朝起きると、いつものようにプリエはいた。その態度はいつものもので、昨日のことが嘘のようだ。ルイズはそのことを聞きたかったが、彼女を傷つけることになるかもしれなくて、結局聞くことができなかった。
そして、今回の任務をプリエに話したら快諾してくれた。これで任務のメンバーはルイズとプリエに色ボケのギーシュ。それと姫様が信頼できる人物が一人来るそうだ。その最後の一人を待つために、学園から少し離れた人気のない広場に皆はいた。
「いやぁ、プリエさんとご一緒できるなんて嬉しい限りですよ」
「アタシよりもルイズがいることの方が嬉しいでしょ?手を出したら殺すけど」
「確かにルイズは美しい。ですが……」
ギーシュは、ルイズの未だにゼロの部分を悲しそうに見つめると、肩を
「ま、まあ、そんな話は置いておきましょう。僕の使い魔を連れていきたいんですが、よろしいでしょうか?」
「アタシは別にいいわよ」
「まあ、プリエがいいって言うなら」
「良かった!おいでヴェルダンデ!」
ギーシュが使い魔を呼ぶと、ギーシュの横の地面がモコモコと盛り上がる。そこから出てきたのは、人よりもでっかいモグラであるジャイアントモールだった。
「ああヴェルダンデ!いつ見ても君はかわいいね!」
ギーシュは自分の衣服が泥で汚れるのも構わず、ヴェルダンデを抱きしめながら撫でている。
「なんというか……キモいわね」
「せめてちっちゃければねぇ……」
よほどヴェルダンデを撫でるのに夢中なのか、主従の言葉はギーシュには届いていなかったようだ。しばらくヴェルダンデは気持ち良さそうに目を細めていたが、においを嗅ぐように鼻をヒクヒクさせると、目を見開いてルイズに飛び掛かった。
当然、プリエに魔力で阻まれて失敗に終わるが、それでもヴェルダンデは前足と後ろ足をパタパタと動かしている。
「……何?主人に似てコイツもエロモグラってワケ?」
「ち、違いますよ!ルイズ、何か宝石とか持っていないかい?」
「そういえば……」
ルイズはポケットからアンリエッタより預かった王家の秘宝『水のルビー』を取り出した。
「それだ!ヴェルダンデは宝石が大好きで、僕に集めてきてくれるんだ」
聞けばたったそれだけしか特殊能力はないようだ。完全に足手まといだが、プリエにしてみればルイズ以外の同行者など一人や二人増えたところでほとんど変わらない。プリエがため息をつきながら空を仰ぐと、何かがこちらに近づいてくる様が見えた。鷲の頭に獅子の体、そして翼……あれはグリフォンだ。
グリフォンは近くに降り立つと、乗っていた軽装の騎士がその背から降りて、こちらへと歩いてくる。プリエはあのヒゲ面をどこかで見たような気がしたが、あと一歩のところで思い出せなかった。
「ワルド様!」
ルイズが嬉しそうな声を上げ、騎士に向かって駆け出す。そうしてプリエは少し嫌な想いと共に、アンリエッタが乗っていた馬車の扉を開け、ルイズに熱い視線を向けられていたヒゲであることを思い出した。
「久しぶりだね!僕のルイズ!」
ヒゲのふざけすぎた言葉で、プリエの顔に青筋が浮かぶ。“『僕の』とはどういうことだ、ルイズを物扱いの上、好き勝手できるという宣言か?”超越者の彼女にしては珍しく、整合性のない思考が頭の中で増幅していく。
「ギーシュ」
「はいっ!?」
プリエの声は少なからずの怒気と殺気をはらんでおり、ギーシュがそれに驚いて矢継ぎ早に答えた。
「アタシの方があのヒゲよりルイズに相応しいわね?」
「はい!プリエ様は美しく、いくらグリフォン隊隊長閃光のワルドとはいえプリエ様の強さにはおよびません!よって!プリエ様の方がルイズ様に相応しいです!」
びしっと背を正しながら早口気味に言い切ったギーシュは相当焦っているのか、いつもはさん付けであるのに、何故か様付けになっている。
「そうよね、そうよね……」
プリエはギーシュの言葉でなんとか平静を保っているが、気を抜くとワルドとやらを八つ裂きにしてしまいそうだった。そんなプリエの思いを知ってか知らずか、ワルドがこちらへ歩み寄ってくる。
…………ルイズを抱き抱えながら。
「やあ、君がルイズの召喚した使い魔だそうだね。僕は閃光のワルド、ルイズの婚約者さ、よろしく」
『婚約者』その言葉は戦闘時のように凝縮された時間を伴い、プリエの頭の中でほぼ無限にリピートされた。“このヒゲが?こんなヒゲが!?こんなヒゲと!!??”
時間感覚すらも失い、魂が抜けたかのように呆然と立ち尽くしていたプリエは、いつの間にかヒゲから手が差し伸べられていることに気づいた。恐らく友好の握手でも求めているのだろう。ルイズの婚約者という身に余る僥倖を受けた挙句、その使い魔まで取り込もうとはこの上なくふざけたヤツだ。
「このロリコン野郎!恥を知りなさい!」
プリエは溜まった鬱憤のままにワルドを罵倒し、拗ねて上空へと飛び去ってしまった。
ひどい対応ではあるが、鬱憤の溜まった彼女の対応としては最良のものだろう。
「……あれ?僕、何か嫌われるような事した?」
「あ、あはははははは……」
ワルドは初対面の女性にいきなり罵倒され面食らったようだが、理由が全く理解できない。ルイズは理由がなんとなく分かってしまったので、渇いた笑いで言葉を濁すしかなかった。
ワルドとルイズがグリフォンに乗り、ギーシュとヴェルダンデは馬車に乗り、すぐに出発した。プリエはいくら拗ねていても、ルイズが危なくなったら絶対になんとかしてくれるということで、一行は納得したのだ。
目的地はラ・ロシェール、アルビオン行きの船が出る町だ。本当はプリエに直にアルビオンに運んでもらった方が早いのだが、ワルドだけは運んでくれないだろう。ルイズに必要以上にワルドが密着しようとすると、謎の力がそれを阻止するのが何よりの証拠だ。
謎の力にワルドが戸惑っているうちに辺りはすっかり闇に染まっており、一行はラ・ロシェールの手前の渓谷に辿り着いていた。ここを越えればすぐに目的地なので、一行はそのまま進んでいく。
「つ、疲れた……」
「さあもう一踏ん張りだギーシュ君!もう少しで……む?」
渓谷も半ばまで差し掛かった頃、松明が一行に向かって投げ入れられる。しかし、松明は届くことなく空中で霧散し、空から細い光が降り注いだと思ったら、細い光と同じ数だけ短い悲鳴が起きて、以降は何も起こらなかった。
「これは……いったい?」
「言ったでしょ?プリエは私たちをちゃんと守ってくれるって」
ワルドは事態の全貌を飲み込めなかった。どこから発射されたのか見当も付かない光は正確に賊の急所を射ぬいた。分かるのはそれだけだ。そんな訳の分からない光景を少女や少年がさも当たり前のように受け入れた。底知れない実力を持つ使い魔に、ワルドはただただ冷や汗を流すのだった。
「タバサぁー!ルイズがねールイズがねー!」
町一番の宿屋についてみるとプリエはいた。何故かタバサとキュルケもいたが。プリエはタバサに抱き着いて頭を撫でている、タバサもまんざらではないようでプリエを振りほどこうとはしない。奇しくも、朝のギーシュが頭をよぎった。
ふて腐れているキュルケから話を聞くと、ルイズがどこかへ出発するのが見えたので自分たちは途中で先回りしたところ、渓谷の上を飛んでいたプリエと合流。そして、ルイズそっちのけでプリエと一緒に酒を飲みだし、プリエが酔っ払ってタバサに絡みだしたらしい。
「酔っ払った?」
テーブルの上にあるのは中身が十分に残っているワインが一本、別に強いお酒というわけでもない銘柄だ。おかしい、ルイズの知るプリエはこの程度では絶対に酔わないはずだ。
「えへへー、タバサしゃんはかわいいわねぇー」
しかし、タバサに絡むプリエはどう見たって酔っ払っている。挙句更に酔いが深くなっているように思える。ルイズに疑念が湧くが、ワルドが宿の部屋割を決めると言うのでひとまずソレは考えないことにした。
「本当は自由に部屋が取れれば良かったのだが、なにぶん路銀が少なくてね。僕とルイズは同室として、問題は君たちをどう分けるかだね」
「問らい点はアンタの存在よぉ!このロリコンヤロー!」
呂律も回らず、タバサの頭の上で気の抜け切った表情を浮かべているプリエが叫ぶ。
「どういうことだい?」
「なんれアンらとルイズが一緒っれ早々にきらっれるのろ!」
ますます呂律が回らなくなり、何を言っているか分からない。
「『なんでアンタがルイズと一緒って早々に決まってるのよ』って言ってる」
一同が困っていると、タバサが翻訳してくれた。
「それは僕が婚約者だからだ、何かおかしなところはあるかな?」
「『大有りよ!婚約者なら嫁入り前の娘と相部屋なんてならないわ!こんな年端もいかない子を、世界の宝を手込めにしようなんて!この鬼畜ロリコンヤロー!』って言ってる」
なお、ルイズは16歳であるため、結婚適齢期とは言い
「ご、誤解だよ!僕はただルイズに積もる話があるだけで!」
「『タバサに近寄らないで!アタシのルイズだけじゃ飽きたらずアタシのタバサまで手込めにする気ね!』って言ってる。あと、それは犯罪」
「だ、だから誤解だって!」
「『だいたいねえ!アタシ見てたのよ!アンタ、ルイズのカラダにベタベタと触ろうとしてたじゃない!ロリコンの証拠よ!』うわぁ……」
まあ、プリエも現在進行形でタバサの体をベタベタと触っているのだが、誰もそのことには言及しない。
「うぐっ!?な、なら僕はギーシュ君と寝よう!これで文句はないだろう!」
「『ロリコンの上にホモと来た!なるほど、いかにも好事家の顔つきだものね!』」
「…………僕はどうすればいいんだ……」
ほとんど初対面の女性にここまで言われ、ワルドのハートはさすがにズタボロだった。しかも、自分に後ろめたいことが一切ない訳ではないから、なおさらタチが悪い。
「『フン!知らないわよ!さあ、ルイズとタバサはアタシと一緒の部屋ね』」
「お金はあるのプリエ?」
「『あったりまえよ!かわいいルイズちゃんとタバサちゃんの為ならいくらでも出しちゃうんだから!』」
プリエはタバサを撫でていない左手をテーブルにかざすと、そこから純金が溢れ出した。
「『へっへーん!なければ作ればいいのよ!』」
あっという間にテーブルの上には純金の山、全ての客が遠巻きにこちらを見つめている。
「……あ、あの、コレちょっと貰っていい?」
「『いいわよいいわよ!もっていっちゃいなさい!今日のアタシは太っ腹!ついでにここの皆にもあげちゃうわ!』」
プリエがパチンと指を鳴らすと、他のテーブルにも純金が降り注ぎ、全てのテーブルに純金の小山ができた。各テーブルや店からは歓喜の声が上がっている。
「『いくらお金があっても、アタシたちの部屋は取っちゃダメだからね!』」
タバサの声は歓声に掻き消されたが、誰もそんなことをしようとは思わないだろう。しかし、どう見ても杖無しで魔法を使ったのに、誰もそのことに対して驚いていない。プリエの姿だって、どう見ても亜人なのに気にされていないどころか「人間よりも太っ腹」などと持て囃されていた。
「『お腹は太くないわよーほらほらー』」
タバサから手を離し、ペロンとお腹を見せ始めた。勢いよくめくった為、お腹だけではなく下乳まで見えてしまい、周りの歓声が大きくなる。
「ちょっ!?プリエ!!」
ルイズが迅速にギーシュの目を潰し、プリエに駆け寄って急いで服を戻す。
「『えへへー、ルイズだぁー』」
プリエはルイズを捕まえると、タバサと同じように撫ではじめた。ルイズは少し抵抗していたがすぐに大人しくなった。タバサは心なしか淋しそうだが、あのなでなでには人を篭絡する魔力でもこもっているのだろうか?
「私も撫でて~」
「『ロリコンヒゲ野郎にでも撫でてもらいなさい』」
「いけずぅ~。でも、アナタのそんなところもステキよ」
いや、彼女自身の言い知れぬ存在感、いわゆるカリスマというやつからだろう。ワルドも彼女に罵倒されて悪い気はしなかった。ただ、決してそういう趣味ではないということは、ワルドの貴族の誇りにかけて明言しておこう。
「ミス・プリエ、君に決闘を申し込みたい」
だからこの申し出も、プリエの不思議な引力に惹かれ、彼女をもっと知ってみたいと思ったからなのだ。