色を無くしたこの世界で   作:黒名城ユウ@クロナキ

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今回はいつもより長めのお話になります。最後までお付き合い頂けると幸いです。


第59話 再戦VSジャッジメント――大切な二人

「化身アームドも、ソウルも通用しないなんて……ッ!」

「アイツ、化け物か……」

 

 ジャッジメントの3点目が決まった直後、痛む体を引きずるようにして立ちあがった神童の言葉に、剣城が悔しそうに奥歯を軋ませる。

 二人の体は先程の一撃で相当なダメージを負ったのか、目で見て分かる程までに傷や痣が増えていた。ピッチに立つ他のメンバーも、荒く呼吸をついては痛みに顔を歪ませている。

 圧倒的な敵の力。後半戦で追い付き追い越されたスコア。少しずつ、そして確実に下がっていくチームの士気。

 それらを打破する案も浮かばず悩む天馬に声をかけたのは

 

「だから言っただろう、諦めろって」

 

 カオスだった。

 

「カオス、これ以上みんなを傷付けるのは止めてくれ!」

「何を甘えた事を言ってんだよ。これは立派な戦闘だ。傷付くのなんて当たり前だろう」

「俺達がしている戦いはそんなものじゃない! サッカーは人を傷付ける為の暴力じゃないぞ!」

 

 辛そうに訴えられた天馬の言葉に、さも当然と言いたげな態度で返したカオスに腹を立てたのか、神童がそう声を荒げた。

 天馬のように過度に表に出さないだけで、神童も剣城もそして他のメンバー達も、皆それぞれサッカーに対して思い入れがあり、歩んできた物語がある。

 そんな大切なサッカーと言うスポーツをこんな風に暴力の手段にされ、仲間を傷付ける為の道具として扱われている事がどうしても許せずにいた。

 

「ふんっ、吼えてればいい。どうせお前達は僕に対抗する術なんか無いんだから」

「ッ……」

 

 確かに、今の雷門にカオスの力に対抗する手段は無い。

 自分達のプレイも、化身やミキシマックス、ソウルまでもが彼一人の力で撃ち破られてしまっている現状。何も言い返せず悔しそうに眉間にシワをよせるだけの神童を鼻で笑い、カオスは言葉を続ける。

 

「この試合、例えどんな手段をとろうとも僕は勝つ。……お前等ごときに僕の願いの邪魔はさせない」

 

 口から放たれる言葉の強さとは裏腹に、カオスの瞳がまた悲し気に揺らいだのを、天馬は見逃さなかった。

――まただ。

 『願い』……その言葉を口にする度に揺らぐ、彼の瞳が気になって。

 この試合中に感じた疑問の答えを、一つで良いから知りたくて。

 どうして、そんな辛そうな顔をするのか聞きたくて。

 去ろうとする彼の腕を、天馬はおもむろに掴み、ひき留めた。

 

 その時だった。

 

(――え)

 

 カオスの腕を掴んだ瞬間。目の前が突如として暗転した。

 ザザザザッと言う砂嵐の音が鼓膜を揺らし、視界に映る暗闇すらも歪ませている。

 不意に起きた現象に驚き、反射的に目を瞬かせると、暗転した視界に光が戻り辺りの景色を映し出す。

 しかし、視界に映るのはさっきまでいたモノクロ色のグラウンドでは無い。

 色のついたどこかの部屋と、三人の見知らぬ家族の姿。

 きちんと整理整頓がなされた綺麗な部屋の中で、父親と母親、そして夢に出てきたあの少年が楽しそうに笑っている。

 テーブルには白くてまあるいケーキと、おいしそうなご馳走が並んでいて。

 その光景を見ているだけで、なぜか天馬の心から『嬉しいな』『楽しいな』と言う感情が湧き上がってくる。

 

(なんだ、これ……)

 

 無条件に湧き上がってくる感情と、自身に起きた不思議な現象に天馬は頭を抱える。

 今、自分が感じている気持ちはあの少年の物であって、自分の物では無い。

 それなのにまるで――そう、あの時見た夢と同じ。目の前の少年と心でも繋がってしまったかのような。そんな錯覚を覚える程、自分の心の底からどんどん沸き出てくるのだ。

 

(これも夢……?)

 

 カオスの腕を掴んだ途端にこんな光景が見え出したと言う事は、やはりあの夢の少年はカオス本人なのか。

 だとしたら、これはカオスの過去の記憶?

 でも、カオスはイレギュラーであって人では無いはず……。

 混乱する頭を振るい、どうにか落ち着こうとする。

 アステリと出会って、モノクロ世界に来て、自分の知識や常識では計り知れない事が山のようにあった。

 この現象もその一種。こんな事でいちいち驚いていられない。……なんて納得しようとしている時点で、自分も大分おかしくなって来ている事に気付き、天馬は苦笑した。

 ふと視線を前に向けると、楽しそうな少年の姿が目に留まる。

 これはカオスの記憶……そう思ってみれば、どことなく顔立ちが似ているようにも感じるが、子供の頃の記憶なのか。今の彼は幼く見える。

 

『――、誕生日おめでとう。ほら、欲しがっていたプレゼントだ』

『ありがとう! お父さん!』

『フフッ……――ももう八歳だなんて、時が過ぎるのは早いものね』

 

 そう言って微笑みながら母親が少年――幼いカオスの頭を撫でる。

 やはり彼の心と同調してしまっているらしく、天馬の中に穏やかで優しい気持ちが溢れてくる。

 母親にこんな風に頭を撫でられるなんて、中学男子……ましてや両親と離れて暮らしている天馬には不慣れな行為で、自分の事でもないのに少し恥ずかしく感じた。

 彼等の会話は所々ノイズが走り聞き取れない箇所もあるが、母親の『もう八歳』と言う言葉を聞くに、この光景はカオスが小学校二年生くらいの時の記憶なんだろう。

 

『わあ! すごい!』

 

 綺麗な翠色の瞳を輝かせて幼いカオスが手に持ったのは、真新しいサッカーボールだった。

 赤地に黒い模様と言う、なんとも派手なボールに気持ちが昂る一方。母は困ったような、呆れたような表情を浮かばせている。

 

『何もこんな派手なのを買ってこなくてもよかったのに……』

『でもこれ真っ赤でカッコイイよ! ぼく、この色すきー!』

 

 今とは比べ物にならない程、純粋無垢な笑顔を浮かべる幼いカオスに、天馬の顔も自然と綻んでいく。

 そう言えば自分も幼い頃、母にプレゼントで新しいサッカーボールを買ってもらった事があった。あの時は今の彼のように嬉しかったし、傷一つ無い新品のボールを見てワクワクしたっけ。

 

『ねえ、お父さん。今度さ、ぼくにサッカー教えて』

『ああ、いいぞ』

『やった! 絶対だからね!』

『フフッ、よかったわね』

 

(やっぱり……カオスもサッカーが好きだったんだ)

 

 幼い頃は誕生日にわざわざ欲しがる程、サッカーが好きだったのに。どうして今はただの戦う手段としか見ていないのか。

 胸に沸き立つ温かい彼の感情噛み締めながら、思考を巡らせていた天馬をザザザザッと砂嵐の音が襲う。

 そして再び視界に光が戻った頃には、天馬はまた別の空間に立っていた。

 今度は一体どこへ飛ばされてしまったのだろう。薄暗い……どこかの部屋のようだが……。

 

『いい加減にしてよ!!』

 

 バンッ!! と机か何かを叩く音とヒステリックな怒声に、天馬はびくりと肩をすくませた。

 辺りを見回すと少しだけ開かれた状態の戸ふすまを見つけた。今の怒鳴り声もその奥から聞こえて来た物らしい。

 何が起きたのか、恐る恐る隙間から外の様子を伺い知る。

 そこにはさっきまで幸せそうに笑い合っていたカオスの両親が、不機嫌そうな顔で睨み合っていた。

 二人共、少しだけ老けたように見えるのは気のせいだろうか……。

 

『私だって疲れて帰ってきてるのよ! 少しは手伝ってくれてもいいじゃない!!』

『こっちは一日中、汗だくになって働いてるんだ!! 家事はお前の仕事だろう! 少し働いたくらいで偉そうな口をきくなッ!!』

『何よそれ! そもそも誰のせいでこんな生活しなきゃいけないと思ってんのよ!!』

『俺のせいだって言うのか!!』

 

 鬼の形相とは今の二人のような事を言うのだろう。初めて聞く大人の怒号に息を詰まらせた天馬の心に、ぼこぼこと不安と恐怖の感情が湧き上がってくる。

 

『また、始まった』

「……!!」

 

 傍で聞こえた声に驚いて、天馬は咄嗟に視線を動かす。

 今の今まで怒鳴り合う二人の方ばかりに気をとられ気付かなかったが、薄暗い部屋の隅でカオスが蹲っていた。

 先程の光景から大分年月が経ったのか、目の前の彼は今の天馬とそう変わらない姿をしている。

 抱えた膝に顔を埋めながら、カオスは隣の部屋で喧嘩を続ける二人の姿を見ないよう、キツく瞼を閉じた。

 

『毎日毎日……顔を合わせれば喧嘩ばかり』

『前までは、あんなに仲が良かったのに』

『どうしてこうなっちゃったんだろう』

『嫌だ。怖い。二人には、仲良くしてもらいたいのに』

 

 立て続けに天馬の耳へ届く言葉の数々。

 それは決してカオスの口から発せられている訳では無く、彼の心から湧き上がってくる感情その物だった。

 

『どうしたら、昔みたいに戻ってくれるんだろう……』

「カオス……」

 

 つい数分前に見たあの純粋で明るい笑顔など無い。薄く開かれた翠色の瞳には、ただ悲しみの涙が溜まっていた。

 フィールドで対面した時とは一変、彼の抱える不安や孤独が痛い程によく分かる。その苦しみに少しでも寄り添ってあげたくて、天馬は手を伸ばした。

 だけど。

 

「あ……」

 

 伸ばされた天馬の右手は彼の震える腕に触れる事無く、無情にも空を切る。

 ああ、そうだ。これはカオスの記憶の中。 

 どれだけ彼の気持ちを理解して、胸を痛めたとしても

 自分はただの傍観者であって、当事者では無い。

 与えられた痛みも、不安も、苦しみも、全部。

 それは全て彼の物であって、自分の物では無い。

 触れる事も、声をかける事も出来ない。

 自分はただ、見ているだけ。

 今の自分には、それしか出来ないんだ。

 触れる事の出来なかった彼の腕に並ぶ無数の傷跡に、天馬の胸がズキリと痛んだ。

 

『きゃあっ!!』

 

 不意に響いた甲高い女性の悲鳴に驚いて、天馬は振り返った。

 今の声は、父と喧嘩をしていた母の声だ。飛び交う怒号と物音と、普通では無い異常な空気が室内を震撼させ、天馬とカオスの不安を煽る。

 慌てて戸ふすまの外へ目をやると、顔を真っ赤に染めた父が倒れた母の胸倉を掴み暴力を振るっていた。

 

 馬乗りになって

 何度も

 何度も

 父は殴打を繰り返す。

 

 組み敷かれたまま動けない母は断末魔にも似た悲鳴を上げ続け、その顔にはどんどんと生々しい痣が増えていく。

 目の前に広がる異常な光景に心臓が高鳴る。底知れない沼のような恐怖と不安が天馬の心をどんどん浸食していき、呼吸ですら上手く出来ない。

 「父さん、止めて」だなんて、自分の物では無い言葉が口から発せられるのと、戸ふすまが勢いよく開いたのは同じ頃だった。

 

『父さん、止めてッ!!』

「!!」

 

 震えた、それでいてハッキリとしたカオスの叫びが室内を反響する。

 彼は駆け足で二人の間に割って入ると倒れる母の傍により、心配そうに声をかけた。母の顔を見るとあちこちに赤黒い痣が出来、口の中でも切ったのか床には少量の血液が飛び散っている。

 カオスは父を見た。昔はあんなに優しかったのに、どうして今はこんな事をするのか。

 いや、理由はちゃんと分かっている。でも、分かっていても納得は出来ない。

 カオスの心に父に対する恨みや怒りは無かった。

 ただ悲しかった。自分を育てて愛してくれた父が、すごく遠い場所に行ってしまったようで。

 

『父さん……』

『お前まで、俺を悪者扱いか……ッ』

『え……』

 

 鋭い、自分を拒むような視線がカオスに突き刺さる。

 その視線が酷く冷たく感じて、カオスはふるふると首を横に振った。

 悪者扱い? 違う。そんな風に思った事なんて一度だって無いよ。

 思った事は無いけど、けど、しょうがないじゃないか。

 父さんは男で力も強くて

 反対に、母さんは女で弱いから

 だから、だから守らなきゃって。『男』のぼくが『女』の母さんを守らなくちゃって……。

 ただ、それだけで……。

 ただ、それだけなのに。

 

――どうしてそんなに冷たい目をするの。

 

 胸の中で何度も何度も同じ言葉が反芻する。

 口に出さなくちゃ、声を上げなくちゃ、目の前の父には届かないのに。

 父の冷たく威圧的な視線に、声が出なかった。

 

『どいつもこいつも馬鹿にしやがって』

 

 最後にそう言い捨てて、父は家を出ていってしまった。

 

『ッ……うわああああああああああっ!!』

『! 母さ……ッ』

『どうして、私がこんな目にあわなきゃいけないのよ!! 私だって必死に頑張ってるのよ!! それなのに、どうして……どうしてよぉ!!』

『母さん、大丈夫……大丈夫だから……ッ』

 

 まるで子供のように声を張り上げて、衝動のままに泣き叫ぶ。

 片づける暇も無く散らかったままの本を辺りに投げ散らかしながら、母は自分の不幸を叫び続ける。

 その声を、言葉を聞いていると、心に巣食った不安や恐怖がより強くなる気がして。

 それに父につけられた顔の傷も、早く手当てしないと酷くなってしまうと思ったから、カオスは「大丈夫」と母を必死に宥めようとした。

 それが悪かった。

 

『何が、“大丈夫”なのよ……!! 何も大丈夫じゃないのよ!!』

『ッ!』

 

 母の投げた本がカオスの腕に当たり、床に落下する。

 幸い頭には当たらなかったが、本がぶつかった場所が嫌に痛くうずいた。

 そしてそのままズカズカと近寄ってきた母に両肩を掴まれ、床に勢いよく叩きつけられる。母の長い爪が肩に食いこんで痛い。

 

『私の苦労も、何も知らない子供のくせにそんな事言って……!! 誰のせいでこんな苦労してると思ってるのよ!! アンタの為に、アンタのせいで私は――ッ!!』

 

 熱く激昂した思考のまま、母がカオスの胸倉を掴む。そして何度も、何度も、床にその体を打ち付けると、握り絞めた拳を勢いよく振りあげた。

 

『……あ……ッ』

 

 刹那、母親とカオスの視線がぶつかる。

 痛いはずなのに、辛いはずなのに。涙一つ流す事の無い彼の姿は

 ハーフタイムの時に見た彼等の姿とよく似ていた。

 

『……ぁ、ぁ……ご、ごめんなさい……お母さん……疲れていて……それ、で……あ、あああ……』

『……母さん』

『ごめんなさい……ッ違うの、違うのよ……お母さん、そんな風に思って無いからね……全部、嘘だから……嘘……ッああ、どうしてこんな事……ごめん……ごめんなさッ……』

 

 自分がやろうとしていた事の恐ろしさに気付いたのか、母はそう言って振り上げていた拳を下ろすと、目の前の我が子を抱きしめた。

 うわ言のように「ごめんなさい」と謝りながら、泣きじゃくる母の背をカオスはゆっくりと撫でてやる。

 

『いいんだ、母さん……悪いのは全部、ぼくだから……母さんの苦労も考えず、あんな事を言った、ぼくが……』

 

 肩を震わせて泣く母に体を寄せて、カオスは何度もそう言葉をかける。

 二人は自分にとって唯一無二の親であり、自分を産んで育ててくれた愛すべき存在。

 何よりも大切で大好きな二人。

 自分が産まれてしまったせいで、苦労をしている二人。

 そんな二人に、これ以上苦しんでほしくないけど。自分はまだ子供で、力も無くて、二人に対して何もしてあげられないから。

 だから、せめてこうやって殴られて、感情のはけ口になって、それで二人が楽になれるなら。

 自分だけが我慢して、まだこうして家族三人でいられるなら。

 

『ぼくは母さんの子供だから。ぼくを殴る事で母さんの気持ちが少しでも楽になるなら、ぼくは――』

 

 小さく狭い部屋で、呪いのように唱えられた言葉を、最後まで聞き終える事無く。

 天馬の意識は深い深い闇に閉ざされた。




カオスの過去回でした。何気にこう言う重たい話を書いてる時が一番楽しかったりします。
ジャッジメント戦だけで既に10話も書いていますが、試合はもう少し続きます。


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