色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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第64話 別れ

 空の街【ヒンメル】、白の神殿。

 ジャッジメントとの戦いから一夜明け。雷門イレブンは次なる場所へ進むために、お世話になったシエル達へ別れを告げに来ていた。

 

「シエル、昨日はありがとう。お陰でカオスとも分かり合う事が出来た」

「いえ、俺はただ力を貸しただけ。彼と分かり合う事が出来たのは、アナタ自身の想いの結果です」

「シエル……」

「アナタ達は行くのですね。王の下へ」

 

 穏やかな表情で尋ねたシエルに、天馬は頷き返す。

 敵はこれからもっともっと強くなる。クロトの野望を阻止し、世界を守る為にもこんな所で立ち止まってはいられない。

 それに新たに姿を現したペルソナと言う男。彼は近々戦う機会があるような事を言っていた。

 標的である自分達がいつまでもこの街に滞在していては、カオスの時のように住人達を危険な目にあわせてしまう。

 シエルの後ろで「寂しくなります」と残念そうな声で話すカルムに「また会えるよ」と天馬は微笑んだ。

 

「この神殿の奥深くに白く大きな石の扉があります。その扉の先に皆さんを導いてくれる存在が待っているはずです」

 

 「扉までは一本道なので迷う事は無いでしょう」と、神殿の入口を見詰めながらシエルが言う。

 

「ありがとう、シエル。俺達、絶対勝ってみせるよ! 大切な世界やサッカーを守る為に!」

「ええ。遠く離れていても我々はいつもアナタ達を応援しています」

 

 せっかく知り合って仲良くなれた彼等と離れるのはとても名残惜しい。だけど自分達にはまだやるべき事がある。シエル達と築けた絆を守る為にも、今は先を急がねばならない。

 そしていつか、全てに決着がついたら彼等とゆっくりお喋りをしたり、サッカーをして過ごせたら良いな。

 その時は、今ここにはいない三国達やカオス達も一緒に、なんて。いつか来る平和な世界を思い描きながら、天馬はシエル達に別れを告げ神殿の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「……アナタは行かないのですか。アステリ」

 

 一通りのメンバーが神殿内へと消えていった中、一人立ち止まったままのアステリにシエルは声をかけた。

 

「昨日の試合、どうして天馬に力を貸したんだ。彼がカオスと和解出来るって、確証でもあったの?」

「いいえ。そんな物はありません。ただ、天馬ならカオスを解放させる事が出来るような気がしまして」

「失敗したら、どうするつもりだったんだ」

 

 非難を含んだアステリの言葉に、シエルは何かを悟ったように目を細める。

 

「天馬の事が心配ですか?」

「……彼は、優しすぎるんだ。今回はたまたま上手く行ったから良い。けれど、次にまた同じ事があったとして、その時も上手くいく保証はない」

 

 いつでも前向きで他人の痛みを自分の事のように思える天馬の優しさ。それはとても素晴らしいし尊敬出来る部分だけど、これから先その優しさに漬け込み、利用しようとしてくる輩が出てくるかも知れない。

 過度な優しさがその人自身を不幸にする事を、アステリは知識として知っていた。

 

「ボクには天馬達を巻き込んでしまった責任がある。仲間を失わせてしまった負い目がある。もうこれ以上、彼等から何か失わせる訳にはいかない」

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように、アステリは唱えた。真っすぐにシエルを見据える表情は真剣で、どこか鬼気迫る物を感じる。

 天馬達に対する負い目と責任感。なるほど、彼が他のイレギュラーと接する時に露骨に警戒心を張り巡らせていたのはそれが理由か。

 今までの彼の言動にそう理由をつけると、シエルは納得したように目を伏せた。

 

「……最後に聞いてもいいかい」

「はい」

「昨日、天馬に貸し与えた力。あれは一体なんなの」

「と、申しますと?」

 

 伏せていた視線を上げ、シエルはアステリの言葉に首を傾げた。

 

「……クロトが創りあげるレプリカの力は確かにイレギュラーに害を与える事はないし、キミみたいな変異体なら保有していてもおかしく無いかも知れない。けれど、レプリカはイレギュラーのみに扱える力。貸し与えたとて、天馬みたいな人間に扱えるはずが無い。だからと言って人間が持つオリジナルはイレギュラーにとって猛毒で、保有する事自体が不可能だ」

「…………」

「天馬と同じ姿と良い。キミは一体何者なんだ。どこでその力を手に入れたの」

 

 アステリの語り口は静かでありながら、詰問するような迫力があった。

 シエルからは何の反応も返ってこない。言いたくない事があるのか、それとも言葉を探している最中なのか。

 

「……私が何者なのか。そんなの事、アナタならば察しがつくのでは?」

「え」

 

 数秒間の沈黙の後に放たれたシエルの言葉に、アステリは目を見張った。

 確かに自分は天馬達と比べればイレギュラーに対する知識は持ち合わせている。

 だが自分と彼はほんの数日前に会ったばかりで、会話ですらまともに交わした事が無い。

 ましてや存在自体が稀な変異体の彼に関する情報なんて、何も……。

 

「どうやら、忘れてしまっているようですね」

「……ボクは、キミと会った事があるの?」

「いいえ。私とアナタは間違い無く初対面です」

 

 なんだそれは。結局話したくないって事か。

 以前、天馬に話したようにアステリは色彩の世界へ来た時のショックで記憶の一部を失っている。

 命の概念が無く、怪我をしてもすぐに治るような異形が記憶喪失だなんて、何だかおかしな気もするが。

 事実。自分はこの世界で普段何をして、誰と、どんな風に過ごしていたのか。

 自分の『アステリ』と言う名前は誰につけられた物なのか。ポケットにしまわれたこの写真はどこで見つけた物なのか。

 思い出そうとしても、思い出す事が出来ない。

 もしかしたら、その失われた記憶のどこかで既にシエルと出会っていたのかもしれない。

 そう思ったからこそ尋ねてみたのに。

 シエルの発言に少しだけむくれた顔をしながら「だったらどう言う意味」と言葉を発しようとした時。

 先に神殿内部に進んで行った天馬と信助がこちらに向かい走ってきている事に気が付いた。

 

「アステリー!」

「天馬、信助くん……」

「ここにいたんだ。姿が見えないから、心配したんだよ」

「こんな所で何してたの?」

「えっと、シエルと少し話を……」

「シエルと?」

 

 アステリの言葉に不思議そうに顔を見合わせる二人。

 怪訝に思い反射的に視線をシエルの方に向けるが、そこにあるのは白い岩石の柱と地面だけだった。

 

(あ、れ……)

 

 目の前の光景に驚いて辺りを見回すが、シエルの姿はどこにも無かった。

 ほんの数秒前まで確かにそこにいて、話をしていたのに。

 一体どこへ……。

 

「シエルと何を話してたの?」

「…………いや。対した事じゃないんだ」

「そう」

 

 はぐらかすような返答に天馬は少し納得がいかなかったが、アステリの強張った面持にそれ以上追及する事はよしておこうと思った。

 

「それじゃあ行こう。皆、待ってるよ」

「うん。……そうだね」

 

 結局、シエルから明確な質問の答えは得られなかった。それだけでは無い。彼の意外な言動のせいで疑問は増えるばかりだ。

 まるで狐につままれたような後味の悪い気分のまま、アステリは二人の後を追って神殿の中へ足を踏み入れた。


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