色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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第67話 エレジー

「お前達は今、あの人――――クロトの企みを阻止する為にモノクロームと戦っている。そうだな?」

「はい」

「単刀直入に言おう。今のお前達では彼等に勝つ事は出来ない」

「……!」

 

 ずばり、と言い放たれたエレジーの言葉に、一同がざわめく。

 

「今までの戦いで学んだと思うが、奴等の力は強力だ。特に先日現れたペルソナと名乗る男。あれはきっと、あのカオスをも凌駕する力を持っているはずだ」

 

 カオス。

 その言葉を聞いて神童が思い出すのは先日の試合での光景。

 あの狂気的な風貌も言動もその全てが印象的であったが、中でも強く記憶に残っているのは、やはりあの凄まじい力の事だろう。

 自分達が今まで培ってきたモノが一切通じない。全身を切り裂くような冷たい威圧感は試合の終わった今でも鮮明に思い出す事が出来る。

 そんな奴よりも強い力を持つのが、あの仮面の男。

 微かに痛む傷を抑えながら、神童は密かに眉根を顰めた。

 

「生死の概念の無いイレギュラーは、あらゆる面において人間より優位に立つ。だが、そんな彼等と比べ色彩の人間が勝てる力がただ一つだけ存在する」

「……それが、カルディアと言う訳か」

「ああ。これから先、モノクロームを打ち倒すつもりなのであればカルディアは絶対に必要な力だ」

「でもよ、そんなモンどうやって身に付ければ良い訳?」

 

 ため息交じりに吐きだされた狩屋の発言に、難しい表情で考え込む一同。

 イレギュラーであるアステリも力の覚醒方法までは分からないようで、困ったように眉を下げている。

 そんなしばしの沈黙の中、部屋に響いたのは――

 

「だったら特訓しましょう」

 

 いつも変わらない、天馬の明るい声だった。

 

「特訓?」

「ああ。時空を超えて、宇宙を超えて、どんな壁を前にしたって、俺達はいつもそうやって強くなってきた! 世界が変わっても、きっとそれだけは変わらないはずだ!」

「……確かにな。いつまでもこんな所で悩んでいる訳にもいるまい」

「やろうよ、特訓!」

 

 天馬の一言でその場の空気が一気に明るく変化する。

 相変わらず、彼は無意識に人を勇気付けさせる力がある。だからこそあの時、カオスと分かり合う事も出来たのだろう。

 初めて会った時と比べ、随分と頼もしくなった天馬の姿に、神童は誇らしげに微笑んだ。

 

「特訓、か……。世界が違っても、考える事は同じなんだな」

「え?」

 

 ぽつりと呟くように零れたエレジーの言葉の意味が分からず、天馬は反射的に目を向ける。

 そんな彼の訝し気な視線に対し何か言い返す訳でも無く、エレジーはにこりと微笑み、こう言った。

 

「特訓をするのならここでは些か窮屈だろう。ついて来てくれ」

 

 

 

 

 

 

「ああ、この先は階段だから気を付けて」

 

 先頭を歩いていたエレジーが後を歩く雷門イレブンにそう告げる。

 視覚的情報の無い場所を大勢の人間が一斉に移動するのは、本来ならば非常に困難な事である。

 だが彼――エレジーはこの白い空間の構造をよく理解しているようで、手に持った杖で少し辺りを探るだけでどこに何がどれ程あるのか完璧に認知していた。

 そんな彼の案内のお陰で、一同は見えない障害物に衝突する事も迷う事も無く先へ進む事が出来ている訳だ。

 まあ……とは言え、自分達が一体どこへ向かって歩いているのかは分からないままなのだが。

 

 コツコツと靴底を鳴らしながら、見えない階段を降りていく一同。

 一人で歩いていた時には気付かなかったが、この"街"と形容された白い空間はやはり四方が壁で囲まれているようで、音がとても良く響く。

 足音はもちろん。服の擦れる音や呼吸をする音と言った些細な生活音までもが、普段よりもハッキリと大きく聞こえる。

 そんな事を考えながら歩いていると、ふと前を歩いていたエレジーが足を止めた。

 相も変わらず何も無い白い空間。

 いや、目には見えないだけで、ここにも恐らく何かがあるのだろう。

 そんな神童の考えを決定づけるかのように、エレジーは何も無い空間に手を伸ばし、透明な何かを掴み回した。

 金属の軋む耳障りな音と共に見えない扉は開け放たれ、先の景色を映し出す。

 そこは、今まで見てきた白い空間とは違う。全くの別空間だった。

 

「ここは……」

「外、みたいやんね」

 

 ひび割れ、雑草が生える石畳の地面。

 誰にも手入れがされず、荒れ放題の庭。

 水は枯れ、崩れかけた噴水。

 見た所、ここはどうやら何処かの屋敷の敷地内らしい。

 先程の空間とは一変したその光景に、一同は怪訝そうに辺りを見回す。

 

「神童先輩?」

 

 ふと、視界の隅に留まった神童の姿に天馬は疑問気に声をかけた。

 神童は荒廃した外の景色から、おもむろに今自分達が通って来た扉――正確には扉の上。建物の外観全体――の方へ視線を向けると、目を見開き絶句した。

 そんな様子に戸惑い、天馬も同じように屋敷へと目をやる。

 白い外壁に灰色の屋根、洋館の様な風貌のソレに、天馬は見覚えがあった。

 

「おい、神童……これって……」

 

 傍で同じように気が付いた霧野が神童に言葉を発する。

 

「ああ…………家に、そっくりだ」

 

 震える声で唱えた神童の目に映っていたのは、自分が産まれ育った、我が家の姿であった。

 外壁の所々が剥がれ、窓は割れ、蔦も絡まり放題だが、間違い無い。

 良く見れば、あの水の枯れた噴水も、壊れた石畳も。視界に広がる全ての物が、自分の家にある物と酷似している。

 一体どうして。こんな世界にこんな場所が。

 あまりにも不可解な光景を前に、気味が悪い言わんばかりに神童は顔を顰めた。

 

「やはり、似ているんだな」

「……似ている所の話じゃない。なんなんだ、これは」

「記憶だよ、この街は。俺と、アイツの記憶から出来た」

 

 記憶? アイツ? 一体何の事だ?

 「どう言う意味だ」と聞き返す神童を背に、エレジーは黒い蔦の絡まる巨大な門扉に手をかけ言った。

 

「話は、後で。会わせたい人がいるんだ」




お久しぶりです。4月から更新出来ずに申し訳ありません。
更新が滞っている間に世間はコロナで大変な事になってますね。この作品に出てくるイレギュラー達は怪我は愚か病知らずではありますが、生身の人間である皆様は手洗いうがいを徹底してお体には十分お気をつけください。

ちなみに今知りましたが
『嗽』
↑これで『うがい』と読むらしいですね。
まあ、だからどうしたって話ですが。

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