色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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第65話 アルカイックスマイル

「おかえり、カオス」

 

 ペルソナによって黒の塔へ返還されたカオスは、皇の間にてクロトと対峙していた。

 

「雷門との試合、お疲れ様。惜しかったね、もうすぐで勝てていただろうに」

 

 いつもと変わらない、感情の読みにくい静かな声が話す。

 

「実を言うと私も少し驚いたんだ。まさか、彼等が例の力を使うなんてね」

 

 玉座に腰かける彼を見上げるような形で見つめ続ける。

 張り詰めた冷たい部屋の空気に耐えるよう自然と体に力が入る。

 

「……何か、言いたい事があるようだね。カオス」

 

 先程から一言も発さない事に違和感を感じたのか。それとも天馬達との戦いで変化したカオスの心境を察しての事か。クロトの突然の問いかけに、カオスはうろたえるように視線を外した。

 今の今まで自分は家族を元に戻す為、恩人であるクロトの望みを叶える為、力を振るってきた。金も力も関係無い、皆が等しく平等に存在出来る世界を創り上げる為。心を、色を無くすために頑張ってきた。

 それが正しい事だと、それが一番良い選択だと、信じて疑わなかった。

 黒くても、心がなくても、まだ家族が家族としていられるなら、それで構わないと本気で思っていた。

 

 だけど。

 天馬達と出会って、全力でぶつかり合って、そんな心境にも変化が起きた。

 世界を変えなくても、何かを犠牲にしなくても、家族を救えるかも知れないと思うようになった。

 自分が今までどれだけのものを否定し、傷付けてきたのかようやく理解した。

 心や感情と言う物がどれだけ尊く、温かいものか思い出す事が出来た。

 もう、誰も傷付けたくない。

 もう、こんな思いを棄てる事はしたくない。

 逸らした視線を再びクロトに向け、カオスは口を開いた。

 

「クロト様。アナタはあの日、僕を見つけてくれた。声をかけて、話をきいて、父さんと母さんを救う方法を教えてくれた。こんな僕を理解してくれたアナタの力になりたくて、大事な家族を昔のように戻したくて、僕は人を止めイレギュラーとして力を振るってきました。平等な世界を創る事が最善で最適な唯一の道。どんな犠牲も、努力も、苦痛もその為にはしょうがない。そう信じて疑わなかった。でも、彼等と戦って気付いたんです。心の無い平等な世界が実現したとしても、僕の願いは叶わない。……父さんと母さんが救われる訳じゃないって」

 

 モノクロ世界に来て、こんな風にクロトに意見をするのは初めてだ。怖くないかと聞かれれば嘘になる。

 だけど、自分は彼に伝えなければならない。

 雷門との戦いで得た物、感じた思いを自分自身の言葉で。

 

「僕はずっと、自分の気持ちを二人に打ち明ける事が怖かった。本心を打ち明けて、否定されてしまったら……嫌われてしまったら。そう思ったら怖くて、いつしか何も言えなくなっていた。どうせ無駄だって諦めて自分の気持ちを押し殺していた。でも、言葉にしないと伝わらない事も沢山あるって教えてもらった。分かってもらえるかは分からないけど、僕は父さんと母さんに伝えたい。ずっと押し殺していた自分の思いを。けれど……クロト様の望む世界が完成してしまったら、それも出来なくなってしまう」

 

 一つ、深く息を吸いこんで、カオスは続けた。

 

「だから、僕はもうこれ以上アナタの為に戦う事は出来ません」

 

 強く真っすぐに放たれた言葉が室内に響いては消えていく。

 クロトからの反応は無い。ただ静かに瞼を閉じ何かを考え込む彼の白髪を、窓から覗く灰色の満月が妖しく照らしている。

 沈黙する両者。冷ややかな空気と威圧感にカオスは自分の顔が強張っていくのを感じた。

 

「なるほど、キミの考えはよく分かった。では、今度は私から一つ質問をしようか」

 

 閉じていた瞼を開き、赤い瞳でカオスを見据える。

 そして右の人差し指を立てると、クロトは“質問”を始めた。

 

「私の下を離れ、キミは一人でどうするつもりだい」

「……ぇ」

 

 語られた内容にカオスは両目を瞬かせた。

 

「私の望む世界が完成したら自分の願いが叶えられなくなるとキミは言った。ならばキミはどんな手を使ってでも私達を倒さねばならない訳だが、仲間のいないキミが一体どうやって私達に逆らおうというのかな」

「それ、は」

「まさかとは思うが、彼等の仲間になろうとしている……なんて事は無いだろうね」

 

 “彼等”とは天馬達、雷門イレブンの事だろう。

 先程の試合。クロトはこの部屋からモニターを通し全てを見ていた。

 カオスの容赦無い暴力的なプレイも、拒絶ばかりの発言も。

 松風天馬。彼の言葉によってカオスの力が解かれた事も。

 

「思い出してみなさい。キミは今まで散々、彼等に酷い行いをしてきた。今の今まで敵だった者を素直に仲間として迎え入れてくれると思うかい?」

「ッ……」

「まあ、彼ならばキミの事を受け入れてくれるかも知れないが……他の子はどうだろうね」

 

 クロトの発言は至極当然だった。

 自分は今まで、彼等の敵として行動して来た。ヒンメルのイレギュラーを巻きこみ、彼等を煽り、傷付けて来た。

 クロトから指示があった訳では無い。全て、自分の意志での行動だ。

 疎まれて嫌われて当然の自分に対し、松風天馬は理解を示してくれたが。

 それも今思えば、本当に心からの言葉だったのだろうか。

 それらは全て試合に勝つ為であり、自分達の大切なモノを守る為だけの行動であって、自分の事を思ってくれていた訳ではなかったかもしれない。

 いや、彼の真意など関係無い。

 どれだけ心境の変化が起きようが、自分が彼等を傷付けた事実は変わらず、決して許されるものではない。

 それなのに仲間にしてほしいなんて。虫の良すぎる話だと言われて当然だ。

 

「カオス」

「――!」

 

 すぐ傍で聞こえた声に我にかえると、先程まで玉座に座っていたクロトが目の前にまで移動して来ている事に気付いた。

 驚き固まるカオスを前にクロトはゆっくりと右腕を上げると、その白い頬に優しく触れる。

 

「人の心は移ろいやすい。一時の感情に任せ誰かに期待を寄せても、裏切られるのがオチだ。それはキミが一番よく分かっているだろう」

 

 特徴的な赤い瞳を細め、儚げな表情で言葉を紡ぐ。

 頬から伝わってくる革手袋の感触。強張った体のまま、恐る恐るクロトの表情を窺い知ろうと視線を動かす。

 

「キミが両親に本音を伝えたとして、上手く行く保証はどこにある? キミの言葉が原因で家族が離れ離れになってしまったら? ……キミは、辛い現実に耐える事が出来るのかい?」

 

 耳元から聞こえるクロトの言葉に、最悪なビジョンが浮かんでくる。

 全身を流れる血液が不快に脈打つのを感じる。

 両親に自分の気持ちを伝える。……それが上手く行く保証など無い事くらい、分かっていた。

 分かっていた、はずなのに。

 いざそれが現実になってみたら自分はどうなるのだろう。

 バラバラになった家族。

 先の見えない未来。

 誰の声も聞こえない冷えた部屋で、ただ一人孤独と向き合い続ける生活。

 そんなものに自分は耐えられるのか。

 家族がもう二度と、家族として機能しなくなるなんて。

 そんなの、自分はきっと――。

 

「キミに選択肢を与えよう」

 

 クロトは微笑んでいる。

 

「このまま私達と共にいるか」

 

 いつものように穏やかに。

 

「はたまた、一人で茨の道を歩み出すか」

 

 だけどもソレは、よく見てみれば心からの笑顔では無い。

 

「好きな方を選びなさい」

 

 口元だけが笑みの形をとっているだけの不自然なものだった。

 

「…………僕、は」

 

 いつもだったら穏やかで優しい微笑みだと思えるその顔が、何故か今はとてつもなく威圧的なモノに感じて、言葉が出ない。

 まるで首を強く絞められたように、喉が詰まって苦しくなる。

 先程から脳裏をよぎる嫌な想像に、ふつふつと胸の底から強い恐怖が湧いてくるのを感じる。

 彼は、言葉にしなくちゃ伝わらない事も沢山あると教えてくれた。

 だけど、伝えた事で壊れてしまうくらいなら、全て消えてしまうのなら。何も言わないままの方が良いのではないか。

 壊れてしまうなら、無くなってしまうくらいなら。

 我慢して、黙って、受け入れ続ける方が、よっぽどマシなのではないか。

 変な夢なんて見ず、今のままクロトの手下として動いた方が、自分にとっても、二人にとっても良いのではないか。

 

 ぐるぐると巡る思考に、頭が混乱する。

 何が正しくて、何が一番最善で、最適な選択なのか。自分が今、何をすればいいのか。今まで他人の命令をきいてばかりだった彼には、想像する事すら凄く困難な行為だった。

 

「…………部屋に戻りなさい、カオス」

「ぇ……」

 

 頬に触れていた手を離し、踵を返したクロトの発言にカオスは弾かれたように顔を上げた。

 

「話は終わりだ。部屋に戻って、休みなさい」

「で、でも……ッ」

「カオス」

 

 クロトの言葉の意図が分からずに不安気に瞳を揺らす。

 声が震える、嫌な汗が首筋を伝う。

 言いたい事や訴えたい事がまだまだあったはずなのに。

 頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。

 

「キミは良い子だ、今も昔も。だから、分かるだろう?」

 

 いつもと同じ、穏やかで優しい声と言葉。

 でもそれはあの貼りつけた微笑みと同じ。自分の為を思って言ってくれている訳ではない。中身の無い、上っ面だけの言葉。

 昔、疲れた父や母が面倒くさそうに自分に対し言っていたものと同じその言葉に、カオスは目を伏せ、頷いた。

 ようやく決意したと思っていたものがガラガラと音を立てて崩れていく。

 いや、この程度の事で崩れてしまう決意なんて初めから意味なんて無かったんだ。

 それなのに、人を止めて、イレギュラーになって、力を持って、勘違いをしていた。

 自分はどこに行っても、何をやっても愚図でノロマな出来損ない。産まれてこない方がよかった存在。そんな自分が何かを変えようだなんて、おこがましいにも程がある。

 二人に思いを伝えたって、クロトの言うようにきっと何も変わらない。それどころか、もっと悪い事になっていたに違いない。

 失敗するのは怖い。変わってしまうのも、未来を想像するのも、全部怖い。

 どうせ何をしても無駄なんだ。

 

――だったらもう、僕は何も考えないでいたい。

 

 カオスはぎゅっと目を瞑ると、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

「放っておいて良いのですか、クロト様」

 

 カオスがいなくなった頃を見計らったかのようにそう言葉をかけたのは、先程の試合でカオスと通信をしていたあの男だった。

 玉座の後ろで待機していた彼は、クロトの横に並び立つと後ろ手に腕を組む。

 

「構わない。あの子には考える時間が必要だ。いずれ来る時まで、そっとしておいてあげなさい」

 

 クロトの返答に男は少しだけ不服そうに眉を顰めたが特に言い返すような事はせず、「はい」と短く返事をした。

 ふと見やった窓の向こうには相も変わらず巨大な満月が鈍い光を放っている。クロトはため息をもらすようにぽつりと「さて、どうなるものか」と呟いた。

 

 




#次回更新は4/17(金)17時30分です。

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