プリエが封印され一ヶ月が経った今、アルビオンの軍備は着々と整えられていた。野心に燃えるゲルマニアが壊滅状態のアルビオンを攻めあぐねていたのは、空に現れた巨大な竜の存在である。レコン・キスタが壊滅しているため、現在では“アルビオン王家のメイジが総出で召喚した”という説が一番有力になっている。更にハルキゲニア最強の王国であるガリアが軍備を増強しているという噂もあり、そんな情勢で戦力を削ることなどはしたくなかったのだ。そしてアルビオンの王家が勝利したため、アンリエッタとゲルマニア国王の婚約は当然破棄され、密かにアンリエッタを好いていたゲルマニア国王は涙を流したという。
これで世界は当面の間、平和を保つだろう。
ルイズは夢を見ていた。実家の池のほとりの小船の中、嫌なことがあると逃げるようにそこに行き、声を殺して泣いた場所。しかし、何かが違う。今の自分は小さく6歳くらいだが、悲しい悲しい昔の記憶ではないと第六感が告げている。
「やっぱり此処にいたね、僕のルイズ」
昔はずっと救われてきた優しい声……なのだが、今は何故か嫌悪感が込み上げてくる。声の主のワルドは、当時ではなく現在の姿をしていた。
「なんのようかしら……?」
やはり何かが違う。そんな歳ではないのに滑舌もおぼつかない。
「愛しい君に会うのに用なんているのかい?」
理由は分からないがゾワッと総毛立ち、その不快感を振り払う為に、あろうことかルイズはワルドに殴りかかっていた。
「はっはっはっ。いつもの君なら危なかったけど、今の君じゃあ痛くもかゆくもないよ。むしろ、もっと殴ってほしいくらいだ」
ポカポカと意味のない抵抗をしていると、遍在の魔法でワルドが五人に増えた。
「「「「「さあルイズ、6Pだ!」」」」」
夢の中とはいえこんな腐れ外道のロリコン野郎に貞操を奪われるのか。吐き気がするし虫酸が走る。よし、目が覚めたらワルドを一発殴ろう。いや六発殴ろう。とルイズは夢の中であるのにも関わらず現実逃避を始めていた。
「死にさらせこの変態どもがぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」
現実逃避の一環で、どうせならプリエが良かったなぁ。と思ったとき、ロリコンの遍在を全て打ち倒しながらプリエは現れた。そのせいで大地は深く叩き割られ、そこら中から溶岩が無秩序に噴き出し、厚い暗雲が雷鳴を轟かせてしまっているが、それでもルイズは嬉しかった。
「僕は7Pでもかまわ──ぶっ!!?」
ワルドの顔に正面から蹴りが入る。いわゆるヤクザキックだ。痛みでルイズを離したワルドの股間をプリエは思いっきり蹴り上げ、何故か原型を保ったまま、ワルドは暗雲を突き抜けてどこまでも飛んでいった。
「死亡確認!じゃあルイズ、早速アタシとニャンニャンしましょうか」
「ぷりえ、けっこんまえのしゅくじょがはだをあわすのはよくないとおもうの」
「っべーわコレっべーわ。マジ鼻血モンだわっべーわ」
交渉失敗。それどころか喋るごとにプリエが更に興奮している気がした。夢の中だからなのか、プリエの口調すらもおかしい。間髪置かずにプリエに全身をまさぐられる。今度は嫌な感じがせず、むしろ気持ちいいのだが、女同士ということもあり素直に受け入れられない。
ならプリエが男だったら受け入れていたのか?違う、私はキュルケと違って尻軽じゃ…そんなことで頭を悩ませている間もプリエの手は止まらない。そして、私の下着の中に手が入ってきて───
「ルイズ!ちょっとルイズ!」
「うーん……私は淫乱尻軽じゃ……ハッ!?」
体を揺さぶられながら呼びかけられたルイズは目を覚ますと、こちらを覗き込んでいる
「いや、今のアナタはどう見ても淫乱よ?」
「へ?」
夢の内容が衝撃的だったためか、未だにボケーっとしている頭でルイズは自分の姿を確認する。乱れたネグリジェ、そして両手は下着の中に───
「な、な、な、なによこれぇ!?!!!?」
「大洪水」
そう、手にネットリとついているのは血ではなく……
「ううううるさぁぁぁぁあい!!!というかなんで私の部屋にいるのよ!!!」
「だって、となりの部屋から大音量で嬌声が聞こえてきたら、ねえ?」
「物見遊山」
つまりだ。キュルケたちはルイズの自慰行為をけっこう観察していたということだろう。それを示すように、下着どころかベッドにまでじっとりと広がっている、おねしょとは違う液体。ルイズの羞恥心は一瞬で頂点に達し、それこそ太陽のごとく顔を赤らめて絶叫する。
「観光気分かアンタたちはぁぁぁあああ!!!つーかコレ、ミシアの仕業でしょ!!?出てきなさいよ!!!」
「いやいや、性的関連は全部アタシっていう決め付けはよくないわよ~」
夜中であることを全く考慮しないはた迷惑なルイズの呼びかけに応じ、床をすり抜けてヌッと顔を出すミシア。よく考えるとこれだけでも凄まじい魔法なのだが、この場でそんなことを気にする者はいない。
「じゃあアンタ以外に誰がこんなことするっていうのよ!?」
「プリエ様」
返ってきたのはまともすぎる答え。タバサとディープキスをしたプリエならば、再び卑猥な行為をルイズの体で行う可能性は高い。そう考えると、プリエが帰ってきたときに先ほどの夢が現実になってしまうのではないか。ルイズの顔に帯びている熱が人知れず別の温度にすげ変わったが、それでもミシアへの疑いは晴れなかった。
「………ホントに?」
「ホントもホントよ。プリエ様の欲求がルイズちゃんから溢れ出てたから、それをハッキリした形にしたのよ。いや~、ルイズちゃんの淫夢美味しかったわ~」
「………って、やっぱりアンタのせいじゃない!」
「ギャフン!」
ルイズは先ほどまでの行き場のない怒りの全てを込めて、ミシアを力の限り殴った。最近4メイルほどの“たんぐすてん・べりりうむごうきん”という金属を軽くブチ抜けるようになったが、コイツは大魔王なので大丈夫だろう。
「ううー……暴力はんたーい!」
「暴力じゃなくてこれは躾よ!」
「ぶーぶー!中級悪魔なら一発で葬れるゲンコツは暴力だと思いまーす!」
力こそが正義の悪魔が何を言っているのやら、ルイズは鼻で笑い飛ばした。しかし、それをルイズの口から言ったら、力ずくで慰み者にされそうなので言えはしないが。そんなルイズのサディスティックな一面を見て、タバサはふと口を開く。
「女王様」
「なっ!?」
仲良くなって分かったのだが、タバサは一言で的確に人を傷つけることをよく言う。いわゆる毒舌だった。
「そうよね!伝説の魔王の主でー、大魔王を二柱も従えてー、とーってもドSなんだから!ルイズちゃんは女王様よ!明日みんなに広めてこよーっと」
「ちょっ!待ちなさいよ!」
ルイズの制止も虚しく、ミシアはスルリと壁を抜けて何処かへ行ってしまった。
「……ターバーサー……?」
サビついたゼンマイ仕掛けのように、ギリギリとタバサに振り向くルイズはとても怖い。それは軍隊で訓練を受けていても思わずチビッてしまいそうな程だ。
「ごめんなさい……」
しかし、それに負けずにタバサは上目遣いで目を潤ませた。というか、恐怖で自然に出てきた涙をとっさに利用したと言った方が正しいだろう。
「うっ……!しょ、しょうがないわね!今回だけは許してあげるわ!」
今のルイズは、ついにプリエから流れる魔力に感情が含まれるようになり、プリエの嗜好がだんだんとしみ込んできてしまっている。その上、小柄でかわいらしい少女に小動物のような仕草をされたら、たとえ明日から長らく未定だった二つ名が『女王様』になっていようと、衝動的に許してしまうのだろう。
「(ちょろい)」
「なんか言った?」
「(ブンブン)」
すぐさま首を大きく左右に振って否定するタバサ。ルイズの読心術レベルの第六感に内心では冷や汗をかいているが、表面には決して出しはしない。
「そうだ、宝探ししましょう!」
「はぁ?」
「アナタからプリエの感情が溢れ出てたんでしょ?それならプリエが戻ってくるのも近いんじゃなくて?」
すかさずキュルケが話題を変えてルイズの興味を引き付けた。伊達に親友はしていないようだ。意味が分からないという顔をするルイズだが、キュルケは気にした様子もなく続ける。
「素晴らしい宝を見つけた方が一日だけプリエを好きにできるってのはどう?」
「アホらし……受ける訳ないでしょそんな勝負。第一、プリエは物じゃな──」
「へえ、
ルイズがピクリと反応して、閉口する。それは遮られたということに対してではなく、わざわざ苗字で呼んで家同士の因縁を引き出してきたことに対してだった。
「……いいわよ、受けてあげる」
ルイズはキュルケとツェルプストー家を分けて考えていたのだが、下手すれば軽いいがみ合いのあの頃に逆戻りしかねないキュルケの挑発から『恋人を寝取られた』という因縁が想起され、掛け勝負に負けたときの状況と酷似していることが決定打となって、ルイズの中でにっくきツェルプストー家への想いが蒸し返されていた。
「そうこなくっちゃ。それじゃあ勝負の期間は明日の日が落ちるまで。助っ人は有りでどう?」
「フン、せいぜい使える人脈は使うことね!」
あの頃のようにつっけんどんに言うルイズ。彼女の中では戦いはすでに始まっているようだ。久しぶりの態度に、今のルイズと競い合えるという事実に、キュルケは笑みを深める。
「承諾ね、明日を楽しみにしてるわ」
余裕とも取れる笑みにルイズは気分を悪くしながら、大きく鼻を鳴らすと魔力でシーツと下着をキレイにしつつ、毛布にくるまってキュルケから顔を背けてしまった。
「……確かに助っ人は有りで納得したけど」
学院の正門では、キュルケ、タバサ、ギーシュ、シエスタ、ミシア、モンモランシーがルイズの前に並んでいる。
「ちょっと多すぎじゃない?」
「まあ、正直ミシアさえいれば良かったんだけど…」
チラッとキュルケがミシアの方に目配せする。ルイズがミシアを見ると、彼女はギーシュとモンモランシーとシエスタを代わる代わる見つめ、蠱惑的に舌なめずりをしていた。恐らくいけにえ、いや携帯食料だろう。
そうとは知らず女性にいいところを見せようと張り切るギーシュと、ギーシュに結構見とれているモンモランシーを見ていると哀れに思えてくる。特に、様々な理由からオロオロとしているシエスタが一番哀れだ。合掌。
「先に言っておくけど、ミシアが作り出した物はナシね」
「あ、当たり前じゃない!」
「……どーだか。それと、コッソリやっても魔力で分かるからね」
ルイズはキュルケに念入りに釘を刺しておく。目が泳いでいるのでやるつもりだったのだろう。しかし、相手にミシアがいるとなると、こちらにもウラヌスが欲しいところだ。そうでなければ、もしもミシアが不正を行ったとき、完全に見破れる自信がない。
「誰かウラヌスがどこにいるか知らない?」
「猫ちゃんなら王宮よー。なんでも、ストレス発散現場を見られてスカウトされたらしいわね」
そういえば、最近人間に害をなす亜人が虐殺されているという噂があった気がする。悪魔なのに何故か責任感の強い彼女。実際は特に誰も困らないというのに、なにやらご立派そうな理由で言いくるめられるところが容易に想像できた。
ルイズはとりあえず、王宮へと赴くことにした。たとえウラヌスを連れ出せなくても、
「……ルイズって私たちと同じ人間よね…?」
「たぶん」
「アタシの特訓受けてみる~?特別に現実世界の一日でルイズちゃんと同じくらいの強さにしてあげるわよ~?」
「…………遠慮しとくわ」
「死ぃにさらせぇぇええぇえ!!!!」
「ぐはぁっ!?」
王宮に着いてウラヌスを探していると、
グリフォン隊が慌て出したのだが一睨みで黙らせ、一応くたばらないように
「……あれ?母さんはゴハァ!?」
コイツロリコンの上にマザコンなの?あと4発。
「……うーん、何故かルイズのパンツが見えたようグベェッ!?」
そこだけ覚えてるんじゃないわよロリコン。あと3発。
「……此処はどこ?私はだレンシャンッ!?」
へえー、このロリコンダレンシャンって言うのね。あと2発。
「……きが くるっとる!ブヘェ!?」
狂ってるのはアンタの性癖よ。あと1発。
「……ルイズ!ルイズ!ルイズ!ルイズぅぅううウギャアアアアア!!?」
壊れたマジックアイテムは叩けば直るときがあるってお父様が言ってたわね。ダレンシャンも直るかしら?
「……う、うーん…はっ!?……あれ?どうして僕はルイズに胸倉を掴まれているんだい?」
「へえー、案外直るものね。お久しぶりですね。ロリコ──ダレンシャン子爵」
「ちょっと待って、君ロリコンって言いかけなかった!?というかダレンシャンって誰だい!?」
「嫌ですわ。ご自分の名前もお忘れになられたのかしら?ロリコン子爵」
「酷いよルイズ!!仮にも婚約者じゃないか!!」
「あんな幼いときの、しかも親同士が酒の席で交わした約束を本気になさっておいでですか?それとも、幼いときの私の姿がどうしても忘れられませんか?」
閉口する
それを見てクスクスと悪戯っぽく笑うルイズ。なんだかとても色っぽい。ワルドはそんなルイズに見とれてしまい「いや、僕はロリコンじゃない…ルイズは16歳じゃないか……待てよ、それなら幼い肢体でも大丈夫……いや、僕はロリコンじゃ…」と、内容をループさせながらブツブツと呟いていた。ちなみにルイズには全て聞こえている。
「ほら、行くわよワルド。ちょっと付き合いなさい」
「え?君の誘いは嬉しいけど、僕はまだ仕事が……」
「付き合いなさい」
「……はい」
泰然自若とした様子なのに、有無を言わせない迫力を醸し出すルイズに、ワルドは逆らうことができなかった。この場にタバサがいたのなら、やっぱり女王様だと思われていただろう。
ワルドのおかげでウラヌスはすぐに見つかった。一際広い練兵場で、死々累々としている兵士達に叱咤を飛ばしている。ここにいるほとんどは平民であり、魔法が不得意なウラヌスは体力面と戦闘技法面での教官になったようだ。
「情けないぞ貴様ら!それでも軍人か!この程度など魔法学院の少女が鼻歌まじりでこなせるぞ!」
いくら発破掛けのためであり、いくら事実であるとはいっても、既に魔神クラスの実力を持つルイズとただの人間を一緒にするのはやめてもらいたいものだ。
「こんにちはウラヌス。精が出るわね」
「ルイズか、ちょうどいいところに来たな。おい!貴様ら!このルイズに刃を当てることができたら、私たちがなんでも言うことを聞いてやるぞ!」
それを聞いて満身創痍のくせに立ち上がろうとする大多数の兵士。男はバカばっかりだ。
「ちょっと!勝手なこと言わないでよ!」
「なんだ?自信がないのか?」
ウラヌスは挑発するような物言いで、意味ありげな笑みをルイズへと向ける。
「……バカ言っちゃいけないわ。この程度じゃ不足ってことよ」
その笑みの意味を汲み取り、ルイズは笑みを浮かべて答えた。これは自分に対する試験なのだろう。自信満々に言い放ったルイズに、ウラヌスは笑みを深くした。
「ほう?言うようになったじゃないか。よし!貴様ら!体力の回復とささやかな強化をくれてやる!」
兵士達は自分の体が羽のように軽くなるのを感じ、武器を振ったり跳びはねたりしている。そして、ルイズをその視界に捉えるとハッとして、最初に立ち上がろうとした兵士のほとんどはバツの悪そうな顔をした。ウラヌスが自信満々に言うから化け物のような女だと思っていたが、ちゃんと姿を確認すると、その凛とした鈴のような声に違わぬ可憐な女の子じゃないか。一部更に興奮しているゲスもいたが、見なかったことにしておく。
その戸惑いはウラヌスにも伝わったのか、適当な剣を拾ってルイズの顔を切り付ける。兵士が頭の中で思い描いた光景とは真逆の結果になり、ルイズには傷一つなく剣はポッキリと折れていた。
「遠慮することはない。どこからでもかかっていけ!」
直後、怒号を上げて1000もの兵士が1人の少女に襲い掛かった。
「もう終わりかしら?」
再び死々累々となった兵士たち、ルイズの問いに答える者はいなかった。
「ふむ、殲滅にかかった時間は10分か。よくやったなルイズ、合格点をやろう」
「ホント!?やった!!」
正直、ウラヌスが口に出した時間の単位は分からなかったが、とにかく認められたことではしゃぐルイズ。そこには涼しい顔で兵士をボコボコにしていたとはとても思えない、まだ幼さを残したかわいらしい少女がいた。
「ぐっ……まだ、まだ……!」
最後の意地だろうか、それとも本当に諦めていないのか。ぐったりとして動かない兵士たちの中で一人だけ、剣を杖にしてでも起き上がろうとする者がいた。正直、今まで本気になって鍛える気がなかったウラヌスは、まさに紅一点であったこの女兵士の根性に興味を持った。
「ほう、まだ立ち上がるか。貴様、名は?」
「……アニエス、で、あります……」
「アニエス……気に入った。貴様は明日から特別メニューだ」
「ありがとう……ございます……」
ウラヌスはアニエスという女兵士を直々に気で回復させると、ルイズに向き直る。
「それで、私に用があったんだろ?」
ルイズは宝探し勝負のことをウラヌスに説明した。ウラヌスは顎に手を当て、少し考えた後に口を開く。
「なるほどな。しかし、それなら私はあまり役に立てそうにないな」
「えっ!?ど、どうしてよ!?」
「私は魔法がからっきしだからな。プリエ様やミシアなら世界中の魔力を探知することもたやすいが、私は無理だ。あと、ワルドも連れていくんだろ?さすがに周りを更地するような移動は自重するが、それでもワルドが耐え切れるとは思えん」
「いや、そもそも周りを更地にする移動ってどんな移動よ?」
ハルケギニアでは魔法が生活の中枢を担っている為、科学技術や知識はほとんど発達してこなかったし、衝撃波を起こせる速度で移動できる生物もいない。一方、魔界はたまに超文明と触れ合うこともあり、悪魔自体人知の及ばない智を修めることができるほどの存在であるため、意外と科学技術や知識が発達しており、自力で衝撃波を起こせる速度で移動できる悪魔もいる。
つまり、ルイズは周りを攻撃しながら走るウラヌスを思い浮かべているのだ。ちなみにプリエとミシアは魔力で衝撃波を抑えて移動できるが、ウラヌスは今まで必要になる場面が存在しなかったため、そういったことができないのだ。
「そうだな、速く走ると風が起きるだろ?───」
そうして、ウラヌスが説明下手ということもあり、衝撃波の概念をルイズに説明するのに30分程の時間を要した。
「それじゃあ二人で行ってもワルドを連れていっても変わらないわね。ワルド、とびっきり速い風竜を借りておきなさい」
「やれやれ、僕のかわいいお姫様のお守りは大変だ」
「はいはい。それで、宝の地図とかはないの?」
「そういえば……」
「宝探しって言うか宝作りねこれは」
宝の地図を元にいろいろと探した結果、結局ガラクタしか見つからなかったが、ミシアが面白半分でそれ相応、もしくはそれ以上の秘宝にしていた。
エルフを退けたという伝説の槍は、持てば世界を手に入れるという神の槍に。オーパーツと称される古代の銃は、魔界が生まれた時に一緒に生まれた魔銃に。若返りの秘宝は、好きな年齢になれる魔石に(キュルケとシエスタが一つづつ貰った)。千もの攻撃を耐えたという伝説の鎧は、楽園の名を冠する神の鎧に。そんな感じでグレードアップさせ、元々オーク鬼やミノタウロスなどの亜人が住み着いているだけだった宝の回りも完全自立ガーゴイルや魔界植物を設置し、物凄い魔境となった。武器や防具は人の手に渡ったら恐ろしいことになるので当然の処置だろう。
「にしても、結局全部ガラクタだったわね……」
「無駄骨」
「いやいや、そーでもなかったわよ?」
ミシアの視線の先には今にも死にそうなギーシュ。心なしかバラの造花も萎れているように見える。
「ギーシュクン美味しかったわ~」
宝の地図を半分消化したところで、ついにミシアが我慢しきれなくなり、食料としてギーシュを差し出すことになった。ギーシュは若く、それでいて意外と清い付き合いをしているので、ミシアの大好物はたくさんあった。宝探しに30分、宝作りにも30分、子づ……食事に3時間半、これでどれだけ搾り取られたのかが分かるだろう。
「も、もうお婿に行けない……」
「だ、大丈夫よギーシュ!たとえ不能になっても私が貰ってあげるから!」
「(よ、良かったー。あんな目に会わなくて)」
キュルケは惨状から目を背けながら、まかり間違っても自分が餌食にならないために、とりあえず話題を変える。
「ね、ねえ、誰かまだお宝の噂とか知ってないかしら?」
「知ってるわよ~、女の子っていうお宝をね~」
ミシアが熱い視線を向け、舐め回すようにキュルケたちを見つめてくる。視線だけでも犯されているような気分になり、冷や汗が滝のように流れ出す。放っておいたら確実に襲われるだろうが、もう一度ギーシュなどという悪魔の所業ができるほどキュルケも鬼ではない。焦りから何も思い浮かばず、神にすがるような気持ちでなんらかの助けを待った。
「あ!そうだ!私の村にそういうのがありました!」
あまりの恐怖に走馬燈を見ていたシエスタは、先祖代々伝わってきた家宝があったことをその走馬燈から思い出し、すぐさま口に出した。そこにキュルケがすぐさま乗っかり、次にミシアが発情した際にはモンモランシーをいけにえにすることが決定した。
「よし!早速行きましょう!村の名前は?」
「はい、私の村は───」
「タルブ?」
「そう、なんでもそこに“銀の巨竜”ってえのがあるらしいですぜ」
近くの宝の場所まで行って、ミシアの魔力の残滓を確認したルイズは再び王都に戻って情報収集をしていた。ちなみに、風竜より速いウラヌスとルイズに、ワルドとアニエスは度肝を抜かれていた。
「そのタルブって村は何処にあるのよ?」
「ラ・ロシェールの近くにありまさぁ」
アニエスは時間が空いたら修業させるつもりで連れてきたのだが、元平民ということもあり、聞き込みでは大いに役に立ってくれた。
「なるほど、あの村か……。分かった、礼を言う」
「あら?」
「キュルケ!?どうして此処に!?」
「宝の地図はぜーんぶガセ。それでシエスタが言ったのよ、自分の村には“銀の巨竜”って宝物があるってね。それで、アナタは?」
「私もこの村に“銀の巨竜”があるって聞いたのよ」
「そう。でも残念だったわね。“銀の巨竜”は代々シエスタの家系が管理してるらしいわ」
ルイズはしまったと言わんばかりに顔を手で覆う。どうせ世界中にあったとされる宝は全て探索済みだろう。このままでは高確率で負けてしまうことになってしまう。負けたとしてもどうせプリエが了承しないだろうが、だからといってこのまま負けるのは悔しい。
ミシアがいて探索されていなさそうなところはあると言えばあるのだが、単純にとても遠いのだ。しかし、日が落ちるまでに戻ってこれないことはない。ルイズは覚悟を決めたように顔から勢いよく腕を振り下ろした。
「くっ……!こうなったら仕方ないわね……。ウラヌス、飛ばすわよ!」
「応!」
ウラヌスが腰を低くして両手を前に突き出し、手を重ね合わせて手の平を上にする。バレーボールのトスのような体制になったウラヌスの手の上にルイズがひょいと飛び乗った。
「そおら!」
トスするようにルイズを上空へ放り上げるとウラヌスもすぐさま飛び上がり、すぐに姿が見えなくなった。
「……ホント、めちゃくちゃね」
「……僕らはどうしたらいい───」
ワルドの声はルイズたちが巻き起こしたソニックブームによって遮られ、多大なる徒労感を二人に植え付ける。結局、ワルドたちは王都に引き返すこととなり、キュルケたちだけがシエスタに“銀の巨竜”まで案内された。
「これが“銀の巨竜”……?」
“銀の巨竜”は全長100メイルを越えていて、そのメタリックな外見は竜というより──
「戦艦?」
ミシアの言う通りだが、戦艦が未だに木造であるこの世界では誰にも理解されないだろう。それはもちろんこの世界のものではない超技術で作られており、外見には傷一つない。
「そう、私のひいおばあちゃんもそう言ってたらしいです。でも、誰もコレが飛ぶところを見たことがないんですよ」
ミシア以外の一同は鉄の塊が空を飛ぶ姿なんて想像できないので、そりゃそうだろうと頷いた。意外と機械好きであるミシアは、コレが力強く空を駆ける姿を想像し、同時に皆の度肝を抜けるだろうとワクワクしている。
「アナタのひいおばあちゃんって変わった人ねえ」
「そうなんですよ。なんでも、村に来たときは布と言っても差し支えがないような服装だったらしいですし」
それを聞き、魔力でじっくりと内部探索をしていたミシアの中で何かが引っ掛かり、外見上では分からない魔力の動きが止まった。“銀の巨竜”の外見をじっくりと観察しているうちにミシアの中の疑惑が確信に変わっていき、最後に決定的な確信を得るために、ミシアはシエスタに話しかける。
「……もしかして、そのひいおばあちゃんって、村中の男を虜にして、何故か村一番のブサイクと結婚して、“銀の巨竜”を置いてもらう為にオーク鬼の群れを一人で退治してたりしなかった……?」
「そ、その通りですミシアさん!その後フラフラーといなくなってしまったらしいですが……。それよりも、どうして分かったんですか!?」
「……どんな人か気になってね。心を読んじゃったのよ、ごめんね~」
心を読むことはできるが、もちろん嘘だ。表情にこそ出していないものの、心の中では「アタシだソレー!?」と叫んでいた。
今から約200年前、ミシアはとある星で見たアニメに影響され、どこかの超文明から宇宙戦艦をかっぱらって、時空間飛行をしていた。そしたら、魔力でムリしていたことが祟って戦艦はハルケギニアに着いた時に故障。自己修復システムを起動してみるとグレードアップも含め100年以上かかると言われ、せっかくなのでこの世界を楽しむことにした。近くの村で男を漁り最も精力の強い男と結婚。夜魔の血が混じっているので生まれてくるのは美男美女……なのだが、魔法が使えるとマズイと思い、女が生まれることはなかった。
そして結婚して20年くらい経った頃に、ウラヌスが迎えに来たので魔界に戻り、それを今の今まで忘れていたのだ。
「ミシアさんそんなこともできたんですか!すごいです!」
「じきにアナタもできるようになるかもね」とは言えず、渇いた笑いで言葉を濁すひいおばあちゃんことミシア。そして、自分のひ孫に欲情していたという事実に頭を抱えたミシアが勝手に帰ってしまったことにより、シルフィードを呼んで帰るまでの時間で勝負は終わってしまった。
ちなみに、聖地と呼ばれる場所に赴いたルイズたちは結局ガラクタしか見つからなかったため、最強の亜人と呼ばれるエルフの里へと押し入り、そのエルフ相手に無双をしてまで隅々まで探索したのだが、結局お宝は見つからずに勝負は引き分けとなった。