛みが二重に襲い掛かる苦しみは筆舌に尽くしがたいもので、これだけでも一生分の痛みを味わえるだろう。

 

「ぎゃああああああああ!!!

わ、分からない!分からないのだ!!」

 

 アニエスは嘘だと思い、そのまま傷口を広げようとしたが、化け物だった間諜のことを思い出して、傷を癒しながら引き抜いてやった。

 治るそばから焼かれる苦痛など、もはや地獄の責め苦と言っても過言ではない。リッシュモンは絶叫を上げながらもがくが、アニエスは微動だにしない。

 

「もう一つ……20年前、新教徒狩りと称して一つの村が焼かれた…

何故、その命令を下した…?」

 

「な、なに!?バカな!あの村の生き残りはいなかったはず──おがぁぁぁぁあああ!!!?」

 

 アニエスは無表情のまま右目を焼き切った。これは拷問であると同時に、処刑へのカウントダウンでもあった。

 

「か、金だ!!金の為にやったんだ!!そ、そうだ!!金をやろう!一生かかっても──いぎぃあがぁぁあ!!!」

 

 残った四肢を切断すると痛みは臨界点を突破し、リッシュモンはただただ叫び続けることしかできなくなった。そんなリッシュモンを見下しながら、アニエスはスッと立ち上がる。

 

「良かったな、地獄の沙汰も金次第らしいぞ?」

 

 アニエスはリッシュモンを蹴り上げ、未だにごうごうと燃え盛る炎の中へと放り込んだ。

絶叫を上げ続けながら、己の作り出した炎の中でもがき続けるリッシュモン。苦しみから逃れようとする行為が、肺や全身をくまなく焼くことになってしまう。

 それは、悪魔が彼をあざ笑っているのか。それとも、くだらない理由で村を焼かれたアニエスの怒りなのか。

 

 しばらく時間が経つと叫び声は消えて、リッシュモンだったものはくまなく炭と化した。

それでも、炎は衰える気配を見せず、まるで全てを燃やしつくさんとする勢いのままだった。

 

「こりゃまたえっぐい殺し方したわねー」

 

「プリエ殿か…なに、これは当然の報いだ」

 

 暗闇から不意に姿を現したプリエだが、アニエスは驚いたりはしない。プリエはただ姿を消していただけで、気配までは消していなかったからだ。

 

「復讐ねぇ…そんなことしたって虚しいだけよ?」

 

「…貴方に何が分かる…!」

 

「アタシが分かってるなら復讐をやめるワケ?」

 

 ビリビリと周りの空気を震わすようなアニエスの殺気混じりの怒気を、プリエはなんでもないように軽く受け流す。

 プリエは戦闘に関して、アニエスより一枚上手どころか、百枚も二百枚も上手なのだ。それはアニエスも理解していて、どこかおちゃらかす態度を取るプリエに毒気を抜かれ、アニエスは大きくため息をついた。

 

「いいや、どうあっても私は復讐を成し遂げてみせる…」

 

「ふーん…

そういえば、イーヴァルデイの勇者って知ってる?」

 

「…ああ、子供の頃、孤児院でよく読んでもらったものだ

…読めば読むほど、勇者など空想に過ぎないと痛感したがな」

 

 イーヴァルデイの勇者。それは始祖ブリミルに祝福された平民を題材にした物語だが、筋書が決まっておらず情報もそれだけしかないので、現在は多種多様な物語が存在する。

 その中にはもはやブリミルが一切関係ないものもあるぐらいだが、一つだけ共通しているのはどれも勧善懲悪の物語だということだ。

 

「…現実はそんなに甘くない、か。そんなアナタに、伝えたい物語があるのよ」

 

 プリエは、アニエスの返事も聞かずに語り出す。

 

「遥か昔に退治された魔王の封印が解けてしまい、イーヴァルデイの勇者は人々に恐怖をもたらす魔王を再び封印する為に、魔王を封印できるという真の勇者を目指して、仲間と旅をしていました。

 天下無双の力を持ったイーヴァルデイの勇者、彼は東へ行っては人々を救い、西へ行っては魔物を退治して、人々に感謝されていました。

 

 ある日、イーヴァルデイの勇者は、記憶を失っていた女の子に危ないところを救われます。イーヴァルデイの勇者は女の子に感謝し、女の子も旅の仲間になりました。

 イーヴァルデイの勇者は日を重ねるごとに女の子への思いが強くなり、それでもその思いを形にできずにモヤモヤしていました。

 

 そしてある日、知恵のある魔物にこう言われました。『魔王はお前だ』と。イーヴァルデイの勇者は仲間と共に一蹴します。『そんなことがあるか、私は魔王を封印する真の勇者だ』と。

 

 しかし、その日からイーヴァルデイの勇者の前に謎の魔物が姿を現します。その顔は勇者と同じ、しかしその姿はまるで魔王です。

 

 何度もその魔物を撃退し、その魔物が現れなくなった頃、イーヴァルデイの勇者は悲しい事実を突き付けられました。

 仲間の女の子が魔王だったのです。人間に伴侶を殺され復讐に狂った悲しき魔王…

 そして、魔王を封印することができる真の勇者はイーヴァルデイの勇者ではなく、ずっと一緒に旅を続けてきた仲間の一人だったのです。

 

 イーヴァルデイの勇者は落ち込み、自分の中に閉じこもってしまいました…そして、深い、深い、心の奥底に…例の魔物の姿がありました。

 魔物は甘言を呟きます。『俺を受け入れろ、そうすれば女の子を助けられるぞ?』と。

 

 イーヴァルデイの勇者は心が揺らぎ、魔物の言葉を受け入れます。その姿は魔物と同じ禍々しいものになり、必死に止める仲間を傷つけてでも女の子のもとに駆け付けました。

 

 しかし、イーヴァルデイの勇者の姿を見た女の子は、理性を保つための最後の支えを失い、醜悪な化け物へと成り果てます。

 二人は両想いでした。女の子の最期の言葉でそれを知ったイーヴァルデイの勇者は、深く悲しみました。

 

 そして、魔王の女の子すらも利用した黒幕にとどめを刺したとき、イーヴァルデイの勇者は『魔王』になっていました。

 

 その後の勇者の行方は誰も知りません…人々は平和を享受し、ただただ喜び合っています。その渦中にいたイーヴァルデイの勇者を忘れて……」

 

 アニエスが知っていた物語は少なかったが、このようにイーヴァルデイの勇者が揺らぐ物語はなかった。そして、プリエがなんの意味もなくこんな状況で作り話を語るとは考えにくい。

 つまり……

 

「……それが、貴方の体験なのか?」

 

「どう思ってもらっても構わないわ」

 

 未だに燃え盛る炎に照らされたプリエの表情は悲しみを帯びていて、物語を語る前のどこか不誠実な雰囲気は消えている。

そして、人が焼ける嫌な臭いすら気にならないほど、アニエスはプリエに魅せられていた。

 

「…復讐が復讐を呼び、全てが終わった時には何も残っていない…自分すらも…

虚しいとは、思わない…?」

 

「………だが…私には何もないんだ…

この20年間、復讐のことだけを考えて生きてきた……そんなからっぽの、虚しい女だ…」

 

「…本当に何もないか、よく周りを見回してみることね」

 

 プリエは闇の中へ溶けるように消えていく。アニエスはパチパチという炎の音が消えるまで、プリエがいた空間をジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「二人は顔見知りのようですけど、今一度紹介しますわ

今回、一度逃げた裏切り者を見事成敗した英雄」

 

「英雄などではありません」

 

 事後処理や報告があらかた完了し、今回の立役者たちはそこそこ上等な宿の中にいた。

任務が終わったとはいえ、さすがにガリア人のシャルロットがいる魅惑の妖精亭の屋根裏部屋には戻れなかったのだ。

 

「それに、ヴァリエール殿とは既に一夜を共にしております。ご紹介には及びませんよ」

 

 一夜という単語で、ルイズとアンリエッタは瞬間的に顔から火を吹くほど赤くなり、プリエは固まってしまう。

 

「なな何言ってるのよ!!」

 

「いやなに、敵の目を欺くために恋人を装ったのです。唇まで合わせて」

 

「へえー」

 

 バカ正直に近況など申さず、宝探しのときのことを言えばよかったのに。

そんなことをプリエの前で言ってしまえばどうなるか。それを知らなかったのがアニエスの不幸だろう。

 

 これは、ルイズが一度だけ聞いたことがあるプリエの平坦な声。ルイズは、みるみる内に顔色を赤から青に変えながら、錆付いた機械のようにギギギと後ろを向く。

 

 プリエの表情はやはり笑顔、怖い笑顔ではなく優しい微笑み。しかし、その怖さはギーシュのときの比ではない。

 見た者にしか分からないので、アンリエッタだけは頬に手を当てクネクネしているが、ルイズとアニエスは、すでに蛇に睨まれた蛙だ。

体の震えすら起こせないが、アニエスなどは既に小水を漏らしてしまっており、なんとか膀胱が耐えてくれたルイズも目には涙が浮いている。

 

「キスした?ルイズと?」

 

 嘘をついても正直に言っても酷い目に遭いそうだが、恐怖で嘘がつけずにコクコクとアニエスは小さく頷いた。

 

「へえー。ふーん…

それじゃあ、唇を奪ったアニエスちゃんは唇を奪う系の罰ね」

 

 言葉自体は軽い感じなのだが、軽い罰が行われるとは全く思えない。

そもそも、基本的に他人を呼び捨てるプリエが“ちゃん”付けで名前を呼んだのだ。これだけでもその怒りが尋常ならざることが十分に分かる。

 

 そして、プリエは笑顔を崩さずに、ゆっくりとアニエスに近づいていく。

 

「うふふ。プリエさんったら、アニエスも大人にしちゃうつもりですか?」

 

 何を勘違いしたのか、アンリエッタが意味不明なことを(のたま)った。

しかし、アンリエッタのおかげでプリエの気概が削がれたのか、プリエは笑顔を崩していつもの顔に戻った。

 二人は笑顔が崩れるのと同時に崩れ落ちて、どちらもガチガチと歯を鳴らしている。

 

「あの夜は本当に凄かったです…女の子同士って素晴らしいものなのですね!」

 

「アンタが戻っちゃったから、もうやんないわよ」

 

「ええっ!?そ、それは困ります!!」

 

 そういう話は、プライベートだろうといろんな意味で王女の口から出てもいいような話題ではない。

この会話が反アンリエッタ派に知られたら、それこそ革命が起きるんじゃないだろうか。

 

「わたくしを虜にした責任はキチンと取っていただかないと…」

 

「黙りなさいブタ、今のアンタに価値なんてないの

どうしてもヤッてほしいなら、四つん這いになってブタの鳴きマネでもしてみなさいよ」

 

「は、はい!わたくし、がんばります!

ぶ、ぶひぃ…」

 

 没落してプライドを捨てた貴族でさえ、こんなみっともないマネはしない。王女がこんなマネをしたことが反アンリエッタ派でない一般市民に知られたとしても、まず間違いなく革命が起きるだろう。

 もしくはプリエを処刑しろという動きが起こるだろうが、プリエならその感情と起こったことを消し去るなど容易である。そもそも、プリエの処刑など物理的に不可能なのだ。

 

「…ブタが服を着てるのはおかしいわね?」

 

「はい…」

 

「返事は?」

 

「ぶひ…」

 

 どんどん話と色ボケ(ひめさま)がおかしな方向に進んでいく。色狂い(ひめさま)はもう手遅れだが、話ぐらいならまだ元に戻せるかもしれないと、ルイズは慌ててプリエを止める。

 

「ちょっ、ちょっと待ってプリエ!仮にも一国の王女を調教しちゃダメよ!」

 

「じゃあ、ルイズを調教させてくれる?」

 

「えっ!?え、ええと………アニエスなら」

 

「ちょっ!?ヴァリエール殿!!?」

 

 こうやってアンリエッタを声なき声で罵倒しておいてなんだが、あんなことになるのは分からなくもないとルイズは思っていた。

 プリエが本気を出したのなら、それこそ触れずとも絶頂に(いざな)うことは容易であり、ルイズも身をもってソレを経験しているのだ。

 あの夜を思い出して一度だけ自分自身を慰めてみたが、あの夜には到底及ばないであろう快楽しか得られず、プリエのテクニックならば嗜好を変えてしまうことなどたやすいだろう。

 今、自分がアンリエッタのようになっていないのは、“主人の許可がなかったプリエが本気を出していなかっただけである”と、ルイズは判断を下し、恐ろしい出来事から救った代わりだと言わんばかりにアニエスに押し付けた。

 

「……まあ、いっか

とりあえず、二度とルイズに手出しできないカラダにしてあげるわよ」

 

「ぶ、ぶひぃ!(わ、わたくしも調教してください!)」

 

「はいはい」

 

 ルイズはそのときの光景を忘れないだろう。途中から物欲しくなってきたのをプリエに伝えたのに、構ってくれなかったのは調教だったのだろうか?

 

 そして、アンリエッタとアニエスはそのときの快楽を二度と忘れないだろう。身も心も完全にプリエの虜だ。この日から、アンリエッタはウェールズとの情事では、心はともかく体は満足しなくなり、アニエスは同性愛に目覚めてしまったようだ。




次回からは通常投稿になります。
次の予定日は5月11日です。

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