伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第15話 帰還

「それは……本当なのですね?」

「はい……」

 

 帰りはミシアに送ってもらい、ルイズたちは10分足らずでトリステイン王宮へとたどり着いた。警戒が高まっていたこともあって何度か捕まりかけたが、そのたびにミシアの魅了の魔法で強引に突破し、アンリエッタにコトの顛末を報告していた。

 

「良かった……!ウェールズ様……!」

 

 アンリエッタは、絶体絶命だと思っていたウェールズが生きていたことに感極まって、目頭と鼻の奥が熱くなるのを感じた。

 

「ルイズ……貴方に心より感謝致します……」

「……いえ、私は……」

 

 今にも感涙を流しつつ友達を抱きしめそうなアンリエッタとは違い、ルイズの表情は驚くほど暗い。そんなルイズを不思議に思い、アンリエッタは少し興奮も収まりながら首を傾げた。

 

「そうだな、後始末は私たちがやったからな」

「ちょっと猫ちゃん、横取りはよくないわよー」

「事実だ」

「つれないわねー」

 

 どこでもマイペースな二柱の悪魔が口を開いたことで、王宮派勝利とウェールズ生還の吉報でうやむやになり、一度は消えた単純な疑問がアンリエッタの中に再び浮かび上がる。

 

「あの、貴方たちはいったい?」

「こっちが猫ちゃんで~、アタシが夜ちゃんでーす」

「……私はウラヌス、こっちのバカがミシアだ」

「あっ!ひっどーい!」

 

 ここにマザリーニ枢機卿がいたら「一国の王女の前でその態度は何事か!」と憤慨するであろうが、あいにくここは王女の私室、マザリーニはいない。まあ、力のない者にそのような態度を取られた後の彼女らの行動を考えれば、いない方がいいのだが。

 

「はじめまして、わたくしはトリステイン王女アンリエッタです。重ねての質問なのですが、貴方たちはどういった経緯で力を貸してくださったのですか?」

「そうねー、キュートなルイズちゃんが体を許してくれたから、かな?」

「!?」

 

 これには、さすがにルイズも驚いて顔を上げる。アンリエッタはしばらく鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていたが、合点がいったのか頬を少し赤く染めると恥ずかしげに言った。

 

「あの、ルイズ?浮気はよくないと思うわ」

 

 “そうか、この色ボケ王女はそう勘違いしたか”

 

「ちちちちち違います姫様!!!!私にそんな趣味はないですしプリエにそういった感情はありません!!!!!」

 

 ルイズはものすごく慌てている為、ミシアの発言自体は否定できていないことに気がついていない。だからこそ、事情を知らない者たちには誤解されたまま、単なる照れ隠しだと認識されてしまった。

 

「確かに彼女は私から見ても魅力的だけど、プリエがいるのに浮気するのは流石に私も引くわぁ……」

「不潔」

 

 家同士の因縁もあり、顔を合わせれば口喧嘩しているようなキュルケならまだしも、タバサからバッサリと切り捨てられると、ルイズは膝から崩れ落ちた。

 

「でも、プリエ様がときたま頭を撫でてくれる時、ルイズちゃんすっごく嬉しかったんでしょ?」

 

 普段なら「なんでアンタがそんなこと知ってんのよ!?」と言い返すところだが、今のルイズにそんな気力はなく、言葉が心に突き刺さるのみであった。

 

「どうしてそんなことを?」

 

 代わりに疑問を出したのはタバサ。出会ったばかりのミシアが何故そういった事実を知っていたのか、少なからず気になったようだ。

 

「ルイズちゃんが体で教え──」

「記憶や思念をコイツが見た。そのときのディープキスはコイツの趣味だ」

 

 死んだように倒れ伏して全く動かないルイズを流石に不憫に思ったのか、ウラヌスは真実を短く告げる。言われてみればミシアの曖昧な発言とも合致し、貞淑なルイズの性格とも合致する事実なので、三人はすぐに納得した。

 

「猫ちゃんったら事務的~。そんなんだから男ができないのよー」

「やかましい。バラバラにするぞ」

 

 真顔で言い切る彼女だが、その言葉には確かにトゲがあった。心なしかその目つきも更に鋭くなっている気がするが、本当に気にしているのか、それともからかわれること自体にイラついているのかは分からない。

 

「やーん、怒っちゃダーメ。それとも猫ちゃんは女の子の方がいいのかな?」

「……もうその手には乗らんからな」

「あらら、ざーんねん……。でも、猫ちゃんはルイズちゃんが撫でられてるって聞いたとき、ちょっと歯ぎしりしてたよねー?」

「ニャッ!?ニャニャニャニャんでそんなこと!?」

 

 思わず怒りも忘れて目を大きく開き、焦りすぎて素の口調に戻ってしまうウラヌス。それほど予想外だったのだろう。ニャーニャー喚きながら顔を真っ赤にして慌てふためく彼女からは、もはや一種のかわいさすら感じられた。

 

「アタシだって大魔王クラスなんだから、気をつけていれば猫ちゃんの挙動を監視するくらいワケないわよ~。つまり、猫ちゃんはプリエ様になでなでされながら喉をコロコロされたいのね?」

「うニャッ!?!?」

 

 完全に図星だったようでウラヌスは固まってしまった。そんなウラヌスを、悪戯げな笑みを浮かべてミシアは楽しげに見つめている。

 

「ウラヌスさんはずいぶんとかわいらしいんですね」

 

 クスクスと笑う王女。それにつられてキュルケも笑う。

 

「恋愛に関しては子猫ちゃんってとこかしら?」

 

 プツッと何かが切れる音が小さく響き、ウラヌスの額に青筋が浮いた。

 

「もういいニャ!お前らみんなぶっ殺してやるニャ!」

 

 キレた。そりゃあもうウラヌスはキレた。絶対に守らなくてはならない、プリエの言い付けすら忘れてしまうほどに。

 

「ちょっ!?猫ちゃんストップ!!」

 

 ウラヌスの予想外のキレ方に、慌ててミシアはウラヌスを羽交い締めにする。先ほどまでミシアと一緒に微笑んでいた者たちは、ミシアの態度の変わりように訝しげな視線を投げかけるものの、まさかウラヌスがハルケギニアごとすべてを消し去ろうとしているなどとは夢にも思わないだろう。

 

「放せ!放すのニャ!コレが一番手っ取り早いのニャ!!」

「わー!バカバカ!そんなことしたらプリエ様にお仕置きされちゃう!!!」

 

 『お仕置き』、その単語を聞いた瞬間、ウラヌスの頭に上っていた血が急速に引いていく。血が引きすぎて蒼白になっているので、『お仕置き』とやらは相当怖いのだろう。

 

「そ、そうだな。すまなかった……」

「全く、とばっちりを食うのはこっちなんだから、キチンと反省してよね」

「……元を正せばお前のせいだろうが」

「そーだっけー?」

 

 ハルケギニア消滅の危機から一転、再び夫婦漫才を始めた二人を見て微笑ましい気持ちになりながら、アンリエッタはやっととある事実に気づいた。

 

「ルイズ、貴方の使い魔さんは?」

 

 未だに床に倒れているルイズの体がピクリと震える。それでもルイズは立ち上がろうとすらしない。アンリエッタはいよいよ心配になってしまった。

 

「……封印された、だから私たちが来たんだ」

 

 俯いたまま答えないルイズの代わりにウラヌスが答えた。ルイズにとってのプリエとは、アンリエッタにとってのウェールズのようなもので、それを理解したアンリエッタは思わず息を呑み、口を手で覆ってしまった。

 

「そう、だったのですか……」

 

 沈痛な趣で絞り出すようにアンリエッタは言う。自分にとっても大恩人であるプリエを失ったという事実は、それほどまでに彼女の心に重くのしかかっていた。ルイズからはまだ簡素な報告しか受けていないから真偽は定かではないが、結局全てをプリエが解決してくれたのだろう。そうでなければ、あのバカげた戦力差がひっくり返るはずがない。

 しかし、自分以上に落ち込んでいるルイズにかける言葉がアンリエッタには見つからない。下手な慰めはかえって彼女を傷つけることになってしまうからだ。使い魔に親しい者からの慰めを期待して目配せしてみるものの、睨み返されたり、熱い視線を向けられて思わず目を背けてしまった。

 

「あーあー、テステス」

 

 しばらく沈黙が続いたが、突然、ルイズの意味不明な言葉で沈黙が破られた。彼女はゆっくりと体を上げると、周りを見回してまた口を開く。

 

「よし、成功したわね。ウラヌス、ミシア、ご苦労様」

 

 その表情は勝気だが優しいもので、どう考えても先程まで落ち込んでいる少女のものではなかった。

 

「……もしかして、プリエ様ですか?」

「当たり。使い魔の感覚共有を強化して使ったのよ」

 

 使い魔のルーンの強化。そもそも使い魔が主の体を乗っ取るなど聞いたこともないが、プリエならなんとなく納得できた。しかし、嬉しさよりも驚きが大いに勝り、この場の人間は誰も声を発することができなかった。

 

「……申し訳ありませんが、証拠を示しては頂けませんか?」

「いいわよ。えーっと……そうね、ミシアは意外と編み物が得意でアタシの縫いぐるみを作ってたわね。それで毎晩ソレを抱き──」

「ニャーッ!ニャーッ!もう十分ですニャ!!」

「そう?」

 

 クスクスと悪戯っぽく微笑むルイズの体。しかし自分の主が言ったことだと考えると、からかわれているというのにウラヌスは一切の不快感を抱かなかった。むしろ、ちょっとした喜びまで感じたのだが、直後に抱き着いてきたミシアによってすぐに気分をブチ壊される。

 

「やっぱり猫ちゃんかーわーいーいー!」

「纏わり付くニャ!鬱陶しいニャ!」

「で、アンタらは主の事は心配じゃないと」

 

 からかうようにプリエは言ったのだが、二人はハッとして動きを止め、すぐさま離れて姿勢を正した。これらの行動や言動から、二柱の悪魔がプリエに絶大な信頼を寄せ、極めて高い忠誠を誓っていることが、部外者であるアンリエッタたちにもよく理解できた。

 

「……申し訳ありませんプリエ様。それで、プリエ様はいつ頃お戻りになられるのでしょうか?」

「分からないわね……これ以上魔力を吸われないように内部結界を張って、針の穴を通すような感じで封印を壊していかないとダメだし、いつになることか……」

 

 表情を曇らせるプリエ、それほど事態は深刻なのだろう。示し合わせたように、この場の全ての存在も苦々しい顔をする。

 

「やはりそうですか……。しかし、その娘と繋がっているのなら体を乗っ取って蘇れば──」

「嫌よ、ルイズが死んじゃうじゃない」

 

 ウラヌスの言葉を遮るように、キッパリとプリエは言い切った。できるかできないかではなく、しないと言ったことにウラヌスは驚き、思わずルイズの顔を見つめてしまう。この平凡な少女のどこに戦いを忘れさせるほどの魅力があるのか、ウラヌスには分からなかった。

 

「……そうですか。しかし、そのような高度で複雑な魔力操作を行うのであれば、すぐに戻った方がいいのでは?」

「ま、景気付けにしたいことがあるのよ」

 

 プリエの言葉の意味が分からず、ウラヌスの頭には大きな疑問符が浮かんでいた。それは、ミシア以外は同じようで、皆はどういう意味なのか頭を悩ませている。すると、プリエは何食わぬ顔でタバサに近づいていった。

 

「何を?」

 

 プリエはタバサの質問に言葉ではなく口で答えていた。これには流石のタバサも驚きで目を見開いてしまう。しかし、これがプリエとの行為だと考えると、すぐに受け入れタバサからも積極的に舌を絡ませる。タバサの頭が快楽で何も考えられなくなってきたとき、情熱的なディープキスは終わった。

 

「どうだった?」

「……未知の扉」

 

 タバサは少し息が荒くなっており、目を潤ませて頬も少し赤く染まっている。

 

「よし、ロリ分補充完了。それじゃあアタシ頑張ってくるわね」

 

 そしてプリエの意識がなくなり、ルイズに支配権が戻った。ぐらり、とルイズの体が揺れるが、それはいったん体から全ての力が抜けたことだけが原因ではないだろう。

 

「責任は取ってもらう」

「中身がプリエならルイズでも良かったのに」

「(……いや、僕は羨ましいなんて思っていないぞ)」

「……す、すごいものを見せてもらいました、ご馳走です」

「プリエ様……すっかりお変わりになられてしまって……」

「かわいい子のエロい姿って最高ね」

 

 このとき不幸だったのは、プリエに乗っ取られていた時の記憶が全て鮮明に残っていたことだろう。わなわなと震えながら黙っていたルイズは、皆の言葉を聞くたびにその震えを大きくしていた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!!!!」

 

 そして、ため込んでいた鬱憤を全て放出するかのようにルイズは爆発した。ついでに部屋も物理的に大爆発した。完全に何も影響を受けなかったのは、ルイズ本人と悪魔二柱だけだったという。

 

 

 

 

 

「し……死ぬ…………。絶対死んじゃう……」

「無駄口を叩ける元気があるなら死にはしない」

 

 オスマンにも報告を終え、ウラヌスの言葉が胸に突き刺さっていたルイズは今度こそプリエの役に立てるようにと、以前からプリエに特訓してもらっていた場所で、今度はウラヌスに鍛えてもらっていた。

 

 しかし、ウラヌスはプリエとは違ってスパルタだった。プリエの特訓ですら軍隊の訓練以上にキツいのに、ウラヌスはプリエの特訓が天国に思えるほどキツかった。まず、プリエの特訓と同じように魔力を限界まで使うのだが、強制的に回復させられてソレを数十回も繰り返すのだ。その後、今度は体力がなくなるまで全力疾走し、更に様々な武器でサンドバッグを延々と攻撃し続ける。コレも体力がなくなったら強制回復後に数十回繰り返しだ。最後にウラヌスとの組み手。これは時間がなくなるまでミシアがルイズを強制回復させて戦わせるものだ。もちろん威力、スピード以外の手は抜いてくれない。

 これを、一時間を一日に引き延ばした結界内で、現実時間の一日で朝昼晩に一回ずつの計三回行うのだ。音を上げるのも無理はない。

 

 しかし、ルイズは愚痴をこぼしながらも諦める気は一切なかった。こうしてルイズは、特訓を始めて二日でコモンマジックと失敗魔法が完全に使い分けられるようになり、上級悪魔に近い中級悪魔クラスの実力を持つようになっていた。

 

「だが、中々サマになってきたな」

「……た、倒れ姿が……かしら……?」

 

 本日の最後は、前のめりに倒れつつ、剣を地面に刺してギリギリで踏みとどまっていた。確かにかなり恰好がつく倒れ方であり、ルイズの軽口からも実力の上昇が感じられる。

 

「そういうジョークも言えるようになったか。よし、修業時間を延ばし──」

「嘘よ嘘!!!やめて!!!!」

 

 どこにそんな力が残っているのか、ルイズは癇癪が爆発したとき以上の声で絶叫していた。そのままなけなしの体力を使い切ってしまったのか、ふらりと地面に倒れ伏し、そのまま横になって荒い呼吸を繰り返している。

 

「……冗談はさておき、そろそろお前も爆発とコモンマジックとやら以外の魔法が使いたいだろう?」

「……えっ……!? ……つ、使えるようになるの…!?」

 

 コモンマジックは使えるようになったとはいえ、未だに系統魔法に目覚めていないルイズ。魔法が使えないというコンプレックスこそなくなったものの、系統魔法のような多彩な魔法を使うことはルイズの夢であった。

 

「分からん。私は魔法がからっきしだからな」

 

 嬉しさで起き上がっていたルイズは、そのまま腕の力を失って結構な勢いで地面にぶつかる。この程度では痛みすら感じないが、ルイズの心には徒労感からのいつも以上の精神的疲労が去来していた。

 

「しかし、私でも初級の魔法程度ならば扱える」

 

 再び期待で顔を上げるルイズ。そうやって視認できる状態であることを確認すると、ウラヌスはファイア、クール、ウインド、スター、などの分かりやすい初級魔界魔法を一通り見せる。今までの疲れなど吹っ飛んだと錯覚するほど、ルイズはぱあっと明るくなり、目を爛々と輝かせている。コロコロと表情を変えるルイズをかわいいと思いながらも、ウラヌスは話を進めた。

 

「私でも扱えるんだ、お前にも扱えるかもしれん」

 

 ついに自分でも系統魔法のような魔法が……そう思うと、ルイズの目の輝きが一層増した。それは火花ではないキラキラとした線が物理的に見えそうなほどで、更に強くなったらビームでも放ってしまうのではないかとすら錯覚させられるほどだ。

 

「本来ならばプリエ様に教えてもらう方がいいのだが、プリエ様はいない。そこで、ミシアにやってもらうことにする」

「やっとアタシの出番ね。ルイズちゃんの回復以外やることがなくて暇だったわ~」

 

 かなり現実的になったため、魔法を習得した自分を思い描いているのか、少し陶酔に浸っているルイズとは裏腹に、ウラヌスは一瞬だけ嫌そうに顔を歪めていた。自分の言うことを素直に守るルイズが娘のように思えてきたため、こんな色情魔に深く関わらせてしまうことが嫌なのか、それとも単純に色々な意味でいやらしい特訓をするであろうミシアを想像して不快な気持ちになったのか。それは、ウラヌスのみぞ知ることである。

 

「さて、今まで以上に修業はキツくなるが……ついてこれるな?」

「当たり前じゃない!私はヴァリエール家三女、そして貴族よ!こんなことでへこたれたら皆に笑われるわ!」

 

 その力強い返答を聞き、ウラヌスは満足げに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

魔界――第一階層

 

 大魔王クラスの悪魔がうごめく魔界。その一角、悪魔すら近づかない場所にプリエを封印した真っ黒な石があった。

 

―――さて、封印の解除が進んでいるとはいえ、本当に少しずつね……はぁ、めんどくさいったらありゃしない

 

 下手に触れてしまえば更に強固になる封印を、プリエはその類まれなる超精密な魔力操作によって解除していく。これは、いつものプリエからしてみれば少しずつというだけで、本来ならば恐ろしいほどのスピードだ。

 封印の中であるが故に声に出すことができない言葉は気だるげだが、彼女は極限まで封印の解除に集中していた。何がそこまで彼女を突き動かすのか?それは主人への想いか?そう、それは正解だ、しかしある意味では間違っていた。

 そこに関わってくる問題が、プリエに刻まれたガンダールヴのルーンだ。

 

 ここで、ガンダールヴというか、使い魔のルーンについて説明しておこう。ソレは使い魔にいろいろな恩恵を与えるもので、ガンダールヴなどは比類なき強大な恩恵を与えてくれる。

 しかし、その力を人間が自由自在に振り回せるはずもなく、大きな力を引き出せば引き出すほど、気力を大きく奪い去ってしまうのだ。もちろん、プリエにとってはその程度など無きに等しいものである。

 ではいったい何が問題なのか。それは使い魔のルーンの基本効果である、主人への敬愛だ。これは使い魔がただ懐きやすくするためだけのもので、力が強く、知能が高くなるにつれ効果が薄まってしまう程度のものである。

 つまり、普通ならプリエに効くはずもないのだが、実はプリエが無意識のうちにその効果を強めていたのだ。最初は有象無象の輩の中でかわいく思える程度だったのだが、それは毒のように彼女を侵食していき、ついには性癖を変え、彼女を性的に暴走させてしまうところまで至っていた。

 

 つまりだ。彼女を突き動かしている想いとは……

 

───帰ったらすぐにルイズをたっぷりと堪能しないとね!タバサも合わせて最高の夜にしなきゃ!イキ狂ってアタシを求めるルイズやタバサなんて……すごく興奮するわ!

 

 ……主人や、その系統の少女に対する、(ただ)れた性愛である。その邪悪で度を越えた淫靡な想いが漏れ出してでもいるのか、明敏な魔王たちが元から近寄ろうともしなかったプリエの封印の周りからは、更に悪魔の姿が消えたという。

 

 

 

 

 

「(ゾクッ)」

「どうしたのタバサ?」

「……別に」

 

 タバサに原因不明のおぞけが一瞬だけ走るが、理由は分からないし、分かってはいけない気がしたので放置することにした。ちなみにルイズにも同じようにおぞけが走ったという。

 

「……と、このようにヘビ君が出たり入ったりする訳です」

 

 今はコルベールの授業。火の魔法を使ったからくりを披露するといった授業で、授業というよりは発表会だろう。そんな偏屈な授業なので生徒からの人気は低く、普段ならば結構な数の生徒が眠りこけており、自動書記の魔法を掛けて出席すらしない生徒すらもいるほどだ。

 しかし、最近の授業の参加態度だけ見るのなら、珍しいことにほとんどの生徒が意欲的に授業に参加していた。

 

「役に立つのかコレ?」

 

 その理由である一柱、教壇の横に立つウラヌスが素朴な疑問を投げかける。彼女は科学がからっきしであるため、ほとんどの生徒と同じ『よく分からない変なカラクリ』という印象を抱いていた。

 

「今は役に立たなくてもいつか役に立つ時が来る。私はそう信じています」

「でもさ~、このままでもさ~」

 

 そしてもう一柱のミシアは指で丸を作り、ヘビ君が出てくる穴の前にもっていく。装置は動きっぱなしであるため、当然そこをヘビ君がひょこひょこと出入りする。

 

「役に立ちそうよね~」

 

 (あで)のある笑みをコルベールへと向けるミシア。意外にも科学に造詣の深い彼女は、このピストン運動が様々なものに有用であることを知っているにもかかわらず、あえてこのような卑猥な発想をした。

 

「ミミミミミミミス・ミシア!!いけません!女性がそのような破廉恥なことをしては!!」

 

 顔を茹蛸のように真っ赤にしてコルベールが叫ぶ。女性との関わりがあまりないコルベールでも、そういう知識は人並みにあった。

 

「そうだぞ、ただでさえお前の存在は刺激が強い、自重しろ」

「はいはーい」

 

 気の抜けた返事をウラヌスに返すと、穴から指を離しながらミシアは生徒を見回した。中には本当になんのことだか分からないような顔をしている生徒もおり、そういう無垢な少年も美味しそうではあったが、今日はこれくらいのことで過剰に反応してしまうほどに性欲旺盛な生徒を見繕っていた。

 少し前屈みになっている男子生徒が数名。その中の一人の太っちょな生徒に目を合わせると、コルベールのように真っ赤になって俯いてしまった。

 

「獲物を見積もるんじゃない」

「あてっ」

 

 そして今夜の予定を考えていたところでウラヌスに頭を小突かれる。反論しようとして振り返ると、ウラヌスの堪忍袋が限界を迎える寸前だと気づき、慌てて押し黙った。

 

「……コホン。じゅ、授業を続けてもよろしいですかな?」

「ああ、続けてくれ」

 

 ウラヌスとミシアが教壇に立っているのは、オスマンからのお願いをミシアが安請け合いしたためだ。暇なときでいいという条件だが、意外と彼女たちの出席率は高い。プリエと同じ理由で彼女たちの出てくる授業の人気は高いが、それでも風以外の属性を見下す傾向のある厭味ったらしいギトーの授業の人気は低い。

 ウラヌスがいるときはミシアもあまり派手な魔法は使わないのだが、運悪くミシアが一人だけのときとギトーの授業が重なってしまい、世界を滅ぼしかけたことがあったりもした。

 

 余談だが、二柱の人気は最初こそミシアが高かったものの、使い魔と触れ合おうとして全力で逃げられてしょんぼりしていたり、オスマンの使い魔のハツカネズミをニャーニャー言いながら無邪気に追いかけていたりしたところを目撃されたりしたことで、一気にウラヌスの人気が高まったという。

 

 ちなみに、プリエファンクラブの面々はプリエの姿が見えないことに歎き悲しんだが、部下の二柱を見て、元々あった3つの派閥の中で更に2つに割れてしまった。ミシア派の中には、やはり学院長の姿もあったとかなんとか。

 


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