「やっと来たか」
「……カオス」
「散々人を待たせておいて、どんな切り札を用意してきたのかと思えば……そんな間に合わせな力で僕に勝つ気?」
同じカルディアと言う力を発動した者同士、互いがどれ程の力を持っているのか語らずとも感じ取れるのだろう。
フィールドに戻ってきた天馬の新たな姿を眺め、カオスは鼻を鳴らした。
「まあ、いいや。どうせ何をしても無駄なんだ。せいぜい無様に足掻けばいい」
そう言って赤く濁った瞳で自分を見詰める。
それはまるで、あの時の――あの夢の中で見た、父親の視線とよく似ていた。
「カオス。俺達はまだ諦めた訳じゃない。この試合にだって、絶対に勝つ」
「……あっそ」
自分達になんの興味も持っていないような、中身の無い無機質な返答。
ポジションにつく為去っていくカオスの後ろ姿を見ながら、ふとスコアボードに目をやる。
現在の得点は2-3。
自分達が彼より劣っている以上、彼は下位である自分達に関心を持とうとはしない。
まずは一点だ。
同点で並び、彼の関心をこちらに向ける。でなければシエルの言っていたカオスの心の隙間を突く事も出来ない。
「……よしッ」
『さあ! 後半戦、再開です! 果たして雷門、追い付けるかー!?』
甲高い笛の音と共に剣城が蹴り出したボールがフェイの元へ渡る。そのままドリブルで攻め込もうとした直後、カオスの強烈なスライディングによってボールは奪われてしまった。
「完膚なきまでに叩きのめす!」
掲げた両手に集約したオーラが禍々しい大鎌を形作る。カオスのカルディアに秘められた必殺技、《アダマスの大鎌》の発動だ。
真っ赤に染まった右目に刻まれた十字架の紋章を輝かせ、カオスは進撃を開始する!
『カオス選手! 次々に雷門の守備を破っていく! やはり、覚醒した彼を防ぐ術は無いのか!?』
進撃を阻止しようと立ちふさがったディフェンス陣を容赦無く叩き伏せ進むカオスは、試合が再開して幾分もしない内にゴール間近まで辿り着いていた。
試合が中断する前と全く同じ展開。今度こそ守るとゴール前で構える信助を前に、カオスはボールごと天高く跳躍すると、強烈な必殺シュートを放つ!
「終わりだ! インフェルノV2!!」
赤黒い闘気の光線が、雷門ゴールに襲い掛かる。
2-3のスコア。残り時間も少ないこの状況で、更に一点を奪われればもう取り返しはつかなくなる。
この一点だけは、なんとしても止めなくてはならない……!
強力なシュートを何度も浴びて傷ついた体を奮い立たせ、信助が顔を上げた。
その時だった。
「はああああああ!!」
雄叫びをあげながら、赤黒い光線の前に立ち塞がり右足を叩きこむ。
衝撃波が巻き起こす突風に、纏ったユニフォームと鮮やかな水色の髪がはためいている。
天馬だ。
ジャッジメント陣内まで上がっていた天馬がここまで戻ってきていたのだ。
「ぐぅッッ……!! ッうわ!?」
天馬の決死のブロックを打ち破り、カオスのシュートが雷門ゴールに向かう。
だが、その威力は先程と比べ格段に劣っており、信助は目を見開いた。
「今のでボールの威力は殺せたはずだ!」
「頼む、信助!」
友人からの言葉に「任せて!」と返すと、信助は全身に力を込めミキシトランスを発動。三国志の傑物『劉備』の力を身に纏った。
「真・大国謳歌ぁ!」
左手を大きく薙ぎ払い生み出した水墨画の世界を背景に、オーラで形作った巨大な手を向かいくるシュートに叩き下ろす。
岩石の手に包まれたシュートは次第にその威力を無くし、ついには完全に動きを止め地面に落下した。
「と……止めた! やったぁ!!」
自身の手の中で停止したボールを見詰めながら、信助が声を上げる。
瞬間、フィールドに歓声が轟く。観客として天馬達を見ていたヒンメルの住人達が、ベンチで祈っていたマネージャーや監督が、そして何よりフィールドで共に戦っていた雷門イレブンが嬉々として声を上げ、笑みを浮かべている。
「な、に……ッ」
興奮に沸く一同とは裏腹に、カオスだけが一人。動揺したように瞳を揺らしていた。
信助が投げ飛ばしたボールを受け取ると、天馬は踵を返し、目の前のカオスへ視線を向けた。
そのガラス玉のように透き通った瞳が自身に向けられるだけで、カオスは言い表しようの無いイラ立ちに苛まれる。
「ふざけやがって……ッ!!」
赤い髪がおどろに揺れる。ギリッと軋ませた奥歯が鈍い痛みを訴えるのを無視して、カオスは目の前に立つ敵を睨み据えた。
カオスから立ち昇る激情のオーラがより攻撃的な姿へ変化していく。まるで刃物のような形を成したオーラの圧力に負けじと、天馬はドリブルで突き進み始めた。
「通すものか!!」
全身を赤黒い光で包みこみ、ソウルを発動するカオス。
体に巻きつけた鎖を振り乱しながら猛り立つ巨大な獣《フェンリル》は、ドリブルで進む天馬を視界に捉えると、砂塵を蹴立てて驀進した!
「はああああ!」
向かい来る力に対抗すべく、天馬も腹の底から声を張り上げソウルを発動した。
弾けた光から現れたソウル《ペガサス》は、黄金に輝く翼をはためかせると大きくいななき、驀進するフェンリル目掛け強烈な体当たりを食らわせる。
「ぐっ!?」
初めて対峙した時とは比べ物にならない程の威力を秘めた体当たりがフェンリルの体を吹き飛ばす。
予想だにしない衝撃にソウルの姿を維持する事が出来なくなったカオスが宙を舞う。崩れた体制からかろうじて地面に着地した頃には、天馬はソウルを解き、ドリブルで攻め込んでいた。
カオスの指示通り微動だにしないブラッドイレギュラー達の横を過ぎ去り、天馬はゴール目掛け走り続ける。
確実にゴールに近付いていくその姿に、焦りの表情を浮かばせたカオスが脱兎の勢いで駆けだす。
「決める!」
「いけぇー! 天馬ぁー!」
ベンチで見守る葵達が、同じフィールドで戦う神童達が同時に声を上げる。
天馬はゴールを睨み据えるとボールを蹴り上げ、体ごと旋回させた右足を勢いよく叩きつけた!
「させるかぁぁッ!!」
瞳をギラギラと輝かせ聞いた事も無い雄叫びを上げながら駆け込んできたのはカオスだ。
雷門ゴール前から猛スピードで戻ってきていた彼は、自陣ゴール目掛け飛来するシュートを止めるべく、掲げた右足をボールに叩きつける。
「ぐぅぅぅッ……!! こんなものォ……ッ!!」
歯を食いしばり、シュートを受けた右足に力を込める。
淡い水色の光を纏った天馬のシュートはカオスの蹴りを浴びても尚、回転を止めようとしない。
それどころか、ボールは徐々に回転を増していきカオスの体を後退させていく。
「くそッ! こんな、奴等にッ……!! ぐああッ!!」
刹那、眩い光を放ったシュートが、カオスの防壁を打ち破る。
アビスの横を通り過ぎネットへ深々と刺さったボールは次第に威力を無くし、力無く地面を転がった。
雷門3点目。