伝説の使い魔   作:GAYMAX

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こちらは旧版とし、色々と変えたものを投稿します。


本編
第1話 魔王降臨


 魔界──ある者はお伽噺だと言って信じようとせず、ある者は信仰する神の違いから認めようとしない……しかし、それでもその深淵の世界は確かに存在する。そこは神への反逆者、あるいは『悪』の象徴とされる悪魔の棲み処、超常が常となり正邪までもが反転する呪われた土地だ。

 ここは、無数に存在する地獄のような魔界の中で、小さくて静かな魔界。しかし、悪魔を統括するはずの『魔王』ですら一蹴されかねない悪魔たちが棲まう恐ろしい世界。その魔界の奥深く、生まれながらにして最高の戦闘能力を誇る竜王族二体が守る封印の先……時間も空間も、存在すらも曖昧な、世界からは隔絶された場所で、全てを己の色に染め上げる悪魔がいた。

 神の試練すらも易々と突破し、全ての魔王を超越した魔王の真なる力すらも下した究極の支配者、『伝説の魔王』。彼女にとっては戦いこそ全て、埋められない隙間を埋めてくれる唯一の時間だ。戦い好きであるから一方的な虐殺は詰まらない、それでも最低限の力を確かめるための竜王すら超えてくる者はいない。血沸き肉躍る程の戦いを求め続け、その先へと至ってしまった彼女の退屈は必然だったのだろう。

 

 何度目かも分からないため息をつき、今日も彼女は思案に暮れる。“どうすれば戦い以外で退屈を潰せるか”と。答えなど出ず、無駄に時間を浪費するだけの日々。もはや仕様が無いと思い、再び放浪の旅に身を投じる算段をしていたとき、彼女は違和感に気づいた。

 時間と空間を超えるとされる『超時空ゲート』ですら、封印を解かねば辿り着けないこの場所に、何者かの力が流れ込んでいる。それは本当に弱々しく、人知を超えた知覚を持つ彼女ですら注意しなければ見逃してしまうほどだった。

 しかし、それでも“封印を破らずに此処に辿り着いた力”だ。それは戦いの側面の一つである“力の比べ合い”に於いて、何かの力が彼女よりも優れていたことになり、彼女の興味を動かすには十分だった。

 

 本当に久しぶりに表情を動かしながら、彼女はその力に向かって手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

「ミス・ヴァリエール、これ以上は……」

 

 頭皮だけ先に老化した初老の教師が諭すように、そして爆発物でも扱うかのように、ふわふわのブロンドがかった桃髪を長く伸ばした少女に話し掛ける。少女―――ルイズは答えるに答えられない、彼女は失敗に次ぐ失敗から放心して……いや、正確には頭の中がごちゃごちゃになりすぎて、結果として何も考えることができないのだ。

 “また罵倒を浴びることになるのか”、“召喚に失敗したから留年、最悪退学になってしまうのか”、“昨日あれ程練習したのに何がいけなかったのか”……過去、現在、未来、全てがごちゃ混ぜになった疑問が生まれては、ソレが解決しないまま違う疑問が生まれていく。

 

 少し遠巻きに囲んでいる少年少女は、無事に試験を終えた生徒たち。ある者は簡単な試験を長引かせているルイズに苛立ち、またある者は滑稽な失敗を娯楽と捉え、それぞれが罵倒の言葉を浴びせようとしたまさにそのとき、ソレは起こった。

 ルイズの召喚魔法の失敗跡、爆発により少しえぐれた地面を中心に魔法陣が展開される。ソレは急速に草原中に広がると、その複雑怪奇な紋様を誰にも見せないように、すぐさま(まばゆ)い閃光を放った。思わず目を逸らしてしまうような強烈な光はすぐに去るが、それでもほとんどの生徒が目を眩まされてしまっていた。

 

「アタシを呼び出したのは、誰かしら?」

 

 そんなとき、生徒や教師の誰のものでもない声が、はっきりと草原に響く。しっかりと目を守っていた数人と、回復が早かった生徒たちが見た声の主は、レオタードのような煽情的な衣装を身にまとう女性の姿だった。

 その姿を確認すると、先程の魔法陣の大きさとまばゆい光にやられて沈黙していた生徒たちからポツポツと声が上がる。

 

「ははっ!これは傑作だ!ゼロのルイズが平民を召喚したぞ!」

「いや、アレは平民どころか娼婦じゃないか?」

 

 よく見れば頭から角が生えているが、豊満な体を持て余す扇情的な衣服のインパクトのせいで気づいた者はほとんどなく、その目ざとい者も警戒のために声など上げていなかった。

 次第に心ない罵倒や下品な笑い声は大きくなっていくが、そんなものはもうルイズの耳には届いていない。“呼び出した”という女性の一言と、さっきまで必死に唱えていた召喚魔法から、自身の魔法の成功を確信した訳だ。絶望から一転したルイズは、安堵のあまりへなへなとその場に座り込んでしまった。

 

「アンタなの?それともソッチのハゲ?」

 

 初対面の女性、しかも痴女のようなはしたない恰好の女性にハゲだと断言され、教師コルベールは憤りを覚える。そしてコルベールが抗議しようと口を開いたとき、ついに彼女が大きなアクションを起こした。

 

 

「黙れ」

 

 ここに来て初めて、彼女は周囲に殺気を向けた。圧倒的な超越者たる彼女は、周囲の罵倒など微塵も気にしておらず、ただ単に雑音が少し不快だと思っただけだ。つまりこれは、彼女にとっては言葉の通りただ黙らせるだけの威嚇行為であり、全く本気の殺気ではない。

 しかし、魔導の力を持ちながらも未だ常識の範囲内に囚われている脆弱な人間たちにとっては絶対的で根源的な恐怖以外の何物でもない。生徒を導き、守る立場であるコルベールですら、生を諦めようとする己の心に抗うことで精一杯なのだ。ルイズも含むほとんどの生徒など哀れにも失禁してしまっていた。

 

 そんな彼らの様子を見て、彼女は大いに落胆した。彼女からすれば、この程度など“気持ちを伝える手段の一つ”程度に過ぎない。己の側近的な立場である三体の悪魔ならば冗談とも受け取られかねないのに、目の前のやつらは恐怖から全ての行動ができないでいる。生命を維持するために必要な呼吸すらもできず、強張った顔で赦しを請うようにこちらを見つめているだけだ。

 自分はこんなザコどもを脅かしにわざわざ出て来た訳ではない。どうやら悪魔ではないようだし、殺してオサラバというのも、何もせずにオサラバというのも後味が悪い。

 

「ほら、攻撃してきなさいよ。一発くらいなら無抵抗で喰らってあげるわ」

 

 だからこそ彼女は、大きく腕を広げて挑発しながら彼らを見回した。既にほとんど興味は失せているが、“弱すぎて話にならないから、興味を失って帰る”フリをしてあげようという彼女なりの慈悲だ。しかし、せっかく無様に隙を晒しているというのに誰一人動こうとはしない。これ以上怒らせては叶わないということかもしれないが、そんな不甲斐なさに彼女はむしろ苛立ちを覚え始めていた。

 

「わ、わわ、わたしが、や、るるわ…………」

 

 そんなとき、呂律も回らないまま消え入りそうな声で、文字通り死ぬほどの恐怖を感じているはずのルイズが言った。実際のところ、この場の者たちの中にも立ち向かおうとしている者はいたのだが、こびりついた恐怖が想像以上に大きく、誰も動けなかっただけだ。

 内心で“コイツは一番ムリだな”と評していたルイズが一番早く動いたことに少しだけ女性は驚き、ちょっとした興味を持った。彼女がルイズに視線を向けると、びくりと全身を震わせながらも真っすぐに見つめ返してきて、評価を少しだけ改めた。

 

 しかし、そんなことができたのはルイズが特段勇敢だったからではない。目の前の理解の範疇を超えた存在に対する憧れや、同級生全員の前でおもらししてしまった恥ずかしさ、そしてこの期を逃せば二度とチャンスは来ないという焦燥感など、様々な思いが頭の中でぐちゃぐちゃになり、ルイズは完全にヤケになっていたのだ。これが、ルイズが最も早く死の絶望から復帰した理由であり、結局のところ女性の評価は全て的外れだったようだ。

 それでも一番早く動けたことは事実。彼女は勝気な笑みを浮かべ、ルイズと向き合った。

 

 生徒が自ら危機に飛び込もうとしているのに、教師が黙っていられるはずがない。“いけません!ミス・ヴァリエール!”コルベールはそう叫んだつもりだったが、口はパクパク動きながら、ただ空気を吐き出すのみ。恐怖を振り払うにはまだまだ時間が掛かるようで、本来ならそれが普通の反応だろう。

 

「さーて、何をしてくれるのかしら?」

 

 此処は女性が知っている人間界の一つではなく、全くの異世界。自分の魔界にまで届いたあの不思議な力以外にも、彼女の()言語系体との違いで分かる。彼女が構成し直した召喚魔法に付属している貧弱な翻訳魔法などではなく、彼女自身の強大な能力の一端だけで、そういったことすらも理解することができた。

 “力は全く及ばずとも、自分の封印の裏をかいたのだから、何か面白いことをやってくれそうだ”と、彼女は考えていた。これは、今日はどこかズレてばかりの彼女にしては珍しく正しい考察ができたことになる。まず前者、ここハルケギニアに於いて彼女を傷つけられる方法はない。これは疑いようもなく正しい。そして後者、混乱しているルイズはきっと()()()()()をしてくれるだろう。彼女が構成し直した召喚魔法の、対になっていた契約の魔法にもう少し注意を払っていれば恐らく回避できたであろう()()()()()を…………

 

「(契約……とにかく契約しなきゃ……)」

 

 ルイズは著しく思考能力が低下しており、胸中の強い思いに惹かれて一歩、また一歩と足を進める。ぶつぶつと虚ろな目で契約の呪文を呟く様は、ホラー映画の蠢く死体のような印象を受けるが、女性はその程度では全く怯まない。

 故にルイズが女性のもとにたどり着き、顔をずいと近づけられても何も変わりがなかった。だからこそルイズは、そのまま女性と唇を重ねることができた。

 

「!?―――!!?~~~~!??!!?!」

 

 どういう攻撃か完全に見極めようとしていた彼女は、普段ならば有り得ない失態に、そして女の子とキスをするという有り得ない事態に、声にならない悲鳴を上げる。お互いにパニック状態に陥り、進退窮まる数秒の後、先に我に返った彼女はルイズを突き飛ばした。

 

「…………よくも……よくもアタシのファーストキスを~~~!!!」

 

 「それは私だって同じよ!なんであんたなんかに!」──ルイズが正常ならば、そう言い返していたかもしれない。突き飛ばされるままに仰向けに倒れたルイズ、限界を四回りほど超えた彼女の頭には、考える力など残っていなかった。目的を達成したルイズはそのまま意識の手綱を手放したかったが、目の前の異常な魔力がそれを遮る。

 

 意外に純情な乙女だった彼女が放った、先程の殺気とは比べるまでもない稚拙な怒気。ソレは生徒の恐怖を取り払うのに貢献したが、次の瞬間、その場にいる全ての者が度肝を抜かれた。いつの間にか彼女の目の前に現れていた祭礼用のバトン。空中で規則正しく円状に並んだソレの内部には、大地を揺るがすほどの魔力が充填されていた。

 たとえ魔力という概念がこの世界に存在しなくとも、彼らはその力を肌で直接感じ取っていた。お伽噺や神話、子供が空想する最強の存在ですら及ばないほどの圧倒的な力がどれほどの被害を及ぼすのかは全く想像がつかない。それでも、たった一つだけ確実に分かることはある。

間違いなく自分たちは死ぬ
 最後の想いで神に縋る者、諦めて目を閉じる者、狂ってルイズを責める者など、どうにもならない事態に生徒は各々の本性を剥き出しにしていた。

 

「最後に言い残すこ──?」

 

 作り出した力場から唐突に魔力が抜け、カランと渇いた音を立てて力場を形成していたバトンが地面に落ちる。自分の能力を完璧に制御しているはずの彼女にしては有り得ない事態に、彼女は毒気を抜かれたまま首をかしげた。

 

「あれ?なんで?」

 

 彼女が再度魔力を込めようとするが何も起こらない、起こる気配すらない。今度は両腕で魔力を込めてみる…………やはり何も起こらない。そのとき彼女は、自分の左手に何か模様が刻まれていることに気づいた。

 

「ナニコレ?」

 

 それは、超越者たる彼女でも……いや、超越者であったからこそよく分からないもので、彼女は驚くほど普通に首をかしげていた。そうやって分からないまま放置していても何も始まらないため、彼女はルイズに左手の甲の模様を見せつつ、やはり驚くほど普通に尋ねる。

 

「ねえ、何よコレ?それとアンタ、アタシに何をしたの?」

「……使い魔の……ルーン…………?」

 

 ぼーっとしていたルイズは、誰に尋ねられたのかも分からぬまま、見たままを答えた。

 

「…………は?」

 

 一瞬、彼女の頭が真っ白になる。悪魔たちを力で従える『魔王』の中で、伝説とまで称されて畏れられた彼女。そんな彼女が使い魔を使うことは数あれど、自分自身が使い魔にされたことなどただの一度もないし、普通ならそんなことができるはずもない…………のだが、たしかに彼女の体は制約を受けていた。

 そもそも、混乱していた『伝説の魔王』に突き飛ばされたルイズが無事だった時点から、すでにおかしかったのだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁああ!!!!???」

 

 『ゼロ』のルイズ、二つ名が示す通り落ちこぼれ魔法使いに召喚された『伝説の魔王』プリエは、思わず人間だった頃のように、感情豊かに驚きを表現していた。もっとも、その叫び声はもうルイズには聞こえていなかったようだが。

 


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