「グァッ!?な、何故……?」
「ワルド!?」
ワルドが放ったエアカッターは、ウェールズの後ろの祭壇を、中に潜んでいた暗殺者ごと切り裂いていた。
「これは、どういうことかね?」
ウェールズは困惑しながらも、杖を構えつつ不可解な行動をとったワルドに詰問する。聡明であるという評判は真実のようで、不届き者を処断しただけでは信用などしない。
「殿下、私はレコン・キスタでした」
「!?」
ワルドの口から明かされる衝撃の事実にルイズの目が丸くなる。ウェールズは目を細めたが、呪文を紡ごうとはしなかった。
「ちょっと!?どういうことよ!?」
「スパイというやつだよ。最も、寝返ったのは最近だけどね」
「ならば、何故またこちら側に寝返った?」
「はい。ルイズの使い魔……彼女に失った母が重なり、心の底から惹かれたのです」
とどまることを知らない衝撃的な事実。プリエの実力の一端を確認したとき程ではないにしろ、ルイズは驚きで開いた口が塞がらなかった。
「失った母……そうか、やつらは聖地奪還を掲げている……。聖地には死人を蘇らせる秘法もある、という噂があったな……」
ウェールズは杖を降ろし、顎に手を当てる。プリエという強大で蠱惑的な存在を知っていたからこそ、ワルドの言葉を信用することにしたようだ。ルイズはそれでも混乱していたが、突如として大きな爆発音が教会にまで響いてきた。ルイズが事態を整理するまで、待ってくれる敵ではないようだ。
「何!?バカな……!開戦は夜からではなかったのか!?」
「奇襲です。やつらは聖地奪還を大儀とし、卑怯と言った貴族を無理矢理黙らせたのです」
「クソッ……!至急応戦しなくては!」
急いで戦場に駆け付けようとするウェールズの前に、ワルドは立ち塞がる
「いいえ、お逃げください殿下。むざむざ死にに行くのは愚か者のすることです」
「どいてくれないかワルド子爵?私は、勇敢に戦って死ねるならば愚か者と罵倒されようが結構だ」
「殿下も頑固者ですね。そうやって勇み立っていますが、残される者のことは考えていますか?」
「……ッ! それは……」
テコでも動かない気迫だったウェールズの気持ちが揺らぐ。本当に何も思い残すことがないのなら、ワルドの言葉はとっくに覚悟を決めていたウェールズには届かなかっただろう。
手紙を受け取ったときは、微笑みを浮かべて何も言わずに宝石箱にしまい込んでいた。だがその手紙の最後の最後、黒く塗りつぶされていた部分の内容を彼は察し、それに心を揺るがされないように、今にも泣きだしそうな表情でこちらを見つめていたルイズにさらなる負担を掛けないように、あえて平気なフリをしたのだ。
「その残された者が時には裏切りすらしでかすのです。そう、私のように」
「……その話は終わりだ。君を気絶させてでも行かせてもらうよ?私は愚かな頑固者だからね」
「殿下にできますかな?私はこれでも腕による信頼で、恐れ多くも殿下の暗殺を任されておりましたから」
どちらの考えも自分の中の
「やめなさい二人とも!」
ルイズの行動は信念も何も理解していない、人間の普遍的な感情からのもの。だからこそ二人も動きを止めてしまう。こんなときに仲間同士で対立するなど、譲れない信念などは関係なく間違っている。そこに二人は気づいたのだ。そもそも、関係のない女性を傷つけるなど貴族のする行為ではない。
「そうよ。そんなくだらないことで争ってどうするのよ?」
行き場を失った闘志から目を泳がせていた二人は、くだらないと一蹴されて思わずそちらに注目する。その人物を確認して、二人は驚きの、一人は歓喜の表情を浮かべた。
「プリエ!」
「お待たせルイズ。ちょっと城の中掃除してたら遅くなっちゃった」
それこそ言葉通りの意味に受け取れるほど、プリエはなんの気負いもなく自然に言うが、彼女にとってはその程度のことなのだろう。つまり、我先にと城の中へ突入した敵は殲滅されたようだ。
「暗殺のお邪魔だったかしら?ワルド子爵」
プリエは悪戯げな笑みを浮かべ、クスクスと笑う。しかし、その笑みからはいつもの嗜虐性は感じられなかった。
「……いや、そんなことはないさ。むしろ君とルイズにいいところを見せることができるんだから好都合だよ」
平時に言ったら処刑されかねないが、これが悪魔流のジョークであり、落ち着きを取り戻したウェールズもキチンとジョークとしてこの発言を受け取っていた。
「あら、一皮剥けたじゃない。変態ロリコンヒゲホモ野郎から、変態ロリコンホモ野郎に格上げしてあげるわ」
「それ格下げなんじゃないかい!?」
これにはたまらずワルドも声を大きくして慌ててしまう。そんなワルドがおかしくて二人は思わず吹き出してしまったが、ウェールズがすぐに真面目な顔に戻った。
「そうだ!レコン・キスタの奇襲は!?」
「ああ、とりあえず結界張ったから大丈夫よ」
「結界とは?」
「アンタらの砲撃を防いだアレよアレ。今は城全体とここを囲むように張ってあるわ」
プリエは気軽に言っているが、そんなことはスクウェアメイジがいくら集まってもできる気がしない。しかし、ウェールズには目の前の彼女が嘘を言っているようには思えなかった。
「ありがとう、これで軍備を整えることができる。軍備が整い次第、結界を解除してくれないか?」
真摯な表情でまっすぐにプリエを見つめて嘆願するウェールズ。まだ戦で命を捨てるつもりなのか。と、ワルドとルイズのため息が重なるが、そんなことはプリエが許可するはずがないだろうから二人は口を挟まなかった。
「ん、分かったわ」
「「プリエ!?」」
しかし、世間話でもするような調子でとんでもないことを口走ったプリエに、思わずワルドとルイズの声が重なる。この使い魔はいったい何を考えているのだろうか?主人がウェールズを助けたいのは、彼女だって知っているはずなのに。
「勘違いしないで。死なせる為に解くんじゃないわ、生き残る為に解くのよ」
「え?だって、プリエは大陸が消し飛ぶから無理って……」
「それはアタシの技の話ね」
「じゃあ、プリエの部下を呼ぶの?それって、大丈夫なの?」
「そりゃあ大丈夫よ、あいつら器用だし。ただ、あいつらは単純に遠いところにいるのよね」
実は、アレはプリエの激情から出た言葉であり、真実は全く異なる。プリエならば、一人一人殺していったとしても50000人程度なら1分もかからず皆殺しにできるだろうし、一気に敵だけを殺し、被害をそれだけにとどめる
男二人そっちのけで話が進んでいくが、話の輪に加わったところでついていける訳がない。二人は訳が分かないまま、上の空で話を頭に流し込んでいた。
「だったら、どうするの?」
「一度、魔界の扉を開くわ」
「えっ!?で、でもそれは……」
ルイズの頭には、昔読んだ絵本の三つ又槍の悪魔が人々を襲っている絵が浮かんでいた。実際の悪魔がどのようなものかは分からないが、少なくとも絵本の悪魔のように、血と戦火で辺りを赤く塗り上げることぐらいはできるだろう。
「大丈夫、アタシがコントロールするわ」
それでも、プリエが大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。彼女はいつも期待以上の結果を持ってきてくれた。それは彼女を信頼するどころか、妄信しても仕方がないほどの十分な成果だ。
「分かったわ。300対50000こんな状況をひっくり返せるのはあなたしかいない。頼んだわよ!」
プリエは勝気な笑みを浮かべ頷くと、目を閉じて祈りを捧げる恰好になった。瞬間、ルイズたちの全身をとてつもない悪寒が貫き、部屋の温度が一気に20度くらい下がった錯覚を覚える。太陽の光が降り注いでいるはずの部屋も心なしか宵闇よりも暗く思えて、神聖なはずの教会も、まるで何年も邪教の儀式を続けたように血生臭く淫靡な雰囲気を放っていた。
しかし、自分の使い魔を見ていると、この地獄のような場所でも安心することができた。やがてプリエの前に黒い渦が生まれ、それが直径3メイルほどに広がったところで、プリエは手を離した。
「これが魔界への扉ね」
三人は魔界の扉に注目する。吸い込まれそうな漆黒の闇が渦巻いているが、絶対にこれには入ってはいけないと、第六感が警鐘を鳴らし続けている。
「触んないでね?魔界に入っちゃうから」
プリエの忠告がなかったとしても、そんなことをしてしまうような脳内がお花畑で素っ頓狂のバカはこの場にはいないだろう。
「さて、これからゲートをこじ開けてテキトーな悪魔をしもべにするわよ」
プリエがまた祈りを捧げる恰好になる。先程とは違い、今度は心地好い感覚が全身に広がっていく。この場で眠り込んだらどれほど気持ちいいだろうか、抗い難い欲求が頭に生まれるが、それをなんとか振り払っていく。
「んなっ!?」
ウトウトとしていた三人は、突然心地好い感覚がなくなり、現実へとたたき落とされる。そこで三人が見たものは、黒と白の不思議な帯に巻き付かれているプリエ。プリエに封印の魔法を施した襲撃者は……先程の死体であった。暗殺者には悪魔の魂が取り付いており、周りの穢れが高まったことで動き出したのだ。
「このっ!」
プリエは魔力を込めて封印を壊そうとするが、それがいけなかった。封印はプリエの魔力を吸収し更に頑丈になってしまう。この手の封印は、普通ならプリエの魔力を吸収しきれず、そのまま壊れる。実際にプリエは何回もこの手の封印を受けてきて、行動不能になったことはない。
今回違ったのは、プリエの浄化のエネルギーを先に吸収して魔王クラスの封印力を持っていたことと、光と闇のエネルギーをどちらも吸収できたことだ。
「エアカッター!」
いち早く術者に気づいたワルドが、悪魔を魔法で切り刻んだ。しかし、完全に自立式の魔法は術者が死んでも止まることはない。
「(脱出はムリ……なら!)」
この星ごと消滅させてもいいのなら破れないことはないが、プリエの頭にルイズを省みない選択肢などなかった。プリエは、ルイズが容量オーバーで死ぬギリギリまでの魔力を注ぎ込み、ルイズの体で魔法を使ってワルドとウェールズを使い魔化させる。
そしてその他諸々の魔法の準備を終わらせ、超速思考でルイズに伝えることを全て伝えると封印され、石になって魔界へと落ちていった。
「いったい、何が起こったって言うんだ!?」
「愚痴や説明は後!今は目の前の敵に集中するわよ!」
三人が身構えると同時に、魔界への扉から大量の悪魔が飛び出してきた。
「なんなの、アレ……?」
「分からない。でも、なんだかすごく嫌な感じがする……」
「きゅい……(お姉様……シルフィ怖いのね……)」
先程のレコン・キスタ襲撃時に、プリエによって森へと避難させられたキュルケたちが見たものは、ニューカッスル城から立ち込める暗雲だった。正確にはそのほとりの教会から立ち込めるものであったが、すでに離れた場所からは判断できないほどに大きくなっていたのだ。
更に広がっていく暗雲から、不意に何かが飛び出した。
『逃げて。できるだけ遠くへ』
飛び出した何かが行動する前に、三名の頭の中にプリエの声が響く。そこからのタバサの行動は迅速で、キュルケをシルフィードに乗せると一目散にニューカッスル城から遠ざかった。直後、森の一角が吹き飛んで更地となる。
「たしか……あそこには」
「レコン・キスタ」
そこには結界を突破できないレコン・キスタの軍が待機していたはずだ。タバサの予想は当たっており、何者かとレコン・キスタは戦闘を始めていた。