色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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第63話 再戦VSジャッジメント――全力の試合

 3-3の同点のまま、残り時間は数分だ。

 

「よーし! 最後まで全力で行くぞ!」

 

 天馬はポジションについた雷門イレブンを見渡し、声を上げた。

 皆、激しい試合の疲労を感じさせない程凛々しく、闘気に満ち溢れている。

 目の前のカオスも、彼の後ろで立つジャッジメントイレブンも、それは同じ。

 後半戦再開のホイッスルが鳴る。 

 両チームの選手はボールを巡って奪い合い、ぶつかりあい、汗を散らした。

 今までのような一方的な展開など無い。互いの力が拮抗した、純然たる『サッカー』という名のゲームがそこにはあった。

 

「カルディア等なくても、僕は戦える!」

 

 戦いの均衡を先に崩したのはジャッジメントだった。シータが蹴り上げたボールを空中でトラップし、カオスはゴールを睨み据える。

 旋回した自身の右足をはち切れんばかりに膨れ上がったボールに向け、叩きこむ。

 

「インフェルノV2!!」

 

 カルディアを解放していた頃となんら変わらない。いや、むしろ力を増した必殺シュートが雷門ゴール目掛け突き進む。

 爆発的なパワーが込められた光線のように飛ぶシュートは、決まれば決勝点になる。

 

「やらせないやんね!」

 

 赤黒い光線と化したシュートの前に姿を現したのは、黄名子だった。

 可愛らしい見た目とは裏腹にどこか勇ましさを感じさせる彼女は、どこから取り出したのか巨大なきな粉餅を取り出すと向かい来るシュートに向け振り下ろした。

 彼女の必殺技は一瞬カオスのシュートを受け止めたかのように見えたが、完全に阻止するまでには行かず。黄名子の守りを破壊し、ゴール目掛け直進し続けた。

 

「天馬達だって頑張ってるんだ! 僕だって負けるもんかぁ!!」

 

 信助は全身に力を込めると化身を発動させた。そして両手を強く打ち鳴らすと、発現した化身を紺碧色のアーマーへ変貌させる。

 巨大な守護神の力を身に纏った信助は腰を低く落とすと、向かい来るシュートを受け止めた。

 

「ぐうぅ……ッ!! うわぁっ!?」

 

 進もうとする力とそれを阻止しようとする力。相反する力の衝突で、ボールは本来の軌道とは全く違う方向へ弾け飛ぶ。

 ゴールポストにぶつかり、空中を飛来するボールをキープしたのは剣城だ。

 雷門、反撃のチャンス。ドリブルで一気に攻め上がる剣城を阻止する為、カオスは仲間達に指示を飛ばした。

 ベンチで天馬達を見守るマネージャー陣が、周囲で試合を観戦するイレギュラー達が。立ち上がり、声を上げ、雷門とジャッジメントの戦いを応援している。

 一点を巡って全力をぶつけ合い、時間いっぱいにフィールドを走る彼等の表情は笑顔だ。

 それまでの苦しい戦い等、微塵も感じさせない。心の底から熱くなって、自然と笑顔が溢れてくる。天馬がずっと自分に訴えていた『本当のサッカー』の姿をカオスはその時、初めて見た気がした。

 ジャッジメントゴール前、神童からパスを受けたフェイはミキシトランスを発動させた。

 

「これで決める! 真・王者の牙!!」

 

 地響きのような鳴き声と共に、青い光を纏った必殺シュートがジャッジメントゴールを襲う。

 アビスはボールの軌跡を睨むが、そのシュートは駆け込んできた天馬によって更に強力なシュートへと繋がった。

 

「はあああッ!! 真・マッハウィンド!」

 

 シュートチェインが生み出す強力な一撃がジャッジメントゴールに向かい突き進む。

 

「勝利がリーダーの望み! ゴールはやらせない!」

 

 腹の底から声を張り上げ、背後から放った紫色のオーラが巨大な魚の化身を形作る。アビスの化身《深淵のアギラウス》の発動だ。

 アビスは化身必殺技を繰り出し向かい来るシュートを止めようとするもののあえなく突破され、ボールがネットに突き刺さろうとしたその時。雷門ゴール前まで上がっていたカオスが、アビスをフォローするかのように飛び込んで来た。

 

「今度こそ、止めるっ!!」

 

 いち早くゴールに飛び込んだカオスの右足が、天馬とフェイのシュートを受け止める。

 ジャッジメントの更なる追加点を阻止する為、カオスは力の限り打ち返した! 力の圧力に耐えかね、天高く舞い上がったボールを見据え、雷門が、ジャッジメントが、勢いよく駆け出した。

 大きな歓声がフィールドを包みこむ。誰もがボールの行方を案じ、勝利の女神がどちらに微笑むのか見守っているようだ。

 天馬も、カオスも、飛来するボールから目を離さず走り続ける。舞い上がったボールが弧を描いて落ち始めた時――甲高いホイッスルの音が鳴り響いた。

 

『試合終了ーッ!! 両チーム全力でぶつかり合い、試合は3対3で決着つかずーッ!!』

 

 叫ぶアルの声に雷門もジャッジメントも我にかえった。

 全力を尽くした試合を終え、雷門イレブンは息を弾ませ、汗をぬぐう。

 疲労する事を知らないイレギュラーであるカオスも、深いため息を吐き、空を見上げた。

 

「勝てなかったか……」

「でも、悔いはないね」

 

 スコアボードに映し出される3-3の文字に一人唱えたカオスに、アビスが声をかける。 

 不思議と、今のカオスにも試合に勝てなかった悔しさや憤りは無い。 

 ただ、暗く冷たい夜が明けてカーテンの隙間から朝日が差し込んでくるような、柔らかな温かみだけが胸を占める。

 ふと視線を前に向ければ、カルディアを解いた天馬が駆け寄ってくるのが見えた。

 

「カオス、良い試合だったな!」

 

 そう言って相も変わらず快活な笑顔を向ける天馬の姿に、カオスは複雑そうな表情で目を伏せた。

 

「カオス?」

「……僕達は結局、試合に勝てなかった。それなのに何故か心は満たされているんだ。普通は悔しいって思うはずなのに……」

 

 沸き立つ熱い感情に戸惑ったように自身の胸に手をあて話すカオスに、天馬は再び口角を上げると「それはね」と語り出す。

 

「きっと“楽しかった”からじゃないかな」

「楽しい……?」

「そう! 短い時間だったけれど仲間で力を合わせて、全力でぶつかり合って、こんなに良い試合が出来て! 勝ったとか負けたとか関係が無くなる位、カオスはサッカーが楽しかったんだよ!」

 

 「サッカーもきっと喜んでいる」と続けた天馬の言葉をカオスは何度も心で反芻した。

 楽しい。楽しい。これが?

 今までずっと心なんて、不安や恐怖を感じさせるだけの存在だと思っていた。

 楽しいとか嬉しいとか、そんな事を感じられるのは限られた人間だけなんだって。

 でも自分の心は今、こうして満たされていて。

 この気持ちがもし、天馬の訴え続けてきた『本当のサッカー』をした結果だと言うなら。

 

「……そうだね」

 

 きゅっ、と胸に沸く感情を噛み締めて、カオスは伏せていた視線を上へ向ける。

 ようやく分かった、彼等が必死になって色を――心を守ろうとしている理由が。

 こんな感情。失いたいと思う方がおかしいや。

 

「凄く、楽しかった」

 

 そう言って、綻ばせたカオスの表情は

 今まで見た事が無い程に穏やかな微笑みだった。

 最初に会った頃のような皮肉げな物とも、狂気じみた物とも違う。彼の心からの笑顔に天馬は嬉しそうに自身の右手を差し出す。

 その行動にカオスは一瞬戸惑ったように目を瞬かせたが、すぐにまた優しい表情を浮かばせ差し出された右手を強く握り返した。

 

「松風天馬、ありがとう。お陰でようやく目が覚めた。……もう、誰かを傷付けたりなんかしない。父さんと母さんにもちゃんと気持ちを伝えてみる。分かってもらえるかどうかは分からないけど。それで、もし良ければ今日みたいにまた――――」

 

 握り絞めた手をほどき言葉を続けようとした瞬間。

 天馬とカオスの仲を断ち切るように、二枚の巨大な鏡が現れた。

 

「何だ!?」

 

 突如として現れた物体に驚く天馬達をよそに、カオスは自身を取り囲むように浮遊する鏡の姿に顔付きを一変させる。鏡に囲まれたカオスを助け出そうと天馬が一歩進み出た時、眩い銀色の光がフィールドを支配した。

 あまりの眩しさに思わず目を塞ぐ一同。徐々に小さくなっていく輝きの元へ反射的に視線を向ける。そこにはモノクロ色の衣装に身を包み、道化師のような不気味な仮面をつけた男が立っていた。

 

「『ペルソナ』……」

 

 予想通りと言った所か、カオスは特に驚くような事もせず男の名前を呟いた。

 人とは違う、異様な出で立ち。この男もクロトの仲間なのか。警戒したように体を強張らせる天馬達の事など構わず、『ペルソナ』と呼ばれた男は口を開く。

 

「カオス。クロト様がお呼びだ」

「ッ……」

 

 ペルソナが指を鳴らすと、カオスを囲んでいた鏡が光り出す。そして次の瞬間、光と共にカオスの姿は消えていた。

 

「な……!?」

「…………お前が松風天馬か」

「!!」

 

 そう言って、まるで値踏みをするような目付きで天馬を見詰めるペルソナ。

 抑揚の少ない声と顔につけた仮面のせいで、感情が読みにくい。向けられる視線から言葉に出来ない不気味さを感じて、天馬は息を呑んだ。

 

「お前、カオスをどこにやったんだ!」

「知る必要は無い」

 

 淡々とした機械的な返答。ペルソナは後ろ手を組むとフィールドに立つ雷門イレブンを見渡し、声を上げた。

 

「色彩の世界の住人に告ぐ。我が名は四代親衛隊【モノクローム】が一角、『ペルソナ・ミロワール』。次会った時は我等の力を見せつける。覚悟しておけ」

 

 その言葉を最後に、仮面の男・ペルソナはその姿を消してしまった。

 

「カオス……っ」

「……」


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