伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第2話 伝説の魔王

 

 真夜中、ルイズは飛び起きた。嫌な汗でネグリジェがべったりと肌にはりつき、気持ちが悪い。夢を……とても悪い夢を見てしまったのだ。

 

「いい夢見れた?」

 

 “見れた訳ないでしょ!”反射的に、もやがかかっている頭で何者かにツッコむルイズ。

 しかし頭の中で大声を出した後は、不思議なことに思考の霞はすぐさま取れていき、ルイズは違和感に気づく。自分は誰かと相部屋ではないし、此処は自室である。教師だって生徒の部屋に入りっぱなしという訳にはいかないだろう。

 

 嫌な予感がしつつも確かめなければ確信には至れない。思い違いであってほしい。すがるような想いでルイズは恐る恐るその姿を確認する。

 その予感は当たっていた。そこには先程の悪夢の主―――腕を組みながら壁にもたれ掛かっている、自身が召喚した女性の姿があった。

 

「ひっ……」

 

 思わず短い悲鳴を上げ身構えてしまう。先程の夢で必死に許しを乞う生徒達を楽しそうに虐殺していたのだ、無理もない。そうでなくても、殺気が残した恐怖が体の奥底に染み付いている。

 そんな姿を見て、彼女は敵意がないことを伝えようとするが、言葉が喉の奥まで出かかったところで止めた。皮肉にも、その姿自体──つまり、はかなくて可憐な者がおびえる姿が、彼女の嗜虐心を刺激したのだ。

 

「なによ、その態度。アタシにどうにかされたいワケ?」

 

 殺気どころか、敵意すらも全くなく、おちょくるように彼女は言い放った。いくら彼女が人知を超えた存在であろうと、このような態度では誰もが冗談だと思うだろう。

 しかし、そんな態度ですらルイズは真剣に受け取ってしまい、あらぬ想像が頭の中で一気に広がっていく。

 

「ひいいぃぃぃ……!」

 

 ルイズは思わず布団に(くる)まりガタガタと震えてしまう。その姿に、女性は多少の倒錯的快楽を覚えていた。

 

「わ、私をどうするつもりよ……?」

 

 布団の中からか細く声が聞こえてくる。ここでルイズは“自分が声を出せる”ことから“女性が全く本気ではない”ことを導き出せれば幸せだったのだろうが、恐怖により短絡的な思考しかできなくなっていたことが、彼女をちょっとした不幸に叩き落す。

 

「そうねー……」

 

 ここで嘘だと言うこともできたのだが、ちょっとした嗜虐で得られる満足感に負けた彼女は、嘘をつき通すことにした。幸い(この場合、ルイズにとっては不幸だが)、自身が悪魔に対して行った暴虐の数々があったため、その中でも割と軽めの内容を話したら、ルイズの声が更に小さくなり、毛布は更に厚くなった。

 更に充実感を得た彼女だが、このままでは埒があかない。そろそろ悪魔の本能的なものを抑え、普通に話しかける。

 

「あー、ゴメンゴメン。冗談よ、ジョーダン」

 

 一縷の望みを与えられたルイズは、がんばって毛布から顔を出し「本当……?」と蚊の鳴くような小さな声で尋ねた。上目遣いで目を潤ませながら、おずおずとこちらを見るその姿はかわいらしく、再び女性の中で嗜虐心が鎌首をもたげ始める。

 

「ホントだってば」

 

 その衝動ををぐっと抑えて女性は告げる。それでも安心できないのか、ルイズは小さく震えながら、警戒心の篭った目で女性を見つめている。

 

「知ってるかしら?悪魔は契約に逆らえない。アンタは曲がりなりにもアタシを使い魔にしたの、だからアタシはアンタに逆ら()ないのよ」

 

 左手のルーンを見せながら説明するとようやく納得したようで、ルイズは胸に溜めた息を吐き出していた。

 

「で、使い魔としてアタシは何をすればいいのかしら?小さなご主人様?」

 

 女性はあの後、その場でコルベールに簡単な使い魔の説明を受けていたのだが、途中から急にルイズが心配になり、説明もなあなあに女生徒を一人掻っ攫って部屋まで案内させ、ルイズを介抱していたのだ。

 

 先ほどの好意的な脅しにも関わってくるが、ルイズに対する感情はルーンからの刷り込みであり、それに女性は気づいていたのだが、消し去ろうとは思わなかった。長い付き合いになるのだ、主人に対していい感情を持っていた方がいい。

 それに、この感情を消してしまうと自分の中の何かが終わってしまう、女性はそう感じていたのだ。……既に自分は終わっていると、胸に矛盾を抱きながらも。

 

「そ、そうね……。まず一つ目に、使い魔とは主人の目となり耳となる、つまり感覚の共有よ」

 

 「ふーん。」と女性は相槌を打つ。これは事前にコルベールから聞いていたことだ。

 

「で、なんか見えたりするの?」

「…………全然」

 

 これは、もしもできてしまったら困ったことになっていただろう。悪魔──それも魔王たる彼女は多種多様なものを感じ取れる。ソレを人間が共有しようものなら、廃人になるか超人になるかの二択だろう。それほど膨大な情報量なのだ。

 

「……コホン。二つ目は主人の望む物を見つける。私の場合は秘薬、つまりマジックアイテムの原料や魔法の触媒探しなんだけど……できる?」

「そうね、魔界への扉を開けばサキュバスや魔神くらいなら捕まえてこれるわよ。あとハニワとか」

「なにそれ?」

 

 実はこれらを材料にすれば伝説級のマジックアイテムすら精製できるのだが、勤勉家のルイズとはいえ、この世界のどの書物にも記されていない異世界の悪魔のことまで知っているはずがないだろう。

 とはいえ、それらの精製方法は極めて特殊であり、触媒にした際のマジックアイテムは極めて広範囲に影響を及ぼすため、たとえ知っていたとしてもルイズ自身ができることなど何もなかった訳だが。

 

「……まあいいわ。三つ目、使い魔は主人の剣となり盾となる、つまり私を守ることなんだけど……これは問題ないわね」

「そうね、少なくともこの世界の生き物には負けないと思うわ」

 

  あの光景とあのとき感じた殺気を思い出し、ルイズは思わず身震いする。それは決して驕り高ぶった言葉ではないと、彼女は確信していた。

 召喚の儀のときはあれ程恐ろしく感じた存在だが、使い魔にするならこれ以上頼もしい存在はたぶんいないだろう。そして、これほどまでにすごい存在を召喚できたという事実が、ルイズを誇らしくさせた。

 

 止めようと思っても、どうしても顔がニヤついてしまう。使い魔となった女性が訝しげな顔をしているが、それでも止められない。彼女こそが、自身が()()ではなかったことの証明であるので、どんな表情をしたところで逆効果だ。

 

「……あ!そういえば、まだあなたの名前を聞いてなかったわね」

 

 目の前の誇らしい使い魔と自分が一緒に賞賛される姿を思い描いたとき、賞賛されるべき名前を知らないことを思い出した。名前だけではない、彼女のほとんどを知らないのだ。

 エルフではないようだが、あれほどの殺気を放ったし、あのときは気づかなかったがよく見ると頭に角が生えているので、少なくとも人間ではないだろう。

 

「アタシはプリエ、魔王プリエよ。ご主人様は?」

 

 彼女の口から何気なく語られる自己紹介。それは、自分を過度に誇らない彼女にとってはなんでもないことだが、本来ならばもっと大々的に誇ってもいいほどの単語が含まれていた。事実、そう呼ばれるためだけに力を磨き続ける悪魔さえもいるのだから。

 しかしルイズに悪魔の知識はないので、サラッと流すように言われてしまえばさほど印象に残らず、特に驚くこともなくプリエに返答をする。

 

「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

「ずいぶん長いわね…ルイズでいい?」

 

 もし、呼び出した使い魔が異世界の平民の少年だったとしたら、無理にでも自分を敬わせようとしていただろう。しかし、ルイズは目の前の使い魔に心酔していた。ご主人様と呼ばれ続けるのは気分がいいが、まだ自分にその資格はないと素直に認めることさえできたほどに。

 

「ええ、それでいいわ。これからよろしくね、プリエ」

「こちらこそよろしく」

 

 ルイズが差し出した手にプリエは応じ、握手をしてくれた。たったそれだけの行為であるのに、ルイズは嬉しさで舞い上がってしまう。

 

「それで、早速だけど、あなたの実力を見せてくれないかしら?」

 

 ルイズは興奮で心臓をドキドキさせながら、好奇心のままに言う。あの魔力を直に見たのだ、その力に興味が湧くのは当然だろう。

 

「いいけど、あんまりヤバイ攻撃はできないわよ?」

「え?どうして?」

「使い魔の制約ね。アタシは悪魔だから、ルイズが言うような類の契約魔法を受けると、いろいろと制約を受けるのよ。ルイズの許可があればヤバイ攻撃もできるけど、オススメはしないわね」

「?」

 

 これこそが、混乱した伝説の魔王から世界の消滅を防いだ要因に他ならないのだが、ルイズにはその言葉の意味が理解できなかった。そのまま思考が凝り固まってしまい、しばらく首をかしげていたが、分からないことは調べればいいと自分の中で決着がつく。

 そんなことよりも今は一刻も早くプリエの実力を確認したくて、無駄なことはすぐさま頭から飛び出していってしまった。

 

「よくわからないけど、とりあえず見せてちょうだい!」

「了解! でもここだとマズいから、ちょっと場所を変えるわね」

 

 言うが早いか、プリエの魔法により窓が勢いよく開いた。これだけでも十分にすごい光景なのだが、あまりにも早く鮮やかに窓が開いたため、ルイズは気づいていない。

 

「へ?場所を変え──」

「舌噛まないでね」

 

 ルイズはこれから起こる事を理解する間もなく抱き抱えられる。プリエはそのまま窓枠に足を掛けると漆黒の翼を広げ、凄まじい速度で飛翔した。

 

「(な、なにこれ!?レビテーションやフライの魔法より……ううんどんな風の魔法よりも速いじゃない!)」

 

 ルイズは驚きで声が出ず、興奮で心臓が張り裂けんばかりに鼓動を刻む。烈風カリンと呼ばれ、国でも最高峰のメイジである自分の母ですらこんなスピードは出せないだろう。そう思うと、プリエのことがよりいっそう誇らしくなった。

 そして十数秒で、この世界の人間では予想もできない距離を移動し、人の気配がない広大な森に降り立つと、プリエはルイズを優しく下ろした。

 

「こんな辺鄙なところで何をする気?」

 

 ルイズの目は高まる好奇心と期待からキラキラと輝いており、プリエの一挙一動すら見逃さないように、まばたきすら我慢してプリエにくぎ付けになっていた。プリエは、そんなルイズに微笑みかける。

 

「ふふ、こうするのよ」

 

 プリエは拳を後ろに引き、ただ全力で殴った。空を切った拳は普通ならば何も起こさず、かなりの使い手ならば空を切る音を出す。しかし、彼女の全力のパンチはその程度では済まされない。

 プリエの眼前の森は一瞬で消し飛んだ。正確には、物理現象では説明できない彼女の凄まじい拳圧によって木々が薙ぎ倒され、無残に砕け散ったのだ。

 

 ルイズはその光景に度肝を抜かれ、言葉が出ない。しかし、その後に起こったことに更に度肝を抜かれることになる。

 

「元の世界におかえりなさい……」

 

 プリエが祈るように両手を組むと、どこか優しげな光の玉が無数に生成され、ソレが荒野になってしまった森へと降り注いでいく。すると、まるで何事もなかったかのように、これまた一瞬で木々が再生し、十数秒ほどで森は姿を取り戻した。

 その姿は以前と変わりがないどころか、むしろ更に生き生きしているようにも見え、先ほど失われたはずの命でさえもその全てが元通りになっていた。

 

 それは詠晶も杖も必要とせず唱えられた魔法。この世界の魔法に当て嵌めるなら先住魔法といったところだろう。実際は細部が少しばかり異なるが、まあ似たようなものだ。

 スクウェアメイジなんて目じゃないほどの大破壊魔法(とルイズは思っている)と、今までの常識を否定するような先住魔法。その全てが喜びの驚愕に満ち溢れており、どこから驚けばいいのかすらも分からない。

 それこそ一生分の驚愕を一気に頭に詰め込まれてしまったルイズは、キャパシティーを超えて気絶してしまった。

 

 力なく地面に倒れこむルイズを、プリエは両手で優しく抱き留める。本日最初の気絶とは違い、ルイズは心底嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「いつ以来かしらね、こんなにも心が落ち着いてるのは」

 

 過ぎ去った時を思い出すようにプリエは呟く。そして思い出していた。まだ自分が人間だった頃の、二度と戻れないあの居場所を。少しセンチメンタルになりながら腕の中のルイズを見つめる。異質な魔力を感じる小さなご主人様、ソレはこの世界よりも自分に近い。

 その成長も気になるが、何よりも人間からの裏表のない純粋な好意が心地好かった。プリエは彼女に微笑む。その柔らかい笑顔には、温かい慈愛と……仄暗い狂気が宿っていた。

 

 プリエの研ぎ澄まされた感覚は、ここに来てとある悪意を察知していた。これは世界に混乱をもたらすもの、多くの者が死に、負の感情が大地に溢れるだろう。そのときに必ず発生する膨大な穢れ……少しは面白いことも起こるはずだ。

 彼女はこれから起こるであろう様々な出来事に思いを馳せながら、その飲み込まれんばかりの漆黒の翼を大きく広げ、吸い込まれんばかりの青く輝く月へと飛び去っていった。

 

 

 

 

 余談だが、ガリア王国ではたまたま夜更かしをしていた姫殿下が偶然、大破壊と再生を目撃し、侍女にその光景を興奮気味で語ったところ、ついに幻覚まで見えるようになったかと嘆かれるようになったとか。


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