程よく月が空に上がった頃。夕食を終え、電さんに教えてもらった大浴場にて今日の疲れをとった後のことでした。
私が食堂に戻ろうと廊下を歩いているとふと視界の端に何やら妖精さんが横切って食堂とは反対の廊下を走り去っていきました。
「何でしょう」
こういった現象が起きた後に何かしら童話災害が起きるのがいつものことです。もしこの時代で自重という言葉を知らない彼らが何かを行おうとしているのだったら大事になることでしょう。
何せ街を作り出したり工場を作り出したりと想像の斜め上を突き抜けて行きながら彼らはその何かを成し遂げてしまえるのですから。最大限の警戒をしていて損することはないはずです。
念のため私は食堂に向かうのを止め、妖精さんが走り去った方向へと向かい様子を見に行くのでした。
まだこの建造物、確か鎮守府でしたっけ。を把握できていない私にとってこの通路の先は未開の地。どこに繋がっているのか分からないため少しだけ警戒をしてしまいます。
流石に今朝まで電さん達の艦娘が住んでいたここに危なげなものが設置されていないとは思いますがやはり見慣れない場所というものは無条件で警戒してしまうのは生物としての性というものでしょうか。
それにしても怖い。
外から聞こえてくるさざ波の音と窓を揺らす風の音、そして先ほどから降り注ぐ大粒の雨音しか聞こえません。たまに読む本に孤島で殺人犯が人々を殺して最後には御用になるといった推理小説となんだか似通った場面なような気がしてなりません。
まさかこの鎮守府で事件が起きてるってことはないですよね?今の私、妖精さんがいないから普通にやばめなんですが。
そんなことを思っていると突如落雷が鳴り、外から放たれる光と音に驚き「ひぃ!」と情けない声を出して身を竦めてしまいました。
これほどの悪天候、生まれて初めてです。
「だいじょうぶですカー?」
ふと下から聞きなれない声が耳に入ってきました。驚いて瞑っていた目を開くとそこには妖精さん……ではなく妖精さんと同じ三等身の見慣れぬ小人がいました。
頭にフレンチクルーラーのようなものを二つ乗せ、脇出しといった奇抜なファッションをした小人は私の顔を覗き込みながら眉を八の字にさせもう一度「オー、だいじょうぶデスカ?」と言ってきます。
何なんでしょうかこの小人は。もしかするとこの時代の妖精さん?
ですが工廠で出会った妖精さんとはかけ離れていますし、第一この小人は恐らく女性です。何故ならスカートを履いているから。
まぁ妖精さんに性別といったものがないので趣味でこういった格好をしていると言われればそれでおしまいなんですけど……
「あの、アナタは妖精さん、でしょうか?」
「ノー!それはちがいマース!ワタシはコンゴーデース!」
「こんごー?まぁいいや。ではアナタは妖精さんではないんですね?」
「イエース!」
なんだかテンションが高い小人ですねー。ちょっと騒がしいです。まぁ外の方が五月蠅いのでどうでもいいですが。
にしても妖精さんではないのだったら本当に彼女?は何者なんでしょうか。そしてこんごーという自己紹介。聞いたことのない言葉です。
「えーっと、アナタはここで何をしていたんですか?」
「チョットえんせいしてましたネー!」
「遠征?」
鎮守府で遠征?
「ちなみにどんな内容の遠征ですか?」
「アマーいおかしをさがすえんせいネ!」
「……ここにあまーい飴があります」
私は里から出た時からずっと携帯していた飴の入った瓶から一粒飴を取りだしてこんごーさんに見せます。
「オォー!ソレをもってかえればテートクおおよろこびネー!」
「これを差し上げる代わりにそのテートクさんのところまで連れていってもらえますか?」
「イイヨー!」
軽っ!警戒心の無さすぎです。
ですがおかげで私はこのこんごーさんの提督さんに会えるようになりました。それにしてもまさかこんなことになってようとは……
今はこのこんごーさんに案内してもらい、どれほどの規模でこれが起きているのかを把握しなくては。
はぁ……どうやら今夜はゆっくり眠ることはできないような気がします。
「天龍さん、本当にあの方を提督にしていいのですか?」
食堂であいつが風呂から上がってくるのを待っている間、俺と電はまだ残っていた茶葉を急須に入れて一息ついていた。
「いいも何も俺らには提督が必要不可欠なのは知ってるだろう」
「ですが天龍さんにとって司令官さんは……」
「……いんだよ。あいつはもういないんだ」
この離れ小島にある鎮守府。元々は逃げ出した野郎が配属されるまでは違う提督が配属されていた。それが俺と電にとっての提督であり親のような存在だった。
時には艦娘である俺らに対して多大なる愛情を注ぎ、時には俺らが人間ではないことを口にすれば怒り、悲しみ。時には俺らと一緒に馬鹿やってくれたりしていた。それが俺の提督だった。
しかし提督は出撃中、深海棲艦に襲われ船が炎上し最後には海へと沈んでいってしまった。
提督が出撃する艦娘と共に海へと繰り出すなんてことは人それぞれであり、全く海に出ず執務室に籠りながら指示を出す者もいればあいつのように艦娘と共に海へ出て深海棲艦の危険にさらされながらも現場で指揮を執るといった者もいた。
その時の俺ならば戦場にいないくせに何を偉そうに指示を出しているんだと前者の提督を辟易していただろう。
しかしそれも今では違った思いを抱いている。
「なぁ、電。もし俺らが提督を海に出さなかったらこんなことにはならなかった、か?」
「分からないのです。でも、司令官さんを止めることなんてできなかったと思うのです」
「そうだなぁ。あの頑固爺を止めれる奴なんていないわな。龍田でさえ敵わない相手だしな」
にししと笑う俺。だが心の何処かにやっぱり後悔している俺がいた。
『どうにかして提督を止められたんじゃないだろうか』『ちゃんと言えば爺は海に出なかったんじゃないだろうか』とそんなことを思ってしまう俺がいた。
「俺らしくないなぁ……ホント」
「………」
天井を見上げながらつぶやく。あぁ、どうしてあの時俺を庇って沈んだりしやがったんだ。どうして燃え盛る船の上で俺に笑顔を向けていたんだ。
『俺は死なん。なに、少しばかり休むだけよ』
どうしてあの時俺にそんなことを言ったんだ。そんなこと言われたら俺は、いつまでも爺の帰りを待ってしまうじゃねぇか……分かれよな。
「て、天龍さんっ!」
「おぉう?!」
いきなり電が俺の顔近くまでに自分の顔を近づけてきていた。び、びっくりしたぁ……
「みみみみ見てください!……なのです!」
「お、おぅ」
何焦ってんだ?というかさっき語尾忘れてただろお前。俺は電が指さした方向へと視線を向けた。
「あったのです!」
「こっちにもあったわ!」
「れでぃならみつけてとうぜんよ!」
「すぱすぃーばぁ。これはうまい」
「あー!つまみぐいはだめじゃない!」
そこには第四駆逐隊?を思わせる口調をする妖精のようなものが角砂糖を両手で持ちながらはしゃいでいた。
なんだあれ?と声を上げる前にその妖精のようなもの達はぴくりと騒がしかったのが一変してまるで時間が止まったかのように硬直した。
その様子を黙って眺めているとどうやって収納したのかわからないが見たまんまで言えばポケットの中に角砂糖を押し込んでそそくさと走り去っていった。
「……な、なんだったんだ?」
「分からないのです……で、でも可愛かったですね?」
「いや、もしあれが新手の深海棲艦だとしたら一大事だぞ」
「はわわっ!?」
「追いかけるぞ」
俺は立ち上がるとあいつらが走り去った方向へと駆けだした。遅れて電も俺の後ろをついてくるように走り出す。
恐らくあの方向は工廠がある場所だ。
あそこなら妖精もいる。あいつらを捕まえるのはそう難しくはないだろう。
だがおかしい。工廠へと向かう廊下は大浴場に行く方向でもあるはずなのにあいつと鉢合わせる気配が全くといってないことに不安がよぎる。
電も同じ考えのようで「あの方と会いませんね」と少し困惑気味に俺に聞いてくる。
「まだ湯に浸かってるのかもしれないな」
俺は電に不安を与えないように当たり障りもない返答をした。
もしかするとあいつはさっきの奴らに連れ去らわれていたのかもしれない。そう思いつつもどこかでそれはないと思っている自分がいることに少しながら危機感が足りないなと己を叱咤するのだった。
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