伝説の使い魔   作:GAYMAX

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第12話 アルビオン

「へえー、こりゃすっげえなぁ……」

 

 通常の5倍以上の速度で進む船を見て、船長が感嘆の声を上げる。話し合いの結果、浮遊大陸アルビオンには貨物船で密入国することになった。身分も隠せるし、プリエが高速で突っ込んで、いきなり反乱軍レコン・キスタとの全面戦争になることも防げる。

 プリエはその方が手っ取り早いと言っていたが、ルイズやタバサの必死の説得の末、しぶしぶ了承してくれた。

 

 翌朝、船長との交渉の結果、プリエが船の動力となる代わりにこちらの素性と目的は不問、代金はなしということになったのだ。

 

「当然よ!なんたってプリエなんだから!」

 

 全く通用しそうにない理屈だが、実際に目の当たりにしている船長はその理屈で頷いた。

 

「全くだ、嬢ちゃんの使い魔じゃなかったら雇ってるところだぜ」

 

 ちなみに、乗組員の一人という設定なので敬語は使われていない。しばらくはまったりとした空の旅を楽しんでいると、なにやら怪しい船がこちらへと近づいてきた。特に何を警戒するでもなくそのまま進んでいると、こちらへ向けて大砲が飛んでくるが、プリエの結界に阻まれ音すらも届かない。

 これには防いだ方も防がれた方も度肝を抜かれた。慌てて空賊船からロープが投げ込まれるが、やはり結界に阻まれて届かない。どちらの船も予想だにしない事態に慌てている内にコトは終わっていた。外から船を魔力で支えていたプリエの翼による一撃で砲台を削られ、何もできないうちに空賊は全て捕縛されたのだ。

 そして捕縛した空賊の始末は、面白そうという理由だけでプリエが全て引き受けた。

 

 

 

 

 

「……殺せ」

「なんでよ?」

「貴族派に捕らえられ、生き恥を晒すつもりはない」

 

 どうやら空賊の船長はその髭面に似合わない精神の持ち主のようだ。船員も同意見のようで、皆覚悟を決めた目でプリエを睨んでいる。

 

「ふーん、なるほどね。アタシたちがトリステインからの王宮派への使いって言ったら信じる?」

「貴様は証拠も何もなく赤の他人を信じるのか?」

「ま、そうね」

 

 プリエは悪戯げにクスクスと笑う。時たまこういう表情を浮かべるプリエを見ると、彼女が悪魔だとルイズは実感する。

 

「ねえプリエ、コイツらってただの空賊よね?姫様からの依頼は極秘なのよ?」

 

 今いるのは空賊船の甲板、メンバーはプリエとルイズと空賊たちだけだ。この空賊たちは何か特別なのか、それとも後で始末するからなのか、ルイズにはプリエの考えが分からなかった。

 なるべく後者ではあってほしくない。いくら空賊とはいえ、虐殺されるのはかわいそうだ。

 

「安心しなさいって、こういうことよ」

 

 プリエが船長のヒゲを引っぺがす。いや、アレは本物のヒゲではなく、マスクだ。そして現れた素顔は……

 

「う、ウェールズ皇太子様!?」

「ええ、その通り」

 

 出発する前に、魔法によって描かれた似顔絵で確認したウェールズその人だった。直後、ウェールズは舌を噛み切ろうとするが、プリエの魔力によって顎を閉じることができなかった。

 

「ほらルイズ、さっさと証拠を見せないとウェールズ皇太子自殺しちゃうわよ?」

 

 驚きで宙に浮いていた意識をプリエの言葉で取り戻したルイズは、慌てて『水のルビー』をポケットから取り出す。

 

「それは!」

「はい。トリステイン王家に代々伝わる秘宝『水のルビー』です、殿下」

「……分かった、もう抵抗する意思はない。少し確認したいことがあるから、縄を外してくれないか?」

 

 プリエが指を鳴らすと空賊……いや、王宮兵士たちの縄が一斉に外れる。プリエの数々の凄まじい魔法を見ている挙句、この程度なら自分でもできるため、感覚が麻痺してしまっているルイズは全く驚かなかったが、本来はこの程度の魔法ですら先住魔法クラスの強烈な魔法であり、ウェールズ皇太子たちは驚き戸惑っていた。

 

「先住魔法……?さっきのもそうだが、君はいったい何者なんだ?」

「世の中には知らない方がいいこともあるのよ」

「そうか、それは失礼したよ」

 

 ウェールズは自分でも驚くほど簡単に、目の前の理不尽な存在を受け入れていた。そして自室にルイズとプリエを連れていくと、小さくて質素な宝箱からアルビオン王家の秘宝である『風のルビー』を取り出し、それを『水のルビー』に近づけると小さな虹ができた。

 

「どうやら本物のようだね。そうとは知らず数々の無礼を……すまなかった」

 

 ウェールズは深々と頭を下げる。権力に胡坐をかかず、一個人として素直に頭を下げる紳士的な態度に、むしろルイズは慌ててしまう。

 

「そんな!お顔をお上げください殿下!こちらこそ殿下に数々の無礼を……」

 

 そこまで言って、ルイズにとある疑問が生まれた。プリエは道中の夜盗を何のためらいもなく皆殺しにしたのに、どうしてウェールズ皇太子扮する空賊は捕縛したのだろうか?もしもプリエがウェールズ皇太子だと分かっていたから殺さなかったのであれば、何故プリエは事前に情報を手に入れることができたのか?

 

「あれ?そういえば、プリエはなんでウェールズ皇太子だと分かったの?」

「別に見破ったワケじゃないわよ。アタシ、空賊にはあんまりいい思い出がないのよね。だから、ちょっとした八つ当たりでもしようと思ったら、なんか空賊っぽくなかったから、それでね」

 

 “ちょっとした八つ当たり……恐らくちょっとでは済まされないないのだろうなぁ”と考えつつ、プリエが話してくれた空賊団を思い出していた。

 その空賊団団長に抱きつかれかけたことは確かにいただけないが、だからといって八つ当たりで別の空賊団に地獄を見せるのは、ちょっとひどいんじゃないだろうか。

 

「……ちなみに、その思い出がなかった場合、私たちはどうなっていたのかな?」

「船体真っ二つで空の藻屑ね」

「……始祖ブリミルよ、あなたのお導きに感謝致します」

 

 ……まあ、本当に正しく導かれていたならば、逆に捕われるなどという事態には陥らなかった訳なのだが。

 

 

 

 

 

 空賊として引き渡すフリをして入国する。空賊という名目でひっ捕らえた以上、そうした入国方法が最も望ましいだろう。引き渡す旨を船長に告げたら、元々の不問の約束とプリエへの恩が相まって快諾してくれた。

 空賊船―――軍艦イーグル号がレコン・キスタに見られるとヤバいという話なので、一度バラバラに分解され、圧縮してプリエがどこかにしまい込んだ。道中空賊の正体に主従以外が、イーグル号が10秒程で元に戻ったことにウェールズたちが驚きながらも、一行はアルビオンのニューカッスル城に到着していた。

 

「今宵は存分に楽しもうではないか!」

 

 そして手紙の交換も終え、ニューカッスル城では明日の戦いに備え、文字通りの最後の晩餐が行われている。そのニューカッスル城のテラス。どうしても楽しむ気分になれないルイズがそこにいた。そんなルイズに、落ち着いた雰囲気でパーティーを楽しんでいたプリエが語り掛ける。

 

「パーティーは楽しまなきゃ損よ」

「ごめんなさい……とても、そんな気分にはなれないわ……。……ねえプリエ、どうして皆楽しめるの?明日には皆死んじゃうかもしれないのに……」

「それはアタシに悪魔として答えてほしいの?」

「……プリエのイジワル」

「近頃どうも悪魔っぽくなかったから、ちょっとね。冗談はさておき、ああいうのは本当に楽しんでる訳じゃないわ、恐怖を紛らわしてるのよ」

 

 プリエは、今までそんな悪魔をたくさん見てきた。人よりも何倍も強い悪魔ですら気を紛らわすことがあるのだ。ならば人間は…………。そして人間の脆弱さ、それをプリエは痛いほど知っていた。

 

「だから楽しみましょう?楽しんで楽しんで、それで彼らが救われるなら、アタシはそれでいいと思うわ」

「……ごめんなさい、それでも私は……」

「ま、無理に楽しまなくても大丈夫よ」

 

 「それじゃ」と手を振ってパーティー会場へと戻るプリエ。そして、プリエと入れ代わるようにしてワルドがテラスへと立ち入ってくる。

 

「ここにいたのか、探したよルイズ」

「何か用……?悪いけど、パーティーを楽しむ気にはなれないわ」

 

 言おうとしていたことを潰され、思わずワルドは口ごもってしまう。しかし、そんなことはただの話のきっかけにすぎない。意を決して、ワルドは言う。

 

「……そうか。……ルイズ、僕と結婚しよう」

 

 

パリーン

 

 

「…………へ?」

 

 テラスにも聞こえるほどの何かが割れる大きな音が響くが、ルイズの頭の中はワルドの言葉がいっぱいで気づかない。

 

「結婚しよう、そう言ったんだ。僕は本気だよルイズ」

 

 パーティー会場から悲鳴が上がり、威圧感と怒気が増していくがそれでもルイズは気づかない。

 

「けけけけけ結婚って!!?わわわ私と!!!!??あ、あなたはいいの?伴侶がこんな……ちんちくりんで……」

「ルイズ、見た目じゃないんだ、大切なのは心だよ」

 

「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!この変態ロリコンヒゲホモ野郎!!なーにが見た目じゃないよ!!!ルイズの幼い肢体を弄びたいんでしょ!!!!それともアレ!?遍在で6Pなの!!?アンタには閃光よりも穿孔の方がお似合いよ!!!!」

 

 ついにキレたプリエが乱入してくるが、乱入直後にキュルケとタバサによって迅速に運ばれていく。

 

「邪魔しないでよ!!犯すわよ!!?」

 

 もう完全にキレてるので、たぶん自分でも何を言っているかは分かっていない。しかし、そんな状態でもキュルケとタバサを殺さない為に抵抗しないところ()()は流石と言えよう。

 

「本当に!?」

「興味がある」

 

 だが、プリエに惹かれている二人に何を言っても逆効果だった。

 

「キィィィィ!!!!!!覚えてなさいよ!!!ルイズとズッコンバッコンするのはアタシなんだからね!!!!!」

 

 捨て台詞にとんでもなく下品なことを口走りながら、プリエは退場した。徐々にプリエの罵倒が遠くなって聞こえなくなったため、恐らく寝室にでも連れていかれたのだろう。

 

「…………僕って、どうしてあんなに嫌われてるんだろう……」

「あ、あはは……」

 

 しかし、ここまでの醜態を曝しても全く幻滅されていないのはプリエの魅力の賜物だろう。異世界の少年が同じことをしたら、袋だたきにされて一晩中簀巻きになること間違いなしだ。というか、普通ならソレが当然なのだ。むしろおかしいのはプリエの方だろう。

 

「コホン。……ルイズ、返事はすぐにしなくていい。明日、式を挙げる時にしてくれればいいさ」

「あっ……」

 

 うやむやになる前にそれだけ言うと、ワルドは足早に立ち去って行った。

 

 

 

 

 

「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド」

「はい」

「汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い愛し、そして妻とすることを誓いますか?」

「誓います」

 

 ルイズとワルドの結婚式。そこに出席者はなく、仲人であるウェールズただ一人のみ。城の近くにある荘厳な教会の中で行われる三人だけの結婚式。本来これだけの人物の結婚式が開かれたのであれば、この100倍、もしかすると1000倍は人が集まったのではないかと思うと、花嫁も花婿も着飾っていないことも相まって、余計に侘しさが込み上げる光景だ。

 

「では新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

「……はい」

「汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い愛し、そして夫とすることを誓いますか?」

「…………」

 

 返ってきたのはルイズの沈黙。しかしこれは二人とも予想の範疇で、この結婚式自体がワルドのプロポーズなのである。そんなことなど前代未聞だが、ワルドの熱い説得によりウェールズは仲人を引き受けていた。出席者がいない理由は実のところ、戦の前だからではなく前述の理由からだ。

 

「ルイズ、僕では不満かい?」

「そ、そういう訳じゃないわ!」

「いいんだ、自分でもよく分かっている。君の使い魔と戦って、痛いほど思い知らされたよ」

「…………」

 

 ルイズの胸中には、ワルドと結婚することではなく、プリエはこの結婚を祝福してくれるのだろうかという疑問が湧きあがっていた。彼女のことだ、ワルドを罵倒しながらも、ちゃんと祝福はしてくれるだろう。

 ……そしてルイズは気づいた。自分の頭の中は、こんなにも自分の使い魔でいっぱいなことに。

 

「……ごめんなさい」

「……まあ、無謀だとは思っていたよ。予想はついてるけど、理由を教えてもらえるかい?」

「私が小さい頃、あなたは私の憧れで、好きだった……と思う。けど、プリエを召喚して世界が変わったわ。最初はすごく怖かったけど、彼女のおかげでゼロだった私は変われた……。彼女には一生かかっても払えないような大きなものを貰ったわ、だから私は少しづつでも彼女に返していきたいの!」

「そうか、やっぱり君の使い魔には敵わないな。器も、実力も」

 

 ワルドは自嘲めいた笑みを浮かべるが、その心は晴れ渡っていた。ルイズにフラれたことで、完全に吹っ切れたからだ。

 

「これで、僕は心おきなく裏切ることができるよ」

 

 ワルドはウェールズに杖を向け、エアカッターを放っていた。

 


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